プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

11 / 45
12、団体様ご到着

 新都から深山町に向かって冬木大橋の歩道をテクテク歩く四人組が居た。内三人は可愛い女の子だ。

 一人は黒髪で瞳が菫色の東洋人。サイドテールに結んだ黒いリボンが少女らしい清楚さを醸し出している。また春らしい花柄のワンピースはとても彼女に似合っている。

 一人は亜麻色の髪に碧い瞳の白人。結びが高い位置にあるポニーテールが、彼女の快活さを表しているようだ。

 とは言え、ゴムは隠れているし適度な緩み感と散らし感があり髪に躍動感がある。服装も軽快なスリム・シルエットのデニムパンツに、バスケット・シューズ。左足に紅いバンダナを巻いている。

 スポーティでラフなのにオシャレ感があった。腕を捲った真っ白なシャツの胸ポケットには何かのバッジが付いている。

 そして残る一人は陽に当たれば白髪、日陰だと黒髪にも見えるなんとも不思議な銀髪を持った赤い瞳の白人だった。

 髪型は緩いカールが残ったストレートだが、左サイドに小さなフィッシュボーンを編んでいる。R○und HouseかL○Eのヴィンテージらしき、ヒッコリー柄のオーバーオールをショート丈に詰め、黒い長袖Tシャツを着ている。

 その上から羽織ったフリルの効いた大きな襟の白い半袖ブラウスは、裾をサイドで縛ってあった。可愛らしい髪型と裏腹に、これまた快活な性格を表しているようだ。

 最後の一人は男性で、身長が190センチ・メートルに届くかという偉丈夫。

 褐色の肌と引き締まった身体は、東洋的な面立ちの中で光る鈍色の瞳と相まって鉄の意志を感じさせる。黒いシャツに黒いスラックスは似合ってはいても、趣味が悪い。また、板前みたいな髪は完全な白髪だった。若白髪だろうか? 

 やがて四人は住宅が密集する辺りに入る。

 

「ここで良いのか?」

「あ~ん、そこよ! もっと! もっと!」

「うっさいわ! この変態妹! 座標はここで合っているかと訊いているのだ!」

 

 ガングロで気難しそうな男性が、美人で可愛い銀髪の女の子と戯れている。

 

「戯れてなぞ居らんわ! さっきからナレーションが変だろうが?! そもそも私は角刈りでは無い!」

「お兄ちゃん、煩い」

「あのな。誰の不始末に付き合ってここに来たと思っているのだ?」

「文句があるなら逃げたあいつに言って下さい」

 

「しかしそんな事があるのですね。分割思考中の意識が脱走なんて」

「無いですよ、セイバーさん。座の風が吹いて剥離して、それが飛ばされたんです。先輩に騙されていますよ」

「エル、あなたという人はぁ~」

「そんな事よりセイバー、彼を置いてきて良かったのですか?」

「彼のマスターのリンが今回はパスすると。彼女の仕事も、彼のお店も忙しいみたいです」

「そうですか。思ったより早く軌道に乗って良かったです」

「ああ、ここからが勝負だからな。私も残れと話したのだ」

「何で皆んな、こうも先輩の口に軽く流されるのか……」

 

 さらに住宅街をテクテクと移動する四人組。やがて一軒の家の前で立ち止まった。

 

「む? 着いたのか?」

「もっと赤ちゃんのお部屋をズンズン突いて! シロウ!」

「死ね! バカ! 往来で真名暴露するな! 何が哀しくて妹に手を出さねばならんのだ!?」

「失礼な若白髪め。どうやらここですね。4LDKのプランモデルかセミオーダー。ざっと土地別で2千500~3千万ってとこですか。この辺りの土地は武家屋敷の多いあの辺や洋館街みたいに重要指定地区ではありませんから、この敷地面積なら3千~3千500万ってところですね。となれば築10年として4千500万かな? 売値で5千万が限度でしょうから、仕入れ値を3千500万には抑えたいところですね」

「人様の家を勝手に査定するな!」

「しかし、なんとも中途半端な造りですね。逃げたあいつの匂いがプンプンしますよ」

「先輩の芳しい香りしかしませんが?」

 

 エルヴァは芳香体質なので横に立つ凜は、爽やかな香りにずっと鼻孔をくすぐられていた。

 

「凜はノリが悪いです」

「先輩のテンションが高過ぎなんですよ」

「もう出してやったらどうだ?」

「う……射精るッ……。殴ろうとしないで下さい。先程から私の中でわんわん泣いてますね」

「君の腐った脳汁と、辛辣な評価に泣いているのではないか?」

「そうではありません。やはりこの街はこの子達の並行世界で間違いないですね」

「みたいだな。この家が……暖かそうな家だな。こういう家を構えるジイサンか。と、この向かいが……」

「エーデルフェルト……。クロちゃん達に聞いていましたけれど、これは……酷い地上げですね」

「まったくです。では、参りましょうか」

 

 ピンポ~ン ピンポ~ン

 

「ちょっ! 何故、エーデルフェルトの呼び鈴を押す!?」

「こんな大勢が入れる家ですか? どう見て水回りは1階に集中していて、2階はトイレと簡素な洗面だけです。その1階もリビングダイニングだけで、応接室も無いのは明白。まだまだ秘密も多いでしょうし。それにルヴィアとオーギュストさんならわかってくれますよ」

 

 実は彼女は300SLが止まっているのを目聡く見ていたので、エーデルフェルトの呼び鈴を押したのだった。

 

「確かにそれは言えるがな」

「はい。ルヴィアなら大丈夫ですよ」

「お腹が空きました」

 

『はい、エーデルフェルトです。どちら様? エルヴァ? あれ? えらく白い? ま……まぁ、どうぞ』

 

「おい! この声は?」

「ここでの私ですね。遊びに来ているんでしょうか?」

「宝石の使い過ぎで素寒貧になり、ガスや水道も止められて知り合いの家を流離っている?」

「失礼ですね、先輩」

「でも、『凛』という漢字は、寒い中で呆然と突っ立っているさまを指しますし」

「本当に失礼ですね。さぁ入りましょう」

 

 門を潜り、広い前庭を抜け屋敷のドアを開ける四人組。迎えた少女二人は玄関で棒立ちになった。

 

「ギャ~! 何で私が居るの!?」

「落ち着きなさい、ミス・トオサカ。これは……」

 

 動揺する二人に向かって銀髪の少女が宣告する。

 

「ドッペルゲンガーだ。お前の死は近い!」

「嘘ばっかり吐くな!」

 

 隙かさず投影したハリセンで少女を引っ叩く褐色の男性。

 

「大きな声を出さないで頂きたい。空きっ腹に響きます」

「先輩が話すとどうして漫才になるの……? あの、ルヴィアゼリッタさん。ルヴィアとお呼びしても?」

「え、ええ……いきなりですわね?」

「お察しの通り、私はそちらの遠坂凛さんの並行世界存在です。元の世界でルヴィアと親友なのでついつい」

「し、しんゆう!? 首という漢字にマフラーみたいに取り巻くあれ?」

「それは『しんにゅう』です」

「失礼……。けど、親友って、そんな世界があるの?」

「ああ……察しました。取り敢えずこちらをご覧下さい」

 

「ほ、宝石剣!?」

「魔法使いなのアンタ!?」

「どこへ行ってもアンタ呼ばわりですね、凜」

「もう、諦めています」

「ああ、ごめんなさい。失礼しました。もしかして並行世界からですか?」

「良いですよ。驚かれるのは当然ですから。敬語も結構です。普通に話して下さい」

「なるほど。なんとなく読めて来ましたわ。あなたが本物のエルヴァさんですわね? ここに居る彼女は何者ですの?」

「核心を突いて来ますね。その彼女と話したくてこちらに来ました。要は場所を貸して欲しいのと、当面の宿泊をお願いしたくて参りました。そしてそれは今後の会話に立ち会って貰って構いませんという意味です」

 

 そして会議室のような広い部屋に通されたところで、着いて来た小学生二人組が踊り出る。

 

「え? イリヤ? どこから出てきたの? と、もう一人の色黒の子は誰よ?」

「エルヴァさんと似たそちらの子はどなたですの?」

「ははぁん、ここの私はカードを使って……なるほど。お察しの通りこの子達は、ここのイリヤスフィールの並行世界存在です。すみませんが向かいに連絡を入れて、エルヴァに来るように伝えて頂けませんか?」

「わかりました。揃った方が話は早いですものね。オーギュスト!」

 

 ルヴィアは執事のオーギュストに伝言を依頼する。

 

「相変わらずルヴィアは頭の回転が早いです」

「ありがとうございます。ミス・トオサカ……」

「凜で良いですよ。漢字は禾の凜で示すではありませんけど」

「あれ? そうなの? それはどういう違い?」

「それが魔法に到れるかどうかの別れ目だ、思い知れ!」

「嘘でしょ!?」

「先輩……。可能性が高くなる程度の話ですよ、凛さん」

「それでも大きな隔たりを感じるわ……」

「私はもっとショックですわよ。第二魔法がなぜトオサカに……」

 

 そこで二人がケンカを始めると確信していた小学生達は、大人しい二人を見て驚いた。

 

「いつもならここで言い争いが酷くなって暴れ出すのに」

「ね? どうしてだろう?」

「さてはガングロの私に、真の魔術師としての格の差を見せ付けられて思い知ったのでは?」

「クソ~。当たっているだけに悔しい!」

「キィ~!」

 

 この間、テーブルのお菓子を食べ尽くすセイバー。

 腹立ち紛れに凛がセイバーに言った。

 

「アンタ、先日もお菓子を食べ尽くして。遠慮ってもんが無いの?」

「はい? リン、私はあなたと会うのは今日が初めてですよ?」

「へ?」

「となると私がここにも居ると?」

「カード……カード……? まさかセイバー戦で黒化英霊の霊基を触媒にして召喚した?」

「ええ、そう話していたわ。ねぇ、ルヴィア?」

「ミス・トオサカ。となると、このセイバーさんは別人ですわ」

「みたいね」

「やるな、47番」

「待たせたセイバー。取り敢えずはこれで我慢してくれ」

「おお、アーチャー。痛み入ります」

 

「何ですの、あの料理は?」

「居ないと思えば親子丼? 短時間で作るなら正解のメニューね。ま、この家のダシだとどうなのかなとは思うけど」

「うむ。ご飯に鶏肉、卵はあったがダシは顆粒粉末とめんつゆだ。不本意だが、酒と味醂も無いのは当然だろうしな」

「人んちの冷蔵庫を勝手に物色してこの言いザマ。さすがはお兄ちゃん」

「ちゃんと厨房に居た人から許可を貰ったぞ。オーギュストにも声を掛けてある」

 

 とそこへ、アイリスフィールとイリヤスフィールにセイバーを伴って褐色のエルヴァがやって来た。カオスだ。

 

「おお! 本当に私が居る!」

「いや、こちらも驚きました。このお菓子は美味ですよ。いかがです?」

「頂きましょう」

 

 王様は食べ物さえあれば和気藹々だ。

 

「おや? このどんぶりは?」

「アーチャー?」

「わかった。君もお代わりするかね?」

「当然です」

「何ですか、一体?」

「親子丼ですよ。中々の美味ですから」

「ああ……彼が……」

 

 やがて届いた親子丼は、褐色のエルヴァのセイバーにストライクな味だった。

 もう一人のセイバーが、視線で正体を語るなと送ってくる。それはそうだろうと、涙とともに親子丼を掻き込んだ。

 

「え? あっちの私みたいな色黒のお姉ちゃんも、エルお姉ちゃんなの?」

「私が居る、ママも居る……」

「うわぁ……私だ。それであの子がクロエお姉ちゃんなんだ……。あれ? ふたりとも私より少し背が高い?」

 

 その後、小学生組もペチャクチャしゃべるしゃべる。

 

「こういう時に空気を読まない人はありがたいですね。で、47番?」

「番号で呼びますか。どこの刑務所ですか。辛いなぁ……」

「いや、便宜上ですよ。敢えて野球で例えるなら、私が一軍の4番でピッチャー、選手兼監督兼オーナーですが、三軍控えで代打専門のあなたであっても、送りバントは堅実な戦力には違いありません。決して無碍にはいたしませんよ?」

「自分もこういう性格だとわかっていますが、言われると本当にムカつく~。誰が送りバント専門代打だ。それでもチームに貢献しているでしょうに」

「けど三軍じゃん」

「お兄ちゃんやクロちゃんの気持ちがわかりました。自分にこれほど腹が立つ日が来るとは」

「失礼だな。しかし傍で見ていると気持ち悪いケンカだな」

「そんな事は良いのです。あなたは察するところ、ここに残るつもりでしょう?」

「人を貶して後はどうでも良いような口振り……。こうして別の体だと最低の性格だとわかりますね」

「たかだか47番ごときが……欲張りすぎです。ウェイバー先生にエーデルフェルトの小父様、そして美遊ちゃんの世界まで。あなたも私ならそこまで考えているのでしょう?」

「当然です」

「お互いバカですね。私こそ己を客観的に見せ付けられて、不快な事この上ありませんよ。アイリスフィールさん?」

「はい?」

「彼女から詳細を?」

「ええ。聞きましたし、夢でも伝えられました。その上でイリヤの姉として残って欲しいと思います」

「ありがとうございます。彼女をよろしくお願いします」

 

 そしてエルヴァの許可を得てから夢の内容を語るアイリスフィール。それに頷く、彼女の娘。

 凛もルヴィアもそれで褐色のエルヴァやアーチャーが何者なのかがわかった。もちろん真名などは明かさない。

 

「あちらの殿方もセイバーと同じく英霊……」

「クソ……私を殴ったのはやっぱりあんただったか……」

 

 それを無視する二人のエルヴァ。白いエルヴァがアイリスフィールに問う。

 

「郊外の森の城は機能しますか?」

「封印してあるだけで、設備はそのままよ」

「なら、クロちゃんならぬシロちゃんも早々に取り出して受肉させましょう」

「私は犬か……」

「クロちゃん、イリヤちゃん。ここに居る間は甘えて頂戴。私は全部受け止めるから」

「ママ……」

 

 年少組は泣きそうになった後、とても嬉しそうにしていた。

 

「そしてルヴィアに凛。時計塔の事は任せなさい。ある程度カタを付けてから帰ります。そして47番はあなた達に巨万の富をもたらす知識を持っています。軍資金調達のために利用されたか何か契約を結ばされたと思いますが、現段階では目を瞑ってあげて下さい」

「それは……」

「巨万の富とは? 何ですの?」

「誰も知らない、冬木の数百倍もの大霊地や、その開発過程で見つかった油田や鉱床。私が元の世界で持つ様々な特許。これらを三人で有効に使えば良いでしょう」

「よ、よろしいんですの?」

「構いません。どの道、スタートが遅いのでエーデルフェルトの財力と二人のアシストが必要です。それにルヴィア?」

「はい?」

「世界最高の修復師があなたの味方に着くメリットを考えなさい。エルメロイの刻印は城で前以て作りましょう」

「どういう事ですか?」

「エルメロイⅡ先生がライネスに縛られる理由は、先代の刻印消失があったからです。それを手札にする訳です。つまりライネスを使ってエルメロイⅡ先生を籠絡し、宝石翁に取りなすのです」

 

 ルヴィアと凛が目を丸くする。

 

「もしや、それがあったからアドラに先生は……?」

「その通りですよ、ルヴィア。こちらではその事件が切っ掛けで、あなた自身がエルメロイⅡ先生を指導役に指名して時計塔に渡る手筈なのですよ」

「ああ、そちらでは時計塔への入学が、高校を卒業してからですのね?」

「もう自前の宝石剣を持つ怪物ですけれどね」

「本当ですの?」

「先輩……いえ、エルさんの幼馴染みなんですよ。私もルヴィアも。特にルヴィアは遠い先祖をたどれば、先輩の血族と同じです」

「スカンディナヴィアに渡る前の話ですから、同族とは言い難いですが、私とルヴィアは幼稚園に入る前からのお友達です。もちろん、あなたの大切な人とも」

「ああ……そうだったんですの……」

 

「それと47番もその体なら、凜のアレが投影できるでしょう?」

「できますね。それをこちらの凛に?」

「そうです。そしてお兄ちゃんはルヴィアに投影してあげて下さい。それを手土産にすれば今回の事は大師父なら不問にするでしょうし、他のロードを黙らせる事も可能でしょう」

「あなたのアレって?」

「先ほど見せた宝石剣ですよ」

「既に体験したでしょう? 宝具に匹敵する、術者が破棄しない限りこの世に残り続ける投影品です」

「ええ~っ!」

 

 大きく驚く凛とルヴィア。

 

「そ、そんなものが頂けるなら、失った宝石などどうでもよろしいですわ」

「私も。500万なら安いものよ」

「やっぱりこの二人から……」

「ただし、それを手に入れても第二魔法は遠いですよ? それをお手本に何度も何度も解析して自分で作り直して下さい」

 

 そう強く凜が凛とルヴィアに話す。

 

「その……。不躾ですが御指導は頂けませんの?」

「…………」

「凜。ゲートを作りましょう?」

「先輩……」

「クロちゃんとおチビちゃんの元の世界と似た世界。もう帰れないこの子達のためにも、ここは必要な世界です」

 

 大きく頷くアイリスフィール。

 

「ママは事情を知っているの?」

「ええ。さっきも話したけれどクロちゃんの事だけじゃなく、なぜ帰れないかも夢で教えて貰ったのよ。だからここを別荘みたいに考えて。私もそちらのアイリスフィールさんに逢いたいわ。学園の理事長なのでしょう? 優しい?」

「優しいよね?」

「うん。何度も海外旅行に連れて行ってくれるし」

「海外旅行! 良いなぁ~」

「なら、シロだっけ? そっちのクロを連れて一緒に遊びにおいでよ」

「そうだね。ゲートを開けば凜に運賃を払わなくて済むし」

「こうやって遠坂の儲けが消えて行くんですよ……」

「御指導頂けるなら、お幾らでもお支払い致しますわよ。事業が軌道に乗れば、貧乏なミス・トオサカも支払えるでしょう?」

「一言多いのよ!」

 

 そして笑顔に包まれる皆んなを眺めてエルヴァが言う。

 

「ま、それはそれで措いときまして。47番。これからはここでのエルヴァ・フォン・アインツベルンとして生きて下さい。薬品諸々はルビーから聞いて全部持って来ていますし、当座の費用として15億円分の宝石と金塊を用意しました」

 

「助かります。それでですね……。実はまだカードが残っていて」

 

 その事実に小学生組が反応する。

 

「何が残っているの?」

「バーサーカーのカードだよ、クロエお姉ちゃん」

「クロエお姉ちゃん……? それって私の事?」

「この子には話してあります。この後、この子のクロちゃんに出会っても仲違いしないように」

「ああ……」

 

「ここはまだカードが残っているのかぁ」

「そういう事ね、イリヤ。だから地中にアイツが絶対に居る」

 

 少し青ざめても以前のイリヤでは無い。むしろ心配は違う方向だった。

 

「という事は美遊もここに居るの……?」

「うん。居るよ」

「イリヤ?」

「わかってる。エルお姉ちゃん?」

「はい、わかっています。第8のカードもろとも回収しましょう」

「私にセイバー二人だ。どうとでもなるだろう」

 

「反則じゃないの? カード1枚に英霊三人なんて」

「心強いですわ」

 

「それにバゼットは私が潰します」

「47番のお姉ちゃんが?」

「47番言うなや、クロちゃん! 泣きそう……」

「クロちゃん、正直に話しなさい。お兄ちゃんと模擬試合して欲しいとか、投影を見せて欲しいとか、焦げ臭いとか」

「焦げ臭い……。ああ、そういう事ですか。お兄ちゃんが良いならお見せしますよ」

「じゃ、少し聞いていい?」

「どうぞ」

「黒いお姉ちゃんは、『熾天覆う七つの円環』だと何枚になるの?」

「黒い……。7掛ける3の21枚。ですから三重になりますね」

「うわ、私でやっと5枚なのに」

 

 4枚から5枚になったのは最近だ。それでも並行世界の衛宮士郎より多い。

 

「子供だからだ。気にするなクロ。その内7枚になる。そもそも三重って何だ? オリジナルの私を超えている段階で異常なのだ、コイツらは」

 

「どういう事ですの?」

「きっとエルヴァがそうなのよ。カードを使っての宝具。その再現力に個人差が出るのよ。膨大な魔力がいるんだろうけど」

 

 今まで夢幻召喚を敢えて見せていない。事情を知らないルヴィアと凛の疑問は当然だった。

 

「そう。それを夢幻召喚って言うんだよ」

「イリヤ……。脳天気にバラすし」

 

 こういう時にセイバーは機転が利く。

 

「そちらのセイバー、ちらし寿司とばら寿司の違いがわかりますか?」

「何の話ですか?」

「ああ、まだ食した事が無いと。ちらし寿司は謂わば酢飯になった海鮮丼に近い食べ物です。ばら寿司は酢飯に具材を混ぜ込んだものですよ。お吸い物と一緒に頂くと、この国の奥深さがわかるでしょう」

「なんと! エル、待遇の改善を要求します!」

 

 黒化英霊から召喚されたセイバーが褐色のエルヴァに訴えた。

 

「わかりました。召喚した限りは面倒を見ますから。その程度ならいつでも作れますよ」

「おお……」

 

 随分と感動した面持ちのこちらのセイバー。ルヴィアと凛は頭に浮かんだ疑問を忘れてしまった。

 

「47番? あなたのセイバーは普段何を?」

「いや……一度は友人として招きましたが、私がそもそもイリヤちゃんの従姉妹として立場をねじ込んでいる手前、夜は近所の公園で霊体化して貰っています。何度か外食に連れて行ってはいますけれど」

「ああ、セイバーにあの青いシートの色は似合いそうですね」

「はい。先日はエルとチャレンジメニューなるものを堪能しました」

 

 そこへもう一人のセイバーがもの申す。

 

「ほぅ、それはどのような?」

「はい、ハンバーグというひき肉を焼いたモノが3キロでしたっけ。それにサラダとスープに付け合せの野菜。そしてご飯ですね。なかなかの美味でしたので、3合のご飯を2回お代わり致しました」

「ああ、あのステーキハウスですね。あそこは他の肉も美味ですよ。食べたグラム数がポイントとして貯められます。100キロで1キロのステーキが無料で頂けます。私はかれこれ3回ほど、その無料ステーキを食していますよ」

「なんと!」

「って事は、積算で300キロ以上食べてるって事よね?」

「ああ、あの店の肉なら輸入モノでも、300グラムで4千円は行くだろう。100キロなら130万から140万は投資せねばな……」

 

 お前のマスターじゃ無いっつうに、律儀に答える褐色の英霊。今は黒いシャツとスラックスなので、妙に木炭っぽい。

 虚空を睨む焦げ臭い男。ナレーターはそんなところに居ませんよ~。

 

「英霊って、召喚してもお金が掛かるのね……」

「それだけの働きをしてくれるのなら安いものでしょうに。そうは思いませんの、ミス・トオサカ?」

「くッ……。いつもの皮肉より素の方がキツイとは……」

 

「頭を切り替えなさいな。戦闘力が高ければ少々の食欲旺盛はまだマシですよ。アロサウロスやティラノサウルスを召喚するよりきっと安上がりです」

「恐竜と比べるなよ……」

 

 白いエルヴァの言に呆れる凛。けれどなんとなく納得してしまう自分も居た。

 

「軍資金も無い最初はそうなりますか……。いつまでも居候とは行かないでしょう? 今後はどこで暮らすつもりですか?」

「そこですよ、悩みは」

「あの家はどうなのだ?」

「調べた限り、あの武家屋敷は買い取られてはいませんでした。当時はアジトもビジネスホテルを転々としていたらしくて。ですから最初から向かいのあの家なのですよ」

「そうか……少し寂しいな」

「お城はどうかしら?」

「そのアイデアも一時的には良いと思いますが、腰を落ち着けるには不向きですよ、アイリスフィールさん」

「と言うと?」

「神秘の秘匿のために隠された土地ですから、ガスに水道、電気が儘なりません。せっかく隠蔽されている広大な土地ですから、じっくり有効利用を考えた方が良いですよ」

「そうです。敷地の外縁ギリギリに家を建てたとしてもリスクは大きいですよ。下手な事をして行政にバレると後が大変です。私はてっきりアイリスフィールさんと旦那様が一緒に帰って来るものと思っていたので。その時に相談しようと」

「私の事はお母様でもママでも良いわよ? エルヴァちゃん?」

「ありがとうございます……お母様」

「けどそうね。キリツグならそういう物件を色々知ってそうね。それとあなた、戸籍を造って学校に通いなさい。本当はまだ高校生なのでしょう? 事業もたくさん行っていたみたいだけれど、それはあちらのエルヴァさんのお仕事で、今のあなたは普通の娘だわ」

「そこですよね。穂群原は3年からは無理ですよね?」

「どうとでも致しますわよ。小母様、戸籍の件も当面の住まいもお任せ下さいませ」

「あらあら。ならシロちゃんの分もお願いしようかしら」

「どうぞ。都合の良い時に名前と綴りをお教え下されば。乗りかかった船です。何より今後を考えれば当家のメリットは余りにも大きいですわ」

「じゃ、お願いするわね、ルヴィアさん。あれ……でも、カードを集め終わったら倫敦に帰るのよね?」

「帰れませんよ。集め終わったと報告しても、もっと団体行動と世間一般の常識を学べと、宝石翁直々のお叱りがあるはずですから。たぶん、高校を卒業するまでこの派遣は続きますね」

「何ですと!?」

「どういう事ですの?!」

 

 それに魔法使いの凜が答える。

 

「きっと教室を幾つか潰したんでしょうね。スラーなら隠蔽できても鉱石科の教室だと無理ですよ。こちらもエルメロイからメルアステアが引き継いで居るのなら、幾ら主席候補であっても絶対に無理です。むしろそれが遠因で、鉱石科からキシュアの名を外して、名目ともに支配下に置きたいメルアステアが頑なになっているのだと思いますよ? そしてルヴィアを指導される先生は因縁あるエルメロイの名を継いでいて、凛さんの後見人もエルメロイⅡ先生でしょう?」

「更にルヴィアのお父さんは民主主義派の理事です。法政科というより、外部の人間が時計塔を揺さぶる駒として、あなた達は利用されているのです。私はここの冬木に入って、既に20匹近い使い魔を潰していますよ」

「うむ。それ以外に遠坂の店子と思えぬ魔術師が何人か入っているな。となれば聖堂協会もカードの事は掴んでいるだろう」

「ええ。著名な者はまだ見ていませんが、あちらで顔見知りの代行者や魔術師は数人既に入っていますね」

「正直に話します。それもあって弟子には取りたく無いんです。その程度のセカンド・オーナーだと困りますし、その程度で北欧随一のエーデルフェルトを名乗って欲しくありません。私の親友のルヴィアは世界に五人と居ない最高の魔術師なんです。指導というなら致しますよ。けれど、それは才能に惚れたのでなく、金銭との等価交換と考えて下さい」

 

 落ち込むルヴィアと凛。当たり前だ。

 

「あ~。私達の元の世界の凛さんとルヴィアさんもどこか抜けてたよね。底なし沼に落ちたり」

「イリヤ、あなたは天然でSっ気ありすぎ。ここでどうしてそういう発言ができるの?」

「え~、天然とは思うけど、Sっ気は無いよ~」

「ウソつけ! 沼には私もハマったのを憶えてるでしょうに!」

「あ、そうだったね」

「こ、こいつは……」

「ハハハハハハ!」

「そっちのイリヤ、何で笑うのよ!」

「ごめんなさい。生のイリクロって良いなぁと思って……」

「は? この子も天然?」

「私だなぁ」

 

 何だそれ。

 

「それで、次の鏡面界はどこに?」

「ここも同じなら、場所はきっと新都のセンタービルだよ」

「ビルが鏡面界なの?」

「そう、ビルだけが。カードを集めるとどんどん小さくなって行くんだよ。これは私の時もそうだったから」

「そうなんだ?」

「ねぇ? 私、あなたの事をなんて呼べば良いのかな?」

「どうでもいい事を今更……ホントに天然ね、あなたは?」

「え? でも同じイリヤで、やっと私もお姉ちゃん的な立場になれるかもなんだよ?」

「何よそれ。ねぇ? この子をお姉ちゃんなんて思える?」

「どうしてそうなるの? クロエお姉ちゃんがそっちの私にとってのお姉ちゃんなんでしょう? お姉ちゃんが居て良いなぁって、その事に憧れるだけで、自分がお姉ちゃんなんて思わないよ。不思議な事を言うんだね?」

「あう……。自分に不思議っ子扱いされた……」

「あ、でも私より二人は背が高いよね。そこは羨ましいな」

「え~と、それは……」

「ま、まぁね。並行世界でも多少成長にズレはあるみたいだから。あなたもそのうち伸びると思うよ」

「それなら嬉しいけど」

 

 小学生は訳がわからない存在だ。しかしそれをニコニコと眺めるアイリスフィールさん。母は偉大だね。

 

「反応はどうです?」

「ありましたわ。ですから明日がピークかと思われますわね」

 

 鼻を啜る涙目のルヴィアに白いエルヴァが尋ねた。

 

「では明日にでも」

「私達も手伝うよ?」

「いえ、おチビちゃんとクロちゃんにイリヤちゃんは見学。もう時間の無駄なので切り札を出します」

「ここで切り札を? 少々焦り過ぎでは?」

「焦っているのはあなたでしょう? 頭の中が倫敦だけになっていますよ。なら少しでも早く倫敦に向かうべきです。その方が好結果をもたらすのは目に見えていますし。それにセイバーやお兄ちゃんを信用していない訳ではありませんが、正直12回は面倒くさいです。さすがにあれは時間の無駄と私も思いますから」

「12回って何?」

 

 凛の疑問に凜が答える。

 

「バーサーカーのカードは元がヘラクレスなんですよ」

「ヘ、ヘラクレス!?」

「そんな存在が狂戦士で?」

「ええ、Aクラス未満の攻撃は無効化。そして一度受けた攻撃は宝具でも無効化。更に命のストックが11もあります」

「何ですの、それは?!」

「12の功業が宝具化しているんですよ」

「こんなのを知らないで突っ込んだら……」

 

 青褪める凛とルヴィア。

 

「どうやって勝ったの?」

「うん。ルビーとサファイアには裏技がまだまだあるんだよ。それを後で教えてあげる」

「ありがとう~」

 

「その後の事も考え、使い魔の蟲もそれなりに持って来ましたが限度はあります。これから育てるにしても時間が足りません。アサシンを召喚しますか?」

「それも考えていました。蔵知の司書で現代の知識を一気に学んで貰えば、教育の手間がかなり省けますから」

「では、召喚後に連絡を下さい。基底か迅速か露塗か、適任者を誰か送りますので」

「あなたは基底のザイード派でしたよね? 今回は?」

「え? 連れてきていませんが……嘘? 47番は私と違うのですか?」

「違いますよ。それがサブセットの役割でしょう? 私はあなた程楽器が好きではありませんし、バイクよりクルマ派です」

「うわぁ~! なんという造反有理! 資本主義の敵め!」

「文革じゃ無い!」

 

「私のマスターとあなたのマスターが何を話しているのかわかりますか?」

「私が答えよう。この子は並列思考や分割思考が得意でな。表の分割思考セットが二十、裏の分割思考セットが二十。それぞれのサブセットが二十ずつに予備が二十の計百セットだ。これらが与党と野党に分かれて毎回議決をとっているような状態なのだよ」

「はぁ?」

「深く考えるな。頭の中で独り円卓会議や百人会議をしていると思えば良い。そしてサブセットの41番から60番は論理的観点から反対意見を述べる事が多い。それでこのような差が出るのだよ」

「はぁ……。では資本主義の敵とは?」

「ああ、それは難しいかな? 魔術はとかく金が掛かるものだろう? 呪体や触媒の購入資金もそうだし、大規模な魔術を使う場合は隠蔽工作の費用も嵩むものだ。なので金が成る領地──天然資源や農作物が収穫できる土地を多く持っているか、儲かる会社を持っているか──某かの経済活動が必要だ。となれば魔術師は押し並べて資本主義経済を推す者ばかりになるのだよ」

「なるほど。しかしそこに至るには、かなりの才覚が必要ですよね?」

「そうだな。現代では神秘が薄れただけでなく、行使する上での制限が君の時代より遥かに多い。しかも軍資金があればあるほど有利になる。金を持たぬ魔術師は存在できないのが現代だよ」

 

 頷くアイリスフィールとルヴィア。

 

「そうでしたか」

「それに我がマスターは、姉のアルトリアがあの時代に居て欲しかったと嘆息する人物です。事実、コンピューターなるもので調べたところ、彼女がアルトリアの跡を継いで王になった場合は十年でガリアやローマを落としヨーロッパを統一、二十年でこの日本まで領土とするそうです」

「バ、バカな……?」

「モードレッドすら使い切るのですよ。あの子を尖兵の将軍に据えれば、エルの版図は征服王のそれを遥かに凌ぐのです。信じ難いですが。そして、あの子の野心は冒険心と向上心の裏返しでした。王国の内ではなく外に目を向けさせてあげれば……。また、あの子に王位を譲り、エルが補佐に入ってくれても版図はヨーロッパを覆い、治世は五十年以上保つそうです。これは他の騎士にも言えます。逸材を適材適所で活かしきれなかった事が私達の至らなさだったのです」

「そんな……そんな……」

 

 この二人はアーサー王だ! 声には出さないが目を丸くする凛とルヴィア。

 

「何ですか、あちらが重いようですが?」

「あなたのセイバーが私のセイバーにシミュレーションの話をしたからですよ」

「ああ、スパコンのあれ。しょせんシミュレーションはシミュレーションでしょうに。現実に剣を抜き、王国を護ろうと奮闘した人に話す事ではありません」

「ですが、どちらも抜いた人ですよ?」

「あなたも心の剣を抜いたから残ろうと考えたのでしょう? その勇気は満場一致の喝采です。頭の中が煩いです」

「ありがたいことです。もう私の頭には意見の対立がありません。唯我独尊の独裁政治です。それだけにこれからできる仲間を大切にしたいと思います」

「おお! あなたに祝福のキスを!」

「嫌です。喫緊の魔力供給ならともかく、自分自身とキスなんて……ムグググッ!」

「ご馳走様。我が痴漢魔術に恐れをなせ」

「お前! 今、置換でなく痴漢つったろっ! 舌まで入れやがって!」

「バ~カ、餞別だ。サブセット47番は永久欠番に決定!」

「クソ~」

 

「47番はノリが良いな、セイバー?」

「ですね。仲の良い親友か姉妹同士の戯れを観ているようだ」

「私とイリヤも傍から見たらああなのかしら?」

「今、めっちゃそれを思ったよ! イリヤお姉ちゃんとエルお姉ちゃんの言い合いとも違うよね?」

「あれはお互いの立場がわかっているからさ。サッと引く時は引くし。それが無い分、私らっぽいのかもね」

「ああ、納得だよ」

 

「今……何を送りました?」

「百人議会も知らない私だけの情報です。無い無い尽くしでゼロから出発のあなたが知っておくべき事ですよ」

「ふぅ……。ありがとうございます。餞別、確かに受け取りました」

 

「アーチャーのお兄ちゃん? あの二人は何を話しているの?」

「そうだな。マイクを置いてステージを去る仲間を見送っているのかもな」

「ロマンチストねぇ。CPUがキャッシュとメモリは自前で用意したから独立したいと言ってきたので、それならとHDDの中のお宝画像をコピーしてあげたのよ」

「夢が無い……。クロ、君は一刻も早くエルから独立しろ。チビを見習い給え」

「残念。もうPCを使っての情報授業が始まっているの。それに私とイリヤ、クラブはクッキング部だけど、特別クラブはパソコン部だから」

「頭でっかちにならんでいい。子供は体を動かし給え」

「イリヤはともかく、私が普通の運動部に入れるわけないじゃない。そっちのイリヤも覚えておいて」

「何を?」

「あなたの双子も精神と魂はあっても肉体は無いの。ホムンクルス製造の技術でカラの人形を使う手もあるけれど、ママのアインツベルンが滅んだのなら、その設備はもう残っていないと思う。だからカードを使って一時的に体を与えて受肉化させるしか方法が無いのよ。そうなると無難なカードはアーチャーかセイバーのカードを使ってからの受肉化なのね。すると英霊のチカラは残ったままだから、学校で全力を出したりすれば大変な事になるのよ」

 

 英霊エミヤでも常人を遥かに越えた筋力Cだ。ましてセイバーだと筋力はA。カードで転身しても、普通は劣化してここまで出ないだろう。

 なのにどうしてそうなるのかと言えば、クロが魔術師として優れており、なおかつ自分で自分のマスターになるようなものだからだ。

 美遊の夢幻召喚より、イリヤの夢幻召喚の方が強力なのも同じ原因だ。

 美遊は魔術師ではないし、そういう調整も受けていない。なのにサファイアが使えたのは、元から魔術回路があったからか、サファイアを通せばイケるようになるのだろうとクロは睨んでいた。

 何故ならあの美遊も、普段は魔術を使わなかったからだ。

 

「あ、そういうこと? じゃ、クロエお姉ちゃんは、エルヴァお姉ちゃんみたいにアーチャーのカードで?」

「そう。私の場合はね。それと大げさかもしれないけれど、何のカードを元にしたかであり方と言うか心構えが大きく変わると思うわ」

 

 いや、本当は大きく変わるだろう。筋力Cと筋力A。どちらが普通に暮らしやすいと言えば、これは間違いなくCだ。

 しかもセイバーの筋力には魔力放出というスキルが上乗せされる。校庭のドッジボールが殺人遊戯になりかねないのだ。

 

「あなた、双子の姉妹を待ってくれているのよね?」

「うん。早く会いたいな」

「そう……。ならどっちのカードを選んでも文句は無いでしょう。ママと相談して決めてあげてね」

「うん!」

 

「偉いわぁ。やっぱり姉という存在は大きいわね? そう思わない? エルヴァちゃん」

「その効用は一般論としては認めますし、私もお役に立てればとは思いますけど。あっちのエルヴァは重い立場があるので、その分厳しいですよ。クロちゃんにしても、何度も泣かされていますから」

「もはや他人ではありますが、なぜここまで他人事のように言われるのか」

「私は妹を無闇に叱る事に対して反対派でしたから」

「クッソ!」

「そんな言葉を使っちゃダメ。正しくとも悪者になる場合はあるわ。その理不尽さを抱えるのも一族の長よ。そっちのエルヴァちゃん?」

「うわぁ~。お母様から正論を……。これがロジハラ?」

「ロジハラ?」

「ロジックハラスメントの事ですよ、お母様。あちらでもお母様に言い負かされた事が無いのでショックを受けているのだと」

「え? 普通に言うでしょう? このくらい」

「いえ。その……なんと言うか。あちらではアハトが没落したので、お母様はノインのお祖父様の亡くなられた長男の戸籍を借りて、長男の養子という立場なのです。ところがエルヴァはノインのお祖父様の養子なので、一族の長であると同時に立場上は叔母なのですね。となると双子の姉のイリヤから見れば大叔母にあたる訳です」

「ああ、そういうのがあるのね。でもどうしてあちらの私は養子に?」

「そうしないと姉のイリヤも没落したままですし、お父さんを護れないからですよ」

「なるほど。肩書が重要なのね。彼女はあなたと同じで優しい子なのね?」

「同じと言うか、元があちらですけどね。正直、私も姉と別れるのは寂しいです」

「その分、私があなたを可愛がるわ。あなたはイリヤを可愛がってあげて?」

「そうですね。この子は本当に可愛いです」

 

 プルプル震えるエルヴァ。怒っているのか? 

 

「お兄ちゃん! メモを渡しますからセイバーとクルマを借りて買い出し! ルヴィア、今夜の食事は私が作りますので、クルマと厨房と食事会場を貸して下さい!」

 

 そして数時間後。アインツベルン家を招いての食事会は────。

 

 先付けと食前酒から始まって、お凌ぎ、椀物、前八寸、向付のお造り、焼き物、揚げ物、蒸し物、酢の物と来て、煮物の炊き合わせ、そしてご飯に香の物、止め椀で〆、デザートは国内産完熟マンゴーというフルコースだった。

 

 テーブルに添えられた献立は和紙に達筆な手書き。

 ブラックドレス姿の女性がピアノでショパンを奏でている。メイドの誰かだろうか? 風雅この上ない。

 

 御献立

 

 食前酒 紀州梅の梅酒

 先付け 鴨肉と春野菜の和え物

 お凌ぎ 鴨肉の一口握り

 椀 菜の花と手毬麩のお吸い物

 前八寸 新キャベツと油揚げのお浸し、菜の花の昆布締め

 向付 あいなめの焼き霜造り

 焼き物 鰆(さわら)の幽庵焼きと西京焼き、はじかみ

 揚げ物(合肴) 鱚(きす)とアスパラガスの天麩羅、天然塩

 蒸し物(合肴) ベーコンと春キャベツ、新タマネギ、新じゃがいも、スナップエンドウ、ヤングコーン、パプリカ

 酢の物(箸休め) サヨリとオクラ

 炊き合わせ 筍、ふき、にんじん、厚揚げ、たらこ

 ご飯 釜焚きコシヒカリ

 香の物 ラディッシュの三五八漬け、胡瓜の浅漬け

 止め椀 ウドと山椒の赤だし

 水物 宮崎産完熟マンゴー

 

 

「美味しい~。はぁ~幸せ。これってまるっきり会席料理よね?」

「それのコース料理ですね。この手書きの献立も先輩ですよ。先付けがあるのに椀を挟んで八寸。そして先付けの後に連続してお凌ぎ。しかも鴨が被っている……。ああ、セイバーさんのためか」

「あなたが何を言ってるのかわからないわ。ねぇ、この天麩羅って何? とってもサクサクするんだけど」

「冷水で薄力粉を溶くのはご存知でしょう? あの要領でキンキンに冷えたビールで溶くそうですよ」

「ビール! そんな方法が……。しかし、この献立本当に綺麗な字ね」

「私は書道が苦手でしてね。なんとか頑張って書きましたが下手でしょう?」

「どこがよ?」

「カリグラフィーは少し自信がありますが、書道は五段の姉に敵いません」

「その代りあの人の文字は甲骨文に金文や篆書なので読めませんよ。何でしたっけ、あの硯?」

「端渓硯。端渓には老坑、坑仔巌、麻仔坑などがありますが、そこの老坑から採れた原石を製硯師に依頼した特注です」

「あれ一つで五十万とか聞きましたよ。墨は煙墨で鈴鹿のみ。筆も奈良と熊野でしたっけ? どれも国の指定伝統的工芸品ですよ」

「硯が五十万!?」

「作品によって筆だけでなく、墨も替えますけどね」

「そういう姉なんだ?」

「道具には拘りますね」

「お持ちの雅号と篆刻が『入矢』ですよ」

「雅号なんて持ってるの? へぇ~」

「私にはメニューの文字がわかりませんが、美味しかったですわねぇ。和食を本気で見直しましたわ」

 

「最初からご飯が欲しかったですね」

「この手の料理は現代の宮中料理にも等しい。ご飯は最後に頂くのがマナーですよ」

「そうでしたか。しかし微に入り細に入り、とても手の込んだ料理でした」

「祖国は言うに及ばずですが、実は私どもにも食べやすいように、鴨肉などでスタートしている。それにお凌ぎは、本来中頃に出されるものです。またどの料理も他の人より量が多い。この心遣いを感じ取れぬなら、心がわからぬ者の汚名はそのままですよ」

「む、厳しいがその通りです。あなたはいつもこのような?」

「まさか。これだけで幾ら資金が必要か。我々の以前のマスターでも十年以上は修行せねば追いつかぬ技術と、食材への目利きに資金あっての料理ですよ?」

「それほどまでに……」

「ええ。ですから普段は一汁三菜で、和え物やお浸し、煮物が多いと思います。とは言え、作って下さるのはエルの姉のイリヤです。今日のご飯もイリヤの炊き方です。彼女の料理は心に染み入りますよ」

「おお……」

 

「マジかこの料理。締めのご飯までが普通じゃ無いぞ。エルヴァさん? これって?」

「ご飯はあれですよ。お米を流水で素早く研いで、適量のミネラルウォーターで浸け、冷蔵庫で1時間半は寝かせてあるのですね。これはゆっくりと水を吸わせるためですよ。そして浸かり終わったお米を、私達は専用の土鍋か文化鍋で、セイバー二人にはサイズの大きな文化鍋で炊き上げているのです」

 

 士郎の質問に答える褐色のエルヴァ。

 

「土鍋に文化鍋か。やっぱり違う?」

「電気炊飯器が70点ならガス炊飯器が85点から90点。土鍋で88点から93点。文化鍋なら確実に93点。専用土鍋ですと、95点から98点。この差は明確に出ますよ」

「そんなに?」

「そうです。何十万もする電気炊飯器より、数千円の文化鍋の方が美味しいのです。1.5合炊き14センチの文化鍋はお弁当や一人暮らしに最適ですが、数が出ないのでその内終息すると思われます。今のうちに手に入れて下さい。キャンプでもこれで炊けば、本当に美味しいですよ」

「わかった。文化鍋を手に入れるよ。家だとどのくらいの大きさが必要だろう?」

「3合の16センチ、3.5合の18センチのどちらかを少ない日用にして、プラスアルファ5合の20センチがあれば。最大の1.1升26センチも、パスタやうどんを湯がくのに便利ですよ」

「あ、そっか。ご飯だけでなく煮物や味噌汁も作れるのか」

「そうです。高級ホーロー鍋よりも便利ですから。これと無水鍋があれば大概の料理は作れます。愛想も小想も無いデザインですが」

「機能的な物ってそんなものなんだろうな。本当にこれだけの料理をエルヴァさんのお姉さんが一人で作ったのか?」

「そうですよ、士郎クン。私も同じ料理を作る自信はありますが、この短時間にこれだけの食材と調理器具や食器を揃えるのは絶対に不可能です。あの姉は化け物ですよ」

 

 士郎は褐色のエルヴァの姉が白いエルヴァだと思い込んでいた。

 そこへ抗議の声が。勿論白いエルヴァだ。

 

「誰が化け物か」

「化け物でしょうに? 酢の物も人によって八方酢と土佐酢を使い分けて、ルヴィアのなんてリンゴ酢に甘い味醂と醤油を合わせてあるでしょう? 西京焼きもルヴィアとリーゼリットさんのは寝かせを浅くして味醂を刷毛で塗ってありますし。焼き霜造りもガス臭さが移らないように、七輪か何かを使って炭で炙っていますよね? 蒸し物も西欧の人が食べやすいように、バターと塩胡椒で味付けてあります。大体、お店の味は美味しいのが当たり前なので、こちらの秤や定規も厳しくなります。それを越えて来るのが一流の料理人です。この味はそこに近いのに、家で作れそうにも思えるところが凄いのですよ。言ってみれば家族や仲間の健康と笑顔を願った、超高級なおふくろの味なのです」

 

 褐色のエルヴァの指摘に目を丸くする士郎。

 

「そんな工夫まで? 一人一人に合わせるなんて無理だろう?」

「難しいですが、それも経験ですよ。どういう味が好みかは顔を見ればわかります」

 

 白いエルヴァが胸を張る。

 

「嘘つけ! 並行……いや、ある意味、これはカンニングでしょうに」

 

 と、突っ込む褐色のエルヴァ。

 士郎には話せないが、エルヴァは並行世界に於ける同位体の好みを知っている。だから、誰しもが美味しいと思えたのだ。

 

「まぁまぁ。姉妹喧嘩は良くないぞ? それよりそっちは姉妹が多いんだな?」

「多いですね。一番下の子と私達で10歳離れていますから」

「そっか。でもさすが従姉妹だな。下の双子なんてイリヤそっくりで驚いたよ」

「最初は私にも驚いていましたものね?」

「私の血が濃いのよ。姉さんと私もそっくりだから」

 

 アイリスフィールさん、ナイスフォロー。

 

「あ~あ、キリツグ、残念。こんなに美味しいお料理を食べられないなんて」

「セラさんと士郎クンが手伝ってくれるなら、作れますよ」

 

 さり気なくセラと士郎を立てる褐色のエルヴァ。

 

「しかし双子がこんなに揃うなんて。アルトリアさんが双子で遠坂まで双子だったとは」

 

 エルの言葉が嬉しかった士郎が呟く。

 

「私が日本旅行に出たのが羨ましかったそうです」

「ええ、日本料理は美味しいですから。妹だけに食べさせてなるものかと」

 

 それに王様は暗黙の了解で口裏を合わせながら返した。息ぴったりだ。

 

「なし崩しに私まで双子だわ」

「良いんじゃないですか。それで丸く収まるのなら。ね? ルヴィアさん?」

「ハァ……あなたはご存知ですのね」

「もう~。私が姉の凛であなたが妹のカイって何なのよ?」

「船を漕ぐ櫂ですよ。二人並んで臨海学校。覚えやすいでしょう?」

「高々、一時凌ぎの偽名に。そういうノリなんだ?」

「第二魔法は人との縁がとても大切な術なんです。これを理解できなければ根源は遠いですよ」

「そうなんだ……」

「縁が大切……肝に命じますわ」

 

「この味は……。潔く負けを認めましょう」

「いや無理だから。これは何年もプロに学んだ味だと思う。それにセラ、エルヴァを手伝えるの?」

「これは無理ですね……。本当に難敵が現れました」

 

「私らのは微妙にメニューが違うね?」

「食前酒がない代わりに茶碗蒸しとかね。美味しかったけど」

「これって美味しすぎない? だよね、美遊?」

「うん、こんなの初めて。本当に美味しい」

 

 美遊は思った。本当に美味しい。

 ルヴィアの世話になるようになってから、たくさんの事を知った。美味しいものも食べてきた。それらとこの料理は、何かが違う。

 でもどこか、残してきてしまったあの兄の料理に通じる気がする。こちらの士郎さんも料理は得意そうだが、あの兄には負けると思う。何故なら美遊も7歳からずっと習い、その料理法と絶妙な味付けを学んで来たからだ。

 今、釜焚きを知ったのなら、ご飯だけなら美遊でも勝つ自信がある。また、包丁は危ないからと材料を切る役を中々得られなかった分、お味噌や醤油、兄の作ったダシの量などはマメに学んだ自負もある。けれど、この料理はその遙か先を行ってる。

 この人から料理を学べば、もし再会できた時、兄は喜んでくれるだろうか? ぜひ教えて欲しいと願う美遊であった。

 

「ねぇクロ? ここの美遊って、お兄ちゃんと会った事があるの?」

「シッ、もっと声を小さく。たぶん、今日が初めてだったと思うわよ。最初、目をまんまるにしていたもの」

「そうだったんだ? 反応薄いからさ」

「あっちのエルお姉ちゃんに聞いていたんじゃないの? 並行世界の事も話してたりして」

「ああ、それはあるかもね」

「うん。そういうフォローを忘れない人だから」

 

「ねぇ、美遊?」

「何? イリヤ?」

「お呼ばれだから正装だよって着替えてきたは良いけどさ。なんで私、制服なんだろ?」

「私もそう。学生の間は学校の制服でも良いってオーギュストさんが」

「うん。だけど、あっちの私もクロエお姉ちゃんもドレスだよ?」

 

 二人が着ているのはショート丈でノースリーブのリトル・ブラック・ドレスだった。

 レースのあしらいや裾の飾り、ショルダーなどが少し違う。装飾品はパールでなく金のネックレス。イリヤが五芒星でクロがハート型だ。あんなのが欲しいなぁと思うイリヤだった。

 

「ああ、あれはフォーマルでも喪服でも使えるから、海外では一着は持っていないと駄目なドレスなんだって」

「へぇ~」

 

 エルお姉ちゃんはスーツだけど、あちらの色白なエルヴァさんはルヴィアさんのとはまた違う青いドレスだ。ネックレスもキンキラキンで何かすごい。

 意外だったのはママ。ママもダークグレーの光沢があるドレスだ。時計とネックレスは金色。普段と違い、とっても大人。こういうのが正しいスタイルなんだろうな。

 

 宴も酣。

 場所の提供と厨房を快く貸してくれたルヴィアに対して感謝の意を込め、二人のエルヴァが歌のプレゼントを提案する。

 褐色のエルヴァはピアノ伴奏、白いエルヴァは歌唱と役割を振り──プッチーニのトゥーランドットから『誰も寝てはならぬ』のアリアと、レ・ミゼラブルの『夢やぶれて』を披露した。

 ルヴィアは感極まり、涙でスタンディングオベーションを行った。

 

「な、なんて歌ですの……涙が止まりませんわ」

「レ・ミゼラブルの歌は感情が入り過ぎない?」

「いえ、歌唱だけのステージか、ミュージカルのような舞台なのかで変わるのですわ。これは舞台の歌い方ですのよ」

「じゃ、これはこれで正しいんだ?」

「ええ。そして何をもって正しいかは、聞き手と歌い手の気持ちが一致するかどうかもありますのよ。少なからず私は、エルヴァさんのファンティーヌに感動しかありません」

「ふ~ん。ソプラノで歌っていたのは何? メロディーは知っているけれど」

「プッチーニのオペラ、トゥーランドットからですわね。本来は男声のテノールですのよ」

「ああ、そっか太った男の人が歌っていたわ。あの歌か」

 

 その後、褐色のエルヴァがルヴィアと凛へとベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番『悲愴』から第2楽章を捧げ、白いエルヴァが妹達へと、『海の○える街』や『アシタ○聶記』などを弾いた。

 

「お二人、モーツァルトは弾けます?」

 

 ルヴィアからのリクエストだ。二人で弾けるのかとなると、それは『四手のためのピアノソナタ』しかない。当然一番有名なハ長調のK.521を弾いた。

 もうここで二人の力量は明確だった。

 ルヴィアが立ち上がりスッとピアノに触れた。

 

「ここが悩みますのよ」

 

 ああ、と言った白いエルヴァがピアノに座り直した。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番第1楽章の大カデンツァだ。別名『Ossia』。

 超絶技巧を要する曲で、この部分の左手は手の小さな女性には厳しい。それなのに右手は流麗なメロディが要求される。

 エルヴァはこれを重厚かつ軽妙に、この食事会場に備え付けられたドイツ製スタインウェイC-227を歌わせた。それはルヴィアが弾きたいと思っていた弾き方だった。

 

 褐色のエルヴァはいつもと異なる弾き方に驚いた。しかもこれはあちらのルヴィアの弾き方とも違う。ここのルヴィアの感性に合わせた弾き方だったのだ。

 反則と文句を付けたが、あの料理は再現できないかも知れない。やはり自分は47番。彼女の一部だった者。オリジナルはここまでの人物だった。

 

「上手だね?」

「ああ、そっちのイリヤは初めてよね?」

「上手いんだよ、お姉ちゃんは。笛でもピアノでもギターでも、何でも弾けるんだよ。あれ、マルセイユだっけ?」

「そうそう。中央駅のフリー・ピアノ。誰でもご自由にって駅にピアノが置いてあって。そこに人だかりができたのよ」

「へぇ~」

「エルヴァちゃん達は誰に習ったの?」

「最初はピアノでノインのお祖父様からです。そしてピアノをみて貰いつつ二人の乳母から、クラリネットやピッコロを習いました。5歳頃からお祖父様にギターも教わりましたね。そして日本に来て、小学生の間、遠坂の葵小母様からピアノを習っていました」

 

 それを聞いた凛が驚く。

 

「そちらの母から?」

「はい、習っていましたよ。今は末の妹の美遊が桜ちゃんから習っています」

「え~!」

 

 自分の名が出たので美遊も驚く。

 

「どういう事? イリヤ?」

「う~ん……。あっちのお姉ちゃん達の一番下の妹の名前も美遊なんだよ。今、2年生とか言ってた」

「同じ……」

 

 並行世界の人とは聞かされていた。あの兄と同じく、世界を超えても何か関係があるのだろうか……。

 この日から美遊は後から来たエルヴァにも気を許すようになった。やがて、大浴場を借りてお風呂に入った後、人々は散り散りに帰っていった。

 

 

「あなたのマスターの料理は本当に素晴らしいですね」

「そちらのマスターも同じモノが作れるそうですから。頼めば作ってくれますよ」

「問題は先立つものがあるかどうかだな。しかし、私に一切手を出させんとは。そうとう機嫌が悪かったのだな」

「怒りが料理に?」

「子供の頃からの、幾つかあるストレス解消方法の一つなのだよ。見ろ、買い出しに行く前と違ってニコニコしているだろう?」

 

 電灯を落とした食堂で、コーヒーを啜りながらにやけている少女。何を考えているのやら。

 

「言われてみれば」

「それに怒りでは無いし、アイリスフィールにやり込められたからでもない。二人は袂を分かったろう? 要は心配なのだよ」

「はい?」

「47番……いや、彼女はこれからここで様々な体験をするだろう。それは本来あり得ない事だ。彼女はここには居なかった異物だ。我々のようなサーヴァントよりも異質極まりない。世界修正の対象にはならんだろうが、軽い排除の圧はあるだろう。例えば、それはここに居ない衛宮切嗣であるとか。何故なら予定調和から外れた存在が家族とコミュニケーションを取っている訳だ。この状況を彼はどう見るだろうか?」

「それは……」

「そしてその事を、君のマスターもエルもとっくに読んでいる訳だ。ある程度の未来を読むチカラがあり、交渉力も高いし、状況に応じた証拠や根拠を幾らでも用意できる能力がある。だから杞憂とも言えるのだが、自分から離れればそれは他人だ。なので心配の対象になってしまう」

「話して下さる内容は理解できますが、なんと言うか不思議な話ですね? 本当に未来が?」

「ああ、直感や第六感ではない。自然の触覚として旧人類が持っていた、予測や測定といった情報処理能力を今も保持している。更には並行世界に於ける同列事象をサンプリングし、比較検討の上で最適解を出せる。当然こんな思考方法だと脳が焼き切れるので、分割思考や並列思考といった我々には理解できん方法で考えている訳だ。今回の事は並行世界を渡る上でのアクシデントで、その47番が剥離し独自の人格を獲得してしまった結果だよ。そして人格を獲得するに至った経緯も説明できる。それはここのイリヤの胸にも小聖杯があったからだ。魂を保管し護る、この性能に於いては最高峰だからな。それが魂無き意識や思考であろうとも護ったのだ。君も第四次と第五次に出ているならば知っているだろう?」

「複雑な思いはありますがその通りですね」

「そうだ。ここは異なる世界だ。あのイリヤスフィールは大英霊を支えるために寿命を縮める事もないし、衛宮士郎もごく普通の高校生だ。幸せに暮らすべき他人なのだよ」

「そうですね。悼む心は我々だけが抱けば良い……そういう事ですよね? となるとそちらのエルヴァも魂の欠片たるこちらのエルヴァを?」

「そう、そういう事だ。心配で堪らんのだよ。自分でもあるのにな」

「アーチャー? あなたもシロウであるなら、その言は墓穴では?」

「実にその通りだよ、セイバー。だから私はエルの家族となる事に戸惑いはしても、嫌では無かったのだ」

「なるほど。兄妹ですね」

「ええ、傍から見ても似た者同士ですよ。そしてそれは我々も同じです」

「私達も?」

「理想に生き、理想に殉じ、死しても自分は正しかったのかと思い悩む。ま、死しては言い過ぎですが、僅か17歳の少女が我々と似た気質を持ち、その先を行くのです。現在彼女は50万人にも及ぶ従業員を抱え、その数倍に及ぶ家族達を支える企業を営んでいる。知っていますか? ブリテンの人口は3万人だったそうですよ?」

「は?」

「全世界を手中にしたという英雄王の時代で、世界人口は1千万人だったか?」

「そうです。東京や大阪のようなメガシティよりも当時の人口は少なかった。その責務を鑑みれば、知事もエルも我々以上の王だ。しかもエルは自分でその企業という名の王国を建国した。そういう人物なのですよ。あなたのマスターも」

 

 セイバーはもう一人のセイバーとアーチャーの言葉に驚いた。人口という観点から考えるとそうなるのだ。

 そしてもし過去を改変していたなら、ここが同じ世界かどうかはわからないが、エルが指摘したようにこの未来を潰していた可能性がある事を実感した。

 思わず腕で自分を抱きしめ、震えてしまったのだった。




Fateといえば料理です。当方は料理も趣味なので本気で書きます。
ブリテンの人口が3万人というのは世界の人口推移統計か何かで出ていました。
ウルクの頃は全世界で1千万人。少ないですね。
正しいかどうかは知りませんが、五次セイバーを説得する上での他の方法として考えました。
王であった人が高校生の感情論で納得できるのかな? と。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。