私はパジャマ姿のまま家を出て、家の目の前の海岸に向かう。
柔らかい夜風に吹かれ、まるで心地よい寝息かのように静かな波を立てる駿河湾。その海面に夜空に浮かぶ星が映って、星が海に浮かんでいるように見えて、とても綺麗だった。
海岸には既に全身びしょ濡れの果南ちゃんが立っていて、その後ろには水上バイクが停まっている。
果南ちゃんが水上バイクに乗る時は濡れないようにウェットスーツを着ているけど、今日は着ていない。
理由はわからないけど、果南ちゃんのことだ。何か思うことや何かがあって、突発的に行動した。そうじゃなきゃ、こんな夜中に私を呼び出したりしない。
そして、着る間も惜しくて、そのままここに向かってきたんだろう。
「果南ちゃん、こんな夜にどうしたの?」
私は果南ちゃんが呼び出した目的を聞こうとすると、果南ちゃんはまるで今から放射熱線でも吐くのかと思ってしまうくらい大きく息を吸い込む。
これから一体何が起きるのだろうかと私は固唾を飲んで見守る。
そして、私はその衝撃の言葉にただ圧倒することしかできなかった。
「千歌! 俺はお前が好きだ!」
「えっ……えぇぇぇぇぇ!?」
開口一番の台詞がまさかの愛の告白。
何一つ前置きも説明も予兆もなく、本当に唐突。私も心の準備も覚悟も一切出来ていなかったから、夜中だというのに大きな声を出して驚くしかなかった。
「ずっとだ! ずっと前から好きだった! いつも笑顔でみんな幸せを振りまくところとか! やると決めたら最後まで貫き通す根気が! ぱっちりとした目が! 他の見た目とか色々!」
「ちょっと、待って! まだ、準備が!」
「少し天然というか馬鹿なところも! 泣き虫でしょっちゅう泣いていたのも!」
「それって、褒めてるの!?」
「それら全部含めて高海千歌という人間が好きだ!」
途中から罵倒になっていたけれど、私の弱い部分や悪い部分があって、それが高海千歌という人間でそれらを含めて好きになってくれた。
嬉しかった。これ以上にないくらい嬉しかった。幼い頃から抱いて思いが報われた。果南ちゃんの隣にいて、愛してもいいと認められた。
高海千歌と言う普通だった存在が果南ちゃんにとって特別な存在だったということが。
昔の自分なら今すぐに果南ちゃんの胸に飛び込んでいた。
でも、今の私はできない。それどころか果南ちゃんの告白を受けるに値するかするかわからない。
だって、ダイヤさんのことも気になって、想う度に心が熱くなってしまう最低な人間だから。
「今さらなんて……」
不意に本音が溢れてしまう。
「本当、今さらだよな。俺が不甲斐ないばかりにさ。そのせいで別の幼馴染みまで傷つけて、何やってんだかさ」
果南ちゃんは空を見上げながら自嘲する。
「情けない言い訳をするけど、千歌との関係が壊れるのが怖かったんだ」
「……果南ちゃん、私は!」
私は「まだ答えられない」と返そうと時、果南ちゃんは私の唇に人差し指を当てると真剣な表情で
「答えはまだいい」
と別ベクトルで衝撃な言葉を発する。
果南ちゃんの言葉に私の頭をパンクする。
告白してきたのに答えを聞かないとはどういうことなんだろうと驚くことしかできない。
「まだ、役者は揃っていないんだ」
「え?」
「あのバカ真面目クソ野郎に諭されたんだよ。自分の気持ちに素直になれってさ。そうじゃなきゃ、誰かを傷つけるって。だから、俺は逃げずに向き合う為にここに来た。でも、その当の本人が素直になれなくて、自分を誤魔化している。今のままじゃ、不公平なんだよ。俺だけ背中押されて、操作されているみたいで納得いかねぇ! だから、千歌。馬鹿な男達のプライドに少しだけ付き合ってくれないか?」
凄い汚い言葉を並べられて名前を濁された人はきっとダイヤさんだと思う。
もしかして。ダイヤさんは私の為を思って果南ちゃんの背中を押したのかもしれない。
考えてみたらダイヤさんは私を好きと言っていてくれたにも関わらず、付き合いたいとは言っていなかった。それどころか私が果南ちゃんへの思いを尊重して、距離を取っていた。
きっとダイヤさんは私が果南ちゃんと結ばれることが幸せだと思って行動してくれたんだと思う。
それなら嬉しく思うけれど、何か腑に落ちない気もする。
ダイヤさんばかり気を使って、幸せを手放して、可哀想だ。
「……わかった! 果南ちゃんがそう言うなら!」
「ありがとうな」
そして、果南ちゃんは私の頭を優しく撫でるとクシャッと笑みを浮かべる。
果南ちゃんの大きくて温かいこの手で頭を撫でられるのがやっぱり好きだ。心が落ち着く。ずっとこのままでいたいと思ってしまう。
でも、まだ駄目だ。まだ、気持ちに踏ん切りがついていない私が今、果南ちゃんの思いを答えてしまったら、それは誠実ではないし、裏切ることになってしまうから。