前日、抱き抱えて連れ帰ったおチビちゃんの転身を解かせ、パジャマに着替えさせてから寝かしつけた。
「魔術回路がオーバーヒート気味ですね。明日は熱が出るでしょう」
『大丈夫ですかね?』
「私も幼い頃は修練後によく熱を出しました。午前中寝ていれば大丈夫ですよ。普通はこうやって徐々に徐々に慣らして行くものなのですが。あ、そうか。ここのお母様って、人間の子に魔術を教えた経験が無いのですね」
『そちらでは違うのですか?』
「はい。姉さんに教えるのと並行しながら、自我の弱いお母様の情操教育を兼ねて、一族の……眷属の子弟やホムンクルスに何度か教えてらしたそうですよ。その経験があるかないかの差がこういうカタチで出るのでしょうね」
『なるほど』
「そう、魔術回路は神経や筋肉と同じで、成長度合いも人それぞれです。ましてホムンクルスとのハーフなんてまず居ません。封印して終わりとは行かないのですね」
『言われてみればそうですよね』
「そこも含めて、お会いした時にお話しましょう」
そして公園に向かう。セイバーと話をするためだ。なのに彼女は姿を現さず、念を込めた声だけで会話を始めた。
(アイリスフィール……)
「セイバー、感情を抑えて会えますか?」
(少し情報が欲しいですね。今のままですと流されそうです。例えばここでの第四次で喚ばれたセイバーは誰だったのか? ここでキリツグが喚んだのは誰だったのかと……無性に気になります)
「大聖杯に接続できないのでわかりませんが、こんな冬木にあなたが喚ばれているなら……」
(最期は自害でもさせられたか……。新都のあそこを見て驚きました)
「市民会館に市民ホールはおろか図書館まで併設された、公共施設が立ち並ぶ憩いの場ですものね」
(はい。あの災害の痕跡は無かった。それがキリツグとアイリスフィールの功績なのでしょう)
「私は士郎クンの存在が気になりますけど」
(少数の犠牲があったとしても、そこは責められない)
「あなたは大人ですね。あなたの知る彼ならそれすらも許せないと言うのでしょうか?」
(あなたの兄にアーチャーが居ますね? 夢で記憶を見て驚きました)
「自分自身でなく?」
(それも驚きましたよ。向こうでも私のマスターだとは。やはり長姉がそうだからですか?)
「そうですね。気心が知れるのと気質が好ましいのは大きいです。義兄の方はヘラクレスと同じく、姉の聖杯に入っていたのですよ」
(一番上のイリヤですね。そうですか。そんな奇跡が)
「セイバー、これはカンですが。お兄ちゃんに逢えるかも知れませんね」
(え?)
「ルビーに私の世界のルビーを探させているのです。たぶん近々、何人かを伴って私自身が来るはずです」
(あなたは?)
「並列思考で使っていた意識が乖離した存在なのは知っているでしょう? それもメインでなくサブセットの47番ですよ。薄々は気付いていると思いますが、この体は単にアーチャーのカードを素にしているだけでなく、カードの正体がお兄ちゃんなのですよ。何度も組み手をしていて、その能力を知っているから使い勝手が良い訳です」
(それで普段その姿を?)
「そうです。英霊エミヤは四人いました。最初の人は摩滅の果てに座が消え去りました。三百か四百かは知りませんが、数百人からの集合体だった事も摩耗を促進していたようです。そして百人からの統合体である2番目の最後の一分霊が、並行世界の小聖杯にヘラクレスと共に納まったお兄ちゃんです。3番目は今も守護者を続けており、過去の自分を殺そうと躍起になっていますね」
「過去の自分を殺す?」
驚いたセイバーが実体化した。
「座に登録されれば、人だった頃の自分ではありません。まして元の世界で死んでいる訳ですから、生きている自分は並行世界の別人です。それを頭ではわかっていても、パラドックスを求め抜け出したくなるほど、アラヤの守護者は耐え難い仕事だったのですよ」
「ああ……」
「それに守護者として派遣される場合は、過去や未来の並行世界へ飛ばされる事が確実です。と言いますのも、同じ世界の過去に行けばパラドックスが起きます。先日も話した通り、それは第一魔法と第四魔法の禁忌に触れるのですよ。よって『世界』がそんな事は許しません。そして並行世界であっても、自分の知る人々と会えばつまらない感情に翻弄されたりもします。なので記憶に齟齬が起きないように、過去のしがらみで精神が乱されないように、自我に制限が掛かり記憶も封印されるはずなのです。ところが何度も何度も繰り返すうちに、凝り(しこり)となって残るものも出てきます。その凝りが芯となり、意識を剥奪され、記憶を消された守護者なのに、自我意識を取り戻す場合があるのですね。そんな凝り固まった統合存在が3番目のアーチャーなのですよ。また、そういう局面で良い方向に解釈できるタイプなのか、悪い方に捉えるタイプなのかで、運命も変わって来ますでしょう? 奇しくも、そこから入る座が異なって来るようです。これと似た現象は違う英霊でも出ます」
「と言いますと?」
「例えばあなたなら、岩の剣を抜いて間もない武者修行中が喚び出されたり、晩年の老成したあなたが喚び出されたり。わかりますか? カムランの丘からなら晩年だけでしたが、座を得ればあなたの歴史が全て存在するのです」
「ああ、なるほど。となるとアーチャーは?」
「あの人の場合は特殊です。現代人ですから信仰も弱い訳ですよ。アーサー王はこういう人だったろうという、そんなイメージを誰も持っていないのです。つまり人々の願いと直結しないのですね。だから『世界』の意思というか方向性に圧迫されて、人格や思想がブレやすいのです。しかし裏返せばこれほど使い勝手の良い守護者向きな人も居ない訳ですよ。遠中近と万遍ない攻撃力を持ち、サヴァイヴァルでも生きていける解析能力の高さ。メカの修理技術に調理技術もその解析能力があってこそです。その能力の全てが、中世から近代に対応しています。そして中身は空っぽと言うより、ロボットのように思いのまま動いてくれる。また普遍的な人類愛を一個人で持とうとしていた点。これも大きいですね」
「人類愛……?」
「そうです。それが強すぎて身近な家族愛や近隣愛を持てなかったのです。この人類愛が大自然全般に及べば、ガイアの守護者となってもっと楽でしたのに」
「という事は、彼の自分が無いような振る舞いも?」
「ええ、その通りです。そしてプラス、心の病気ですね。大災害の中で自分だけが生き残ってしまったという、抱く必要のない罪悪感が彼を蝕んでいるのです」
「それは……その災害は……」
「セイバーのせいでは無いでしょう? 令呪で命じた衛宮切嗣のせいでもありません。概ねの世界でのあの災害は、衛宮切嗣と距離を取りたい神父が願ったから起きたのですから」
「なんと」
「そしてその時に天の杯からこぼれた泥を被り、英雄王は受肉した訳ですね」
「ああ……」
「また、配置されたキャストもエグいものですよ。誰しもが彼を意識無意識に関わらず利用しています。食事を漁るトラもそうですが、極端な話あかいあくまも、そのサーヴァントも、彼を守護者に至らせるための駒ですよ。アーチャーに至っては摩耗の進行が酷いのでそろそろ捨てようかという時に、代替品の選別を押し付けられているようなものです。ここに気付かないところが哀れというか……。それに英雄王が十年残っていたのも、あの精神世界を満たす宝具を見せるためだったとも言えますね」
「どういう意味ですか? 精神世界とは?」
「そうか、あなたは知らなかったのですね? 彼の投影魔術の先にあるのは固有結界です。そこから剣を取り出していて、決して魔力だけで剣を編んでいたのでは無かったのですよ。しかも肉眼で見ても、夢で見ても、それを解析して自分のものにできる能力があったのですね。彼の本質は投影魔術でなく解析魔術と固有結界ですよ」
「あ……そういう。だからカリバーンを造れたのか……。となると、世界がそう動いたと、あなたは……?」
「正確にはアラヤですが、そうも解釈できるでしょう? 偶然にしては出来過ぎですよ」
「むむぅ……」
「ま、契約書も読まず借金を背負わされたからと、人に当たるのはどうなのだと。この3番目は私、大嫌いです」
「そうですか……。となると4番目とは?」
「弟の居た世界での遠坂凜が召喚したアーチャーですが、この人は統合されていません。時間が逆転しますが、魔法使いの先生が、若かりし頃に召喚したアーチャーでもあるのですよ。シロウさんに最後は負けたそうです。そこで自分を取り戻したそうですね」
「そんな事が」
「不思議でしょう? そして今はシロウさんの座の中です。これはシロウさんが先生の宝具であり、過去にシロウさん達と一緒に居たセイバーと共に地球を滅亡させる程の小惑星を破壊したからです。それだけで約七十億、何度も並行世界を渡っているので、延べ人数で百五十億もの人々を救ったそうです。よってこのアルトリアの格が神格に近づき、座の中心となったのですね。つまりアルトリアの座の中に魔法使いリンの座があり、その中にシロウさんの座があり、更にその中に各アーチャーの座が組み込まれたのです。だからあの3番目は、もうパラドックスを求めなくて良いのです。ですが、狂っているのですね」
「そういう事ですか……。となると私のシロウは?」
「わかりません。ですが……夢を追いつつ一生を無事に終えたのでは? 英霊に至る方が奇跡なのですよ? 私と先生が出した統計では、第五次聖杯戦争で彼が死ぬ確率は百分の八十です。つまり五人いれば四人は確実に死にます。最後まで護り通せたなら、それは十分な働きですよ」
「そんなにも? いや、そもそもあなたが世界を渡るのは、シロウを護るため?」
「姉に願われたからです。願われると弱いのがアインツベルンの女ですね。とは言え、私が護りたいのは常にイリヤスフィールですけれど。他はついでです。と言うかアラヤを誤魔化すためなのです。わかりにくい干渉をして来ますからね」
「ああ……」
「それそのものが意思を持っている訳ではありませんが、総体意思の方向は明確です。誰も滅びたくは無いですから。そんな統合思念がアラヤです。私はいままで百人以上の士郎クンを救けてきましたが、47番の仕事はここで打ち止めですね」
「どうしてですか?」
「先程も話しましたが、私の元となるエルヴァが居るからですよ。もうこの数日で、私と彼女は相当乖離していると思います。おチビちゃんにも残って欲しいと願われましたし。ですからセイバー。あなたが望むのなら騒動が終わっても座に帰らず、見知らぬ士郎クンを救けるために、本体に着いて行ってくれても構いませんよ」
「ぅ……。正直悩みます」
「ま、お兄ちゃんが来たなら話してみて下さい。それで何かを得られるかも」
「そうですね」
朝起きるのがつらい。筋肉痛じゃなくて何だろう?
そうだ。プールや海で1日遊んだ感じ。全身がだるい。ハァ……。
「少し熱がありますね。今日は学校を休んで下さい。電話を入れておきますから」
「え~。大丈夫だよ」
「セラさんの言う通り、今日は休んだ方が良いですよ。居ない時に病気になったとパパやママが後から知ったら、とても悲しみますし、セラさんも困ります。ね?」
「そうですよ、イリヤさん」
「は~い」
「イリヤさんはエルヴァさんの言う事はよく聞きますね?」
「セラさんは母親代わりでしょう? 反抗期には早いでしょうけど、甘えているのですよ」
「ああ……。そうでしたか」
「エルはよく見てるよね?」
「見ませんと。普通の子として育てたいのはわかりますが、魔力は毎日生成されます。このままだとパンクしますよ?」
「エルヴァさん……あなたは……?」
「同じ魔術師ですよ。そして私自身がホムンクルスと人とのハーフです。ですから秘密にしたい部分を破る気持ちはありません。ですが、傍で大人が時々放出してあげませんと。小聖杯にベント機構は無いのですから」
「そういう事だったのですか。もしやイリヤさんは危険な目に?」
「遭いそうだったから、お手伝いしています。ご両親のいずれかがお戻りになられたら全部話しますよ」
「信じて良いのですね?」
「第11代アインツベルン総裁として、嘘は申しません」
「第11代? アインツベルンが残っていた……? そんな……」
「8代目のユーブスタクハイトは滅びましたよ。私は初代と5代目の血を引く9代目の家の出です。10代目の長男が事故で死んだので、末っ子の私が11代目を継いだのです。アインツベルンとしては聖杯戦争を失敗確実の儀式と見限っていましたので、衛宮切嗣とアイリスフィールを捕らえようとは考えていません。もし捕らえに来れば私が対処します。そのために先日友人と紹介したセイバーを召喚したのですから」
「やっぱり、あの子はサーヴァントだったんだ?」
「リーゼリット? わかっていたの?」
「なんとなくね。けど、親戚? 多いんだね?」
「多いですよ。一族個々の家に眷属を加えますと数百家もありますから」
「ハァ……。奥様と相談しませんと」
「それが正解です」
少し眠っちゃったのかな? いきなりパチっと目が覚めた。
ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打つ。あ~あ、本当に退屈。今、何時だろう? 体は? 熱は下がったのかな。少しマシな気がする。
そう思ったら、急にお腹が空いた。するとコンコンとノックの音。
「どうぞ~」
「イリヤスフィールお嬢様。お体の具合はいかがですか? ご学友がお見舞いに来て下さいましたよ」
誰? 今の声。お嬢様って言い方は昔のセラっぽいけど、セラじゃないよね?
するとカチャリと開いたドアから、メイド服を着たお姉ちゃんと、お揃いのメイド服を着た美遊が入ってきた。なんで? なんで? なんで? なんで?
そしてベッドから私の上半身を起こして、西洋風のおかゆを食べさせてくれた。おいしい……。じゃなくて、おかしいよ。なんで?
「どうしたの、お姉ちゃんも美遊も?」
「私もルヴィアさんに言われて、今日学校を休んだ。そうしたらエルヴァさんが気に掛けてくれて。そこで……」
「可愛いメイド服でお出迎えは萌えです。ルヴィアに借りて、おチビちゃん相手にメイドごっこをしようと」
「あ、ありだよ! それ!」
「イ、イリヤ?」
「ね、ノリノリでしょう? これがアインツベルンの血なのですよ」
「どんな血!?」
「パパとママの寝室のクローゼットには穂群原高等部の女子制服が掛かっていました」
「ウソ!?」
「嘘です。勝手に入ったりしませんよ。きっと今頃起きていて退屈だろうなと。それでコスプレを見て楽しんで貰おうと考えただけです」
「好きだね。似合うけど。美遊も似合うなぁ。どうしたのそれ?」
「学校がなければお掃除を手伝ったりしている。その時の作業着」
「小学生に?」
「労働基準法違反に児童虐待ですね。言質は取れましたし労基署と児相にチクろうかな?」
「お姉ちゃん……。前も言ってたね、魔術師は世間の常識に欠けるって」
「そう。あの二人は美遊ちゃんというネギを背負ったカモです」
「そういうのを考えていた?」
「敵対するなら」
美遊が心底怯えた顔をする。お姉ちゃん、友達を怖がらせないで。
それから私はお姉ちゃんに体を拭いてもらい、美遊やお姉ちゃんとの三人で、色んな事を話した。この時のお姉ちゃんは美遊にとても優しかった。
この日から最初は敵とまで話していた美遊が、お姉ちゃんをエルヴァさんと親しげに呼ぶようになった。
「イリヤ~」
「オッス、元気かぁ~」
しばらくしてやって来たのがクラスメイトの森山那奈亀、栗原雀花、嶽間沢龍子に桂美々の仲良し四人組だ。
あれ? もう学校が終わったんだ。早いなぁ。あ、そっか。今日は5時間で終わる日だ。って事は、私は知らない間に1時過ぎまで寝てたんだ。
「わざわざありがとう。お手紙か宿題?」
「宿題だよ。ほら、プリント」
私が受け取ろうとしたら、お姉ちゃんが眉をひそめた。
「あれ? ちょっと見せて下さい。円の面積に立方体の体積……? これ、6年生の問題ですよ? フザけたバカ虎ですね」
「あ、やっぱり。皆んなそれでブーイングだよ」
「貸しなさい。私が全部解くので皆んな写して下さい」
「良いの? お姉ちゃん?」
「良いも悪いも、問題と学年が合っていませんよ。それを強引に宿題で出す教師なぞ無能も無能。お前の親は外道だろうとビラを配ってクビに追い込んでも良いくらいです」
「すげぇ姉ちゃんだ!」
「あ、私、算数のノートが家だ」
「皆んなそうだぞ。今日算数無かったし」
「明日の予習のつもりだったのか?」
「わかんない」
「紙に書いてさ、持って帰って写し直したらどうだ?」
「そうする」
「おわっ! 今気付いた。美遊もメイドか?」
「小学生メイド……使い古されたテーマだけど、リアルだとイケるな?」
「ってか、このメイドの姉ちゃんは誰だ? イリヤにそっくりだぞ?」
ああ、皆んな気付くの遅いしうるさい。いつもの事だけど。
「黙れ、雑菌ども。私の可愛い妹に直接話しかけるとは不届きな。身分を弁えよ」
「何言ってんの? 何言ってんの?」
「なんだこの姉ちゃん!?」
「タツ子、この人は従姉妹のお姉ちゃんだよ」
「フン、クチの悪いガキだ。この中で一番無価値で無能なお前! イリヤの友人は生涯美遊ちゃんだけで結構です!」
なんて事を言うの! タツ子は泣きそうになってるし、美遊が大きくうなずいている! なんで!?
「はぁ、小学生をからかうのは楽しいですね」
「イリヤ、この人は性格が歪んでるのか?」
「とんでもない人だ!」
「あ、養護のカレン先生に似ているんだわ」
「え~、あんな味覚音痴の病的異常者に? 本当に失礼ですね。便所の雑巾以下のガキどもが」
「また、問題発言だ~!」
「どうなってんだこの街の大人は! こんな人しかいないのか?」
お姉ちゃん……。何でそんなに楽しそうなの?
「すずめ」
「わ、私の事ですか?」
「そうそう。薄い本の即売会でコスプレするよ? イリヤと同じハーフで天然銀髪だぞ?」
「う、うわぁ! やった! 帰って姉ちゃんに報告だ! 銀髪ってありそうで無いからなぁ」
「なにをよ!」
「そりゃお前ぇ、イリヤとそっくりな美人のお姉さんがコスプレだぞ? あ~、でも衣装がなぁ」
「そんなもの、ここのお兄ちゃんに学ランを借りれば。それでお兄ちゃんの小学部時代の半ズボンは美遊ちゃんに」
「何!? 百合……疑似BL……おお! もしかしてそのメイド服が二人お揃いなのも、そういうコンセプトなのか!?」
「そっちこそ、そういう内容でしょうに」
「いや……その慧眼、恐れ入りました」
「え? え? 私が男の子の格好?」
「仲良くコスプレする仲なんだろ、良いじゃないか。手伝ってくれよ」
あれ? 案外お姉ちゃんは、美遊がメイド姿でからかわれないようにかばったのかな?
何より、あの美遊が皆んなとこんなに話すのなんて初めて見た。
「さて、雑菌どもにおやつを与えよう」
そしてお姉ちゃんは下から高そうなアイスクリームと、よく冷えた紅茶を全員分用意して持って来てくれた。
「おわっ! 美味しそう!」
「うわぁ~」
「フハハハハ。ほれ、遠慮なく食すが良い」
何で、そんなに偉そうなの?
けれど皆んなは美味しいって上機嫌だ。実際、美味しいし、こんなの初めて食べた。
「これ、高いんじゃないの?」
「そうですねぇ……小学生の3ヶ月分のお小遣いくらい? さぁさぁ、遠慮せず食べなさい」
めっちゃ高い!
「そしてタッツン?」
「な、な、なんだよ? オ、オ、俺を泣かせやがったクセに!」
「馴れ馴れしい姉ちゃんだな」
「夏休みは海の家と夜店の屋台でバイトしてあげましょう。私が売り子をすれば売上倍増は確実ですよ」
「言葉は丁寧なのに、やけに上から目線だ!」
「ついでに夜店で藤村組に支払っている手数料という名のみかじめ料は、暴対法に反しますので交渉してゼロにしてあげましょう。藤村先生のクビと引き換えにすれば大人しくならざるを得ません。フ……」
「うっわ! なんか危ねぇぞ、この人!」
「やるねぇ……この姉ちゃんは」
「おい、ツッコミ亀。帰ったら蛇に伝えなさい。ツインテと金髪ドリルはもはや我が配下だと」
「おお!」
なんなの? なんなの? どうして那奈亀とお姉ちゃんがハイタッチしているの?
そして何かを考えていた美遊が私に……。
「イリヤ? イリヤって、お兄さんがいるの?」
「あれ? まだ会ってなかったっけ? いるよ、高等部の2年生だよ」
「…………」
「もう~彼の事は忘れてしまえよ~♪」
「何を歌ってんの、このお姉ちゃんは!?」
「おチビちゃん? 一緒に居てよって事は、私はもう自分の兄や姉に妹達と逢えないって事ですよ?」
「ああ……。ごめんなさい……」
「うん、そこまで考えてなかった。それはわかりますし責めません。実際居たら居たでめんどくさいのが兄貴という存在です」
「エルヴァさんにもお兄さんが?」
少し暗い表情の美遊が尋ねる。本当にどうしたんだろう?
「居ますよ。私と似たガングロです」
「ガングロ……」
「そう。連邦の黒いモビルスーツです」
「違う!」
雀花が即答で返した。この子もこういうのに詳しいなぁ。
「しかもですよ。あの兄貴は私の乳母だったメイドと大人の関係なのです。それが妹の私にバレていないと思っているところが朴念仁ですわ」
「うっわ。じゃ、お姉ちゃんは失恋?」
「兄に恋するなんて変態の極みです。私は私でボーイフレンドが何人か別に居ましたよ」
変態って言われた……。でも結婚できないし、それが普通なんだろうな……。うん、待って。ボーイフレンド?
「恋人がいたの?」
「恋人? アッシーやお貢君は居てもサンタは……。訊かないで下さいよ。まぁ、何人か親しい人は居ましたけれど」
「何人も? どういう事?」
「う~ん。まだ小学生には早いと思うので全部は話せませんが、性格や顔だけでなく人にはお金やチョメチョメの相性もあるのですよ」
お金やチョメチョメってなに! なんでそこで難しい顔をするの!?
雀花は身を乗り出すし、美遊は顔が赤いし、美々も何か鼻息が荒くなってる!
「やっぱ外国の人は進んでるな。ウチの姉ちゃんにも見習って欲しいよ」
何のこと? ねぇ、何のこと? ぐるぐると頭が回る。まだ熱が残っているのかな?
そしてお姉ちゃんは手帳を出して、サラサラと何かを描いて雀花に見せた。
「こ、これは!?」
なんなの? ちょっと覗いてギョッとした。それは色黒の女の子が私の転身姿みたいな服を着て、ポーズをキメている姿だった。
ただ、そのキャラはどことなくお兄ちゃんが女の子になったみたいな……?
しかもやたら絵がうまい。これってマンガやイラストを描き慣れた人の絵だ。マンガ好きな雀花と美々は驚いていた。
「これはどういうキャラですか!?」
「ありきたりな魔法少女ものですが、ひねってあるのは、このキャラの正体が実は高校2年生の男の子というところです」
「え? どういう事ですか?」
「このキャラには怪しいくらいに仲の良い男友達が居ます。そして、学校でその友人とは様々なお約束イベントをドタバタ起こすのですね。そしてドタバタになる理由が寝不足なのです」
「寝不足!? どうして寝不足?!」
「フフ……それは、妹が拾って来た怪しげな魔法のアイテムに触れてしまったからです。つまり夜はこの絵の女の子になって、街を支配しようとする魔物と戦っているのですよ。触手イベントもバッチリ、ボイ~ンなお姉さん型の魔物に脱がされたり、捕まってムフフな拷問を受けたり。そして少年は女性嫌いになり、学校でのイベントが段々と……」
「おお! なんか来る! なんか来るぞ!? このキャラと設定をもっと詳しく!」
「良いですよ。今日は時間がないので無理ですが、今度ゆっくり。原案に私の名を入れてくれるなら、ストーリーもご自由にどうぞ」
「やった! その親友とはクラブが同じとか?」
「そうですね。それも良いと思います」
「ですよね? サッカー部とか、どうでしょう?」
「汗臭いなぁ。砂埃もありますし。それとドタバタは偶発的なイベントであって、親友と主人公はストイックな方が魔法少女の設定が活きます。そこをギャグで味付けると読者も楽しいでしょう。ですから、そうですねぇ……弓道部なんていかがです? 襟元がキュッとした白い道着とコントラストを生む紺色の袴」
「それだ~ッ!」
そ、それって絶対にモデルがお兄ちゃんだよね!? きっと魔法少女のモデルは私だ。けど、キャラ的にはお姉ちゃん……ううん、これ、夢で見た私の双子のお姉ちゃんだ!
やがて、とても疲れた私を残して皆んなは帰っていった。美遊は何だったんだろう? 最後は笑ってたけど。
「鈍いですねぇ。あの子にも逢えない兄が居るのでしょう? そもそもこのパターンですと、あの子の兄も並行世界の衛宮士郎である可能性が大ですよ。ウチの美遊と違って、あの子はおチビちゃんの並行世界存在ですね」
「私の?」
「そう。根っからの魔術師である姉さんの並行世界存在でもあり、美遊ちゃんの並行世界存在でもある。集合の重なり。その中心にあなたは居る訳です」
「え~! じゃ美遊は違う世界から来たの?」
「これはカンですが、カードと同じ世界から来たのかもですね」
う~ん。どうなんだろう?
なんだか当たっているような気もする。考えても仕方ないんだけど、晩ご飯まで悩んでしまった。
そしていただきますと声を揃えたところで、何の予告もなくいきなりママが帰ってきた。
「あれ、誰か玄関に?」
「俺が見てこようか?」
「この感じ、ママさんかも」
「え、ママ?」
「来たか」
この時ダイニングのカーテンは締めていたが、カーポートに50年前のクルマらしい暗いライトと懐かしい直6の排気音が入って来るのをエルヴァは感付いていた。
また、座席の関係で窓に近いリーゼリットも300SLと見抜いていた。
「ヒャッホー! ただいま~。イリヤちゃん、良い子にしてた?」
「ママ、お帰り」
「お袋、お帰り」
そしてそれぞれがママに声を掛けたところで……。
「ん~。あなたはどこのアインツベルン?」
「ノインのお祖父様はご存知ですか?」
「9代目? そこの人?」
「ええ。そして母があなたの姉にあたります」
「そう……。ゆっくりしていってね。後で姉さんやお祖父様のお話を聞かせてね」
ご飯を終え、皆んながお風呂に入り終わった頃、お姉ちゃんがママの部屋に行った。
一緒に行くと言ったけど、報告があれば明日話すから、今日は寝なさいとお姉ちゃんに言われた。
コンコン。ノックは2回。
「どうぞ」
「失礼します。ご厄介になっております。第11代アインツベルン総裁エルヴァ・フォン・アインツベルンと申します」
嘘偽り無く機先を制す。
「え? 11代総裁? どういう事?」
「まずは明言しておきます。当方はお嬢さんに一切危害を加えるつもりもありませんし、危害を加える相手を排除してもいます」
「ええ、そう動いてくれているのはわかるわ。でもどうして?」
「私の友人は並行世界で新たな第二魔法を得た人物です。その友人や仲間数人と並行世界を渡っている最中に座の風が吹くというアクシデントが起き、それらに備えて動かしていた分割思考のサブセット47番が剥離し、お嬢さんの中に入ってしまった存在が私です」
「座の風?」
「座の風とは魔力風の中でも異例に圧の高いものです。それは英霊の持つ魔力と彼等が持つ無数の宝具から溢れ出す魔力の風を指します。ただ座は世界の外にありますから、並行世界を渡る者に時々嫌なイタズラをするのですね。たぶん消極的な抑止の一種なのでしょう。そうして剥がれ流された私という意識体は、魂魄と肉体を求め、無意識にお嬢さんの中へ入ってしまったのです。理由は相性が良いからです。根拠は私の双子の姉がイリヤスフィールだからですよ。年齢や時間軸が異なるので実際は別人ですが、詰まるところはお嬢さんと私の姉は並行世界に於ける同位体という事です」
「今、あなたはお幾つ?」
「17歳です。私立穂群原学園高等部3年A組。出席番号1番が姉で2番が私です。ついでに姉の誕生日が7月20日で私は翌日の21日です。また父の名は衛宮切嗣、母の名はアイリスフィール・フォン・アインツベルンです。両親は内縁の夫婦で婚姻届を出していません。それは切断と結合という父の起源から来る因果を避けるためです。なので私も姉も偽名を名乗る時に衛宮の姓を使っても、戸籍には一切その名を使っていません」
「わかったわ。それであなたをイリヤちゃんみたいに身近に感じるのね? それはそうよね、並行世界の私の娘だもの」
どうやらわかって下さったようだ。フンフンと何度もうなずいていらっしゃる。
「それでイリヤちゃんが巻き込まれている危機というのは?」
「先日からこの街に、英霊の座に直結する何枚かのカード型礼装が出現しています。これが何かの拍子に劣化した英霊として、限定的な空間で現界しています。それが限定空間から出て冬木の街で暴れだす前に、倒してカードに戻せと回収作業を依頼されたのが時計塔の鉱石科に通う二人の学生です。一人はこの地のセカンド・オーナー、遠坂凛。もう一人がその学友で東欧の名門エーデルフェルト家のルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトです。悪い人物ではありませんがライバル心が強く、夜空で諍いをしているところをお風呂場の窓からお嬢さんが発見し、彼女達が持ち込んだ宝石翁の礼装から強引に契約されてしまったのです。その時に礼装を取り戻そうとした遠坂凛による魔術攻撃で気絶したお嬢さんに代わり私が目覚め、カードの回収作業を手伝う今に至った訳ですね。なお、今現在の私の体は、アーチャーのカードを触媒としてその写し身を借りている状態です」
「大師父の礼装?」
「魔法少女に変身できる人工知能が入ったステッキですね」
「あ~、あの子好きそう」
「それで調子よく騙されたみたいですね。私が気付いた段階で契約を切っても良かったのですが、その家族写真。お嬢さんの部屋にもありましたが、それを見ましてね。もしかしたらこれは成長を促す良い機会だとあなたなら考えるだろうかと思い至り、それでお手伝いする決心が付いたのです」
「そうね。それであなたの世界でのご両親は……?」
「元気ですよ。父はノインのお祖父様が持つ警備会社の部長です」
「警備会社と言いつつ危ない仕事なんでしょう?」
「適度に。仲間が大勢いますし、アラフォーになった今は後方からの作戦指揮がほとんどですから」
「なるほど。9代目のお祖父様を通じて会社にしてあげたのね?」
「そうですね。そうすれば無益な殺生も無くなりますし、正義の味方になりたいなんて中二病も適度に満たされます。何よりそうして会社にしませんと。確定申告はしないわ、健康保険に入らないわ、年金を支払わないわ。老後はどうするつもりなのだと」
「フフフ……娘から言われたら型無しね?」
「ですね。ですが、男の人ってそういうものだとも思います」
「そうね」
「そして母は穂群原学園の理事長をしています」
「あらあら。学園まで買い取ったの?」
「そうです」
「う~ん。あなたのお母様と私とで年齢がかなり違うのかしら?」
「いえ、同じだと。母は鋳造された翌々年に姉を産んでいます」
「あら。じゃ?」
「はい。姉と私は、母とはほぼ年子です」
「そうなるわよね。私もイリヤちゃんとの年齢差は8歳ほどだし」
「また私は技術供与の見返りにノインのお祖父様に渡った受精卵でした。鋳造から3番目に取り出された卵細胞なのは?」
「知っているわよ。コードネーム、Chloe。本当に家督を継いでいるのね?」
「家督云々を措いても、知っている人は知っていますよ。そのアルファベット順に名付ける方法は、なぜか一族全体の伝統となっていますから」
「やっぱり私とキリツグが戦ったのは……」
このセリフがオトボケだと気付いたのは、この後スイスに行った時だった。
私なりに気を遣ったつもりだったが、この人はもっとしたたかだった。自分の母親で思い知らされていたはずなのに。
「アハトの一族とその眷属だけでしょう? あれだけ大きな一族です。全部を滅ぼすなんて不可能ですよ。何より第三者の介入や参加が当然で、一度釜が汚染されれば浄化も儘ならない欠陥儀式だと百年前にはわかっていた事です。ですから、煙たがられてたアハトが滅ぼされても、復讐しようと考える者はここでも居ないと思いますよ?」
「ああ……そう考えてくれるのね?」
「ええ。そして私はそれら有力当主すら傘下に置く総裁です。ユーブスタクハイトも、一時は名目上の8代目を継いでいましたが、聖杯戦争にうつつを抜かし過ぎ、第三次と第四次の間に9代目に代わりました。父のセミオートライフルや舞弥さんの装備などもノインのお祖父様の提供です。ここでどうなのかは知りませんけれど」
「私もそういうのは疎いから知らないわ。けど、さすがね。これ以上の事もたくさん知っているみたいだし」
「はい。300SLの懐かしいエンジン音にジ~ンと来ました」
「うん? 懐かしい?」
「ええ。母が以前乗っていた300SLはノインのお祖父様のコレクションを譲られたもので、千四百台中、僅か二十九台しか造られなかったオールアルミモデルだったそうです。しかも塗装はシルバーでなくホワイトで、ヘッドライトも丸目でなく縦目の異形タイプです。オークションで7~8億は行きそうな超希少車だとお教えしたらお城で保管され、以降はマ○ダのロードスターやホ○ダのS2000などに乗り換えられました。それと今は欧州で先行販売されたSLRマクラーレンにも乗られていますね」
「あらぁ、羨ましい。良いのに乗ってるのねぇ」
「ですよ。5速ATなのは頂けませんが、ATノブの頭にエンジンスターターボタンがあるのは良いですね」
「そんなところに?」
「ええ。ミサイル発射気分です。母はエンジンをかける度に、フォイヤーとか言ってます」
「フフフ……楽しそう。ロードスターやS2000は今もお持ちなのかしら?」
「ええ、乗っていますよ。ガチガチの改造車ですけれど」
「あら、どんな?」
「ロードスターはNB8Cという二代目で、00年に発売された可変バルブになったBP-VEというエンジンを積んだタイプです。RS-Ⅱというサスが元からビルシュタインが入ったモデルを選ばれ、オプションのABSとLSDも入れています。改造は足回りがアライメントとタイヤのマッチングを見直しつつ、ファイナルをNB6C用の4.3に換えてありますね。メーターのセンサーもNB6C用にしてあります。それと外装が純正でないカーボンのハードトップと、カーボンのボンネットとトランクフード、エアロにGTウィングの取り付け。エンジンはバランス取り程度のファイン・チューンですが、4スロットル化に等長タコ足でECUを書き換えたバリバリの峠仕様ですよ。S2000の方は00年7月の軽いマイナーチェンジ後の、AP1-110系Vスペック、インディイエロー・パールと120系ジオーレVスペックのダークカーディナルレッド・パールをお持ちですね」
「S2000を2台?」
「ええ、2台持ちです。かなり気に入られてるみたいですね。ノーマルでもボディ剛性が高いですし、ポテンシャルは一級ですから、試乗会で即決でした。内装も最初から赤いシートで注文されていて。改造は足回りを中心にほんの少しです。トーコントロールアームを入れ替えて、サブフレームのボルト周りのブッシュをタイトにするために金属製のカラーを入れて(リジカラ化)、サスを他のブランドに。それとサーモスタットとファンスイッチも位置を変えてローテンプのものにしてありました。吸気温センサーも位置を変えていたかな? そしてヌケの良いゴテゴテ・エアロとGTウィングですね。カーボン・ハードトップ仕様も同じです。何かとエンジンが話題になるクルマですが、本当にピーキーなのは足回り、特にリアサスのセッティングです。伸びる方の減衰力を上げて、リアがバンプした時の挙動変化を抑えればかなり楽しいクルマだそうですよ」
「やっぱり。コーナーを攻めるとリアの外側がトーインするでしょう? あれが粘りと速さに繋がっているのだと思うけど、ブレイクすると一気よね? その辺がどうかなぁって思っていたの」
「お詳しい。そちらも狙われてました?」
「ええ、気になるクルマだわ。だから試乗は何度かしていたの。で、ロードスターはどう?」
「ロードスターも楽しいと話していますよ。そちらもブッシュの金属カラーは入れていますね」
「ふ~ん。GTウィングとか、どうしてそんな改造を?」
「本人が好きなのもありますが、メイドの影響ですね。セラやリーゼリット以外にも居る訳ですよ。彼女達の影響でサーキット走行会に参加したり、ワンメイクの草レースに出たりしています。共同でEK9やDC2の98年モデルをお持ちで、今年はもっと本格的なレースに参戦予定です。かなり速いですよ。DC2ですが、セントラルで1分27秒台前半です」
「あ~……。かなりホ○ダがお好きみたいだけれど、NSXはお持ちじゃないの?」
「Ⅰ型の頃は日本に居ませんでしたので、タイプRを買えなかったのですね。それでⅡ型のGH-NA2、タイプS-Zeroを手に入れられたのですが、当時の母の手に余るクルマでしたのでメイドに譲ったのですよ。腕が上がった今ならⅢ型 LA-NA2のタイプRも乗りこなせると思いますが、父からマクラーレンを贈られたので自制されているようです」
「ああ、それは私でも自制するわね。あの人、直ぐにいじけるから」
「ですよね?」
「ね? それで、そのクルマ好きなメイドの子はあなたの関連?」
「そういう事です。私の乳母です」
「ふ~ん、並行世界って面白いわ。私とは色々違うのね。ロードスターにS2000かぁ」
「はい。私の方では第四次聖杯戦争が94年の秋で、母が日本に来たのは年明けの95年でした。聖杯は別口を用意して母には療養して頂き、私と父とで冬木に臨みました。勿論、他陣営を説得し儀式を中止するためです」
「上手く行ったの?」
「はい、なんとか。余り驚かれませんね?」
「7歳で総裁でしょう? 危険だと思うし心配もするけれど、あなたならなんとかしそうだわ」
「はい、実際なんとかなりました。それで日本に来た母が、街中を走るユーノス・ロードスターを見て気に入りましてね。当時は欧州でも話題のクルマでしたから」
「うん、わかる。MX-5は私も気になっていたのよ。それでその頃のはmk1……NAだっけ? 買っちゃったのね?」
「あれ?」
「うん、日本に来た頃はS2000も無かったし、私もロードスターのカタログはたくさん集めたのよ。300SLは良いけれど、さすがに古いでしょう? それであれこれとね。R129はATばかりだったし、ロータリーはどうかなとか、タイプRはどうかなとか、GT-Rはどうかしらと、ホントあれこれ考えたわぁ。結局仕事もあって300SLのままだったんだけど。となると、あなたのお母様は数台乗り継いでいたりするの?」
「はい。NAは紺色で内装が赤だった95年2月のRリミテッドから始まって、ワインレッドに内装がタン色の革だった96年1月のVRリミテッドのコンビネーションAと来て、NBが99年1月の10周年記念と00年7月のビッグチェンジされたRS-Ⅱ、これが今の普段乗りですね。そして01年5月のRSベースのマ○ダスピードに、共同でお持ちの01年NR-A。そして03年10月のCOUPE TYPE-Aに12月のターボです。この辺りは理事長の給料を貯金して自分で買われています。ただ、毎回限定車の抽選に当たるのと、置き場所や日常の生活費を考えないところがあの母ですね」
「ロードスターだけで6、7台も!? レース用は除いたとしても何を考えているの、あなたのお母様は?」
「あれで運転でなくクルマの操縦を覚えたと言うか……。今はヒール・アンド・トゥも以前より上手にできるようになりました」
「……なるほどね」
「それと置き場所や保管場所さえ確保すれば、ロードスターは安価で楽しいクルマです。それよりも、私の総裁の肩書きです。これがなんとも凄まじく。親族や一門の当主にハーウェイの長老達が母を甘やかして……」
「ああ……海外のスポーツカーを他にもお持ちなのね。それは、あなたに取り入ろうとして?」
「そこまで露骨ではありませんけれど、魅力的な女性でもありますし。父もクルマがタダで貰えて奥さんが喜ぶならと。いえ、私に気を遣った結果でもありますね」
「そうね。あなたの立場を考えた上でかもね。私もロードスター、買おうかな?」
「お子さんの手が離れていて、置き場所を確保できるのなら、本当にドライビングプレジャーのある良いクルマだと思いますよ。特に今のNBはLSDを入れれば思いのままです。純粋な速さを求めるなら、S2000やタイプRですけれど」
「LSDは純正?」
「NAの頃は純正のビスカスLSDでしたが、NBはトルセンLSDから機械式LSDに換えられていますね」
「あ~。やっぱりね。お上手なんだわ」
「横に乗せられる末の妹は嫌がってますけれど」
「フフフ……。良いなぁ、ロードスター、欲しいわぁ。けど、私の300SLはキリツグが用意してくれたものなのよ。あれはあれで、手放したくないのよね」
「お城で凍結されてはいかがです?」
「さすがは総裁。その魔術が使えるのね?」
「はい」
「なら頼もうかしら。あなたのお母様とは違うクルマだけど」
「そうなのですか?」
「ええ。私のは色がシルバーで内装が赤なのよ」
「内装の赤は良いですよね。私も好きです。後ろのカバンも赤ですか?」
「そうそう。それでライトは丸目ね」
「それでも程度に拠っては数千万から数億はする希少品ですよ」
「みたいね。そんな高価なものとは以前は知らなくてね。あちこちぶつけちゃったわ」
「パイプフレームに薄くて軽い外装ですから、板金できる業者も少ないですものね」
「ね? エンジンのオーバーホールにしてもそうだわ。なかなかできる人が居なくてね。それでずっと迷っていたの。走行距離もこれ以上は伸ばしたくないし。だから普段はキリツグの横が多いのよ」
「ランクル?」
「いえ、仕事が欧州ばかりなの。だからあちらではワーゲンやオペルの中古のセダンばかりね。日本だとキリツグはレンジローバーに乗っているのよ」
「あ、家族向けに?」
「ええ。手に入れたは良いけれど、これも中々乗る間がなくて。イリヤが小学生の間に、どこかへ連れて行ってあげたいわねぇ」
「是非、そうしてあげて下さい」
「そちらのキリツグは同じ4WDでも、本格的なクロスカントリーが好きなのね?」
「お察しの通り、仕事先がそういうクルマが必要な場所ばかりなので」
「なるほど」
「はぁ~。バイクやボートの免許も取り直しです」
「うん? 取り直し? イリヤちゃんに残ってって言われたの?」
「願われました。家族で、姉で居て欲しいと。聖杯に願われるとは」
「あの子はまだまだ子供だから。それでリミッターが外れたのは?」
「ご両親の願いもわかります。ですがあの封印はガチガチ過ぎましたね。これから二次性徴が始まれば、日々の魔力生成量も増えます。そうなると英霊の魂まで収める段階まで拡張調整されなかった小聖杯はパンクです」
「やっぱり……」
「それと……これは申し上げ難い事ですが」
「何?」
「封印後の再確認を怠ったのではありませんか? コインの裏表でなく本来の人格と魂が封印されています」
「え?」
「失敗かどうかまではわかりませんが、何かがあってある種の降霊術となったみたいです。その後から入った魂が今のお嬢さんですよ。本来のお嬢さんは小聖杯の中からあなた達やお嬢さんを見て、相当怒っています」
「まさか、そんな……」
「そんなまさかの奇跡が起きたのですよ」
「じゃ、あの子は誰なの?!」
「今夜、私の姉妹達の夢を見て頂きます。それをご覧になった後で、またお話しましょう」
そうして私は部屋を辞した。
公園に向かう前に、こじんまりと可愛い、けれど暖かな家を振り返り、夢を視る術式を編んだ。
イリヤの別側面なのか、封印の際の降霊現象なのか。
この物語では公式を逸脱した後者を取っています。一応布石という事で。