コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

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第13話

 騒がしいセミの鳴き声。うみねこ達の歌声。波のさざめき。そして、今までダイビングを楽しんできたお客さんの「ありがとうございました」の声が淡島に響く。

 

「ダイビング教室はここまでになります。今日は暑い中、わざわざ、遠方から起こし頂き、ありがとうございました!」

 

 果南ちゃんは柄にもない丁寧な口調で話している。

 淡島のダイビングショップの前にはダイビングスーツ姿の果南ちゃんと他の十数名のお客さん。

 体のラインが浮き出るダイビングスーツは果南ちゃんの高校生とは思えない、筋肉質で引き締まった体を惜しげもなく披露している。

 私はそんな果南ちゃんを日陰から呆然と眺めている。

 日陰に避難していても額から大量の汗が流れ落ちてくる。まるで夏休みだからと言って遊び惚けるなとくぎを刺すようにギラギラとした太陽がこの淡島を照り付ける。

 

「果南兄ちゃん! 海、凄く綺麗だった!」

 

「そうか! そりゃあ、良かった!」

 

 ダイビングスクールが終わると近所に住む男女半々に分かれている八人の子供達が果南ちゃんの元に駆け寄る。

 子供達の純粋な感想に果南ちゃんは満面の笑みを浮かべ、男の子と目線を合わせるようにしゃがむ。そして、乾き始めた子供達の頭を一人一人、クシャクシャと撫でる。

 面倒見が良くて、優しく、気前のいい果南ちゃんは子供達からよく好かれる。

 普段の生活でも、登校中に子供達から挨拶をされたり、鬼ごっこに誘われたりしている。

 時には探検ごっこと称して色んな場所に子供達を連れて行ったりしている。

 子供達も果南ちゃんに会うため、そしてダイビングを教わりたいということで、友達と一緒に淡島のダイビングショップを訪ねているのだ。

 

「じゃあね、果南兄ちゃん!」

 

「おう! また、遊びに来いよな!」

 

 子供達が去った後、私は回覧板を渡そうと果南ちゃんのもとに向かおうと踏み出す。しかし、順番はこちらが先と言わんばかりに私服姿の女子大生三人組が果南ちゃんを取り囲む。

 三人とも髪の毛を染めてたり、化粧も上手い。服装も都会の女性らしく、私に比べて圧倒的におしゃれだ。

 都会と田舎の差を見せつけられたような感じで、敗北した気分だ。

 そんな勝ち組の女子大生達は果南ちゃんに「ダイビング以外の趣味はなんですか」とか「女性のタイプは?」とグイグイとたくさんの質問を浴びせる。

 あまりの質問責めに果南ちゃんの表情には明らかに戸惑いの表情が浮かんでいた。でも、優しい果南ちゃんは折角のお客さんを蔑ろにはできず、やんわりと断り、頑張ってやり過ごそうとしている。

 女子大生達の気持ちもわからなくはない。偶然、旅行先で行ったアクティビティで若くてイケメンなインストラクターと運命的な出会えを果たせば、当然関係を築きたいと思うに決まっている。

 

「あの……まぁ……」

 

 果南ちゃんの視線が上下に泳いでいる。

 本当ならここで無理矢理、果南ちゃんの手を引っ張って、助けに入るのがかっこいい女性だろう。

 でも、私には勇気がない。ただ、悶々と果南ちゃんが開放されるのを待つしかなかった。

 

「全く、果南ったら。鼻の下伸ばして!」

 

 すると、背後から綺麗なソプラノボイスが聞こえる。

 そして、その直後。その声の持ち主は

 

「水ゴリラ!」

 

 と果南ちゃんに向けて、可愛らしい暴言を吐く。

 果南ちゃんの眉がピクリと動く。すると、すぐさま果南ちゃんは声のする方向に顔を向ける。

 

「鞠莉! 水ゴリラはやめろって!」

 

 そして、果南ちゃんはお客さんをそっちのけでズカズカと私と私の背後に立つ、鞠莉ちゃんに迫る。

 

「だって、こんな美女二人を放っておく方が失礼じゃない? ねぇ、ちかっち」

 

「え!? あ……うん」

 

 同意を唐突に求められ、思わずどもってしまう。

 私と鞠莉ちゃんは果南ちゃんを通じて知り合った仲だ。出会った当初は学年と立場の違いから、気不味く思う時もあった。しかし、鞠莉ちゃんがフレンドリーで壁や差を気にならなくなるくらい、親しく話しかけてくれて何より果南ちゃんの幼馴染という共通のネタがあったことからあだ名呼んでくれるくらいには仲がいい。

 そんな鞠莉ちゃんは私の果南ちゃんへの想いを知っている数少ない理解者の一人。知っているというより気づかれたというほうがしっくりくるか。

 鞠莉ちゃん曰く、事あるごとに果南ちゃんを目で追っているからすぐに気づいたらしい。

 私の秘めた想いを知った鞠莉ちゃんは色々とアドバイスをくれた。同じ島に住む幼馴染として、私の知らない果南ちゃんの好みについて。その好みにあった、身のこなし方。男の子がされたら嬉しいことなど、恋愛のノウハウをたくさん教えてくれた。

 時には悩みを親身になって聞いてくれたりもした。

 鞠莉ちゃんにはすごく感謝している。学年も違ければ、小さな町にある旅館の末っ子と世界的ホテルチェーンを経営する財閥の一人娘と立場も何もかもが違うはずなのに、どうしてこんなに私を気にかけてくれるのか。ある時、この疑問を鞠莉ちゃんにぶつけたことがある。その時、鞠莉ちゃんは恋する女の子のお節介をかきたいだけ。何より、私は鞠莉ちゃんと同じ()()を見ているからと説明してくれた。

 私は二つ目の意味がよくわからず、より深く追求しようと聞いても、はぐらかされて、答えてくれない。

 それから、暇があるときはずっとその意味を考えているけど、未だに理解せずにいる。

 

「Sorry。その前に何か言うことはあるわよね?」

 

「……はいはい、ありがとう」

 

 鞠莉ちゃんの悪びれることのない余裕な態度を前に、果南ちゃんは溜息を吐いて、不満そうに感謝を述べる。

 先ほどまで果南ちゃんを囲んでいた女子大生達はまるで熟年夫婦のようなやり取りをする果南ちゃんと鞠莉ちゃんを目の当たりにし、関係を築くのは無理だと悟ったようで悲しそうに肩を落としながら、桟橋の方に向かっていった。

 

「それより、悪いな千歌。待たせちまって」

 

「ううん。しょうがないよ。お客さんは大事にしないと」

 

「はぁ!? あなた、ちかっちに気づいていたの!?」

 

「当たり前だ? 俺が千歌を蔑ろにするわけないだろ」

 

「……ちょっとキモイわ」 

 

「うっせぇ。それで、千歌。要件は?」

 

 二人が夫婦漫才を繰り広げる中、不意を突かれた私は慌てて、手提げ袋から回覧板を取り出す。

 

「これ、回覧板」

 

「わざわざ、ありがとうな」

 

 私から回覧板を手渡されると果南ちゃんは爽やかな笑顔を浮かべる。

 淡島の空に浮かぶ太陽なんかに負けないくらい、眩しくて、思わず眩暈がする。

 少し意地汚いかもしれないけど、あの三人の女子大生には向けられなかった笑顔を私に向けてくれたことは愉悦で、ちょっとした安心感があった。

 

「そうだ。これから昼飯作るのだけど、良かったら二人も一緒に食うか」

 

「本当! 食べたい!」

 

 私の心がうさぎのように飛び跳ねる。

 果南ちゃんの料理は美味しい。何より、好きな人の手料理を食べられるなんて、どれほど幸せなことか。

 

「私はPass。この後、用事があるし。それに……ね」

 

 そう言って、鞠莉ちゃんは私に目配せをする。

 

「そうか、そりゃあ残念だ。今度またご馳走するよ」

 

「果南の癖に気遣いするなんて」

 

「折角、人が親切してやってんのに」

 

 果南ちゃんは不満そうに頭を掻く。それを見て、鞠莉ちゃんはフフッと笑う。

 二人のやり取りがすごく羨ましい。同年代で、幼い頃から同じ島で一緒に暮らしているからか、果南ちゃんと鞠莉ちゃんの距離はすごく短い。互いに遠慮することなく、好きなことを言い合えて、ぶつかり合える。そして、さっきみたいに言葉を交わすことなく、助けたり、気遣いができたりできる。

 正直、鞠莉ちゃんは私にアドバイスするくらいなら果南ちゃんと付き合うべきだと思う。少なくとも、私よりもお似合いだと思う。因みに冗談でこのことを言ったら、鞠莉ちゃんはまるで般若のような表情を浮かべて、怒られたことがある。

 

「それじゃあ、そろそろ行くわね。See you」

 

「あぁ、またな」

 

「じゃあね、鞠莉ちゃん」

 

 別れを告げ、鞠莉ちゃんは自宅兼、ホテルの方に戻っていった。

 

「さて、んじゃ。飯にするか」

 

「うん!」

 

 鞠莉ちゃんの背中を見送った後、果南ちゃんはゆっくりと振り返り、ダイビングショップへと向かう。その後、私はついていくのであった。

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