コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

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第10話

 四時限目の授業が終わり、昼休みに入る。

 育ち盛りの高校生にとって待ちに待った昼食の時間。そして、一時的に勉強などという鎖から開放されるこの時間は生徒達にとって至福の一時だろう。

 廊下は弁当片手に何処かへ向かう女生徒や響くような大きな声で騒ぐ生徒達で喧騒に溢れていた。

 その喧騒、溢れる廊下を俺、松浦果南は一人で歩いていた。

 

「腹減ったぁ……」

 

 俺は授業終盤から鳴り始めたお腹を抑えながら、校内一階にある自動販売機に向かっている。

 普通の生徒なら昼に食べるお弁当だが、育ち盛りの俺にとって昼まで腹が保たず、ニ時限目も三時限目の間に早弁をしてしまった。

 その結果が今の空腹状態。幸い、浦の星の自動販売機には飲み物の他に菓子パンやお菓子など売られているため、下校までには恐らく保つだろう。

 

「あっ、果南ちゃん!」

 

 歩いていると、前からみかん色の髪が特徴の千歌が現れ、元気な声をかけてきた。

 

「おぉ、千歌。一人でいるなんてどうした?」

 

「今から図書室に本を返しに行くんだ」

 

 まるで太陽のような笑みを浮かべる千歌の胸には一冊の本が抱かれている。

 

「あぁ。この前のあれか……」

 

 千歌の持つ本には見覚えがある。

 夕立が激しかったあの日。家に帰りたくても帰れず、暇潰しに善子から受け取ったある本を図書室で読もうと寄った時に千歌が借りた本だ。

 あの日のことは忘れない。窓に打ち付ける大粒の雨。吹き荒ぶ風。あの日を印象づけるのはそれだけではない。

 誰よりも苦手で誰よりも嫌う黒澤ダイヤと言葉を交えたこと。

 そして、その黒澤ダイヤが俺の想い人である千歌と仲睦まじく会話していたところを目の当たりにしたこと。

 あの厳格で名前に恥じないお堅い人間がアイドル顔負けの眩しい笑顔を千歌に見せた時は焦燥を感じた。まるで怪盗が狙った宝に手を伸ばしているところを眺めている警察官になった気分だった。

 

「そういや、千歌って黒澤と面識があったのか?」

 

「うん。この前、荷物を運んでもらって……」

 

「……そうか」

 

 まるで少女コミックのような出会い。

 確かに困っている人間を片っ端から助けるなんてあいつらしいと思う。

 

「ねぇ、果南ちゃんはどうして黒澤先輩と険悪なの?」

 

「まぁ……不良の俺と生徒会長の黒澤ってどう考えても仲良くはならないだろう」

 

 どうしてと言われても正直、答えに困る。

 別に俺はダイヤと派手に喧嘩をしたこともなければ、意見の衝突なんてこともなかった。

 強いて、接点を挙げるなら、過去に廊下を走って注意されることがあったか、不良共に喧嘩を売られたダイヤを助けたことがあるくらいか。

 とりあえず、俺とダイヤは光と影。水と油。犬と猿と決して交わることのない存在同士。だから仲が悪い。少なくとも俺はそう思っているのだが、そんなあやふやな説明で千歌は納得してくれるのだろうか。

 

「そうだけど……でも、意外と」

 

「……あいつのことが気になるのか?」

 

「そ、そういうわけじゃ!」

 

 千歌は慌てて否定する。

 別に否定する必要はないと思う。確かにあいつは魅力のある人間だ。

 誰よりも勉強はできるし、運動神経だって抜群。余程の不良でなければ誰でも誠実に、真摯に接してくる。

 人を纏めるリーダーシップだってあり、本当に皆から信頼されている。

 完璧であるが故に醸し出す近寄り難い雰囲気すらも逆にあいつの魅力を引き立たせているとさえ思う。

 俺があいつに敵うことと言えば喧嘩の腕前……いや、それすらも負かさせるかもしれない。

 体育の授業で行った柔道であいつの試合を見たことがあるが、どうやら経験者らしく、対戦者は手も足も出なかった。

 そもそも、喧嘩が強いなんて自慢できることじゃない。

 寧ろ、恥じるべきことだ。

 だから、あいつが羨ましく思うこともあった。 

 あいつのようになりたいと思ったこともある。誇れるような正しさを持ちたいと欲したこともある。

 でも、それは無理だ。犬が空を飛ぶ翼を得ることができないように、俺はあいつのような正しさを得ることなんてできない。

 正直、あいつのことは認めているし、心の底から嫌っているわけではない。でも、あいつの頑固で気難しい性格、そして、嫉妬心とプライドが合わさって好きにはなれない。

 さらに、千歌に色目を使うような輩とそもそも慣れ合いたいと思わない。

 

「あ、ダイヤさん」

 

 するも、千歌が俺の背後を見て、ハッと目を見開く。

 一体、どうしたのだと俺は振り向く。千歌と違い、俺はハァと溜息を吐く。

 俺の背後にはタイミング悪く、ダイヤがいた。

 しかし、どこか様子がおかしい。いつもは背筋をピンと伸ばし、まるで箸のような綺麗な姿勢で歩くのだが、今日はまるで老人みたいな不確かな足取り。今にも崩れ落ちそうなその佇まいに嫌う相手にも関わらず、心配という感情が芽生えてしまう。

 

「おや……千歌……さん。奇遇……ですね」

 

「あの……黒澤先輩。顔色が良くないですけど……」

 

「……えぇ。大丈夫……ですよ」

 

 ダイヤはか細い声で千歌へ会話をする。

 俺に目もくれないのは予想通りだが、それにしても瞳が虚ろで、声に全くと言ってもいい程覇気がない。

 

「おい。お前、大丈夫かよ。明らかに体調が悪いように見えるけど」

 

 いつもと違うダイヤにいても立ってもいられず、俺は遂に声をかけてしまう。

 声をかけたものの、どうせ「あなたに心配される筋合いはないです」と一蹴されだろうと思っていた。

 

「……また、千歌さんと一緒か……」

 

「はぁ?」

 

 予想は外れ、代わりに向けられたものはまるで狼のような鋭い眼差し。

 

「どうして……僕ではあなたみたいな人が……幸福を手に入れているんだ!」

 

「何言ってやがっ!」

 

 豹変し、訳のわからないことを呟き始めたダイヤに、心配を通り越して恐怖へと変わる。

 ダイヤらしくないと思いつつ、再び、ダイヤの瞳を見た瞬間、ゾッと背筋が凍る。

 宝石のように輝くその瞳からは明確な怒りと殺意が溢れていた。その視線を向けられると俺の体はまるで蛇に睨まれた蛙のように固まり、動けなくなる。

 ショックがとてつもないほど大きい。確かに俺はダイヤに好かれているとは思っていなかったし、寧ろ嫌われてるとは理解していた。ただ、言葉を交わしたくもそもそも関わりを持ちたくないだけだと思っていた。

 でも、違った。あの瞳はそんな生易しい感情を訴えるものじゃない。

 憎しみ。恨み。そういった悍しい感情を訴える瞳だった。

 

「何で……僕だけが……我慢して……苦しまなく……ちゃ……」

 

「く、黒澤先輩!」

 

 そう呟くと、ダイヤはプツリと糸が切れたように意識を失い、まるで操り人形のように力なく廊下に倒れる。

 その様子を見た千歌は慌てて、ダイヤの元に駆け寄る。

 そして、汗まみれの額に自分の額を合わせる。

 

「す、すごい熱! 直ぐに保健室に連れて行かないと! 果南ちゃん!」

 

「あ……あぁ! ダイヤを保健室まで連れて行けばいいんだろ!」

 

 千歌の声によって、俺の意識は現実に引き戻される。

 冷静になった俺はダイヤを保健室に連れていく為に、その華奢な腕を掴み、肩にかけると千歌と共に急いで保健室へと向かう。

 ダイヤが凄く重く感じる。意識を失って、全体重が俺にのし掛かっているからだろう。

 しかし、それだけではない。あのダイヤの瞳が、俺への憎しみが溢れたあの瞳が背中に張り付いているのだ。

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