プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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19、凛と凜

「うん、今円蔵山。ごめんってば。ご指名なのよ、仕方ないじゃない。そう、セカンド・オーナーだからって。ええ、調査結果は後で教えるから。うん、うん。本当にごめん。じゃ、よろしく。お願いね、ルヴィア」

 

 私は魔法使いの凜とともに円蔵山に来ていた。霊脈調査のためだ。午後の調査がピークの頃に、ルヴィアから衛宮切嗣氏が訪問したと連絡があった。当然私は行けないのでルヴィアに一任した。それが先程の通話だ。

 

 発端はカレーの日の夜に、彼女から見せられたリポートだった。

 そこには地脈図、霊脈図、マナの流れなどを記した冬木の地図と、彼女が数日掛けて調べていた遠坂家の重要物件に於けるマナの流れ、今後予測される出来事などの考察が詳細に纏められていた。

 遠坂がこの冬木で保有している物件──これらには、安定した賃貸収入を望めるマンションや商業施設がかなりある。

 満杯になるマンションや、売上の伸びるテナントが入る施設は、間取りや立地条件だけでは決まらない。プラスアルファ、空気が澱まずマナの抜けが良い事、そして霊脈の循環が良い事なども必要だ。

 それらがカード騒動以降、通りが悪くなっている。このままだと空き部屋が出たり、客足が途絶えてしまう。

 参考として添えられた、彼女の方の同じ建造物や施設の人の流れを見れば、現在のデータの7~9倍近くあった。日曜日の商業施設に至っては、15~17倍も差があった。

 彼女がこちらで調べる前のデータは無い訳だから、必然カード騒動前のデータも無い。

 それを想定してあちらの平日の、一番人の流れが少ない日のデータも添付してくれているのだが、それですらこちらの3~5倍はあった。霊脈がところどころ切れているようなマップも問題だが、商業施設のこれは痛い。

 放おって置けば、近い将来に賃貸料の値下げといった悪いスパイラルに陥る可能性が高い。というかほぼ絶対だろう。

 このままだと店子が採算割れで営業を断念し、出て行ってしまう。となると、来年からの収入がガタ減りだ。固定資産税や維持費はそのままなのに。不味い。実に不味い……。

 

 そして彼女は私に代わり、霊脈を貸している魔術師の店子の事情まで調べてくれていた。霊脈の店子は祖父や曽祖父の代からの人が多く、少々の事では離れたりしないと思う。

 けれど、実験や研究が続けられない、乱れたマナしか汲み出せない土地と見做されれば離れて行くだろう。それも問題だが、何よりの問題は、一番大きな収入が見込める商業施設の現状だった。

 私は頭を抱えた。データは赤字転落が確実となる分水嶺に近くなっている事を如実に示していた。彼女が言うには、私の許可と立ち会いがあるなら、霊脈を取り敢えずは直せると言う。

 要は円蔵山を中心に霊脈が切れてしまっているのだ。

 どういう事かと言うと、地図の上に何本か支柱を立て、それぞれの支柱にロープを張って網を作ったと思えばいい。それが冬木を覆う地脈であり、支柱が霊脈だ。

 その支柱の一つ、特に何本もロープが掛かった最大のものが折れてしまった状態なのだ。

 枯れたのでは無い。地表にマナが巡らないほど、何かがマナを横取りしている可能性があると彼女は言う。なので施設への通りが良くなるように繋ぎ替えるだけで当面は凌げるそうだ。そんな事を彼女は連日調べてくれていたのだ。

 頭が下がる思いもあるが、このリポートをルヴィアの前で叩きつけられ、それでもセカンド・オーナーかとなじられれば反発心も起きようというものだ。

 それで今朝から学校を休んで円蔵山周辺を二人して再確認していたのだ。

 

 午前中はピリピリしていた彼女だったが、お昼にマウント深山まで降りて、ランチとデザートをご馳走したら会話も増え、当たりも柔らかくなった。

 エルヴァが言う通り、私と違い本来は物静かでおっとりした雰囲気の人なのだろう。争い事や揉め事も苦手なようだ。なので、私を叱咤する上でかなり無理をしていたみたい。申し訳ない……。

 こうしてゆったり話すと、優雅で深窓の令嬢といった雰囲気がある。私の場合は演技だが、彼女はそれが素なのだろう。自分と同じ顔のはずだが、はにかむような笑顔が可愛い。そう、遠い昔の記憶に残る桜に似ている。

 そして……八代台小学校の低学年頃友人だったあの子にも似ていると思った。あの子の名前、何だったっけかなぁ……。

 

「あなたって小学校はどこだったの?」

「穂群原学園ですよ。小・中・高、ずぅ~っと穂群原のエスカレーター組です」

 

 そうなんだ? これには少し驚いた。両親が健在と聞いていたので、漠然とそうなのかなとは思っていたが、改めて聞けば本当に違うんだなと実感したというか。

 私は母の実家から近い、私学の八代台小学校に通っていた。今の家に近い、彼女の言う穂群原学園は、中学からの受験組だった。

 どうしてそんなに遠い学校に通っていたかというと、理由が幾つかある。

 まず、小学校に入学する頃は私の両親も健在だった。ただ、その頃の両親は夫婦仲が少しギクシャクしていたように感じていた。そして両親から1年ほど、母方の祖父母と暮らしてくれと言われたのだった。

 今にして思えば、聖杯戦争があったので疎開させられていたのだろう。また、桜を養子に出した事を母は納得していなかったのだと思う。私の願望込みだが、それが夫婦仲をギクシャクさせていたのだと考えている。

 祖父母と暮らし始めて何ヶ月目かのある日──大きな崖崩れがあって、住み慣れた洋館の家が全壊した。それに巻き込まれて両親が亡くなったのだと、私は私を引き取ってくれた祖父母に教えてられて育った。

 記憶は曖昧だが、崖崩れの日から随分経った後にお葬式があったと思う。当時は掘り出すのに時間が掛かったからだと、子供なりに納得していたのかも知れない。

 けれどエルヴァが話してくれたように、崖崩れで家が壊れたのは事実でも、真実は召喚した英霊に殺されたからなのだろう。そして儀式が終わるまで、魔術協会の誰かが遺体を保存してくれていたのだと思う。

 でなければ、父や母の顔があんなに綺麗なままのはずが無い。とても土や瓦礫に埋まったようには見えなかった。それに、初潮を迎えたその日から刻印の移植が始まったりするはずがない。

 瓦礫に揉まれて埋まっていたなら、腕の刻印の何割かは消失していた可能性が高いのだから。私は長い間、それが疑問だった。

 

 そして両親が居なくなった私は、祖父母の引き止めもあり、6年生の卒業まで禅城の家で暮らしていた。

 八代台は私学としては珍しい、中学までしかない義務教育特化型だった。なので祖母からはそのまま八代台に通いなさいと言われていた。

 だけど、いつまでも祖父母に甘える訳には行かないと、当時の私は感じていた。ませていたのか、独立心が旺盛なのか。そうではない。両親の遺産はお金だけでは無かった。地中の工房は無傷で、蔵書や研究資料は残っていたのだ。

 となれば、魔術師の遠坂を再興するのは私しか居ないし、それが亡き両親への手向けであり、妹の桜への姉としてできる唯一の責務だと思ったのだ。

 祖母に遠坂の家をキチンと建て直したいと言ったら、時臣さんの子だねぇとため息混じりに送り出してくれた。

 6年生の終わり頃に、祖母の名義で建て直した家は、広い敷地にこじんまりとした地下室付き4LDKのツーバイフォーだった。

 だから私の家の結界は、中学生に上がったばかりの私が敷いたものだった。とは言え前の家より小さな分、結界の効力が強いはずだし、遊んでいた訳では無いので結界は年々強くしてあった。

 なのに……今もどうやって侵入されたのかがわからない。私がエルヴァに白旗を上げたのは、そこもあった。

 

 そして新しい家で、私は一人で暮らし始めた。と言っても祖母の家までバス一本なので、折ある事に私は祖母と会っていた。

 父方の祖父母は早くから居なかった。小学生時代にあんな事があったので、禅城の祖父母は私を殊の外可愛がってくれた。けれど両親を失って2年経たずに祖父が倒れた。祖母は独りで私を育ててくれたのだ。

 お祖母様なくお婆ちゃん。それが私と祖母の距離だった。だから独立は本当に心苦しかった。けれど、遠坂を再建しないと私は遠坂凛ではいられない気がしたのだ。それはある種の強迫観念だった。

 

「あのさ。あなたのお婆ちゃんはお元気?」

「お祖母ちゃん? それって、禅城の?」

「そうそう」

「お元気ですよ。お祖父様は私が中等部の頃に亡くなられましたけれど、お祖母様は家を処分した費用でこじんまりとしたマンションをお買いになって。今は隣の市にお住まいです」

「あの家を売ったんだ?」

「父も母も引き取りますよ、一緒に暮らしましょうと話していたそうですが、お祖母様が遠慮なさって。けれど娘夫婦に迷惑を掛けたくないって気持ちもわかります。なので家やお祖父様の遺産が残っている内に身の回りを整理しようと。動けなくなった場合の介護付き有料老人ホームまで予約してあったんですよ。お母様と違ってお祖母様はちゃきちゃきされていますからねぇ。週に1回かな? お母様がお祖母様の様子を見にお伺いするんですけど、帰りに必ず煮物とか戴いてくるんですよ。きっとお祖母様は私達が食べてくれると進んで多く作っているんです。母が来る日に合わせて」

「そういうお婆ちゃんよね。はぁ、お婆ちゃんの煮物かぁ。私はあれで育ったからなぁ」

「あれ? 凛さんは禅城で暮らしていたんですか?」

「そう。疎開先でそのまま居座ったって感じね。小学校の6年間だけだったけど」

「へぇ~、珍しい。それで小学校がどこだったと。という事は八代台の出身ですか?」

「うん、そうよ。中学からは穂群原だけど。ちゃんとご飯を食べているかって、電話がしょっちゅう。お料理もお婆ちゃんに習ったのよ」

「そうだったんですか。あの……凛さんは中華料理って好きですか?」

「割と好きかな。ハマったのは時計塔に行ってからだけど。自炊しないとやりくりが大変だからね」

「なるほど。和食の食材は揃い難いのに中華は倫敦でも揃うそうですから。小・中時代に中華は作らなかったんですか?」

「お婆ちゃんに教わった範囲よ。それもチャーハンじゃなくて焼き飯ね」

「フフフ……。醤油と胡椒だけで。あれなら煮物の方が良いですよね」

「そうなのよ。オムライスとかハンバーグも作ってくれたけれど、玉子焼きや肉じゃがの方が美味しかったわ」

「仕方ないですよね、それは。そっか……八代台か……」

「うん?」

「あ、いえ……。ほとんどの並行世界で穂群原って高校だけなんですよ」

「はい? 高校だけ?」

「ええ。だから大抵の遠坂凛は八代台の小・中出身なんです」

「そうなんだ?」

「はい。それで私、あそこの中学の制服に、同じ中学生の頃憧れていた事がありまして。あのダーク・グリーンのブレザーにキャメルのベスト。可愛いですよね?」

「まぁ、そうかな。私は中学から穂群原だったし。こっちは逆にセーラーを着たくて受験した部分もあるのよ?」

「そうだったんですか?」

「ええ」

 

 八代台中学の制服か。穂群原の中等部は変形襟のセーラーだった。

 デザイン的には変形では無いが、後ろ襟の真ん中が小学部の襟や高等部のブラウスの袖口みたいに切れ込みが入っている。その点と、襟や袖口が身頃と色違いなところが見た目の印象を珍しくさせていた。

 要は小学部の冬服と同じく、冬服は襟と袖口が白で身頃が茶色なのだ。当然ラインはえんじ色。胸元には高等部や小学部と同じようなリボンタイ。

 夏服は小学部のような真っ白でなく、襟が茶色だった。そしてこの夏服の後ろ襟が太陽の熱を吸収して無性に暑いのだ。見た目は可愛いんだけどね。

 

「ただ、夏服は暑かったな」

「後ろ襟ですよね?」

「そうそう」

「それもあって八代台中学に憧れたんですよ。半袖ブラウスのほうが涼しいかなって」

「でも、夏服でもリボンを付けないと駄目だから、第一ボタンまで留めないと」

「そこですよね~」

 

 そこなのよね。結局隣の芝生は青く見えるってやつだ。当時の私はセーラーに憧れたものだけど、この歳になれば確かに八代台中学の制服も良かったなと思う。

 けど、小学部から同じ学校なら、他校の制服に憧れる気持ちがわからなくもないなぁ。ふと凜を見る。美遊達と同じ制服を着た自分か。ピンと来ないわね。

 

「時に凛さんは、拳法とか習っていました?」

「幼い頃に、禅城のお爺ちゃんからね」

「お父様からは?」

「え? 父も何かやっていたの?」

「私の父はやっていませんけれど、並行世界によっては第四次の監督役だった言峰璃正神父から、八極拳を学んでいるケースもあります。またその息子で第五次の監督役、言峰綺礼神父から同じ八極拳を学んでいる私達も居ますね」

「そうなんだ? 八極拳か。中国拳法よね? 全然違うのね。私がお爺ちゃんから学んだのは空手なのよ。それも2年程かな。お爺ちゃんは娘夫婦が亡くなった心労で倒れちゃってね。私が4年生に上がる頃に亡くなったのよ」

「そうでしたか……。型は今も?」

「一応ね。穂群原に入っても倫敦に行くまでは道場にも通っていたから」

「へぇ~。本当に珍しいパターンですね」

「そうなの?」

「はい。先程も話した、神父関連で八極拳を学ぶ遠坂凛のパターンが多いです」

「じゃ、あなたも?」

「私は神父さんでなく、魔導師の師匠からです。今も学んでいますよ。かれこれ十年になりますね」

「それなら相当強いんじゃないの?」

「どうでしょうね? ピアノとヴァイオリンをやっているので、手を痛めたくないですけど」

 

 ピアノとヴァイオリンと来たぞ、このお嬢様は。

 こんな山道をキビキビ歩くから、何かやっているとは思ったが、八極拳かぁ。世界の違いって大きいな。こんなのでも何か負けた気分だ。やがて最終ポイントも調査し終え、私達は山を降って行ったのだった。

 雑談を交わしながら夕方の街並みを歩く私達。今日一日話してわかったけれど、この子は結構人見知りがある。今は笑って話し掛けてくれるけど、朝の態度はそれもあったのかも。

 

 そして翌日も朝から彼女と霊脈調査を行った。

 

「すみませんね。二日も学校を休ませてしまって」

「ううん。本当は私が一人で行うべき事なのに、あれこれ手伝って貰って申し訳ないわ。それに何より、さすがは魔法使いかしら? 調整が上手だと思う。そこをそうするのかって感心させられる事ばかりよ」

 

 私と凜は昨日今日でかなり打ち解けていた。それに彼女の調整方法は見事の一言に尽きた。私一人だと数週間は掛かるだろう作業を、綿密なマップを元にピンポイントで行い、この二日で八割方終えていたのだ。

 残る二割は夜にしかできない場所なので、今夜と明日の夜に行うそうだ。当然私も行くと言うと、彼女に断られた。少しムッとしたので理由を聞いた。

 

「どうして? あなたのお手伝いは正直嬉しいわ。けれど、私はここのセカンド・オーナーなのよ?」

「誤解を恐れず言いますね? 夜の作業は街中と円蔵山を往復しなけりゃダメなんですよ。交通の途絶えた瞬間に道路に出て、アスファルト越しに繋ぎ替えて。そして即、円蔵山を迂回できているかを確認しないといけないんです。宝石剣で一時的に時間軸をずらして5~10秒以内に移動できないと確認できないんですよ」

「え~!」

 

 なんと、転移魔術に近いことをしないとダメらしい。魔術を夜に行使するのは秘匿や隠蔽もあるが、マナが満ちるのが夜だからだ。

 ところが、霊脈の活動は昼に活発になる。確かに緊急を要する今回のようなケースでは、彼女の方法でなければ無理なのだろう。警察でもないこちらが交通封鎖するわけにもいかないし……。

 

「本ッ当に申し訳ありません。凜さん、対価はきちんとお支払い致しますので」

 

 そうやって頭を下げると、彼女は笑っていた。

 

「対価は貸しにします」

 

 貸しって。こんな事を言う魔術師は記憶にない。いや、彼女は魔法使いだけれど。でも……。

 

「じゃ、必ず返して下さい。約束ですよ?」

 

 それで貸し一つを必ず返す事と約束させられ、指切りをさせられたのだった。なぜ? どうして? 

 けれど、遠い昔に桜とこんな事をしていたっけと、ほっこりしたのも事実だ。いつしか私はクスクス笑っていた。勿論彼女も。

 夕方、ルヴィアの家が見えようかというところで、スタイリッシュな自転車に乗った女の子から手を振られた。

 

「先輩!」

 

 先輩? 誰の事だ? 

 近付く自転車が灯りだした街灯の下に入ってわかった。褐色のエルヴァだった。

 後ろからヒーヒー言いながら別の自転車が着いて来ている。そちらは衛宮君だった。

 

「なになに? サイクリング?」

「違いますよ。明日から学園に通いますので、ショップに頼んであった自転車を昨日引き取りに行きましてね。それの調子をみていました」

「ああ、明日からなんだ。へぇ~」

 

 その自転車を見て驚く私。

 

「こんなので通うの? これ、こんなところにパイプがあって、どうやって乗るのよ?」

「後ろに脚を上げて跨がれば良いだけですよ」

「ちょっ!? 学園は制服よ? スカートで男子みたいに跨ぐの?」

「大丈夫ですよ。仮に見えても減るものでもなし」

「いや、エルヴァさん。その自転車は似合ってて格好良いと思うけど、見えてしまった男子の何かのポイントはガタ減りだぞ。そもそも何だあの速さは。着いて行けないぞ……」

「何のポイントですか……フフッ。やっと面白い事を言えるようになりましたね? 大成長、大躍進、大勝利です」

「何だよそれ……」

「衛宮さん。先輩は下にスパッツか短パンを穿くんですよ」

「ん? あ、こっちがカイさんか。下に穿くのはなるほどとは思うけど。それでもどうなのかなぁ」

「まぁ、良いではありませんか。血流を良くしないと、股間の聖剣が血栓とかになったら人生終わりですよ」

「何を言ってるのかわからないよ、エルヴァさん」

 

 意外と衛宮君とエルヴァは家族している。仲の良い姉弟みたいだ。

 

「士郎クン。微調整したいので手伝って貰えますか?」

「ああ、良いぞ。どうするのさ?」

「後輪を外してひっくり返します」

「へ? あ、これ、反対にもギアがあるな?」

「そう、そっちの銀色のギアに変えるので、支えて下さい」

「どういう意味があるんだ?」

「フフ……盗んだ人がこれで学園坂を下れば死にますね」

「え?」

「冗談です。固定にするからですよ」

「固定って?」

「ペダルを後ろに漕げば後ろに走ります。要はフリーハブというカチカチ言う部分が失くなるのですね」

「ん? 競輪みたいな?」

「そうです」

「あ~。よく見れば、これって変速機が無いぞ?」

「そうですよ。だから固定にするのです。そうしないと学園坂が厳しいですよ」

「ちょっとわからないけど、その固定ってのにすれば登れるのか?」

「そうです。そういう自転車なのです」

 

 ふ~ん。自転車ねぇ。全然興味ないからサッパリだわ。と、隣を見れば凜がじっと見ている。

 

「自転車に興味があるの?」

「あるというか。先輩は先輩なんですね……」

 

 それは凜にとってあまりにも馴染み深い自転車だった。白いエルヴァと同じ車種だ。ただ、色や細々したパーツが違う。

 憧れの先輩は自分の手で、メタリックなショッキングピンクに塗り替えていた。

 陽光が反射してキラキラ光る自転車が校門を潜る姿を何度も観ている。『凜』と風鈴のような涼やかな声で挨拶してくれる。そんな姿が観られる期間も1年を切ってしまった。

 

 一方こちらは、真っ黒に赤いロゴのフレーム。

 黒いスギノのクランクに嵌まる46Tのチェーンリングを留めるピンはメタリックレッド。クリスキングのヘッドパーツもメタリックレッドだ。その上の短くカットされたライザーバーはビームのXOB 75ミリ。

 ハンドルにはメタリックレッドのやたら小さなブレーキレバーが付いている。ブレーキのアウターチューブまでが赤だった。

 メーカー名など知らない凜だが、褐色の先輩は遊び心があると思えた。きっとアーチャーのカードから身体を得たから、彼の礼装にちなんだのだろう。

 何より凜自身、赤が一番好きな色だ。父の色であり、師匠の色であり、並行世界の私と係る英霊の色だ。しかし、照れくさいのでアーチャーを喚ぶならヘラクレスかロビンフッドと公言している。

 調べ物があったのでバーサーカー戦に立ち会わなかったが、先輩の礼装姿は見ておきたかった。きっとクロちゃんみたいに可愛いのだろう。白い方の先輩なら写真を撮っていないだろうか。或いはウチが貸しているルビーが盗撮していないだろうか。今回は許すから画像を回してくれと願う凜だった。

 

 凛は思った。

 明日から学園が騒がしくなるだろうなと。こうして見ると、本当に美人だ。しかも愛嬌がある。

 出会いは最悪だし、何度も煮え湯を飲まされ、泣かされた。それでも横の凜が憧れる気持ちはわかる。幼馴染みと聞いているが、彼女はかなりの信奉者だろう。見ていてわかるが、視線が熱い。恋? に近い感情なのかも。

 けれど彼女にはオリジナルのエルヴァが居る。となるとこれは何だろうか? 

 ああ、わかった。褐色のエルヴァは元がオリジナルの一部だった。惜しんでいるんだ。そう、惜しむには愛しむという意味もある。愛惜ってやつだ。

 

「ねぇ? あなたにとっての彼女は何?」

 

 凜は首を少し捻った後、こう言った。

 

「バースデーケーキの上に飾られた……チョコレートのメッセージ・プレートですね」

 

 言いたい事はわかる。つまりオリジナルはケーキそのもの。

 そりゃ、おめでとうのプレートが無ければ画竜点睛を欠く事甚だしいだろう。

 

「けど、あっちのエルヴァが言うにはそこまで重要なポジション? では無かったとか」

「ええ。もう欠けた分が再生済みらしいです。並列思考はわからなくも無いですが、先輩の分割思考は謎です」

「ね? 彼女を見たせいか、それぞれに人格があるみたいに錯覚しちゃうわ」

「メガネといった小道具やハンカチに塗布したコロンなんかを切っ掛けに、人格でなく性格を調整する方法がありますけれど。以前先輩は心の中の引き出しを開け締めする事で似たような事をしていると話されていましたね」

「それはそれでわからなくも無いけど。分割思考と関係あるのかしら?」

「あるような無いような。とにかく普通の人ではありませんから」

「確かにそう思う。他にも何かある?」

「エピソード? 思考方法は……イマイチわかりません。そうだ、凛さんは時計塔の現役学生ですよね?」

「ええ」

「なら驚きますよ」

「何が?」

「実は、先輩はあの歳で、時計塔とプラハの理事を兼任されているんですよ」

「え!」

「そうです。三協会の一つ、それの東西の理事を兼任ですよ。つまりルヴィアのお父さんと同じなんです。しかも先輩の方が序列は上なんですよ。本当なら学生が気軽に声を掛けられる人じゃないんですね。最低でもアーチボルトのライネスさんや、アニムスフィアのオルガマリーさんクラスでないと」

「最低でもロードの子弟……」

「だって、あの降霊科に五十年も居座っているルフレウス・ヌァザレ・ユリフィス氏が頭を下げる相手ですよ? しかも、時計塔やプラハにとっては大口のファースト・オーナーです」

 

 幻のファースト・オーナー……。

 一体、年間に幾ら納めているのだろう。想像も付かない。そうだ。それにこれは地位だけの話ではない。

 英霊を何人も従えているのだ。しかも数人は家族だと言うし。こんなロードは誰も居ないのだ。

 

「実力も備わってこそなのね」

「そうです。ですから楽しみなんですよ」

「楽しみ?」

「今後、ここでもう一人の先輩は何をするんだろうって」

 

 なるほど。楽しむか……。そういう付き合い方が彼女に対してはベターなんだろうな。

 この時の私は、エルヴァが生涯の友人になるとは露程も考えていなかった。

 

「凛さん。笑い話を教えましょう」

「笑い話?」

「ええ。魔法の定義はご存知でしょう?」

「ああ……その時代の文明の力では、いかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能なもの、よね?」

「そうです。それで先輩は第七魔法を作っちゃったんですよ」

「第七魔法?!」

「はい。死滅した毛根を再生する薬ですよ。もう枯れて生えて来る事がないとされる毛が生えて来るんです」

「それって単なる毛生え薬……いや、禿げたお爺ちゃんでも生えるって事?」

「そうです。局部的な復活というか死からの再生なんですよ。それに変な副作用もありません」

「いまいち、ピンと来ないけど……」

「来ないでしょう? けれど、人類史でここまで完璧な毛生え薬って今まで無かったんですよ」

「それ、大儲けできるんじゃ?」

「できるでしょうね。けれど一部魔術を使っているので、一般に発表できないんです」

「他の魔術で代用方法は無いの?」

「ありますよ。ホムンクルス技術の転用で頭皮だけを鋳造して移植すれば頭の毛は生えます」

「なら魔法じゃ無いじゃない」

「そう。言葉遊びなんですよ。けれどこの薬があれば踵みたいな角質からでも生えて来るんですね」

「角質からも? 強力なのね」

「そうです。と同時に、これを枯れさせる、即ち毛根を死滅させる薬も作ってらっしゃるんです」

「それも副作用無し?」

「無しです。完全な永久脱毛ができますよ。私も使っていて、ムダ毛処理から開放されました」

「良いわねぇ。それはそれでお金になりそうだし。あれ? 変な疑問だけれど、脱毛薬の後に毛生え薬って使えるの?」

「矛盾していますが使えますし、生えてきます。そして脱毛薬を使えばまた毛根が死滅します」

「それって可怪しいじゃない?」

「だから魔法なんですよ。本当に局所的ですが、生と死を何度でも繰り返せるんですから」

「その意味で魔法なのか。魔法に近い何かって感じだけど。そもそも発表も何もしていなければ意味ないじゃない」

「ですが親しい魔術師には先輩が自ら塗布してあげています。そして全員がその効果を魔法だと言うんですよ」

「ああ、そういう事か。笑い話というより狐に摘まれたような不思議な話だわ。それはそれで画期的だものね」

「そしてこれこそ言葉遊びですが、人類の約半数のある年齢帯は第八魔法が使えるそうです」

「な、何? 今何て言った? 人類の約半数、それのある年齢帯って?」

「そうです。別名、甘いものは別腹っていうんですけどね」

「プ~ッ、何それ。可笑しいわよ」

「フフ……第七魔法は第八魔法の枕ですよ。その薬は本当にありますけれど」

「なるほどねぇ」

「ですがこういう遊びに近い発想の転換。これが無ければ宝石剣は使えませんよ」

「あ、そういう事か……。ヒント、ありがとう」

「ヒントになるかどうかはその人次第ですよ。そしてここに残る先輩が凛さんとルヴィアさんのために書き上げる論文を何度も読み返して下さい」

 

 そうだ。特許を取っていると話していた。一般的な特許も考えられるが、まずは魔術関連だろう。

 

「協会の特許かしら? そこに第二魔法のヒントが?」

「も、多少はあるかも知れませんが、刻印や属性に関してです。きっとその発想の転換に驚かされると思いますよ?」

 

 確かに。修復師とも聞いていた。

 けれど、属性って何? 尋ねてみても彼女は詳しい事を話してくれなかった。

 

 

 部屋に戻り少し休憩していると、食事の用意が整ったと白いエルヴァが声を掛けてくれた。

 今日もあなたなのと聞けば、助手として手伝っただけだという。食堂前では褐色のエルヴァとパッタリ会った。自転車の整備だか調整は終わったらしい。食堂に入るとルヴィアと凜が談笑している。セイバー達も談笑していた。

 

「どうしたの? 随分楽しそうね?」

「ええ、楽しみにしていますのよ」

「は?」

「今晩の食事は、アーチャーさんが和食をお作りになったそうですわ」

「待って。英霊でしょう、あの人は? 和食って。エルヴァにでも習っていたの?」

 

 英霊って過去の英雄だろう? そんな人が和食って何だ? そもそも日本人じゃ無いだろうに。いや和食はこの際いい。それより英霊は戦場で若くして華々しく散った人だろうに。それなのに料理ができるって? 仮にできたとしても、戦場の簡易な野外料理程度では無いのか? 

 ところが、テーブルに並ぶメニューは季節モノで、今が旬の鯵尽くしだった。アーチャーが説明を始めた。

 

 メニューは──

 

 豆アジの南蛮漬け。南蛮漬け? 衣が無いのに? しかも鷹の爪が浮かんだたっぷりの酢に浸かっている。

 真鯵の干物とみょうがのシソ和え。なるほど。干物を一口大に裂いて、それをみょうがとシソで和えるのか。

 真鯵のタタキ。小皿にポン酢ともみじおろしが添えられている。カツオのたたきの鯵版だ。

 小アジのざく。これは切り身を横でなく縦に切ってあるようだ。初めて見る。

 鯵のなめろう。お酒好きな人に合いそうだわ。

 丸鯵の梅しそ巻き。これは美味しそうだ。焼いてあるみたいだけど、揚げてもイケそう。

 骨せんべい。なるほど。だから梅しそを揚げなかったと。これもお酒の肴ではないだろうか? 

 プチヴェールとホワイトブナシメジの味噌汁。珍しい野菜だ。どこで売っているんだろう? 

 お新香。ラディッシュの何漬けだろう? あ、そうだ。三五八漬けだ。それとキャベツやきゅうりににんじんといった、お漬物のサンドイッチ。これも珍しい。

 どれも美味しそうだが、豆アジの南蛮漬けと小アジのざくが謎だった。

 

「この酢の物は何? それとこのソースが掛かったの」

「酢の物は南蛮漬けだ。衣を付けずに素揚げするタイプだよ。今朝から南蛮酢に漬けてあるので頭から食べられる。長ネギと漬けてあるのでくさみも無いはずだ。添えてある鷹の爪は風味付けだ。食べなくて良いからな。小アジのざくも珍しいと思うので説明しよう。ざくとは刺し身にできない小さな鯵の身を適度な大きさに切り、しょうが汁を掛けオニオンスライスとネギを添えたものだ。今回はタタキの方をポン酢にしたので、軽くソテーしてヴルーテソースをアレンジして使ってみた。なめろうはつみれバーグの上に乗せたかったが、ルヴィアが和食にハマったと聞いたので、敢えてオーソドックスに出してみた。ご飯に乗せるも良し、だし茶漬けにするも良しだ。存分に味わってくれたまえ」

 

 なにもんだコイツ? 生前は東西新聞社にでも務めていたのかしら? しかし、箸を付けると悔しい事に、どれもこれもが本当に美味しい。

 

「ざくですか。ポワレではありませんのね?」

「ルヴィア、コースと違って全部テーブルに並んでいるのは、このざくが口直しにもなるからですよ。どれも少しずつご飯やお味噌汁を挟んで交互に食べてみて下さい。ここまで一つの魚に拘る事は滅多にありませんが、ざく以外はどれも日本の家庭料理の味です」

 

 ルヴィアに褐色のエルヴァが説明する。そうか、三角食べを意識して貰おうと。おかずを全部食べてしまって、余ったご飯にふりかけは無いものね。

 そういやコイツ、学食の日はアジフライ定食ばかりなのよ。魚料理が好きだというのは本当だろう。今もとても美味しそうに食べている。

 ルヴィアがこんなに魚好きだったとは。倫敦では全然気付かなかったわ。

 

「刺し身でなくタタキにしたのは、先日の私の向付けへの対抗とルヴィアを思ってですね?」

「まぁな。生食慣れしない人へ刺し身はどうかなと。魚のローストビーフと考えて貰えれば」

「けれど丸々洋食での味付けで行くのは嫌だから、葛藤してざくですか?」

「ああ、連邦に対して孤軍奮闘さ」

「上手い!」

「久々に君から美味いと褒められたな?」

「あ! 嵌められた~。海に棄てるぞ!」

「武器を棄てねば平和は来ないという皮肉かね?」

「それは穿ち過ぎです。お兄ちゃんも大概観てますね?」

「義姉に付き合わされてな。ククルス・ド○ンだったか?」

「正解です。けれどお兄ちゃん、剣で人助けって。脅すか臭いものを斬り捨てる以外思い浮かびません」

「だな。それでロープやとび口、車両脱出具などの救出道具を投影できるようにしたのさ」

「その行き着いた先が、シ○ノの電動リールだと?」

「そうだ」

「買えよ」

「悪いな貧乏で」

 

 この義兄は記録を穿り返すとかなり面白い。

 参戦履歴も凄まじく、その中に繰り返される四日間という訳のわからない聖杯戦争の記録があった。そこでこの兄は電動リールを投影したのだ。

 しかも兄は、セイバー派では無い。説得しきれなかったからだと言うが、本命は別人だ。なんと、聖杯戦争時代が遠坂凛で、時計塔時代はルヴィアと付き合っていたのだ。

 ともに身体の関係あり。特にルヴィアとは純愛であった。後に彼女がシェロ・エーデルフェルトという男の子を産んだのは間違いないと私は睨んでいる。

 何故なら兄の陰茎には宝石剣の解析結果と詳しい設計図が、エーテルで彫られてあるからだ。座まで持って行けたのは、刺青などと違って、ほぼ魔術刻印と同じだから。

 これを黙ってやろうと思えば、宝石を膣に押し込んで子宮に溶かし込み、快楽を与えつつ膣側から彫る以外に方法が思い浮かばない。

 という事は、そのルヴィアは兄が真っ当に生きられず、英霊になってしまうと予測していたのだろう。半分は兄にとっての凛だったのかも知れないが。

 わかるかな? 兄が何故宝石剣を投影できるか、その真実がこれなのだ。その証拠に、4番目のアーチャーは宝石剣を投影できないのだ。良かったね、セイバー。誠実な人で。

 何れにせよ、ルヴィアに手を出した事が凛にバレて、兄はテムズ川に突き落とされたのだという。そして居場所が無くなり、倫敦から出て行ったのだ。100人中の何人がそういう事をしたのかは知らないが、本当に困った兄である。

 これが生前の思い出なら、まだ可愛げがあるとこちらも庇えるのだが、あのバカは英霊になっても何人かの凛に手を出していた。

 中には青春時代をともに駆け抜けたアーチャーが忘れられず、時計塔から日本に帰った彼女が再召喚した記録まであった。そしてその凛と二十年近く夫婦同然に暮らしていたのだ。

 兄が他のアーチャーとどこか違うのは、あの凛のお陰かも知れない。そして兄はその凛とエルメロイⅡ先生を手伝い、大聖杯の解体までやってのけていたのだ。誰の許可を得たんだ? 勝手に壊すな! 

 義姉である巫女のイリヤも、本来の義姉であるイリヤと妹分の桜を冬木に残し、下半身の欲望のままに生きたであろう義弟をどうしようもないなと諦めている。そりゃ、己の生前に悔いは無いだろう。

 

「それで、お向かいの反応は?」

「ああ、なめろうはあの家で出ないらしくてな。随分と喜んで貰えたよ」

「さすがに骨せんべいは持って行かずですか?」

「言ってみれば廃品の再利用だからな。南蛮漬けとなめろうと豆アジの味醂干しを数枚だけさ。一緒に呑まないかと誘われたが遠慮した」

「こちらの準備もありますしね。今度誘われたら、呑んで来て下さって構いませんよ?」

「ああ、そうだな」

「けれど、味醂干しはいつ干されたのですか?」

「一昨日前に液に漬けて、オーギュストに頼んで乾燥している部屋を教えて貰ってな。そこで干していたのだよ」

「マメですねぇ」

「豆アジだけにな」

 

 凛は耳に届く白いエルヴァとアーチャーの会話がわからなかった。

 

「あ、そうだ」

「はい?」

「いや、君じゃない。あちらのエルだ。クロエル?」

 

 変な呼び方をされた褐色のエルヴァが返答する。

 

「クロニクル?」

「あぁ、なるほど。アダ名は秋刀魚(サンマ)のワタ抜きで良いですよね?」

「私の聞き違いをダシに、何から何を連想してどこに行き着きましたか?」

「サンマはワタがあるから美味いのだぞ?」

 

 食い物に関してのみ人間性を取り戻せる元守護者。抑止の輪から茶碗と箸だけは忘れずに持って来た。

 睨むな。そこにナレーターは居ない。

 

「どこを睨んで……? で、お兄ちゃん、何でしょう?」

「あ……ああ、あちらのジイサンからだが、明日の朝、登校前に寄って欲しいそうだ」

「登校前?」

 

 首を捻る。

 

「意外ですね? この手の事は鈍い?」

「え? どういう意味です?」

「娘の制服姿を見ておきたいのでしょう?」

「あ、そういう意味ですか」

「そういう事だな。それと二人には明日の夜には話せるだろうと伝言だ」

「わかりました」

「了解しました。それで、明日視覚と聴覚を共有させて貰えませんか?」

「どうしてですか?」

「放課後の部活ですよ。美綴部長を潰すのでしょう?」

「潰すって……」

「君は弓道部に?」

「ええ、夕方に士郎クンから誘われまして」

「そうか……上手くやれよ」

「はい」

 

 これは人間の範囲で収めろといういう意味だ。

 

「この骨はカレーの風味がよろしいですわね?」

「香ばしくパリパリして、結構イケるでしょう?」

「ええ、こういうところまで食べた憶えがありません。面白いものですわ」

「骨せんべいは焼いても作れます。塩コショウにハーブを利かせても美味しいですよ」

「なるほど」

「周りの身は団子にすればお国の料理に近付くと思います。ディルやリンゴンベリーと組み合わせても良いかと」

「それですわ。アジフライにリンゴンベリーソースが欲しいですわね」

 

 フィンランドでは肉でもフライでも、ベリーソースを掛ける人が多い。

 

「アジフライ? どこで食べたんですか?」

「学園の食堂ですの」

「ああ、定食ですか。ニシンやサーモンに慣れた舌ですと、クセのない鯵はフライのほうが美味しく感じるのかも知れませんね?」

「そうかも知れませんわね。ですがこのビネガー漬けは中々ですわよ」

「フフ。鯵でなく鱸が手に入ればカラクッコを作っても面白いでしょうね」

「あなたはカラクッコを?」

「ええ、カーリカーリュレートやリハプッラを一緒に作ったり、あちらのお鍋でお米を炊いたり。彼女もお米が好きなもので」

「ああ、そちらの私が……」

 

 ルヴィアはすっかり凜に気を許していた。

 耳を澄ませば、フィンランドではお米が普通に売られているそうだ。しかも昔からお米は料理のかさ増しみたいに使われていたとか。初耳だった。

 アジアン・スーパーもあり、10キロで20数ユーロ程度だという。銘柄は期待できないが、ざっと3千円弱だから安いだろう。

 そして凜の親友のルヴィアも現在日本に留学中で、学園卒業後、一緒に倫敦へ行くそうだ。そこでサラッと現代魔術科と鉱石科の講師として招聘されているのだと聞こえた。あちらのルヴィアは現代魔術科の特待生であり鉱石科では研究員扱いになるとか。

 魔法に王手を掛けているとも話している。凄いを通り越して凄まじい。そして……悔しくて羨ましい。

 

 更に驚くべき事が聞こえた。凜が言葉を濁していた内容なのだろうか? 

 エルヴァと双子の姉のイリヤスフィールとが時計塔に連名で提出した論文。そのタイトルは『魔術刻印の複製と拒絶の少ない移植』だった。何だそれ?! 

 複製が可能なら助かる家は後を絶たないだろう。信じられない論文だ。そして、あちらのイリヤスフィールが単独で出した論文のタイトルが『拒絶反応を抑える処方箋』。刻印で泣かされる魔術師は本当に多いのだ。かく言う私もそうだからわかる。これがどれほど画期的か……。

 これはある意味爆弾だろう。派閥間の争いを収束させるに足る……。

 

 そして凜は左袖を捲った。おもむろに魔力を通し始める。

 肘までびっしりと刻印が浮かび上がった。私と同じ? いや……更に深く細やかで……似ているが何かが違う。

 そうだ。彼女は両親が揃っていて元気だと話していた。つまり……彼女の父も刻印を持っていて、彼女のこれは複製された改良品!? 

 となればそれは……先代も引退せず、同じ研究に打ち込めるって事だ。刻印を使った実験や検証をお互いにできるし、考察を重ねられる。それがどれだけ素晴らしいかは、魔道の家に産まれないとわからないだろう。

 トドメはエルヴァが単独で書いたという論文だった。そのタイトルは『魔術回路のエミュレートによる属性変化』。

 なんと魔術回路の独特な使い方で、自分に無い属性が扱えるようになるというのだ。

 更に更に変なのは、自分が持っている属性と同じ属性を、この方法でエミュレートすると魔力消費は1.1~1.2倍で、効果は2倍以上を見込めるらしい。

 現代魔術科では、今これがトレンドで研究する者は後を絶たないという。あちらのエルヴァとイリヤはこの論文を中学時代に書き上げ、時計塔の卒業資格を得ているのだそうだ。何だそれ!? 

 

 凜は続ける。

 先輩(エルヴァ)と会長(イリヤ。二期連続で1年の時から生徒会長だとか)の二人は本物の天才だと。

 彼女達と友人となり導かれて来たから今の自分があると。最初は美味しいと思った料理も、途中から味がしなくなった。

 

 

 予備の椅子を出して、なんとか全員が座れた。妻に息子、四人の娘、二人の家政婦。自分を入れると九人だ。

 

「イリヤ、クロエ? 部屋は狭くないかい?」

「い、いやぁ~」

 

 お客様の前で何を聞くんだという顔をするイリヤ。

 

「イリヤ、違うわよ。彼女達が帰った後の事をパパは聞いてるの。そして、パパはお姉ちゃんにもこっちに居て欲しいんだよ」

 

 切嗣の考えはクロエの言う通りだった。

 

「そうね。確かに家は狭いわね。ならこうしましょう」

 

 ホワイトボードにスラスラと何かを描くアイリ。

 どどんと表を向けると。

 

 セラとリーゼリットは変わらず、イリヤの部屋にイリヤとクロエ。両親の部屋にアイリとエルヴァ。士郎の部屋に士郎と切嗣の名前が書かれていた。

 

「親父と一緒!?」

「それはそうよ。シロウを信用してない訳じゃ無いけど、エルヴァちゃんを迎えるならシロウの監視は必要だわ」

「そんなに信用されてないのか、俺……」

 

 士郎の滂沱の涙を見て、こんなシーンがあったよねと囁きあうイリヤとクロ。

 それを見て、どこの息子も苦労しているんだなと思う切嗣。

 

「ひどいよ、ママ。お兄ちゃんはお姉ちゃんに、絶対に変な事をしないよ。仲もとっても良いんだから」

「夕方も自転車を二人で直してたよね?」

「あれは直してたんじゃなくて、車輪をひっくり返していただけだよ」

 

 ひっくり返す理由を話す士郎。

 

「エルヴァ君は一味違うねぇ。それとイリヤ。僕と士郎が同じ部屋というのはママの暴走だよ」

「ママの暴走?」

「パパ、どういう事?」

「うん。僕の気持ちを話すね?」

「うん」

「僕としては家族が増えて本当に嬉しいんだ。エルヴァ君にクロエ。娘が二人も増えたんだから」

 

 感慨深く言葉を繋ぐ。

 

「けれどエルヴァ君は士郎と同じ高校生だろう? そして数年後を考えてご覧。イリヤもクロエも中学生、高校生になった自分を」

 

 首を捻るイリヤとクロエ。けれどヒントは目の前に居たと気付いた。そうだ、並行世界の自分達はそれぞれの部屋を持っているんだ。そしてお兄ちゃんもお姉ちゃんも大学生になれば、寮とかアパートに入るのかも知れない。

 並行世界の私達が何か言おうとしたけれど、私達が察したのに気付いて黙っていてくれた。目でお礼をいう。

 

「1年経ったらお姉ちゃんが、2年経ったらお兄ちゃんが出ていくかも知れないから?」

「そうだね。それもあるけど。それぞれが進路に応じて変わって行くだろう? その時々に合わせて、マンションを買っても良いし、新しく土地を買って、もう一つの衛宮家を士郎のために建てても良い。けれど父さんとママはこの家を手放したくないし、建て替えたくもないんだ。だって、皆んなが巣立った後も子供時代を過ごした家がある方が嬉しいだろう? イリヤ、クロエ。エルヴァ君がただいまって赤ちゃんを抱いて帰って来たり、士郎が奥さんになってくれる人を連れて来てくれたりすると嬉しいじゃないか。セラもリーゼリットもそうさ。父さんとママはそれが楽しみで楽しみで仕方ないんだよ」

 

 皆んながウンウンとうなずいている。そっか、そうだったんだ。

 お姉ちゃんが赤ちゃんを抱いてってところでクロお姉ちゃんが目を見開き、お兄ちゃんが結婚相手を連れて来るってところで私がギョッとしたけれど。

 でも、前みたいな絶対に嫌って気持ちは無い。皆んなが皆んな、幸せになって笑いあえる方が絶対に良い事だから。

 

「お兄ちゃんが一人暮らしを始めたら、あの部屋を借りても良い?」

「ああ、クロエに使って貰えるなら嬉しいな」

 

 何ですと! 

 

「あの子もクロだね」

「このタイミングで言うんだから、私より賢いよ」

「だね。あっちの私に出て行けじゃ……」

「ライバルに塩を贈るようなものよ」

「だね」

「けど、それも正解じゃない気がする」

「うん、私もそう思う。ここのクロはお姉ちゃん子っぽいし」

「ああ、それだわ。部屋を確保して、たまに帰るお姉ちゃんと眠ると」

「そうそう、それだ」

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