コンプレックス・ラブ   作:シママシタ

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第6話

 夏の生暖かい夜風が淡島に吹く。

 俺は船着き場で一人、寝転んでは果てまで黒く染まって夜空を眺める。

 街灯のないおかげで夜空に浮かぶ星が街に比べて、綺麗に見える。

 昔から星を眺めることが好きで、悩み事がある時なんかはこうやっていることが多い。そして、自分の悩み事なんてこの夜空に浮かぶ星みたいに小さいことだ。気にする必要なんてないと気持ちを切り替えていた。

 でも、今日のこと……いや、千歌のことに関してはそう簡単に切り替えられるような悩みではない。

 

「畜生……今日も何もできなかった……」

 

 己の不甲斐なさには憎しみすら覚え、グッと拳を握り締める。

 俺にとって、千歌は本当に妹のような大切な存在だ。

 幼い頃からずっと俺の後ろをついてくる雛のような奴だった。

 千歌が俺を本当の兄のように慕ってくれて、必要としてくれたことが嬉しかったり

 でも、俺が中学二年生に上がったくらいから千歌に対する思いや視線が変わった。

 三年間着る予定の為、少し大きめに新調した制服姿の千歌。小学生の時とは比べて、性格も落ち着いてきて、いやらしい言い方だが、体つきも少しずつ大人に成長していた。

 そんな女性らしい魅力が日に日に増していく千歌を俺は妹のような存在ではなく、いつしか一人の女性として認識し始めていた。

 そして、中学三年の秋か。俺は受験勉強に追われていた時、千歌から一つの相談を受けた。

 その内容はクラスの男子に告白された。そして、その告白を受けるべきかどうかということ。

 俺は雷に打たれたような衝撃を受け、目を見開いて絶句した。

 確かに千歌はモテる。その幼さの残る可愛らしい顔立ちで見せる愛嬌のある笑顔は男子の心を鷲掴みにする。

 だから告白されても不思議ではないし、寧ろ今までされてなかった方が異常だ。

 あの時は平静を装うのに必死だった。

 「そんな男よりもお前を幸せにできるから告白を断われ」なんてことは言えなかったし、それどころが俺はお前が好きだなんて男らしいことも言えずただ「自分の気持ちに正直になれ」とつまらない台詞を吐いた覚えがある。

 その後、俺の助言のおかげかそもそもその気が無かったのか理由は不明だが千歌はその告白を断ったと聞いて胸を撫で下ろしたのだが、今覚えば黒歴史だ。

 

「全く。静岡で名の知れた喧嘩番長がウジウジ悩むなんて寒気がするわ」

 

 頭の上の方から聞き馴染みのある声が聞こえ、彼女は俺の顔を覗き込む。

 

「鞠莉……」

 

 視界にもう一人の幼馴染である鞠莉が映る。

 鞠莉は淡島に小原一族が経営している「小原ホテル」を持っていて、千歌と同じようにホテルを自宅として使っている。

 

「他人から売られた喧嘩とか人助けとか、余計な事に馬鹿みたいに突っ込むのにちかっちのことになるとこの様なんて……。私の時とは大違い」

 

 鞠莉は腰に手を当て、呆れた様子で俺を見る。

 

「それは……お前が泣いていたから!」

 

 小原家は世界に展開するリゾートホテルチェーンを経営している名家だ。その為か小原家の教育というのは大層厳しく、ましてや一人娘である鞠莉には将来、経営者というポストに座ることになるためかかなり入れ込んでいた。

 そんな厳しい教育に幼い鞠莉は耐えることが難しく、よく俺のダイビングショップに逃げてきてはよく泣いていた。

 男……いや一人の人間として泣いている女の子を見過ごすわけにはいかず、懸命に鞠莉を励まし、時には鞠莉の両親に食ってかかったこともあった。

 そのかいあってか要注意人物として認定され、尽く鞠莉との接触を拒まれた。しかし、その壁も俺の勝手な道理でぶち壊しまくって鞠莉を檻から救い出した。

 そんな懲りない俺に嫌気が差し、そして、鞠莉の思いを知った鞠莉の両親は次第に教育方針を変えた。その結果鞠莉が涙を見せることは無くなり、鞠莉と両親の関係も今では大分良くなった。

 そんなことがあったおかげで、俺と鞠莉には硬い絆が結ばれていると思っている。

 数少ない親友として鞠莉を信用しているからこそ、千歌のことが好きだということも話しているし、相談だってできる。

 

「……なんでそれがちかっちにはできないのかしら」

 

「それができたら、悩みはしねぇんだ……」

 

 しかし、俺が不甲斐ないばかりに相談する度に鞠莉は深い溜息を吐く。

 いくら無邪気で怖い物知らずな子供だったにしても小原家の歯向かった男が好きな女子になると途端に茹で過ぎた麺のように柔くなって、何もできなくなれば呆れるに決まっている。

 

「……そんなに好きなのね。ちかっちのことが」

 

「そりゃあ……まぁ……」

 

 はっきりと言われると恥ずかしさと照れで妙に体と顔が火照る。

 無意識に鼻を触れながら、言葉を詰らせながら答えると鞠莉は不服そうな表情を浮かべる。

 

「……どうした?」

 

「……ハァ。これだから鈍感ゴリラは」

 

「お、おい! ゴリラってどういう意味だよ!」

 

 鞠莉は吐き捨てるように小さく呟く。

 どう考えても罵倒されているような口振りで少しだけムカッとする。

 

「……あぁ、もうそういうところなのよ! あなたのダメなところは!」

 

 鞠莉は声を張り上げる。

 

「ハァ? 何言ってんのか全然わかんねぇよ! そうか! そりゃあ、喧嘩っ早いのも頭が悪いのも直さなくちゃいけないのもわかってるけどさ」

 

「……もういい」

 

「ま、鞠莉!?」

 

 俺には鞠莉の言葉の意図が全くわからなくて、頭の中にある糸が複雑に絡み合ってしまう。

 グチャグチャになった頭でかろうじて言葉の意図を解釈したのだが、どうやら合っていないらしく鞠莉はもう一度深く溜息を吐く。

 

「そうやって何にも気づかずウジウジと悩んでいればいいのよ! そして、ちかっちにフラれればいいのよ! そして……」

 

 鞠莉は不甲斐ない俺に手痛い言葉を浴びせる。そして、最後に何かを言おうと口を開くのだが、何か思うことがあるような表情を浮かべ、まるでその言葉を飲み込むように口を閉じる。

 そして、そのままクルリと背中を向け、俺の前から去っていく。

 

「おい、鞠莉!」

 

 続くはずの言葉が気になって呼び止めるも鞠莉は聞く耳を持たず、いつしかその背中は見えなくなった。

 船着き場にポツリと取り残され、波と夜の潮風のざわめきが辺りに響く。

 

「わかってるよ。俺だって大人にならなくちゃいけねぇのはさ……。でも……いいや。これは言い訳だ」

 

 鞠莉の言っていることは何一つ間違っていない。ウジウジ悩んでも仕方ないし、きっと千歌もそんな俺を見たくないに決まっている。

 

「何だって恋ってのはこう……難しいんだ」

 

 俺は弱音をポツリと呟き、再び小さな星か瞬く夜空を見上げるのであった。

 

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