シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語 作:uyr yama
遂に、メンフィル王国軍がミレティア保護領はペステの街を陥落させた。
女領主であるティファーナ・ルクセンベールはメンフィル王リウイ・マーシルンに膝を屈し、メンフィル軍の一員に名を連ねる。
これで、このレスペレント地方において最強にして最大の国家であったカルッシャ王国は、孤立したことになる。
最大の同盟国であるテルフィオン連邦は、メンフィルの同盟国であるベルガラードに抑えられ、この状況でも援軍を出すことは叶わず。
絶望的な状況。だがカルッシャの民は信じていた。
難攻不落のブロノス砦にて、メンフィル軍を待ち構えている姫将軍エクリアが居る限り、メンフィルの魔物の軍勢など如何程のものか! と。
しかし、とある噂が王都ルクシリアを中心に蔓延し、それが徐々に国中に、そして大陸行路を通じてレスペレント中に広がっていく。
民衆の信頼は徐々に失望に変わり、国中の雰囲気が暗く落ち込んでいった。
無理に明るく振る舞い、内心の恐怖を誤魔化す。
カルッシャの王都であるルクシリアの現状である。
何より姫将軍エクリアの醜聞。
曰く、姫将軍エクリアの力は、夜な夜なメンフィルの魔王との間で行われる淫らな性魔術により手にしたモノだ。
曰く、今大戦においてのカルッシャの消極的な動きは、全てメンフィルに内応したエクリアの策略によるモノだ。
曰く、曰く、曰く…………
これらを聞く度に、何故だか分からない感情が心を支配する。
そうではないのだと。
これは誰かの陰謀なのだと。
お姉さまは誰よりもカルッシャの事だけ思い、生きてきたのだから。
ん? おねえさま……?
まあ、良くは分からないけど胸が苦しくなり、早く何とかしなきゃと、私は焦燥感に苛まれていた。
そんな時、決まって私がするのはセリカの観察。
彼を見ていると、不思議と心が凪ぐ気がした。
黙々と剣を研ぎ、私がどんなに話しかけても、「ああ……」とか、「そうか……」しか言わないセリカ。
それでもね、私の話をキチンと聞いてくれているって分かるの。
不意に話が途切れたりすると、感情を伺わせない顔を私に向けて、ジッと此方を見続ける。
どうかしたのかと、目で私に問いかけて。
私は嬉しくって、本当にどうでもいい話をまた始めるの。
その内にハイシェラも話に加わって、3人仲良く楽しい時間を過ごすのだ。
穏やかで、とっても暖かい時間。
ハイシェラに言わせれば、こんなにゆったりとした日々を送れるなんて、滅多にはないそうなんだけど。
だけども私にとってはこれが日常なのだ。
私はセリカとハイシェラの優しさに溺れ、どうして胸が苦しくなるのか分からない外の世界の話から逃避してしまう。
だからだろう。
もう、何年も固執していた思いを、遂に捨てようと思ったのは。
ハイシェラが言うのだ。
カルッシャはもう長くはない。
もうすぐメンフィルによって征服され、滅び去るだろう。
だから、もうこの国から、このレスペレント地方から離れよう。
いつもなら、すぐさま駄々をこねてこの国、このレスペレントに残りたいと訴えただろう。
でも私は、チクンとした胸の痛みを振り切り、
コクン
首を縦に振り、遂に頷いた。
この5年の間、何度も言われ続けて、それでも我が儘に拒否し続けてきたけれど。
でも、私には過去の何かより、もうセリカとハイシェラの2人の方が大切なのだ。
ハイシェラには、セリカとの旅は辛く苦しいモノなのだとは言われている。
光の神々の勢力からは邪神と罵られ命を脅かされて、闇の勢力からはセリカの女神の身体を狙われ続ける苦難の旅。
危険で、穏やかな日々はそう滅多に訪れない。それでもハイシェラとセリカは私を誘ってくれた。
一緒に行こうって。
うれしかった! すんごく、すーんごくっ! うれしいって思った!!
だって、普通は苦難の旅に誰かを付き合わせようなんて思わない。
それが大切な人なら尚更だ。
でもね、でも……思う。
大変で、辛い目に合わせるかもしれないけれど、それでも一緒にいたいって言ってくれるってことは……
それってもう、プロポーズだよね?
……ほっぺが熱い。
今の私、きっと顔が真っ赤だ。
大体ね? そんな2人との旅。どんなに辛く苦しくったって、私はきっと幸せで居られる自信がある。
だって、2人と一緒に過ごしたこの5年近い年月、ただの一瞬でも自分を不幸だとか思ったことはないもの。
本当に大変な事に遭遇していない。と、言うこともあるかもしれない。
でも、私は、好きなのだ。
ハイシェラが。
セリカが。
とても、とても、とーっても! 好き。
「なら、明日にでもルクシリアを出るとするかの、のうセリカよ」
セリカは頷くと、荷物を纏め始める。
私もにこにこしながらセリカを手伝った。
そうして夜が更け、ベッドに潜り込む。
どきどき、わくわく。
明日からの事を考えると、楽しくって仕方ない。
ごそごそと深夜遅くまで起き続け、何度もハイシェラから窘められた。
「あんまりはしゃぐと、熱を出すぞ!」ってね。
そして次の日の朝、ハイシェラの言うとおり、私は案の定熱を出してしまう。
まるでピクニックの前日にはしゃぎすぎて、当日熱を出して寝込んでしまう子供みたいに。
結局大事をとって、旅を出るのを10日程先に延ばすことになってしまった。
熱にうなされ、それでもとても慣れた感覚で、『前』に比べたら全然楽だなって思ってしまう。
それでも、
「ごめんね、セリカ、ハイシェラ……」
「気にするでないぞ。とは言え、そろそろ真剣に考えねばならんかのう」
「何をです?」
「カヤ嬢ちゃんの、虚弱体質を治すことじゃな」
セリカが果物をすりすりしているのを横目に入れながら、胡乱な眼でハイシェラを見る。
そんなに簡単に治るんなら苦労はしないよね?
なんて思いながら、「あ~ん」って大口を開ける。
セリカは木製のスプーンを手に持ち、すりすりした果物を食べさせてくれた。
ちょっと酸味が強い果物だけど、なんだろう? すんごく甘い。
「おいしー」
熱で赤くなったほっぺたを、ほにゃって緩める。
これって『りんご』みたい。
こっちにもあったんだ……
いやいや、『私が』食べたのは初めてだけど、そういやパズモ・メネシスが食べてるCGを見た覚えが……
あれ? 今、何を思い出したの……?
熱のせいか、さっきから頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「ったく、なんでお主は大人しく我の話を聞くことが出来んのじゃっ!!」
もう少しで『大切』なコトを思い出せそうな気がしたんだけど、ハイシェラの怒鳴り声で忘却の彼方。
「よいか、良く聞け……」
そうして始まるハイシェラ先生のありがたいお話。
私が熱を出してパ~になってるって、なんで分からないのかな?
「セリカの使徒になればよい。そうすればお主の体では耐え切れない魔力の猛りも、自然と身体に馴染むようになるであろう」
使徒になれば体が作り変えられていく。
神殺しセリカと同じく不老不死になって、永久を彷徨うことになるのだ。
でもそれってセリカの従者になるってコトだよね?
セリカのことは好きだけど、しもべに成りたいとは思わない。
彼と手を繋いで歩きたい。
恋人同士のように、夫婦のように。セリカの横に、居たい。
でも使徒になってしまえば、それは叶わないことではないだろうか……?
「それはカヤ嬢ちゃんの気の持ちようだの。カヤ嬢ちゃんが変わらなければ、セリカも変わらぬよ。カヤ嬢ちゃんが望む関係を作れるかどうかも、全部お主等次第じゃ。もっとも使徒となれば、それとは別に神殺しの業に巻き込まれる事になるだろうがの」
熱でぼーっとする頭で、少しだけ本気になって考えた。
神殺しの業。
そんなの、私には分からない。
でも、どんなに辛くても、隣にセリカが居てくれるのなら……
「セリカは? セリカは、私が使徒になったら嬉しいですか……?」
「そうだな。カヤが一緒だと、俺は嬉しいのかもしれん」
「そっかぁ……」
最後にそう言うと、私は熱いまぶたを閉じた。
ドキドキ、ドキドキ。
胸の鼓動が果てしなく激しい。
これって、愛の告白No2みたいなモノだよね……!
セリカは、私のこと、好きなのかな?
だったら、嬉しいよ……
熱で熱いまぶたから、嬉し涙で滲み出て、じんわりと目元を濡らしていく。
もう、いいよね……?
失われた過去を、そのまま失わせてしまっても。
今以上の幸せなんてない。
ブラコンとシスコンの神様に背を向け、私は恋に生きよう。
病気を治し、元気になったらカルッシャを出て、レスペレントを飛び出すのだ。
そうしてその先にある何処かで、私はセリカの……
使徒になりたい
好きだと伝えよう。
愛してると囁こう。
そうして、出来る事ならば、私はセリカに好きだと言って貰いたい。愛していると囁かれたい。
「ねえハイシェラ。私、足手まといにならないかな?」
「何を今更な。お主はいつでも足手まといぞ? だがの、それでも我とセリカはカヤ嬢ちゃんが一緒に居てくれるのが嬉しいのじゃ。何故だか分かるか?」
首を、横にゆっくりと振る私。
「楽しいからだの。カヤ嬢ちゃんと一緒に旅する様になるまで、久しくなかった感情ぞ? お主は、我とセリカにとって、必要な存在なのじゃよ」
「うにゅ……えへへ……ふにゃあ……」
てれてれ、ふにゃふにゃ。
変な声が口から漏れ出す。
決めた。使徒になろう。
あれ? でも、使徒になると言う事は、セリカに抱かれると言う事だよね。
セリカのことだから、きっと性魔術を使うに違いない。
病気とは違う意味で熱くなる頬。
恥かしいような、でも嬉しいような、そんな、どこかムズ痒い感じ。
でも、とても心地が好くって、私はセリカに手を伸ばし、
「ね、一緒に、寝て……」
熱で汗に濡れた前髪をセリカの胸に押し付けながら、私は彼の腕の中で安らぎを覚える。
一緒に旅をしてから5年近い時が流れている。
その間、ずぅーっとあった胸のしこりが、消えていくのが分かった。
もう、考えなくてもよいのだ。
【お姉さま】のコトも、【イリーナ】のコトも、【レオニード】のコトも、もう、考えなくて……いい、の……
静かに寝息を立てて眠る私を、セリカは優しく髪を梳きながらギュっと抱きしめて、離さないでくれたのだった。
その後、熱が下がり、体調が完璧に整ったのを見計らうと、私達はカルッシャ王都ルクシリアを出た。
テリイオ台地を横目に見ながら、途中気色悪い視線を振り切って、テネイラ事件のあったユーリエに入る。
ブロノス砦からメンフィル軍が撤退したと喜びに湧く住民達を流し見ながら、私達は一気にミレティア保護領に入り、そのままレスペレント都市国家郡へと抜けた。
でも商都ルミアには立ち寄らず、ひたすらに南下し続ける。
戦乱に荒れるレスペレントをさっさと出てしまい、ケレース地方に入る為に。
セリカと私は夜になる度に唇を合わせ、私はもう彼の行為に抵抗しようとは思わない。
次に彼が私を求めたその時が、私が真にセリカとハイシェラの家族になる時なのだから。
暖かいなにかと、うれし恥かしい気持ちに包まれ、
だが、
私の幸福な妄想は終わりを告げた。
メンフィル王国へと入り、『今の』私の原初の記憶。
炎に包まれ滅びた開拓民の村跡に差し掛かった時、その場に悲しげにいななく飛竜が一頭。
その飛竜の主だろう男が、大量の血で大地を赤黒く染めている。
風に流れて、その男の呟きが私の耳に届いた。
「セリーヌ様……申し訳ありません……」
頭が槌で殴られたような衝撃。
ズキ、ン……
痛み、痛み、痛み……
私は走った。その男の下へ。
ハイシェラが、セリカが私を止める。
行きたくない、行きたくない、行きたくない……
でも、足が止まらない。
行ってしまえば、セリカとの明日が、永遠に去ってしまうと分かっているのに。
血を流し倒れ伏す男の傍まで行くと、手を取り、声を掛ける。
「大丈夫ですか! 気をしっかり持って!!」
私の声と姿に、男は数回目を瞬くと、驚いた風で私を凝視した。
「セ、リーヌ……さま……?」
セリーヌ、そう呼ばれた瞬間、私の中で目覚め始める。
セリーヌである私と、一度は捨てた自分。前世の私……
『 阿藤 沙希 』が、目を覚ました。