コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

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第46話

 あの出来事は僕が浦の星に入学して間もない時だった。

 桜が散り、葉桜に変わった四月の中旬。

 

「あんた達、こんなところで何してるんですか!」

 

 人気のない校舎裏では反吐が出るようなことが行われていた。

 五人の屈強な男が僕のクラスメイトである三編みの少女を壁に追い詰め、囲んでいた。

 二人で少女の腕を抑え込み、リーダーらしき金髪オールバックの男が少女の前に立ち、豊かな胸を揉んでいた。

 彼らのことはよく知っている。

 三年生でこの浦の星ではかなりの問題児。授業には参加しないだけならまだしも急に騒ぎ出したり、大音量で気に入らないことがあれば例え教師だろうと暴力で捻り伏せる。 

 

「何だい、クソガキ?」

 

「こいつ、黒澤の坊主でっせ」

 

「おうおう! 優踏生のガキがいっちょ前に楯突くか? 頭のいいお前ならどういう選択が正しいかわかるよな?」

 

 取り巻きの男が汚らわしい顔を近づけ、馴れ馴れしく肩に手を置いてくる。

 僕は不愉快な手を払い除ける。

 

「僕に触るな! ゲスが!」

 

 ゲスな奴らと仲良くする気なんてなく、威勢よく反抗すると男達は馬鹿にするかのように笑い出す。

 

「舐めんなよ!」

 

「てめぇみたいな真面目野郎は見ていて腹が立つんだよ!」

 

 取り巻きの二人が僕に対して同時に拳を振るってくる。

 空手や柔道、剣道に合気道と習わされた身としては素人の攻撃なんて大したことなく、簡単に避けられる。

 

「避けんじゃねぇ!」

 

 馬鹿丸出しの単調な攻撃に当たる方がおかしい。

 そのまま避け続けて、ある程度疲弊したら反撃しようと考えていた。

 しかし、それは甘い考えだった。

 

「先輩? 急にー呼び出してどうしたんすか?」

 

「俺っち、お昼の途中なのに……」

 

 背後から仲間であろう不良達が五人も現れたのだ。

 塵も積もれば山となる。いくら、相手が弱くても数が多ければそれだけ、厄介だ。

 

「そこの馬鹿を取っ捕まえろ」

 

 オールバックの男は淡々と指示を出す。

 すると、不良達はへいへい返事をし、下衆な笑みを浮かべて、迫ってくる。

 僕は始めからいた不良の一人を背負投げし、次の相手へと反撃の構えを取るものの、もう一人の不良に羽交い締めにされてしまう。

 

「捕まえたぜ!」

 

「邪魔だ!」

 

 振り解くことに成功したものの、今度は別の不良に腕を捕まれる。

 

「楽しそうだ……なっ!」

 

「ぐっ!」

 

 身動きが満足に取れないなか、拳を僕の頬にぶつかる。

 口の中に鉄の味がする。

 それを皮切りに他の不良達もこぞって暴力を振るってくる。

 殴り、蹴り、踏み。抵抗しようにも数が多く、別の不良に反撃を貰い、結局は振り出しに戻る。

 最早、サンドバックという言葉がお似合いだった。

 

「おい、誰か。抑えろ」

 

 オールバックの男の声と共に僕は羽交い締めにされる。

 制服はボロボロで鼻や口からは血が流れている。

 痣や腫れが体の至るところに出来ている。

 全身が痛くて、意識を失いそうになる。だけど、気を失うことをプライドが許さなかった。

 

「ほう。まだ、べそをかかないか」

 

「うる……さい!」

 

「減らず口もかっ!」

 

 僕は下衆に屈しない。

 そのプライドのせいで今まで感じたことのない強烈な痛みが腹部を襲った。

 オールバックの男の拳が腹に減り込む。

 胃の中にあった食べ物が喉を逆流する。しかし、ここで吐いたらコイツラに隙を見せることになる。必死に堪えて、胃の中に戻す。

 

「吐いちまえよ! 偽善者よぉ!」

 

 すると、オールバックの男は何度も僕の腹を殴る。

 それだけでなく、顔面も右と左で交互に何度も打ち付ける。

 最早、痛みすらも感じなくなってくる。

 

「坊っちゃん? ヒーローごっこ他所でやってくれよ? 俺達はそこまで暇じゃないんだよ?」

 

 そして、首元をキツく締められる。

 苦しい。痛い。そんな感情は確かにあった。

 それよりも悔しいという感情が上回った。

 自分から突っ込んでおいて、返り討ちに合う。

 確かに自分が思う正しさからの行動で目の前で被害にあっている少女がいて、見て見ぬふりなんてできない。

 だけど、何一つ変えることのできない自分の不甲斐なさと無力さに怒りと悲しみがあった。

 

「何してんだ?」

 

 すると、背後から新しい男の声が聞こえてくる。

 新手かと僕は声が聞こえた方向に目を向ける。

 そこにはボタンを止めず、羽織っただけでかなり着崩した学ラン姿で青髪ポニーテールの青年がいた。

 身長も高く、服の上からでもわかるたくましい肉体。

 一目で只者じゃないというのはわかった。

 

「てめぇは……あぁ。松浦果南か」

 

「松浦……松浦ってあのか!?」

 

 リーダーが青年の名、松浦果南を呼ぶと取り巻きは一斉にたじろぎ、畏怖する。

 松浦果南。僕もその名前を聞いたことがある。

 この平和な内浦でもよく知られている喧嘩番長。同じ学生だけでなく、悪い大人や威張り散らしたり素行の悪い教師を殴る危険人物。

 

「お前も甘い汁を吸いに来たか?」

 

 動揺する取り巻きとは違い、リーダーの男は臆することなく、松浦果南に言葉をかける。

 同じ不良同士、仲良くつるむ……なんてことはない。

 松浦果南は男の言葉に一切耳を傾けず、女子生徒と僕を交互に見る。

 すると、松浦果南は徐ろに女子生徒に近づくて、細い手を戸惑うことなく掴む。

 

「大丈夫か?」

 

 そして、男達の中から助け出す。

 これを男達が面白がるはずがない。

 取り巻きの男は一気に松浦果南に襲いかかる。

 

「おい! その女を……ベフッ!」

 

 次の瞬間だ。迫る男の顎に強烈なアッパーを浴びせる。

 最早、言葉にならない呻き声を上げ、男は宙を舞と、そのまま山のりの軌道を描いて地面に強く叩きつけられる。

 その間に松浦果南は女子生徒にこの場から逃げるように指示し、女子生徒は一目散に逃げ出した。

 

「わりぃなぁ。俺は不良だけどあんたらみたいな外道ではないんだ」

 

 松浦果南はまるで不動明王のような鋭く恐ろしい目つきで男達を睨む。

 

「寧ろ、ぶっ飛ばしたくなるんだよ。その薄汚ねぇ顔をさぁ!」

 

 そして、松浦果南は学ランを放り投げ、構えを取る。

 明らかな挑発を受けて、黙って退く男達ではない。

 

「ぶっ殺せ!」

 

 オールバックの男の怒声と共に不良達は僕を投げ捨て、雪崩のような激しい勢いで襲いかかる。

 いくらなんでも無茶だ。数が多い上に怒りでかなり力を増しているはず。

 暴れ牛のような不良達を一人で倒せるわけがない。

 そう思っていた。

 

「とぉりゃぁ!」

 

「ぶごへぇあ!」

 

 圧巻だった。

 迫る不良達をその両手の拳二つで薙ぎ倒していく様は。

 一撃だ。松浦果南の拳が不良達の顔面を打つとたちまち、気を失い倒れていく。

 本当に素人なのかと疑うしかなかった。

 そして、本当にあっという間に不良達を倒し、残るはオールバックの男のみ。

 

「残っているのはあんただけだぜ!」

 

「これがあの……松浦果南か!」

 

 松浦果南はオールバックの男に指差し、挑発する。

 一瞬で部下をやられて焦っているのか、オールバックの男の額から汗が流れている。

 

「おいおい。一人じゃ何にもできないのか? お山の大将気取ってるとは小さい男だなぁ」

 

「言わせておけば!!」

 

 堪忍袋の緒が切れ、オールバックの男は松浦果南に殴りかかる。

 そして、松浦果南の拳を振るい、お互いの顔面に直撃する。両者共に凄まじい威力に違いない。

 先に倒れたのはオールバックの男で、松浦果南は何事もなかったかのようにしっかりと地に足をつけ、立っている。

 

「なぜ……びくとも……しない……」

 

「決まってんだろ! てめぇのスジのねぇ拳なんざ痛かぁねぇんだよぉ!!」

 

 松浦果南はそう啖呵を切るとオールバックの男の胸倉を掴み持ち上げる。

 

「あんたさ……ここから出ていってくんねぇかなぁ? 来年には俺の幼馴染み達が入ってくんだよ。あいつらにてめぇみたいなクズを視界に入れてほしくないし、手を出されたくないんだよ!」

 

「な、何様のつもりだ!」

 

「てめぇらこそ! 何様のつもりであの子に手ぇ出したぁ! いいか! 俺は本気だ! 出ていかねぇなら、何度も叩き潰す! わかったか!!」

 

 松浦果南の覇気に気圧されたオールバックの男はもう何も言えなかった。

 松浦果南から開放されると不良達と共に生まれたての子鹿のような不確かな足取りで逃げ去っていった。

 凪のような静けさに変わると、松浦果南は僕に近づく。

 

「お前さ。いいガッツだったよ!」

 

 そして、あの男達にむけていた怒りの表情とは反対の爽やかな笑みを浮かべて、手を差し出す。

 松浦果南が眩しく見えた。

 僕にできなかったことができて、凄いと思った。

 だけど、たった一つ気に食わない点が一つだけあった。

 それは松浦果南はそれなりの不良ということだった。

 わかっている。松浦果南は喧嘩をするような不良ではあるけどあの男達のような外道なんかじゃない。

 でも、勉強はできなければ喧嘩をして、警察にお世話になったことも何度もあると聞き、お世辞にも素行がいいとは言えない。

 なのに噂ではたくさんの人から慕われ、何より僕のできないことを平然とやってのける。

 だから、僕は松浦果南が大嫌いだ。

 

 

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