「はぁ……」
私は部屋の窓から夜空を見上げ、溜息を吐く。
空には黒い空に淡く輝く無数の星々が浮いている。
昔、果南ちゃんに教わった。悩み事があった時は空を見上げる。そうすれば、悩みなんてものは如何にちっぽけなものなのかと思えて楽になるって。
全然楽になんてならない。それどころかより深く考えてしまい、より一層気が重くなる。
そんなことないじゃんと今になって文句を垂れる。
最近、自分がわからなくなった。
果南ちゃんが好き。幼い頃からずっと一緒にいて、何度も助けてくれて導いてくれて、泣き笑ってくれた。かなり鈍感でデリカシーがないけれどそんなところも含めて果南ちゃんが好き。果南ちゃんを見る度に心が激しくドキドキする。これは紛れもない事実だ。
でも。でもだ。最近になってダイヤさんと出会って、デートに行って、私を慰めてくれてから同じドキドキが起きてしまう。
きっと私はダイヤさんも好きになってしまった。果南ちゃんより大きいとか小さいじゃない。
同じくらい好きなんだ。
一度に二人も好きになった。ママがよく見ていたドラマでたまに見かけたシチュエーション。これはフィクションだからこそ許されることであって現実なら許されないこと。
私は最低だと自己嫌悪に陥る。
果南ちゃんには梨子ちゃんがいるからダイヤさんを好きになった。そんな捉えられ方をされても仕方のない流れでより一層自分を責める。
どうすればいいんだろう。心がモヤモヤする。どちらかを選ぶべきなんだろうか。いや、何様だ。不甲斐ない私に選ぶなんて大層なことが許されるとは思えない。そもそも二人を好きになる最低な私なんかに選ばれても迷惑……。
「そう思っちゃだめだよね……」
自分を否定しかける直前でダイヤさんの言葉を思い出した。ゆっくりでいいから自分を認めてあげて欲しい。私だけの魅力に惹かれたから好きになった。
今、自分を否定することは私を好きになったダイヤさんのことを否定することになる。
それは嫌だ。だから、淀んだ思いをグッと沈める。
まだ、自分を認めることはできないけど、それくらいは私にだってできる。
「どうしたの、千歌ちゃん?」
前から馴染みの声が聞こえ、顔を前に向ける。
向かいの家のベランダには桜色の寝間着姿の梨子ちゃんが私を見ていた。寝る準備に入っているようで長い髪にはアクセサリーも何もついていなくて、全部下ろしていて、年齢にはそぐわない大人の色気があった。
「ずっと、空を見上げてたけど……」
「うん……ちょっとね」
気まずい空気が流れる。
いつもなら悩みがあればすぐに話すけど、今回は流石に話せない。
だって、果南ちゃんの事だから。梨子ちゃんは果南ちゃんと付き合っているんだから、二人のことが好きなんて言ったら困るどころか怒られても仕方ない。
「……ねぇ、どうして果南ちゃんとのお出掛け、行かなかったの?」
気まずい空気の中で流れた鋭い一言は私の心を貫いた。
どうしてそれを梨子ちゃんが聞いてくるのか。それが全く分からなかった。
「それは……家の用事が……」
「でも、あの時はずっとベッドの中に潜り込んでいたけど……」
「見てたの!?」
「見えたの!!」
「……エッチ」
私はジト目で梨子ちゃんを見つめる。
確かに両方とも、カーテンが全開ならちょっと覗き込めばお互いの部屋の様子が丸わかりだ。テスト前に部屋で漫画を読んでたらベランダから梨子ちゃんに注意されたこともあるし、逆に梨子ちゃんが薄い漫画を読んでいるところを見たら怒られたこともある。
迂闊だったと思いつつあの時はかなりショックを受けていてそんな細かいところまで気にする余裕なんてなかったから仕方ないと思うしかなかった。
「私、驚いたんだよ。千歌ちゃんが果南ちゃんとの約束を破るなんて。果南ちゃんと何かあったの?」
「何も……ないけど」
梨子ちゃんの言動がおかしい。自分の恋人とのお出かけをすっぽかしたことに心配しているようだ。普通なら心配とは真逆の安心を覚えるはず。
ちょっと前にクラスメートの女の子が話していた寝取りというのを思い出す。よくわからないけれど梨子ちゃんは都会の人だったから純愛よりももしかしたらそういうマイナーなものが好きなのかなと疑ってしまう。
「嘘よ。だって、最近の千歌ちゃんは露骨に果南ちゃんを避けているもん」
「そんなこと……」
「あるよ。見ればわかる」
梨子ちゃんは
「……だって、気まずいもん」
私の疑いは膨らみ続け、思わず本音が漏れてしまう。
「何が?」
「果南ちゃんは梨子ちゃんと付き合っているでしょ! それなのに……近づくのって……」
梨子ちゃんは夜中なのに街中に響き渡る程の大きな声を出して驚いた。
「ちょっと待って!? 私が果南ちゃんと付き合ってる!?」
「だって、この前見たもん! 果南ちゃんとデートしてるの!」
「あれは……ってなんで知ってるの!?」
「それは……偶然、あそこのいたから……」
「千歌ちゃんのエッチ……」
思わず滑らせた言葉に梨子ちゃんはジト目で私を見つめてくる。
その後に、梨子ちゃんは「そうだったのね」と呟いて胸を撫で下ろす。
「あれはね。デートじゃないの。一緒に買い物に……いいえ。隠さないわ。千歌ちゃんの誕生日プレゼント選びに付き合って欲しいって言われたから」
「そう……だったの!? 手を繋いでいたからてっきり……」
「それははぐれないようにって果南ちゃんが」
私は唖然とした。私の誕生日プレゼントを選ぶためにお出かけをした。
無論、事情を知らないあの時じゃ絶対に気づかなかったけど、私は早とちりをしたんだ。
冷静に考えてみたら果南ちゃんは普通なら照れるような行動を平気で行う人だ。私にとっては手を繋ぐというのは特別な行為でも果南ちゃんにとっては別に大したことではない。
「勘違いして、それでやきもち焼いてってことで……」
「うん……」
「でも、どうして勘違いしたの?」
「……私、ずっと果南ちゃんと梨子ちゃんの二人がお似合いのカップルだって思っていて、凄く仲もいいし……梨子ちゃんが果南ちゃんのこと好きだって知っているから」
私が長い間押し隠してきた思いを呟くと梨子ちゃんは柔らかな笑みを浮かべる。
「うん。そうだよ。私は果南ちゃんが好き。でも、私からみれば千歌ちゃんの方がお似合いだと思うよ」
「そんなこと……」
「果南ちゃんが千歌ちゃんのこと話している時、凄く楽しそうだったもん。プレゼントを選んでいる時なんか凄く真剣でね、本当に千歌ちゃんのことが好きなんだなって嫌でも伝わってきたの」
顔が熱くなる。果南ちゃんが私のことを楽しそうに話してくれている。その話を聞いて、何だか恥ずかしくなってきた。
「だから、誕生日の時、果南ちゃん、落ち込んでたの。あの果南ちゃんからは想像できないくらいね」
「そうなの?」
胸がキュッと締め付けられ、不意に俯く。
私の勘違いで果南ちゃんを悲しませてしまったなんて……。
私は最低だ。自分勝手な理由で果南ちゃんを傷つけて、思いを無駄にした。
「本当に……千歌は最低だ……。最低だから」
私はグッと顔をあげる。
「私、果南ちゃんに謝る!」
最低だから、謝らなくちゃいけない。
もう、自分の弱さを、自身の無さを言い訳にして逃げてばかりじゃ駄目だ!
そう決意した時だ。まるで待っていましたと言わんばかりにベッドの上に置かれたスマホから着信音が鳴る。
私は慌てて、スマホを取り、液晶ディスプレイを見る。
着信してきた相手は果南ちゃんだった。私は画面をタッチし、電話に出る。
「もしもし、果南ちゃん!」
『千歌! 夜遅くに悪い! 今から外出れるか!?』
果南ちゃんの慌ただしい声が私の耳に入り込んでくる。そんな果南ちゃんの声の後ろからは激しい波の音とエンジン音が鳴り響いている。
「う、うん! 大丈夫!」
『なら、家の前の海岸で待っててくれ! 今、そっちに向かってるから!』
そう言って、果南ちゃんは一方的に電話を切った。
多分、果南ちゃんは既に向かってくる最中に電話をかけている。一体、何をするつもりなのか、検討もつかない。もし、私が出たくないって言ったらどうしたんだろうと疑問に思った。
……ううん。果南ちゃんはそんなことは考えない。自分がしなくちゃいけないと思ったらすぐに行動する。
そういう真っ直ぐなところが好きなんだ。
私はスマホをポケットにしまい、ベランダに目をやる。
梨子ちゃんはまるで聖母のような優しい笑みを浮かべ、私を見ていた。
「早く、行ってあげて。千歌ちゃん! 果南ちゃんが待ってるから!」
自分の好きな人が別の女の子の為に必死になっているところを間近で見ていて、きっと梨子ちゃんは相当なショックを受けている。
それでもなお、好きな人と友達の為に背中を押してくれる。感謝してもしきれない。
「梨子ちゃん! ……ありがとう!」
私は精一杯の思いを言葉に乗せ、梨子ちゃんに届けると駆け足で部屋から飛び出した。
迷いはまだある。
それでも私は果南ちゃんと向き合いたい。