プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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第二章 新しい家族
17、契約する?


 翌々日、時計塔からの報告が届きましたの。

 内容はエルヴァさんの想像通りでしたわ。そこで私はオーギュストと相談の上、契約書を作成致しました。

 そして完成後にエルヴァさん達二人をお呼び致しましたの。お二人は当家から強奪した宝石と銃器を持参されていました。現金だけを手付けだと仰っいます。律儀ですわね。私は宝石と銃器も、それは仕方無かったと諦めていましたのに。

 そして当然、アーチャー様とセイバー様のお二人もいらっしゃいましたわ。エルヴァさん達が契約書をお読みの間、ご健啖な二人は予想を上回る量のお菓子を食べていらっしゃいます。

 ま、それはよろしいんですのよ。問題は目の前で唸っているお二人ですわ。

 

「47番。契約を締結すると話してあったのですか?」

「軍資金を手っ取り早く得たかったので」

「手付け云々で大体わかりますけど。敢えて聞きます。何故?」

「年に数回しか家に帰って来ないそうですよ、お父さんは」

「今の仕事を辞めさせようと?」

「そうなれば良いかなと。第四次以降の行動原理は魔術師殺しのそれでなく、家族に降り掛かる火の粉を払う父親のそれです」

「あちらのお母様から?」

「ええ。可哀想じゃ無いですか。これからが多感な時期なのに両親が家に居ないなんて」

「私達もそうでしたけれど……少なからずお母様はいらっしゃいましたね。ですが身体が健康なら家でじっとできない人ですよ?」

「そこですよね」

「ふ~む……いっそ巻き込んでしまえば?」

「なるほど。お父さんに時計塔の事やおチビちゃんの事を? 親バレ嫌がるだろうなぁ」

「ですが、お母様はご存知なのでしょう?」

「それは話しましたが、転身姿は見せてませんよ」

「可愛いと喜ばれるだけですよ。それよりも、フ……お兄ちゃんみたいな格好。こっ恥ずかしいですね」

「ね?」

「煩いわ! クロが泣くから辞めろ! 先日も褒めて貰ったのだろうがっ!」

「それは冗談としても、こちらのお父さんに私達のやり方を見て頂くのは良いかも知れませんね」

「ですね。近々こちらに帰る予定があるらしいので、そこで明かして引き込みましょうか」

 

 義妹達は簡単に言うが、一抹の不安が残る偉丈夫は反論を述べた。

 

「すんなり賛成するかな? 君という不安分子が来訪しなければ丸く収まった可能性を追求されるぞ?」

「ルビーを手にした段階で、カードや黒化英霊には否応無く関わるでしょう? 却って私達が居る事で安全だったと解釈して下さいますよ。それに私達が居れば、凛とルヴィアの命も護れます」

「それはあるか」

 

 ルヴィアと凛は震え上がった。

 

「け、けど、それはルビーが勝手に!」

「礼装一つ満足に扱えない魔術師ねぇ。遠坂も地に落ちたな。養子に出す方を間違えたね。6代目がこれでは、やれやれだ」

「そのくらいは言うでしょうね」

「でしょう?」

 

 キーッと言って凛がぶっ倒れた。ヒステリーで失神したのだろう。

 

「ちょ、ちょっとミス・トオサカ!? ミス・トオサカ? リン!」

 

 完璧に違う世界へ飛んだ。もしかしたら精神だけで第二魔法を使ったのか。やったネ! 

 

「そんなバカな事がありますか! 何ですの、このナレーションは!」

「ルヴィア。そう恐れる必要はありません。暴力で解決するしか知恵の回らない相手は、より大きな暴力に屈服するしか無いのですから」

「より大きな暴力ですか?」

「そうです。どんな事でもそうですが、同じベクトルで争えば、勝敗はより多く、より大きく、より強いものを持った者が必ず勝ちます。それが現実だと経験則から理解できるから怖いのでしょう? なら、違うベクトルやステージで戦いなさい。この場合は社会の構造やシステムですよ。隣近所からあの家はと噂されたり、テロリストとして各国に指名手配されたりすれば? 親は耐えられても子供が悲鳴をあげます。家族を背負ったあの人は弱点だらけです。それに魔術師も社会の一員です。しがらみからは絶対に逃げられませんよ」

「あなたは魔術師殺しを……いいえ、他の魔術師にもそんな手で……」

「ま、任せなさい。悪いようにはしませんから」

「ですね。凛も独りで頑張って来たのはわかりますが、これが独りの限界です」

「視野が狭い。あなたをライヴァルと定め、遮二無二時計塔で張り合っていたのでしょうけど……」

 

 ルヴィアは二人がとても優しい、けれどどこか哀しそうに凛を見ている事に気付いた。

 

「ルヴィア。時計塔を出た後も、この子の友人で居てあげて下さい」

「エルヴァさん……わかりましたわ。ミス・トオサカは才能ある人。私としても損はありませんから」

 

 そしてペコリと頭を下げた二人のエルヴァは、契約書にサインしたのだった。

 

 

「気を失っている間に落書きでもしましょうか」

「良いですねぇ。『ツンデレ』と左頬に書きましょう」

「なら、私は右頬に『うっかり優雅』と書きましょう」

「長くないですか?」

「おでこから続ければ」

「なるほど」

「あなた方は本当にリンを思って下さっていますの!?」

 

 

 契約書を交わした更に翌日の事。

 くたびれた黒いコート。何日着ているのか不明な、折り目が消えた黒いスーツ。

 死んだ魚のような目をしたボサボサ髪で痩身の男が、エーデルフェルト邸をチラリと一瞥した後、向かいの家に入って行った。

 

「47番! 至急110番! お向かいのアインツベルンさんに怪しい男が入って行きました!」

「並行世界とはいえ、父親でしょうに。本当に最悪な性格だ」

 

 

「ただいま~」

「お帰りなさいませ、旦那様」

「お、パパさん、お帰り~」

「お帰りなさい、あなた」

「ああ、ただいまアイリ、皆んな。どうだった?」

「ええ……実はかくかくしかじかで」

「そんなマンガみたいな。口頭で本当にかくかくしかじかと言われてもサッパリわからないよ」

「もう~。そこでまるまるうまうまよ。ノリが悪いんだから」

 

 玄関から移動し、寝室で替えの服を選びながら詳しく説明するアイリスフィールさん。並行世界の話をセラとリーゼリットに聞かせないためだ。一通り聞いた衛宮切嗣はニヤリと笑った。

 

「だいたい理解した。そう、並行世界の娘……。会ってみたいな」

 

 そうして、現役女子高生の娘と会う事を決めたのだった。ムフフ。

 

 ピンポ~ン。

 

「おい、47番! おっさん、一人で来たぞ?」

「また、そういう事を言う。ですが魔術師の家にと思えば勇気ありますね?」

「しかもホッペに手形付き。なんでさ?」

「私の口癖を取るな。どれ」

 

 窓の隙間から覗いた並行世界の息子は飛び上がった。本当にホッペタに手形が付いていた。

 

「な?! ジイサンに何があった?」

「いずれこの部屋か応接室で対談でしょう」

 

「失礼します。エルヴァ様にお客様がお見えです」

「苦しゅうない。謁見の間(応接室)に通すがよい」

「畏まりました」

「人様の家のメイドに偉そうだな?」

「偉いですから。どこぞの兄者の生涯収入は、私の年収の遥かに下ですよ。実際、私の保険料より低いでしょう?」

「知らん」

「納税分だけで、どれだけの人々の助けになっているか。EUからの表彰は財団だけなのが納得いきません」

「皮肉はこの際いいとして、個人の名を売りたいのか?」

「それはありませんね。湿原でした」

「失言でなく湿原と言ったろ?」

「ムーア?」

「もういい、行くぞ」

 

 応接室前にはセイバー達が、中には衛宮切嗣とルヴィアが居た。念話で尋ねるとセイバー達は警護にあたっているだけで、衛宮切嗣とは顔を合わせていないそうだ。

 それで良いと思う。母親が意外と狸なのを娘は痛い程知っているからだ。ここでの第四次に誰が喚び出されたのか、あの母親は結局話さなかったのだ。

 アーチャーを戸口に立たせ、二人のエルヴァは頭を下げた。

 

「こんにちは、お初にお目にかかります。エルヴァ・フォン・アインツベルンです。わざわざご足労ありがとうございます」

 

 しばし、目をしばたたかせた衛宮切嗣だったが、我に返るとしっかりと挨拶を返した。

 

「やぁ、こんにちは。初めまして、衛宮切嗣だ。君達が並行世界から来た娘だね。本当だね。アイリに似ているし、イリヤの将来を観ているようだよ」

「双子ですから」

「事情は大体把握しているつもりだ。まずはイリヤの危ないところを助けてくれてありがとう」

「いえ」

「それで、そちらの日焼けしたエルヴァ君の事も聞いているし、アイリは娘だと話していた。僕からもお願いだ。イリヤの姉で居てあげてくれるかな?」

 

 顔を見合わせたエルヴァ達はソファーから立ち上がり、もう一度頭を下げた。

 

「よろしくお願いします」

「私は騒動が収まれば元の世界に戻りますが、彼女をお願い致します」

 

 勿論さと頷く衛宮切嗣。

 そして1枚の紙片を二人に差し出した。そこには『Elva Alvor Harwey』とあった。

 ミドルネームのAlvorはスウェーデン語の妖精という意味で、英語でいうフェアリーだ。養父であるノインのお祖父様がエルヴァに贈った願掛けの名でもある。

 願掛けなので自分からこの名を使ったり語った事はない。なのであちらの世界では乳母や両親に姉妹にも教えていない、秘匿された名だった。

 それをここの父親は知っていた。

 

「何故、これを……?」

「それを僕が知っていると明示する事で、お互い無駄な時間を使わなくて済むだろう?」

「会った事が?」

「2回ほど……ね。ハンター稼業は荒事が多い割に収入は安定しない。それに日本のように平和な法治国家では、立場を明確にしておく方が何かと有利だ。つまり僕もアイリも今は9代目総裁の部下みたいなものなんだよ。っと、泣いているのかい……?」

「すみません……」

 

 エルヴァは人のカタチになるまで、母体から取り出された受精卵を、ホムンクルス用の培養槽で育てられた存在だ。8歳で双子の姉に逢うまでは、実の父母の存在すら知らなかった。

 いつもあやしてくれたのは乳母だった。キツイ魔術調整や鍛錬の後に、労りの言葉をくれたり抱きしめてくれたのも乳母だった。

 養父の9代目ノイント老は厳しくとも優しい道理のわかる人であったが、幼稚園に通う頃から通園のために城から街に出たので、修練や勉強で赴かない限りは会えない存在でもあったのだ。

 それがエルヴァの人格形成に大きな足跡を残している。双子の姉や、実の両親、そして家族に人一倍の思いがある。

 事実、姉のイリヤは思春期ならではの反抗がかなり酷かったのだが、エルヴァが間で立ち回る事で無事収まった。この事は両親は勿論の事、成長して生徒会長も務める程になったイリヤからも今だに感謝されている。

 だからそんな家族の絆を大切にする自分の並列意思である47番が、ここに残ると言った時は心底驚いたのだ。何故なら、それは家族や姉との決別を意味するからだ。エルヴァは迎えに来ただけのつもりだったのに。

 

 そんな彼女には義兄にも通じる深い深い闇があった。元々感受性が強い上に知能も高いので、培養槽での窮屈で退屈な日々を覚えているのだ。なので、幼少の頃は人間の血が混ざっているとは夢にも思わなかった。

 ある日、事故で培養槽へ数分酸素が送られなかった。苦しんでもがいているところを、目聡く見つけて予備の酸素タンクに繋ぎ変えてくれたのが、ルオンという工房助手のホムンクルスだった。

 その後、この女性も教育係兼乳母に抜擢され、マアエモと一緒に日本に来て家族として暮らしている。

 これが遠因となってエルヴァは寝相が幼稚園児並に悪い。要は窒息する夢を観る時があるのだ。だから培養槽を蹴り破ろうと、無意識に暴れてしまう。

 

 もう一つの、いや真実の闇は────。

 今は親友の凜とが多いが、以前は大魔導師のリン達と何度も何度も並行世界を渡っていた。だが、そこでイリヤの異世界同位体には逢えても、自分自身には逢った経験が皆無なのだ。

 凍結された受精卵すら無い世界。アハトから技術供与の見返りとしてノイントに渡っていない世界。無残にも廃棄された世界。培養槽で窒息死した世界。他にも理由は想像できるが、とにかく自分は存在しない。

 これとホムンクルスならではの自己認識の低さが相まって、時々世界は人工的な脳髄だけの自分が培養槽の中で観ている夢なのではないかと考えてしまうのだ。

 だけど、ここには居た。年齢こそ異なるが、このミドルネームまで一致するこの子は間違いなく自分だ。自分が生きている世界があったのだ。

 それは言葉にならない感動だった────。

 抱き合って泣いている異世界の娘達が泣き止むまで待っていた衛宮切嗣。

 

「あの……。失礼しました」

「いや……。大丈夫かい?」

「はい。それでここのイリヤちゃんはその子とは?」

「当然イリヤは知らない。だから会っていないし、今後も会わせるつもりはない。それは僕達だけでなく、あちらの意思でもあるんだよ」

「かなりタイプが?」

「違うね。一言で十や二十の答えを考え出せる頭脳は君達と同じだと思うよ。けれど情緒面が全然違うと思う。あの子を訪ねた僕達は、あの子にとっては単なるDNA提供者でしかなかったんだ。今後は関わってくれるなと本人から……言われたよ。残念な事だけどね。何か思い当たる事があるのかい?」

 

 エルヴァはなんとなく、会っていないのではないかと思った。関わるなの言葉も、メッセージだけだった可能性がある。

 

「幾つかありますが、きっと世界線の違いから来る年齢差も大きいのだと。私がお母様やお父さんと和解できたのは第四次聖杯戦争を通じてでした。また、一緒に暮らしたいという姉の願いを断りきれず、日本に残った事も大きいかと。狩猟やキャンプに同行して何度もお父さんとは話をしました」

「そうか。君はそうやって自分から歩み寄って溝を埋めてくれたんだね。ところで、君が第四次聖杯戦争に参戦していたのは事実なの?」

「はい。召喚者も令呪を持つマスターも父ですが、サーヴァントへの魔力は私が送っていました。無益な戦いを止めよう、汚染された聖杯を起動させないように参加者を説得しよう。それが父との共通認識でした。ですから万一の事を考え、母と姉はドイツに残って頂きました」

「本当に止めたんだね? それはどうして?」

「アハトの家の工房には冬木の情報が霊脈から見えるようになっていました。その際に大聖杯が汚染されているのが確認できたからです」

「第三次でアインツベルンが喚び出したアンリ・マユだね。僕はあの城にあった文献で知ったんだ」

「そうだったのですか。それでアハトの家を?」

「結果論さ。一番はアイリがイリヤと一緒にいたいと、聖杯で消えたくないと言ってくれたからだ。彼女は母になる事で真の自我と自意識を手に入れたのさ」

「お母様……」

「アイリは見破っているよ? 君が伝承保菌者で、その弊害から子供を残せないのではないかと」

 

 ルヴィアが驚く。

 

「出ていましょうか?」

「いえ、構いません」

「ええ、居て下さい」

 

 そしてルヴィアは気不味そうに座り直す。

 

「そして、君は視力もないだろう? 魔術か何かで代用しているようだけど。それを失ったのは何故だい?」

「さすがはお母様。理由は自分にとってのお母様を救ける対価としたためです。当時は8歳と数ヶ月でしたので」

「鈴印というか封印か。それは今の君なら問題なく治せるだろうに?」

「心眼なのでしょうね。この方があらゆる情報を得られるので」

 

 視線のみならず、瞳孔までが自然だ。アイリに言われても今だに信じられない。

 

「なるほど。第11代アインツベルン総裁か。命を狙われる事も多いのかい?」

「はい」

「君の事は知らないが、君の能力はある程度知っている。きっと想像もつかない人生をその若さで歩んで来たんだろうね」

「ご理解、感謝します」

「それで第四次で喚び出したサーヴァントは彼?」

「いえ。一番上の姉です。アルトリア・E・アインツベルン。ミドルネームのEは衛宮の意です。真名はアルトリア・ペンドラゴン。彼のアーサー王ですよ」

「ああ、アーサー王も女性だったのか……。それで彼は?」

「家族構成はお聞きですか?」

「イリヤが四人も居るんだってね?」

「はい。2番目と3番目の姉は、異なる世界での第五次聖杯戦争でアインツベルンのマスターでした。彼はその第五次で遠坂凛に喚び出されたサーヴァントで、敗退後2番目の姉に取り込まれた存在です。ちなみに大抵の世界で2002年から2004年頃に第五次聖杯戦争が起きています」

「何があった? そんな短い周期の第五次も驚きだけれど、イリヤがマスターなんて……。そうならないように……」

「概ねの世界では第四次聖杯戦争の頃のイリヤスフィールは8歳です。ここはかなり珍しい世界ですよ」

「そうなのかい? 僕は下手に子を作ると自分を保てないと考えて、中々子供を作らなかったからね」

「そういう差が後々大きな差になります。ましてや抑止を招きかねない穢れた聖杯を争う場では、益々分岐が大きくなりますよ」

「なるほどね」

「それで……。少しお待ち下さい。セイバー、入って下さい」

 

 扉の向こうからエルヴァの声を聞いた二人のセイバーが部屋に入った。

 

「同じ英霊が二人?」

「片方は私のセイバーで、もう片方は彼女がカードから喚び出したセイバーです」

「それも聞いているけど。随分と丸い印象のモードレッドだね?」

 

 衛宮切嗣の発言に目を丸くする二人のセイバー。

 

「もしやあなたが喚んだのはモードレッド卿ですか?」

「そうだけど……? あ、そうか。モードレッドはモルガンの造った、ホムンクルスかクローンという説もあったね。そういう事か」

「背の高さも変わらないなら間違いない。それは我が子です」

「そう……。伝承なんて当てにならないもんだね」

 

 そこで今まで中心となって話していた白いエルヴァが念を押す。

 

「それも世界線の違いです。ウーサー・ペンドラゴンに五子あり、長じた三人は女子、残る四子が男子、五子が女子とあります。彼女は夭折した兄に変わり王位を継いだ者であり、その事は彼女自身も知りませんでした。私の方に残った蔵書の中に五子の伝承があり、四子の本は異なる世界で確認されています。確かに男性王の世界もあったのです」

「そうか。並行世界は本当に色々あるんだね。となるとその二人は、君の姉とは異なるアーサー王な訳だ」

「そういう事です。衛宮切嗣は聖剣の鞘を触媒にアーサー王を召喚。女性である事に驚くとともに、15~16歳にしか見えない彼女の姿から岩の剣を抜いた年齢を想像し、彼女を取り巻く時代と人々に怒りを覚え……」

「コミュニケーションを拒否した?」

 

 この言に褐色のエルヴァが喚び出したセイバーが怒りを顕にするが、もう一人のセイバーが抑えた。

 何かを手渡される。何だと見れば、伸縮自在のフォーク? これをどうしろと? 食事時に隣の者からおかずを取れと? まったくもって意味不明だった。

 

「僕は子供じゃないよ。仮初めの命と言っても、自分の意思を持って現界した相手と組むのに、コミュニケーションを取らないなんてあり得ない。そうだろう? お互いの性格や時代背景から来る認識の齟齬は当然あるよ。けれど、協力者なんだからそこを詰めるためにも話さなきゃ何にもならないし始まらない」

 

 キョトンとするここのセイバー。

 

「並行世界ではこういう変化があります。エルの父のキリツグもこういうタイプですよ」

 

 そう諭す、もう一人のセイバー。

 

「僕の方のアハト老は聖剣の鞘を見付けられなかった。精巧なレプリカだったのさ」

「それが触媒! 無茶をしますね?」

「まったくさ。僕としては情報戦で使えるアサシンか、機動力のあるライダーが欲しかったんだけれど」

「ですよね」

 

 そこで色めき立つここのセイバー。

 

「何故です? 何故ライダー?」

「座から持って来れる宝具が多く、対魔力もそこそこ。何より機動力こそが、こういう局地的な都市戦ではモノを言います。確かに目立ちますから、警察や住民の目を誤魔化したり隠蔽できる魔術や工作技術がマスターには求められる訳ですが」

「また、柄モノのリーチだね」

「その通りです。剣よりも槍、槍よりも弓です。弓が引ける戦車乗りは多い。また剣や槍を得意とした戦車乗りも」

「そう、そこだよね。さすがはアーサー王だ。けど、この二人の差は何だろうか?」

 

 その衛宮切嗣の疑問に白いエルヴァが答えた。

 

「セイバーは少し変わった英霊で、喚び出された後の経験も蓄積しています。つまり経験の差ですよ」

 

 なるほどと頷く。

 

「これで誤解は解けたかな? ならもう一度聞くよ? 彼は誰だい?」

 

 意を決した白いエルヴァが答える。

 

「彼……今は家族なので兄ですが、クラスはアーチャー、真名はエミヤシロウ。並行世界のあなたの息子です」

 

 ルヴィアは椅子ごとひっくり返り、衛宮切嗣は立ち上がる時にテーブルで膝をしこたま打った。

 

 痛さを我慢して、ジッと褐色の英霊を睨むようにして見詰めた。確かに面影がある。

 鉄の意志を感じさせる瞳は、色こそ違えど息子と似ている。特に目元が。そう言えば応援に行った、弓道の大会で彼はこんな目をしていた。

 褐色の肌や色素の抜けた髪は、師匠の居ない魔術師にありがちな肉体変化だろう。この現代、いや未来だろうか、そんな時代に英霊にまで至った息子。

 どうしてだ……? 何故なんだ……? 零れそうになる涙を堪えて、切嗣は声を絞り出した。

 

「……無茶をして来たんだね? どうしてそんな道を?」

 

 しばし逡巡した後、偉丈夫は重たそうに口を開いた。

 

「……私は第四次聖杯戦争の終結時に起きた災害の生き残りだった。災害は聖杯から溢れた黒い呪い。それが住み慣れた街や友人、家族、そして幼い私の記憶を奪った。人々の怨嗟や嘆願の声も途絶えた頃、もう焼け死ぬしかないと諦めたところに現れたのが、並行世界のあなただった。それを切っ掛けに養子に迎えられ、あなたと5年間を過ごした」

「そうか……アイリが聖杯で消え、ドイツに残したイリヤは人質に……」

「何度か迎えに行ったようだが、何も聞かされていなかった当時の私は、義姉の存在も義父の苦悩も知らなかった。ただ、あなたの身体が日に日に弱っていく事だけは間近で見ていた。そしてあなたが亡くなる晩、あなたは私にこう言った。『僕は正義の味方になりたかった』と。だから私はその夢を受け継ごうと、必ず実現してみせると誓った。『安心した』と言い残して彼は逝ったよ」

「そうか……。辛いのに済まない。記憶を失っていたんだろう? その後回復したにせよ、その言葉は呪いだ……何て事を……」

「それも受け止め方ではないかな? 私が愚直でバカな事は否めんが、息子が父の夢を継ぐ事自体は悪くは無いだろう?」

 

 白いエルヴァは考えた。兄の養父は少年のそれまでの人生や家族を切って、自らに繋ぎ、更に遺志を継がせた。

 おまけに聖剣の鞘という『必ず王となり、国を平定し、最後は滅ぼす』、呪い入りの触媒を少年に埋めた。声には出さないが、これも儀式だ。

 対するここの士郎クンは、家族の一員に迎えられていても、ファミリーネームが異なっている。しかし書類上は衛宮でなくアインツベルンである事をエルヴァはとっくに調べてあった。

 また、目の前の衛宮切嗣はアイリスフィールを妻と認めていても、それは内縁の妻であって書類上は他人だ。これは自分達の両親もそうだ。

 これらは衛宮切嗣が、自らの起源をきちんと知っているが故の処置だ。古来からある契約という名の儀式を避けているのだ。

 そしてそれは取りも直さず、愛する妻や息子に娘達の運命を捻じ曲げないという強い意志の現れでもあった。

 きっとこの人の起源弾は、父と同じく絶大な効果を発揮した事だろう。

 

「ああ、立派になって……大人だね。その通りだよ。けれどその後の事も話す時間が無いなら、胸に仕舞っておくのも大人だよ」

「そうだな。ここのイリヤと士郎は良いお父さんを持った」

「彼女達の両親は君に良くしてくれるかい?」

「ああ、とても。幸せという言葉をこの子に教えて貰ったよ」

「そうか……」

「安心してくれ。この事はあなたの士郎には話さない。だが、そちらのエルヴァがイリヤには話したようだ」

「う~ん。イリヤには中等部に上がる頃に魔術に関する事を話そうとは考えていたけれど。そうか既に知っているなら仕方ないね」

「随分と軽いな?」

「僕と娘は別人だ。だろう? 無理に縛ってもそれは親のエゴさ。子供はいつか親から巣立って行くものだよ。ならそれを暖かく見守るのも親だ。唯でさえあの子はアイリの血を強く引いている。どれだけ魔術から引き離しても、無理だったと。それだけさ。それなら正しい知識と鍛錬法、世の中との関わり方をキチンと教えるべきだよ。アイリがエルヴァ君をイリヤの姉だと言うのはその意味もあるのだろう。娘は運が良い。エルヴァ君は思慮深い良い子であるとアイリが力説していたけれど、会ってその通りだと思ったよ」

「ありがとうございます」

「いやいや。それで、君の肌が褐色なのは?」

「そういう事です。私は精神体でしたのでアーチャーのカードを触媒にして現界しています。つまりそのアーチャーは、そちらのお兄ちゃんなのです」

 

 再び腰を抜かすルヴィア。何だその関係性は? 

 何か言いたいが何も言えない。むしろここに居るのが苦痛ですらある。けれど居ないと話は見えて来ない。ジレンマだった。

 

「なるほど。兄妹の絆か。士郎が遠坂神社、つまり未遠の血を引く者だというのは?」

「知っています。安倍晴明の弟子、遠坂時貞の血を引く子孫だと。名も司郎と書くのが本当だと。冬木を覆う裏返しの五芒星も、京から流れる怪異や穢れの終着点だとも知っています」

「詳しいね?」

 

 冬木市は西の円蔵山、東の冬木山に囲まれ、ひょうたん型の平野部の中央を貫いて未遠川が南から北に流れている。

 その円蔵山が木、遠坂邸が火、未遠川を挟んで言峰教会が土、冬木山の遠坂神社が金、そして河口から少し出た海底に岩礁があり、そこが水となる大きな五芒星が描けるのだ。

 この五芒星は平安京の内裏を中央に据える畿内の大五芒星と連動しており、霊脈から内裏の内に溜まる怪異や穢れをこの地に流す役割を担っていた。

 この一大事業を安倍晴明から命じられたのが弟子の遠坂時貞である。

 遠坂の名は京から、冬木に入る時に越えねばならない峠の名から来ていた。弟子との別れを惜しんだ晴明が、未遠時貞に贈った名である。

 

 時貞は異能者でもあった。一度見た宝物を己の内なる蔵に納められるのだ。

 彼が天徳4年(960年)の内裏焼失にて活躍した事は知られていない。しかしこの焼失は宝物の疎開、或いは複製の必要性を殿上人に知らしめた。

 そこで時貞は大抜擢を受け、未遠の地へ戻ったのだった。故に代々遠坂の血を引き、異能を発現する者は時貞が興した神社に預けられたのだ。

 遠坂司郎の姉、志保が未遠を名乗るのも、神社で修行する巫女になったからだ。

 また、晴明の親友源博雅は内なる宝物の護り人として、当時の宮様を警護していたある人物を送り出した。その者の姓が衛宮である。宮様を衛るから衛宮だ。

 衛宮矩賢以前は冬木に住み、遠坂とも関係の深い魔術師だったのだ。

 切嗣が呪われるのは未遠の関係者であるにも関わらず、穢れが澱むこの地で最悪の穢れを誘ったからというのがエルヴァの見解だ。

 

 第四次で冬木市民会館が聖杯召喚地となったのは、五行の金足る遠坂神社の焼失などが許されないためであった。

 遠坂も4代目までは氏子に名を連ねており、臓硯も多額の寄付をしていたのだ。枯れていく水系の間桐ともなれば、冬木の五芒星を護る事は重要だった。だから市民会館へと霊脈の流れを地蟲で変えたのだ。

 が、穢れを水で流す冬木の構造には如何ともし難かった。あの凛ですら水系の魔術を苦手とするのは、これがあったからだ。

 

 なお、魔法使いの遠坂凜は中学に入って直ぐに岩礁の祠に詣でているし、学校が長期休暇の際は遠坂神社でアルバイト巫女として奉公している。当然、勤労に拠る奉納なので無報酬である。

 巫女のイリヤがこの神社で不定期な巫女職に付いているのも、彼女なりに思うところがあるからだった。

 また彼女は奉納雅楽で篳篥や龍笛を担当する事がある。アインツベルンの女性は得てして管楽器に適正が高い。

 

「私達の世界では災害も事故も無かったので、遠坂司郎クンも、彼の姉の未遠志保さんもお元気です」

「ああ、そちらは未遠が続いているのか。そう、ここでも志保という名の人は居た。災害こそ起きなかったけれどサーヴァントの悪行に巻き込まれた家があってね。キャスター陣営に襲われたんだ」

「シェロの本当の家族が!?」

 

 ルヴィアは立ち上がって叫んだ。

 

「ルヴィア、落ち着いて下さい。ここでの第四次は一体どういう?」

「そうだね。順を追って話そうか」

 

 そうして衛宮切嗣は語り始めた。ここでの第四次聖杯戦争を────。

 

 セイバー モードレッド 衛宮切嗣

 アーチャー ギルガメッシュ 遠坂時臣

 ランサー ディルムッド ケイネス・エルメロイ・アーチボルト

 ライダー イスカンダル ウェイバー・ベルベット

 キャスター ジル・ド・レェ 雨生龍之介

 バーサーカー ランスロット ? 

 アサシン ハサン 言峰綺礼

 

 衛宮切嗣はスラスラと手帳に文字を走らせ、引き千切ったページをこちらに渡した。その手帳は、1998年に復刻されたモレスキンの初期ロットだった。

 ジャケットの内ポケットから取り出したペンが20年は使ってそうなペリカンのスーベレーンM400で、したためられたインクは古典ブルーブラックなのをさり気なく確認するエルヴァだ。

 メモを寄越した左手首には、タグ・ホイヤーになる前の、ホイヤーのトリプルデート・クロノグラフ。中々の趣味だ。

 これで髪を整髪して無精髭を剃ってくれれば、声も良いし無駄な贅肉のない結構イケる父親なのだが────。

 

 意識をメモに切り替えた。そこに書かれた文字を見てエルヴァは嘆息する。悲劇のあった世界の配役とほぼ同じで、大きくはセイバーが代わっているだけだ。

 

「僕は今年39歳。当時は29歳だった。アインツベルンに入ったのは26歳の時だ。そちらの僕と出生なんかは変わらないだろう、たぶん。10代から20代前半は中南米やバルカン半島を巡った。10日で終わったスベロニア紛争はまだしも、次のクロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で打ちのめされた僕は、もう奇跡に頼る他は無いのかと悩んだ。そんな折にアインツベルンから誘われたんだ。君達は? ああ、86年生まれか。となると、そちらの僕は84年か85年にはアインツベルンに入ったのか。驚きだね? 19か20歳頃じゃないか。年齢が行ってる分、僕の方が懐疑的だったのかもね。ま、それはともかく、僕は聖杯を信じられなかった。こういう都合が良くて、甘い誘惑に落とし穴は付き物だ。なので英霊召喚や作戦の参考にするからと、資料をたくさん調べたよ。アハトもホイホイ貸してくれた。そこで第三次のアンリ・マユを知ってね。当然問い質したさ。けれど、アハトはそんなものがあっても根源には届くと言い切ったんだ。だから、あ、コイツは最初からそれだけだったんだと急に醒めちゃってねぇ。ならばアイリの中の聖杯をどうにかしろと。どうにかしてくれるなら等価交換で六騎は沈めてやると。七騎目は召喚したサーヴァントに決めて貰うと言ったんだ。触媒は貴重な上に高価だから、アハトに任せていたら、アーサー王を喚べだって。最後に自分達が残れば良い椅子取りゲームに、そんな一騎打ち上等の騎士様を喚んでどうするんだと思ったよ。近代戦は情報戦だ。他所が食い合うように仕向け、摘み食いしていけば良いんだ。そして最後に残った奴に勝つ。それだけだ」

 

 ここのセイバーとルヴィアが口をあんぐりと開ける。

 エルヴァが似たような事を考えるタイプなので、もう一人のセイバーとアーチャーは驚かない。

 

「日本に入って最初に何を?」

「うん。間桐のマスターとキャスターのマスター以外は判明したので、過去から全部洗った。それで遠坂の先代と言峰璃正神父の友誼を確認できたので、これは怪しいなと。その先代からだよ。柳洞寺から離れて教会に墓地を作ったのは。となると息子の言峰綺礼が遠坂の弟子を辞めてマスターになったというのが怪しい。元代行者や係わりがあったハンターに聞いても、人物像は怪しい限りだ。なので最初に殺した」

 

 人をアッサリ殺したと言ってのける目の前の男性に、ルヴィアは再び震え上がった。先日から今日まで何度震えたろう。

 しかしエルヴァは落ち着いたもので、直ぐに質問を返した。

 

「どうやってですか?」

「ライフルで狙撃。何挺か持ち込んだり、早い時期から手配していたんだ」

「レミントンM700?」

「その名をよく知っているね?」

「父がWinchester M70の1964年以前のタイプを数挺持っていますので。ですが仕事ではレミントンばかりなのです」

「そう? 有名な仕上げの問題だね。レミントンはマガジンに難があるけれど?」

「それでマガジンを懇意のガンスミスに調整して貰っていますね」

「それも一つの方法だね。今の僕ならサコーかザウアーから選ぶけど、狙撃となればライフリングの痕跡は残したくない。けれど同じ残るなら数が出回っているマスプロで良いかって考えはあったよ。君はライフルを?」

「撃ちます」

 

 白いエルヴァの言葉に眉を顰める衛宮切嗣。それを受けてアーチャーが話す。

 

「この子はスイス人で、事業と学業があるからと前倒しで軍事教練を受けている。それもスナイパー養成訓練だ」

「いや、あの国でも女子供は関係ないはずだ。もしやそれだけ才能が? そうか、それこそが心眼か」

「そういう事だ。1200mでもスコープ無しでグルーピングを2インチに納める。これは立射でも変わらない」

「立射は魔術を使います。身体強化しなければ届く弾を撃てません」

「それはそうだろうけど、素晴らしいね。ふぅ……アイリの、ホムンクルスの血だね」

「と、あなたの血、そして魔術属性だ」

「と言うと?」

「地と火以外に風を持っている。それもかなり高度な」

 

 やはり三重属性だったかと納得するルヴィア。

 

「なるほど。要因が一つでは無かった訳だ。そして知識だね。強化云々の前に、その体格だと銃床を切って専用のライフルを使うんだろう? 弾も自家ロードかな?」

「はい、ハンドロードです。私は100挺近くライフルを持っています」

「さっき狩猟と言ってたからよもやとは思っていたけど、100挺は多いね。好きなのかい?」

「射撃は好きです。子供の頃からの趣味なので。それを周りが知っているので贈り物も多いです」

「ヨーロッパだなぁ。何より贈る側としてもわかりやすいものね?」

「そうです。神父はケブラーを織り込んだ服装でしょう? 近接からの刺殺はあの拳法だと不可能に近いです。口径は?」

「アサシンの目が届かない距離からだから、普通のライフルじゃなくて.50BMGを伏射で。移動はモードレッドに任せていたんだ。3年も前からアサシンを喚び出してさ。ご苦労さんな事だ」

「.50BMGは湾岸から流れたバレットM82ですか?」

「そう。それを夜中、瀬取り用の船で密輸さ。海上警備隊を使い魔で誘導してね。338ラプア・マグナムでも良かったけれど、サーヴァントが居る事と、広大な森が使える事がアドバンテージだよ。あそこでゼロインをしっかり取ってキャリブレーションさ」

「なるほど。コンテンダーは?」

「助手の久宇舞弥が用意していたけど、ホテルに置きっぱなし。君ならわかるだろう?」

「正調な魔術師以外に使えませんものね。持ち込めるなら遠距離射撃ができ、魔術障壁を物ともしない威力があるボルトアクション・ライフルの方が有利です。バレットM82はセミ・オートですが、あの重さから来る取り回しの悪さを克服しているなら有効ですね。後は薬莢を回収する手間がいらないリボルバーとガッチリしたシース・ナイフ。そうそう、薬莢受けの付けられるアサルト・ライフルがあっても良いですね。例えばH&K HK53みたいな短縮型カービンが良いと思います。弾頭を投影で作れるなら最高ですよ」

「投影! 消えるからかい!?」

「そうです。線状痕も何も残りません。また相手に中った瞬間にマナに戻るように術式を組めば、消える時間を気にしなくて良いです。もっと魔力を込めれば軽い炸薬弾にもなります」

「そうか、君くらいの魔術師なら通常のライフルを対戦車ライフルにもできるんだ?」

「そうですね。対物ライフル並みの威力を5.56x45mm NATO弾で得られます。ワイルドキャットの.22-243の弾頭に契約解除の概念を詰めて、令呪を切った事もありますよ」

「恐ろしい事をやるねぇ。まさか8歳の時に?」

 

 暢気に話しているが、その令呪を消す弾を実戦投入したのはつい最近だ。二ヶ月程前に魔法使いの凜が第四次の世界を発見し、そこへ一ヶ月前に介入して来たのだった。

 狙撃対象はコンテナ街の倉庫上に陣取る衛宮切嗣。手の甲を撃ち砕き令呪を二画奪った。同時にアサシン四人がブローニングM2を4挺使い、ケイネスを避けて屋根を丸く撃ち抜いた。屋根が抜けて下に落ちたケイネスは、度肝を抜かれ這って逃げ、主の危機に慌てたランサーはセイバーに斬られたのだった。

 エルヴァは悠々自適に、置き去りにされたワルサーWA2000を回収している。

 同時刻、別働隊が遠坂邸裏の崖を産業用発破の3号桐で崩し、教会も同時刻に地下から爆破した。一方、これまた別のアサシンの班が衛宮切嗣がネグラとしていたビジネスホテルに侵入。起源弾を含む予備弾薬を全て奪った。

 そして自分が8歳頃にイタズラで撮られた、実験中に胃の内容物を戻している写真を壁に貼り付けておいた。更に城にも別働隊が動き、今回の作戦用に鋳造した幼児体のホムンクルスの手足や内臓を、エントランスホールや寝室にぶちまけた。

 当然、エルヴァと同じ血液型である。即ちイリヤとも同じだ。ちなみにバラバラの素体は魂を入れていない、単なるフレッシュ・ミートだった。

 また、大聖杯のシステムをハッキングし、優先順位を上げた個別の聖杯を持って行っている。これがあればアイリスフィールは救かり、サーヴァントも汚染させずに座に還せる。

 だが、アーチャーやセイバーは作戦内容に反対を唱えていた。しかし、エルヴァは二人を説き伏せ強行した。

 それはその衛宮切嗣が召喚したセイバーが最悪だったからだ。そのセイバーは先に第五次を経験した後に今回の第四次だったのだ。

 当然、衛宮士郎とも喧嘩別れだったろう。彼が死んだかどうかまでは探れなかったが、形振り構わず聖杯を取りに来ていた。

 それ故の措置だったのだ。衛宮切嗣を真っ先に折ろう……と。

 

 その.22-243の効果を聞いたルヴィアは倒れそうになった。令呪というのがイマイチわからないが、おそらく英霊と交わした契約を一方的に解除できる弾丸なのだと理解はできる。

 そしてそれを造ったエルヴァは、ルヴィアに呪術師でもあると自己紹介していたのだ。彼女は死を採集、或いは蒐集でもしているのか? 

 そういうタイプには見えないが、そんな考えを持つ魔術師が居るのかと驚愕しきりだった。

 

「いえ。当時は護身用でS&W M36を持っていただけです。あのJフレームですとギリギリ指が届くので」

「なるほどねぇ。詳しいね、本当に。けど、そういう事さ。通常の魔術師は兵器や銃器に疎い。そこにアドバンテージが生まれるんだ。それにモードレッドの補助があればM82をどこでも撃てるからね」

「移動には隠蔽できる箱か何かを?」

「バレットはね。口径違いのM700はゴルフバッグだ。移動用のクルマもゴルフ雑誌にティーやピンを散乱させていた。古い手だけど、空港や駅やデパートなどで無い限りは期間中怪しまれる事は無い。教会のお蔭で検問も無いしね」

「30-06と7mmレミントンマグナム?」

「それと.300 winchesterマグナムだね。距離に応じて使い分けるつもりでね」

「ワルサーのWA2000は?」

「そっちの僕はそんな良いのを持ってるの?」

「ノインのお祖父様から贈られて。口径は.300 winchesterマグナムです。私もコレクションで.308 winchesterのタイプを持っています。私のはプレミア価格でしたから日本円で500万近くしました」

「だろうねぇ。70挺くらいしか造られなかったそうだし。希少品だよ。ああ、そうか。君が居たからノイント老との繋がりが、僕より早かったんだね?」

 

 自分が居なくともWA2000を持つ衛宮切嗣は居た。しかし敢えて否定しなかった。

 

「そうです。では、その段階で動きや流れが見えるまで再調査ですか?」

「そう。アイリとモードレッドを組ませて僕は一旦引いたんだ。埠頭のところにコンテナが山積みになった一角があるだろう? あそこでランサーが誘っていてね。そこにモードレッドが突っ込んで行ったんだ。あの子は血気盛んだけど、戦局は良く観ている。目が良いのかな? ランサーのマスターの位置とライダー達が居る場所、それとこうしたらどうかって提案を幾つか念話で知らせて来たんだ。そこで僕は三竦みになるのが嫌だったので、ライダーをなんとか追い払えないかと思案した。冬が近い晩秋の夜だったから、海風の吹く大橋の上に陣取る相手に狙撃は無理だ。だから降りてきて介入するようだったらマスターを狙撃してやろうと場所を移動した。できればケイネスの後方で、もっと高いところが良いとね」

「余の臣下にならんかとかボケた事を言い出したでしょう?」

「そうなんだよ。だから迷わず撃ったけれど、あの戦車はチョロチョロ動くし、軽い防御壁が張ってあるみたいでね。それで障壁で弾道がそれて腕を撃っただけだった。けど2射目と3射目でケイネスは潰した。そこからスタコラさ」

「あれ? ではアーチボルトの刻印は?」

「漏電か誰かの宝具か礼装なのか。倉庫で火事があってね。それでだと思うよ」

「なるほど」

「そしてクルマである程度移動して、前日に仕込んだC4をドカンだ」

 

 C4とはコンポジション4の略で、寒冷地に弱かったC3プラスチック爆弾の改良品だ。SWATなどが使うC2ともどもアメリカ製だが、大本はコンポジションCと呼ばれる可塑性のRDX(トリメチレントリニトロアミン)爆弾だ。

 

「どこかわかるかい?」

「遠坂の裏手の崖」

 

 ルヴィアは再びひっくり返った。もしやと思っていたが、崖崩れの原因は目の前のこの男の仕業だった。

 けれど、殺したのはギルガメッシュと聞いている。だから何とか感情を抑えて続きを聞いた。

 

「慌てふためいて出てきたところを狙撃したいですが、英雄王が居るなら厳しいでしょう? このメモ。ギルガメッシュというのはどうしてわかりました?」

「昔のハンター仲間からの情報で触媒の流れを追ってね。世界で最初に脱皮した蛇の皮って。誰を喚び出すのか、誰がそれを贖う金を用意できるか一発だ。ウェイバー君の触媒はケイネスから盗んだボロ布なのは明確だったけど、召喚相手が読めなかった。予備の触媒がディルムッド・オディナに関わる事はアッサリわかったんだけどねぇ。伝説や伝承から、英霊の思考や願いもある程度読めるよね? あの陣営は壊滅的にまでウマが合わないよ」

「となるとここでは婚約者を?」

「連れて来ていた。けれど彼女には手を出さなかった」

「それは……?」

 

 セイバー達が目を細めた。

 

「戦場に女子供を帯同するケイネスには呆れるけれど、却ってそれが戦い慣れていない彼の本質に感じられてね。典型的な学者タイプなんだよ。となれば攻略は容易い。ランサーと戦っている時の会話を、モードレッドに中継して貰ったんだが、そこからも裏付けが取れた。だから後ろから撃った。さすがにトドメは俺が刺すのにと叱られたけれど」

 

 こちらのセイバーは、相変わらずの外道っぷりに怒りを通り越して剣を抜きそうになっていた。が、白いエルヴァのセイバーは、モードレッドとキリツグが意外と合う事に驚いた。また、思った以上に下調べをしっかりしている事にも。

 一方、ルヴィアは時計塔にも内通者が居るのかと訝しんでいた。聖遺物の内容まで把握しており、そこから召喚される英霊の目星を付け、しかもどういうタイプなのかを推し計る。それが魔術師殺し……。

 驚異と恐怖がないまぜになった、嫌な感想しか抱けなかった。

 

「で、遠坂は半壊か全壊したと思われますが、その後は?」

「意外な動きがあってね。それが間桐雁夜君だった」

 

 この時、エルヴァ達二人は衛宮切嗣のウソを見破っていた。間桐雁夜は間違いなくそれ以前からの協力者、或いは同盟相手だ。伝説や伝承を調べる気になったのも雁夜のアイデアだろう。

 しかし同盟を明かせない、ガッチリした契約かギアスを結んでいるのだとも読めたので、口裏を合せる事にした。

 

「遠坂の家が壊れた、ザマァ! 一体誰がやったんだろう? そして地盤が緩んだ天災による不幸な事故だったと当局が発表しても、独自に調べていてそちらに行き着いたと?」

「そういう事さ。彼の調査能力やモノを見る目は素晴らしいね。で、話を聞けば、遠坂から間桐へ養子に出された桜ちゃんの救出依頼だった。ああ、間桐桜って子なんだけど知ってる? そう。この段階でも間桐のマスターとサーヴァントは不明。子供は工房の中だ。正直悩んだけど、ホテルでイリヤをあやしていたら、救わなきゃなって。それで街をうろついていたライダー陣営を捕まえて、休戦を申し込んだんだ。吊っていた腕が痛々しかったけれど、当然マスターの腕を撃ったのは僕だなんて言わないよ? ただ、苦しんでいる幼女を救いたいとだけ、雁夜君と一緒になって頭を下げたのさ」

「そして義憤に駆られた王は、霊体化して侵入した間桐の工房で覇道を唱えたと?」

「そう。気持ち悪い蟲蔵でね。霊体が入れない結界なんかは僕が解除したんだ」

「では、桜ちゃんの蟲風呂姿も?」

「辞めてくれよ。鳥肌が立った」

「残念ながら私も蟲使いです。アインツベルン式なのでもっと洗練されていますが」

「そうか……君もか。よく自我を保てたね?」

「調整を兼ねた手術痕や、怪我をした時の傷跡に蟲を這わせて血を飲ませるだけですよ。別に身体に蟲を取り入れたりはしません。ただ司令蟲をバラして作る司令刻印は肝臓と胃の外壁に取り付けています。これは栄養素を送るためですね。また、私は動植物もアニメも好きです。元々虫愛ずる姫だったのです。それにノインのお祖父様は何故そうするのか、それができればどうなるのかを正しく教えてくれる人でしたから。私、『ラインの黄金』を、受け継ぐ覚悟があると証明するために、自分の左腕を斧で切り飛ばしたのですよ。5歳の時でした」

「な!? 本当かい?」

「きっとここのエルヴァはある程度覚悟はあっても、自分からそういう事はしていないと思います。私の世界での第10代はノインのお祖父様の亡き長男、アルトゥル様に私が諡号で贈ったものです。ですから私は11代のエルフなのですよ」

「なるほどね。君はそういう子なのか……」

「はい。お父さんからは、肋骨を抜いた僕より酷いなと言われました」

「それ、親としてどうなんだろう? それで左腕はノイント老に繋いでもらったの?」

「そうです。切り口がキレイでしたので、今は傷跡も残っていません。元々左利きでしたが、右利きに矯正中だったのも幸いでした。むしろ右しか使えないチャンスかなと。それで右腕を強化してガズンと。同じ着けるなら、サイコガンを着けて欲しかったですねぇ」

「それで遠縁を頼って幼稚園児が北欧に数ヶ月留学ですよ。ガンドをマスターして帰ったのですね」

 

 補足する褐色のエルヴァ。そしてガンドに飛び付くルヴィア。

 

「ガンド? マスターされているのですか?」

「はい。5本の指全部で放てますし、肘や膝からも放てます。膝からなら小さな町一つの住民を全員病院送りにできますよ」

「物理的な威力だけでなく、伴う疾病症状の重さや呪いの強さに重点を置いて鍛えたのです。ですから相手を呪いに壁もすり抜けます」

「呪術師でもあると仰っていましたわね」

「はい。隠れて潜む狙撃犯もこれでイチコロです。風邪に似た症状でなく、ペストや赤痢に似た症状もイケます」

「何ですのそれ?」

 

 さすがのルヴィアもこんな強力な呪いは聞いた憶えが無い。しかし本来の呪いとはそういうものだと納得もする。

 何よりエルヴァはガンドを撃つとは言わず放つと表現した。呪いに重点を置くと話す意味がわかる。

 

「そうしないと身を護れない訳か……。君のお父さんは複雑だろうね?」

「お父さんを交換しますか?」

「嫌だよ。幾ら同じ僕でもアイリは僕だけのものだ。同じ事を向こうも言うんだろう?」

「イグザクトリー!」

「フフ……君は面白いね。そちらのエルヴァ君は? 彼女に飲まれてる?」

「自分がハッチャケているとスーッと醒めますね」

「それはそうだろうね」

「それと、私は身体に宝具がありませんし、周りをこの眼で見ています。彼女はそれが嬉しいみたいですね」

「ああ、なるほど」

「言うな、バカ……。それで桜ちゃんを救った後は?」

「治癒や治療をアイリに任せて、雁夜君とライダー陣営にモードレッドを交えて駅前の居酒屋で打ち上げをしたんだ」

 

 女房に丸投げかいとエルヴァ達は思ったが口には出さなかった。衛宮切嗣も間桐雁夜も邪魔になるだけだ。ただ、治癒魔術は錬金術からアプローチするので、そんなに得意では無かったと思うのだが。

 それよりも臓硯はどうやって駆除したのだろうか? ここのアイリスフィールは娘のためにと、あれこれ学んで来たのかもしれないと勝手に解釈した。

 

「あの夜は色んな話ができて楽しかったな。大王は意外と話せる人だったよ。それで帰りにタクシーを拾おうとしていたんだけど、路地で雁夜君が立ちションしていたら子供を連れた変な奴に出会ってね。言い争いになっていたみたいだから、どうしたのって覗いて見れば相手の腕に令呪だ。モードレッドが即腕を切り飛ばしてくれたんで、その令呪で見えないサーヴァントに自害を命じた。そして子供達は暗示に掛けて警察に行かせ保護させたんだ。けれど誘拐犯はあの頃冬木を騒がせていたシリアル・キラーだと判明したので河原で拷問して殺した。この時の尋問で士郎の家の惨劇がわかったんだよ。酔いが冷めて慌てて走ったさ。目の座った男の子がたった独り、家族のバラバラな遺体の中で2~3日暮らしていたんだ。家族の誰かにクローゼットに押し込まれ、中の収納箱を登って天井裏に隠れていたみたいだね。これは開いていたクローゼットを見た上での推測だけど」

 

 これにはさすがのアーチャーも驚いた。

 晩年は、自分が酷いサバイバーズギルトだったと理解もしていた。ただ、振り返れば終わるとわかっていたので、止まれなかっただけだ。いや、それも含めておかしかったのだと自覚している。

 それでも人々の怨嗟が自分を蝕んでいただけで、目の前で家族が焼け死ぬのを見た訳では無い。となればそれはどれだけの疵痕を心に残したろうか。

 

「ああ、シェロ! 何てことですの!」

 

 ルヴィアが涙を流して叫んだ。

 

「君は良い子だね。士郎と友達なのかな? ならあの子の記憶を取り戻すような真似だけは控えてくれないか?」

「敢えて記憶を消して引き取られたのですね?」

「そうだ。施設に預けてもあの子の疵は癒えないよ。まかり間違えば精神病棟だ」

「まさか、目の前で家族を殺されたんですの?」

「みたいだね。結局見つかって、殺される一歩手前で何故か見逃された。警察が動いたのか、魔術師なりサーヴァントなりが家の近くで動いたのか、そこは不明だけどね。遺体を見た限り、多分キャスターが居らず、マスター単独の犯行だったと思うよ。それと僕は神でも何でも無い。自分が世界の平和という夢を妄執しているだけのテロリストだと自覚している。けどね、姉の目玉を食わせてやったと笑っている犯人は絶対に生かすべきじゃない。鉛の弾も司法のロープも勿体無いよ」

「そうでしたか……」

「うん。士郎にとっての家族は僕達だ。イリヤの優しい兄であり、親思いの気のいい男の子なんだよ。僕達の大切な息子さ」

「……わかりましたわ。シェロには絶対に話しませんから」

 

 静まり返ったところで、褐色のエルヴァがポツリと零した。

 

「道理で……魚の目の周りの肉を食べる私を気味悪がった意味がわかりました」

 

 鯛の御頭などが食べられないという人は多い。甘鯛の御頭のお吸い物で身をほじり出す事や、アラ煮の骨にしゃぶり付く事が大好きなエルヴァには、魚が苦手な人間は理解し難い対極の存在だ。

 だがこの場合、それはちょっと違うだろうとは、料理好きな義兄にも言えなかった。そういう衛宮士郎が居るとは……。正直、ショックだった。

 ここ数日、見ていて安心感があった。自分のようにはならないだろうと。むしろ、良い兄貴をやっているじゃないかと好感が先立っていたのだ。それだけに黙って唇を噛むしかなかった。勿論、セイバーも黙っていた。

 

「それで、バーサーカーはどうなったのですか?」

「多分、マスターが急拵えであの蟲蔵に居たんだろうね。ライダーの宝具に巻き込まれたのか最後までわからなかった」

「出オチすら無いとは……惨めな。残りは三騎ですね」

「うん。アーチャー対セイバー&ライダーだった。アーチャーは時臣と奥さんを殺していた。雁夜君が何かしたらしくて一悶着あったらしい。多分、桜ちゃんの事と聖杯戦争の真実を暴露でもしたんだろうね。僕はモードレッドに最初から七騎は焚べない、君だけの願いがあるなら、機能しないかも知れないけれど叶うと良いねと話してあった」

「では、本当に聖杯の汚染の事も?」

「うん。そこを騙しては信頼関係が築けないからね。けどあの子はこう言ったよ。汚染されていても腐っていても良い。これが俺の岩の剣だからと」

「あの子はそれ程までに王位を……」

「君に認めて欲しかったんだろうね。何度もあの子の夢というか記憶を観たよ。感情がひしひしと伝わって来るんだ。俺はアンタの息子だ。誰よりも王国を愛している。誰よりも上手く纏めてみせると。けれど君は君なりの理由があるにせよ反対した。だから王国を潰したと。消える前に残した言葉が『ゴメンな、父上』だったよ」

「ああ……モードレッド……」

 

 セイバーが悲嘆に暮れる。横のセイバーも泣いていた。

 重鎧と兜の下のモードレッドはアーサー王に見た目も身長もそっくりだったが、キャメロットに登った頃は鋳造されてから僅か数年だった。その優れた能力とは裏腹に、精神も情緒もまだ子供だったのだ。

 切嗣は言葉にしなかったが、親の積み上げた積み木を癇癪を起こして崩す子供だと感じていた。ただ、認めて欲しかった。振り向いて貰いたくて、同じ積み木を欲した。親以上の塔を組み上げたかった。

 けれどその願いも叶わないので、壊したのだ。憎まれても憶えていて貰えるから。

 英雄嫌いがマシになったのは、広い視野を持てた事とモードレッドに出会えたからだと思っている。子育てに真剣になれたのもモードレッドのお陰だろう。

 最終決戦の前日、モードレッドは切嗣の手引きで赤ん坊のイリヤを抱いていた。

 

『そっか。子供を連れてきゃ良かったんだ。オレを嫌っても孫は嫌わないだろうから』

 

 そんな家庭はままある。方法は他にもあったのだ。ただ、自分が子供で世間知らずなだけだった。例え子供が残せない身体であっても。

 毒親だったが母親は一流の魔術師でもあった。もしかしたら、モードレッドの子供が造れたかも知れない。

 だからモードレッドは次代の聖杯とも知らず、イリヤに『家族を大切にな。幸せになれよ』と声を残していたのだ。

 

「では、勝ったのはライダーですか?」

「うん? アーチャーとは思わないの?」

「マスターとの契約が切れているでしょう? それにライダーには某かの見返りは渡してあったでしょうし」

「そこはご協力感謝の等価交換だけれど、僕がしたのはウェイバー君の身柄確保と無事倫敦まで送り届ける事だけだったんだ」

「あの王様ならそれで納得するでしょうね」

「うん、良いコンビだったよ。それで無事送ると約束した理由は、彼がライダーに心酔していてね、戦車から降りようとしなかったからなんだ。君が足手まといになればライダーが心置きなく戦えないと説得してね」

「説得というよりなじってますよね?」

「名物教授も当時は学生の身だ。仕方ないよ。結局送ったは良いけど数日で倫敦から出てしまって。中国から欧州まで旅をしていたらしい」

「中国から欧州まで旅……名物教授? もしやそのウェイバー・ベルベットとは、エルメロイⅡ先生ですの?」

「うん、そうだよ」

 

 そうか、そういう繋がりで。

 エルメロイⅡ先生が、その昔アジアの片隅で、とある魔術儀式に参加していたとルヴィアは聞いていた。確か、なに気ない会話の中で……ミャンマーで産出される宝石に付いて教えて下さったのだ。

 その時の話で時計塔の講師になる前に、東から西へとユーラシア大陸を横断されたと仰っていた。その最中に何だかわからない儀式に参加した経験があるとも。

 そしてその旅の最中に、恩師である先代のエルメロイが事故死したとの訃報を聞いたと。先生はその才能が失われた事が、ただただ悲しいと、とても寂しそうなお顔で話して下さった。

 今にして思えば──嘘では無いが、真実は話せなかったのだろうと思う。なんと残酷な儀式だろうか。そして先生の旅は、征服王とは逆の旅だ。

 きっとそういう行動を取らざるを得ないほど、先生とその英霊には見えない絆があったのだと察せられる。そしてその聖遺物……いわゆる触媒を盗んだから、先生は今もライネスに縛られているのだろうか? 

 先代の刻印が破損した理由は、話していた火災によるものだろう。

 

 そうだ────。

 一族の刻印を受け継いだ魔術師が参戦する段階で、この儀式は可怪しい。

 当初、ルヴィアは衛宮切嗣を恐れた。次に怒りを覚えた。輝く才能をアッサリと摘み取る資格があるのかと。

 だが、聞けばこの儀式は燃料たる英霊をどうやって焚べさせるのかに懸かっている。となると一番手っ取り早いのはマスターの排除だろう。

 協会も教会も認める狂気の殺し合い。時計塔の教授なら、魔術合戦と思い込んでいた可能性は高い。或いは情報操作されていたか。

 アインツベルンが1000年、マキリは500年、トオサカが200年。これが200年前なら、800年と300年にゼロ年だ。そしてこの200年間で聖杯を手に入れた者は皆無。余りにも怪し過ぎる。

 ルヴィアはただ戻らなかった先人達に思いを馳せた。

 

「それで勝ったのはアーチャーとライダーと言うべきかな。最後の最後はお互いが剣を刺しあって直立のまま消えていったんだ」

「モードレッドがそれだけHPを削っていたのですね」

「HPって……まぁ、そうだけどね。そして聖杯は現れた。遠いドイツのアインツベルン城で。興味はなかったけど、約束は果たした。晴れて僕らは自由の身になったんだ」

 

 語り終えて一同を見渡す切嗣にセイバーが質問した。

 

「何故、ランスロット卿とわかったのです?」

「ああ、間桐に残されていた触媒からの想像だよ。それと彼は裸になって森の中を彷徨う伝承があるだろう? 思い詰めると突拍子も無い事をしでかすタイプだ。こういうタイプは自己逃避の口実があれば何だってする。狂化の召喚に応じたのも、現実逃避願望の現れなのかなと逆に考えたんだ」

 

 どうだい? とばかりにセイバーを見る衛宮切嗣。

 セイバーは、部下であり友人でもあった騎士を庇う前に、この切嗣の人間観察の上手さに驚いた。

 

「ああやって逃げる人間は、僕の一番嫌いなタイプだな」

「ハァ……。ですが、そういう推測も成り立つのですね」

 

「アハトの手の者が円蔵山とドイツの城に何かした訳ですね?」

「だと思うよ。天の杯は冬木に現れなかったんだから。ま、そうすればアインツベルンの独占ですねと煽ったのは僕だけどね。バカな老人さ」

「あの家は第三魔法を体現した初代の弟子筋が造り、やはり無理だったと棄てられた工房なのですよ。残されたホムンクルス達だけで何百年と世代交代しながら回していたのです。奇跡は偶然鋳造できたユスティーツァ様です。この方は斬新な事に色々手を出されましてね。最後は自分が大聖杯の礎になると。ま、その大聖杯の設計図を書いたのは5代目と6代目なのですが、心意気を買われて7代目を名誉的に贈られたのですね。そしてそのユスティーツァ様を偶然鋳造したのが8代目とされるユーブスタクハイトですが、順序が逆転しますけれどこいつは弟子筋が残した工房の管理用システムなのです。つまり魂を保管機に入れ、脳や脊髄が古くなれば入れ替え、それらが連綿と継いで来た妄執的な意思を端末となる人形に出力して操っていたのです。このユスティーツァ様を鋳造し、聖杯戦争を開始した頃の脳と脊髄が8回目の交換後でしたのでアハトなのですよ」

「そういう意味だったのか……」

「そうです。近代を迎えれば、魔術も新しい体系に変化せざるを得ません。取り巻く環境や社会に、ある程度は迎合しませんと。いつまでも絵本の魔術師や魔女みたいに、森や山の奥で鍋を掻き回す時代ではないのですよ。それで5代目から6代目の頃はターニングポイントの時代だったのですね。つまりアハトの工房以外はアインツベルン姓を棄てていた時代なのです。これは古い考えを棄てようという意識改革でもあったのですね。魔術には膨大な資金が必要です。それ故にお金を生み出せる広大な農地や牧場、鉱山や油田を持っているか、安定して儲かる事業を行っている事が必須なのです。また一方で、子は良くとも孫の世代で魔術回路が失われるケースは多々見受けられるパターンです。そういった者達の中でも商才のあるものはハーウェイ姓を名乗り、アインツベルンを支える経済団体となって行ったのです」

「だから、君の本名はハーウェイなのか。ターニングポイントを受け入れた家なんだ?」

「そうとも言えますが、ノインのお祖父様はアインツベルン姓です。お祖父様は5代目の血を直接引く方で、その5代目は初代の直系でもあります。つまり本当の意味でのアインツベルンなのですよ。考えなしのロボットだった自称8代目から総裁の地位を取り返したカタチです。ちなみに私はビジネスではハーウェイを、魔術師としてはアインツベルンを名乗っています。私もアインツベルンの名に誇りを持っていますので」

「そうか……。となると、若い頃の僕がアインツベルンと考えていたのは……」

「お父さんの血が入らなければ、あの家は合成タンパク質だらけの宇宙船ですよ」

「フフ……人間が死に絶えて、ロボットとクローンだけみたいな?」

「そうそう。そして進路もズレているのに、航海士も死んでいるのです」

「SFだねぇ」

「私、SF小説が好きなので」

「魔術師なのに? 変わってるね? まぁ、それはともかく、似たような話はノイント老からも聞かせられているよ。けど、君が養子に迎えられた理由は何だろう?」

「ノインのお祖父様が私を引き取った表の理由は技術供与の見返りです。等価交換ですよ」

「その技術供与って?」

「第一次世界大戦前に渡された、女性型ホムンクスの妊娠機能の術式です」

「そうか! それだったのか……。なんとまた……」

「もう一つの、裏の理由は双子の姉さんが聖杯として消える運命だったからです」

「む……スパッと言うね。つまり君もイリヤと同じ人とのハーフだからだね?」

「ええ、珍しいハイブリッドですから。それだけに悩んだそうです。私に『ラインの黄金』を与えるかどうか」

「うん? それって、与えない場合は母体としてって意味になるのかな?」

「そうです。人類の恒久的平和。私の子孫が人類で達成できない場合の救済策に繋がらないかと」

「君と人類……いや、君とホムンクルスとの子か?!」

「そうです。私自身もホムンクルス同士で子が成せないかをテーマに研究を続けていますが、その取っ掛かりにならないかと期待された訳です」

「そう……。なら、これはアハトの家だけなのかも知れないけれど、第三魔法を求めていたのは何故だい?」

「魂の物質化による永遠の生命は、個人で達成するものではありません。親しい人が老いさらばえ、死んでいく中で自分だけが生き残っても虚しいだけです。真の狙いは人類全体が、高次生命へと至る事です。病や死から開放された人類なら、本当の平和を手に入れられるだろう。更に増加する人口は宇宙開発を促し、人類はより発展するだろうと」

「そうか。二段構え、三段構えに……。ブレないんだね」

「そうです。それに宇宙開発という夢は、知的生命と出会わない限り、征服王の夢と異なって争いを産みません」

「そうなるね」

「とは言え、あの人が征服した領地の人々は、王が斃れるまで内戦らしい内戦が無かったのが不思議です」

 

 褐色のエルヴァのセイバーは思った。

 あの王はこちらの考えを否定こそすれ、話の通じる人物だった。実はこちらが思う以上に深い考えを持っていたのだろうかと。もっと話をすべきだったのかも知れない。

 

 アーチャーは思った。

 彼は様々な世界で召喚され、その身を削って戦って来た。そんな膨大な戦歴の中に、なんとも不思議な並行世界の記憶がある。摩滅し掛かっていた自分の記録を掘り出して、記憶に置き換えてくれたのは義姉とエルヴァだが。

 それはルーマニアで起きた大掛かりな聖杯戦争だった。自分はドイツ系ルーマニア人の少女に喚ばれた。なんとか最後まで車椅子の少女は護れた。

 しかし、あの時にルーラーの少年が願った方法を自分は壊してしまった。それは良かったのか悪かったのか。だが、エルヴァなら性急な変化を望みはしないだろう。

 プラハにて研究を続ける並行世界の元マスターは、あちらの世界ではエルヴァの庇護下にある。刻印を一度剥離し、エルヴァが改良したので、両脚の魔術回路も問題ない。

 今は自分の足で歩けるし、共同研究者はルヴィアの双子の妹だ。また眼鏡の弟も倫敦に渡り、ウェイバーの元で学んでいる。

 結局、自分にとって好ましい最適解がエルヴァの世界では弾かれていた。結果が全てとはそういう事を言うのだろうか。

 

「それに魔術師の家はどこでもブレないものですよ。それだけに社会通念を忘れてはいけませんね」

「ああ……まったくだ」

 

 義妹はバランスが良い。彼女なら正しい答えを出すだろう。目を瞑り組んだ腕を組み替えながら、彼はそう思うのだった。

 

 なおエルヴァは過去、父親にリアル・ドールと結婚なんて時代を先取りし過ぎではないかと言って叩かれた事がある。甘えているのか、家族にだけ要らぬ事を言う悪い癖がある。

 しかし、ホムンクルスは時の王侯貴族を籠絡、或いは護る専属の薬師・呪い師・魔術師であり、愛玩用性交相手であったのは事実だ。故に人好きのする笑顔と美貌のみならず、芳香体質も銀髪・紅瞳と並ぶ特徴である。

 義姉や遠い記憶に残るイリヤとも違う。小悪魔でなく大魔王がアーチャーによるエルヴァ評だった

 

「それで……。ここにエーデルフェルト嬢が居る理由は、この後、時計塔が絡んで来ると読んだからだね?」

「その通りです」

「やってくれたね、遠坂嬢と君は」

 

 それを聞いたルヴィアは真摯な態度で弁明した。

 

「ええ。不可抗力だったと逃げるつもりはありません。ただ、陰謀の片棒を担がされていた事を気付けなかった点、お嬢様を巻き込んでしまった点、これらは申し開きもできませんわ。この通りです、すみませんでした」

 

 そう言って深々と頭を下げた。

 

「うん。謝罪は受け入れるよ。問題はこの後どうするかだよね? そこで二日ほど貰えないかな? 僕も僕のルートで探ってみよう。それを照らし合わせた上で対策なり作戦なりを考えてみるから」

「あの、お父さん。これが現在考えられる限りの予測と集めた資料です」

「ああ、君とあちらのエルヴァ君とで? どれどれ……」

 

 褐色の47番から手渡された資料には、事実に基づくこれまでの経緯と関係者の詳細な内容、そこから推測される各派閥の動き、時計塔以外の魔術協会の動きなどがびっしりと書かれていた。

 

「これがノイント老の教育か。君達はあちらの世界でかなり成功していたろう?」

 

 顔を赤らめる二人に反して、アーチャーとセイバーは大きく頷く。ただ、褐色のエルヴァはかなり赤くなったが、白いエルヴァはほんの少しだけだった。切嗣は肌の色だけでなく、二人の微妙な違いに気付いた。

 

「僕も、もう中年だ。体力も衰えた。昔ほど危険な仕事もしていないし、収入も安定している。けれど、士郎やイリヤのためにもアイリには日本に残って貰おうかと思う。この、僕の推定年収とひと月の支出は凄いね? どうやって調べたの? これはほぼ正解だよ。そうか……今後は士郎ともどもエルヴァ君の大学資金も考えないとね」

「私が大学?」

「え? 嫌かい?」

 

 褐色のエルヴァは大学云々でなく、家族として数えられた事に感激してフリーズしてしまった。

 一方、白いエルヴァは安心感からこう言った。

 

「日本の大学で学ぶ事なんて何もありませんよ。その4年間で彼女は何十兆も稼ぎます。それを得て、幸福に暮らして下さい。血が騒ぐなら狩猟も良いと思いますよ」

「嬉しい申し出だけど、自分の事はどうとでもなるさ。けれど、家族のためなら金は幾らあっても困る事は無い。堕落させたくないから士郎やイリヤには内密にね。特にイリヤは休みの日にゴロゴロするタイプみたいなので」

「そこは姉として、パキパキと動いて自立できる子に促しますから」

 

 褐色のエルヴァが再起動して力説する。

 

「わかったよ、ありがとう。けれど、大学は考えてみて。君はまだ若い。もっと遊んでも良いと思うよ?」

「ありがとうございます。ですが……」

「遊べという親は珍しいですね。けれど47番もハイデルベルグを?」

「別にハイデルベルグでなくても良いですが、一応私にとっても目標でしたから」

「そうですよね」

「え? 海外の大学?」

「マンハイム近郊に私の……いえ、彼女の本社事務所があるのと、ハイデルベルグの隣のエッペルハイムという街に家を持っているのです。その家から大学は自転車で通える距離なのですよ。それでハイデルベルグ大学の経営学科を狙っているそうです」

「ドイツの大学か」

「47番、家がないなら買うか借りるかしませんと。経済的な自立は必須ですよ」

「いや、費用は出せるけど。家族と一緒に居て欲しいっていうのもあるから」

「それはそうですね。どうします、47番?」

「そうですね。もう少し考えてみます」

「うん、考えてみて。それと今回の件は本当に二日欲しい。良いかい?」

 

 全員がそれに頷いたのだった。

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