シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語 作:uyr yama
王都ルクシリア。
その王宮大会議場で、皇太子レオニードは苦い顔で目の前の女を睨みつけていた。
彼女の提案する内容が、彼には到底受け入れる事が出来ない内容だったからだ。
「ふむ。反論ある者が居ないのなら、これで決定と言うことでよろしいな?」
よろしい訳があるかっ!
そう口に出来ればどれほど良いだろう。
しかし、それは決してレオニードの口から出して良い言葉ではなかった。
彼はこの国の次期王。
少なくても5年の内には王位に即くことが約束されている身である。
未だ王成らぬ身なればこそ、軽々な発言など出来はしない。
だからこそ、例え大切な人であろうとも、それが国の利益に繋がるというならば、否定なんで出来よう筈もなかったのだ。
しかし感情は別である。
勝ち誇りもせず、淡々と話を進める仮面の女、姫将軍エクリア。
憎しみで人を殺せるならば、間違いなく殺しているほどの眼光で、レオニードは彼女を睨んだ。
ただ、それだけしか出来ない自らを同時に憎みながら。
「いや、少し待つのだ」
と、その時だった。
宰相であるサイモフが口を開いたのは。
「確かに姫将軍殿の言うことは否定できん。使い道のない王女の処分の仕方としては、これ以上は望めないでしょうからな」
瞬間、レオニードの眼が、カッと大きく見開いた。
わなわなと怒りで身体が震える。
(くたばりやがれクソジジイ!!)
と、思わず口にしてしまいそうになる、王として相応しくない言葉。
手が腰に吊されている剣の柄を弄り、今すぐにでも抜刀して斬り捨ててやりたい気持ちをグッと抑える。
しかし、続くサイモフの言葉を思えば、それらは全て杞憂だった。
サイモフは、姫将軍ではなく、皇太子レオニードこそが、この国の未来を切り開くと信じてる。
であれば、ここで彼の気持ちを蔑にするのは後々のことを考えれば悪手だ。
サイモフは椅子から立ち上がると、バンッ!っとテーブルを叩く。
視線と意識の全てがサイモフに集中し、ここぞとばかりに正論を口にし始めた。
「だが、一度こちらからイリーナ王女を嫁がせると通達しているのだ。なのに今更病弱なセリーヌ王女にしますでは、メンフィルに対して申し訳が立たぬであろう」
しかしその正論は、強国であるカルッシャにとってみれば些末にすぎない。
国にとって最も大切なのは、正論などではないのだ。
そう、
「メンフィル如き小国に、なんの配慮が必要かっ!」
という訳である。
姫将軍のシンパである将軍の一人が怒声をあげるのも当然だろう。
これこそが、レスペレント最強国家に相応しい自負と矜持。
示し合わせたように協調の声をあげる騎士達は、そうだそうだと囃したてる。
こうしてこの場は、完全に姫将軍有利となった。
サイモフの援護(?)射撃は軽くいなされたのだ。
レオニードは歯軋りを鳴らすことしか出来ない。
しかし、彼にはもう一人味方がいた。
「なんの配慮をと申されますか?」
静かだが、反論の許さぬ口調で語り出す宮廷魔術師テネイラである。
ここに来て、ようやくの彼の発言に、レオニードはホッと胸を撫で下ろす。
王と臣民から強い信頼を寄せられ、尚且つ、すでに国政の場に出なくなって久しい王の、忠臣中の忠臣だった男。
彼に勝るとすれば、同じく忠臣である宰相サイモフを置いて他ならない。
サイモフ自身は先程いなされたとはいえ、目の前でがなり立てる姫将軍シンパの騎士達なんぞ、2人が揃えば簡単に蹴散らすことさえ可能だろう。
「簡単です。我がカルッシャの外交の誠が問われるではありませぬか。一度約定したと言うにあっさり翻すのでは、この先、我が国の言葉など他国に聞いては貰えません」
「ふむ、確かにな」
テネイラの発言に、素早く自分の言葉を重ね合わせる。
(これで流れが変われば良いのだが……)
レオニードはそう思いながらも、現状に対して唾を吐き捨てたい気分を隠しきれないでいた。
姫将軍が掌握している騎士達は、全軍の大よそ6割に当たる。
上級将校に到っては、優に7割に迫るかも知れない。
これでは、もしも反乱なんぞ起こされたら一溜まりもない。
ただでさえ臣民の中には、次期王を皇太子レオニードではなく姫将軍エクリアに、なんて言葉が囁かれていると言うのに。
そんな彼女の発言力は、当然に皇太子であるレオニードより勝っており、その事実が腹立たしいにも程がある。
大体、目の前の女がセリーヌとイリーナの姉だとは思えない。
『あの』セリーヌが、『愛しい姉』などと言って信頼を寄せる相手だとは、けして、けして、思えないのだ。
「そうは言っても、イリーナとセリーヌでは存在価値が違いすぎる」
このような事を平然と言ってのける女だ。
(それなのに、なぜ姉上は……!?)
レオニードは、酷薄なエクリアの言葉に、ギリリと歯を鳴らした。
苛立ちに、無意識なのか指でコンコンとテーブルを叩く。
「イリーナは臣民から愛される存在。むざむざ他国にやるよりは、精々我が国で役に立ってもらう方がいいだろう。それに引き換え、セリーヌは……」
「どの道、かの姫は余命幾許もないのだ。他国に嫁がせても役に立つどころか……」
「フフフ、それでも、あと4~5年は生かせられましょう。その間に御子を生せばよし。そうでなくても、それだけの時が流れれば、我が国は十分に義理を立てたと言えましょうに。イリーナはレオニード王子に嫁がれればよろしいのだ。あの者の臣民から寄せられる親愛。その全てを、次期王であるレオニード王子に……」
その言葉に、僅かの間を置き、まばらにパチパチと手を叩く音が響き、次第にそれが会議場中からの一斉の拍手に変わるのに、そうたいした時間は掛からなかった。
姫将軍エクリア傘下の者だけでなく、自らの派閥の者達までもが加わったのだ。
レオニードは目を大きく見開く。
ふざけるなっ!
姉上は身体が弱いのだ。
それが、どうして余所の国になどやれようものかっ!!
あの虚弱な姉は、それだけで命を儚くしてしまうだろうに!
だから王宮深くに匿い、その短いだろう命を、幸福のまま、静かに終わらせてあげたかったのだ。
だが、皇太子としてのレオニードには、その案は確かに頷くしかなかった。
なんせイリーナが臣民に寄せられる人気は凄まじい。
それは、皇太子レオニードにとって、咽から手が出るほど欲しいものだ。
イリーナは、それ程大きな存在である。
下手に国内の大貴族に嫁ぐとなると、それだけで王位継承に問題が出そうなほどである。
だからこそ、国の外に出すのだ。メンフィルなどという小国に。
レオニードとて、イリーナを愛していない訳ではない。
大体、あれでも一応姉である。その姉を自らの妃に迎えたいなどと、どうして思えようか。
怒りと屈辱に視界が紅くそまった気がする。
(あの姉に嫌われない様に女遊びを控えても、結果がこれならな……)
皮肉気に口角をあがった。
(もう、どうでもいい……)
そんな捨て鉢な気分に囚われてしまいそうだ。
だがその時だった。彼の手が2つの暖かい皺手に覆われたのは。
「落ち着かれよ」
「そう、ドンと構えるのです。貴方は、次期国王なのですよ」
「サイモフ、テネイラ……」
「王子よ、我等にお任せあれ」
「ですが、姫将軍殿の案。真にカルッシャの繁栄を考えてのものだと言う事は、お忘れなきよう……」
メンフィルの王子との政略結婚の相手を、イリーナからセリーヌに置き換える。
そしてカルッシャの次期王妃としてイリーナを。
その他、細々とした案件を全て終え、会議は終わった。
レオニードの胸に、姫将軍エクリアへの確かな敵意を芽生えさせて……
いつもの様に、いつもの如く……
熱にうなされ、ベットから立ち上がることさえままならない。
意識が朦朧とし、原作とは違い、幻燐戦争まで生きられないのでは?
そう思いながら、激しく咳き込む毎日。
だけども、それもいいのかも知れない。
そう思う自分が居る。
だって、そうしたら、怖い未来を見ずにすむでしょう?
熱のせいだろう。
いつもと違い、弱気な心が顔を出してしまうのは。
前世の健康な身体と違い、常に病魔に脅かされる虚弱な体質。
成人するかどうか解らないとまで言われた命。
王家に生まれなければ、とっくの間に第2の人生も終わっていたに違いない。
そんな感じで不幸ぶっていると、最近には珍しい客が訪れた。
ベッドから身を起こし、満面の笑みで彼女を迎える。
「お姉さま……っ!」
声が弾んだ。
弟であるレオニードくんなんかは心底毛嫌いしてるみたいだけど、私は大好きなのだ。
この厳しく、だけれど、とても分かり難い愛情を示してくれる姉が……
「そのまま寝ていなさい、セリーヌ」
フェミリンスの呪いを抑制する仮面を外し、お姉さまも一杯の笑みで私を見る。
傍まで来るなり、起き出そうとしていた自分をベットに横たえ、乱れたシーツを丁寧に直していく。
「加減はどう……?って聞かない方がいいわね。セリーヌは大丈夫です、としか言わないもの」
そう言うと、お姉さまはその冷たい両手で、熱をもっている頬を優しく包む。
ヒンヤリとした感触に、心が蕩けそうな程の快感。
「お姉さま……気持ちいい……」
冷たいけど、本当に優しい手だ。
普段は恐ろしい姉だが、こうして2人きりになると、途端に甘い素顔を見せてくれる。
でも、今日のお姉さまは、ちょっとだけ怖い顔をしていた。
いつもはただただ優しい顔しか見せないというのに。
「セリーヌ……」
「なんでしょうか?」
きっと、何かあったんだ。
そうでなければ、こんなに言いづらそうにはしないから。
「……イリーナがメンフィルに嫁ぐの、知っているわね?」
「はい」
知らない訳がない。
愛する妹の結婚だ。
それに、これが幻燐の姫将軍の始まりの合図なのだから。
「取り止めになったわ」
「……はい?」
今、なんて言ったんだろう?
取り止め……?
って事は、メンフィルに行かないって事だから……
「代わりにセリーヌ、貴女が行くのよ」
「はぁ……………はい?」
「貴女が、メンフィルに、嫁ぐのよ」
「えぇぇぇぇ──────ッッ!!!」
こんな大きな声を出したのは、何時ぶりだろう?
混乱し、困惑し、何が何やら解らない。
驚きに目を瞬かせる自分だったけど、お姉さまはそんな私を許しはしなかった。
「これは、国のためです。解るわね、セリーヌ」
いつに無く、厳しい声色。
2人きりでこんな声色を聞いたのは、初めてかもしれない。
だから、自分はすぐに正気に戻った。
前世はともかく、今の自分は一国の王女。
拒否は出来ない。
「病弱の身ではありますが、それでもよろしいのですか?」
「ええ、メンフィルには貴女を。そして、イリーナは……」
「イリーナは?」
「レオニードの妻になります」
「そう……ですか……」
ほ~っと、安堵の溜息がこぼれた。
訝しるお姉さまの前で、心底、安堵したのだ。
原作がどうこう言い訳をしながら、イリーナが酷い目に合うのを容認していたから。
それが、なくなった。これでイリーナは、平穏に過ごせるかもしれない。
前世での近親相姦的な常識はともかく、レオニードくんなら、きっとイリーナを幸せに出来るから。
運命であるリウイ・マーシルンとはまた違った意味で、きっと幸せに。
ただ、これでリウイ・マーシルン『の』メンフィルは終わった。
最早原作と言うより、原作(笑)になってはいるが、それでも先を予想するのなら、リウイが率いる軍勢に襲撃され、浚われ、犯され、侍女の真似事だろうか?
侍女になれるのは、もちろん全てが上手くいった時の話。
でも、『そう』でも『そうでなく』ても、どちらにしても、自分は死ぬだろう。
長旅に何とか耐えただろう身体も、そのような陵辱行為に耐え続けるなんて不可能だからだ。
そうして、イリーナではない自分は死に、リウイは人の心を取り戻す事無く覇道を進み、わりとあっさり滅びるのでは?
イリーナが居たからこそ、新生メンフィル王国建国による混乱期を、大封鎖と言う形でなんとか国体を護持できたのだし。
でも、イリーナがいなければ、周辺諸国も容赦はしない。
特に、我がカルッシャ王国は。
自惚れではないけど、自分は確かに愛されている。
その自分が、浚われ、殺されたのだ。
レオニードは怒りに駆られ猛然と攻め立てるだろう。
姫将軍エクリアを尖兵として、『魔物』の軍勢を滅ぼすのだ。
これでこの国は本当の意味で一つになる。
魔王を滅ぼした英雄、レオニードの名の下に。
そして、王妃イリーナが王の心を支え、
内政と外交を宰相サイモフ、宮廷魔術師テネイラが仕切り、
軍勢を率いるのはチートパワー全開の姫将軍エクリア。
あれ? 無敵だよね?
もしもリウイが決起しなくても、長旅に疲れた自分はすぐに死ぬだろうから、カルッシャにこれ以上の迷惑をかけることもないだろう。
自分が知る『歴史』とはまったく違うけれど、もしかしてもしかすると、家族皆が幸せになれるんじゃないだろうか……?
ただ一人、お姉さまが心配ではあるけれど、この流れでいけばお母様の死の真相を知る事も無く、カルッシャに一生を捧げて終わってくれるかもしれない。
それに、孤独なお姉さまを包み込む誰かが現れてくれる可能性だって有る。
神殺しセリカではなく、平凡な幸せを与えてくれる誰かが……
目をつぶり、祈る。
大切な姉の幸福を。
自分がまったく知らない未来を歩む、大切な家族達の幸せと共に。
「セリーヌ……、私が憎くないの……?」
「……?」
言葉の意味が分からない。
首を傾げ、不思議そうな顔でお姉さまを見た。
でも、お姉さまは何も言わない。
ただ少し驚いた顔で私を見ている。
「お姉さま、なぜそのような事を聞くのです?」
するとお姉さまは眉根をピクリと上げ、激昂する。
「なぜ……って、貴女は……っ!! イリーナが憎くないの? レオニードと結婚するあの娘がっ!? それをさせた私がっ!!」
「……はい? もしかしてお姉さま? 私がレオニードと恋仲とでも……?」
「違うの?」
「違いますよ! 私は、ブラコンでシスコンなだけですっ!」
「ぶら……? なんなのそれ?」
疑問の声を上げながら、軽く首を傾げる様が、イリーナにそっくりである。
はっきり言って、ちょっと可愛い。
そんなお姉さまに頬笑みを向け、
「ブラコンは弟大好きの意味です。もちろん家族的な意味でですよ?」
そう言って手を伸ばす。
お姉さまは私の手を……指を絡め取るように握りしめた。
ヒヤリとする冷たい指が、火照った私の指と指の間を優しく撫でる。
それがなんとも心地よく、私はうっとりと目を細めた。
「だったら、しすこんは妹大好き……?」
最近聞かなくなって久しい、少し嬉しそうな声色である。
私はふふふと笑うと、
「違いますよ、お姉さま。シスコンは……」
「ん……?」
「姉妹が大好き、って意味ですっ! お姉さまも、妹のイリーナも、だーいすき!」
目をパチクリさせるお姉さま。
何をそんなに驚くのだろう?
不思議そうにそんなお姉さまを見つめていると、
「もう、行くわね……」
急に疲れたようにそう言って、背を向けた。
自分はここで一つ大切な事を思い出し……
「あっ、ちょっと待って! お姉さまっ!」
振り返るお姉さま。
自分は、そんなお姉さまの目を、しっかりと見つめ、最後の願いを口にするのだ。
「ギルティンをお願いします。彼は、ここで死なすには惜しいですから……」
小さく、だけどしっかりと頷き、そして部屋の扉を開け、外に出た。
パタン、と優しく閉められた扉を、いつまでも見続ける。
静かになった部屋。
誰もいない、部屋。
身体が震えだす。
ガタガタ、ガタガタ……
顔色を失くし、目の前に迫ってくる恐怖に震える。
前世の様な、勢いで死んだ時には感じなかった恐怖。
真綿で首を絞められるように、ジリジリと死に近づく病の恐怖とも違った、女としての恐怖。
見知らぬ男に好きなように肢体を嬲られ、蹂躙され、犯され尽くして、そして、死ぬ。
……怖い、怖い、こわ、い……こわい、よぉ……
ポタリと、涙が一滴、頬を伝う。
そして、自分の醜さに、気づいた。
そんな恐ろしい場所に、愛する妹を行かせようと思っていたの……?
死への恐怖と、何より自らの情けなさに涙が止まらなくなった。
涙を乱暴にふき、布団のシーツで顔を覆い隠すと、そのまま無理矢理に目をつぶって眠りに入った。
これで自分の傍からは、お姉さまも、お義母さまも、イリーナも、レオニードも、ギルティンまでもが居なくなる。
幸せで、暖かかった風景が、終わりを告げた。
だから、せめて心はここに置いていこう。
淡々と自分の運命を受け容れる為に。
それでも、夢の中だけでは、あの幸せな風景を、見たい……