シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語   作:uyr yama

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8話目

 

 

セリカとハイシェラと私、3人での旅。

 

一番困ったのは、何と言っても食事。

野宿も初めの頃は身体に堪えたものだけど、これに比べたら微々たるものです。

 

いちおー言っておくと、セリカは食事を必要としない身体らしい。

別に食べてもいいんだけども、特に栄養になったりはしないそうな。

食べなくてもオッケーだなんて、ダイエットに励む女性達の敵なのではないだろうか?

 

それはともかくとして、街や村に着いても、食料を買わずに出てしまう。

旅の途中、私がお腹を空かせて初めて気づく。

 

食べる物がないよーって。

 

その度にセリカが狩りをしてくるんだけど、生物(なまもの)で生物(いきもの)。

記憶を失う前の私は、どうやらそこそこ良い感じのお嬢様だったらしく、とてもじゃないけど料理なんて出来やしない。

火を起こすなんて出来ないし、いわんや、生きているウサギさんを殺して調理するなんて夢のまた夢なのだ。

それでもセリカが食べれるようにはしてくれるんだけど、味付けが、ない。

 

まったくない。

 

野性味あふれるお肉の味しかしない。

生臭いお魚さんの味しかしない。

 

 

まんま焼いただけのウサギさんやお魚さんは、とてもマズイのです。

 

贅沢を言える立場じゃないから黙ってもくもく食べるけど、こんな罰ゲーム的な食生活を続けていたら、そりゃセリカみたく顔の表情がなくなってもおかしくないよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて話を、赤の月ベルーラが出ている夜、とある街の宿の一室にてハイシェラとしていた私。

ケラケラ笑いながら私の話に相づち(?)をうってくる。

 

《そういえば、初めの半年ほどはそんな感じであったの》

 

笑いの感じを残したまま、ハイシェラはしみじみと喋る。

 

 

セリカ達と旅を始めて、もう4年近い時が流れていた。

 

見る物全てが、さわる物全てが目新しかった世界の姿。

記憶を失う前の私は、きっと外に出たことがなかったんじゃないかと思うくらい、とてもキラキラと輝いて見えた。

だけども、同時にあまりにも『使えない』自分に絶望もした。

少し歩いただけで息が切れ、足を挫き、目眩を起こして倒れ伏す。

身体が弱く、すぐに熱を出して数日うなされ、そんな時に見るのは、いつもいつもとても心配そうな空気をまとうセリカの姿。

無表情な顔に陰りを見せて、ずっと私の傍にいてくれる。

起きている間は決して離れず、眠ってる間に甘い果物やお菓子を調達してくるのだ。

それが本当に嬉しいと思う反面、お姉ちゃんとして失格だと胸が苦しくなってしまう。

 

だから、今みたいな状況はグッと我慢しなきゃなんだよね。

 

ね、ハイシェラ?

 

《あ、ああ……そうだのう……》

「そう、私をおいて夜の街に女を買いに行くとかしても、笑顔で帰りを待ってなきゃなんですよね?」

 

うふふふふふふふふふ…………

 

黒い何かが身体の奥からモヤモヤと……

 

その衝動に身をゆだね、とある場所で盗……いやパチッ……じゃなくて落ちてた水晶の剣をブンブン振り回す。

儀式用の剣みたいだから、実用性はとても低い。

とは言え、剣であることには違いなくて、私は頭に描いたセリカの姿に向って剣を振る。

こうやってストレスを発散させ、イライラを解消するのだ。

 

《なあ、カヤ嬢ちゃん。そんなに嫌ならお主が相手をすれば良いのではないかの?》

 

からかう様な口調で、ハイシェラがそう言ってくる。

私とハイシェラは、こんなやり取りを何度も繰り返す。

私の答えはいつも同じで、ハイシェラはそれが面白くない。

 

「セリカは弟なのです。抱かれてしまえば、私はお姉ちゃんではなく、ただの女になっちゃうから」

 

神の身体を持つが故に自らで魔力を生成出来ず、魔物を倒すか性魔術を使うかしないと魔力を回復できないセリカ。

セリカは、そうしないと生きていけないらしい。

彼の身体は、元々は女神アストライアの物で、今も彼の中で生きているのだそうだ。

魔力を失うとアストライアの支配力が強くなり、身体が男性から女性に変化し、下手をすれば『黄泉の眠り』と呼ばれる永い眠りについてしまう。

 

そうなれば、私が生きている内には、もう目を覚まさない。

 

セリカが、弟が居ない生活なんて、私には耐え切る事が出来そうに無い。

ブラコンな私は、心の栄養が足りなくなり、衰弱死するに違いないのだ。

そんな私とセリカは、魔術的な相性がとても好いらしい。

私がセリカの使徒になり、定期的に性魔術を行うだけで、もう魔物を退治したり他の女にちょっかいをかける必要は無くなるそうな。

例え使徒にはならなくても、やはり他の女は必要としなくなるのだろう。

 

実際に、私のオーバーロードしかねない魔力の消費の為に、数日に一度、ちゅーでセリカに魔力の譲渡をしているんですけど……

セリカには秘密です。実は、すんごく気持ち良いのです。

たま~にセリカがそのまま最後まで致しそうになっても、抵抗が上手く出来ないぐらい。

 

でも! でもでも!! 私はお姉ちゃんなのだ!!!

 

最大限許してもチューまで!

それも、私の中の魔力が身体を苛む程に溜まりまくってから、はじめて許されるのだ。

必死に理性を保ち、そうやってセリカを拒否し続ける。

 

……でも、いつまでも拒否し続けたら、ダメだよね?

そろそろ覚悟を決めなきゃダメかな……

 

《まあ、言っておいてなんだが焦る必要はないぞ、カヤ嬢ちゃん。我とセリカは永劫を旅する者だからの。ゆっくり、いつまでもお主を待ち続けるさのう》

 

やたらとババア臭い口調で、しんみり言うハイシェラ。

 

《なにかの? とても不快な気がしたんじゃが……、カヤ嬢ちゃん、何か失礼な事を考えてはおらんか?》

「さあ? ハイシェラがババアだとかなんて、私は思ってないです」

 

しれっとそう言いながら、私は着ている服を脱ぎ捨て、寝間着に着替えた。

ハイシェラがキーキー騒いでるみたいだけど、私は一切気にしない。

着替えを終えると、私はハイシェラを抱えベッドの中に潜り込む。

 

ハイシェラは、セリカが傍に居ない時は、いつも一緒だ。

セリカが言うには、ハイシェラとセリカは心が繋がっているらしく、もしも私に危険が迫ればすぐに駆けつけて来る為なんですと。

大事に想われていると思う反面、信用ないな~って少しだけ気落ちする。

 

でもまあ、いつまでもこうしてウジウジしてても仕方無い。

このまま起きていても、セリカはいつ帰ってくるか分からないのだ。

こんな時は、さっさと寝てしまうにかぎる。

 

目をつぶり、大きく息を吸い込み、吐き出す。

何度かそれを繰り返し、次第に呼吸が小さくなって……

 

まどろみの中、不意に頭を撫でる優しい手の感触。

続いて、私を抱きしめる感触。

暖かい温もり。

とても心地好い。

私は、その温もりに自ら飛び込むように身体を押し付け……

 

うつら、うつら……、すー、すー。

 

夢の中で、私は…………

 

私とそっくりな妹と、顔色がやたらと悪い弟に挟まれ、広く豪奢な庭でお茶を飲む。

その内、お義母さまが私を心配してやって来て、仕方なく私は部屋へと帰るのだ。

部屋へと戻る途中、顔に変な仮面を付けたお姉さまに会い、親しくお話をする。

手をつなぎ、ゆっくりとした歩調でベッドまでエスコートされながら。

 

私は思う。もっと話をしよう。

弟と妹。お姉さまとお義母さまと。

 

ずっと、ずっと、ずーっと……

 

 

きっと、それはとても幸福な私の過去の情景。

 

目を覚ましたら、忘れてしまう夢の出来事。

 

記憶を失ってから、ずぅっと見続けていた夢の出来事。

 

思い出さなきゃ、いけない、過去の私。

 

でも、忘れてしまう、ゆ、めの……私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《で、キチンと始末はつけたのか、セリカよ》

「ああ……」

《何者じゃ?》

「さあな……」

《地の上級悪魔……グルーノ魔族国か、メンフィル王国。どちらにせよ、カヤ嬢ちゃんを狙う意味が解らぬのう》

「セリーヌ・テシュオスを寄こせとだけ言ってたな」

《嬢ちゃんの本名か? 少し調べてみる必要があるの》

「何にせよ関係ない。カヤを狙うのならば、滅ぼすだけだ」

 

暗がりの部屋。

赤の月に照らされて、一人の男が女を抱きしめる。

幸せそうに眠る女は、よほど男を信頼しているのか、とても穏やかに眠っていた。

 

安息の時などなく、常に修羅の道を歩む宿業。

磨耗した心を、更に磨耗される凄惨な日々。

 

それが、カヤと旅をするようになって以来、穏やかで暖かい色をつけた。

 

セリーヌ・テシュオス。それがカヤの本当の名前。

彼女を、家族の下へと帰せばいいのだろうか?

だが……男は、腕の中の女を覆い隠すように胸に抱く。

 

「俺は、もっとお前と旅がしたい。もっと、お前を感じたい……」

 

4年。

 

男が、女と旅をした時間。

この4年で、記憶を失った少女が大人に、女になった。

どこか幼さを持っていた美しい少女が、華開くような美女に生まれ変わる。

長い金色の髪をなびかせて、ほにゃっと微笑むその姿に、男はどれほど心を癒されてきたか。

その時間は、確かに男の荒涼とした心の一部を、暖かい何かで埋めていったのだ。

 

いっそ、このレスペレントから出てしまえば、彼女を襲う何者かからも、失われた彼女の記憶からも逃げられるのでは……?

 

チラリと頭を掠めた妙案。

だが女はそれを求めない。

何かやらなければならない事があるのだと、記憶を失っているはずの彼女が主張する。

必死に、涙目で、男にそう訴えるのだ。

 

ならば、それを済ませることが先決か。

 

カヤを抱きしめる力を強くして、セリカは目蓋を閉じて意識を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都ルクシリア。

 

そこの王宮奥深く、一人、日当たりの好い部屋に佇む仮面の女。

病弱なカルッシャ王国第2王女セリーヌ・テシュオスが、日がな一日を過ごしていた部屋だ。

 

セリーヌが旧メンフィル王国の王子に嫁ぐ際に撤去される筈だったのだが、その彼女が新生メンフィルの軍勢に襲撃されこの世を去ってしまい、その後、悲しみに暮れる王妃ステーシアのたっての願いで、今も彼女がここに住んでいた頃のまま時間を重ねている。

仮面の女、セリーヌの姉である姫将軍エクリアは、ベッドの脇にある本棚の前に立つと、セリーヌが読んでいたのだろう本を数冊、手に取ってみた。

 

神々について記載されている本もあれば、魔術について事細かに書かれている本もある。

地域の食材についての本、名所や名跡が描かれている本、様々な伝説や伝承についての考察が書かれている本。

そして、エクリアでも読みきれないほどに難しい古語で書かれていた本。

それには、姫神フェミリンスの絵姿があった。

 

パラパラとページを捲る。

 

エクリアには、この本の内容は理解が出来ない。

彼女の知る知識では読みきれないからだ。

 

この本の元々の持ち主であるセリーヌは、この字が読めたのだろうか……?

 

最近の彼女にしては珍しいほどに柔らかく頬を緩め、死んでしまった妹の姿を思い描く。

いつもポワポワ幸せそうなセリーヌ。

愛おしい感情と、それ以上の嫉妬に塗れて彼女を見ていた自分。

 

 

情けない……

 

 

今になって、心の底からそう思う。

だが同時に、だからこそ許せなくなってくるのだ、イリーナが。

 

 

あの妹は、自分以上にセリーヌを愛していたはずなのに、何故?

 

何故あの子を殺した奴らに……!!

 

 

それは身勝手な感情だ。

なんせエクリアは、あの襲撃を予想していたのだから。

ならば、罪は当然エクリアにもあるはず。

 

いいや、むしろ悪辣なのは私か……

 

そう思いながらパラパラ捲っていた本のページが、遂に姫神フェミリンス封印の項に到った時、ガチャリ……静かにこの部屋のドアが開く。

 

入って来たのは第2王妃ステーシア。

ステーシアはエクリアの存在に気づくと、まず驚きの表情を浮かべ、次に嫌悪の表情を浮かべた。

 

「何をしておるのか?」

 

心底嫌そうな声を出すステーシア。

口をきくのも嫌だと言わんばかり。

エクリアも自分が嫌われているのは良く解っている。

 

「これは失礼」

 

一言そう言い、踵を返して部屋を出ようとした。

だが、ドアのノブに手を掛けた瞬間、自分を嫌っている筈の彼女から声を掛けられた。

 

「ここに来るなら、身奇麗にしてから来てたもれ……」

「え……?」

 

思わず振り返ってしまう。

それは未だかつて、エクリアが聞いたこともないような穏やかで優しい声音。

 

彼女は、自分を嫌っていたのではなかったか?

 

「姫将軍よ、さっさと出て行くのじゃ」

 

僅かな期待。

それがあっさりと崩れ去る。

やはりと言うか、目に映るのは冷たい眼。

セリーヌを死なせ、イリーナを連れ去られたエクリアに対する不信の視線。

だが、『次』にここを訪れる時には、もう少しだけ格好に気をつけようと思った。

 

 

 

 

今のエクリアは、このカルッシャを2分する実力者である。

強硬派筆頭の姫将軍エクリアと、穏健派を纏め上げる皇太子レオニード。

だが、互いに目指す場所は同じなはず。

ただエクリアに言わせれば、レオニードの理想は甘すぎた。

民はメンフィルの魔族を恐れ、あれだけ愛されていたイリーナですら嫌悪の対象になっている。

 

……これではメンフィルとの和平など夢物語に過ぎん。

 

もしもそれでも結ぶと言うならば、それなりの覚悟が必要だろう。

その相手が、自分とは違う存在、忌み嫌われる魔族であるならば尚更である。

 

(レオニードよ、この現実を、お前は理解しているのか?)

 

エクリアは部屋から出る直前、もはや自分に目を向けることさえしないステーシアに視線を向けた。

かつてセリーヌが寝起きしていたベッドのシーツを、愛おしそうに、悲しそうに、何度も撫でさする哀れな女の姿。 

 

子を奪われた母親の姿を見たら解るだろう。

子を失った悲しみ、その子を奪った相手に対する憎しみ。

目の奥に、憎悪の炎がちらついている。

それはステーシアだけではない。

騎士達一人一人の家族が、全て同じように嘆くのだ。

 

王女の護衛。

 

そんな晴れがましい任務に就いた多くの騎士達が、今のメンフィルの横暴により命を落とした。

彼らに何の罪があったろう?

例えメンフィル王が人間族を恨もうと、彼ら自身には罪はなかった。

メンフィル王リウイ・マーシルンが憎むメンフィルの者達はともかく、我が国の騎士達は、それに巻き込まれただけ。

だからこそ憎む。それを成した今のメンフィル……魔族を! 滅ぼせと! 復讐だ! と。

 

この感情、リウイ・マーシルンは否定できまい。できるはずもない。

何より己こそが、その感情で人間族を憎み、恨み、復讐の刃を振り上げたのだから。

 

 

エクリアは、最後にステーシアの嘆き悲しむ姿を目に焼き付け、静かに扉を閉めた。

 

 

レオニードよ、まだ早い。

 

お前の……いいや、セリーヌの理想は、このレスペレントには、まだ早いのだ……

 

まずは、カルッシャがレスペレントを統一する。

 

全ては、それからだ。

 

お前の出番は、それからなのだ……

 

 

静かに王宮奥の廊下を歩く。

これから彼女は、権謀術数にまみれた闘争を開始する。

メンフィルを、例え一時とは言えこのレスペレントの半ばを蹂躙させる為の準備を。

そうして、最期に半魔人の王リウイ・マーシルンを討ち、魔族からの解放を謡い軍を発する。

王を失い混乱するメンフィルを討ち、メンフィルに占領、もしくは盟を結んだ国々を征服し……

 

これこそがカルッシャがレスペレントを支配する大義名分。それを手に入れるための闘争。

 

 

 

 

「ハーマン」

「近くに……」

「今からフレスラントへ行き、リオーネ王女と接触せよ。私は、メンフィルの旧王族と接触する」

「…………」

「解っている。最後の締めはお前に任せるよ……」

「ハハッ!!」

 

静かに、静かに、動き出す。

カルッシャ王国とメンフィル王国が……

 

いいや、その他にも大小様々な王国や勢力が蠢動し、

 

 

レスペレントに、戦乱の炎が舞い上がる。

 

 

後の世に幻燐戦争と呼ばれた動乱の幕開け、テネイラ事件が起きる3ヶ月前の出来事である。

 

 

 

 

 

 




こっから幻燐戦争編の第2部です。

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