風になびかれていること十数分。私達は母校、浦の星学院に到着した。
元々は「浦の星女学院」という女子高だったけど少子化によって生徒数が減少。経営の存続が危ぶまれたものの、共学化したことで何とか廃校は免れた。
私はこの学校にずっと通いたいと思っていた。大好きな内浦にある唯一の学校だし、美澄姉と志満姉が通った高校だから。例え、女子校じゃなくなってもその思いは変わらなかった。
「果南先輩! おはようございます!」
ヘルメットを仕舞い、校内に入ろうとするとグランド側から坊主の二人組と金髪ロン毛のいかにも素行が良くなさそうな男子生徒が現れては帽子をとって果南ちゃんに挨拶をする。
「おはよう。朝練なんて感心だな」
土で汚れたユニフォームに脇にグローブを抱えた彼らは野球部の部員達だ。
共学化した年に早速設立した部活であり、無論甲子園出場、さらには優勝を目指し、日々練習に励んでいる。しかし、創立して間もないことから部員が少なく、去年までは僅か八人しか在籍してなかった。その為、果南ちゃんは一昨年と去年、助っ人として野球部に所属し、彼らの夢を叶えるために力を貸した。そのおかげで野球部の人達からは大事な仲間として果南ちゃんはかなり信頼を置かれている。
「お前も頑張ってるようだな」
「う、うるさい!」
彼は私と同じクラス男子生徒。その身なりの通り、去年の暮れまでは非行に走り、何度も警察にお世話になっていた。そんな彼は学校では問題児扱いで、あわよくば退学一歩手前まで追い込まれていた。
しかし、そんな彼は成り行きは不明だけどこの内浦……いや静岡でも最強と言われる果南ちゃんに喧嘩を売った。結果は果南ちゃんの圧勝で彼はかなり痛い目を見たらしい。
その喧嘩の最中、果南ちゃんは彼の非行を繰り返す理由が変わらない日常に退屈していて、刺激を求めているからと見抜いた。きっと本気になれる何かを見つければ彼の素行は良くなると果南ちゃんは言っていた。
そして、喧嘩で披露した鉄パイプの振り方とナイフ投げが妙に上手かったらしく、もしかしたら野球ができるのではと踏んだ果南ちゃんは彼を野球部に入部させた。すると、彼の野球の才能が開花。それから非行に走ることもなく、毎日練習に励み、今では浦の星野球部を代表する名選手になっている。
「おい! 挨拶も肝心だが、グランドの整備をサボっていい理由にはならんぞ!」
彼らの背後からグラウンド整備用のブラシを肩に担いだまるでゴリラのような体格をした三年生が三人に注意をする。
坊主頭の二人は「今すぐ戻ります」と足早にグラウンドに戻っていく。金髪の男子生徒は果南ちゃんを一瞥すると、他の二人と同様にグラウンドに戻っていった。
「あいつもすっかり丸くなったな」
果南ちゃんはしみじみと金髪の彼の背中を眺める。
確かに果南ちゃんは喧嘩は良くするし、学校もサボることが多いから世間的には不良と見られても仕方がない。でも、不良でありながらも筋の取った行動と言動。喧嘩を売ってきて相手でも救ってしまう器量の大きさや仲間思いなところが果南ちゃんのいいところであり、みんなから慕われる要因の一つだ。
私も例に漏れず、果南ちゃんを尊敬している。
「千歌ちゃん! 果南ちゃん! おはようでございます!」
果南ちゃんの大きな背中を眺めていると背後から重い衝撃がのしかかる。
私は思わず前のめりになって倒れそうになるが、何とか踏ん張って耐える。
「曜ちゃん! びっくりした!」
「えへへ。ごめんごめん」
私はゆっくり背後に視線をやる。私の背中に抱きついているのは私のもう一人の幼馴染の曜ちゃん。
元気溌剌で天真爛漫。誰にでも等しく気楽に、優しく接し、少女のような可憐さと少年のようなかっこよさを兼ね備えた爽やかな顔立ち。そして、跳び込みの特別強化選手に選抜された果南ちゃんと同じ学校の人気者だ。
「あっ、梨子もいるじゃないか。おはよう」
私と曜ちゃんが戯れている間、果南ちゃんは私達の後ろにいる梨子ちゃんに気さくに手を上げて、挨拶する。
「お、おはよう、ございます……」
果南ちゃんに声をかけられた梨子ちゃんはまるで蒸れた林檎のように顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
梨子ちゃんはこの春、東京の音乃木坂から転校してきた。
お淑やかで礼儀正しく大人しい。少し、内気な部分もあるけれど、それすらも梨子ちゃんの可愛らしさの一つだろう。そして、ピアノが上手で将来を期待される演奏家でもある。
「なぁ、千歌。俺って梨子に嫌われているのか?」
冷めた反応された果南ちゃんは私に不安そうに耳打ちをする。
素っ気ない態度を取る梨子ちゃんだが、それは愛情の裏返しというもの。実際のところ、梨子ちゃんは果南ちゃんに恋をしている。
優しく、力持ちな果南ちゃんはか弱い梨子ちゃんのことをよく助けている。内気な上に女子校育ちの梨子ちゃんは今まで男の子と密接に関わったことがなかったそう。
だからこそ、「特別」な果南ちゃんがとても刺激的で惚れたのだ。
男前でかっこいい果南ちゃんと乙女で愛らしい梨子ちゃん。少女漫画でよく見るカップリングで正直お似合いだと思う。私なんかよりもずっと……。
「そんなことないよ。まだ男の子と話すに慣れていないだけだよ」
「それならいいが」
果南ちゃんは頭を掻いて不安そうに梨子に視線を向ける。
まるで付き合いたてのカップルのようでみかんのような甘酸っぱさを感じる。
梨子ちゃんの立ち位置が私だったらきっと味わえない味。「特別」な梨子ちゃんだからこそで出せる味で「普通」な私では出せない。
ちょっぴり悲しいけれど、二人が幸せになれるというなら喜んで身を引ける。それが私の……幸せだから。