プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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02、ライダー

 コールはきっかり3回。

 

『エーデルフェルトでございます』

「遠坂凛です。ルヴィアゼリッタ様はおいでですか?」

『はい。少々お待ちを』

 

 オーギュストさんだろう。渋いテノール寄りのバリトンの声が応対してくれる。

 

『お待たせしました。ルヴィアゼリッタですわ』

「ルヴィア……。やられたわ。昨夜ルビーを取り返しに行った先で反撃にあって昏倒させられた。しかもルビーをそこに忘れたのか奪われたのか……」

『ミス・トオサカ! 何をやっていますの!』

 

 音声が割れる。鈴を転がすようなキレイな声でも割れると酷いなと思いつつ、怒鳴られるのも当然だと諦めた。

 

「痛恨のミスよ。公園のベンチに放置され、慌てて家に帰れば侵入した痕跡を一切残さず、通帳からお金を引き出されていたのよ。『諸々は慰謝料として頂戴しておく。君の任務の邪魔はしない。だが一般人を巻き込むな。もし禁を破れば君の安全は保証しない』とのメッセージと銃の弾を残して」

『トオサカの結界を痕跡も残さず……? 銀行へは?』

「ちゃんと通帳と印鑑を持っていて暗証番号や私の誕生日その他を正確に答え、なおかつ委任状まで持っていたらしいの。委任状は偽物だろうけど」

『アナタほどの者が……。つまり相手はそれだけの手練。大物という事ですわね?』

「たぶんね。問題はそんなのが、どうやら一般人としてこの冬木に居座っているって事なのよ」

『深く魔道を知る一般人。それもそこいらの魔術使いでなく、かなりの腕前を持った。魔術の痕跡が無ければそういう解釈になりますわよ? 一体どこの家にルビーを?』

「記憶違いじゃなければ、結界も何もないごく一般の住宅だったわ。それだけにね……」

『記憶を弄られていますわね。どこかの魔術部隊に属していたエキスパート? 息の掛かった政府関係者や協会側であればともかく、教会側となると厄介ですわね。何よりそれ以外の──腕利きの賞金稼ぎやフリーランスのハンターの自宅だったとなると笑えませんわよ?』

 

 そうなのだ。セーフハウスならまだしも、自宅だったらこちらが消されるのが常なのだ。

 それが公園で放置された。僥倖も僥倖。相手の甘さと言うより、見逃された感が大きい。

 

「そう、そこに思い至って。これはもう意地を張る段階を越えているわ」

『賢明ですわ。その弾や手紙、その他証拠になりそうな物を持ってこちらにいらっしゃい。その上で対策を練りましょう。何よりその弾には意味があるはずですわ』

「わかった。今から出るわ。ありがとう、ルヴィア」

『いいえ』

 

 そうして私は顔の絆創膏を貼り替えて、ルヴィアが滞在しているホテルに向かったのだった。

 

 

 晩ごはんを食べた後、お姉ちゃんは1枚のカードを渡してくれた。渡したといっても、お姉ちゃんには体がないから机の上に置いてあっただけだけど。

 けれどこの不思議なカードがどこからかやって来た事で、冬木は今とても危ない状態なんだとお姉ちゃんは話していた。それを回収するはずの二人が大ゲンカをして、愛想が尽きたルビーが私のところに来たのだ。

 カードを集める事はルビーからも聞いていた。なんとか頑張ってカードを回収しないと。そして……。

 

「どこまで歩くの~?」

 〈後少しですよ〉

 

 私は深夜、皆んなが寝静まった後、テクテクと山に向かって歩いていた。

 

「疲れたよ~」

 〈では、ちょっと身体を借りますね? 〉

「え?」

 

 私の中のお姉ちゃんが、私の体を使って、地面に置いたカードに手を当てた。

 

 〈夢幻召喚(インストール)! 〉

 

 そんな掛け声で手の下のカードが、青いような赤いような光を放った。そしてカードの周りに、アニメかマンガみたいな模様が地面いっぱいに広がった。

 もあっとした煙のようなものが消えたと思ったら、目の前に人が立っていた。

 黒いブラジャーに黒いパンツ。横から見ればスパッツにも見えるけど、お腹はまる出し。赤い変わったデザインのジャケットを羽織り、腰には赤い布。足には黒いブーツ。

 お姉ちゃんだとわかったけれど、ヘンな格好だった。人の事は言えないけど。お腹が冷えるよ? 

 

「恥ずかしくないの?」

「言わないで下さい。お互い様でしょう?」

「そうだね」

「とは言え、これですとお腹が冷えますね」

 

 スッとお腹の部分を一撫ですると、ブラジャーとパンツが繋がった!? 

 髪のあれはかんざしなのかなぁ? それ、お箸じゃないの? 

 

「菜箸か編み棒みたいですよね?」

 

 棒を抜いて見せてくれた。

 お姉ちゃんは髪型が気に入らなかったのか、自分で編み直していた。後ろが七つ編み? 上手だなぁ。

 

「髪を編むの、上手だね?」

「フフ……。女の子の魔術師って、髪にも魔力が蓄積されますからね。なので毛先を整える以外は、滅多な事で切れなかったのです。ですので、子供の頃から髪型をアレンジするのが好きでした」

「へぇ~。今度、私のもやってよ」

「良いですよ」

 

 そしてお姉ちゃんは、その棒を編み目の部分に交差させて刺していた。

 

『これは……このカードってこう使うものなのですか?』

「そうです。ちょうどアーチャーのカードでしたからイケるかなと、今朝から試していたのです」

「お姉ちゃん、どうして私から出られたの? 夢で見たクロエって子にソックリだよ?」

「それは姉妹ですから、当然似ますよ。カードは英霊の座に繋がっていて、そこから英霊の能力やスキル等々を術者に降ろす降霊術を簡易的に行えるアイテムなのですね。精神体で実体のない私が使うには持って来いでしょう?」

『なるほど~。そういうカードだったんですか~。それで、その英霊は誰ですか?』

「己が理想に殉じた人が、死後英霊として祀り上げられた存在ですね。正義の味方になりたかった人ですよ」

『変わった英霊ですねぇ~。そちらのお兄さん? あ、弟さんみたいな人ですね?』

「そうですね。では時間も押していますので。ほいっと」

「きゃ」

 

 そうしてお姉ちゃんは私をお姫様抱っこして走った。

 

「早い~早い~」

 

 本当に早かった。風が顔にピューピュー当たって気持ちよかった。お姉ちゃんは鉄製の高い門を、私を抱えたまま飛び越えた。

 

「着きました。ここですね」

『はい。間違いありません』

「あれ? 裏から入ったからわからなかったけど、ここって学園の高等部のグラウンド?」

「そのようですね。ではルビー。反転する前に索敵開始」

『いきなりは入らないんですね? ご安心下さい。中は通常の鏡面界。カードの気配は1枚だけです』

「お前はつまらない奴ですね。『大丈夫や、カードの気配は一つだけやでぇ。いっちょブチかましたり、イリヤ』くらい言えませんと」

『何ですか、それ?』

「お姉ちゃん、あれが好きだったんだ?」

「末の妹と毎週欠かさず見ていました。DVDやCDも全部持っていますよ。私は鏡ちゃんとお祖父様の回が特に好きです」

「マニアだ! あのアニメ、よかったよね!」

「何を言って。カードを回収するってまんま1期でしょうに」

「あ~」

「こちらは残り数枚。あんな50枚以上も集めなくて良いのですから、萎縮しないでササッと終えましょう」

「簡単に言うなぁ」

「では真ん中まで行きましょうか」

「何にもないよ? 夜のグラウンドってヘンな感じ」

「変でも気を抜いたらダメですよ。ミンキー○モみたいに死ぬ事もあります。しかも生まれ変わった世界の両親は後天性免疫不全症ですし。なお、彼女は世紀末にも転生した記録があります」

「気をつけろはわかったけど、他が何を言ってるのかわからない!」

「では、ステッキに向かってピピルマピピルマプリリンパと」

「そんなの言わなきゃダメなの?」

『何ですと! ルビーちゃんには無意味ですが、こういうのが欲しかったのは事実。くぅ~。エルヴァさんは魔法少女力が無意味に高い……。あれ? エルヴァさん? 9番目の妹さんってイリヤさんの異世界同位体ですよね?』

「そうですよ」

『なら、その世界の私をそちらのイリヤさんが握れば座標を割り出せます』

「なるほど。こんなちっぽけな意識は消えても知れた損失ですが、お前の気持ちは嬉しく思います。それに今ならあの子もルビーを文字通り相棒にしています。気が向いた時で結構ですから呼び掛けてみて下さい。とにかく今はリソースをこの子を護る事に振って下さい。では、おチビちゃんは転身して下さい。ルビーは侵入経路を」

「うん」

『はい。半径2メートルで反射路形成。境界回廊一部反転!』

「これって?」

『アリスの鏡の国みたいな?』

「ラフノールの鏡ですね」

『何ですかそれ?』

「西暦の時代から旧連邦、帝国、新連邦を生き抜いた英雄の物語ですよ。その彼が作る多次元空間結晶構造の鏡です。この中に入る事で宇宙船や転移ゲートとなり、最高の術者である彼は二千光年の距離を僅か1時間で飛ぶそうですよ」

『ちょっと、どんな礼装ですか!? 造物主もビックリですよ!』

 

 そんな事を話していたら真っ暗なグラウンドに、突然クモみたいに地面をカサコソ這う髪の長い女の人が現れた。

 

「髪の毛。汚れちゃうよ?」

「ね? 犬のうんこがあったらどうするのでしょう?」

「イヤだぁ~」

 

 なんて言うんだろう。肌も服も何もかもが真っ黒。影絵? あれがカタチを持ったみたいな変な感じだった。怖いとか恐ろしいとか思う前に、生きているのかなと思ってしまった。それにちょっとクサそうだ。

 

「来た。おチビちゃんはここでルビーと観戦! 次は自分が戦うのだと考えながら観なさい!」

 

 そこからはすさまじかった。

 その真っ黒で髪の長い女の人は、テレビで見たエサを奪い合う猛獣みたいに、気味が悪いくらいのおかしな早さで迫って来た。

 300メートルはあったと思う距離がどんどん縮まってくる。私はギュッとルビーを握りつつ、お姉ちゃんを見守るほかなかった。

 お姉ちゃんはそんな人とは思えない相手に向かって恐れもせず、自分から相手に向かって走っていた。そして、白い湾曲した剣をどこからか取り出して左右の手に持った。

 するとその剣を全部放り投げちゃった。へ? 捨ててどうするの? けれど次に瞬間には、また同じ剣を持っていた。どこから出したんだろう? そしてまた投げた。それを2回繰り返した。

 次にお姉ちゃんの手元には、さっきとは違う黒い剣があった。それも白い剣と同じように、走りながら投げちゃった。

 これも2回繰り返していた。今度の剣は黒いから、夜だとどこに飛んで行ったのか全然見えない。と言うか、最初の白い剣も行方不明だ。

 

 そうして次は弓──お兄ちゃんのとは違う西欧の弓だと思う──を出した。

 何かを呟いた時にはとてもキレイな剣がお姉ちゃんの手の中にあった。再び呟くと、その剣がシュッとした矢に変わって───。

 ゴロゴロと小さな雷を放つ剣。それをお姉ちゃんが弓で放った。地面が──剣と言うか、矢でまくれ上がる。あれだ。映画で見た戦闘機だ。海の水がシュババっとなるあれ。地面がそんな風になった。

 私はこんなのがあたるとどうなるのかなって相手を見た。そうしたら黒い剣が思いもよらない方向から影絵みたいな女の人に突き刺さり、すぐ後に白い剣が刺さって、その瞬間に爆発した。と、同時にさっきの矢が貫いた。

 あんなのと戦うの? なにそれ? と、私が驚いているうちに黒い化け物は消えちゃった。

 

『この人強い! 強過ぎです! 戦闘シーンが皆無です!』

「え? 今ので終わり!? お姉ちゃん、強いなぁ~」

「まぁ、銭湯シーンがあれば。今度、お姉ちゃんが一緒にお風呂に入って、ちゃんとした身体の洗い方を教えますよ」

「はい?」

「乞うご期待!」

『何を仰っているんですか?』

 

「刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

「アホか!」

 

 何がどうなっているのか、槍を持った誰かがお姉ちゃんに向かって突然飛び込んで来た。

 お姉ちゃんは黒髪の女の子の攻撃をサラリとかわすと、50メートルくらい離れたところにいた、金髪の女の人を引っ叩いていた。なんで? どうして? 

 

「臭っさいハイエナ女が、CallやのうてAnfangって何やねん! 大体やなぁ、そんなショボいルーンと宝石をちょっと組み合わせましたみたいな、ショボ魔術がワイに通るかいな。おい、貧乏遠坂はん! 敵をご案内とは優雅がチョチョ切れまんなァ~?」

「くぅ……」

「帰りましょう。ライダーのカードは頂きます。マジシャンズ・ファイア! 奇術協会によろしく!」

 お姉ちゃんの掛け声とともに大きな炎が後から来た三人を襲った。

 

「ねぇ!? ものすごく敵を作ってない?!」

「あの二人ですよ。夜空でケンカしていたのは」

「あ~……そうだった」

「さっき飛び込んで来た、黒髪の女の子の顔を憶えていますか?」

「え? ああ!」

「そう。末の妹の美遊にそっくりなのですよ」

『となるとあの子は並行世界の妹さん?』

「年齢は違いますが、その可能性大ですね」

「そんな人を焼こうとしたの?」

「あの子はもう一つのステッキを握っていたでしょう? それに見た目は派手ですが、温度は下げていますから大丈夫ですよ。本気ならグラウンドや校舎もドロドロのマグマです」

「はぁ?」

 

 お姉ちゃんはむちゃくちゃを言う。

 

『あの槍はアルスターのクー・フーリンのものですよね? 必ず心臓を貫くとされる。一体どうやって避けたのですか?』

「カレイドのお前ならわかると思いますが、私は『極小泡沫世界』というミニ並行世界を、マナの井戸として周囲に張り巡らせる術が使えます。そこに心臓を退避させたりコピーを置くのも手ですが、今回は敢えてその空間を潜らせました。あの穂先が旅した距離は10km以上です。つまり穂先があの子に追い越されていた状態だったのですよ。避ける時に肩を接触させたのは、後から来る穂先にあの子が貫かれないようにするためでした。後幾つか理由がありますが、それは宿題です」

「一瞬で金髪の人の前に行ったよね? それで避けたの?」

「あれは空間転移という魔術です。槍を避けたのはルビーに説明した通り別の方法ですよ」

 

 あれも魔術なんだ? 

 

『並行世界を発生……?』

「第一魔法が関わりますが、他の世界に迷惑を掛けないための宝石剣の使い方です。これが理解できないから誰も宝石剣を再現できないのですよ。パイルダー・オン(同乗開始)────」

『ほ、宝石剣!? 投影魔術で?!』

「キレイだけど変なカタチ」

「ね? 宝石で造った、怪しげなアダルト・グッズみたいです。もう少し丸みを持たせたら使えそうですね」

『何て事を……』

「どこからでも無断でマナを奪えば良いというものでは無いでしょう? 魔力の確保は魔術師にとって永遠の課題です。私も今日はおチビちゃんの身体を媒介にして地脈をどんどんたどり、元の世界で私が開発していた真っサラな霊脈の幾つかに繋げて魔力を確保したのです。そこからマナを吸い上げ、夢幻召喚を行う前にお前を媒介にして空間を発生させていたのですね。術者が高度であれば口頭での命令なんて不要な点がカレイド・ステッキのメリットですよ」

『そこまでできるという事は……並行世界の私を使いこなしていた? そんなマスターに今まで出会った事がありませんよ?』

「私が使っていたのはエメラルドです」

『エメラルド? 初耳です』

「となると、存在するのは限られた世界だけでしょうか? ステッキはあなた達姉妹の他にエメラルドとダイヤモンドの4本がありましたよ?」

『4本も? というか、それは四大宝石ですよね。う~ん……あり得ますねぇ』

「カレイド・ステッキは元々が私達のようなホムンクルスに持たせるために、宝石翁がお造りになられた礼装だったのです。大昔の頭の弱い人工生命体を補助すべく、自らが判断し行動できる人工精霊が入れられたのですよ」

『え?』

「昔のホムンクルスはボ~ッと3時間くらい空を眺めている者や、声を掛ければ、エヘェ~? とか、アハァ~? とかしか返事ができなかったり、『〇〇行き快速急行は〇〇時〇〇分に5番ホームに入ります。電車が入ります。白線より後ろに下がってお待ち下さい』と、延々と独りでくっちゃべる者しか居なかったのですよ」

「なんかお気の毒な人だ~」

「そう言わないで下さい。ホムンクルスに知性を与えるのはとても難しかったのですから。その知性を生み出す技術に宝石翁が着目されまして、そこから人工精霊の開発にご先祖様が関わったのですよ。そうして造られた4本は、全部アインツベルンの宝だったのです。ところが8代目がルビーとサファイアを買い取り、実戦データを取るべく聖杯戦争に持ち込んだのです。第二次でお前が遠坂に奪われ、第三次でサファイアがエーデルフェルトに奪われ。あの8代目の功績はお母様を造った他は何もありませんね」

「え? ママってその8代目の人が?」

「そう。あなたのお祖父ちゃんにあたるのがこの8代目ですよ。私も元は同じ8代目の家の者でしたが9代目の家へ養子に出たので、戸籍も何もかもが姉さんとは違います。姉さんはドイツ国籍です。20歳になれば日本国籍を取得するそうですが。対する私はスイス国籍ですよ」

「お国が違うんだ? ドイツかぁ。どんなところだろう?」

「そんなざっくりと聞かれても、ビールとソーセージとジャガイモの国としか言いようがありません。場所は南ドイツの最南端。チロルに近い山の中です。そんな山奥にノイシュバンシュタイン城そっくりな真っ白いお城があって、あなたはそこで産まれたのですよ」

「お城!? 大きいの?」

「大きいですよ。ノイシュバンシュタイン城は観光名所ですが、アインツベルン城は結界に護られていてかなりの魔術師でも入れません。お城同士が似ているのは、設計者が師匠と弟子の間柄だったからだそうです」

『イリヤさんはお姫様だったんですねぇ~』

「え~、それはないよ~」

「とは言え、普通の家に住み込みのメイドは居ませんよ。20歳未満ですから、まだ帰化申請していないでしょうけれど、元はドイツ人だと知ってました?」

「うん、知ってた。幼稚園に入るまでは私もドイツ語を少し話していたらしいけど。今はぜんぜん」

「お兄ちゃんが増えてドイツ語を話さなくなったのかもしれませんね。それにその方がセラやリーゼリットの日本語の勉強になったでしょうし」

「そっか、そうだよね。お姉ちゃんはスイス語を話せるの?」

「実はあなたが思うような、スイス語というのはありません。スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語と4つあって、そのどれもがスイス語といえばスイス語になります。どれも本場の国から見れば訛っていますし、私のドイツ語も砕けた時は訛っていますね。それとは別に標準的なドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語に英語は話せますし読み書きできますよ」

「すごいねぇ?」

「育った環境ですよ。姉さんもドイツ語と英語はペラペラですし、クロちゃんも簡単な単語ならドイツ語がわかっていますよ。やはりお国の言葉は知っていて欲しいですし、これからの時代、英語くらいは話して欲しいですね」

「そうだよね、英語だよね。中等部で習うから楽しみだなぁ。それに双子のお姉ちゃんかぁ」

「気になります?」

「うん。双子だったら楽しいだろうな」

「そうですね」

 

 その夜、私はクロエという肌の色が濃い、怒りん坊だけど、強くて優しい同い歳のお姉ちゃんの夢を見た。

 

 

 崩れ行く鏡面界から、なんとか気絶したルヴィアを担いで脱出した。

 

「ルヴィアさん! ルヴィアさん!」

「大丈夫よ。顎を殴られて、軽い脳震盪を起こしているだけだから。もうじき目を覚ますわ」

 

 でっかい絆創膏を顔に貼り付けている私が言っても、安心感は皆無かも知れないけれど。

 だけど、あんな棒のように硬直して倒れる人を見たのは久しぶりだ。キレイに顎に入れられたのだろう。私と互角、いや肉体的には私よりタフでレスリングにも強い彼女が、たった一発で。

 携帯電話でオーギュストさんを呼び出し、迎えのクルマを出して貰った頃にルヴィアが目覚めたのだった。

 

「……ッ。あ、ミユとサファイアは!?」

「ここです! ルヴィアさん!」

「ミ、ミユ、怪我は無くて?」

「私もサファイアも無事です。ルヴィアさんこそ」

「オホホホ……これしき」

 

 ああ、笑いも弱いし立とうとすればフラフラだ。

 

「もう少し休んでなさい。オーギュストさんがもうじき来るわ」

「ええ……。やられましたわね?」

「まったくね。あの二人は姉妹なのかしら?」

「そっくりでしたわね。昨夜はあの姉にやられたのでは?」

「いえ、先程転身していた妹の方よ。それにあの姉、まるっきり英霊よ」

「わかりませんわ。ただ……」

「何?」

「黒化英霊ではございませんの?」

「あの子とソックリ過ぎるわよ。それに……まるっきり英霊とは言ったけど、あれは魔術だと思う」

「そうですか……。そうとなれば、黒化英霊を圧倒する体術と、宝具にも匹敵する礼装を幾つも所持し、ミユが限定召喚した『刺し穿つ死棘の槍』を何らかの方法で回避──並の魔術師ではありませんわね?」

「そうね」

「その上で大魔術の空間転移を楽々こなし、更には私やアナタの家の事情まで知っていましたわ」

「そういや、何か詠唱が違うみたいなクレームを付けていたわね?」

「そうですの?」

「ええ。聞き間違いじゃなければAnfangじゃなくCallだろうって。それも西日本の方言で」

「"開始せよ"と"呼び掛ける"。起動には使えそうな単語ですけど、どういう意味でクレームを付けたのでしょう?」

「さぁ?」

「実は気を失う瞬間、指に挟んだ宝石のチカラをキャンセルされ、中の魔力を全部奪われましたのよ」

 

 それで聞き漏らしたのか。それは焦るわ。

 待って。キャンセルはともかく魔力を奪った? いや、キャンセルも困ったものだけど……。

 

「げっ。それって宝石魔術が効かないって事? いや、効くのかもしれないけれど、こちらのアクションを読んでいる?」

「そういう事でしょうね。何より右腕を掴まれた時に、魔術刻印が一時的に停止しましたわ」

「そうだわ。私も最初に掴まれたのは左腕だった……」

「外部からの接触による刻印の停止。調律師どころか修復師並の力量ですわね。それもかなり上位の。万一、あれが一時でなく壊死や剥離を伴い永久に失われる術式なら?」

「恐ろしい事を言わないでよ。けどあなたの見解では、最低でも外部からのマジックドレインは楽々行える実力はありそうって事ね? 実は気を失ったアナタは知らないだろうけど、トドメにかなり大規模な炎の魔術を掛けて行ったのよ。でもね……」

『咄嗟に障壁を張りましたが、最高温度が60度くらいでした。平均は45度です』

「はぁ?」

 

 物理上あり得ません。

 いや、その物理とは異なる法則を行使したり、利用するのが魔術ですが。それでも低温の炎なんて……。

 

「そういう事よ。舐められたものだわ。というか、どうやってそんな低温で固定できるのよ。魔眼っぽい目はしているけれど、絶対に幻術の類じゃないわよ」

「敢えて見逃した……」

「可能性はあるわね。それでハイエナって?」

「それをあなたが聞きますの? ですが話さなねば意味が不明でしょうね。それは……当家の不名誉な呼び名というかあだ名ですわ。『地上で最も優美なハイエナ』、そう呼ばれるのは先祖代々ハンターをやっていたからですの」

「なるほど。つまり相手はそういう事も知っていたって事か」

「そういう事ですわ。私もそれなりに修羅場を潜った経験はありますが、相手の方が二枚も三枚も上手でしたわね」

「ええ、トコトン実戦的なタイプみたいね。執行者や代行者クラス? それで魔術はそこらのロード以上じゃない?」

「そういう相手の認め方は気に入りませんが、冷静に分析すればまさしくですわね。グランドか魔法使いでなければ太刀打ちできない相手かも知れませんわ」

「そうね。で、尻尾巻いて逃げるの?」

「ハッ、私を誰だとお思いです?」

「その目よ。それが私の知るルヴィアよ」

「ルヴィアさん、凛さん。クルマが来たようです」

 

 そうして私達は這々(ほうほう)の体で、ホテルでなく人目を避けるために突貫工事中のルヴィアの屋敷に向かったのだった。これは深夜でホテルが施錠されているからだ。

 

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