七月の中旬も過ぎ、蝉達の鳴き声がより一層強くなる。
現在、浦の星では全校集会が行われ、全校生徒は蒸し風呂のように暑い体育館に集められ、座らせられていた。
三年生を除く生徒達が待ち侘びている夏休みの開始が丁度一週間に迫っている。
勉強という苦から開放され期間であるため、弛むであろう生徒達に喝を入れんと険しい顔の生活指導の先生が壇上に上がって話をする。
「えー、来週から夏休みが始まりますが、浦の星の生徒として自覚を持って……」
夜遅くまで外を出歩かない、下手に生活習慣を崩さないようにすることは勿論。飲酒や喫煙、犯罪行為を手を染めてはいけないなど様々なことを話す。
生活指導の先生を話している間は体育館に気怠げな空気が流れ、殆どの生徒は耳を傾けることはしない。
ただでさえ、蒸し暑い体育館にいるだけでも集中力が切れるにも関わらず、つまらなく、長い話を聞かされては私達もたまったものではない。
私の周りには虚空を見つめながらYシャツをパタパタとあおり、涼しさを求める男子生徒や、近くの友達とヒソヒソと話を女子生徒が多い。
後ろに座る親友の曜ちゃんも体育座りの膝に頬を置いて、ぐっすりと寝ていた。
「生活指導の先生、ありがとうございます。続きまして、生徒会からの話です」
話を終えた生活指導の先生は壇上から降り、舞台の脇に戻る。
そして司会の先生が流れを進める。すると、今まで喋っていた女子生徒達は一斉に口を閉じ、素早い動作で壇上に視線を向ける。
壇上には堂々とした佇まいの黒澤先輩が立っていた。
「生徒会長の黒澤ダイヤです。今年の文化祭の件ですが……」
黒澤先輩は口を開くと体育館はシンと静まり返る。
生活指導の先生の時とは打って変わって、誰もが黒澤先輩の話を集中して耳を傾けている。
内容が全生徒が楽しみにしている文化祭のこと。それも後夜祭の開催についてということもあるのだけど、それとは別に黒澤先輩の思わず聞き惚れるようなイケメンボイスを聞こうとしているのだ。特に黒澤先輩を慕う女子生徒達はそうなのだろう。
「先生方と綿密に話し合った結果……今年は後夜祭を開催することを決定しました。そして、多数の要望があったキャンプファイヤーも行います」
その知らせが伝わった途端、体育館がさらに熱気に包まれる。
まるでアカデミー賞を受賞した時に起きるような大きな拍手が起きる。時より、口笛も鳴っている。
壇上に立つ黒澤先輩は安心したような、そして満足そうな表情を浮かべていた。
そんな黒澤先輩を見た時、私は一つの違和感を抱いた。
先輩の表情がいつもと違うのだ。
確かにいつもと変わらない爽やかな顔立ち。
でも、私に向けるようなあの緩まった表情じゃない。ぎこちなく、どこか胡散臭さを感じる。まるで無理矢理笑っているように見せた仮面を被るピエロみたいでじっと見ていると不安になる。
そして、心なしか顔色も悪く見える。蒸し暑い体育館にしても、人前で話すことに緊張していると考えても、額に流れる汗も多い気がする。
「これで、僕の話を終わります。皆さん、浦の星学院の生徒として、責任を持って夏休みを過ごしてください」
最後に軽く会釈をすると、黒澤先輩は壇上から降りる。
生徒達から再び拍手が起きる。
その拍手に送られる黒澤先輩の背筋はほんの少し猫背になっていて、足取りも僅かにふらついているように見える。
見れば見るほど、黒澤先輩の様子のおかしさが露見していくにも関わらず、そのことに生徒は誰一人気づいていない。
一体、皆は誰を見ていたのだろう。
あんなに黒澤先輩を凝視していた周りの女子生徒達は黒澤先輩が去った後もただただ、黒澤先輩の格好良さ等について語っているだけ。
「千歌ちゃん? 大丈夫?」
「ふぇ?」
後ろから右肩をチョンチョンと突かれ、私はそっと視線を後ろに向ける。
そこには不安そうに私を見る曜ちゃんがいた。
さっきまで寝ていたせいか、目が少しトロンとしていた。
「なんか、ぼーっとしてたから……熱中症なっちゃったのかなって思って」
「えっ? ううん。大丈夫だよ」
私は笑みを浮かべて、体調が頗るいいことを見せる。
すると、曜ちゃんは私の顔に嘘が書いてないかじっと見つめてくる。
「そっか。でも、ちょっとでも危ないと思ったら言うんだよ。熱中症って気づかないうちになっちゃうから」
日本の飛び込みの強化選手に選ばれるくらいの実力を持つ曜ちゃんはやはり体調管理に関しても一流だ。
私はわかったと言い、前を向く。
「そっか……」
曜ちゃんとのやり取りを通じて、何故、誰も黒澤先輩の異変に気づかない理由の一端が見えた気がする。
みんな、黒澤先輩を詳しく知らないのだ。
私と曜ちゃんは幼馴染であり、互いの事をよく知っているから、些細な異変や変化にも気づくことができる。
でも、黒澤先輩の場合は多分あまり知られていないんじゃないかって思う。
真面目で優しいことは周知の事実だけど、実は恋愛に興味があったり、時より職権濫用に近いことをする。意外と俗っぽいところがあるのだけど、多分黒澤先輩に憧れる人はそのことを知らない。
だから、多少の変化にも異変にも気づけない。そういう人達というのは黒澤先輩に対して、自分が思い描く理想の「黒澤ダイヤ」を重ね合わせ、本当の「黒澤先輩」が見えなくなっているのだろう。