大聖堂かとも錯覚するような広く平坦な舞台の上で、幼い少年の姿をした誰かが合図とばかりに片手を挙げる。
――瞬間、割れんばかりの大歓声が、空間中から響き渡った――。
「それじゃあ先ずは1階大ホールから行ってみようかーーーっ!? 黒天狗にーーーっ!?」
『栄光あれーーーっ!!!』
「2階観覧席、黒天狗にーーーっ!?」
『栄光あれーーーっ!!!』
「地下1階もーーーっ!?」
『栄光あれーーーーーーっ!!!』
少年の掛け声に合わせて大合唱が響いたが、それを取り成したのは少年のみで、周囲にいる『完全なる世界』ならびに彼の弟子である少女らはノータッチだ。
というか、むしろどう取り扱っていいのかがわからない。
これだけの数をわずかな期間で集めた少年の手腕も恐るべきものだが、それ以上に自分たちに一切説明せずに始まったこの集会に呆気にとられるばかりである。
世界を相手に渡り合うと格好をつけたはずの悪役の看板が、盛大な音を立てて爆破された。
そんな言いようのない不安が、彼らの共通認識として今この瞬間に幻視されたのは言うまでもない。
そんな悪役もどきは置いといて、少年の弟子である少女は今のやり取りを見、ぽつりと呟く。
「……なんだこれ」
さもありなん。
× × × × ×
やり切りました。
企画して声かけて、数を大体全ホール合わせて十万弱集めたところで掛け声を統一しておこうかと例に挙げたのだけど、やってみて凄い快☆感。
アニメ版銀天狗の爽やかさはマジで異常だよ。漫画版は、なんでああなっちゃったんだろうね?
まあ今回のこれは本当に全員をホールに集めたんじゃなくって、ラジオもどきで意識投影だけ促したテレビ電話みたいなもんだけどね。
さすがに取り止めを把握しきれない世界情勢の中でこれだけの数を本当に集めるのは無理がありんす。
ほら、メガロメセンブリア(跡地)とかがまだ旧世界人で構成されている国だし。
あそこらは基本的に負けた属国だから、ちゃんと話を聞いてくれるかが予測付かんのだよね。
議題に誘って獅子身中の虫を腹に飼えるほど、お人よしじゃねーでありますのですよ。
「さあて、おふざけはこのくらいにして本題に入ろうか。ぶっちゃけ魔法世界が魔力足りなくって維持できないらしいんだけど、移民の用意してるから皆、話に乗ってくれるかなー?」
『いいともー!』
ノリがいいな魔法世界人。
「――っておいちょっと待て!? 代案ってまさかそれか!? というか暴露が明け透けすぎるぞ簡単に話していいことじゃないだろうしそこらの亜人どももそう易々と話に乗るなッ!?」
ワラキアもどき君が突っかかってきた。
というかツッコミが鋭角すぎて如何にもヘイトっぽい。
「落ち着けよ百太郎、というか差別視すんのは辞めようぜ」
「誰が百太郎だッ!?」
お前だ、お前。
『ケントゥム』って、ラテン語でまんま『100』のことだそうじゃないか。
「というか、ばらして何か問題でもあるんか? 魔力枯渇はこの世界で生きる奴ら全員の命題だろう、隠してこそこそするよりずっと動きやすいのだと思うのだけど」
「それは、……あれだ、移民とか言ったところで、行き場が無いだろ。……だよな?」
なんで不安げ。
ていうか、コイツ実はあんまり現状の把握が出来ていないのか、若しかして。
「百太郎のいう通りだ」
「おい。プリームム、お前もそう呼ぶのか? 泣くぞ? 仲間に裏切られた現実に盛大に泣き喚くぞ?」
『人形』と名乗る割には結構ボケたことを、1号くんが口を挟んでくる。
百太郎も大の大人とは思えない返事で1号くんに抗議を訴える。が、
「仮に移民が成功したとしても、いずれは消滅する仮初の存在だ。大々的に手引きをしたところで、最終的に纏まりを見せずに終わるのが関の山だろう」
「――無視か……ッ!?」
ボケの割には正鵠を射るように不安点を追及する。
まあ、だからといってリライトだけで最終目的を完遂できる、とは俺も見得ないから、こうやって口出ししているんだけれどもね。
「というか、そんな細々とした下準備とか別にいらねーからね」
「――何?」
「決めるときは一気に決める。それが出来ねーからお前ら三流なんだよ」
という分かりやすすぎる挑発に、『完全なる世界』のメンバーらが身を乗り出した。
――ところで、
――――ドォォォン……!
「は?」「え」「何?」
宮殿に響く轟音。
茫洋と、ベストなタイミングを出待ちしていたようにも思えてくるけど、此処は其れっぽく心中で察する。
――来たかな?
「――っ、ほ、報告っ! 赤き翼が、侵入してきましたッ!」
宮殿に響き渡った爆音のすぐ後に、伝令役の下っ端が必死の形相で駆けこんで来た。
ほーらね。
× × × × ×
――遡ること十分前。
「――あれか?」
「うむ、間違いない。空中王宮最奥部・墓守り人の宮殿、オスティア王族のみしか立ち入ることを許されておらぬ筈の其処に、奴の、ジライヤの気配がする。しかも今まで世界中を二日と同じところに居なかったのに、今回の滞在は既に一週間じゃ。何かの間違いであったとしても、彼奴等『完全なる世界』の秘密が眠っていると見て間違いないじゃろう」
「なぁるほどな……」
ゼクトの言葉に改めて、宮殿を睥睨する赤髪の少年ナギ。
その眼は、これまでの眼差しとさして変わることなく、何処か楽しげな喜色を帯びていた。
「最初にアイツが裏切った、って聞いた時には驚いたが、考えてみりゃ始めっから仲間じゃなかったな。此処で証拠を突きつけてやれば、姫さんだって目を覚ますだろうぜ」
「おいおいナギ、アリカ姫のご機嫌取りか? お前やっぱ姫さんの事好きなんじゃねーの?」
「そ、そんなんじゃねーよっ! ただ得体の知れないアイツを信用しているって言うのが、気に食わねぇだけだっつうの!」
本来彼ら『赤き翼』は、一ヶ月以上前の暴走行為によって件のアリカ姫より『謹慎』を受けている身だ。
だが、彼らは宮仕えの朱雀院等とは違い、元より正式なアリカの配下などでは無い。
口約束だけの『謹慎』などと元々聞く耳も持たず、それを覆せるだけの『敵』の存在が顕わになった今、倫理面での配慮に基づいても、彼らを止められる理由など存在しない。
何より、これまで散々苦汁と煮え湯と苦虫を浴びる様に呑ませられ続けている『相手』が『敵』だと分かり、先走ってでも行動を遮りたいと突貫するのは無理もないことであった。
そしてそんな相手の弱点をとうとう突けられることに喜色も顕わなナギ少年の漏らした本音を、牙千代が中学生男子みたいにおちょくる。
が、牙千代の狙いはその反発心であり、アリカに対する素直になれない恋心を少年らしい心情である今の内に自信から否定させてその隙間に己が入り込もう、という緻密に計画された姑息でどうしようもなく下衆な下心なのであるが、とりあえず今はどうでもいいことである。
そんな二人のやりとりを、創世が無視して詠春へと。
「で、やはりオスティアからは援軍は無しか」
「ああ。ガトウさんにも話をつけてくれるように頼んでおいたが、やはり俺たちで単身捜索するしか道は無さそうだ。……まあお前らの暴走の結果が今なんだけどな」
「まったく、碌でもない凡人共だな」
「お前もだよ」
謹慎の理由を作り、信用すらも失ったのはナギの責任が強いが、その場に居た創世も同罪。
結果として、今からラストダンジョン(仮)に潜り込もうというのに、自分たちが形だけでも所属している国からの保障は米粒一つとて寄越されていないのが現状だ。
ちなみにその場に居たのはオスティア王族のみでは無く、同席していたヘラスの第三王女も赤き翼特攻部隊の暴走を目の当たりにしていたために筋肉バカの株価も大暴落。
本来ならば動くに動けないはずなのだが、留まるところを知らない無駄に力ある者たちの手綱を握るには、王族や国と言うカテゴリですら役不足なのだろうか。
閑話休題。
「ま、ごちゃごちゃやっていてもしかたねー。いくぜっ!」
ふざけていた少年らが、いの一番に突貫してゆく。
立ち入り禁止区域に指定されているために空中にも人気のない墓守り人の宮殿なので、目立った遮蔽物は無いお蔭でスピードを上げた魔法使いらを止める者はそれこそ無い。
――外には。
「――やあ、赤き翼の諸君。ようこそ、と言いたいところだが、こちらも今立て込んでいてね。今すぐに引き返してもらえるかな」
悠々と侵入した少年らを待っていたのは、プリームムを筆頭とした『完全なる世界』の幹部連。
要するに原作26巻くらいのラストダンジョン攻略話みたいに居並んだ面子なのだが、セクンドゥムとケントゥムがいるお蔭で転生者が2人メンバーに居る赤き翼とも数は同等である。
そんな彼らを見て、ナギは鼻で嗤う。
「ハッ、寝言は寝て言いやがれ! お前らが何をたくらんでいるのか、この場できっちり説明してもらうぜ!」
「そうか、残念だよ。――此処がキミたちの墓場となるのがね」
斯くして、既定の歴史よりわずかに早く、魔法世界の命運を掛けた大勝負が始まった――ッ!
~省略~
――魔法と剣技と拳の応酬の果てに、決着は着いた。
アーウェルンクス・プリームムの首を持ち上げて、処刑人よろしく断罪の一撃を今にも叩き込もうとしているナギに、他の『完全なる世界』の面々も、死にこそしていないが満身創痍にて乱雑に散らかされた宮殿入口のそこかしこに放逐されてしまっている。
「っ、っ、さぁ、話してもらうぜ。お前らは、あのジライヤは、此処で何をしようとしていたのか、をな」
息も絶え絶えに詰問するナギ少年。
一方で、プリームムは身動き一つ取れない状態だが、その表情は悠然としていた。
「く、くくっ、僕らのしようとしていることは元より、魔法世界の救済だ。そこに加わった“彼”も、それは当然の事実だろうがね」
「そういうことを聞いているんじゃねー、要するに何をしようとしているのか……、いや、なんであんなことをやっていたのか、そこを聞いてるんだ!」
これ以上ない程に明確な答えを言っているが、そもそもナギはこの世界が『どのようにして在る』のかを未だ知らない。
彼らがやってきたことが戦争を扇動することなのは百も承知だが、その理由にプリームムの言った『救済』という言葉が繋がらない。
それというのも、こう見えてもこの少年が戦ってきた回数が『それなりに』あるための、理屈を探る経験則だ。
『救済』という言葉の通りならば真っ先に宗教に繋がりもするだろうが、以前に戦い勝利した本物の宗教家ならば、もう少し狂気の色が憑いて居た。
其処との違いを感じ取っていたナギは、目の前の『黒幕』が、どうしても明確に『敵』であるとは判断がつけられない。
何より、プリームムには『意志』が足りないように感じるのである。
「なんで……? それは、命令だから、としか言えないな」
「――何?」
そして、ようやくこの事実へと繋がる。
彼らの上に、まだ誰かが居るのだと。
「ど、ういうことだ……! お前らが魔法世界を混乱に陥れた元凶なんだろう!? まさか、あの少年が本物の黒幕だとでも言うんじゃないだろうな!?」
2人の会話を聞いていた詠春が声を荒げ、
瞬間、アルビレオ=イマが気配に気づいた。
「――っ! ナギ! 後ろです!」
「――リライト」
――遅かった。
× × × × ×
「――――――…………は?」
間の抜けた声が何処からか漏れて、それが自分の物であると認識するのに時間はかからなかった。
というよりも、それが誰のモノかなんてのはどうでもいい問題だったから、何よりも現状を理解するので手一杯だったから、言葉も思考も、全てが置いて行かれてしまっていた。
――ナギが、死んだ。
誰しもがその事実を信じられない。
そんなあっさりとした終わり方で、未来の英雄は目の前から『消失』していった。
――って、なんでナギにリライトが効くんだよ。可笑しいだろ……?
「ごくろーさん1号くん。充分に囮として盛大に働いてくれた。以降は完全なる世界で英気を養っておくれー」
気楽な口調で、諸共に消失していったプリームムに何処へともなく声を投げているのは、ゼクトよりも、タカミチよりも幼い少年。
――ジライヤだ。
「並びに赤き翼の皆も、わざわざ此処までご苦労様だ。報酬はきっちり支払うから、後の仕上げはお任せあれ。ってね」
そいつは『造物主の掟-コードオブライフメイカー-』を片手にくるりと回し、悠然とこちらへと向けた。
「リライト」
追悼、ナギ=スプリングフィールド
並びに赤き翼の面々、+転生者2名
あと完全なる世界の皆様、+転生者の百太郎君
黙祷を捧げます
え?誰か忘れてる?
誰だっけ?