シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語   作:uyr yama

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21話目

 

弓と魔法の集中一斉射により、レアイナ・キースの躯は消し炭となった。

ゲームの中ではヒロインの一人でもあったというのに、死体は随分と無残なものだ。

そうさせたのは自分。軽く吐き気がする。だが、同時にセリーヌは確信した。

 

 

「勝った……」と。

 

 

魔術師、弓兵、機械化歩兵。

 

防衛戦の要、支援攻撃。

支援攻撃が有ると無しでは全然違う。

その部隊の統括をしていたレアイナ・キースを討ったのだ。

しかも副将格のシーマ・カルネーノまで、ついでとばかりに戦闘不能に追い込んでいる。

利き腕を根元から炭化させ、おびただしい量の血で大地を濡らす無残な姿をみれば、彼女の脅威は消え去ったと考えていいだろう。

ここまで世話になった女騎士の遺体を横目に、仇はとりました、と心で告げて。彼女の死に涙が出ない自身に嘲笑を向ける。

ともあれ、これでメンフィルの支援攻撃は戦術的な物から外れ、無計画にパラパラと降り注ぐだけになった。

他に支援攻撃を指揮出来そうな将といえば、魔術師であるエスカーナ、神格者ミラ・ジュハーデス、先史文明の遺物シェラ・エルサリスの3名のみ。

 

だがセリーヌにとって好都合なことに、エスカーナは研究者。ミラは一個の武人。

シェラには将としての資質はあれど、現時点ではその権限を持ち合わせてはいないようだ。

見る限り、一個の兵器としてしか存在していないようにも見える。

しかも機械的な彼女が柔軟な対応を取るには、経験が圧倒的に足りなかった。

 

セリーヌはその事を知らずにいたが、それでも統率が千々に乱れていると見て取れる程度には経験を積んでいる。

更にここまでの戦いの間で、攻城の要たる包囲も完全となり、更にはファーミシルスを押さえ切り、尚且つ彼女の指揮下にあった睡魔族の群れを討滅したことで、制空権もほぼカルッシャの物になったようだ。

これで戦術的優位を争う主導権争いの軍配はカルッシャ側に傾いた。

懸念があるとすれば、敵方にはリウイ王の来援がある可能性が高いということ。

おかげで時間を掛けて攻城戦をする訳にはいかず、一気呵成に落とさなければならない。

あの男が来援すれば、一気に形勢が逆転してしまう可能性がとても高かった。

だからこそ、野戦陣地を敷いたのだ。時間稼ぎぐらいは出来るだろうと思って。

こんな不安材料ばかりだけども、ハーマン率いるメンフィル反乱軍と、リウイ王率いるメンフィル正規軍との戦いの余波でボロボロになった城を思えば、然程悪い賭けではないのかもしれない。

 

「殿下、我らに魔族共を殲滅せよとお命じ下さいっ!」

 

その言葉、熱く。セリーヌはしっかりと受け止め。

だからこそ、セリーヌは勝利の確信をしたのだ。

とは言っても……

 

 

攻城兵器による城門の破壊。

騎士や兵達による敵兵の殲滅。

 

 

これから下す命で何人死ぬか。

これから下す命で何人殺すか。 

 

 

ただの女であった自分が何でこんな命令をしなければならないのかと、そう思わないでもないけれど。

一国の王女として産まれてしまったのだから仕方がない。

何より、己が願いのためだ。

そのために死ねと命じ、殺せと命じる。

なんとまあ傲慢なことだ……

 

でも、私は戸惑うことも、悔いることもしてはならないのです。

 

セリーヌはその総てを呑みこみ……馬上から、まるで何もかもを見下す視線。

 

いっそ幻想的なまでの美しさ。

戦場が一瞬、静まり返った。

 

その言葉を待ち望み。

その言葉に恐怖して。

 

それぞれの陣営が、それぞれの思いでセリーヌを注視し……

 

「カルッシャ王国第二王女セリーヌ・テシュオスが命じます」

 

セリーヌは、すぅと鞘から剣を抜き、切っ先を前方に突きつける。

 

「我が愛する将兵たちよ。この戦いに終幕をもたらすために────」

 

セリーヌは思う。夢見る。こいねがう。

自身が考えていた『最良』の結果よりも、更なる『最優』を手繰り寄せれるのではないかと。

リウイ・マーシルンを討つのではなく。

セリーヌ自身が全ての責を負い、本国に最高戦力を残したまま、侮られることなく降伏するのでもなく。

城を陥とし、そこに住まう全ての命を質にして城下の盟を誓わせる。

 

いや、そうでなくても、すでにメンフィルに先はない。

 

いずれは戦をするまでもなく、戦うことすら出来なくなっていくだろう。

ハーマンのメンフィル本国の内政破壊や、セリーヌの戦略爆撃による福次効果たる通商破壊が、これ以上なく効いていた。

 

それもこれも、レアイナ・キースを戦場で討ち取れたからだ。

なんせハーマンの殺戮により文官の多くは死に絶え、時を経て経験を得られれば大国の宰相にすら成り得ただろう政治力を持ったレアイナすらいなくなった。

これでメンフィルは今の窮状から逃れる術をもたず、時が経てば経つほどジリ貧になる。

それもこれも、政治の世界でこそ光り輝く彼女が戦場に出てくれたお陰だ。

まあ、居城を攻められれば嫌でも出てくるというものか?

だとすれば、あながち騎士達や宰相サイモフの作戦も間違ってはいなかったのだろう。

 

「しょせん、私は素人ということですね……」

 

そう思い、セリーヌは抜いた剣の切っ先を睨みつけた。

 

 

ただでさえ末期に陥ったメンフィルの内政を立て直せる人材がいなくなり、にっちもさっちもいかなくなった。

 

最早メンフィルという国は終わりだ。

メンフィル王リウイ・マーシルンを降伏させれる。

これで全てが……カルッシャを……家族を……襲うだろう悲劇が消え去るのだ。

 

お義母さまとレオニードはカルッシャで平穏に暮らせ。

姫神の呪いに苦しむお姉さまは……少しイヤな気持ちになるけれどセリカに任せ。

こうしてカルッシャは平和になり、更に諦めたイリーナまでもが、敗亡した国の王妃とはいえ、愛する夫と共に命を繋いでいけるのだ……

 

もしかしたら、もう一度……そう、もう一度……

 

家族みんなで笑いあえる時が来るかもしれない。

 

そんな、望外ともいえる夢がセリーヌには見え、

 

「────征きなさいっ!!」

 

その夢を現実にせんと、高々と命を下した。

その命に将兵が奮い立つ。

内側から溢れださんとする何かを抑えようと思わない。

副将であるオイゲンは、高まる士気に合わせるように号令を発した。

 

「恥を雪(すす)げ! 突撃せよっ!」

 

重低音のコントラバスが戦場に高々と響き、

 

────ウォォオオオオオオオオオオオッ!!

 

応えるカルッシャ将兵が雄々しく吼える。

死を厭わない兵たち。

汚名返上を誓った騎士たち。

彼らの腹の底から絞り出した咆哮だ。

 

 

若き騎士が逸る心をそのままに切り込み、剣先を朱に染め上げていく。

更に続けとばかりにカルッシャ騎士は駆け、個から隊へ、隊から群へ、そして群から軍へと変じていく。

この辺りは流石はレスペレントにおける最強国家。力弱き人族を中心とし、なおそれでも最強足る所以。

個々人の強さで成るメンフィルとは対極の、国力差に物を言わせた兵力による集団戦術に長けた国家。

 

それが現在のカルッシャ王国であり、けして譲らぬレスペレント『最強』としての証。

 

むろん、個々人の強さとて、レスペレントの凡百の国家など遥かに超越してはいる。

中心となれる将にこそ、西方はテルフィオン連邦にすらその武勇を轟かせる姫将軍エクリア。そんな彼女以外に恵まれはしなかったものの、粒揃いではあるのだ。

第一、国家滅亡を匂わせるまで追いつめられたのは、その多くが宰相と姫将軍による権力争い……いわば内紛によって。

その内紛が見掛けだけでも身を潜めてる今、こうしてカルッシャが本来の強さを見せるのは道理というもの。

 

そんな国力差という暴力を改めて突きつけられた形となったメンフィル兵はたまらない。

千々に乱れ、否が応にも混乱が増していく。

幻燐戦争勃発当初に恐れた戦力比の隔絶を、今更ながらに思い出しているのかもしれない。

今のメンフィル兵の無残な姿を見れば、彼らは開戦当初の無謀を思い出し、恐怖しているとしか思えなかった。

 

空を舞う竜騎士達は、編隊軌道を取りながらも一つ所に決して固まらず、遠・中距離に徹した攻撃を繰り返し、少しづつではあるが、確実に『あの』ファーミシルスを追い詰める。

竜騎士(ドラゴンライダー)として失格な、自身は竜の操縦に専念し、攻撃は全て背中の弓兵、又は魔術師と、どうにも卑怯な攻撃ではあったが酷く効果的なのは確かなようだ。

おかげでファーミシルスは大将軍としての本分、兵の指揮もままならず、一個の戦士としてしか戦場にあれなかった。

飛天魔としての誇りである真白い翼を、焼け焦げた黒と血の赤の3色に染めて、表情は苦悶というより屈辱である。

レアイナが討たれた以上、自身こそが指揮の中心とならねばならぬというのにこの体たらく。

ギリリと悔しげに歯を鳴らすも、彼女個人の力だけではどうにも出来そうにはなかった。

時折、稲妻を帯びた攻撃や、闇の魔法で反撃等を仕掛けるも、既に制空権はカルッシャの物である。

戦況に影響する程の威力を込めた攻撃など、セリーヌ指揮下のもと、最も戦い続け経験を積んできた竜騎士達は、けして許しはしてくれない。

 

「クッ!? このままでは……っ!」

 

矢と炎に焙られながら、焦燥めいた言葉を吐き出す。

そこには常勝を誇ったメンフィル大将軍としての顔はなく。

セリーヌにはファーミシルスの言葉は届かないが、彼女が敗色濃厚な現状に絶望しかけているのは見て取れた。

 

これにて勝敗はほぼ決し、戦場の行方はセリーヌが到着する以前のメンフィル有利から、セリーヌ到着後のカルッシャ優勢に変わり、そしてそのまま終焉に入ろうとしている。

天高くあった日は落ち始め、まるでこの地で死んだ者達の血潮の如く夕日が大地を朱に染める。

そこかしこから聞こえる怨嗟や断末魔は、レスペレントに変革を求める時代の産声なのだろうか?

 

人と魔の共存共栄。

 

互いにそれを志しながらも、こうして命を奪いあうのは何故なのだろうか?

もしもセリーヌが第三者的立場であったなら、そんな虚しい感情に支配されたろうことは疑う余地はなかったのだ。

そう、第三者的立場で在れたなら……

 

 

 

だが、今のセリーヌには、そんな感情は不要としか感じはしなかっただろう。

 

ただ勝利を欲する彼女には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝てる……」

 

セリーヌは、もう一度小さく呟いた。

現状、負ける要素はあまりない。

あえて言うならメンフィル王の動向ではあるが……

ここまで来たら、この戦場での勝ちは揺るがないだろう。

 

そんな安堵が入り混じった呟きが耳に届き、彼女の副将であるオイゲンは口元をほころばせた。

 

既に戦場は終盤に達した。

個人の勇を奮う者はあれど、戦局に大きく影響はない。

……いや、違う。影響、させはしない!

 

「無理をする必要はないっ! 囲み、疲弊させよっ!!」

 

素早くオイゲンの指示が飛ぶ。

恐るべき魔神級は、これにて孤立していくだろう。

あとは猟人として魔神を追い詰め討ち取ればいいだけだ。

一人を討ち取るのに百の命が掛かっても構わない。

最後に立っている。それがカルッシャであるはずなのだから……

 

セリーヌだけでなく、オイゲンもそう勝利を確信したその時である。セリーヌが最も忌避する報告が届いたのは。

 

「第2軍、魔王率いる軍と接敵っ!」

 

勝利を確信しかけた頭が一瞬で冷えた。

セリーヌは緩みかけた思考を引き締め、

 

「状況は?」

 

と伝令に問いかける。

伝令となった騎士は、セリーヌの傍で膝をつき、疲れ切っているだろうにも関わらず、そんな素振りは一切見せずに朗々と報告しだした。

 

「殿下のお命じ通り、我らは時間稼ぎに徹しております。ですが破門騎士シルフィア率いるメンフィル近衛騎士団の精鋭に、いつまで持ち堪えられるか疑問であります」

 

報告の内容は、勝利確定と浮かれる以前のセリーヌが想定した通りの状況だ。

自身の読みが当たったことは、嬉しいような……ってやっぱ心の底から勘弁して欲しい。

このまま戦況が推移すれば、間違いなく勝てるのだ。

そう考えた瞬間、セリーヌはある事に気づいた。

……いいや、むしろ気づいてしまった。

 

『勝った』『勝てる』と口にするのって負けフラグよね?

 

くっだらない思考に、僅かにヒクリと頬が引きつく。

背中に冷や水を掛けられたとはこのことだろうと自戒する。

さっきまで勝てる勝てると浮かれていたのが嘘みたいに、焦燥めいたナニカかが込み上げてきた。

ふぅ……と小さく息を吐き、セリーヌはざわめく感情の代わりに揺れる髪をそっと片手で払った。

そうすることで気を落ち着かせ、感情を切り替える。

上に立つ者として、うろたえる訳にはいかない。

こういう時こそ悠然としなければ……

 

動揺を完全に抑え込んだセリーヌは、たわわに育った胸の谷間に指を絡め組んだ両手を挟みこみ、次に優しい微笑を顔に張り付けた。

セリカの手で色鮮やかに咲いたセリーヌの女の色香は、これ以上ない女の武器だ。周囲に侍る男共のゴクンと生唾を飲み込む音が耳に届いた。

まったく、これだから男って生き物は……

と言いたくなるのをグッと堪え、伝令の兵に視線を向け、

 

「そうですか。伝令、大義でありました」

 

優しい口調でねぎらうセリーヌ。

伝令は、恥じらいなのか、それとも別の……雄としての感情なのか、昂ぶる何かで高潮させながら、

 

「はっ!」

 

と返事し、深々と頭を下げると、すぐに思い返したように身を翻す。

自分がここまで来るのに使った馬の代替を求め、それが了承されるや否や新しく支給された馬に跨り駆け去った。

今も激しい戦闘を行っている自身の部隊に戻るのだろう。

セリーヌは頬笑みを顔に張り付けたまま、まるで現実逃避のように、セリカの顔を頭の隅で思い描く。

表情の凍ったあの人の顔は、何故だろう? 私を責めているみたいに感じた。

 

「怒るんだったら、私をおいてかないで……ばか……」

 

セリーヌは心中でそう毒づくと、少し、笑った。

 

……気のせいか、心が穏やかになった。

さっきまでは、気を抜いた瞬間に喚き散らしてしまいそうだったから。

とはいえ、どうにも冷静に成り切れてないのだろう。

フラグがどうのなんて考えるんだから、かなり酷いに違いない。

こんな時は、自分の頭でいくら考えても無意味だ。

 

元々私はただの女。

戦術だの戦略だのを考えられる知識を持ち合わせてはいないのだ。 

だからどうすればいいのか分からない。

 

……逃げたくなる。

 

こんな立場から。

でもそれは出来ない。

いくらなんでも無責任すぎるし、セリーヌの矜持が許さない。

何より私のせいで死んでしまった人達に申し訳が立たないのだ。

だから、

 

「オイゲン、どう思います?」

 

歴戦の勇にて、現在のカルッシャにおける最高峰の将の案を聞いてから決めるとしましょうか。

 

オイゲンは、軍事に疎いセリーヌのためにつけられた補佐である。

こうして助言を求められることこそが、むしろオイゲンにとっては本位なのだ。

なんせこの戦い自体は、オイゲンを始めとする騎士達の名誉欲と出世欲から始まってしまった。

祖国の為だけに戦っているセリーヌへの、いわば裏切りにも等しかった。

 

彼女には野心なんて何もなったのに。

功績など、必要とはしなかったろうに。

 

だが巨大すぎる彼女の功績は、本国に残る宰相サイモフの注意を引いてしまった。

それに乗る形で今回の王都ミルス攻略戦の指揮権をセリーヌから奪ったのだ。

 

結果は……言うまでもない。

 

セリーヌが来るまでは大敗と言っても過言ではない状況。

来てからは一転有利に変わったが、ここに来て新しい局面に達してしまった。

 

オイゲンは思うのだ。

 

この局面で役に立てなければ、自身のこれまでの一生が無意味になってしまう。

 

 

 

 

 

    それはあまりに情けないではないか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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