僕の両手には千歌さんと買った品物がたくさん入った紙袋が二つずつぶら下がっている。
中に入っているのは服やアクセサリーといった小物ばかりでそこまでは重くはない。
でも、何故か重量以上の重さを感じる。だからと言って辛いとか面倒だと思わない。
ただ、幸せだ。
これが幸せの重さだと思ってしまうのは流石に能天気だろうか。
「先輩、持ちましょうか?」
「いいえ、余裕ですが……」
千歌さんは顔を覗き込んでくる。
僕にとって大した重荷ではないから大丈夫ですと断ろうとするも千歌さんの戸惑った表情を見て考え直した。
もしかしたら、。千歌さんは僕が荷物を全て持っていて、千歌さん自身は何も持っていないということに後ろめたさがあるのだろう。
そう言った感情がなければわざわざ声をかけないだろうし、例え、社交辞令なら戸惑いの表情を浮かべる意味はない。
気を使うことで相手に気を使うことになっては本末転倒だ。
「それなら、これを持っていただけますか」
僕は少し大きめの紙袋を千歌さんに差し出す。
この袋の中に服が二着入っているだけでそれほど重くないから千歌さんでも軽々と持てる。
すると、千歌さんは「はい!」と元気よく返事をして、荷物を持ってくれる。
ランチのオムライスと同じようにお互いに何かを共有すると少し特別な気分になる。
一応、問題は解決したものの千歌さんの表情は以前として雲がかかっていた。
「どうしたんですか?」
「今日って一応デートですよね?」
「はい」
「なんか……その……デートぽくないというか……」
恥ずかしいのかそれとも紛い物でも自分の気持ちを否定したくないのか、それから千歌さんの言葉が続かない。
僕には千歌さんの言いたいことがわかる。
一応、デートをしているはずなのに恋人らしいことをしていない。
手も繋ぐなんてこともしない、お揃いのアクセサリーを付けているわけでも買ったわけでもない。
何というか、ただ友達同士、兄妹で買い物に来ているような感覚に近い。
「あなたは優しいですね」
千歌さんは僕の気持ちを汲もうとしているのだろう。
折角、好いてくれたのだからそれには最低限は応えないと思っているのだろうか。
もし、その気持ちが本当ならそれだけでいい。
「偽らないでください。あなたは松浦果南が好きなんですよね。それなら僕と勘違いされるようなことはしてはいけないと思います」
あくまで千歌さんが好きなのは松浦果南であり、僕は勝手に好意を向けているだけの敗北者。
今回のデートだって僕の迷いを断ち切る為の自分勝手な我儘から始まったこと。
それなのに千歌さんは身勝手な我儘を受け入れてくれた。
僕はそれだけで救われた。千歌さんと一緒の時間を過ごし、思い出を作る。
許嫁がいる僕にとって初めて好きになった人との最初で最後の恋愛。
その結果は惨敗の一言だが、それでも悪くはない。人を好きになれたということ、その人と一緒の時間を過ごしているということが僕にとって十分幸せだ。
「辛気臭いのはダメですね。あのお店に……」
折角の楽しいデートなのにつまらない自分の話で雰囲気を壊して、台無しにするわけにはいかない。
気分を変えて、さっさと次のお店に行こうと視線を移したその時だ。まるで金縛りにあったかのように体が硬直する。向かおうとした店に既にいた見覚えのある男をはっきりと確認して、思わず目を見開く。
どうしてだ!
どうして、こんなところにあいつがいる!?
いや、ここにあいつがいるだけなら大した問題ではない。問題は隣に一人の少女がいるということだ。
もしかしてと僕は最悪の事態が脳裏を過る。
仮に僕の杞憂だったとしてもあの二人の状態を見れば、誰だって勘違いするに決まっている。
千歌さんも例外ではない。寧ろ、千歌さんが一番勘違いしやすくて、一番傷ついてしまう。
「先輩?」
「……混んでますね。まず、別のところから回りましょう」
僕は咄嗟に振り返り、千歌さんの手を握る。
そして、引っ張り、まるで逃げるかのようにこの場から去ろうとする。
絶対に見せては行けない。
千歌さんを苦しめてはいけない。
僕の我儘で振り回してはいけない。
例え、後に事実を知ることになっても今だけは夢を見せなくてはならない。
「何か……あったんですか?」
「いいから!」
気迫に満ちた言葉に千歌さんは驚いてしまう。
それが仇になった。
絶対にしてはいけないと言われれば人は無性にその命令を破りたくなる性分がある。
それと同じよう(僕が躍起になることが千歌さんの興味を増幅させてしまった。
千歌さんは不意に振り返り、見てはいけないものを見てしまった。
「ダメです! 千歌さん!」
「な……何で……」
時既に遅し。
僕も千歌さんも何も言葉を紡ぐことができなかった。
その光景に千歌さんはただ茫然と眺めるしかなかった。
時が止まったような気がした。それくらい周囲の音が耳に入らない、意識が遠くなっていた。
「なぁ、梨子。こういうのは?」
「うん。私はいいと思う」
僕と千歌さんの視線の先にいたのは馴染みのある二人の男女。
向かおうとしていたお店で松浦果南と桜内が楽しそうに商品を見ていた。
ただ、二人で仲睦まじくショッピングを楽しんでいる。
それだけなら良かった。
二人は離れないように、相手の温もりを感じるかのように固く手を繋いでいた。指を絡めて。
その姿はまるでカップルだ。
「高海さん……行きましょう」
僕はただ、千歌さんのぬいぐるみのように力ない腕を引っ張り、この場から立ち去ることしかできなかった。