シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語   作:uyr yama

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2話目

 

 

 

王都ルクシリア。

 

その王宮大会議場で、皇太子レオニードは苦い顔で目の前の女を睨みつけていた。

彼女の提案する内容が、彼には到底受け入れる事が出来ない内容だったからだ。

 

「ふむ。反論ある者が居ないのなら、これで決定と言うことでよろしいな?」

 

よろしい訳があるかっ!

 

そう口に出来ればどれほど良いだろう。

しかし、それは決してレオニードの口から出して良い言葉ではなかった。

彼はこの国の次期王。

少なくても5年の内には王位に即くことが約束されている身である。

未だ王成らぬ身なればこそ、軽々な発言など出来はしない。

だからこそ、例え大切な人であろうとも、それが国の利益に繋がるというならば、否定なんで出来よう筈もなかったのだ。

 

しかし感情は別である。

勝ち誇りもせず、淡々と話を進める仮面の女、姫将軍エクリア。

憎しみで人を殺せるならば、間違いなく殺しているほどの眼光で、レオニードは彼女を睨んだ。

ただ、それだけしか出来ない自らを同時に憎みながら。

 

「いや、少し待つのだ」

 

と、その時だった。

宰相であるサイモフが口を開いたのは。

 

「確かに姫将軍殿の言うことは否定できん。使い道のない王女の処分の仕方としては、これ以上は望めないでしょうからな」

 

瞬間、レオニードの眼が、カッと大きく見開いた。

わなわなと怒りで身体が震える。

 

(くたばりやがれクソジジイ!!)

 

と、思わず口にしてしまいそうになる、王として相応しくない言葉。

手が腰に吊されている剣の柄を弄り、今すぐにでも抜刀して斬り捨ててやりたい気持ちをグッと抑える。

しかし、続くサイモフの言葉を思えば、それらは全て杞憂だった。

サイモフは、姫将軍ではなく、皇太子レオニードこそが、この国の未来を切り開くと信じてる。

であれば、ここで彼の気持ちを蔑にするのは後々のことを考えれば悪手だ。

 

サイモフは椅子から立ち上がると、バンッ!っとテーブルを叩く。

視線と意識の全てがサイモフに集中し、ここぞとばかりに正論を口にし始めた。

 

「だが、一度こちらからイリーナ王女を嫁がせると通達しているのだ。なのに今更病弱なセリーヌ王女にしますでは、メンフィルに対して申し訳が立たぬであろう」

 

しかしその正論は、強国であるカルッシャにとってみれば些末にすぎない。

国にとって最も大切なのは、正論などではないのだ。

そう、

 

「メンフィル如き小国に、なんの配慮が必要かっ!」

 

という訳である。

姫将軍のシンパである将軍の一人が怒声をあげるのも当然だろう。

これこそが、レスペレント最強国家に相応しい自負と矜持。

示し合わせたように協調の声をあげる騎士達は、そうだそうだと囃したてる。

こうしてこの場は、完全に姫将軍有利となった。

サイモフの援護(?)射撃は軽くいなされたのだ。

レオニードは歯軋りを鳴らすことしか出来ない。

しかし、彼にはもう一人味方がいた。

 

「なんの配慮をと申されますか?」

 

静かだが、反論の許さぬ口調で語り出す宮廷魔術師テネイラである。

ここに来て、ようやくの彼の発言に、レオニードはホッと胸を撫で下ろす。

王と臣民から強い信頼を寄せられ、尚且つ、すでに国政の場に出なくなって久しい王の、忠臣中の忠臣だった男。

彼に勝るとすれば、同じく忠臣である宰相サイモフを置いて他ならない。

サイモフ自身は先程いなされたとはいえ、目の前でがなり立てる姫将軍シンパの騎士達なんぞ、2人が揃えば簡単に蹴散らすことさえ可能だろう。

 

「簡単です。我がカルッシャの外交の誠が問われるではありませぬか。一度約定したと言うにあっさり翻すのでは、この先、我が国の言葉など他国に聞いては貰えません」

「ふむ、確かにな」

 

テネイラの発言に、素早く自分の言葉を重ね合わせる。

 

(これで流れが変われば良いのだが……)

 

レオニードはそう思いながらも、現状に対して唾を吐き捨てたい気分を隠しきれないでいた。

姫将軍が掌握している騎士達は、全軍の大よそ6割に当たる。

上級将校に到っては、優に7割に迫るかも知れない。

これでは、もしも反乱なんぞ起こされたら一溜まりもない。

ただでさえ臣民の中には、次期王を皇太子レオニードではなく姫将軍エクリアに、なんて言葉が囁かれていると言うのに。

そんな彼女の発言力は、当然に皇太子であるレオニードより勝っており、その事実が腹立たしいにも程がある。

大体、目の前の女がセリーヌとイリーナの姉だとは思えない。

『あの』セリーヌが、『愛しい姉』などと言って信頼を寄せる相手だとは、けして、けして、思えないのだ。

 

「そうは言っても、イリーナとセリーヌでは存在価値が違いすぎる」

 

このような事を平然と言ってのける女だ。

 

(それなのに、なぜ姉上は……!?)

 

レオニードは、酷薄なエクリアの言葉に、ギリリと歯を鳴らした。

苛立ちに、無意識なのか指でコンコンとテーブルを叩く。

 

「イリーナは臣民から愛される存在。むざむざ他国にやるよりは、精々我が国で役に立ってもらう方がいいだろう。それに引き換え、セリーヌは……」

「どの道、かの姫は余命幾許もないのだ。他国に嫁がせても役に立つどころか……」

「フフフ、それでも、あと4~5年は生かせられましょう。その間に御子を生せばよし。そうでなくても、それだけの時が流れれば、我が国は十分に義理を立てたと言えましょうに。イリーナはレオニード王子に嫁がれればよろしいのだ。あの者の臣民から寄せられる親愛。その全てを、次期王であるレオニード王子に……」

 

その言葉に、僅かの間を置き、まばらにパチパチと手を叩く音が響き、次第にそれが会議場中からの一斉の拍手に変わるのに、そうたいした時間は掛からなかった。

姫将軍エクリア傘下の者だけでなく、自らの派閥の者達までもが加わったのだ。

 

レオニードは目を大きく見開く。

 

ふざけるなっ!

姉上は身体が弱いのだ。

それが、どうして余所の国になどやれようものかっ!!

あの虚弱な姉は、それだけで命を儚くしてしまうだろうに!

だから王宮深くに匿い、その短いだろう命を、幸福のまま、静かに終わらせてあげたかったのだ。

 

だが、皇太子としてのレオニードには、その案は確かに頷くしかなかった。

なんせイリーナが臣民に寄せられる人気は凄まじい。

それは、皇太子レオニードにとって、咽から手が出るほど欲しいものだ。

 

イリーナは、それ程大きな存在である。

下手に国内の大貴族に嫁ぐとなると、それだけで王位継承に問題が出そうなほどである。

だからこそ、国の外に出すのだ。メンフィルなどという小国に。

レオニードとて、イリーナを愛していない訳ではない。

大体、あれでも一応姉である。その姉を自らの妃に迎えたいなどと、どうして思えようか。

 

怒りと屈辱に視界が紅くそまった気がする。

 

(あの姉に嫌われない様に女遊びを控えても、結果がこれならな……)

 

皮肉気に口角をあがった。

 

(もう、どうでもいい……)

 

そんな捨て鉢な気分に囚われてしまいそうだ。

だがその時だった。彼の手が2つの暖かい皺手に覆われたのは。

 

「落ち着かれよ」

「そう、ドンと構えるのです。貴方は、次期国王なのですよ」 

「サイモフ、テネイラ……」

「王子よ、我等にお任せあれ」

「ですが、姫将軍殿の案。真にカルッシャの繁栄を考えてのものだと言う事は、お忘れなきよう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メンフィルの王子との政略結婚の相手を、イリーナからセリーヌに置き換える。

そしてカルッシャの次期王妃としてイリーナを。

その他、細々とした案件を全て終え、会議は終わった。

 

 

 

 

レオニードの胸に、姫将軍エクリアへの確かな敵意を芽生えさせて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの様に、いつもの如く……

 

熱にうなされ、ベットから立ち上がることさえままならない。

意識が朦朧とし、原作とは違い、幻燐戦争まで生きられないのでは?

そう思いながら、激しく咳き込む毎日。

 

だけども、それもいいのかも知れない。

 

そう思う自分が居る。

 

だって、そうしたら、怖い未来を見ずにすむでしょう?

 

熱のせいだろう。

いつもと違い、弱気な心が顔を出してしまうのは。

前世の健康な身体と違い、常に病魔に脅かされる虚弱な体質。

成人するかどうか解らないとまで言われた命。

王家に生まれなければ、とっくの間に第2の人生も終わっていたに違いない。

そんな感じで不幸ぶっていると、最近には珍しい客が訪れた。

ベッドから身を起こし、満面の笑みで彼女を迎える。

 

「お姉さま……っ!」

 

声が弾んだ。

弟であるレオニードくんなんかは心底毛嫌いしてるみたいだけど、私は大好きなのだ。

この厳しく、だけれど、とても分かり難い愛情を示してくれる姉が……

 

「そのまま寝ていなさい、セリーヌ」

 

フェミリンスの呪いを抑制する仮面を外し、お姉さまも一杯の笑みで私を見る。

傍まで来るなり、起き出そうとしていた自分をベットに横たえ、乱れたシーツを丁寧に直していく。

 

「加減はどう……?って聞かない方がいいわね。セリーヌは大丈夫です、としか言わないもの」

 

そう言うと、お姉さまはその冷たい両手で、熱をもっている頬を優しく包む。

ヒンヤリとした感触に、心が蕩けそうな程の快感。

 

「お姉さま……気持ちいい……」

 

冷たいけど、本当に優しい手だ。

普段は恐ろしい姉だが、こうして2人きりになると、途端に甘い素顔を見せてくれる。

でも、今日のお姉さまは、ちょっとだけ怖い顔をしていた。

いつもはただただ優しい顔しか見せないというのに。

 

「セリーヌ……」

「なんでしょうか?」

 

きっと、何かあったんだ。

そうでなければ、こんなに言いづらそうにはしないから。

 

「……イリーナがメンフィルに嫁ぐの、知っているわね?」

「はい」

 

知らない訳がない。

愛する妹の結婚だ。

それに、これが幻燐の姫将軍の始まりの合図なのだから。

 

「取り止めになったわ」

「……はい?」

 

今、なんて言ったんだろう?

取り止め……?

って事は、メンフィルに行かないって事だから……

 

「代わりにセリーヌ、貴女が行くのよ」

「はぁ……………はい?」

「貴女が、メンフィルに、嫁ぐのよ」

「えぇぇぇぇ──────ッッ!!!」

 

こんな大きな声を出したのは、何時ぶりだろう?

混乱し、困惑し、何が何やら解らない。

驚きに目を瞬かせる自分だったけど、お姉さまはそんな私を許しはしなかった。

 

「これは、国のためです。解るわね、セリーヌ」

 

いつに無く、厳しい声色。

2人きりでこんな声色を聞いたのは、初めてかもしれない。

だから、自分はすぐに正気に戻った。

前世はともかく、今の自分は一国の王女。

拒否は出来ない。

 

「病弱の身ではありますが、それでもよろしいのですか?」

「ええ、メンフィルには貴女を。そして、イリーナは……」

「イリーナは?」

「レオニードの妻になります」

「そう……ですか……」

 

ほ~っと、安堵の溜息がこぼれた。

訝しるお姉さまの前で、心底、安堵したのだ。

原作がどうこう言い訳をしながら、イリーナが酷い目に合うのを容認していたから。

それが、なくなった。これでイリーナは、平穏に過ごせるかもしれない。

 

前世での近親相姦的な常識はともかく、レオニードくんなら、きっとイリーナを幸せに出来るから。

運命であるリウイ・マーシルンとはまた違った意味で、きっと幸せに。

 

ただ、これでリウイ・マーシルン『の』メンフィルは終わった。

 

最早原作と言うより、原作(笑)になってはいるが、それでも先を予想するのなら、リウイが率いる軍勢に襲撃され、浚われ、犯され、侍女の真似事だろうか?

 

侍女になれるのは、もちろん全てが上手くいった時の話。

でも、『そう』でも『そうでなく』ても、どちらにしても、自分は死ぬだろう。

長旅に何とか耐えただろう身体も、そのような陵辱行為に耐え続けるなんて不可能だからだ。

 

そうして、イリーナではない自分は死に、リウイは人の心を取り戻す事無く覇道を進み、わりとあっさり滅びるのでは?

イリーナが居たからこそ、新生メンフィル王国建国による混乱期を、大封鎖と言う形でなんとか国体を護持できたのだし。

 

でも、イリーナがいなければ、周辺諸国も容赦はしない。

 

特に、我がカルッシャ王国は。

 

自惚れではないけど、自分は確かに愛されている。

その自分が、浚われ、殺されたのだ。

レオニードは怒りに駆られ猛然と攻め立てるだろう。

姫将軍エクリアを尖兵として、『魔物』の軍勢を滅ぼすのだ。

 

これでこの国は本当の意味で一つになる。

 

魔王を滅ぼした英雄、レオニードの名の下に。

 

そして、王妃イリーナが王の心を支え、

内政と外交を宰相サイモフ、宮廷魔術師テネイラが仕切り、

軍勢を率いるのはチートパワー全開の姫将軍エクリア。

 

あれ? 無敵だよね?

 

もしもリウイが決起しなくても、長旅に疲れた自分はすぐに死ぬだろうから、カルッシャにこれ以上の迷惑をかけることもないだろう。  

自分が知る『歴史』とはまったく違うけれど、もしかしてもしかすると、家族皆が幸せになれるんじゃないだろうか……?

ただ一人、お姉さまが心配ではあるけれど、この流れでいけばお母様の死の真相を知る事も無く、カルッシャに一生を捧げて終わってくれるかもしれない。

それに、孤独なお姉さまを包み込む誰かが現れてくれる可能性だって有る。

 

神殺しセリカではなく、平凡な幸せを与えてくれる誰かが……

 

 

目をつぶり、祈る。

大切な姉の幸福を。

自分がまったく知らない未来を歩む、大切な家族達の幸せと共に。

 

「セリーヌ……、私が憎くないの……?」

「……?」

 

言葉の意味が分からない。

首を傾げ、不思議そうな顔でお姉さまを見た。

でも、お姉さまは何も言わない。

ただ少し驚いた顔で私を見ている。

 

「お姉さま、なぜそのような事を聞くのです?」

 

するとお姉さまは眉根をピクリと上げ、激昂する。

 

「なぜ……って、貴女は……っ!! イリーナが憎くないの? レオニードと結婚するあの娘がっ!? それをさせた私がっ!!」

「……はい? もしかしてお姉さま? 私がレオニードと恋仲とでも……?」

「違うの?」

「違いますよ! 私は、ブラコンでシスコンなだけですっ!」

「ぶら……? なんなのそれ?」

 

疑問の声を上げながら、軽く首を傾げる様が、イリーナにそっくりである。

はっきり言って、ちょっと可愛い。

そんなお姉さまに頬笑みを向け、

 

「ブラコンは弟大好きの意味です。もちろん家族的な意味でですよ?」

 

そう言って手を伸ばす。

お姉さまは私の手を……指を絡め取るように握りしめた。

ヒヤリとする冷たい指が、火照った私の指と指の間を優しく撫でる。

それがなんとも心地よく、私はうっとりと目を細めた。

 

「だったら、しすこんは妹大好き……?」

 

最近聞かなくなって久しい、少し嬉しそうな声色である。

私はふふふと笑うと、

 

「違いますよ、お姉さま。シスコンは……」

「ん……?」

「姉妹が大好き、って意味ですっ! お姉さまも、妹のイリーナも、だーいすき!」

 

目をパチクリさせるお姉さま。

何をそんなに驚くのだろう?

不思議そうにそんなお姉さまを見つめていると、

 

「もう、行くわね……」

 

急に疲れたようにそう言って、背を向けた。

自分はここで一つ大切な事を思い出し……

 

「あっ、ちょっと待って! お姉さまっ!」

 

振り返るお姉さま。

自分は、そんなお姉さまの目を、しっかりと見つめ、最後の願いを口にするのだ。

 

「ギルティンをお願いします。彼は、ここで死なすには惜しいですから……」

 

小さく、だけどしっかりと頷き、そして部屋の扉を開け、外に出た。

パタン、と優しく閉められた扉を、いつまでも見続ける。

 

 

静かになった部屋。

誰もいない、部屋。

 

身体が震えだす。

 

ガタガタ、ガタガタ……

 

顔色を失くし、目の前に迫ってくる恐怖に震える。

前世の様な、勢いで死んだ時には感じなかった恐怖。

真綿で首を絞められるように、ジリジリと死に近づく病の恐怖とも違った、女としての恐怖。

 

見知らぬ男に好きなように肢体を嬲られ、蹂躙され、犯され尽くして、そして、死ぬ。

 

……怖い、怖い、こわ、い……こわい、よぉ……

 

ポタリと、涙が一滴、頬を伝う。

そして、自分の醜さに、気づいた。

 

そんな恐ろしい場所に、愛する妹を行かせようと思っていたの……?

 

死への恐怖と、何より自らの情けなさに涙が止まらなくなった。

涙を乱暴にふき、布団のシーツで顔を覆い隠すと、そのまま無理矢理に目をつぶって眠りに入った。

これで自分の傍からは、お姉さまも、お義母さまも、イリーナも、レオニードも、ギルティンまでもが居なくなる。

 

幸せで、暖かかった風景が、終わりを告げた。

 

だから、せめて心はここに置いていこう。

 

淡々と自分の運命を受け容れる為に。

 

 

 

 

 

 

それでも、夢の中だけでは、あの幸せな風景を、見たい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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