屋上に続く階段をゆっくりと降りる。
ほんの数分前まで上っていたのにもう降りることなんて。それに一人で。
本当は千歌と一緒に降りたかったが、千歌がダイヤを選んじまったなら仕方ない。
ウジウジ文句や不満を垂れるなんて情けないから絶対に言わない。
「あら、もう降りてきたの?」
一階まで降りたところで馴染みのある声が聞こえてきた。
鞠莉だった。薄暗い廊下にシルクのような金髪ははっきりとしている。
「笑いに来たのか?」
「そんなわけないでしょ? 慰めに来たのよ」
「それはどうも」
簡単に言葉を交わすと俺はそのまま廊下を歩き出すと鞠莉は俺の隣にピタリとついて、並んで歩く。
そして、俺の顔を覗き込む。
「びっくりしちゃった」
「何が?」
「果南のことだから落ち込んで大泣きしてるかと思ってた」
「あぁ……実は俺も驚いてんだ。ずっと好きだった千歌にフラれた。滅茶苦茶悲しくて寂しいんだけど……でも、それよりも安心したんだよな。何か、あいつももう子供じゃないんだなって思ったら……逆に嬉しいというかさ……何だろう。上手く言葉にできない」
本当なら悲しくて悔しくて泣きじゃくる場面だろう。
だけど、今の俺にはそういう負の感情はない。寧ろ、何処かスッキリして、少し心地よいとさえ思ってしまっている。
実はあまりにショックが大き過ぎて心がバグってしまって痛みも何もわからなくなっているのか。
本当は千歌のことはそんなに好きじゃ……いや、それは絶対ありえない。俺が抱く千歌への想いに一切の嘘なんかない。
心の底から好きだった。
なのに何故、悲しくないんだ?
俺の訳分からない感情に対し、鞠莉は笑った。
「ちかっちのこと、本当に愛していたのね」
「愛?」
「それはもうLikeじゃなくてLove。それもGirl friendというよりもFamilyみたいな形」
「家族……か」
俺は千歌との思い出を振り返る。
千歌とは小さい時からずっと一緒にいて、面倒を見ていた。
迷子になった時は服が真っ黒になるまで探して続けた。
泣き出した時は必死に慰めた。
虐められていた時はたくさんの怪我を負いながらも守った。
世話の焼ける千歌と一緒にいて、俺は年長者として、男として、守らなくちゃいけないと思っていた。
きっと千歌は俺がいなくちゃダメなんだとそういう傲慢もあったけどそれが普通の日常だったんだ。
今思えば本当に妹みたいだったんだな。
そんなあいつが大きくなって、俺の傍から離れた。
よくわからなかった感情をようやく理解した瞬間、心の奥底がひんやりとして、不意に足が止まる。
「なぁ、ちょっと止まってくれねぇか」
「いいけど……」
鞠莉が立ち止まった瞬間、俺は鞠莉の肩に顔を埋める。
「ちょっと立つの疲れたから肩、貸してくれ……」
「of course!」
鞠莉は俺の頭を撫でながら、どこか嬉しそうに受け入れてくれた。
流石に泣いている姿なんて見られたくない。
それにちょっと……甘えたくなってしまった。
少しだけ、ほんの十数秒涙を流した後、俺は瞳を拭い、何事もなく、歩き出す。鞠莉は何も言わずに隣を歩いてくれる。
「ねぇ、果南? 覚えてる?」
すると、鞠莉がポツリと口を開く。
「何が?」
「もし、フラれてもこんな美女が控えてるって話」
「だったら、鞠莉も覚えてるか? 鞠莉は千歌の代わりじゃない。鞠莉は鞠莉で大好きになるって」
「なら、本気で果南を振り向かせないとね!」
「やれるもんならな」
いつもは少し大人びた鞠莉とは真逆な子供みたいにはしゃぐ姿を見て、少しだけ元気を貰えたり
そんな話をしていると昇降口に到着し、俺達はゆっくりと扉を開け、外に出た。
ガチャリと夏の終わる音が背後から聞こえてきた。