プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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21、時計塔の動き

「まさかお父さんと、一緒に出るとは」

「アイリは知ってるし、今更だろう?」

「士郎クンにはなんと?」

「お見送りと、ついでに少し呑んで来ると」

「ま、彼にはそれで通じますね。ですが甘い。着けられていますよ?」

「え?」

「後ろの2階も」

 

 胸ポケットから手鏡を出して、髪を触る振りをしながら確認するお父さん。こういうのはさすがに慣れている。

 

「イリヤ?」

「着けてるのはクロちゃんとクロエちゃんですね。覗いているのは二人のおチビちゃんです。三人寄れば文殊の知恵ですよ。小学生でも四人も居ればそれなりに考えます。ご馳走様の後にベランダから飛び降りたのでしょう。靴は着替えのバッグの中にあった予備かな?」

「なるほど。それでイリヤ達がセラやリーゼリットの気を引こうと?」

「まぁ、四人が部屋に入れば仲良く談笑していると思うでしょうし。刑務所ではありませんから」

「そうだね。点呼がある訳でなし。けれど僕らがエーデルフェルトに入った後はどうするつもりなんだろう?」

「そこですよ。面白いから、このまま様子を見ませんか?」

「フフフ……そうだね」

「それで来週の週明けから士郎クンが修学旅行でしょう?」

「ああ、言ってたね」

「できればその期間内に大筋の目処を着けたいと思います」

「悪いね。士郎のために」

「いえ。カードも揃ったのでそろそろ動きませんと、エルメロイⅡが怪しむでしょう?」

「確かに」

 

 そうして私達は前回と同じ応接室で話しを詰めた。今回は凛も凜も参加している。

 

「こんばんは。制服、似合うわね。学園はどうだった?」

「楽しめましたよ。正式に弓道部に入りました」

「ふ~ん」

 

 弓道は難しいと聞いている。きっと慣れない環境で何かやらかした事だろう。

 明日、美綴さんに聞こうと凛は考えた。

 

「シェロと同じですか?」

「はい」

 

 一方、ルヴィアは英霊に至ったシェロの能力を持つ彼女なら、軽くこなしたのではないかと踏んだ。

 

「では、始めましょう」

「ええ。こちらは私の第一執事のオーギュストですわ。お話に参加させて下さいまし」

「執事のオーギュストにございます。末席を汚します事をお許し下さい」

 

 全員が頷いた。

 

「この資料はオーギュストさんが?」

「はい。エルヴァ様の資料を元に、当家の方で新たに得られた情報を併記致しました」

「なるほど、良く調べてある。僕の調べとほぼ同じだ。この注釈を入れている人物に関しては、僕も怪しいと睨んでいるよ。コイツの行動は余りにもエルメロイⅡに執着していると思うけれど、行動範囲が広い上に意味不明だ。これは何だと思います?」

「エルメロイⅡ様への動機は不明ですな。範囲の広さは好奇心ですかな? 意図は私にも見えません」

「なるほど。このアルビオンの再開発。これも良く調べてあるけど、僕は関係あるとは思えないんだがなぁ」

「と言いますと?」

「確かに民主主義派が再開発を目論んでいるのは事実でしょう。それに対抗する貴族主義派の動きも。もしかしたら中立派も法政科も水面下で動いているでしょう。けれどそれは時計塔にありがちな普通の動きだ。その計画に五年掛けようが十年掛けようが、時計塔の長い歴史の中では何度もあった事ですよ。もっとシンプルに考えませんか? さっきも言ったように個人として怪しいのはコイツ、ドクター・ハートレスだけだ。そこでこの資料を」

 

 そうして衛宮切嗣は独自で調査した資料を皆んなに配った。事前にコピーを用意してあったのだ。ノイント老に仕えるようになったからだろうか。用意が良い。

 資料に記された内容はハートレスのプロフィールと、ここ数年の動きだった。資料を見た凛が呟く。

 

「ウェールズに?」

「エルメロイⅡの内弟子、グレイの故郷ですね。ここに繋げて考えましたか。正解はオークションの方ですけれど、相手の狙いが読めましたよ」

「もう?」

 

 白いエルヴァの発言に切嗣が驚く。

 

「はい。目的はきっと大聖杯ナシでの英霊召喚です」

「ああ、なるほど。お父さんのシンプルにというのは当たっていますね? と言いますか、そのシンプル発言を活かして、本当にシンプルに考えましたね?」

「あなたがセイバーを召喚した事も頭にあったからですよ。正方形の青白背景止まりと思えば、中々どうして」

「同じ顔だっつうの!」

 

 そうだ。その大聖杯無しの召喚をやってのけた少女が目の前に居るのだ。

 だが、普通は無理なのだ。それができた彼女が特殊だろう。

 

「魔術の腕前も一流で、それなりの人望もあった前学部長。けれど最後までロードには抜擢されませんでした」

「なのにポッと出のエルメロイⅡがあれよあれよという間にロードとなり、現代魔術科で高名な学生を次々と輩出。その育成力が高く買われ、評価も上々」

「それが面白くないので、ちょっとした意趣返しをしたかったのだと」

「そうですね。最初の切っ掛けは私もそう考えます。そこでお父さんが調べた、このオークションの資料を」

「念のために調べただけだよ。けど、こっちが正解なの……?」

「と、私は考えています。ほほぅ、さすがはお父さん。物が何かもキチンと調べてありますね。落札者の名前は……フフン」

「何ですの?」

「ルヴィア、その前に。私がネットを使って調べた別のオークションですが、その落札者の名前がこちらです」

 

 褐色のエルヴァがルヴィアに別の資料を渡した。

 パソコンはエーデルフェルト邸に逗留するようになってから設置していた。メールサーバとデスクトップの二台だ。OSは両方ともLinuxで、Debianだった。

 これはルヴィアやオーギュストがLinuxを愛用しているからだ。Linuxカーネルを書いたリーナス・トーバルズはフィンランド出身の人で、彼の国は公的機関や教育機関のパソコンOSにLinuxが採用されている事が実に多い。

 また学校教育にパソコンがかなり浸透しており、ルヴィアも時計塔に渡る前から使い慣れていた。

 

「これ、ここの欄ですけれど。これはエーデルフェルトの小父様が良くお使いになる偽名ではなかったですか?」

「え? 父の偽名?」

「旦那様の? これは……! あ、いや……」

「それで十分ですよ。その偽名も偽名だとわかっていたからこそ、利用されたのだと思います」

「では旦那様は関係ないと?」

「偽名の借用に関しては間違いありません」

「47番、さすがは私」

「どういう事ですの?」

 

 ルヴィアの疑問に白いエルヴァが答える。

 

「まず、このオークションはお父さんの資料にある倫敦のオークションとまったく関係ありません。場所がなんとアメリカで、そこの好事家向けのアンダー・グラウンド・オークションだったのでしょう。このようなところに、北欧随一のファースト・オーナーが手を伸ばしませんよね? そして、この欄の出品者を見て下さい」

「出品者の名を割らせたのかい?」

「いいえ。会員もネットの掲示板でやり取りしています」

「どういう事だろう?」

「ジャズのCDをネットで探していて、その掲示板を偶然見付けたのです」

 

 どうやら褐色のエルヴァは、インターネットで海外のCDを探していたらしい。

 そこからたどった掲示板で、偶然これらを知ったのだと言う。

 

「なんとまぁ」

「それに好事家と言いましたが、こじんまりしたマニアの集まりですよ」

「なるほど」

「そして、問題はこれです。彼女から依頼され、私がアサシンを使って調べました」

 

 白いエルヴァが別の資料を出した。

 

「出品者にモノを売ったのはこの人で、この人に売ったのがコイツでした」

「ユーブスタクハイト! これは一体……?」

「その名はある特定の人達への保証になります。聖遺物が本物、もしくはそれに準拠するものであると」

「鞘がレプリカであったかどうかも、当事者であるお父さんや、そこに近い人にしかわからなかった事ですよ?」

 

 褐色のエルヴァが白いエルヴァを補足する。

 

「そういう事か……」

「ええ。現実にお父さんは英霊召喚に成功している訳ですよ」

「あ。信用というか、ある層にはある種の信仰になっていると?」

「信仰は大袈裟ですが、そういう事ですね。そしてある人物がアメリカで手に入れたそれを倫敦で出品した。更にそれをある人物が落札した。一般のオークション参加者は物の価値が不明なので競争者無しの一発落札です。落札価格もお父さんの資料通りで、こんな程度ですよ」

「流れずに落札された……。君はもしや、ロンダリングと考えているのかい?」

「ええ。出品者と落札者はきっと同一人物かグルです」

「手数料を払ってでもルートを隠蔽したかったという事ですわね?」

「いえ、隠したかったのはルートでは無く品物の品名です」

「え? けれど、僕はあっさり探っちゃったよ? ま、僕にしても布である事以外わからなかったんだけれど」

「そこがわざとなのですよ。偶然でなく、意図のあるトラップなのだろう思います。エルメロイⅡに物が何であるかを、敢えてわかりやすくしたのだと。要は彼だけがわかれば良いのです」

「落札価格を見ても安いのかどうかわからないけど。でも、この品は本当に何なの? この写真だと、衛宮さんの仰る通りで、単なるボロ布にしか見えないわ」

「それでも召喚の触媒となる聖遺物なのでしょうね」

 

 凛とルヴィアは添えられた写真を見ていた。

 

「その前に。この資料もどうぞ。これで繋がると思います」

「これは?」

「10年前の同じオークションです。このオークションは魔術師向けの品も度々出品されるので、時計塔もカタログを取り寄せています。そしてその10年前も今回と同じボロ布が出ていて、落札価格は120万ポンドでした」

「120万ポンド!?」

 

 日本円で2億円近い。一同が驚愕した。しかし宝石クラスの魔眼がオークションに出ると、100億を越える事も珍しくない。

 なので、内心安いと思っていたエルヴァは皆んなの反応に驚いた。

 

「一体何なんだい?」

「それほどの価値がある聖遺物なんですの?」

「はい。落札者はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。勿論、代理人を立てていて本人の名は出ていませんでした」

「あ! って事は……そうか。これが!?」

 

 添えられた写真を見て衛宮切嗣が叫ぶ。

 そこには切嗣が調べたオークションの品と似たようなボロ布が写っていた。

 

「そうです。それこそが征服王イスカンダルを召喚する触媒だったのです。若き日のエルメロイⅡがケイネス先生から盗んだ聖遺物がそれですよ。その時の出品名は『征服王のマントの切れ端』でした」

「征服王のマントの……なるほど。その時はキチンと名が出ていたんだ? そういう事か。そこがトラップなのか。確かに切れ端なら複数あっても可怪しくはないよね。エルメロイⅡが似たようなものを今も手元に残しているなら、彼だけは一発でわかる。そうだ、こここそが本命だったんだ。いや……待てよ。まさか10年前のこれの出処も?」

「ええ、ユーブスタクハイトだと思います。このジジイは並行世界ではアーサー王の鞘を本当に探し当てていました」

「本当かい!?」

 

 白いエルヴァが頷くと、彼女のセイバーが『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を出した。

 

「こ、これが本物……。そういう事ができるから信用に繋がるのか」

「え? 並行世界の話じゃ……?」

「凛君、第四次のこれだけじゃない。第二次や第三次でも、信用を築いて来たって意味だよ」

「ああ……なるほど」

「それに、こうも考えられる。聖杯戦争に関わる触媒のほとんどがアインツベルン経由なんじゃないかと」

 

 白いエルヴァが頷き、ルヴィアは首を振り、凛は目を瞠った。

 戦争には金が掛かる。それは魔術も同じだ。確実に高く売れるなら御三家以外は良い販売ルートだろう。それに触媒となる聖遺物は、何も世界各国に散らばっている訳ではない。北半球の特定の文化圏に重なっているのだ。

 目当てが何にせよ、あるものを掘る過程で別のものが掘り出される場合もあるだろう。

 

「だから僕の調べた方がこんなに安い価格だったのか。まさに時価だね」

 

 そしてアーチャーが睨むようにして話した。

 

「そのハートレスという男は、英霊を良く研究している。この場合、新たに征服王が召喚されても、そのロードとの思い出は記録と成り果て、新しいイスカンダルは一切憶えていない訳だ」

「そういう事だね。あれだけ心酔していたんだから。それで心を抉る訳か……。嫌らしい奴だね?」

「気持ちの小さな人ですね」

「私もそう思うけど、でも……」

「ええ。魔術的新発見で見直されたい、脚光を浴びたいと願っているのは先生の方ですわ。となると……」

「先生が足りない、欲しいと願っているものをこちらが持っていても、持っているからこそ先生のあり方や考え方が許せない。こんなところかな?」

「ええ、それだと思われますわ」

 

 凜に凛、そしてルヴィアが繋いだ言葉に皆んなが頷いた。

 エルメロイⅡは魔術を解体する悪癖がある。いや、彼なりに理解しようとして結果そうなるだけなのだと、今はルヴィアも理解している。しかし出逢った頃は、それを目の当たりにして口論となった事があるのだ。

 なので相対するハートレスの気持ちもわからなくない。それは嫉妬だ。わかりやすく言えば、隣の芝生は青いってやつなのだろう。

 

 神秘は外部に漏らせない。故に狭い価値観に基づく因習や風習が生まれ、ローカルな思考に縛られる。そういう魔術師は実に多いのだ。皮肉なのはどちらも、その脱却を試みる現代魔術科の学部長経験者だという事だった。

 エルヴァは思う。この二人はコインの裏表だ。どちらも魔術が真剣に好きなのだろうと。だから真意は嫉妬など単純なものでなく、魔術界そのものに意味のある事なのだろうとも。しかし今はそれも関係ない。問題なのは一連の流れだ。

 布石とも言えない、各々の好奇心と探究心から零れ落ちた断片が、各陣営を惑わすトラップとなり得ている。特にハートレスの行動はそうだ。

 

 麻雀で例えるなら、彼の捨牌は偏りがないのでどういう手にも見えてしまう。それにツモが思ったより良いので、配牌とは似つかぬ程に手が育ったのが現状だろう。

 三元牌の發辺りが暗刻になり、チャンタが筒子のホンイツ・チャンタ・イーペーコーにまで変化した。また上家に座る各派閥のロードやエーデルフェルトが、エルメロイ派の下家からポンポン鳴いてくれるので、自らのツモは伸び、対面で親のエルメロイⅡはツモが減っている。

 だから赤五筒のウェールズはホンイツの色であっても、テンパイしたこの段階では関係ないのだ。エルヴァはそう分析した。

 

 オークションの流れもそうだ。

 エーデルフェルトの偽名を借りて、過去にオークションに参加する者が倫敦に居たのだろう。或いは正規に依頼された、エーデルフェルトの代理人だったのかも知れない。だが、それはどちらでも良い。

 ともかく偶然か何かでその偽名の存在を知り、黙ってアメリカで使ったと解釈して間違いないだろう。そしてその落札した品を、倫敦で匿名出品し、ハートマン名義で即落札した。そう、落札者の名はハートマンだったのだ。この名こそがメッセージだろう。

 地元だからこのような手の込んだロンダリングをしたのだ。この場合、どういう方法なのかは関係ない。どうしてそんな事をするのかに意味がある。

 妖精に心臓を盗まれたからハートレス。だがエルメロイⅡに執着すればするほど胸が躍る。きっとそんなところだろう。この軽い意趣返しと、本来の目的、それらが絡み合う事で彼の動きが読めないのだ。

 そして大師父の存在も大きい。大師父はオタ風のドラ暗刻みたいなものだ。役無しなのに無駄に重く手を止める。しかし魔杖というリーチ棒があれば道は見える。

 

「鉱石科を飛び越えて大師父が滞在するのも、今回の騒動に輪を掛けていると思います」

「傍から見ればそうなりますね。実際は君主間で押し付けあった結果でしょうけれど」

「そういう事ですな」

 

 エルヴァ達の意見にオーギュストが賛同する。

 

「となると……こいつは一体何を……?」

「さぁ。真意は会って話さないとわかりません。ですが、手は打つべきです」

「なら、どう対処するんだ、君達は?」

「お父さんとエーデルフェルトの小父様の名が俎上に上らない事。凛とルヴィアの失敗を隠蔽する事。こちらの目標はざっとこんなところですね。対処と言うか方針は──悪意ある者なら懲らしめますが、無駄に貶める事はしません。風通しは良くしたいですが、追い込んで壊す真似もしません。時計塔は今後も必要な組織ですから」

「うん? 意図が見えないけれど?」

「彼女ですよ。47番は今後もここで生きて行く訳です。金蔓を潰しては意味がありません」

「なるほど、そういう事か。そこだろうね。君達の考えがイマイチ読み難く感じるのは」

「けれど拝金主義一辺倒でもありませんよ。貰えるモノは貰っておく。チャンスは逃さない。それだけです」

 

 これは凛やルヴィアにはとてもわかりやすい話だった。

 

「この件は、セイバー達と時計塔へ乗り込んだら終わりそうですね?」

「私もそう思いました。時にお父さん。ウェールズのその村にはある儀式がありましたが、それは調べられました?」

「それが僕にはわからなかったんだ。一体何だったんだい?」

「まず先に、その地にハートレスが脚を運んだのは、英霊という存在そのものを調べるためだったのしょう。また、内弟子の秘密を探る意味もあったと思われます。次にこういう嫌らしい事をする人間は徹底的に陰で動きます。これを見て下さい。ハートレスと、後何人かがこれを知っているはずです」

「これは……第四次の資料? 儀式そのものの隠蔽は無理だとは思うけど、マスターの名やサーヴァントの真名なんて……。ノイント老が徹底して……いや、そもそも真名はどうやって調べたんだ? 参加者でも知る者は少なかったはずだ。まさかエルメロイⅡが?」

「違いますよ。ハートレスがアニムスフィアの依頼で調べた事はわかっています。方法はこの案内状がヒントですよ」

「魔眼蒐集列車の招待状?!」

 

 凛が驚いた。

 

「本当にあったんだ?」

「走っていますのよ。前回はスカンジナビア半島を走っていたそうですわ。今回はまだ届いていませんので、どこを走るのか不明ですが」

「どんなのだろう。参加してみたいわねぇ」

「魔眼を競り落とすオークションだとか。どうやって眼を入れ替えるのか謎ですのよ」

「げっ。持って帰って研究するんじゃなくて入れ替えるの? となるとその技術がウリなのかしら?」

「そうでしょうね」

「はい。そしてその時の魔眼の落札者はアニムスフィアでしょう。聖杯戦争の何を知りたかったのか。降霊科のユリフィス家を出し抜きたかったのか、或いはユリフィスからの依頼だったのかそこは謎ですが。しかし、ハートレスはその仕事を通じて知ったのです。エルメロイⅡが聖杯戦争に参加していた過去と、先代のエルメロイであるケイネスが事故死でなく戦死していた事を」

「そこに行き着くのか……」

 

 衛宮切嗣は苦虫を噛み潰すかのような顔をした。

 

「では、さっきのウェールズの儀式は何だい?」

「そこに思考が囚われるのは良くないのですが、ズバリ、アーサー王の復活ですよ」

「え?!」

「はい?」

「なっ!?」

 

 皆んなが驚いたが、特にセイバーの二人は飛び上がって驚いた。

 

「ルヴィアと凛は、エルメロイⅡの内弟子であるグレイを知っていますか?」

 

 頷く二人。

 

「私は面識があるだけよ。言葉も二言三言しか交わした覚えが無いわ」

「私は現代魔術科がメインのクラスですので、何度か会話していますわね」

「では、彼女の顔を覚えていますか?」

 

 凛は首を振り、ルヴィアは首を捻る。

 

「そう申されますと、彼女は講義も毎回一番後ろの席が多いですし、出席も毎日ではありません。また私も鉱石科の講義があるので、いつもご一緒とは行きませんわね。それに変わった方で、どんな時もフードを目深に被ってうつむいて話されるのですわ。ですからどんなお顔だったか……銀の眉に翠の瞳は覚えていますが、他は印象が余りありませんわね」

「ええ。私もルヴィアと同じだわ」

「仲の良いフラット・エスカルドスやスヴィン・グラシュエート辺りなら存じているかと思われますが。それが何か?」

「彼女はきっと身長が154cmmで、体重は42kg。スリーサイズはB73/W53/H76ですよ」

「へ? それが何?」

 

 凛の疑問に凜が答える。

 

「それはセイバーさんのサイズですよ」

「はい?」

「もしやお顔もスリーサイズもグレイと同じと言う事ですの?」

「ルヴィア君、逆だろう? けれど、どういう事だろうか?」

 

 切嗣が代表してエルヴァに尋ねた。

 

「あの地には封印されたロンゴミニアドがありました。そしてその封印を解除して使用できるのは、人為的な術式でアーサー王の写し身となった者だけなのです。即ち肉体と精神と魂を継承する一族だけだったのですね。その末裔と言うか、当代の肉体の写し身であり、ロンゴミニアドを使える適正者がグレイだった訳です」

 

 皆んなが息を呑む。

 

「まさか、あの鎌?」

「それはどこで見ました?」

「ご存知でしょうか? 修復師アッシュボーンの城、アドラですわ」

「一人で出向かれたのですか?」

「いえ。父の付き添いでしたわ」

「なるほど」

「エルヴァさんも?」

「私の世界でのルヴィアはクラウンさんを連れ、二人で出向いていたのです。別件で私もアッシュボーンを調べていて、その遺産話がきな臭く感じたので強引に捩じ込んでみた訳ですね。そこでルヴィアやこちらのエルメロイⅡとパッタリ出会いまして。その日の間に怪物をお兄ちゃんに斬って貰い、刻印の謎と法政科とアッシュボーンの関係を暴露して終わりでした」

「法政科との関係?」

「刻印は魔術師にとっては集大成も同然でしょう? 修復の失敗だとして、法政科が指定する者の刻印を剥離して横流しをしていたのですよ。実は私、そちらの線で探っていたのです」

「なんという事を……」

「ついでにこれも。法政科の化野菱理もハートレスも、ノーリッジの養子ですよ」

「そこに繋がりますの……?」

「この情報は今のところノイズですね。私にとっては後々何かと繋がる予感がありますが、今のあなたは気にしなくて良いですよ。それよりロンゴミニアドです」

「ああ、そうですわね。では、鎌が?」

「そういう事です。あの鎌が形態を変えて槍になった姿がロンゴミニアドですよ」

 

 二人のセイバーが同時に声にならぬ声を上げる。

 

「別名、最果てにて輝ける槍。これを封印するために、あの村はアトラスと契約しています。その封印装置の名がロゴスリアクト・レプリカ。七大兵器の一つ、そのコピーです」

「あれか……七枚の契約書の内の一枚かい?」

「そうです。私がプラハの理事を兼任していますので探るのは大変でしたけれど」

「けれどこちらが解決すれば、あちらで燻っている問題に手を打てそうですよね?」

「ああ、なるほど。グレイやウェールズに関しては、そちらの世界で既に探っていたんだ? だから詳しいのか。けれどあちらでは、立場上探れない事もあった訳だね?」

「そうです、探っていました。ですからこちらで繋がる情報が得られればと思います。それで現時点でわかっているのは、グレイが持つロンゴミニアドの『十三拘束』を総て解くと、世界を繋ぎ止めている『本体』の拘束力も緩くなるらしい点です。そして『本体』の拘束が全部解かれると、神代に逆戻りしてしまうとの伝承もありました。なんのこっちゃですが、かなり危うい宝具であるようです。セイバーが使うならともかく、グレイに使わせるのは危険と私は考えています」

「ええ。なのでエルメロイⅡに接触する場合、彼女を巻き込まないように注意する必要があります」

 

 これは凛とルヴィアが頷いた。

 それを見て衛宮切嗣は田舎の墓守だったという少女は、敢えて素朴な環境で隔離されていたのだろうと考えた。きっと、その環境も儀式と関係ある。目の前の二人のアーサー王も少女だ。伝承にあったような過酷な運命を背負っていたとは信じられない見た目だ。おそらくそんな点も倣っているのだろう。

 そしてわかってしまった。彼女がモードレッドを認めなかった理由が。

 伝承通り、二人は信じ難い運命を背負って居た。だから拒否したのだ。そんなものを背負う必要は無いと。突如の息子発言に戸惑いはあったにせよ、彼女なりに我が子を愛していたのかも知れない。

 アーチャーがセイバーに尋ねた。

 

「セイバー、ロンゴミニアドは確か……?」

「ええ。モードレッドを討ち取った槍です。こんな風に伝わっているとは……」

「肉体と精神と魂ですか……」

 

 実に因果だ。

 

「エルメロイ家の刻印は?」

「用意しました。カードも揃いました。ロード全員の足取りと、本体の隠し場所も判明しました。アサシンが既に潜り込んでいます。なので私達は正面から乗り込んで泣き言を聞くだけですね。逆らえば密室の工房で人間オルガンか人間ランプシェードですよ」

「無駄に貶めんと言いつつそれか?! 猟奇的な事を言うなッ!」

 

 アーチャーのツッコミが爆発した。褐色のエルヴァが切嗣に告げる。

 

「お父さん、ウェールズの件は後付けで偶然できたトラップですよ」

「え?」

「ドクター・ハートレスとエルメロイⅡ先生はトコトン合わないからこうなったのです」

「ですね。足取りを追われたのでしょう? その要所要所を調べて個別の目的が見付かったとしても、最終目的とは別なのですよ。お父さんもエルメロイⅡ先生もそこで迷う訳です。シンプルに魔術の匂いがしない、オークションの流れを追ったのが正解です」

「ああ、ウマが合わないと言うか、間が合わないと言うか。そういう事か。僕から今聞いたにせよ、だからそちらのエルヴァ君は攻略に頭を切り替えたのか」

「そういう事です。これは私の直感ですが、ハートレスは魔術を愛しています。エルメロイⅡへの嫉妬は動機として弱いと思いますよ? ですので、真の狙いは征服王の召喚だけでなく、その先の何かだと思います」

「そうなの?」

「勘ですよ」

「案外と時計塔の未来を憂いての行動だったり」

 

 褐色のエルヴァの言葉に白いエルヴァが頷いた。

 

「後はエーデルフェルトを貶めようとする勢力ですが、これも偶然の重なりがそうなってしまった気がしないでもありません。あなたはどう思います?」

「そちらは資金の流れを洗えば明らかになるでしょう。大聖杯が無いなら、魔力と座への座標が必要です。そこですね」

「それがカードとステッキ!」

 

 凛が叫ぶ。凜もルヴィアも頷いた。

 カードには座への座標が刻まれている。召喚の魔力も、英霊を維持する魔力もステッキが補える。令呪の問題はあれど、征服王が人の話を聞けるタイプなのは第四次の資料で明白だ。受肉の願いも、近い未来に叶えられるかも知れない。

 ハートレスのやろうとしている事は、真意こそ不明だが、まずはそんなところだろう。

 

「だからバーサーカー戦で覗いていたと?」

「情報収集の一環でしょうけれど、何を調べていたのかより、何を目的としているのかです。そう考えますと、どの陣営にも大きな成功をもたらす可能性が高いのは、カードの研究か英霊召喚方法の確認です」

「座は根源の渦にあると言われますものね?」

「同じアジアでも冬木と北京くらい違いますけれど」

「そうなのですか?」

「国家が違う、言語が違う。その違いは何かを探って下さい。これ以上明かすとあなた方の成長に繋がりませんのでここまでです」

「わかりましたわ……」

 

 褐色のエルヴァが白いエルヴァに尋ねる。

 

「衛宮矩賢の件は?」

 

 ギョッとする切嗣。

 

「どうしてその名が?」

「ハートレスの痕跡を追うと、ある術式が何度となくアレンジされて出て来ます。それが衛宮矩賢の残した術式だったのです」

「そうか……。時計塔に残っているのか……」

「そういう事ですね。ちなみに封印指定を発令する秘儀裁示局・天文台カリオンも、アルビオンの中です」

「なるほど。となるとハートレスはかなりアルビオンの中で顔が利くみたいだね?」

「ですね。裏返せば外部には顔が利かず、利用されやすい立場なのかも」

「う~ん……妥当な考え方だけれど、現段階では憶測の領域を出ないなぁ」

 

 ここで皆んなが考え込んでしまったので、小さな間が空いた。

 

「ロシアに居る部下が、いつも居眠りばかりしていましてね」

「ロシアにも仕事があるの?」

「はい。ロシアン・ダイヤの採掘と霊脈調整、並びに海底油田の開発に天然ガスパイプの敷設とメンテナンス、海底ケーブルの敷設や東へ伸びる光ファイバーの敷設等々を行っています」

「まさか、政府と取り引きがあるのかい?」

「はい」

「凄いね。で、居眠りって?」

「その方の名がカミンスキーなのですよ」

「え……?」

 

 偶然や嘘では無いだろう。

 自分が頭に浮かべる人物と同じとは思えないが、少なからずこの子達は全部知っている。知った上で家族であり続けてくれているのだ。

 そんな事を考えていたので、カミンスキーと仮眠好きが掛けてある事に気付かない切嗣だった。

 

「それは君のお姉さんも?」

「知っています」

「そうか……」

 

 思考に埋没していたアーチャーが、浮上して尋ねた。

 

「冬木に入っていると思わしき魔術師達はどうなった? 先程のバーサーカー戦での覗きだが」

「森の城で尋問中です。それで少し面白い情報が手に入りました」

「何だ?」

「ハートレスの弟子は全員アルビオンと関わりがありました」

「何?」

「弟子は五人。その五人全員がアルビオンからの生還者だったのです」

「そこに繋がるのですか……」

 

 そしてエルヴァの指摘通り、秘儀裁示局・天文台カリオンもアルビオンの中にある。段々とキナ臭い部分が見えて来た。

 オーギュストが溜め息混じりに言う。

 

「彼はノーリッジの養子でしたな。よもや彼自身も?」

「可能性はありますね。だから再開発派の後押しになったのだと」

「つまりそれなりの情報を持っていた訳ですな? だから旦那様は正体を隠すための隠れ蓑だったと。許せませんな」

「それに資金を洗うと、盗掘の可能性が浮上して来ると思われます。呪体は良い資金源にも賄賂にもなりますから」

「さすがに現段階では憶測ですが、小父様なら幾つか購入している可能性は否めません。もしそうであっても、当然間に何人か挟んでいらっしゃると思いますが」

「旦那様……」

 

 オーギュストは敢えて衛宮矩賢の名を無視した。

 衛宮切嗣を調べた際に、衛宮矩賢が封印指定を受けていた事は知っていた。この情報はエーデルフェルトを護る手札となると考え、敢えて伏せていたのだ。

 しかしエルヴァは今、用心には用心をと警告してくれたのだ。となれば……エーデルフェルトは民主主義派の理事であり、昔からトランベリオやバリュエレータと関係が深い家だ。

 心配するならこちらだろう。

 

「弟子が全員生還者?」

「その弟子も裏で何をしているのやら。何れにせよ、ドクター・ハートレスはどの陣営にも与しているかのように見える点がなんとも……」

「コウモリ野郎って感じよね?」

「ええ……まったくですわ」

 

 エルヴァ達が居るからここまで調べられ、筋書きが見えて来た。しかし、これが自分と凛だけだったら? 

 無事にカードを回収できても、ここまで知ってしまえば倫敦は危険過ぎた。だから……学園を卒業するまで戻るなと厳命されるのだろうか? 回収完了の報告を先延ばしにしているので、今はまだ何も言われていないが。

 だが、それは如何にもエルメロイⅡ先生が考えそうな事だ。感謝の気持ちと怖気を同時に感じるルヴィアだった。

 

「枝葉末節はまだまだ不明ですが、全部繋がりましたな?」

 

 オーギュストの言葉に全員が頷く。

 

「そこで誰と誰が倫敦に向かうかですが……」

 

 白いエルヴァの言葉に手を真っ先に挙げたのは褐色のエルヴァだった。

 

「私とあなた、そしてセイバー達にお兄ちゃんだけで十分でしょう?」

 

 衛宮切嗣は家族のために手を挙げられなかった。これはエルヴァ達も理解している。

 ルヴィアが手を挙げられないのも同じだ。しかし凛は迷わず手を挙げた。

 

「ミス・トオサカ?」

「ルヴィアは立場があるわ。けれど私はそうじゃない。あなたの分も私が動かないと汚名返上ができない。何よりエルヴァ達に申し訳ないわ。事の発端は私達なのに」

「なら……リン。頼みましたわ。旅費その他、必要なものは何でも仰って下さいませ」

「ええ、当家で全面的に支援させて下さい」

 

 ルヴィアとオーギュストが申し出る。そして凛を制しエルヴァが話す。

 

「では、交通手段と宿の手配をお願いできますか? できれば日本の大手旅行代理店を通じて、グリーン・パークに面したホテルを」

 

 オーギュストがハッとする。そうだ倫敦の別荘に滞在すればエーデルフェルトが疑われるのだ。

 また、ホテルや航空券の予約にも名を出せない。それをここ日本で、代理店を通してエルヴァ達の名前で取れば。

 

「それとパスポートと、できればお兄ちゃんの国際免許証を。銃器その他の武器類は結構です」

「ご遠慮なさらないで下さい。徒手空拳ですと危険ですぞ?」

「47番が強奪した銃器はオーギュストさんのコレクションですか?」

「一部はそうですが、それが?」

「ウージーにMAC-10、1911のキンバー・カスタムが数挺。全部.45ACPでした。今もポケットにKahr P45を」

「バレておりましたか」

「いえコンシールドキャリーは、ある種の精神安定剤でしょうからそこは責めません。それよりその中にあったライフルです。FN FALやFN MAGにRK 62/76やRK 95/TPは良いとして、Ksrabiner 98 KurzとGewehr 43にMosin Nagant M1891とSuomi KP/31。この4挺が疑問です。オーギュストさん、あなたはフランス系のお名前ですが、もしや?」

「ええ。私の父はフランス人ですが、母がドイツ人ですな。私が産まれた後に離婚しましたので、母に引き取られた幼少の頃はドイツで暮らしておりました。ケルンより西のデューレンという街です。ですから以前の国籍はドイツですよ。そのカラビーナー98クルツは母方の祖父の遺品です。祖父は第一次世界大戦の頃の軍人でした。退役後にどういうルートかはわかりませんが、軍から買い取った記念品だったのです。その後、第二次が始まりましてな。それを機にルヴィア様の祖父である大旦那様を頼り、フィンランドに移住しました。モシンナガンとスオミ KP/31はその大旦那様から、これで若奥様や孫娘を護れと譲られた品です。ゲヴェアー43は大旦那様に害をなそうと襲って来た相手から奪い取ったものです。私の戦利品ですよ」

 

 褐色のエルヴァは土下座せんばかりに謝罪した。

 戦争を生き延びた人には何某かの物語があり、激動の時代を潜り抜けた品物には人の思いと歴史が詰まっている。モシンナガンとスオミ KP/31は、冬戦争を潜り抜けた銃で間違いないだろう。

 スロ・コルッカやシモ・ヘイヘが伝説を残した名銃だ。まさかと思うが、どちらかが使っていた可能性もある。

 そうでなくとも、ルヴィアのお祖父様が冬戦争で使っていた可能性は高い。それほどの物であるから、片時も手離せなかったのだ。現にこれらは頑丈な金庫に収まっていた。

 

「お尋ねしても宜しいですかな? どうやって金庫を? そしてこの石になった使い魔は?」

 

 オーギュストはカツンとテーブルに、石になった使い魔を置いた。

 

「ライダーのカードを使いました」

「ライダー? あのカードを使えばそんな事が可能ですの?」

 

 ルヴィアは褐色のエルヴァが、アーチャーと呼ばれる英霊の能力を借り受けている事は知っていた。しかし、それは二人の絆があってこそだと思っていたのだ。だから別のカードも使えると知って驚いた。

 一方、凛は何も知らなかった。ルヴィアが秘密を護ってくれていたのだ。褐色のエルヴァは観念した。

 

「カードはその英霊の能力を自身に降ろす礼装です」

「え? 宝具じゃなくて?」

「それが正しい使い方……?」

「そうです。私はその時、メドューサの能力を借りていました」

「だからですか。何の魔眼かと悩みましたぞ」

「すみません……」

 

 時計塔の才媛二人は、その神秘にも驚いたが、それにどれだけの魔力が必要なのかを考え目眩がした。

 能力を借りると一言では片付けられない。憑依、模倣、経験……精神は持つのか? 魔力の問題だけでなく、二人の秀才は瞬時にそこまで考えた。と同時にステッキこそが、それらの問題を解決するアイテムだとも気付いた。

 衛宮切嗣も理解した。そのカードは危険過ぎる。イリヤの傍にエルヴァが来てくれた事にホッとした。

 

「貴重なお話をありがとうございました。しかし銃器は本当に大丈夫です」

 

 そう言って白いエルヴァがテーブルの上にゴトリゴトリと2挺の拳銃を置いた。衛宮切嗣はそれを一瞥した。

 1挺はスミス&ウェッソンのモデル13の3インチモデル。38スペシャルと.357マグナムが撃てるリボルバーだった。見た目が少し変わっていて、銃身ごと替えられているのか、小さな丸い照星しか付いていない。

 もう1挺はワルサーPPK/S。ステンレス製なので、インターアームズでライセンス生産されたものだろう。下請けの工場が良かったのか、この銃には粗さを感じない。見た目が本当に綺麗な拳銃だ。

 ただし口径は.22LR。PPKはストレート・ブローバックなので、22LRだと.32ACPや.380ACPよりスライドがほんの少し引きやすいと思う。女の子が使うならちょうどかも知れない。

 悪しきワルサー・バイトも手が小さければ問題ないだろう。弾の威力が心許ない事を除けば、悪くない選択だ。

 

「どっから出したのよ?」

「凛さん。疑問より先に先輩のお話を」

「え、ええ」

「良いですか? このモデル13のリボルバーは銃身がレーヴァテイン、シリンダーがティルヴィングを鋳直したものなのです」

「はい!?」

「お祖父様がお持ちの銃はコスモドラグーンの元をレミントンM1858にしたようなデザインで、湖から引き上げたエクスカリバーを鋳直して造られています。あれだと死徒も一発で崩壊して消えますよ」

「嘘よね!?」

「嘘です」

「何なのよ、アンタは?」

「そんな事より、どちらも弾は入っていません。一度手にとってご覧なさい」

「コイツは……。本物なの?」

「通報されれば逮捕間違い無しの本物ですよ」

 

 切嗣は出された銃を眺めていて奇妙な感覚を抱いた。詳しそうなこの子が、何故今更旧態依然なリボルバーなのだ? 

 それもサイトがフレームに固定されたM10の.357マグナム版。選ぶならLフレームで、リアサイトが調整可能なM586かM686だろう。どのみち両手で撃つのだろうし、NフレームのM27よりは小さく軽い。けれどKフレームのマグナムはどうなのか? 

 M19、いわゆるコンバット・マグナムがM10の強化版とは言え、マグナムを撃つには厳しいガンである事は周知の事実だ。そこでもう一度、フレームの角という角のガンブルーが剥げているM13を見た。

 アルタモントのコンバット・グリップは特注だろうか? フィンガーグルーブの彫りが記憶にないデザインだ。FBIスペシャルとも呼ばれる、この使い込まれたM13。確か3インチと4インチのみの生産で、3インチは警察や法執行機関専用で一般販売はされていなかったはずだ。

 となると比較的綺麗な銃身とシリンダーは、4インチ・モデルをカスタムしたものかも知れない。それもここ2~3年で。おそらくそんな改造が恥ずかしくて、あんなホラ話をしたのだろうか。

 しかし、キチンと手入れされた良い銃だと思う。きっと内部のメカにまで、メンテが行き届いているはずだ。そしてそのカスタムバレルの照星は丸く、とても小さかった。

 という事は狙い定める必要性が考慮されない、超近接戦闘用。或いは抜き撃ちを考慮してのものなのだろう。無造作にズボンやスカートの腰部分に挿して抜き撃つ、最後の手段。なんとなくそういうフレーズが頭に浮かんだ。

 対するPPKはかなり綺麗だ。こちらは予備なのか。先程も思ったがインターアームズ製で間違いないだろう。メーカー不明の木製グリップには、女の子らしく花柄が彫られている。

 けれど口径が珍しい。スライドを軽く引けるメリットはあるにせよ、幾ら女の子でもセルフディフェンス用としては、些か心許ない口径だと思えた。

 となると……枕元に置くのだろうか? そのような使い方なら、確かに.25ACPより.22LRだろうか。

 これだけライフルに詳しい子だ。銃器の運用と思考方法も徹底しているはずだ。そうとなればメインウェポンは別にあると簡単に想像が付く。

 そういえばH&K HK53がどうとか話していた。親として娘にそんな物は持って欲しくない。そこの僕も、そうさせないために動いていたはずだ。だけれど、子供には子供の自由意志がある。辛いだろうなと、並行世界の自身を案じた。

 と、同時にエルヴァの装備を詳しく聞きたかった。この矛盾が奇妙な感覚の正体だろう。だから今は黙して流れを見ている。

 ゴクリとつばを飲み、凛君が恐る恐る手にとった。

 

「凛君、引き金に指を掛けないで。そう、人差し指を伸ばして持つんだ」

「はい。あ、思ったより重い……」

「あなた方の宝石には負けますが、この小さな銃には人を殺す威力があります。素人が練習もせず、いきなり狙い通り撃てるものではありませんよ」

「ええ……そうよね」

「凛。この手のミッション中に脱落する者は決まって、己を過信し驕り高ぶった者と……」

 

 ルヴィアと凛がギクリとする。

 

「……盲点を突かれた者達なのですよ」

「盲点?」

「魔術師のメリットはこの盲点を大きく減らせる点にあります」

「魔術での結界や施錠といったセキュリティですわね?」

 

 ルヴィアが口を挟む。そこで凛も気付く。

 

「眠っている間や、お風呂の時間とかね?」

「そうです。このセキュリティ確保と情報収集はセットです。ホテル前にタクシーが停まれば、どこかから狙われていないかを、必ず確認しなければなりません。それよりも前にホテル名と部屋番号がわかれば、狙撃ポイントが逆算できる情報を持っているかどうかです。なら空港か最寄りの駅に到着した段階で、使い魔をそのポイントに向けて放つ周到さが問われます。いえ、その前に列車や航空機はどうなのか。そういう事にキチンと手を打つ者にとっては凛、暗殺の可能性がもっとも高いのは雑踏の中なのですよ。駅や空港の移動中。ここが一番危ないです。一人だけお手洗いに行ってくれるなら、チャンスもチャンスですよ」

「わかる。そういう気の緩んだ瞬間が盲点なのね?」

「そうです。そしてそんな雑踏で銃はまず使われません。ほとんどが刺殺か猛毒の近接噴霧です。慣れた倫敦。向かうのは馴染みの時計塔。ですが今回ばかりは敵地です。魔術を使って来る可能性より、隠蔽すべき魔術を使わないで済む方法を使って来る可能性も考慮しませんと。自分の知らない方法が幾らでもあるのだと認識を改めて下さい」

「勿論、私達であなたを護ります。アーチャーのお兄ちゃんも彼女のセイバーも、これまでの経験でこの手の知識をたくさん持っています。ですが脅す訳ではありませんが、凛が凛自身を護れる方法を持っていませんと。いきなり本番ですが、今回はあなたと私のセイバーに実地訓練する意図もあります。神経を使いますが、今後のあなたにとってこの経験は財産となるでしょう」

「それはわかるけど、役立てたくない財産よね?」

「平和は無償ではありませんよ。極端ですが、向かう先が倫敦でなく月のコロニーだとすれば? 酸素すらただではありません。わかりますか? 敵と認識されれば、マナの確保すらさせて貰えなくなります」

 

 衛宮切嗣は並行世界の娘が話す内容に感心した。ディフェンスへの意識、アウェイの怖さをしっかり認識している。

 月のコロニーで例えるところは変わっているが、確かにマナは魔術師にとって酸素だろう。頭に入りやすい。さすがの自分もマナを独占できる程の敵に出会った経験は無いが、時計塔が相手なら十分あり得る話だと思えた。

 そもそも、そんな大魔術に対抗する魔術を出先で使うとなれば、これは絶対に無理な事だ。故の英霊。彼、彼女らへの魔力はタンクとなる礼装を用意すれば良い。きっとこの子達ならそういう準備も怠らないだろう。

 

 対して自身を振り返ってみればどうだったろうか? 

 例えば冬木のような場所に赴いて、そんな大掛かりな仕込みが必要な魔術は不可能だった。

 何より常時魔力が必要な英霊を扱う聖杯戦争では、その行為自体が自爆となる。ましてや、それができそうな遠坂と間桐は主催者側であったが、そこまではしていなかったのだ。

 なので切嗣も、念のための調べはしたが考慮する必要は無かった。それはそうだろう。招かれる魔術師は聖杯の餌を運ぶ飼育員だったのだから。

 だが……。相手が時計塔となると、お膝元の倫敦なら何百年も前から、街全体がそういう装置として機能するようになっている可能性がある。

 ここがわかっているかどうかは大きな差だ。明らかにこの子達はそれを理解し、打破する方法も確立していると思えた。心配していたが杞憂かも知れない。だから思わず声が無意識に漏れたのだ。

 

「さすがだね。敵地と敵をキチンと理解している。ああ、安心した……」

 

 アーチャーは一瞬複雑な顔をしたが、妹達を誇らしくも感じた。それはセイバーも同じだった。

 他方、凛は自分が日本人だと改めて認識した。危機意識の低さは指摘通りだろう。

 

「そうよね。甘かったわ。時計塔を敵に回せば、それくらいはされて当然よね。でも、私やルヴィアはその対抗手段があるわ」

「そうです。それこそが宝石魔術です。魔力の牢獄、未来への遺産、マナの財形貯蓄、魔術年金とか色々な呼び名がありますが、それはあなた方の方が詳しいでしょう」

「牢獄と遺産は知ってるけれど、財形貯蓄と年金は初耳よ。上手い言い方とは思うけど」

 

 宝石魔術は簡単な詠唱で石の持つ色と練り込める魔力で、その石が持つ、或いは魔術師が意図的に方向付けた膨大な魔術を一気に開放できるのが特徴だ。そして最大のメリットはシングル・アクションという工程の少なさと、魔力を取り置きできる点にある。

 つまり、若い今がピークの練りに練られた魔力を、回路が疲弊しマナを練られなくなった老後でも使えるのだ。凛はともかく、資産の多いルヴィアは寝る間も惜しんで魔力を込めているだろう。これは魔法使いの凜も、彼女の親友のルヴィアも変わらない。

 また幼少の頃から、魔術回路を起動させて毎日一定量のマナを取り込みオドを流しているので、回路自体の堅牢性や耐久性を高いレベルで鍛えられるというメリットもある。

 エルヴァが持つ81本の魔術回路は、1本が平均的な魔術師の4~50本に相当する化け物染みたものだが、やはり幼少から回路をアイドリングから高負荷まで回す訓練をさせられていた。それでも毎日では無かったのだ。

 このように、宝石魔術は金食い虫ではあるが、日々の貯金が可能な点にこそ意味があるのだった。

 

「そしてその酸素ボンベはあなたが毎日、コツコツと貯めてきた貯金箱です。こんな事で割るのは勿体無いです。そこで、ここ数日掛けて凜があなた向けに調整してくれました。これをお使いなさい」

 

 ゴトンと再びテーブルに置かれたのは、不思議な輝きを放つ無骨な宝石でできた剣だった。同じ無骨で凸凹した剣でも、貰った宝石剣とはデザインがかなり異なっていた。

 

「並行世界からマナを掻き集めるには、掻き集めても許される世界や空間に接続する必要があります。これは私がそういう安全な座標に固定してありますから、凛さんは握って魔術回路を開くだけで魔力を得られます。それを魔力タンクにして下さい」

「あ……ありがとうございます」

「ただし、事を終えれば必ず返して下さいね。今のあなたにとって、これはオーパーツですから」

 

 一見キツいようだが、オーパーツは間違いないだろう。

 投影された宝石剣は自室に置いてある。毎夜眠る前に握ったり眺めたりしているが、当初は魔力を通してもウンともスンとも言わなかった。恥を忍んでルヴィアに聞けば、彼女は少しだけ起動したという。試させて貰えば、確かに少し起動した。けれど腕に強烈な痛みが走る。今度は自分のをルヴィアに握って貰った。すると彼女は起動と同時に落としてしまったのだ。

 私と同じく、いや私以上の激痛が襲ったから落としたのだ。右腕は翌日まで動かなかったという。意見を交換して、宝石剣は術者に応じて用意してある事、つまり最初からカスタムしてあるのだと結論付けた。また、ルヴィアのものよりも自分のものの方が性能が尖っているだろう事も想像できた。

 これを検証すべく別角度から凜に質問すれば、彼女は現在3本目の設計に掛かっているのだと教えられた。より高度に使えるように、より洗練して使えるように。礼装の改良は魔術師として正しい行為だと嗜められた。それはそうだろうと思う。だが、やはり予測した通り、凛の宝石剣はかなり尖っていた。

 また、魔法使いは根源に到達して終わるのでなく、その先を目指すものなのだという。正直、頭がクラクラした。彼女曰く、2本目は新学期早々に完成し、今使っているのがそれらしい。そして1本目は、なんと中1の秋に完成したのだとも。それによって中2で魔法を得、時計塔に登録してあるのだと聞かされた。ルヴィアと凛は崩れ落ちそうになった。

 

 とは言え、それが例え借り物で限定的な使用法だったとしても、今の自分が使える宝石剣はありがたい。目で良いかと合図すると、凜が頷いてくれた。

 手に取り軽く魔力を通せばたちまち七色の眩い光を放ち始め、握る腕を通して魔力が身体に満たされて行く。右腕から左腕に握り直せば、刻印が活性化しギュンギュンと回る気がした。ああ、だから遠坂やエーデルフェルトの刻印は腕に入れるのだ。知っていたはずなのに、妙に納得してしまった。慌てて回路を閉じ手を離す。

 

「これは……」

「どうですの、リン?」

「ええ、素晴らしいわ。けど、こんな時間に持ってしまったら、魔力過多で眠れなくなるわね」

「良いですわねぇ」

「くれぐれもルヴィアは持たないで下さいね。このクラスになると自分に合わない場合、魔術回路を壊しかねませんから」

 

 凜の言葉に頷くルヴィア。

 私専用はございませんの? と、聞きたいが目の前の魔法使いは並行世界のミス・トオサカ。彼女だからリン向けのものが作れるのだ。

 これは言ってみれば反則だ。倫敦へ向けての緊急措置なのだ。それを羨んではいけない。そして目の前の若き魔法使いは恐ろしい事を言った。

 

「時計塔がマナを断っても、それがあるなら安心だと思わないで下さい」

「え?」

「遠坂6代なんて、鼻で笑う者達が普通に居るのが時計塔です。マナが無くとも、自らのオドだけで大魔術を使える者がたくさん居ますよ?」

「あ……」

 

 そうだ。マナを断てば自分達も魔術を使えないのだ。当然その対策はあるだろうとは読んでいたが、そんな化け物じみたオドを持つ相手も居るのか。やはり時計塔は奥が深い。

 次に白いエルヴァは褐色のエルヴァに何やら耳打ちした。頷いた褐色のエルヴァが刃渡り5センチ程度の小さなナイフを投影した。把手には宝石剣と似た輝きを持つ宝玉が嵌め込まれてある。

 

「これは?」

「眠る時に部屋の四隅に設置して下さい。壁に刺さず床に置くだけで良いですから。起動方法はあなたの方法で大丈夫ですよ。廊下から7.62×51mm NATO弾や.30-06 sprigfield弾を撃ち込まれても安眠できる、強力な結界が張れますので」

 

 これを聞いた衛宮切嗣の眉がピクリと動いた。勿論顔には出さないし、彼女達も言及しない。

 けれど、起源弾を防ぐ方法は持っていそうだ。並行世界の娘達を眩しい思いで見詰めた。

 

「そろそろかな。振り向かないで窓を」

 

 コンパクトや手鏡を体で隠しながら、上半身を動かさず窓を写す面々。

 すると子供が窓に張り付いて覗いていた。視線は褐色のエルヴァしか見ていない。となるとおそらくクロエだろう。簡易的な防音結界を張っていたので、きっと音声は何も聞こえていないはずだ。

 アーチャーの能力を得ていても、読唇術は使えないだろう。身体が斜めになっているところから、もう一人のクロは帰ろうと腕を引っ張っていると察せられるが、白いエルヴァと目が合い飛び上がってしまった。

 エルヴァは窓に近づき、玄関から入れと指先で指示した。

 きっと、だからやめておけって言ったのに、でもあなただってと言い争いながらここに来るのだろう。思わず顔がにやけてくる。

 1分も経たずにノックがした。表情を引き締め、お入りなさいと声を掛ける。ショボ~ンとしながら入って来る二人に褐色のエルヴァは笑いそうになった。それで緩む口元をキリッとさせて、こんな時間に何をしていたのかと、無理矢理怒った声を作って尋ねた。

 

「お姉ちゃん、私も一緒に行く!」

 

 クロエが目にいっぱい涙をためて、褐色のエルヴァに飛び込んだ。褐色のエルヴァの胸がキュンキュンする。

 白いエルヴァは、『あ、こいつ落ちたかも』と諦めにも似た心境を抱いた。お前、顔がにやけてますよ。

 

「お仕事ですよ。士郎クンが帰る頃に戻ります。絶対に無事で怪我もせずに帰りますから」

「絶対に?」

「絶対です。私の事が信じられませんか?」

 

 ふるふると首を振るクロエ。

 クロエの目線までしゃがんで、ハンカチで涙を拭ってあげている褐色のエルヴァ。コイツ振り切ったと感心しながら、白いエルヴァがそっと近づき、クロエに声を掛ける。その腰をクロが掴んでいた。

 

「彼女は私が護りますから」

「どうやって? 魔術師として凄いのはわかるけど、英霊のチカラもないのに」

 

 それを聞いたアーチャーとセイバーが口元を押さえ、褐色のエルヴァが首を振りつつ話した。

 

「クロエちゃん。縁があって私はこの世界に来ました。縁があってイリヤちゃんやあなたと姉妹になりました。そしてあなた達と幸せに生きて行きたいと考えています。だからこそ、家族を危険に巻き込もうとする人達を止めなければなりません。そして私だけなら確かにクロエちゃんの心配ももっともですが、彼女が居れば問題はありませんよ。彼女は私と違って、アインツベルンが何千年も掛けて造り上げた宝具を持っています。それがあるから、私を護るために彼女が一緒に行ってくれるのですよ」

「その宝具って何なの?」

 

 ちらりと褐色のエルヴァが白いエルヴァを見る。そして白いエルヴァは次の事を口にした。

 

「私は伝承保菌者です。身に宿す宝具『ラインの黄金』とは、簡単に言えば願望器のもっともっと上の存在なのですね。あなたの胸で封印されている小聖杯はそれの技術転用、言ってみれば私の宝具の下位互換、機能限定版なのですよ。私は英霊の魂でなく、英霊そのものを取り込めます。そちらのアーチャーのお兄ちゃんや、先日のアルさんがそうです。彼等は私の中に座があるのです。つまり私の中に本体があるので、私が存在する限り何度でも復活できます。また取り込むのは英霊そのものですから、それに付随する宝具も取り込めます。御覧なさい」

 

 白いエルヴァの後ろの空間が歪み、黄金の波紋が広がる。

 そしてクロエの解析能力が悲鳴をあげる程の、神秘に満ち満ちた宝剣や宝槍、宝斧の数々が顔を覗かせた。

 

「それはアーチャーの!?」

 

 褐色のエルヴァの従者であるセイバーと衛宮切嗣が同時に叫んだ。

 

「AUOはこれまでに数十人も屠りました。その内、七人のゲート・オブ・バビロンを取り込んでいます。どんな魔術師であろうと、どんな英霊であろうと、これで天地前後左右を囲えば逃げられません。それがギリシアの大英霊であろうとケルトの大英霊であろうともです」

 

 衛宮切嗣の顔が歪む。

 

「それか……アイリが話していた宝具は……。そのために君は……」

「ありがとうございます。けれど自分で選んだ道です。後悔もありません。それに彼女のように、私が叶えられない夢を継いでくれる人が現れたりもします。人生は楽しいものですよ」

「君は……強いな。わかった。これ以上は野暮だね」

「はい」

「結婚して赤ちゃんが生まれたら遊びに来て下さい。お風呂もオシメ替えも夜泣きの散歩も体験できますよ」

「こき使うつもりでしょう? 楽しみにしています」

「お姉ちゃんを護って……」

「クロエちゃん、約束します。エルヴァは私が必ず護ってここに無事送り届けますから」

「うん」

「ただし、一週間くらいは欲しいですね」

「お姉ちゃんが無事なら……我慢する」

 

 かつてどこかの父と母はこんな気持ちで日本に向かったのか。それは絶対に違えてはならぬ約束だった。

 褐色のエルヴァのセイバーが、白いエルヴァのセイバーやア―チャーに尋ねた。

 

「あなたのマスターは……?」

「『英霊殺し』。それが我がマスターの二つ名です」

「どれだけの神秘を内包しようと、どれだけの奇跡が付随しようと、武力というものは、それを遥かに上回る武力には勝てん。それにこの子の宝具は相手の宝具を取り込み、己がものにする事に意味がある。このような原点ばかりでなく、担い手が生涯相棒とした宝具が他にもあるのだ。ゲイ・ボルク然り、ゲイ・ボウ然りだ」

「しかし真名開放は?」

「その音声と気を取り込んでいれば開放できる。そもそもフィードバックと魔力さえどうにかすれば、我々とは言わず、魔術師なら使用可能な宝具は多いのだ。勿論そんな事まで調べるコイツが変なのだがな。そしてこの話はそちらの衛宮切嗣とオーギュストにこそ聞いて貰いたいが、この子は効果だけでも取り込める。つまり確実に相手の心臓を貫くとされる槍を、魔力さえあれば百本同時に繰り出せるのだよ」

「そんなバカな……」

「ああ、出鱈目も良いところだ。しかしそれができてしまう。大昔の神が盗もうとまで考えた宝具、その改良版だ。改良してあるから、人であるこの子でも魔力不足に陥らないし、使えてしまう。そしてそれは神秘の無い、近代兵器でも同じだ」

「どういう事だい?」

「大陸間弾道ミサイルでも、潜水艦発射弾道ミサイルでも……即ち核でも取り込めるという事だよ」

「何!?」

「更に言うなら、暗殺したくとも核すら取り込むので、空爆も不可能だという事だ。報復で取り込んだ核を相手の国や故郷で開放するだけなのさ。そんな事はせんがな。しかし、デモンストレーションは無人島や無人地帯で行っている」

「何だと?!」

「ド派手なのは25mmのM242ブッシュマスターや30mmのGAU-8アヴェンジャーといった機関砲を市街戦で使えるところだが」

「そんな事が本当に可能なのか!?」

 

 メインウェポンは想像を遥かに越えていた。

 先程顔を覗かせていた宝具の数々も脅威だが、衛宮切嗣には想像しやすい核や機関砲での市街戦の方が驚きだった。

 

「無論可能だ。先程テーブルに出した拳銃は丸々取り込んでいたものだ。だから手品のように現れる。あなたの娘の一人は母親と同じ運命だったが、もう一人の娘は運命を斬り裂き、双子の姉を救い、あなたの夢を繋いでいるのだよ」

 

 エルヴァが視線を送ったのでアーチャーはパタリと口を噤んだ。きっと他にも隠された何かがあるのだろう。

 全員の顔に驚愕という名の表情が張り付いた。

 

「斬り裂き繋いだ……」

 

 呆然と切嗣は呟いた。

 

「体の良い、生きる抑止力ですよ。宣伝はしていませんが、お父さんのような情報通にはね」

「それがノイント老の目的だったのかッ!?」

「違います。『ラインの黄金』は願望器でもあると話したのは事実その通りです。ですが、私がこうあるべしと望んだのですよ。8歳の時に父の願いを聞いたので」

「バカヤロウ! バカヤロウ……バカヤロウ! 僕は……僕は……大バカヤロウだ……」

 

 衛宮切嗣は大粒の涙を流して叫んだ。

 

「けれど、父のせいではありませんよ? その願いというか考え方も、参考にした程度です。ブレないと仰って下さったでしょう? そのアインツベルンの悲願だけは曲げません。そして無益な殺生はしたくないですし、どんな人であっても帰る家があるのならば、その人もまた護られるべきです。ですから、倫敦でも同じです。脅しはしても殺しはしません」

「事実ですよ。長いアインツベルンの歴史で斃れていった人達への手向けとして、彼女は不殺の誓いを立てています。これまでの人生で一度も人を殺めていません。これは47番として共にあった私が保証します」

「それで、その誓いとあなたは関係なくなった訳ですが、どうします?」

「同じですよ。『ラインの黄金』はありませんが、『無限の剣製』ならぬ『夢幻の剣製』は可能ですので。私も自分を戒めて生きるだけです」

「『夢幻の剣製』? あなたはグラムを?」

「ええ、だけではありませんが……。同乗開始(パイルダーオン)──。こんな感じです」

 

 褐色のエルヴァは一本の大剣を投影した。

 ノイント老の家に数千年も伝わる、魔剣グラムそのものである。長い時間を掛け、アインツベルンの門下に入った何百人もの子弟達が改良に改良を重ねて来た、現代の宝具である。これのオリジナルを所有しているからノイント老も伝承保菌者とされるのだ。

 

「うわぁ~、アッサリだ~」

 

 呆れた声は白いエルヴァにくっついているクロから漏れた。

 この間の春休みに、1年以内に投影できるようになれと、シロウが投影したものをお手本として預かっている。師でもあるアーチャーが、設計図を引くのに私でも三日は掛かると話してくれた魔剣グラム。現代の魔術に於ける、空・火・地・水・風の五大属性に虚・無の二属性、その全てを撥ね退け、更には虚や無になる前の闇属性や聖堂教会が独占している光属性の魔術まで撥ね退ける。退魔の概念も強く、運命にまで干渉する。運が悪ければかすり傷で即死だ。

 そして最大の特徴は霊魂をその存在から斬れるところだった。魂魄の両方と縁を任意で斬れるのだ。魄斬りだとヘラクレスの12本ある魄を一度に斬れる。デタラメな性能の剣なのだ。

 ただし魔力消費量が凄まじく、ノイント老とエルヴァ以外は使えない。魔力的には姉のイリヤも問題ないが、如何せん剣を振るう腕がない。以前のクロなら一回使っただけで消失確定のシロモノだ。

 褐色のエルヴァの傍に居たクロエも目を丸くする。解析を掛けても余りにも異質で理解しづらい。特に理念が見えない。

 

「これ、何で理念が何百もあるの? そんなに大勢の人が一緒に作ったの?」

 

 最初の鑑定で躓く。骨子は基本となる部分が無い。いや、あるのだろうが改造され過ぎて想定不可能だ。材質はある程度わかるが、わからないものもある。なので構成も製作技術もわからない。だから共感できない。

 ただ年月の蓄積だけは見える気がする。たぶんこれは小聖杯に頼っても無理だろうと理解できた。同時に刃のどこにも触れるな、キケン危険キケン危険キケンと警告だけが頭の中で点滅する。

 

「これを6年生になるまでに投影できるようになれって言われてるのよ」

 

 クロの言葉に驚くクロエ。

 

「もっと掛かるんじゃないの?」

「何で掛かると思う?」

「え? それは鑑定とか……」

「その解析方法はアーチャーのお兄ちゃんがオリジナルでしょう? 小聖杯に頼れば意外とそれっぽいのはできるの。でも、それじゃいつまで経っても私は成長しないわ。元々私達は地系の魔術師よ。けれど剣は火の変形なの。だからあなたのお姉ちゃんは上手いのよ。あなたもお姉ちゃんが大好きなら、自分なりの方法を見付けた方が良いわ。成長しない妹は見捨てられるかもよ」

 

 クロエはショックだった。クロは真面目に方法を考えている。

 

「見捨てるのですか?」

「見捨てませんよ。けれどコツコツと頑張る子は好きです。それに本当に大変なのはクロちゃんですよ」

「どうだろうね。少なからずエルお姉ちゃんは追い掛けられる夢をくれたもの」

 

 その言葉で白いエルヴァがクロを撫でる。

 それを聞いていたクロエが尋ねた。

 

「夢って何?」

「13代か14代のアンツベルン総裁になる事」

「そんなの目指してるんだ?」

「え? 変?」

「ううん、変とは思わない。そっか、あなたは魔術師として大成したいのね?」

「そうだけど……。あなたは違うの?」

「なれるならなりたいけど。パパとママの立場もあるし、イリヤがどう思うのかもあるし」

「え?」

「私は家族で仲良く暮らすほうが大切だと思うの。きっとあなたもそこは変わらないと思う。ただ優先順位が違うだけで」

「あ~……。そっか、そう考える人なんだ、あなたって」

 

 だからか。褐色のお姉ちゃんの暗示でなく、元々こういう子だったんだ。クロはクロエがいっぺんに好きになった。

 そうだ。自分にしても家族が仲良くできるなら、それで良いやと思っている部分はある。同じのようだけど少し違う。それが並行世界なんだと理解した。

 

「結構違うものなのね?」

「ね? けれど妹のイリヤにしても、そちらのイリヤとは違うなって思うよ」

「そうね。そう言われてみればそうかも」

 

 この子達はどちらも楽しみだなと思うエルヴァ達だった。

 子供達の言葉に、落ち込んでいた衛宮切嗣も微笑んでいた。それは誰かを贖罪の意識で救った時の、あの免罪符を得た赦罪の笑みでなく──心から愛する者を見詰める親の微笑みだった。

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