コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

3 / 55
第3話

 心は廊下の窓から望める青空と正反対にどんよりとした雲が覆っていた。

 今日は何というかツイていない。朝のニュース番組の星座占いのコーナーでは獅子座の順位は三位とそこまで悪くなかったはずなのに。

 一つ大きな溜息を吐く。

 どうしてこんな気持ちが落ちているのかというと理由は二つある。一つ目は朝から果南ちゃんと梨子ちゃんのお似合いの姿を見て、私が入り込めるスペースが全くないことを悟ったこと。二つ目は秋に行われる文化祭に必要なポスターやら掲示物などの様々な物が入った段ボールを運ばされていることだ。

 特にこの段ボールは大して重くはないけれど両手で抱えるようにしなければ持てないような大きさに加えて、さらに棒状に巻かれたポスターの所為で前も足元も見づらく、歩きずらい。

 これを四階から二階の教室に持っていかなければならないのだが、階段を降りるときは踏み外したり、何かにつまずいたりしないかと何度も冷や汗を掻いた。

 

「後少し……」

 

 でも、この大変な作業ももうすぐ終わる。

 私は既に二回に到着して、後は教室まで真っ直ぐ続く廊下を歩くだけだった。

 しかし、この油断がいけなかった。

 

「うわっ!」

 

 緊張が解けたせいで足元に落ちていた紙に気づくことができず、私はその紙を踏んでしまい、滑ってしまう。

 ゆっくりと後ろに倒れていく。段ボールの中のポスターや紙が宙を舞う。

 咄嗟に受け身を取ろうするも段ボールを両手で抱えているせいですぐに取ることができない。

 脳裏に最悪なヴィジョンは映し出される。思い切り後頭部を堅い廊下にぶつけ、ピクリと動かない私。打ち付けた部分から真っ赤な血がゆっくりと木製の床に広がっていく。

 段々と怖くなってきて、思わず目を瞑る。そして、来るであろう衝撃に備えて覚悟を決める。

 しかし、痛みの伴う衝撃が来ることはなかった。代わりに来たのは柔らかな衝撃。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 私は何が起きたのかとそっと目を開き、背後に視線をやる。そこには私の肩を抱いて、心配そうに顔を覗き込む美青年がいた。

 何だろうと染まることのないと思えるくらい黒い髪。エメラルドの釣り目は思わず溜息が出る程凛々しく、引き込まれる魅力があった。

 さらなる特徴の口元の黒子は大人の色気が感じさせる。

 そして、きっちりと着こなした皺ひとつない学ラン。

 

「は、はい!」

 

 まさかの登場人物に助けられ、目と鼻と先にいたことに驚いてしまい、声が上ずってしまう。

 彼は黒澤ダイヤ。この浦の星学院の現生徒会長であり、初めての男子の生徒会長だ。

 まさに生徒会長に相応しい真面目で模範的な生徒。それでいて、成績優秀。文武両道。才色兼備で性格も良しとまさに完璧を擬人化したような人だ。

 その為、女子生徒達から憧れの的となっていて果南ちゃんと同様、絶大な人気を誇っている。

 そんな手の届かない位置にいる「特別」な黒澤先輩が今、私の肩を抱いている。

 恥ずかしさと緊張でさっきから鼓動が狂ったように脈を打って息苦しい。

 

「あ……あの……」

 

「あぁ。失礼しました。偶然、通りかかったらあなたが倒れそうになっていたので」

 

 挙動不審な私を見て、察した黒澤先輩はそっと離れる。

 肩に黒澤先輩の堅い手の感触がまだ残っている。

 

「こんな大きな物を一人で持っていたなんて……」

 

 離れた黒澤先輩はスッと立ち上がると廊下に散らばったポスターや紙を拾い集め、段ボールの中に仕舞う。

 そんなに沢山の物でもなかったため、片付けはあっという間に終わる。

 そして、黒澤先輩は段ボールの箱を両手で抱えて、持ち上げる。

 

「あなたの教室はどこですか? 持っていきますよ」

 

「そ、そんな! 私は大丈夫ですから!」

 

「ですが、またつまずいたら危ないですし。それに結構、力に自信があるので」

 

 助けてもらった挙げ句に荷物まで持ってもらうなんて、流石にそこまでの迷惑はかけられないと私は遠慮する。

 しかし、黒澤先輩は意志は名に恥じないほど固く、段ボールの箱を下ろす気は全くないよう。 

 

「えっと……二年一組です」

 

 結局、私は折れてしまう。

 黒澤先輩は爽やかな笑みを浮かべて歩き始める。私は段ボールの代わりに後ろめたさを抱きながらその後についていく。

 後ろめたさの方がダンボールよりも重い気がする。

 ただ、転んだ場所から私の教室までは大体教室二つ分くらい。そして、黒澤先輩の歩行速度が私の倍近くあるため、教室に着くまでそう時間はかからなかった。

 

「その……ありがとうございます。黒澤先輩」

 

「お気になさらず。生徒の力になる。それが僕の仕事ですから」

 

 教室の前に着くと私は深々と礼を言い、頭を下げる。

 黒澤先輩は段ボールを下ろすと、嫌な顔一つせず、寧ろ柑橘類のような爽やかな笑みを浮かべる。

 女子生徒達に人気がある理由がわかった気がする。

 

「最後に一ついいですか?」

 

「何ですか?」

 

 教室に入ろうとした時、黒澤先輩に呼び止められる。

 何だろう。忘れ物でもしたのかと振り返る。

 

「名前を教えて頂いてもよろしいですか?」

 

「え?」

 

 素頓狂な声が漏れる。

 どうして私の名前なんて知る必要があるのだろうと考えた。

 

「あなたは僕のことを知っている。でも、僕はあなたの名前すら知らない。それって気持ち悪いことだと思いません?」

 

「あぁ。何かわかる気が……する」

 

「僕も生徒会長という大役を任せている身ですから仕方ない部分はありますが……。ただ、そういうのはなるべく無くしていきたいので」

 

 確かに私が知らない人が急に私の噂をしていたり、知らない人に名前を呼ばれたら気味が悪いと思う。

 特に学院という狭い世界で名の知れた存在として生活しているならよくあることなのだろう。

 「普通」な私ではわからない、「特別」な黒澤先輩だからこそ抱く悩みの種なんだろう。

 

「えっと……私は高海千歌です」

 

「高海千歌さんですか……いい名前ですね」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 息を吐くように褒め言葉を吐ける黒澤先輩は何というか人への慣れがひしひしと感じられる。

 きっと色んな人にも今のように褒めたり、喜ぶような言葉をその甘いルックスで投げては女子生徒達の心を奪っているのだろう。

 完璧であるが故に罪作りな人という矛盾した存在なんだろうと私は思った。

 

「では、高海さん。文化祭の準備、頑張ってください」

 

「はい! 黒澤先輩もその……生徒会の仕事、頑張ってください!」

 

 別れ際にエールを送り合うと黒澤先輩は笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと廊下を歩いて去っていく。

 私はその黒い背中を見送る。

 

「何か……かっこよかったなぁ……」

 

 それにしても黒澤先輩は噂通りの素敵な人だ。

 こんな私でも助けてくれる優しくかっこいい人だと思った。さらに、愛想もいいなんて本当に弱点が見えてこない。

 人気が出るのも頷ける。

 黒澤先輩に魅力に気づいたところで私は段ボールの箱を抱えて、教室の中へ入り、クラスの皆と文化祭に準備に取り掛かるのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。