カツカツと階段を駆け上がる私の足音が無人の校舎内に響き渡る。
屋上へ近づいていくと呼吸がゆっくりと荒くなっていく。
少し早く走っているから。それもある。
今から告白されるというで緊張しているから。それもある。
どちらかの思いを切り捨てなければいけない不安と罪悪感があるから。それもある。
それでも好きな人と結ばれる高揚感があるから。それもある。
暖かい感情や冷たい感情の全てが入り混じってどう説明すればいいかわからない。
でも、一つだけ確実に言えることがある。
これは一つの集大成なんだ。
私の恋とこの一夏の思い出の。
私は屋上へと続く扉の前に立つ。
私は深く深呼吸をする。覚悟を決めた私は扉をグッと力強く押す。
屋上に出た瞬間、秋の涼しげな夜風が肌を撫でる。
目を開けた先には屋上の壁に寄りかかって、
私に気づくと二人はお互い目を合わせた後、こっちに向かってくる。
「すみません。こんなところまで来てもらって」
「ううん。そんなことないですよ」
「キャンプファイヤー中に告白しようと考えていたんだけど、鞠莉から必死に止められてよ」
「みんなの前では流石に恥ずかしいよ!」
「そうか? なんかあるじゃん。 何だっけ……スラッシュボムみたいなさ?」
「フラッシュモブですよ。爆弾を斬ってどうするんですか? 相変わらず馬鹿なんですか?」
「うるせぇ! ボケだよ! 寧ろ、爆弾斬って進むくらいの覚悟がなきゃダメだろって」
「そういう異様な前向きさは見習うしかないですよ」
そんな果南ちゃんを前にダイヤさんは満更でもないような笑みを浮かべ、それにつられて私と果南ちゃんも笑ってしまう。
何だろう。もう特別とか関係なくて普通にこんな感じで笑いあったりする関係も悪くないんじゃないかなって思った。
でも、それは卑怯な考え方なんだろう。
すると、熱くなったテンションを覚ますかのように再び夜風が肌を撫で、笑みが収まっていく。
そして、果南ちゃんとダイヤさんは真剣な表情で私を見つめる。
「なぁ、千歌!」
「千歌さん!」
「……なぁに?」
「俺と!」
「僕と!」
「「付き合ってください!!」」
二人の声が重なると同時に手が差し出される。
そっか。私はどちらかの手を取らなくちゃいけないんだ。
……私はもう誰の手を取るのかは決まっている。
今、あの人を思う感情がきっと恋なんだと思うから。
だけど、本当なのだろうか。二人を前にして決意が少しだけ揺らぐ。
もし、このまま恋した人に手を取ったら、もう一人のあの人はどんな顔をしてしまうのだろう。
泣いてしまうのか。意外とケロッとしているのか。怒りのあまり八つ当たり……いや、そんなことは絶対ない。
でも、怖くなってしまう。もしかしたら、今までのような関係ではなくなってしまうかもしれない。
正直、少しだけ逃げ出したいと思った。
だけど、私は頭を思いきり横に振って、雑念を払う。
この期に及んで、逃げたくない!
二人だってそういうのを覚悟して、告白してくれたんだ。
だから、私はもう逃げない。
もう……私は普通の女の子じゃない!
私は覚悟を決め、手を差し出す。
「よろしくお願い……します!」
そして、私は手を取った。
「そっか……」
果南ちゃんは優しい笑みを浮かべながらゆっくりと呟く。
「千歌さん……本当にいいんですか?」
そして、ダイヤさんは握られた私の手を見ながら、珍しく動揺していた。
「……うん! 私は……ダイヤさんが好きだから」
そう言って、ダイヤさんの手を固く握りしめる。
私はダイヤさんが好きになった。
果南ちゃんが嫌いになったわけじゃない。今でも好きだ。
だけど、もっとダイヤさんのことをもって知りたい。
もっとダイヤさんに大切にされたい。
もっとダイヤさんを大切にしたい。
もっとダイヤさんと一緒にいたい。
もっとダイヤさんと触れ合いたいと思った。
「ありがとう……ございます!」
ダイヤさんは声を震わせる。
本来はよろこばし状況だけど、逆に表情は気不味そうだった。
そして、チラチラと視線を私じゃなくて、果南ちゃんに向けていた。
「おいおい、そんな見てくれるな。恥ずかしいだろうが」
果南ちゃんは笑いながら、そう言う。
一方で果南ちゃんの表情は悲しみとかそういう負の感情は浮かんでいなくて、寧ろ何か憑き物が取れたような清々しい表情をしていた。
「あのね! 果南ちゃん! 私……果南ちゃんのことが嫌いになったわけじゃないよ! でも……」
「そんなことわかってるよ。ただ、俺よりもダイヤのことが好きになっただけだろ?」
「そう……だけど……!」
すると、果南ちゃんは私の頭をクシャクシャと撫でる。
「……大きくなったな。もう……子供じゃないんだよな」
「……うん!」
果南ちゃんの撫でる手はやっぱり心地良かった。
昔から変わらない大きくて暖かい。だけど、きっとこの感触は感じる機会はなくなる。
そして、果南ちゃんは名残惜しそうに私の頭から手を話すとダイヤさんをジッと見つめる。
「なぁ、ダイヤ」
「はい。果南」
ダイヤさんは真剣な眼差しで果南ちゃんを見つめる。
「千歌を不幸にしたら……わかってるよな?」
「えぇ。わかってますよ! 千歌さんは責任を持って幸せにします。だから……安心してください!」
果南ちゃんの問いにダイヤは力強く答える。
聞いているだけでわかる。ダイヤさんの名前に恥じない確固たる意志と決意が感じられた。
きっと、果南ちゃんも同じ気持ちを抱いているんだろう。
ふっと柔らかな笑みを浮かべ、ダイヤさんの肩に手を置く。
「なら、いいや。千歌を頼むぜ。ダイヤ!」
そして、肩を三回叩いた後、果南ちゃんは出口に向かって歩き出した。
私は果南ちゃんに向かって声をかけようとする。だけど、ダイヤさんは私の肩を掴んで、頭を左右に振る。
何で声をかけてはいけないのか私にはわからない。きっと、この理由は果南ちゃんとダイヤさんにしかわからないんだろう。
もどかしい気持ちのまま果南ちゃんの背中を見送る。
果南ちゃんの背中が遠くなって、小さくなっていく。
だけど、それでも大きな背中だった。