夏には嬉しい涼しい潮風が肌を撫でる。
アブラゼミの合唱が鳴りを潜めた代わりにヒグラシの情緒ある合唱が街に響き渡る。
夏が終わらないことを音で感じながら夕暮れで紅の染まる駿河湾を俺は眺めていた。
滅茶苦茶風情があって美しいこの景色を千歌と一緒に眺められたらさぞロマンチックだろうか。
残念ながら、隣にいるのは千歌じゃない。
あろうことかダイヤだ。
はぁと俺は露骨に大きな溜息を吐く。なんで、俺がむさ苦しい男。それに恋敵と何で一緒に海なんか見なくちゃいけなくちゃいけないんだ。
千歌達を見送った後、俺はさっさと帰ろうとしたら、ダイヤが話があるから来てくれ言われた。始めはダイヤと一緒になんて嫌だからと断ろうとしたが妙に真剣な表情をしていたから断ることが申し訳なくなり、渋々着いていくことにした。
そして、今に至るわけだ。
「んで。話ってなんだ? 一緒に海を見たいとか気持ち悪いこと言うなよ」
「そんなこと少し考えればわかることでしょ。馬鹿ですか?」
「てめぇ……」
いちいち神経を逆撫でるようなことを言いやがってと怒りに震える。
罵倒する為だけに呼び出したのなら相当性根が腐ってやがる。着いてきたことを後悔するわ。
「……ありがとうございます」
「はぁ?」
「あなたのおかげで色々と吹っ切れました」
「急にどうした? 汚物でも食ったのか?」
罵倒から突然、感謝の言葉に代わり、あまりの寒暖差に頭が痛くなりそうだ。
「僕は怖かったんです。初めて心の底から好きになった人にフラれることが。だから、家のことを言い訳に千歌さんとは離れるようにした。無論、逆らえないことや縁談をそう簡単に無下にはできないという理由もあります。ですが、それは全部僕の心の弱さです。その弱さを叩き直してくれたのは……気に食わないですが松浦果南。あなたです」
「えぇ。気持ち悪い」
「こうも感謝を述べているのに素直に受け取らないとは無礼にも程がありますね」
「いやいや! 今まで牙を向けてきた相手がいきなり牙をしまえば警戒するに決まっているだろ!」
今までダイヤは俺には目に見える敵意を向けてきた。というか俺を激しく憎んでいたはずなのにいきなり恩人のように接せられたら誰だって困惑するに決まっている。
「……そんなこと言ったら俺だって同じだ。お前の一言で目が冷めたんだ。俺も関係を壊すのが怖かったし、そもそも千歌は俺だけを見ているもんだと思っていた。だけど、それは俺の弱さだった。だから、勇気を出して思いを伝えられたんだ」
「感謝される程のことではありません。あれは僕の納得の為ですから」
「それは俺も同じだ。あの時、お前のこと、見直したわ。頭が馬鹿固くて、クソ真面目な野郎だと思っていたけど……まぁ、いい奴だと思うよ」
「どうして、そう上から目線なんですか? 不快です」
「お前に言われたくはない」
「……僕も同じです。ただ不良だと思っていましたが、最低限の筋は通すようですね」
「よく言うよ」
そして、一呼吸置いて、俺とダイヤは同時に笑い出した。
何となくだが、俺とダイヤは似た者同士だと思った。
不良と優等生という真逆の存在ではあるが、不器用なところだったり、照れ隠しをするところ。無いものを強請るところ。強そうに見えて、意外な弱さとコンプレックスを持っていること。
何より、同じ人を好きになったことが俺達が似た者同士であることをはっきりとさせた。
「言っておくぞ。お前に千歌を渡すつもりはない」
「奇遇ですね。僕も同じです」
俺達はゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐな瞳で目を合わせる。
お互い、千歌を譲らないという気持ちは同じだ。千歌を幸せにできるのは自分だと類まれなる自身があるんだ。
だが、いがみ合うことはなかった。寧ろ、これから試合を行うような正々堂々とした潔さがあった。
それが何とも心地よい感覚だった。
俺達はお互に拳をゆっくりとぶつけ合った。