蝉の大合唱が外から引っ切り無しに聞こえてくる。
騒がしいと思っているこの大合唱も後数週間もすれば聞けなくなると思うと少し寂しい気もする。
夏休みも残り半分を切った。私は梨子ちゃんと曜ちゃん、そしてお手伝いの果南ちゃんの四人で夏休み明けに開かれる文化祭の準備をしていた。
私達のクラスはメイド喫茶をやるんだけど今日は内装なんかの準備をする予定だ。
「梨子、これでいいのか?」
「うん! ありがとう!」
果南ちゃんは明らかに重そうな段ボールを抱えて、床に置く。
私達三人だと重い荷物を運ぶのは厳しいということで家の手伝いの合間を縫ってわざわざお手伝いに来てくれた。
今は力持ちの果南ちゃんがただただ頼もしくてかっこよく見えた。
「おやおや。熱い眼差しを感じますなぁ」
「曜ちゃん! からかわないでよ!」
私が果南ちゃんは見つめてくると悪戯っ子のようなあどけない笑みを浮かべる曜ちゃんにからかわれる。
「あっ! 顔が赤くなってる!」
「そんなんじゃないって!」
果南ちゃんが好きなのはちゃんした事実だ。あくまで果南ちゃんとダイヤさんの二人を好きになってしまった。
こう言うと私って中々最低だと思う。
「おーい。千歌、ちょっと、手を貸してくれないか?」
すると、タイミング良く果南ちゃんが私のことを呼んできた。
ふと、隣に立つ曜ちゃんを見る。チャンスだねとニタニタと笑いながら肘で小突いてくる。
私は「そんなんじゃないから」と言い訳をして、果南ちゃんのところに行く。
「果南ちゃん、どうしたの?」
「あぁ、ここの飾り付けって、この段ボールに入ってるやつを使っていいんだよな?」
果南ちゃんは先程置いた段ボールの中からハートの形や星の形に折った折り紙を取り出し、私に見せる。
「うん。飾り付けなら私も手伝うよ」
「頼む」
そして、私は果南ちゃんの横に並んで飾り付けを始める。
妙に緊張する。この前、果南ちゃんに告白されてからというもの果南ちゃんの様子は普段どおりで特に変わらなかった。
私は意識し過ぎて、果南ちゃんと同じ空間にいるだけで鼓動が早くなってしまう。それなのに果南ちゃんは平然としていて不公平と思った。
「そうだ。ダイヤから何か言われたか?」
ふと、果南ちゃんはせっせと手を動かしながらダイヤさんについて聞いてきた。
「え? 特にないけど……」
すると、果南ちゃんは「そうか」とただ一言呟く。
「んじゃ、そろそろか」
「千歌さん!」
すると、果南ちゃんが何かを感じたその瞬間だ。ドンとドアを乱暴に開ける音ともに背後から気になっている人の威勢のいい声が聞こえてきた。
私はゆっくりと振り返る。
「ダイヤさん!? どうしたんですか!?」
視線に先にはスーツ姿のダイヤさんが膝に手を当て、「ゼーハー」と激しい呼吸をしながら背中を上下に揺らしていた。
ビシッと着こなしたスーツ姿のダイヤさんは見慣れていないこともあって滅茶苦茶かっこよくて思わずドキリとしてしまう。服装に加えて額から流れる汗も大人びた見た目とは真逆の少年らしさが見えて、そのギャップもまた良かった。
「千歌さん! 聞いてください!」
「は、はい!」
クールなダイヤさんが熱く、ハキハキとした声に私はびっくりして、思わず背筋がピンと伸びる。
「僕は……あなたと恋人になりたい!」
「ダ、ダイヤさん!?」
そして、ダイヤさんは顔を上げ、はっきりと言った。
ダイヤさんが私のことを好いてくれるのは知っている。でも、今まで恋人として付き合うことを求めていなかったから、あまりの突然の変化に驚くしかなった。
それに本来なら恥ずかしがったり、他の人に聞かれないように隠れて言うことを清々しいくらい大っぴらに言うなんて、何というかダイヤさんらしくないというかこの前の果南ちゃんみたいに大胆だ。
「えぇぇぇぇぇ!」
事情を知らない梨子ちゃんと曜ちゃんは目を見開いて、驚き黄色い悲鳴を上げた。
一方で果南ちゃんは一切動じない。それどころか、ダイヤさんがこれから何をするか見定めるかのように腕を組んで凝視していた。
「笑ってください。あれほど、付き合う気がなかったのに急に我儘になったって。でも、僕は……僕の心に嘘を付くのは止めました。だから!」
ダイヤさんが真剣な表情で私を見つめる。
名前に恥じない確固たる覚悟が見えた。
笑えるわけがなかった。
「……笑わないですよ!」
「……ありがとうございます」
否定されなかったことにダイヤさんは噛みしめるように感謝の言葉を言った。
爽やかで甘酸っぱい空気が流れる。
「待て待て! 何でテメェの千歌を渡さなくちゃいけないんだ」
後ろから急に体をグッと抱き寄せられる。
私は視線を斜め後ろにやると果南ちゃんがそのたくましい左腕でダイヤさんに私を渡さないと言わんばかりに固く抱き寄せ、密着させている。
爽やかな制汗剤の匂いが鼻孔をくすぐる。
抱き寄せられたという事実と今まで見たことない果南ちゃんの独占欲を目の当たりにし、私の心は限界まで高まった。
「暑苦しいですよ。松浦果南。千歌さんには迷惑ですから離れください」
「いーやーだ!」
ダイヤさんに当てつけるかのように果南ちゃんはより強く私を抱き寄せる。
すると、ダイヤさんは嫉妬したのかあからさまにムッとする。
「千歌さん。嫌なら嫌っていいんですよ」
「あ……その……嫌じゃ……」
「あぁ。嫌とも言えないんですね」
言い淀む私を見て、ダイヤさんはゆっくりと近づく。そして、私の手を取る。
「はわわわ!」
ダイヤさんが私に告白して、果南ちゃんがダイヤさんに渡さないように抱き寄せる。まさか、気になる二人からの取り合いに巻き込まれるなんて思いもしなかった。
次から次へと場面が展開していき、脳内での処理が全く追いつかない。もう、頭の中が沸騰して、理性なんて吹き飛んでしまった。
「松浦果南、離しなさい」
「おい。何かっこつけてんだ。スカポンタン」
「口が悪くて品がないですね」
まるで飼い主を取り合う忠犬のようにベッタリと張り付き、いがみ合う二人。
普段は大人っぽくてかっこいい二人が子供のように口喧嘩する姿が何だか面白かった。
「この馬鹿二人!」
そんな二人を諌めるかのように後ろから二つのハリセンが果南ちゃんとダイヤさんの頭にクリーンヒットする。
「ブゲッ!」
「痛っ!」
果南ちゃんはまるで芸人のように大袈裟に倒れ、ダイヤさんはただ頭を抑えて、その場で跪く。
「ま、鞠莉ちゃん!?」
二人の頭を叩いたのは鞠莉ちゃんだった。鞠莉ちゃんは見慣れた制服姿だけど、何だか急いで着替えたのかシワがあったり、スカートの裾が折れていたりして、少し気になった。
「あなた達、本当にJerk! 少しはちかっちのことを考えなさい!」
「いや……その……」
「Shut Up! 二人とも正座なさい!」
果南ちゃんが言い訳をしようとした瞬間、鞠莉ちゃんはハリセンで果南ちゃんの頭を問答無用で叩く。
「もう、男の子って本当に馬鹿なんだから……」
鞠莉ちゃんは呆れて溜息を吐く。でも、どこか楽しそうにも見えた。