コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

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第23話

 夕日はすっかり地平線に隠れて夜になった。

 代わりに空には小さな星が瞬いている。

 黒澤先輩の運転するバイクの後ろで心地よい夜風を感じながら私は今日を振り返る。

 一言で表すなら複雑な日だ。

 確かに黒澤先輩とのデートは凄く楽しかった。黒澤先輩のことがたくさん知れたし、一緒にいて楽しかった。美味しい物を共有できて、幸せだった。

 果南ちゃんとパパ以外の男の人と二人きりで出かけたことがないから、黒澤先輩とのデートは全てが新鮮に感じた。

 そもそもその二人以外の男の人と関わったことがなかった。

 でも、楽しいことばかりじゃなくて、とても辛いこともあった。

 果南ちゃんと梨子ちゃんが仲良く手を繋いでいる姿を見た時、私は深い谷底に突き落とされた。

 わかっていたことだと自分に言い聞かせた。

 梨子ちゃんが果南ちゃんのことを好きなの知っていた。

 不良で結構やんちゃで危なっかしいけど、優しくてカッコいい男子高校生と大人しくて汚れを知らない純粋な乙女の女子高校生。まるで少女漫画のような二人。

 ずっと、ずっと、お似合いの二人だと思っていた。少なくとも何もない普通の私なんか比べれば。

 いつか、この二人は付き合うんだろうなって薄々気づいていた。

 それが今日だった。

 ただそれだけ。

 別に良かった。二人が幸せならそれで良かった。ただ、せめて、私に一言でいいから伝えて欲しかった……なんて。

 そう持っているはずなのに心が痛くて、辛い。

 わかってる。私は自分の心を押し殺し、言い訳をして、逃げているだけ。

 本当は幼馴染としてではなく恋人として、果南ちゃんの隣にいたかった。

 だけど、何も取り柄もなければ魅力もない「普通」な私では「特別」な魅力を持つ果南ちゃんに釣り合わないし、何より荷が重いのも事実。

 中学生の頃。果南ちゃんに告白して断られたクラスメイトの女子に言われたことがある。

 『何であんたみたいなつまらない女が果南先輩の隣にいるのよ!』

 フラレた直後で相当傷ついていたこともあって、不意に出た言葉なのは理解できた。

 もし、悪意があったなら、言った後にまるで、宝物を壊したしまったような絶望に満ちた表情を浮かべ、涙を流しながらわざわざ謝る筈がない。

 確かに悪意はなくともあの子がそう思っていたことは事実だ。

 私はそれに納得してしまい、果南ちゃんに関わる全てのことが奥手になった。

 本当に果南ちゃんが好きだったら、あの子みたく自分から告白する筈。

 でも、私は告白してフラれるのが怖くてずっと気持ちに蓋をした。

 仮に結ばれても果たして長く続くかどうかわからない。無いとは思うけれど、何も取り柄もない私に果南ちゃんが愛想を尽かしてしまうかもしれない。

 ネガティブな思考が私の前に立ちはだかり、行く手を阻んだ。

 壁を壊そうとも越えようとせず、逃げてきた結果が今日だ。

 全部、逃げてきた自分が悪いのに悲しむ自分が憎くて仕方がなかった。

 

「千歌さん。着きましたよ」

 

 ふと、前から心地よい声が聞こえてきて、私の意識は冷たくて深い海底から引き揚げられる。

 私の前にはバイクに跨ったまま、脇に赤いフルフェイスのヘルメットを抱えた黒澤先輩が振り返って私を流し目で見つめている。

 宝石ように輝くエメラルドグリーンの瞳に引き寄せられる。流し目ということもあって、いつもどこかいい意味での色気を感じる。

 冷えた心が熱を帯び、頬が熱くなる。

 私はゆっくりとヘルメットを外し、先輩に手渡す。

 

「ヘルメットの中は暑かったですか?」

 

「え?」

 

「顔、真っ赤ですよ」

 

「えっ!? そ、そうですね!」

 

 黒澤先輩の指摘に私は笑って誤魔化す。

 確かに昼間に比べて涼しい夜とは言え、今は夏。フルフェイスのヘルメットは熱が籠もって暑かった。

 でも、違う。そういう暑さだけじゃない。

 黒澤先輩の屈託のない笑みを見て、私は胸に何かを撃たれたような衝撃を受けた。

 初めてじゃない衝撃。何度も……いや、毎日味わっている。

 果南ちゃんの笑顔を見る時と同じ感覚だ。

 黒澤先輩と関わる度に心臓がドキドキする。心地よい息苦しさが私を支配する。

 

「ちゃんと、水分補給してくださいね。熱中症になったら大変ですから」

 

 黒澤先輩の優しい気遣いが身に染みる。

 いつもの私ならただ「優しい人」と思うだけだった。

 でも、今の亀裂塗れの心には効果は抜群だ。

 黒澤先輩のことだから、下心も一切なく、100%の善意と優しさで私を気遣ってくれているのだろう。

 そうじゃなかったら、わざわざ私を叱るはずがない。気を引くだけなら、ただ私に同情だけして、安い優しい言葉をかければいい。

 黒澤先輩は私自身を否定する私を った。 ったというか……否定してくれた。

 今まで、私は果南ちゃんに相応しい特別な人になろうとしていた。そうすれば果南ちゃんに幼馴染ではなく、一人の女性として見てくれるかもしれないし、周りからもとやかく言われることはない。

 そう思っていたけど、当然、誤った考えだったと黒澤先輩の言葉でやっと気づいた。

 まだ気づけていないけれど私には私にしか魅力があるらしい。

 だから、自分を僻む必要も他人の特別に追い求める必要はない。私にしか魅力を誇ればいい。

 私は桜にはなれない。だけど、桜も私になれない。

 そう考えた時、私は私のままでいていいんだということに気づいた。

 胸の奥でつっかえていた何かが綺麗さっぱりなくなり、心が軽くなった。

 そして、心の奥底で押し止めていた感情が涙となって溢れかえった。

 先輩は泣く私を胸で受け止めてくれた。

 制汗剤の爽やかな匂いと黒澤先輩の体温を思い出し、また体が熱くなる。

 

「あの……黒澤先輩! 今日は……」

 

 今日のデートは楽しかったし、何より私の長年の悩みを聞いてくれたことにありがとうございましたと言おうとしたその時。黒澤先輩の人差し指が私の唇に触れる。

 

「お礼を言うのは僕の方です。夢を見させていただきありがとうございます」

 

 心臓に矢が刺さる。

 御伽話の王子様でも言えるかどうかわからないかっこいい台詞をさらりと言える黒澤先輩はズルい。

 モテるのも頷ける。

 

「それでは千歌さん、何かあったら連絡をください。いつでも相談に乗りますから」

 

 黒澤先輩の気遣いの言葉を聞いて、私は気づいたことがあった。

 

「あの……黒澤先輩。そういえば……いつの間にかに名前で……」

 

 すると、先輩ははっと気まずそうに視線を逸らし、口元の黒子を弄り始める。

 

「いや……その……。好きな人だから……いえ、馴れ馴れしくて、気持ち悪いですよね」

 

 黒澤先輩は乾いた笑い声をあげる。

 先輩は突然の名前呼びに引かれていると思っている。

 そんなことはない。寧ろ、嬉しかった。

 黒澤先輩は人の事を名字で呼んでいる。果南ちゃんだけは何故かフルネームだけど。

 名前で呼んでいるのを聞いたことがあるのは妹のルビィちゃんだけ。

 きっと、慣れ親しんだ人には名前の呼ぶのだろう。

 だから、嬉しかった。

 黒澤先輩に認められた気がしたから。

 

「なら、千歌もこれからダイヤさんって呼んでも……」

 

 それなら私も名前で呼ぶと勢いに乗って言ってしまう。

 黒澤先輩はまるで石像のように固まる。

 いくら何でも年下から馴れ馴れしく名前呼びなんて、流石におこがましすぎたよね。

 

「ごめんなさい! やっぱり、馴れ馴れしいですよね」

 

「いえ、そんなことはありません! ただ……その嬉しくて……驚いてしまって」

 

 そう言うと先輩は笑みを浮かべる。

 今まで浮かべていた笑みとは違う。

 少年のようにあどけなさが見える笑みだ。

 誰よりも大人でクールな黒澤先輩のギャップに私はドキッとする。

 

「それでは今後ともよろしくお願いします。千歌さん」

 

「は、はい! ダイヤさん!」

 

 改めて名前で呼ばれたことが何というかむず痒くて、声が上ずってしまう。

 どうしよう。このままだと、私は果南ちゃんだけじゃなくて、ダイヤさんまでも好きになっちゃいそうだよ。

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