コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

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第22話

 あれから僕達は逃げるようにショッピングモールから立ち去った。

 あの場所にいられるわけがない。

 思いを寄せる松浦果南が千歌さんの親友の梨子さんと仲睦まじくショッピングしている場所なんて。

 デート最中は一切手なんか繋がなかったのに、帰りは打って変わって僕達はずっと手を繋いでいた。

 別に愛しいとか温もりを感じたいわけではなかった。離れたくないないわけではない。

 怖かった。手を離したら千歌さんがいなくなってしまうような気がした。

 僕の目の前からいなくなるだけならまだしも、内浦から、この世界からいなくなってしまうのではと思ってしまう程、千歌さんは酷く落ち込んでいた。

 僕はこの世界と千歌さんを繋ぎ止める最後の糸という使命感でその手を握っている。

 帰りの電車での千歌さんはずっと俯いたまま、一言も言葉を発しない。小さな手も冷たく。赤ん坊のように力が入っていない。

 太陽のような明るさも今は雲がかかっているどころか、水平線に隠れて光の一筋も見えない。

 

「高海さん……沼津に着きますよ」

 

 電車内に目的地を知らせるアナウンスが響く。

 千歌さんは全く反応を示さない。先程から何も変わらない。一応、歩けはするけど、乗り換えの際に自分から立ち上がることができず、僕が無理矢理、引っ張ってきた。

 心配しかなかった。このまますぐに家に帰したらもう二度と会えなくなるような気がした。

 お節介だ。迷惑だ。僕が誘ったせいでこうなったと拒絶され、嫌われても構わない。

 寧ろ、嫌いになって、怒りを苦しみを僕にぶつけてくれるなら本望だ。

 とにかく千歌さんを手の届く範囲に守り、少しでも気を楽にしなければならない。

 

「もう少し……寄り道しませんか?」

 

 千歌さんは一切の反応示さない。

 どうにでもなってしまえばいいと自暴自棄になっているのだろうか。

 もし、そうなら尚更、帰すわけにはいかない。

 僕達は駅前の駐輪場に向かい、停めていたバイクに跨る。背後で跨る千歌さんがぎゅっと僕の背中を掴むのを確認して、僕はエンジンをかける。

 夕日によってほんのりと紅に染まった沼津の街を駆ける。

 ジメジメとした熱気を吹き飛ばすように風が吹く。

 このまま悩みも吹き飛ばしてくれればいいものの現実はそんなに甘くはない。寧ろ、非情だ。

 バイクを走らせること約十分。

 僕達は沼津港近くの大型展望水門の「びゅうお」に到着する。

 僕はバイクから降り、千歌さんに手を差し出す。まるで御伽話に登場するお姫様を迎えに上がる王子のように。

 最も、千歌さんをここまで追い詰めた原因は僕だが。その癖に王子様気取りとは非道な男だろうか。終盤で処刑されるのがお似合いだろう。

 別にそんな結末を迎えても構わないがそれまでに千歌さんが元気になってくれないと死んでも死にきれない。

 しかし、千歌さんはそんな罪深い僕の手を取ってくれた。

 安心した。自分の意志で僕の手を取ってくれた。さっきまでは引っ張られなければ何もできないくらいの落ち込みようから少しは回復したのだから。

 千歌さんの手を取る。指と指を絡めるように固く。

 そして、ゆっくりとびゅうおの中に入る。

 受付で僕と千歌さんの二人分の入場料を払い、エレベーターで展望デッキへと上がる。

 展望デッキは僕達以外、誰もおらず、静寂に包まれていた。

 

「いつ見てもここは素晴らしい景色ですね」

 

 僕達は展望デッキから海を眺める。

 夕日が水平線から顔を出し、果てまで広がる駿河湾を紅に染める。

 反対を向けば、沼津の街を一望できる。

 ここは僕の育った大好きな海と街を一望できるから好きだ。何か、悩みがあった時や辛い目にあった時、ここに来ては気持ちを落ち着かせる。

 だから、ここに千歌さんを連れてきた。少しは元気になってくれるかと期待を込めて。

 それにここは絶景スポットという割には休日以外はあまり人が入らない。

 ゆっくりと話すにうってつけな場所だと僕は思う。

 

「座りませんか? 高海さん」

 

「……うん」

 

 ようやく、千歌さんは自ら言葉を発してくれた。

 ここに来たの正解だったようだ。

 僕達は展望デッキに設けられたベンチに並んで座る。

 ただ、海の景色を眺める。

 

「ごめんなさい。僕が……誘ったばかりに」

 

「そ、そんなことないです! ……ないですから」

 

 謝ると千歌さんはあの時のショックを思い出してしまったのか、また俯く。

 悲しみ、苦しむ少女が隣にいる。

 きっと、世の男性は気を引けるチャンスと言うだろう。

 手厚く慰めれば千歌さんは僕を見てくれるだろう。

 弱った心を安い優しい言葉で埋められればは千歌さんは僕を見てくれるだろう。

 松浦果南には既に彼女がいる。だから、あなたを好いている僕の手を取れば確実だと言えば、きっと千歌さんを僕の女性になる。

 でも、そんなことをしてまで千歌さんの気を引きたいわけではない。僕のせいで傷つけた挙げ句に弱みにつけ込むのは卑怯だ。

 それに僕はちゃんと千歌さんに好かれたい。松浦果南以上の魅力のある男として僕を認めて欲しい。

 慰め合うだけの恋人になんて、僕はなりたくない。

 それに僕は千歌さんの幸せを一番に願っている。

 幸せを壊した本人が言うのも問題だが、できることなら千歌さんは好きな松浦果南と結ばれて欲しい。

 だが、僕の願いは千歌さんにとって幻や夢のようなものらしい。

 

「ずっと、思っていたんです。果南ちゃんと梨子ちゃんはお似合いだって」

 

 千歌さんはゆっくりと口を開き、今まで胸の中で隠していた思いを吐き出し始める。

 

「恋人岬に連れて行ってくれるから……もしかしたらと思ってたけど……千歌は勘違いしてたみたい。……馬鹿だなぁ」

 

「高海さん。そんなことありません」

 

「だって! あの姿を見たら……」

 

 好きな人が別の人の異性と仲睦まじくいる。気持ちは痛い程わかる。

 千歌さんと松浦果南が二人でいる時、僕は見ていて辛かった。

 しかし、それが千歌さんの幸せなら我慢できた。完全に納得しているわけではないが。

 無論、皆が僕みたいではない。寧ろ、僕は許嫁もいて、決して成就しない恋である稀有な存在。

 

「私なんか、好きになるはずないもん! だって、梨子ちゃんは私なんかよりも可愛くって、女の子らしくて、真面目でピアノが上手いから。私なんかよりもずっと魅力があって……」

 

 好きになるはずがない。

 千歌さんのコンプレックスは非常に重たいもので自信がないどころか最早自己否定に近い。

 自分は何もなくて、普通な人間。

 そんな自分に比べて、美男美女であり、カリスマ性やピアノの才能を持つの松浦果南と桜内さんに劣等感を抱いている。

 普通な自分は特別な二人とは釣り合わない。そう思い込んでいる。

 その考えが僕にはあまり気持ちがいいものではなかった。

 なら、僕が千歌さんに惹かれたのはどうしてか?

 当然、千歌さんの持つ千歌さんだけの特別な魅力に惹かれたからだ。

 そんな自分の思いを否定された気がした。

 

「今度の私とのお出かけだって、梨子ちゃんとのデートの下見で……どうせ、私は……」

 

「千歌さん!」

 

 いてもたってもいられるず、僕は声を張り上げてしまう。

 隣に座る千歌さんは体をビクリと震わせ、驚く。

 嫌だ。好きな人が自分自身を傷つける姿なんて見たくない。

 

「僕はあなたの! あなただけが持つ魅力に惹かれたから好きになったんです! だから……もう自分を追い詰めないください」

 

「私に魅力なんて……」

 

「あなたは優しいです。僕を倒れた時、看病してくれた」

 

「あれは……当たり前のことですから……」

 

「当たり前のように親切を行える人はそう多くはないです。人によっては親切を悪用する人がいます」

 

 千歌さんは俯いていた顔を少し上げる。

 

「それにあなたは綺麗……というか可愛いですから」

 

「そ、そんなこと!」

 

 可愛いと褒めた瞬間、千歌さんは一気に顔を上げる。

 頬は夕日と恥ずかしさで真っ赤に染まっていた。そんな初々しくて、純粋な反応が可愛いらしい。

 

「確かに桜内さんも美しい方です。例える、名前通り桜のような方。でも、桜だけが美しい花ではありません。薔薇や金木犀。紫陽花など美しい花は数え切れないほどあります」

 

 薔薇には薔薇特有の美しさがあり百合には百合特有の美しさがある。

 薔薇は百合になれないように百合は薔薇になれない。

 だから、それぞれの花が特有の美しさを認めて、誇れることが一番いい。

 それは人も同じだ。

 

「直ぐにとは言いません。ゆっくりでいいですから、自分を認めて上げてください」

 

「でも……」

 

 難しいよと言いたげに口を開こうとする千歌さん。

 しかし、言葉を発さず飲み込むあたり、変わろうとしているのはわかった。

 確かに一人で変わることは難しい。

 なら、僕が背中を押すしかない。

 高海千歌という女性の魅力に惹かれた僕なら少しくらいは力になれるはずだ。

 

「大丈夫ですから。僕が支えますから。千歌さんの苦しみも全て、受け止めます」

 

「黒澤……先輩」

 

 千歌さんの瞳が潤み、涙が溢れる。

 まるで、今まで堪えていた水が溢れるかのように。

 ずっと抱え込んできた悩みや苦労がようやく開放できたのだろうか。

 そんな千歌さんのか弱い姿を見て、守らなくてはと男としての本能が訴えかけた。

 僕はそっと千歌さんを抱き寄せ、胸を貸す。

 千歌さんは大量の涙を流し、声を上げて泣いた。

 千歌さんが泣く姿を見るのはこれで最後にしなければならないと決意した。

 その為にも松浦果南から真実を問う必要がある。

 松浦果南は本当に桜内さんと付き合っているのか?

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