プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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18、クロエ・フォン・アインツベルン

「クロ、狭い。もっとあっちに行って」

 

 イリヤとクロはベッドの上だった。

 部屋の主のイリヤは椅子を反対に跨いで、背もたれに肘を置いている。

 

「このベッド、ホントに狭いわね。部屋も8畳くらい? 以前はもっと広い気もしたけど」

「だって、今の部屋は12畳以上あるってお姉ちゃんが言ってたよ? ベッドももっと大きいし」

「二人の部屋って、そんなに広いの?」

「うん。それも一人一部屋。お父さんとママがお姉ちゃん達にって作った部屋らしいけれど、二人とも使ってないの」

「どうして?」

「1階下のフロアが客室を除けば丸々二人の部屋だから。台所なんて家庭科室より広いんだよ?」

「家庭科室!」

 

 それってルヴィアさんの家の厨房より広いのでは? カレーの日に使わせて貰ったからわかる。

 

「寝室とは別にトレーニング用に器具を置いた部屋があるんだけど、そこで音楽を聞いたりもするのね。そこなんて教室どころか視聴覚室より広いもんね」

「ね? スピーカーなんてさ、タンスより大きいもんね。とにかく知らないものもいっぱいあって、どっちのお姉ちゃんの部屋も面白いよね?」

「うん」

「きっとあなたの想像する大金持ちの何百倍も大金持ちよ」

「え?」

「ルヴィアんちでも敵わないと思うわよ?」

「そ、そんなに?」

「これってどう表現すれば良いのかな? エルお姉ちゃんは海外でたくさん会社を持っていて、家や別荘があちこちにあるのね。そんな別荘を軽くママに譲ったりするし、ボートやヨットにバイクやクルマをたくさん持っているの」

「クルマって、高校生だよね?」

「仕事で使うから、アーチャーのお兄ちゃんや、会社の人が運転するんだよ」

「ママもすごいのに乗ってるよね?」

「うん。ここのママのと同じメーカーだけどもっと大きくて新しい、シュッとしたクルマ。5千万円超えるって聞いたわ」

「ご、5千万! お家より高いんじゃ?」

「かもね。そんな家族なのよ」

 

 まったりとした午後。

 

「イリヤ? パパ、帰ってるって知ってた?」

「らしいね。昨日帰ってきたらしいけど、すぐに出て行って。それっきりだって」

 

 部屋の主が言葉を繋ぐ。

 

「お向かいに行って、お姉ちゃん達と話したらしいの。その後に出て行ったんだって」

「声くらい掛けてくれるかなと思ったのになぁ。何を話そうか考えていたのに」

「まぁ、お姉ちゃんとのお話で仕事ができたんでしょう」

「そうだろうね」

「しっかしあなた、全然しゃべらないのね?」

 

 クロに声を掛けられた四人目は、所在なさげにフローリングの床で三角座りをしていた。抱えた膝の上に頬を乗せて、プイッと明後日の方向を睨むように見詰めている。

 

「逃げ出さないだけマシなのかな?」

「エルお姉ちゃんもキツイからさ。自分で居場所を作れない奴は魔術師に向かないとか言うし」

 

 そこには不貞腐れた顔の、クロそっくりな褐色の少女が居た。

 衛宮切嗣との対談を終えたエルヴァ達は城をチェックし、今朝早くから少女達と森へ行き、クロエを取り出したのだ。この際に褐色のエルヴァともども受肉化も済ませている。

 そして出て行った切嗣はともかく、クロエをアイリスフィールに会わせれば、走って2階のイリヤの部屋に籠もってしまったのだった。

 鍵は掛けていなかったので、完全な拒否ではなく戸惑っているだけだろうと静観していたが、部屋の主のお話したいという主張により、こうして皆んなで部屋に集まったのだ。

 

「私もこれから魔術やお料理を、エルヴァお姉ちゃんから習おうと思うの。だから、お姉ちゃんも一緒にさ……」

 

 ギロリとイリヤを睨む褐色の少女。

 

「料理はともかく、魔術はあなたのレベルだと足手まといなのよ!」

 

 手に持ったクッションをボスッと叩きながら反論する。けれど習う事は否定しない。

 

「うっわ。頑固そうだわ」

 

 いつかの自分と似たような仕草をするなぁとクロは思った。

 

「クロがそれを言う? 私なんて命まで狙われたのに」

 

 床の少女が今度はベッドの二人を睨む。

 

「うるさいわね。私はイリヤを狙ったりしないわよ」

「え?」

「私の妹なんでしょう? どうして封印なんかしたのってママには言いたいけど、イリヤはそれとは関係ないじゃない」

「関係なくは……」

「赤ん坊だったあなたに罪は無いでしょう? それよりもママよ。先に泣いて謝られたら私はどうすれば良いのよ!」

「あ~」

 

 それでかと皆んな納得する。

 

「この10年以上、あなたやパパにママ、お兄ちゃんにセラやリズ、皆んなを見てきたわ。あなたの目を通して」

 

 クロエの言葉にクロが目を伏せる。イリヤはそっとクロの手を握った。

 

「ずっと仲間はずれだった。居ない子にされてた……。イリヤスフィールも私の名前よ……」

 

 部屋の主のイリヤはドキッとした。自分の存在が彼女を苦しめていたのだと改めて気付いて。

 そんな重い空気を切り裂くようにクロが言う。

 

「そんないい名前じゃないわよ」

 

 キョトンとする三人。

 

「お姉ちゃん達のパパ……今は私達のパパでもあるけど、そのパパが言うにはアイリスフィール、イリヤスフィールの頭文字を繋げると『愛』なんだって」

「え~! そういう意味だったの?」

 

 驚く部屋の主に追い打ちの言葉。

 

「デタラメよ。パパのジョーク。本当はヘブンズフィールからよ。儀式名は英語で、ママやイリヤの名前はドイツ語だから綴りは違うけどね。わかる? 名付け親はアハトよ。聖杯になって消えろっていう皮肉なのよ」

 

 それプラス、パラケルススが提唱した第一質量・万物の発生源イリアステルからともエルヴァから指摘されている。

 

「その儀式って確か……聖杯伝説?」

「聖杯戦争ね。う~ん……今ここでは詳しく話せないわ。あなたからお姉ちゃん達に尋ねてみて」

「わかった」

「とにかく私達は儀式に必要な装置だったの。使い終わればポイ捨てされる運命だったのね」

「え~!」

「驚くのは無理もないけど、そういう事なのよ。それがパパやママは嫌だったの。娘には自分の人生を歩んで欲しいって。それでドイツのアインツベルンを出たのよ。ただ、身体の術式を封印するのには、人格と記憶を封印する必要があったのね」

 

 ここでもう一人の褐色の少女が色めき立つ。

 

「なら、私のままで良いじゃない!」

「私も以前はそれでママに文句を言ったわ。けどね、それがママの限界だったの。胸の小聖杯を封印するには対価が必要だった。それが人格と魔術師としての記憶だったのよ。リセットとなると、もっと対価が必要だから無理だったの。もしリセットなら私達はここにはいないけどね。そしてママは私達の心が小聖杯に護られる事を望んでくれたのよ。『あ~』とか『だ~』としか言えなかったけれど、赤ん坊だった頃の私達も愛してくれていたの。それだけは疑っちゃダメよ」

 

 先人は語る。他の三人は目をしばたたかせた。

 

「イリヤは憶えていないだろうけど、私はママのおっぱいを飲んでいた記憶があるわ。パパが私を抱きしめて泣いていた事も。パパにはね、夢があったの。それが正しいかどうかは別として、私達のために諦めてくれたのよ。そしてその事を私達のせいだと責めたりもしないの。だって私達もさ、大人になって自分の子供にお前のせいで夢を諦めたとか言う? 言わないでしょう? それがパパとママなのよ」

 

 クロは上手に話すなぁと感心するイリヤだった。

 何故なら新しい方のクロエが反論しそうなポイントを、先に潰して話しているのがわかるからだ。

 

「それにあなたに思い出が無い訳じゃないと思うわよ。私とは違うかもしれないけれど、食べられなかった鉄火巻って記憶にある?」

 

 幼稚園での生活発表会の日。イリヤは朝から微熱を出し、休めと言われた。けれど、お友達とたくさん練習していたし、自分が抜ければ困るだろうと元気な振りをして出て行ったのだ。

 実際、微熱なので辛くは無かった。皆んなで頑張ろうねと笑顔で話していたのだ。それがお遊戯中に急に酷くなった。徐々に顔が熱くなり意識が朦朧として行った。それなのに無事演り終えたのは、クロが途中で入れ替わっていたから。

 クロはこの時、父に褒められ、母に抱きしめられた。珍しく父はこのお遊戯の日から、卒園式はもちろん、小学校の入学式まで日本に居てくれたのだ。そしてクロのリクエストによって、皆んなで回転寿司を食べに行った。

 今日は自分で好きなのを取って良いよと言われ、取ったのが鉄火巻だった。いただきますと言って、さぁと思ったらイリヤが元に戻った。すっかり忘れていた遠い記憶だが、以前姉のイリヤスフィールに指摘され思い出したのだった。

 

「あ……憶えてる。幼稚園でお遊戯した後だ。あれ? 私、幼稚園なんて通ってないのに……」

 

 目を丸くするクロエ。

 

「それはあなただったのよ。上手だったよと撫でてくれたパパも、抱きしめてくれたママも、あの日はあなただけのものだったの。それに練習もイリヤの中で一緒にしていたのよ。あなた、さっきイリヤは関係ないと言ったでしょう?」

「事実、そうでしょう?」

「私が言いたいのは、イリヤを八つ当たりの対象にしなかった理由よ」

「え?」

「そういう妹を大切にとか、お友達を大切にって、アインツベルンで習ったの?」

「あ、そっか……」

 

 これはクロも指摘された事だ。魔術の知識以外の情緒面や日本の一般的な常識、それはイリヤを通じて学んだのだ。

 

「ゴメンね。鉄火巻、食べちゃって」

「そうよ。こっちは何で何でってなるし。悔しいったらありゃしないわ。それで殺そうと思ったのよ」

「私の命は鉄火巻と同じなの?!」

「私としては鉄火巻の方が上ね」

「クロ~」

「ウソ、ウソ、冗談だって。それとさ。クロエって名前は便利よ?」

「何が?」

 

 不思議な事を言うなぁと思うクロエだったが、あちらのイリヤがこう言った。

 

「作文。こっちのイリヤ? 困った事ない?」

「ああ!」

 

 低学年の頃とは違い、5年生は400字詰め原稿用紙を使うのだ。そして作文のルールでは、題字の次の行に名前を書くという決まりがある。

 すると、『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』はきっかり20文字なので、ひとマス空けなどができないのだ。

 無駄に真面目なイリヤは、どう書けば良いのか大いに悩み先生に訊ねた。すると愛称のままで良いと言われたのだった。並行世界の藤村大河だ。

『イリヤ・フォン・アインツベルン』だと何かが違う。違和感がある。

『クロエ・フォン・アインツベルン』、これだとしっくり来る。

 その頃から、あの担任は大丈夫なのかと思っていたイリヤだった。

 

「だから~、日本に住んで日本の学校に通わせるなら、名前も考えて欲しいよね?」

 

 それがおかしくて笑う、ここのイリヤとクロエ。

 

「そっか。私にも思い出があったんだ……」

「ああ……。あれはクロお姉ちゃんだったんだね」

「あなた、私のことをお姉ちゃんと呼んでくれるの?」

「だって双子で私が妹でしょう? だからクロお姉ちゃん。イヤ?」

「ううん。けど、どうしてクロエじゃないの?」

「クロエだと、あっちのお姉ちゃんとカブるから」

「ああ、なるほど」

 

 これでひとまず安心かなと、息をつくイリクロ。そのうちお互い名前呼びに変わるだろう。

 そして、自分達と違いあちらはイリヤとクロエだけれど、友人達から同じようにイリクロとセットで呼ばれる日も近いのは確実だ。

 そう、ここのイリヤは凛の介在が無かったから、クロエをクロエと認識している。なのに、呼び方はクロお姉ちゃんにクロエお姉ちゃんと逆転している。やっぱりこの子は並行世界でも天然だと思うクロだった。

 

「とうとう私も名前と見た目がカブる人が現れたわ」

「だよね。私の気持ち、わかった?」

「しかも皆んな目上だしね」

「だよ。可愛がってもらってるから仕方ないけど」

「めちゃめちゃ可愛がられてるじゃない」

「クロもでしょう?」

「私の場合は先輩が後輩をとか、相撲部屋の兄弟子が新弟子をみたいなニュアンスだけどね」

「それはイジメだ~」

 

 そこで大勢いる姉妹や兄の事を色々聞いた。

 クロエは自分を形作ってくれた、異世界で英霊になった兄を思った。

 

「アーチャーのお兄ちゃんはあげないよ。私、もう告白したから」

 

 大胆な事を言う5年生。

 イリクロは兄の居ない世界に絶望していた。しかし、アーチャーの正体を知ってからクロは立ち直った。イリヤが立ち直ったのは、時間薬もあったが、エルヴァが弟と言っていた衛宮士郎に出会ってからだ。ここに来る前も、頑張ってこいよと声を掛けて貰っている。

 

「ウソ!」

「好きって言ったの?!」

「好きどころか、大人になったら結婚して下さいとまで言ったのよ、クロは……」

 

 告白どころかプロポーズまでしていた! 

 

「さすが私。う~ん……あなた、尊敬するわ」

「すごいなぁ……」

 

 そこでフフンと膨らみ掛かった胸を張るクロ。

 

「問題はどうも彼女が居るらしいところなのよ。けど、ま、私が20歳頃になれば相手はオバサン。お兄ちゃんは絶対に私を選んでくれるわ」

 

 略奪愛上等で話を進める。

 

「私、その彼女が誰だか知ってる」

 

 問題発言を投げ込む同学年の妹。

 

「だ、誰よ、イリヤ?」

「誰?」

「あ~。秘密にしてくれって言われてたんだった……」

「あなたねぇ! それなら最初から黙ってなさいよ。期待させといて今更。ホント、天然ね」

「ごめん。本当に言えない。エルお姉ちゃんに悪いから。抱き合っているところを見ちゃってさぁ……」

「バカな子だわ。それだと言ったも同然じゃない。きっとマーヤさんかルオンさんでしょう?」

 

 マーヤとはエルヴァの乳母のマアエモの事である。舞弥とこんがらがって切嗣が間違った事からこの愛称になった。

 ルオンはノイント老の工房の研究員だったホムンクルスで、これまたエルヴァの教育係に抜擢され日本に来たもう一人の乳母である。

 

「あう……」

「あなたはバカ正直ね。顔を観ているだけで、お兄ちゃんの相手はマーヤさんだってわかっちゃったわ」

「あうぅ……どうしよう……」

「私が勝手に察しただけで、あなたは話してないから大丈夫よ。それよりマーヤさんか……手強いわね」

 

 本当に手強いのだ。あの才色兼備のエルヴァを育てた乳母だ。

 料理・裁縫・編み物・ピアノに笛。家事や炊事ができて音楽も嗜まないと真のレディには成れないと、エルヴァが乳幼児の頃から叩き込んで来た人だった。

 身長は今のイリヤスフィールやエルヴァと変わらないが、プロポーションは良いし、アイリスフィールと同型だけあって美人である。

 何より並行世界から送られて来たイリヤとクロを殊の外可愛がってくれ、あれこれと気遣ってくれる優しい人でもあった。

 魔道の必要性があったとはいえ、未成年のエルヴァがクロを養子に迎えると決断した時はさすがに猛烈に反対したらしいが。それでもクロには嫌な顔一つ見せなかった人なのだ。

 その事はエルヴァや巫女のイリヤから聞かされていたので、クロとしては複雑だった。

 

 また、クロが兄への思いを諦められたのは、先程の通りアーチャーとの出会いがあったからだった。

 投影方法は身体が覚えていても、理念の鑑定や骨子の想定といった深い部分のアレンジの仕方、それに戦いに於ける戦術の組み立て方に、戦局の観方もアーチャーから直接指導を受けている。

 親身に教えてくれる遠い兄の可能性に接する内に、幼い心に芽生えた新たな恋心。ふと自分はこんなに移ろいやすい子だったのかと驚いた日もあった。

 やがてそれはイリヤと違って、実体を伴って兄と触れ合わなかったからだと結論付けた。だからこそ、この恋は諦めないと誓ったのだ。

 しかしライバルが大き過ぎるし強すぎる。マーヤは何度も何度も落ち込むクロやイリヤを励ましてくれた。お料理も手伝ってくれるし、優しくアドヴァイスを送ってくれる。このところメキメキ腕を上げられたのはマーヤのお陰なのだ。

 だから弱気になってしまう。自分の恋は、11回失恋して12回目にならないと成就しないのかとイヤな想像をしてしまう。

 アルさんに相談したいと思うが、そうするとエルお姉ちゃんに話さなければならない。何故ならあの兄が本当に秘密にしたかった相手はエルお姉ちゃんだからだ。

 大人なら正々堂々とエルお姉ちゃんにも認めて貰えよと思うが、そうすると自分は失恋確定だ。何だか泣きそうになる。

 なのでクロは帰ったら、逆にマーヤに相談しようと決めたのだった。きっと彼女なら、皆んなを思って正しい答えを出してくれるだろう。

 そしてより良い方向に向かうよう、正しい方法を教えてくれるはずだ。それが例え私の痛手であったとしても、受け入れよう。そう決心した。

 

「クロ……?」

「うん?」

「泣きそうな顔してた」

「まさか。鼻がムズムズしただけよ」

「そうなの?」

「そうよ」

 

 一方、もう一人のクロエは実体を得てまだ数時間。まだまだ足りない情緒面や諸々の情報は、エルヴァが補ってくれていたので感謝している。だから精神的に劣っている気はしない。なのにクロの気持ちに気付けても共感を抱かない。

 いや、好きという感情はわかる。自分も兄が好きだ。またこの身体を形作る元となったカードの本体だというアーチャーにも感謝しているし、好きという感情がある。そこで気付いてしまった。

 これはライクだ。ラブの要素も家族としてのラブで、恋のラブじゃ無い。私は遅れてるな、いや出遅れたなと思っていたらエルヴァ達が帰ってきた。コンコンとドアがノックされた。パアッと気持ちが晴れる自分。わかってしまった。

 ああ、私はお兄ちゃんよりお姉ちゃんが好きなんだ。だからクロに共感できなかったんだ。そして入ってきたエルヴァに無意識で抱きついていた。

 

 顔を上げると、白い方のエルヴァだった。目であっちだと教えられる。そのあっちのエルヴァは腰をかがめてクロエを抱きしめてくれ、頬にキスしてくれた。この人と家族になれるんだと思うと、とたんに嬉しくなった。

 

「身体の調子はどうですか?」

「うん。最初は少し変だった。でも今はなんともないよ」

「良かった。ママとは話せました?」

「ごめん……まだ」

 

 頭をそっと撫でてくれる。

 

「後で一緒に行きましょうか?」

「うん」

 

 イリクロのイリヤは、思った以上にお姉ちゃん子なクロエにびっくりした。クロは魔術による条件付けじゃないかと疑った。けれど、例えそうだったとしても良い方向に行ってると安心できた。

 

「お姉ちゃん、どこに行ってたの?」

「そちらのお姉ちゃんと一緒に新都の学生服店ですよ。私とクロエちゃんの制服を誂えて来ました。明後日から私も登校しますね」

 

 そう言って大きな箱を四つも五つも床に置いていった。

 

「随分とたくさんあるんだね?」

「高等部は衣替えの日がしっかり決まっていますから、半袖はまだ早いです。それで冬服や合服も揃えたからですよ。それとクロエちゃんの冬服と夏服に、おチビちゃんの夏服もですね。制帽や靴下、体操服に給食着やランドセルも揃えましたから」

「私のも? 夏服は去年のでもイケるよ? そんなに小さくなってないと思うけど?」

「駄目ですよ。小学部はもう半袖登校しても良い頃でしょう? カバンはともかく、クロエちゃんの制服が新品なのに、あなたがお古だったらなんとなく嫌でしょう? 念のためにと夏服を広げて確認したら、一着は習字で汚れたのか裾に黒いシミが残っていましたし、替えのもう一着は袖と後ろ襟に絵の具か何かで赤色や黄色が残っていましたよ?」

「ああ……黒いのは墨汁だ。4年生の時に落としちゃって。絵の具はタツコだろうなぁ。あの子、立ち歩くから」

「典型的なADHDですね。よく私学の試験に受かったものです。仲良し学級やひまわり学級に放り込んどきゃ良いのに」

「お姉ちゃん! ひどいよ!?」

 

 白い方のエルヴァだった。

 褐色のエルヴァは白いエルヴァと再会してから、酷い冗談を言わなくなった。それはイリヤも気付いていた。きっとお姉ちゃんは、本当にお姉ちゃんになろうとしているのだと、なんとなく思うイリヤだった。

 そして、その嶽間沢龍子だが。この子は確かに多動気味で衝動性もあるが、知能には問題ないし児童によく見られる範囲だった。成績も良い方では無いが、下の上といったところだ。

 また運動でのチームプレーでは自分のポジションを守り、キッチリと役目を果たす。それに友人にも恵まれている。なので中等部・高等部と年を経れば変わるだろうと教師陣も問題視していないのだ。

 だからこれは完全に白いエルヴァの言い掛かりだった。しかし、仲間を見捨てないエルヴァだからこそ、仲間に入れる条件は徹底して厳しい。

 学校での第一義は勉強であるが、同時に同年代の者達で集団生活を学ぶ場でもある。真面目に学ぼうとしている人の足を引っ張る者には容赦ないのがエルヴァだった。

 これは会社を経営する立場から来る考えだった。プロジェクトを停滞、或いは失敗させる人材は要らない。チャンスは数回与えるが、見切ってしまえば翌週にはクビだ。

 だが、学校というところはそういう場ではない。わかっていても苦言が出るのは、元の世界で龍子に2回ほど家の調度品を壊されたからだった。

 内1回は、自室に置いていたカーボンバイクのフレームを折られている。勝手に入りまたがってコケて折ったのだ。脚が届くはずも無い自転車に。妹を気遣いキツく叱らなかったが、そのフレームは80万だった。当然小学生に金額なんて話していない。

 一方、褐色のエルヴァもその事は体験している。なので、メイド服で出会った時に、ああいう態度を取ってしまったのだった。

 

「タッツンの事なんてどうでも良いです。あなた達は私と一緒に下に降りますよ。47番とここのおチビちゃんとクロエちゃんは、新しい夏服に着替えて降りて来て下さい。お母様に見て頂きます」

 

 白いエルヴァの一声で皆んなが動いた。

 それから数十分後、素知らぬ顔でよそ行きの服を着てお茶を楽しんでいたアイリスフィールは、娘達の晴れ姿にパァッと笑顔を輝かせた。

 なに気にソーサーへ置かれたティーカップはヘレンドのセット。ここの母の主張を見た思いがするエルヴァだった。

 ヘレンドはハンガリーの陶磁器工房だが、高くとも数万円だ。ところが自分の母はセーブルとKPMベルリンを愛用しており、何百万もするカップを数回壊していた。

 2回贈ったセーブルを2回壊された時は、器が器を壊すんかいとツッコミたかった。なので3個めのセーブルには姉と自分の名を書き込んだ。今のところ、そのカップは無事である。

 そんな事を思い浮かべながら食器棚に目をやると、英国のものは皆無で、ドイツのローゼンタールやフッチェンロイターにKPMベルリンが並んでいた。

 ブルーオニオンもドイツのマイセンやフッチェンロイターに混じってチェコのカールスバードがある。なるほど普段遣いは買い求めやすいカップにしているのかと安心にも似た溜息をついた。

 

 このカールスバードは手頃な価格で、セラの愛用品だ。きっとここでも同じだろう。リーゼリットはこちらが教えるまで、棚にある人の食器ばかりを使っていたが、色々教えてあげればノリタケを使うようになった。

 今は3~4万のティーカップやコーヒーカップを、ソーサーとセットで持っている。ここではどうだろうか? 

 ちょこんと置いてあるキャラクターもののマグカップは、ここのおチビちゃんのものだろう。となると、その横の白地に青縁といった琺瑯風のものが、リーゼリットのものだろうか? 

 自分はチタンのマグカップでコーヒーを飲む場合もあるので、人様をくさしはしないが、セラとリーゼリットの姉妹は似ていないなと思う。

 

「似合うわぁ。可愛い、クロエちゃん、イリヤちゃん。エルヴァちゃんも素敵。ママも学校に通いたかったわぁ」

 

 照れていたが、母に抱きしめられ頭を撫でられただけで、クロエの表情が変わった。不満はあるだろうし、文句も言いたいだろう。

 けれど何より寂しかったのだと、妹のイリヤにはわかった。だからクロエの手を握って。

 

「学校、楽しみだね、クロお姉ちゃん」

 

 そう自然に言葉が出た。するとクロエがしっかりと握り返してくれた。

 それをクロとイリヤも見ていた。居ない子にされて寂しかった。クロはそれだけだったのだ。ただ上手く言えないだけで。

 自分達とそっくりな二人を見て、少し懐かしい思いがするイリヤだった。

 

「そう、クロエちゃんがお姉ちゃんで、クロお姉ちゃんなのね?」

「うん」

「じゃ、ルヴィアさんにそう報告しておくわね。一緒のクラスになれたら良いわねぇ」

「たぶん、一緒だよ。1組は4年の時に転校した人が二人も居たから。だから美遊が入っても、まだ席が空いてるの」

「そうなの? でも、一応ルヴィアさんに話しておくわね」

 

 そうしてアイリスフィールは電話を掛けた。

 

「どれ。腕を上げて」

「何ですか……あなたと同じ顔ですよ? 今更珍しくも無いでしょうに」

「ふむ、既製ですがまぁまぁですね。スカートは混紡ですか?」

「かつては冬用ならウール100パーセントを指定して、夏用の化繊もシルエットを特注して毎シーズン買い換えていましたものね。ですが、それはさすがに贅沢ですよ。ブラウスも既製で十分です。そもそも明後日から着て行かねばならないのに、特注すると間に合いません」

「それはそうですね」

 

 高等部生でも多少は成長するものだ。エルヴァの制服は、ワンサイズ大きめとかでなく、自らの体型にぴったりフィットさせた特注品だった。しかもそれをシーズン毎に誂え直していたのだ。

 

「ふ~ん……。こうして見ると、47番は夏場の私と変わりませんね?」

「変わらないでしょうよ。夏は日焼けしてましたものね。けど、ポロシャツ通学できないのは痛いなぁ」

「ですね。ブラウスは暑いですよ」

 

 穂群原高等部の女子ブラウスは透け防止のために生地が厚い。その上にハイネックなので、体温の熱が逃げないのだ。

 半袖のパフスリーブは可愛いが、熱中症の危険が叫ばれる昨今、機能性に劣ると言えた。

 そこで姉のイリヤスフィールは生徒総会で決議を諮り、学園側に通学と部活動限定だが、準制服としてポロシャツを認めさせた経緯がある。左襟に女子は臙脂、男子は茶色のラインが2本入っている、実に穂群原らしいデザインだ。

 それがこちらには無い。その事を二人のエルヴァは話していたのだ。なお、このデザインも姉の案である。決定は1年生の後期の事だった。それに拠って、2年の春から普及して行き、初等部では校内着として採用されている。3年生になった今年の春からは、中等部でも採用された。こちらも校内着扱いだ。また初等部と中等部のポロシャツには、アトピー対策のコットン地も用意されている。

 この他、夏服のブラウスの生地もピケ地に変更して貰い、夏生地の長袖も用意して貰った。イリヤは初等部時代はそうでもなかったが、中等部から半袖だと二の腕に軽い炎症が出るようになった。それで中等部時代は困った事が何度かあったのだ。夏生地の長袖は日焼け対策したい人や、イリヤと同じく皮膚の弱い人には好評だった。

 4ボタンのベスト以外に使われていた、ニットのベストやセーターもデザインを刷新し、中等部や初等部にも採用された。こちらは男女兼用で、セーターなら左袖に、ベストとならVネック部に臙脂と焦げ茶のラインが入っている。また中等部と初等部は変形襟のセーラーなので、カーディガンも別口で用意されてた。

 こんな風に一事が万事で、次々と生徒と保護者が喜び、業者も儲かる案を出すので、学園も折れるしかない。それがエルヴァが尊敬する、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン生徒会長なのだった。

 

 そしてエルヴァは、47番の制服を見て思った。生地が旧型だし、デザインが微妙に違う。

 これはエルヴァ達の世界だけなのかも知れないが、あちらの女子の夏服は旧生地時代からオーバーブラウスなのだった。そしてブラウスの胸には、夏も冬もピンタックが入っていた。なので思わず47番のベストの胸元をクイッと引っ張って覗いてしまった。

 

「タックはありませんし、冬用ブラウスと同じでスカートの中に入れるタイプですよ」

「益々暑そう。自然発火しませんよね?」

「燃え過ぎて黒くなりました」

 

 これを聞いたクロは嫌な顔をした。この姉は人の特徴をからかうのだ。しかも相手が自分でも容赦しないらしい。

 驚くべきは言われた側も平気で応えているところだ。何だっけ? 撃って良いのは撃たれる覚悟がある者だけ。それだ。

 

「通学は徒歩? バス?」

 

 ここは洋館街や武家屋敷街からも離れていた。

 

「いえ、自転車通学ですよ」

「自転車はどうします?」

「もう、組み上がっています。あなたと同じサーリーのスチームローラーで、前後ブレーキ付きですよ。工具がありませんので、ショップに頼んであったのです。今日の夕方に引き取りに行こうかなと」

「そうなのですか? それでペダルは?」

「こちらは、指定されたローファー以外は禁止です。ですから三ヶ島のシルバン・トラックにクリップを」

 

 白いエルヴァはストラップ・シューズ派である。一見どこかのお嬢様学校の指定靴みたいだが、実はハ○タやM○○NSTARなどの国産でなく、イタリアの有名靴ブランドに特注したものであった。

 そして何足かある内の二足は、靴底を改造してビンディング・ペダル用のクリートを付けていた。クリートのない外靴と、運動用のスニーカーは下足のロッカーに押し込んである。

 

「ビンディングでなくクリップですか。靴の甲に傷が入りますよ?」

「プラ製の良いのを見付けました。それにあなたみたいにロード・バイクにまで乗ろうとは思いませんし。もう一台買うならお買い物に行けるカゴ付きの軽快車ですよ。そうそう、ツバメ自転車のスワローゴールドみたいな」

 

 スワローゴールドは昔の氷屋さんかお豆腐屋さんみたいな、ホリゾンタルなトップチューブのある実用車だ。ただこれも丸石自転車のアトラスともども2001年頃からホリゾンタルでなくスタッガードになってしまった。

 なのでエルヴァは27インチのホリゾンタルな軽快車が出ないかと待ち続けている。もし手に入ったら、それのタイヤ・チューブを700×32Cのフランスバルブに替え、バルブが遊ばないようにワッシャーを噛ますのだ。

 そうしてキンキンに空気を入れると、平地なら変速無しでも普通に40キロは軽く出るだろう。三段変速タイプなら、ボトムブラケットとハブを調整すればもっと出ると思う。

 

 

「6段変速の26インチと思えば実用車。考えましたね?」

「ホームセンターで売っているような、激安6段変速は買いませんよ。その程度の知識はあります」

「そうですか。なら問題はフレームが大きく重いですから似合うかどうかですね?」

「イケるでしょう。あれならお米も持って帰れますし。あなたみたいにロードバイクでお米を運ぶよりかはマシです」

 

 お米が切れ掛かり、姉のイリヤが手を離せない場合、エルヴァはお使いで5kgでなく10kgの米をブレーキレバーの角に引っ掛けて走る場合があった。

 ドロップハンドルの片側に10キロものおもりは男性でもふらついて危険だが、エルヴァはその程度ものともしない。

 姉のイリヤはアドレスV100で足元に置いて帰るのにだ。

 

「スクーターを持っていないのですから仕方ありません」

 

 正確には持っていたと過去形になる。メイドの一人に譲ったのだ。この他にエルヴァはヤ○ハのTW225とXJR400Rを普段の足としていた。姉のイリヤはグラストラッカーとGSX400FS『イナズマ』がメインで、サブにも数台バイクを持っている。あの姉は鈴菌だった。

 二人はバイク好きな姉妹として冬木でも有名だった。

 

「ビア○キのピスタを譲ろうと思っていましたが、スチームローラーを手に入れたなら良いですよね?」

「あれは持っていた方が良いですよ。それとカバンもクロちゃんのとお揃いです」

「それで学園指定のランドセルが2個だったと?」

「ええ。新しいのはおチビちゃんに。お古は私がと考えていますが、これは思い入れもあるでしょうし相談ですね」

 

 元々エルヴァと姉のイリヤは自転車通学である。きっと、この褐色のエルヴァもその習慣で自転車通学を選んだのだろう。

 そのイリヤの自転車が、ミヤタ・クオーツ・エクセルであった。エルヴァが手を入れていて、三段変速だが急坂で有名な学園坂を登れる仕様だ。カゴ付きなので通学カバンを押し込める。

 一方、エルヴァはサーリーというブランドの、スチームローラーという固定ギアで坂を登る。カゴが無いので、初等部時代の横型ランドセルを復活させて背負っているのだ。以前はチネリの古いトラックレーサーにブレーキを付けて走っていた。

 この他にもロードバイクやピスト、そしてオートバイを様々持っている。姉のイリヤがバイク好きになったのはエルヴァの影響だった。そのエルヴァは、中でも自転車とオフロードバイクが大好きなのだった。

 それで休日はあちこち走っている。城のある森の中には専用のオフロードコースまで作った。それもこれも乳母のマアエモとルオンの影響だった。

 

「セラ、カメラを持って来て。皆んなで写真を撮りましょう。あ、でも全員制服の方が良いのかしら……?」

「まず間違いなく、こちらのクロちゃんとおチビちゃんの方が大きいですから、替えを借りてもキツイと思いますよ?」

「あら、そう?」

「クロエお姉ちゃん達、試してみれば? 写真だけなんだから」

「そうね。クロエ、借りても良い?」

「良いわよ」

 

 そうして2階に上がる四人。

 

「ボーッとしてないで、あなたもですよ」

「あ、私もですか? 47番のかぁ……」

「嫌なのかよ!」

 

 遅れて上がるエルヴァ達。再び十数分後に降りて来た。

 

「あらあら。本当に皆んな可愛いわ」

「少しキツイかなぁ。クロはどう?」

「うん、ホンの少しね。写真で手を上げなければ大丈夫よ」

「そうだね」

 

 エルヴァ達二人は、半袖ブラウスの上に4ボタンのベストを羽織っていた。

 

「ベストを2枚は良いとして、ブレザーは驚きですね?」

「あれは1着で十分でしょう?」

「その意味でなく、存在が」

「ああ……。あちらにはありませんでしたものね」

「あのブレザーを着た場合、ブラウスの襟は出すのですか?」

「お店の人に聞くと、中に仕舞うカタチらしいです」

「変わってますね?」

「実際、試着の時、変な気分でした」

 

 荷物運びに指名されたエルヴァは店の外で待って居たので、褐色のエルヴァの試着に立ち会っていなかったのだ。

 

「お姉ちゃん達、えらくスカートが短くない?」

「写真撮影だからって3回くらい折り返してたよ。それを誤魔化すためのベストでしょう?」

「うわぁ~、高校生だなぁ。髪型も気合入ってるし」

 

 二人のエルヴァはサイドテールに纏め、お互い反対側へ流していた。

 当然イリクロは知っている。これもスカートと同じく写真用だろうと。きっと私達を挟んで左右対称に立つつもりだ。何よりエルヴァは姉のイリヤと並んで品行方正の優等生で通っている。おまけに少し古風なところがあって、三つ編みのおさげやバレッタで留めるハーフアップも多いのだ。けれど、こういう時の遊び心は絶対に忘れない。

 

 その後、玄関前で写真を撮った。並び方は予想通りだった。シャッターはセラが切っている。

 高等部二人だけや、小学部四人組、または姉妹同士で撮っていった。褐色のエルヴァを挟んで、イリヤとクロエが左右の腕を掴む。

 

「良いわねぇ。姉妹って感じで。ねぇ、そちらのエルヴァちゃん達も写しましょう?」

「いえ、あちらでもこの子達とはたくさん写真を撮っていますので」

「ダメよ。私がその写真を欲しいの」

 

 これは断れないなと諦める白いエルヴァだった。その内、今までの写真や初等部や中等部の卒業アルバムまで欲しいと言って来るだろう。なにせこの母親は、自然の触覚としても、聖杯としても尖っていた。

 尖っているから、穴だらけだったお父さんの夢に共感できたのだし、義姉達を我が娘として愛せるのだ。この広い愛で癒やされたイリヤスフィールは多い。あのバカニンジンの兄までが今はお袋と呼ぶ時があるのだ。

 そして必ず何かに記録として残そうとする。だから家にはビデオや写真がとても多いし、皆んな結構写真好きだ。

 家族写真や何かの行事の記録写真は必ず写真館に出向き、修学旅行や遠足の写真は私達も買っているのに、自分用が欲しいと別口で注文したりする。昨年の修学旅行では姉と私の分で十万円を越えたと自慢していた。買い過ぎだろう。

 末の妹の美遊が幼稚園の頃も凄まじかった。毎回数万は当たり前、生活発表会と運動会ではどこに写っているのだという写真まで買っていた。当然、卒園アルバムや卒業アルバムも、私達とは別口で購入していたりする。

 なので帰ったら今までの写真を焼き増しして、卒業アルバムも印刷会社に発注しておこうと考るエルヴァだった。そうして切嗣と士郎が居ないのが残念だと話していたら、緩い坂の下から自転車が登って来た。今日は部活が無かったのか、ずいぶん早いお帰りだ。

 

「おかえり。お兄ちゃん、早いね?」

「ただいま。今日は部活が無かったから……って、うおっ!」

 

 気の利いたセリフでも言えれば良いが、美人に美少女の晴れ姿と、誰か増えてる事でパニックになった。

 

「ク、クロちゃんが二人居る? 誰だ?」

「士郎、言ってなかったけどイリヤちゃんの姉のクロエちゃんよ」

「は? 意味不明だぞ?」

「従姉妹のこの子もクロエちゃんで、こちらの子もクロエちゃんなの。イリヤちゃんと同じよ」

「はぁッ!? って事はイリヤも双子? 何だそれ? 初耳なんだけど?!」

 

 そこで機転を利かすイリクロのクロ。

 

「病気療養で、私達の家で預かっていたの。お兄ちゃんのもう一人の妹よ。名前も私と同じでクロエだけど、綴りがちょっと違うのよ」

「綴り?」

「うん。その子はChloeだけど、私はeの上に点が付くの」

 

 ちなみにエルヴァは偽名でChloeを名乗る時がある。クロのeにアキュート・アクセントを勧めたのもエルヴァである。

 これは並行世界で役立つのと呪詛除けの意味がある。ドイツ語圏では使われないが、チェコ語と同じようにクロエーと伸ばして発音しろと指導しているのだ。

 クロも元々が以前の世界の遠坂凛に、肌の色から猫みたいに軽く名付けられた名なのでこだわりはあまり無かった。

 しかし、母体から取り出された3番目の卵子のコードネームが、『Chloe』と教えられてからは積極的にあれこれ使い分けている。

 ホテルのサインでエルがElvaと書いたのを見てから、自分の名をChloeと書く場合もあったのだ。姉のイリヤスフィールもIllyasvielと書くのが面倒くさいのか、フィンランド風のIrjaと略す時があったりする。これも魔術師ならではの発想だった。

 

「へぇ~。しかし本当に双子だらけだな?」

 

 それで通すのか衛宮士郎よ。

 この危機感の無さ、人を疑わない性格は病気の域だが、平和な街では美点とされる。士郎も交えた撮影も終わり屋内に名々が戻ろうとした時、士郎はおもむろに褐色のエルヴァに声を掛けた。

 

「あの、エルヴァさん。少し良いかな?」

「どうしました?」

「いや……。二人とも制服姿だったからさ……。その……学園に?」

「ああ……。当初の予定通り、私だけ明後日から通います。あちらはお母様のリクエストで私の替えを貸しただけですよ」

「そっか……それでか。驚いちゃったよ。あ、あのさ、部活は決めてる?」

「部活動ですか? 別段これとは。3年生ですしね。帰宅部でも良いかなと」

「それ、勿体無いよ。どうかなぁ……弓道をやってみないか?」

「弓道ですか?」

 

 まだ屋内に入っていなかった白いエルヴァとクロが振り向いた。

 

「あっちのお姉ちゃんが弓道? 反則じゃ無いの?」

「面白そうですけどね。彼女がやりたいなら反対する理由はありませんよ」

「そうだけどさぁ。エルお姉ちゃんは……」

「私? 私はコンパウンドボウを使う時があるだけです。あれは弓道とは違いますよ」

「でも、我慢してるんでしょう?」

「我慢しているのは弓矢でなくライフル射撃ですよ。日本ですとややこしいので」

「そうなの?」

「そうですよ。それに無理して姉さんのテリトリーを侵したくありません」

「じゃ、あっちのお姉ちゃんはどうして?」

「私と違って、楽器や乗り物に余り興味が無いらしいです。陸上も私と同じで醒めてしまっているみたいですし。だから姉さんの居ないここで、弓道を選んだのでしょう。文化系も選ばなければならないなら、書道も選ぶかも知れませんね」

「ああ、なるほど……。お姉ちゃんとちょっと違うんだ?」

「ですね。クロちゃんとおチビちゃんが違うように、私と彼女も違うのでしょう。ですが私とスペックが同じなら、アーチャーの能力を切っても男子を抜いてトップでしょうね。姉さんが居ないのなら、彼女一人でここのイリヤちゃんやクロエちゃんを導かねばなりません。そういう気持ちもあって弓道部を選んだのでしょう」

「そっか。アーチャーのお兄ちゃんも一緒に帰るんだしね」

「そうです。士郎クンはかなり勇気を出して尋ねたみたいですが、今のは良いタイミングでした」

 

 クロは並行世界の兄の顔を見た。ポリポリと頬をかく、照れた時の兄のクセ。

 その顔が赤くなっているのは、夕日のせいとしてあげよう。

 

 

「わかりました。明後日の部活は?」

「ああ、あるよ。部長の美綴には言っておくから」

「では放課後見学がてらに伺います。そこで私を見て頂きましょう」

「ああ、ありがとう」

 

 そして姉のエルヴァとは違って、わかりやすい笑顔を返す褐色の姉。クロエとイリヤにお似合いの姉だと思えた。

 

「決まったみたいですね。見たいですねぇ、彼女の実力」

「同じなんでしょう?」

「さぁ、どうでしょう? さっきも話したように微妙な違いがあると思いますよ?」

「それは?」

「うん? まぁ、目の使い方や大気の読み方とかですね。それに素の筋力も今はあちらが上でしょう?」

「そうだよね。私も見たくなって来た」

「お願いして使い魔でも持って行って貰うか、五感共有の魔術を使うかですね」

「そうだね。ここの私にも見て欲しいな」

「ですね」

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