シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語   作:uyr yama

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12話目

 

守るべき主君を背に、迫り来る魔物どもを斬り捨てる。

周囲を固めるのは、死んだはずの部下たちとギルティン・シーブライア。

信頼のおける同僚や部下たちに囲まれ、彼は主君の為に剣を振るう。

後ろを振り返れば、敬愛すべき主君が微笑んでくれていた。

力が湧き上がり、今なら何でも出来る、何処までも戦える!

 

そして全ての敵を屠った彼に、彼女はこう言ったのだ。

 

 『ご苦労様でした』

 

表情を厳しくしていた彼女の顔が、ふんわり柔らかくなる。

彼は誇らしげに彼女に剣を捧げる。

笑い合う部下達。肩を叩き合う彼とギルティン。

 

 

 

 

 

 

 

────そんな、夢を見た。

 

死を目前とし、夢想していた、はずだった────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血塗れで死に瀕した騎士にセリーヌと呼ばれた瞬間、私は全てを思い出した。

 

思い出してしまった。

 

一気に脳裏を駆ける前世の沙希だった自分。続いてセリーヌだった私。

その全ての記憶が私の中に流れ込む。急激な記憶の覚醒に、頭がガンガンする。

遠のきそうな意識、フラリとふらつく身体。

倒れそうになる寸前、私を追いかけてきたセリカに後ろから抱きとめられる。

セリカの胸にすがりつきたくなる『カヤ』を押さえつけ、『沙希』である私は『セリーヌ』であろうと努力した。

 

「ハーマン……」

 

セリカに抱きとめられたまま、私は血塗れの騎士を労わるように声を掛け、今がどういう状況なのかと考えを巡らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブロノス砦の防衛成功。

これは前世のアノ記憶にない事象。何せメンフィルは連戦連勝、向う所敵無しの筈だから。

 

お姉さまの醜聞。

はて? あったような、なかったような……?

 

でも、騎士ハーマンが死に瀕するのは多分アレだ。

カルッシャの扇動を受けたメンフィルの旧王族・貴族による反乱から始まる、王都ミルスの王城での決戦だろう。

それに敗れて死亡するのが彼、ハーマンなのだ。

ならば今の状況は、もうクライマックス間近。

 

時間が無い。

 

イリーナを……いいや違う。

妹を守るべきはもう私の役目ではないだろう。

それは夫であるリウイの役目。

私がカルッシャの王女としてしなければならないのは、カルッシャ滅亡の阻止だよね?

レオニードを、お姉さまを、お義母さまを、カルッシャの臣民達を……守らないと。

 

でも、出来るの……?

 

5年前は結局何も出来ず、変えられず、死ぬはずのなかったギルティンまで死なせてしまった私が……

 

怖い、怖いよ……

 

私は不安に震え、前世の記憶に恐怖する。

セリーヌの記憶はともかく、沙希の記憶なんて取り戻したくなかった。

忘れたままでいたかった。

 

ずっとセリカと旅をしていたかった。

ずっと彼のことを好きでいたかった。

 

なのに、思い出してしまったら、もうそんなコト出来る訳もない……

その事実に、私は死に瀕するハーマンを気遣いもせずに、ただ震えるだけだった。

 

そんな時だ、彼が激しく咳き込みながら、私に懺悔したのは。

彼の語る、私が『死んで』からの彼の軌跡。

私は、ハーマンの言葉にギュッと目をつぶった。

自らの命を搾り出すように紡がれる彼の5年間。

 

その5年間に、私は再び覚悟を決める。

 

彼は、私の為に戦い続けていたのだ!

こんな私のために!!

ほにゃーって私がセリカに甘えっぱなしだった間、ずっと、ずっと!

 

だから、私は戦わなきゃならない。

例え、私を抱きしめるこの腕が、もう二度と感じられなくなるのだとしても。

 

 『王女は一国のために尽くすもの』

 

お姉さまが常日頃からサイモフに言われていた言葉。

私とイリーナが常日頃からお姉さまに言われていた言葉。

私達が食べていた物は、着ていた物は、全て臣民から与えられたモノだった。

だから私達は国の為に全てを捧げなければいけないのだ。

その言葉が、どのような思惑の下で言われたモノだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュッと閉じていた目を開いた時、私はもうカヤではありえなかった。

もちろん沙希でもない。

私は、カルッシャの第2王女、セリーヌ・テシュオス。

 

セリカが私を守るように抱きしめてる腕を、ゆっくりと振り解く。

そしてハーマンの手を優しくとった。

 

彼は、もう長くはない。

例え治癒の水を使っても無駄だろう。

あの時の私と勝るとも劣らない、深く刺し穿つ傷。

 

私が助かったのは、セリカの性魔術と、私の中に眠っていた膨大な魔力が起こした奇跡。

ハーマンには、その奇跡を起こせるだけの運はない。

何よりこの傷、全ての命を刈り取らんがばかりの禍々しい何かを放っていた。

死ぬのだ、彼は、死んでしまうのだ。ギルティンと同じように、でも、彼の死は私の知る知識と近い。

 

だったら、この死は必然なの……?

 

「申し訳……あり、ませ……ん……私は、セリーヌ殿下の命を、果たすこと、叶わず……」

 

いいや、違う。

彼を殺したのも、また、私。

だって、私の死が彼を縛っていたんだもん。

 

思わず、ごめんなさい……

 

そう言ってしまいたくなる。

でも、ダメだ。それは私が楽になりたいが為の言葉。

何より、誇りをかけて戦い抜いた彼に対し、言っていい言葉ではない。

私は泣きたくなるの堪えながら、震えそうになる言葉を抑えながら、慎重に、慎重に、一言一句を大切に吐き出す。

 

「もう、いいのですハーマン。任務、ご苦労様でした。アナタは、良くやりました。後は私に任せて、お休みなさい」

 

ハーマンは、大きく目を見開いた。

数回パシッパシッと瞬きすると、強ばっていた身体から力が抜けていく。

彼の目から涙が溢れ出し、それが滝のように流れ落ちる。

何事かを言いたいのか、唇を僅かに動かし…………そうして、彼の時間は永遠に止まった。

 

 

 

 

 

満足気なハーマンの死に顔。

 

彼の開いたままの目蓋を閉じてあげると、私の頬を、熱い何かがツツゥーと流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、いいのですハーマン。任務、ご苦労様でした。アナタは、良くやりました。後は私に任せて、お休みなさい」

 

 

夢ではなかった……

 

───セリーヌ殿下が何故に生きていたのかは分からない。

あの時、あの場所で、彼女は自らの死を選んだ誇り高き人。

だとしたら、殿下を抱きとめている男が生かしてくれたのか……

私や、姫将軍殿でも出来なかったことを、目の前の男が……

 

ハーマンが感嘆の想いで男を見上げていると、急速に力が抜け始めた。

 

もう、己に残された時間は少ないのだろう。

だからせめて最期に彼女に伝えたかった。

 

もう、カルッシャは終わりです。どこか遠くへお逃げ下さい……と。

 

 

でも、彼女は逃げださない。

そんな確かな未来がハーマンには視えた。

 

 

───ああ……なぜ私は此処で死ぬのだ……!

アナタの剣になる事こそが、死んだ部下達に報いるたった一つのコトなのに───

 

 

意識が暗くなる。

身体が重くてピクリとも動かせない。

 

 

まるで地に吸い込まれるようではないか……

私は地獄へと堕ちるのだな。

 

 

ハーマンは誰に言われるでもなく、そう確信する。

彼女と再会するに到るまで、ひたすらに非道を成してきたのだから、それも仕方あるまい。

今頃王都ミルスは、ハーマン達が作った死体で溢れかえっているはずだ。

姫将軍の命令通り、メンフィルに仕える文官共を殺し尽くし、メンフィルの民が生きる為に必要な糧と言う糧、全てを破壊し尽した。

 

道を破壊し、鉱山を崩し、田畑に火を放った。

 

例え、ブロノス砦から撤退するメンフィル軍への追撃戦で、リウイ王を討ち取れなかったとしても、ここでメンフィルの勢いを完全に殺す為に。

故に、もうメンフィルに継戦能力は残されていない。

 

 

───カルッシャがこの地を占領するその日まで、せいぜい醜く足掻けばよいのだ。

 

 

……そう思ってしまう自分には、彼女の傍に居る資格はないとハーマンは自覚した。

あの時、エクリアが言ったセリーヌの本当の姿。

憎しみに凝り固まっていた当時のハーマンは納得しなかった。

でも、目の前でこうしていると、あの話こそが彼女の本当だったのだな。そう思う。

 

なればこそ! 本当の彼女の為に剣を振るいたかった……!!

 

なのに力が出ない。そんな自分が情けなくて、悔しくて、涙が溢れて頬を伝う。

 

 

その時だ! 暗闇に堕ちていた彼の視界が、急に光に包まれたのは!

光の先で、懐かしい顔ぶれが揃って己を待っていたのだ。

 

「殿下に対し、変態的な言動を放ったあのバカ! お前ら、私に代わってキチンと制裁を加えたか?」

 

 

ハーマンが自然にスルリと口にした言葉。

アノ惨劇の日、バカなことを口走った部下への制裁を、彼は決して忘れてなんていない。

彼の部下達は一斉に肯定の声をあげる。

続いて剣を鳴らした。

ジャキンッ! 鍔と鞘がぶつかり合う音。

まるで、戦の鼓舞のようだ。

そう彼が思っていると、ニヤリ……部下達に混じっていたギルティンが嗤った。

いいや、良く見れば、アノ日死んだ旧メンフィルの騎士や村の自警団の戦士達までもが居る。

全員がギルティンと同じように嗤い、禍々しくも誇り高い戦人の様相だ。

 

 

───まだ、戦えるのだな……?

私も、お前達と共に在れるのだな……?

そうして彼女の為に、もう一度戦えるのだな……?

この先、彼女を待ち受けているだろう試練に、私は剣を振るえるのだな!!

 

 

絶望が晴れると同時、ハーマンの魂がゆっくりと彼女の中に沈み込んでいく。

彼女の暖かい魂に包まれながら、彼女を苛む知識がハーマンに流れ込んだ。

 

幻燐の姫将軍と呼ばれる物語の知識。

 

これで、ようやく解った。

何故セリーヌがケルヴァン・ソリードを殺したがっていたのか。

 

そしてホッとする。

 

カルッシャを叛したイリーナ王女を殺さなくって。

 

こっそり冷や汗をぬぐうハーマン。

 

いや、マジで殺す寸前だったのだ。

ってか、後少しメンフィル王の帰還が遅ければ、殺すか姦ってた。

だけども、この事実がセリーヌに知れることはなく、彼は安堵に包まれながら仲間達の待つ場所へと旅立った。

 

 

───必ずやセリーヌ殿下の望むハッピーエンドを捧げよう。 

 

仲間達と笑い合って────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれだけの時間そうしていたのだろう……?

 

気づけば高かった日は落ち始め、世界は夕焼けの紅に染まっていた。

もう、私は動かなければならない。

立ち上がり、私を守るようにして佇むセリカへと身体を向けた。

 

「あのね……? セリカ、私……」

 

恐々と上目遣い。

なんて言ったらいいのか分からない。

ただ、もうこれ以上セリカとハイシェラとは一緒に居られない。

やるべきことが見つかってしまったから。

 

私は勇気を振り絞り、セリカとハイシェラに別れの言葉を告げようとする。

 

でも……、突然視界がグルリと回転し、セリカの背中しか見えなくなった。

 

「話は、後だ……!」

 

ギィ、ンッ!!

鉄と鉄の摩擦音が私の鼓膜を震わせて、足元の大地に、ザクッ! 矢が刺さった。

 

「ようやく追いついたぞ、薄汚いカルッシャの手のモノが!」

 

長い髪を後ろに結わえ、鎧の意匠はメンフィルの近衛。

雄々しい水竜に跨り、怒りに燃えた眼差しで、私を守るセリカを睨みつける。

彼女の背後には、やはり怒りに燃えたメンフィルの騎士達。

 

「オルクス師の……貴様らに殺されたメンフィルの者達の怒り! その身に味わえっ!!」

 

その士気、天を貫かんがばかり。

 

だけどちょっと待て!

確かにカルッシャの関係者ではあるけれど、今の私はただの旅人。

確かにちょっと妖しいかもしれない。それはセリカも同じだけど。

いや、でも……問答無用はないっしょ!?

 

でも、そんな私の無言の抗議なんて聞こうともしないし、聞く気もないのだろう。

私の足元で永遠の眠りについたハーマンを睨みつけると同時に、私とセリカに凄まじい殺気を放ってくる。

 

ハーマン、アナタ何したの?

彼女、むっちゃ怒ってるじゃない。

 

緊張感のない私。

セリカに守られ、安全が保障されまくっている私は、だから胸を張って彼女達に告げれるのだ。

 

「メンフィルの怒りですか……? 笑わせますね。もしかしてアナタ、戦争の発端がテネイラ事件だとでも思っているのでしょうか?」

 

なんて言いながら、鼻でせせら笑う。

まさに虎(セリカ)の威を借る狐(わたし)。

だって、ちょっとカチンってきたんだもん。

 

 

「……何を言いたい、女っ!」

 

いや、アンタも女でしょ?

って言いたいのをグッと堪える。

 

「何がメンフィルの者達の怒りですか。全ての悲劇の発端を作ったのは貴方達ではありませんか! 我々カルッシャは忘れません。貴方達に襲撃され浚われたイリーナを! 貴方達に惨殺されたセリーヌを! そして、その時殺された騎士達の無念を! ふざけたことを言うのも大概にしてっ!!」

 

私は生きてますけどね?

なんておくびにも出さず、背をピンと伸ばし、堂々と言い放った。

 

こんなん言ったモン勝ち。

勢いが全てなのですよ!

 

事実、女騎士の周囲を固めている騎士達が、ざわめき始める。

アホなことに、自分達の正義だけを信じていたんですね?

戦争に正義なんてある訳ないじゃん。勝ったモン勝ち、やったモン勝ちが戦争です。

私はせせら笑いをより一層酷くし、風になびく髪を煩わしげに払うと、そのざわめきは最高潮に達した。

なんてーか、度胸ついたよね、私……

 

「イリーナ王妃……? いや、違う。貴様、もしや姫将軍エクリアか!」

 

あれ? なんで?って、そういやお姉さまって仮面を被ってるから、素顔をあまり知られてない。

だったら、イリーナにそっくりな私がお姉さまと間違われても仕方がない……のか?

いや、まあ、私は公式で死んでるしょうし……

 

「千載一遇の好機! 征けぇっ! 姫将軍の首を取れ!」

 

彼女に指揮される100単位の騎士達が、一斉に私目掛けて襲い来る。 

姫将軍の首を取れば、この戦争の勝利は約束されたようなモノ。

 

功績も抜群! 褒美も思うがまま!

でもね、そこの近衛の女騎士さん。知ってるかな? 

魔神一体は一軍に匹敵する力を持っている。

そしてね?アナタの目の前に居る赤毛の剣士は、その魔神を軽々と屠りまくる伝説の神殺し。

なによりセリカは、この手の危機に慣れきっている。

 

 

 

バチバチバチッ!! と稲光が空間を舞い踊る。

セリカを中心に風が吹き荒び、雷撃の魔力がほとばしり、そして……視界の全てを、雷光の光が刺し貫いた。

轟音と共に、まるで人形の様に壊れていく女騎士とその一党。

 

ちょっとヤリすぎじゃない?

 

と思いセリカを見ると……なんか、すっごい怒ってる。

……うん、私は、何も見ていない。そうだよね? ね?

 

 

 

 

こうして私は、セリーヌ・テシュオスとしての戦いを再び始めることを決意した。

【あの日】生まれたカヤではなく、死んだはずのセリーヌとしての戦いを。

もう、私はカヤではなく、もちろん沙希でもない。

 

 

掻き毟るような恋慕の情から目を反らし、私は……わたし、は……

 

 

私の想いをのせて、風になびく髪が、セリカの頬に、触れた気がした。

 


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