シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語 作:uyr yama
「陛下……」
囁くような小さな声。
でも万遍の想いが込められているのは、ただ聞こえただけの彼女にも分かった。
ティファーナを守る様に翼を広げていたシュヴァルティアは、そんな彼女の様に苦笑する。
「疑問も多々あろうが、今は眼前の敵を蹴散らすことに集中した方がいい」
その声に反応した訳ではないだろう。
が、しかし、シュヴァルティアがそう言った瞬間、チャージの構えをとっていた竜騎士達は、一斉に空高く舞い上がった。
地上からの魔法攻撃を厭うたのだろうか?
それとも、シュヴァルティアの威勢に畏れなしたのだろうか?
……いや、違う。これが、カルッシャの新しき戦か。
弓を放つ。魔法を放つ。ここまでは、先程までと一緒だ。
しかし、チャージの構えをとっていた『通常』の装備の竜騎士達が、ランスを一斉に投擲する!
シュヴァルティアに、ティファーナに。何より、地上にいるリウイ達目掛けて投擲された凶器。
ランスが雨の様に降り注ぎ、冷たい鋼の反射する光が死神を誘う。まさに死の雨。
ティファーナは動けない。
傷が彼女の動きを苛んでいるから。
シュヴァルティアも動けない。
彼女が動けば、背にいるティファーナは死んでしまうだろう。
だけど、このままでは地上にいる陛下が……っ!
しかし、その心配は無用だ。必要ない。
リウイは覇者。覇者とは、世界の流れを強引に手繰り寄せる力が有る者の総称である。
そんな彼が、この程度の攻撃で、命を危うくするなどありえない。
そう、彼の隣。先程から詠唱状態にあったペテレーネの魔法が完成したのだ。
「アーライナよ、裁きをッ!!」
膨れ上がる魔力。風が震え、ペテレーネの睨む範囲の空気が、彼女の支配域に代わり……そして、放たれる。
混沌の女神アーライナの闇の裁き。
その魔法は空を漆黒に塗り替え、降り注ぐランスの全てを飲み込み消滅させる。
数瞬後、シンと静まり返る空。もう、鋼の雨は、ない。
「ご主人さま、全て撃破です」
「よくやった、ペテレーネ」
リウイはくしゃりとペテレーネの頭を撫で、戦いは終わりと、手に持つ突剣を腰に差した。
ティファーナが空を見上げれば、すでに敵竜騎士達の姿はなく、先程の攻撃は逃げるための時間稼ぎだったのかと、小さく首を捻った。
アレを続けざまに何度も放たれれば、流石のリウイ達も無傷では済まなかっただろう。
なのに、どうして……?
まあ、ランスなんて重装備。そうそう持ち合わせてはいないという理由だろうが。
ティファーナは冷静さを失わせているのか、いくら考えても答えは出ない。
出ないのだが……
今の彼女にはリウイに告げねばならないことがたくさんあった。
傷ついた身体をシュヴァルティアに庇われる様にして地上に降りると、ペテレーネが急ぎ治療に取り掛かる。
だがティファーナはペテレーネの治療を拒み、リウイの眼前で頭を下げた。
「ペステ、ルミア、共に陥落。そして……申し訳ありません、陛下。お預かりしたカルッシャ攻略の為に編成中だった軍を、サラン街道にて壊滅させてしまいました……」
矢継ぎ早に放たれた報告に、リウイは眉をしかめ。
そして続いて報告された『爆撃』に、更に眉間の皺を深くする。
「……姫将軍エクリアが出て来たのか?」
言ってはなんだが、失脚し、行方不明となった筈のエクリア・テシュオスが出てくるとは思えない。
このレスペレントにおいて最強の国にして最後の敵国、カルッシャ。
彼の国が誇る、レスペレントに止まらない異名を持つ彼女は、既に失脚し、カルッシャ国内にいるのかどうかさえ不明である。
カルッシャ……そう、カルッシャ。
リウイは何度も思ったことがある。
もしも皇太子であるレオニードと、死した宮廷魔術師テネイラのもとで、カルッシャが一つに纏まっていれば。
闇夜の眷族の王国メンフィル。
人間族中心の王国カルッシャ。
この2つの王国が、真の意味で手を携えることさえ可能だった。
人間と闇夜の眷族が、共に……いいや、獣人も、エルフも、ドワーフも。
ありとあらゆる勢力が互いを尊重しあう世界が出来たかもしれなかった。
……美しすぎる夢だ。現実的ではない。すでに事態は個人の思いなど超越している。
だから、もう叶う筈のない。だけども、叶えられたかもしれない美しい夢。
例え皇太子レオニードが王になったとて、憎悪渦巻くレスペレントの戦乱は、もう止まらない。
どちらかが膝をつき、頭を垂れるまで……
そんな埒もない妄想の領域の想像をつらつら考えていると、ティファーナは、
「いいえ、いいえ。違うのです、陛下。姫将軍『エクリア』ではありません」
そう言って否定した。
リウイはすぐにカルッシャの主だった将の名を脳裏に浮かび上がらせる。
いくつかの名前が浮かび、だが、すぐに否定した。
最後に残った者の名は……現在の戦乱、俗に言う『幻燐戦争』勃発より昔。
歴史的に敵対関係であったフレスラントとカルッシャ間で戦雲が高まり、遂にフレスラントによるカルッシャ侵攻が始まった。
しかしフレスラント軍は、両国の国境近くで壊滅してしまう。
その地を、自らの血の色に染め上げて……
以降その地は、その地を守り、文字通り血の河を作り上げた天使の名を取り、『モナルカの滝』と呼ばれるに至る。
そして現在、その天使モナルカは、皇太子レオニードが率いる人間族主体の国家として酷く稀な、人間族以外で構成された騎士団、翼獅吼騎士団の騎士団長である。
カルッシャにおいて最強……いいや、ことによっては、このレスペレント全体から見ても最強だと言っても過言はない翼獅吼騎士団を用いられれば、成すがままに蹂躙されてもおかしくはない。
が……違う。とリウイは感じた。
モナルカは風を司る戦いの女神、リィ・バルナシアに仕える天使である。
しかし、何の発想なのか。高空からの爆撃を行い、国自体を疲弊させていく戦略的発想。
これはない。この発想は、光陣営の神々に仕え、高潔な精神を持つ天使が成せる戦術ではない。
むしろコレは、性格のネジ曲がった者しか考えつかない、戦略の域に達するイヤらしい戦術だ。
そう、そんな性格のネジ曲がった者が考える策が、普通で有る筈がない。
実際、この爆撃による実質的な被害は、驚くほどに少ないのだ。
だからリウイは確信する。
この策の狙いは、心。
兵や国民の心を疲弊させるのが目的なのだと、リウイはティファーナからもたらされる情報から読み取った。
もとより、このレスペレントにある国の多くは『人間族』の国家である。
彼ら人間族の多くは、リウイ達『闇夜の眷族』と、魔族・魔獣の区別が殆どない。
彼らにとってみれば、我らメンフィルは悪魔のような侵略者で、彼らカルッシャは、そんな我らから解放する為に戦う救世主。
既に占領区となった地域の軍事関連施設を爆撃することで、彼ら一般人にこう思わせるのだ。
カルッシャは、まだ戦っている。だから我々も戦おう!
そうなれば反抗勢力は活気づき、更には一般人のレジスタンス化さえも可能かもしれない。
カルッシャの兵達も同じだ。自らを正義として戦い続けられるのは、士気の安定化として役に立つ。
この辺りは、テネイラ事件によって一般兵や国民の士気が下降気味となったメンフィルにすれば、実に羨ましい。
ついで、ただでさえ差のある絶対的な兵数の差を、更に広げて戦術的な有利を積み重ねるために、メンフィル軍を更に分散させて、各個撃破すら可能な状況を作り出している。
これに対してメンフィル軍は妄動せず、どっしり構えるのが上策。しかし、それが出来れば苦労はしない。
爆撃に晒されている地域を放っておけば、先に言ったような反乱勢力の蠢動を招いてしまう恐れがあった。
なにより、今は軍事施設やその関連施設に限定されてはいるが、いつ『本国』の『民間施設』や『家屋』が攻撃対象に入るか分からない。
いや、実際にそうせずとも、その可能性をコチラに気づかせればいいだけ。ただそれだけで、兵達は動揺してしまう。
動揺した兵は士気が下がり、下手をすれば脱走する可能性すら出てくる。そうなれば、もうメンフィルは軍を維持出来ない。
ラピス達は、自らが編成していたカルッシャ攻略軍からも、各地に兵を派遣していただろうし、そうでなくても、常に爆撃の可能性があった状況で士気を保てなど土台無理な話だ。
そう、実際にラピス、リン、ティファーナが交戦する前から、カルッシャは戦略的に戦術で勝利するための道筋を作っている。
先だってのブロノス砦での敗戦のように、大局的な視線から『戦争』を行っていたのだ。
あの時は、姫将軍エクリアの失脚で難を逃れられたが、もしもソレがなければ、あの時点でメンフィルは滅亡していただろう。
まあ、もしもはこの際、どうでもいい。
それより、これが歴史ある『大国』の強みか……と嗤った。
2度……そう、ブロノス砦、そして今回と。2度、戦略的に負けてしまった。
戦術を戦略レベルで構築し、常に自国が有利となるように動ける『システム』が国の中枢で完成しているのかもしれない。
興国したばかりの今のメンフィルには不可能な話だ。
だが、興国の……興国を成した興国の王にも、だからこそ確かな強みがある。
さて、カルッシャの新しき将よ、それが理解できるか?
リウイは短い時間でここまで思考を深めると、ティファーナの次の言葉に注視する。
侵攻軍の将は誰か?
実力で考えれば、先に否定したモナルカか。はたまた宰相サイモフか。
ヤツこそ、エクリア去りしカルッシャにおいて、最も危険な男だ。
しかし彼は軍事的な才能は一切持ち合わせていない。
宰相サイモフに少しでも軍事的な戦略視点があったなら、姫将軍エクリアとの内部抗争なんてしやしない。
少なくても、メンフィルとの決戦が終わるまでは。そうすれば、既にメンフィルは破れていた。
姫将軍エクリアを追い落とすにしても、戦後にすれば良かったのだ。
そうすればレスペレントの覇者はカルッシャになっていたというのに。
宰相サイモフはそれが分からない。限界がここである証拠だ。
ならば、サイモフは違う。
とすれば、やはり皇太子レオニードか。彼ならば、これぐらい出来ても不思議ではないかもしれない。
何より彼が出てくるのならば、モナルカ、サイモフはレオニードの剣と楯。当たり前の様に2人も一緒に出てこよう。
軍事的才能のないサイモフも、レオニードの補佐としてならば、その能力は脅威である。
そして、天使モナルカも……
リウイは皇太子レオニードこそが、今回の敵司令官だろうと当たりをつけ。
だが、その考察はすぐさま否定される。
「敵将の名は……セリーヌ・テシュオス。カルッシャの第2王女です」
ヒュッとイリーナが息を飲んだ。
「お姉さまが生きてらした……ッ!?」
ワナワナ身体を震わせ、茫然と呟くイリーナに、リウイは眉を顰める。
この戦乱も、新しい局面に入ったか……
まだ見ぬ敵将、セリーヌ・テシュオス。
───闇が邪悪だと誰が決めました? 光が正義だと誰が保障するのです?
いつの日か、光も、闇も、みんな、みんな、仲良くなれたらいいのにね───
そうイリーナに語りかけた、彼女の最愛の姉。
そんな彼女が、闇夜の眷族たる我らが国を滅ぼさんと軍を率いる。
「その姿、確かに妃殿下と良く似た面差し。腰に差した水晶で出来たと思われる剣を振りかざし……」
ティファーナの報告に耳を傾けながら考察を進めるリウイは、彼女が『水晶の剣』と口にした同時に、目をカッと見開いた。
素早く背後に控えていたフレスラント王女リオーネに視線を送ると、彼女はコクンと頷き返す。
そう、彼らがつい先ごろまで捜しに捜していた物品。
姫神フェミリンスの呪いからこのレスペレントを解放する為に必要な……
「成程な……セリーヌ・テシュオスの目的は、オレの命か……」
リウイの口から、ハッと笑い声が漏れた。
顔を蒼ざめさせるイリーナ。いや、皆一様に顔が青い。
だが、リウイは心が軽くなった己に気づく。
悲壮な覚悟をしていた。
平和な世の中を築くために、自分の命を捧げるのだと。
その誓い、今も一遍足りとも変わりはしないが、それはあくまで勝者でなければ叶わぬことだった。
しかし、その条件がここで変わった。
例え負けても、セリーヌ・テシュオスが、このレスペレントを殺戮の魔女の呪いから解放してくれる。
無論、負けるつもりはない。
ないが、レスペレントを救うためなどと言った、やたらと重い使命からは解放されたような気がする。
勝っても負けても大丈夫なら、難しいことを考えず、ただ勝つことだけを考えよう。
それにしても……ようやく辿り着いた姫神の呪いの解呪法。
───ティルニーノを始めとする様々な勢力の力を借りた俺よりも先に、イオメルの樹塔に辿り着くとは。
「病弱だなどと、侮る訳にはいかんな」
口元を、実に楽しそうな笑みの形に緩ませる。
これからの戦いの予感に、心が昂ぶるリウイであった。
ここ最近、どうにも鬱々としていたのが嘘みたい。
イリーナは、愛する姉が生きていたとの喜びと、その姉が夫の命を奪わんとしている衝撃を忘れ、リウイの笑みにホッと胸を撫で下ろす。
死に逝かんとする夫を、もしかしたら止めることが出来るかもしれない。
お姉さま、お願いです。
どうか、あの人を助けて……
どうか、どうか……私の大切な人を……
ここで少しだけ時間をさかのぼる。
メンフィル西部……数年前に壊滅した開拓民村跡地に建てられた簡易テントの中で、定例の軍議会議が行われている。
そこでセリーヌは、円状のテーブルに両肘をつき、将軍達や参謀らの話に耳を傾けていた。
セリーヌが進軍を開始し、遂にメンフィル国内に至るまでに掛った時間は、実に半月程でしかない。
短兵急にも程がある行軍。しかし短兵急に進まなければ、この結果はありえなかった。
セリーヌは、そう確信しているし、また事実でもある。
彼女自身、前世はもちろん、今生において、軍人としても、武人としても、経験があまりにも少なすぎた。
その上、軍を率いる才能なんて、彼女にはありはしない。
そんな彼女がメンフィルに勝つには条件がある。
リウイ・マーシルンが『いない』。
彼がいてはダメだ。
ただの凡人に毛が生えた程度でしかないセリーヌには、よほど良い条件が揃わなければ、リウイ・マーシルンという一代の『英傑』には決して勝ち得ない。
英傑であるリウイをセリーヌが出し抜く方法……それは、不確定ながらも、そこそこ信頼度が高い……ような気がする『原作知識』と言う名の反則行為。
すでに摩耗している知識を必死に掘り起こし、時期と状況を照らし合わせ、情報から彼の目的と狙いを考察していく。
結果、完全にリウイの行動を先読みしきったセリーヌによって作り出された現状。それが今のカルッシャ有利の源泉である。
───ほんと、卑怯にも程がある。
己の実力からくる結果ではない。全て、特異な知識由来のもので……
セリーヌは自虐めいた笑いに口元に歪ませ……だが、すぐにその嘲笑を消す。
例え自分に向けた見下す笑いでも、こんな醜い表情を兵達に見られる訳にはいかない。
第一、どんな手段だとて勝てば官軍。負ければ賊軍。ようは勝てば全てオールオッケー。
だからセリーヌは歪みかけた口元を柔らかい微笑みに変えた。
そうして気分転換とばかりにテントを出ると、ゆっくりと余裕有る表情で兵達に笑いかけ、手を振った。
ウォオオオオッッ!! 地面が震える程に歓声が上がった。みな、一様に顔が明るい。
勝利の高揚だ。そして、正義に酔っている。
魔王の軍勢を滅ぼし、光の使徒たる我々カルッシャの民が、魔王に征服されそうなレスペレントを救うのだ!
ああ、なんておとぎ話。
まるでヒロイックサーガの登場人物のよう。
……本当は、そんな簡単な話なんかじゃないのにね、と静かに笑った。
カルッシャが正義なら、メンフィルもまた正義。光と闇の共存。美しい夢……きれいすぎる夢。
メンフィルの正義が闇と光の共存ならば、カルッシャの正義もまた、光と闇の共存であったはず。
少なくても、皇太子レオニードと、謀略に巻き込まれ命を落としたテネイラ・オストーフはそうだ。
でも、今は違う。少なくても、セリーヌの率いるメンフィル攻略軍は違った。
レオニードとイリーナに光と闇の共存の素晴らしさを語ったセリーヌが、闇を駆逐せんとする軍勢の将軍だなんて、笑えない。本当に、笑えない。
でも……
腰に吊るしたプラチナソードと水晶の刃。その鍔と鞘に触れ、チャリっと刃を鳴らす。
私はセリーヌ。セリーヌ・『テシュオス』。
弟を守るためなら、どんな汚い手でも使ってみせる。
決して自分では勝ち得ない。そんな相手であるリウイ・マーシルンを……殺してみせよう。
思いを新たに、挫けそうな心に活を。
そうしてセリーヌはテントの中に戻ると、席につく。
戦いは、これからが本番なのだ。そう言わんばかりに……
だが、事態はセリーヌの手から放れようとしていた。
「予定通り、サラン街道奥まで軍を引きます。用意をっ」
「はぁ? なぜですか? 確かに当初の予定ではそうなっておりますが、ここまで来たのならば一気にメンフィル王都を攻め落としましょうぞ!」
攻め落としましょうぞって……
こうして進撃を開始する前に、散々ミーティングしたでしょうが。
「それで、どうなります? 何の意味があるのですか?」
「なんの意味がとは、王都を陥とす。すなわち、我らカルッシャの勝利ではありませんか!」
「何か勘違いしているようですね。それとも、小さい勝利を重ねて目が曇りましたか? メンフィルは、王都を陥落されても滅びはしません」
「……は?」
「メンフィル王、リウイ・マーシルンは興国の王。彼が居る場所こそが王都であり玉座となる。すなわち、彼が居る限り、メンフィル魔族国は健在なのです。ですが逆に、興国の王。それこそが彼らの弱点。現在、リウイ・マーシルンに親族はいません。正確には、王妃であるイリーナ以外にはおりません。ですから彼さえ倒せば、メンフィルは自ずと崩壊するのです。敵国であるカルッシャの王女イリーナを旗頭に国を維持するなど不可能でありましょうから。何よりこのまま王都を攻めたのなら我らは敗れます。そろそろリウイ・マーシルンも姿を現しますし、そうなれば挟み撃ちに合う可能性もありますでしょう?」
何より、可能性はとても低いだろうけど、うまくすれば向こうから和平を打診してくれるかもしれない。
その言葉を心内に留める。
だが、参謀を務める将の言葉に、セリーヌの目が点になった。
「その前に陥とせばよいのですよ」
なにを言ってる?
そんなに簡単に勝てる相手なら、とっくの間にメンフィルは滅んでいる。
それが分からないアナタ達ではないでしょうに……
「無理です。メンフィル大将軍ファーミシルスは、今までの相手とは格が違います。彼女の格は、もはや魔神と同等。数を頼りに攻めに攻めても、時間を稼がれて終わる可能性が高いのです。いいえ、それどころか、下手を打てば逆に敗北の憂き目すら見ましょうというもの」
「ですが……っ!!」
永遠にセリーヌには分からない感情から発せられた主張は、セリーヌの戦略とは真っ向から対決する。
セリーヌの戦い方は、
勝ち目の低い相手とやるなら、ジワジワ相手の力を削ってからだよ!
しかも徹底的に、ごめんなさーいって謝りたくなるぐらい、徹底的に……っ!!
だが彼らにはそれが弱腰にしか映らない。
勝ちに慣れ、勝ちすぎた。いわば、欲。名誉、勝利、栄光……功績。騎士の本文である。
だからこそ議論は平行線をたどり、副将格であるオイゲンでさえ、彼らの言葉に頷き始めた。
当初は祖国の滅亡をすら覚悟していた面々が、それすら忘れて更なる勝利を欲している。
勝利自体はセリーヌこそ、欲する所だ。
しかし彼らは、勝利し続けたことでリウイ・マーシルンの恐ろしさを忘れた。
まだ、彼とは戦ってすらいないのに。
いや、元々分かっていなかったのかもしれないと、セリーヌは思う。
そして、諦めたように息を吐き捨てた。
こうなればセリーヌの発言力は低いものとなるだろう。なぜなら彼らは歴とした軍人。
絶対的な支持をとった兵や、一部騎士達ならばともかく、多くの将や参謀クラスの騎士達は、例え司令官と言えど、ポッと出の、ただの王女の言葉なんか聞きやしない。
「殿下、大丈夫ですよ。我らには無敵の竜騎士隊もありますれば、彼らに先行して王都ミルスを叩いて貰えばよいのですよ」
「ですよですよと、アナタ方はバカですか? 彼らが被害なく戦功を得ているのも、一撃離脱に徹しているからです。そうでなくては……」
「我らを侮られるか!」
侮っているのはアナタ達です。
敵を侮り、勝利に驕る。
……滅び逝く国の典型ではないか。
数だけで勝てるのならば、このレスペレントを脅かした魔神ディアーネは、メンフィルが打倒する以前に滅びています。
でも、彼女は脅威であり続けた。それがどうしてなのか、何故分からないの? バカなの? アホなの? いい加減にしてよ……
一般兵ならともかく、アナタ方は士官でしょう? 勝ったら次もいこうぜっ!って……ホントに……
「とにかくダメです。私がこの軍の指令。貴方達には、私に従う義務があります」
「では、どうしても?」
「ええ、どうしても」
ここに来てようやくオイゲンは不味いと思ったのだろう。表向きには私についたけれども……
それ以外の将達の顔は、一様に歪んでいる。
カルッシャは強国。カルッシャが正義。カルッシャにこそ栄光があり、勝利は我々にこそ相応しい。
歪んだ思いは、だからこそ強く、激しい。
彼らは本軍直営としてセリーヌのとっておきである竜騎士隊の一部を用い、本国へと至急連絡をとった。
宰相サイモフ。私ことセリーヌよりも上の権限を持つ彼に、進軍の許可を得るために。
結果は……いうまでもない。
数日後、メンフィル王都へと向かう命が下されたセリーヌは、苦い顔をして自軍の副将と対面する。
「申し訳ありません、殿下……」
「オイゲン、貴方達が望み、選んだ戦です。満足ですか?」
嫌味臭い言い方だ。
そうセリーヌは思わないでもなかった。
が、一言言わなければやってられない。
そんな気持ちでもあったのだ。
もしかしたら勝てるかも。そんな状況を台無しにされた。
むろん、この考え自体こそ驕りだろうとはセリーヌも自戒出来る。
出来るが……明らかに負けフラグムンムンの状況に、恨みごとくらい言っても罰は当たらない。
「……申し訳……ありません……」
謝るくらいなら、最初から変な案に賛成すんな。
そんな言葉を飲み込み。
……後はもう、勝つしかない。
幸い……と言っては何だが、王城はハーマンが散々破壊し尽くしている。
防御力自体は大したことはあるまい。
だけども……
「オイゲン、勝てますか?」
いや、むしろ勝たなければならない。
しかも短時間で。リウイが帰ってこない内に。
勝利条件がドンドン厳しくなっていく。
例え一度負けても、何度でも戦い続けれるように考えていた状況の全てが、ないことになったのだ。
だから……
「必ずや勝利を!」
威勢良く誓えば勝てるだなんて、本当にそうならいくらでもシテ見せる。
でも、現実は甘くない。
セリーヌは目蓋を閉じ、大きく息を吐き出す。
セリカ……
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。
セリーヌは、薬指にある指輪を愛おしそうに数回撫で……想いが届いたのか。
奇しくも、セリカがエクリアをスルーし、ブレアードを直接叩こうと決意した直前で。
「期待、しています……」
でも、想いが届いたのだと気づく訳もないセリーヌは、疲れ切った声でそれだけ言うと、義母につけられた女騎士の手を借り、馬に跨った。
決まった以上、その中で最善を尽くさなければ。
セリーヌは、各地への空爆を一層激しくし、敵補給線を完全に破壊するようにと命を下す。
少しでも、敵戦力や士気を挫くために。
それはリウイ・マーシルンが情報封鎖圏を突破したとの報告が入る、僅か数時間前のことであり……
……もちろん、この報を聞いた時のセリーヌの絶望は、言うまでもない。
あ~あ、死んだ。死んだ。死んじゃった♪
ふんふふ~ん♪
「……ふう、なんとか機嫌を直していただけたようだな」
ホッとしたようなオイゲンの声など完全無視で。
凌辱、輪姦、牝奴隷フラグが立っちゃった~♪
ふんふふ~ん♪
妙に物騒な歌詞付きな鼻歌を歌ってるけど、まあ、絶望しているのは本当である。
「エロゲって、女性には厳しい世界だと思いません?」
「はい? エロ、ゲ……ですか? なんですそれ」
「ふんふふ~ん♪」
たぶん……
セリーヌたん、こぼればなし
阿藤 沙希さん……セリーヌの前世。男ではない。
実はセリーヌたん物語を始める前、しかも戦女神VERITAが出る前に作者が考えていた話の主人公だったりします。
ちなみにこんな話。
阿藤沙希(16) 図書部員
ある日のこと、部活の先輩(男)がやっていたパソコンゲームを、興味本位でやってみた沙希は、エロゲがどうの以前に、なぜかとても悲しい気持ちになった。
そのゲームの題名は『戦女神ZERO』。
どうにもデジャブ感溢れるその内容に首を捻りながら家に帰ると、年子で弟の阿藤玲が同じゲームをやっているのを見て、取り上げる。
姉にエロゲやってる姿見られて絶望する弟をよそに、沙希は数週間かけてそのゲームのシリーズ全てをクリアすると……ふと気づいたら、荒野にぽつんとひとり立っていた。
で、始まる『戦女神2』トリップ物。
阿藤沙希と、彼女を保護したセリカのLOVEストーリーになる予定だった。
プロット考えてる途中で、夢小説臭が半端なくなり、精神ダメージがドンってきて断念。
ちなみに、阿藤沙希さんは……
サキ=アトウ→サキアトウ→サキア→サティア
セリカの魂が受け入れきれなかったアストライアの魂の一部。
ラプシィア・ルンみたいなもんっていう設定でしたw
ついでに言えば、弟の阿藤玲くんも……
レイ=アトウ→レイアトウ→プレイアトウ→ブレアード
このトリップ物の中ボスのはずでした。
ネタバレすれば、最後に沙希さんはラウルバーシュでの記憶を失った玲くんをつれて元の世界に帰還。
日々をぼんやりと、少し切なげに過ごす彼女でしたが、外食しに家族で外に出ると、不意に辺り一面が光に包まれる。
光の先には赤毛の美女と見紛う青年が、失った筈の感情を取り戻して、それでもうまく出せない感情を精一杯に笑顔で満たし、沙希にむかって手を伸ばす。
行けよ、バカあねき。こっちのことは心配すんな。俺が何とかするからさ……
戸惑う彼女の背を押すのは、記憶を失ったはずの弟、玲。
沙希は両親に深々と頭を下げると、セリカの胸に飛び込み……
こんな話になる予定でしたw
ちなみに、現在のセリーヌには、この設定は一切ありません。
ただの男勝りのブラコン女性(22)が転生物ですw
名前も、単に面倒だからそのままスライドしてるだけです。沙希さんは、ですけど。
……それにしても、なんていう夢臭。
まあ、セリーヌたん物語も夢臭いんだけどねっ!