コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

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第17話

 冷房が効いた図書室は過ごしやすく、勉強に集中しやすい。にも関わらず、図書室には僕と千歌さんの二人だけしかおらず、ペンを走る音が響いている。

 そして、左隣では千歌さんが数学の宿題とひたすら睨み合っている。

 隣に千歌さんがいる。それだけで僕の心は暖かくなり、幸せな気持ちなる。

 どんな問題の苦戦しているのだろうと、僕は顔を覗き込んで確認する。

 僕は唖然とする。千歌さんが悩んでいるのは高校一年生レベルの初歩中の初歩の問題。

 先行きが不安になる。

 

「高海さん。ここはこの公式を当てはめて……」

 

 でも、その杞憂は直ぐに晴れる。

 僕は適当に解説すると、千歌さんは直ぐに飲み込んだようで「なるほど」と言って、スラスラとペンを走らせる。

 そして、「できた!」と言って、僕に答えを見せる。

 

「正解です」

 

 すると、千歌さんは「やったー」と子供みたいに喜ぶ。

 

「先輩って教えるの上手ですね」

 

「まぁ、ルビィの勉強も見ていて、慣れていますから」

 

「いいなぁ。私も先輩みたいにわかりやすく教えてくれるお兄ちゃんが欲しかったなぁ」

 

 千歌さんは残念そうにそう話す。

 確か、千歌さんにはここの卒業生である二人の姉がいることは知っている。

 でも、年齢的に二人は社会人であり、千歌さんに勉強を教える暇なんてないのだろう。

 そして、当然、あの松浦果南が千歌さんに勉強を教えるわけがない。いや、教えられるわけがない。

 テスト後に発表される順位ではいつも下から数えた方が早い。それどころかワーストを取るレベルの酷さだ。

 学力。僕が唯一、松浦果南に勝っていると自負している点だ。これをアピールすれば……。

 

「でしたら、定期的に僕が見ましょうか?」

 

「でも……」

 

 頭に乗って、僕がそう言うと千歌さんは黙ってしまう。

 しまった。流石におこがましいか。

 

「あの、一つ聞いていいですか?」

 

「何でしょうか?」

 

「先輩はどうして、私をこんなに気にかけてくれるんですか?」

 

 喉が何かを詰められたように塞がり、言葉が発せなくなる。

 ルビィが勘繰る理由がやっとわかった。僕と千歌さんは普通の先輩と後輩の関係だ。それなのに明らかにそれ以上の関係が行うようなことを僕は求めている。

 勉強を教え合うのだって幼馴染や友達、部活の仲間同士ならまだしも大した繋がりもない普通の先輩も後輩だけの繋がりだったらきっとやらないことだ。

 言うなれば僕のやっていることは不自然なのだ。

 千歌さんのことを思っていることを知っていれば、逆に当然のことにように見えるが知らない人にとっては不自然な行動なのだろう。

 

「それは……」

 

 もう、隠し通すのは無理かもしれない。

 それなら一層、ここで告白するべきなのだろうか。そうすればきっと、千歌さんは全てを理解してくれるはず。

 しかし、理解してくれるだけで、きっと僕の思いを受け取ってくれない。

 だって、千歌さんの目には松浦果南しか映っていないから。それに図書室で告白するようなムードも雰囲気も大事にしない男なんて、いくら天才科学者やオリンピック選手でも恋人にはしたくないだろう。

 

「……この前のお礼ですよ」

 

「この前……保健室の……」

 

 僕はつまらない言い訳を吐く。

 すると、千歌さんは納得したようにうんうんと首を縦に振る。

 

「ふわぁ……」

 

「千歌さん?」

 

「すみません。ちょっと、眠くなってきちゃって……」

 

 千歌さんは虚ろな目を擦る。

 仕方がないことだろう。スマートフォンに表示された時計を確認する。今は三時過ぎ。勉強を始めたのが一時手前だったので、既に二時間近く経っていた。

 その間、二回ほど休憩は取ったものの、慣れない勉強……学生としてあるまじきことですが、ともかく集中して頑張っていたのですから、疲れるのも無理はない。

 

「そうですね。今日はこの辺で切り上げましょうか」

 

 きりがいいということで、今日の勉強会はここで終了。

 僕は帰り支度をしようと参考書に手を伸ばしたその時だ。

 突然、左肩に何かが当たる。

 ふと、視線を移すと千歌さんが気持良さそうに寝息を立て、僕の肩を枕代わりにぐっすりと眠っていた。

 僕は眠る千歌さんに心を奪われる。ただ眠っているだけなのにそれすらも可憐だ。

 そして、千歌さんの暖かな体温が体の芯まで届く。

 女性特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、理性を麻痺させる。

 

「こんなに近くにいるのに……」

 

 ふいに反対の手を伸ばして、千歌さんの頬を撫でようとする。

 眠っている女性の手を出すなんて、何と卑怯な男だろうか。

 でも、少しだけ、ほんの少しだけでもいいから千歌さんに触れて、千歌さんを感じたい。

 

「かな……んちゃん……」

 

 しかし、触れる寸前。千歌さんの口から不意に漏れた男の名前。

 僕は伸ばした手をスッと引っ込める。

 千歌さんにとって、僕は所詮、ただ気にかけてくれるだけの「普通」の先輩。「特別」でも何でもない。

 なんと、哀れな男なんだろう。最初から振り向いてくれないと知りながら、既に別の男に心惹かれていると知りながらも諦めきれず、手を出して、勝手に自爆しているだけ。

 未練がましくて、自分に嫌気が指す。

 

「……僕は情けない男だ」

 

 千歌さんを起こさないようにポツリと呟く。

 冷房が酷く冷たく感じた。

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