23、出発
お土産、お土産と朝からリーゼリットが煩い煩い。逆に小学生組が静かなのは驚いた。ちゃんとお土産は用意しますから。
小学生とリーゼリットにはファッジの詰合せと、テリーズのチョコレート・オレンジで良いだろう。セラにはマルドンの塩とレモンカード。お母様にはお茶の詰め合わせとショートブレッド、お父さんにはスコッチウイスキー。後は適当に良さげなものを幾つか。それで良いと思う。
行って来ますと挨拶して、ガラガラとキャリーバッグを引き摺ってお向かいへ行く。空港までオーギュストさんが送って下さるのだ。セイバー二人とお兄ちゃんは霊体化。気を付けないと、上空で置き去り……にはならない。客室の空気は外みたいに流れないからだ。空港に着くと、手荷物以外を0番に預ける。
「何で彼女に?」
「あの宝具はこういう時に活きるのです。帰りも手ぶらで帰れますよ」
これは取り込んだゲート・オブ・バビロンの方でなく、第一魔法の下位でもある極小泡沫空間を発生させる事を指す。その空間を固定して倉庫代わりにするのだ。0番はバイクやクルマ、銃器に弾薬、ナイフ等の道具をこうして持ち歩いている。完璧な運び屋だ。
私がゲイ・ボルクを避けられたのはこの原理を知っていて、ミニサイズの極小泡沫空間を発生していたからだ。おチビちゃんにはああ言ったが、本当はあの穂先は見知らぬ世界で消失している。
何故なら私があのミニ世界を閉じたからだ。歴史に残るゲイ・ボルクならあの瞬間に槍が永遠に消えるのだが、英霊の宝具やカードの限定召喚の場合、座にオリジナルが概念化して収められている。だから魔力さえあれば再召喚が可能だ。本当に厄介な槍だ。
それに私は0番みたいに『ラインの黄金』を持たない。なので、あの時は膨大な魔力を消費した。おくびにも態度に出さなかったが、学園からの帰りは本当に辛かったのだ。
行く前からバスはとっくに終わっていたし、タクシーを呼びたくとも携帯電話もお金も無かった。それに凛から奪った500万は、足が付かないかと迷ったので表で使うのは憚られた。それもあって金欠だったのだよ、ワトソン君。
その後500万は投機に回し、現在1500万。種銭をもう少し増やさないと大きな投機ができない。0番からの15億も、凛の500万もいずれは返すつもりだ。なんとしても儲けないと。
国内線で羽田まで行き、国際線の搭乗口まで行った。
各種の手続きに搭乗審査を終えると、ビジネス・ラウンジで搭乗を待つ。オーギュストさんが、ファーストクラスを手配しようとしていたので妥協した結果だ。
私と0番は小柄なのでエコノミーでも問題ない。と言うか、普段はエコノミーなのだ。仕事柄、飛行機に乗る機会も多かったが、無駄な経費は使いたくない。特に飛行機は眠るか、勉強する以外にやる事がない。空の旅はマイルを貯める以外は楽しみが皆無なのだ。
なら、出発前のラウンジくらいは楽しもうよと0番こと白いエルヴァが言ってくれたのだった。凛の緊張を解すには良いだろう。ラウンジでは偽名で飛行機に乗るので、マイルが貯まらないという愚痴を零された。
気持ちはわかる、0番よ。私は今まで貯めた分を、あなたに全部譲った気分なのですよ?
そう話したら、ごめんなさいとペコリと頭を下げて来た。我が事ながら、素直なところがある。お互い様だけれど。それでプッと吹き出したら、『あなたは私のイマジナリーフレンドか』だって。
確かに0番の一部だったし、彼女の思考の産物ではあるけれど、失礼過ぎないか?
ところで魔法使いの凜はと言えば、昨夜の間に先行して倫敦へ向かっていた。
危ないと凛やルヴィアが諌めていたが、魔法使いは根源を得ただけでは無い。この世の理から掛け離れた、仏教的に言えば解脱した状態にシフトしているのだ。
なので殺しても死なない。肉体が滅んでも直ぐ様任意の場所で復活を遂げる。もはや、自分で座を持ち歩く英霊みたいなものだ。ただし、チカラは人のまま。英霊や死徒に魔術で対抗できても体力で負ける。そこだけは難儀だ。
また、凜は露払いを自分から買って出てくれている。エーデルフェルトの賓客として、倫敦に向かうのだ。だから飛行機もファースト・クラス。
これには理由があり、それによって鼻の良い相手を見極められるし、時計塔へ先に繋ぎを入れられる。実際、時計塔へ向かうのは私達と合流してからだが。
とは言え、在籍している学生と見た目が同じ人間が宝石剣を持って殴り込むのだ。インパクトは大きいだろう。何より大師父との面会も、並行世界から赴いたと言えばスンナリ通るはずだ。
そしてそういう異邦者をもてなし、倫敦へ送ったとすればエーデルフェルトも鼻が高い。この意表性と効果の高さで、無駄な争いを排除するのが目的なのだ。要は誘蛾灯役だ。
現役最年少で時計塔に忠実な魔法使いなだけに、看板や広告塔にされる事も多く、それを誰よりも嫌がっていたのに。私達のためにと動いてくれる凜には本当に頭が下がる。
真っ先に言いたい事がある。二人のエルヴァについてだ。
朝6時半にルヴィアの家の玄関前で集合。これは良いわ。そこで宿泊しているんだから。
最寄りの空港の出発時刻が9時半。東京での乗り継ぎ待ちが1時間半。そこからヒースローまでフライト。所要時間は約15時間。到着は7時間戻して同日の夕方4時半頃だろうか。
そこで翌日まで休めば時差ボケも治るだろう。いやいや、行程も良い。文句は無い。文句を言いたいのは二人の服装だ。似合い過ぎる。可愛過ぎる。並んで歩きたく無い。
少し説明すると。二人は春らしく胸元のヨークで躍動感を出した上半身に、下半身は大きな花柄が可愛いロングスカートだった。ワンピースのドレスかと思ったら、トップは別だった。
首周りにゆったり巻いたスカーフが、スカートと同じ柄なので誤魔化されるのだ。そのスカーフは絶対に絹のブランド物だろう。
褐色のエルヴァは上半身が白地、白いエルヴァは黒地。スカートには褐色のエルヴァは白地に青いバラ。白いエルヴァは黒地に赤いバラ。見事な対比だ。
帽子は編みがざっくりとした、つばの大きな麦わら帽子。一部の編みが模様になっていて、そこに白いバラを挿してやがる。
足元は麻素材かな? 編み込みが可愛いパンプスだ。ヒールはやや高め。この子達、ドイツ系にしては背が低いものね。私もトイレ対策で高めのヒールを選んでいるので、これは仕方ない。
けれど爪のマニキュアがスカートのバラと同じ色だし、手にはカーディガンだろうか、それも青と赤だ。おまけに肩から斜めに下げたバッグまで揃えてやがる。これは絶対にエル○スのケリーだ。クソッタレ!
一体どこのお嬢様だ? 実際お嬢様なのだろうけど。だけど、一緒にいる私は何だ?
いや、これでも頑張ったのだ。ダークブラウンのガウチョパンツに、トップは黒いレースの下にダークブラウンのカットソー。ウェストに赤いサッシュベルトを巻いて、足元は黒いパンプス。バッグはベルトと合わせて赤い革製。
オーギュストさんも大人っぽい、お似合いですと褒めてくれた。自分でも自信があるわ。なのにあの二人は10代の女の子らしい爽やかさと、上品さをサラッと出して。
けれど私とコントラストが激し過ぎ。これでは引き立て役だ。それで少しムカムカしていたら、二人が私に寄って来て。
「こういうコーデをしたいのですが、私は似合わないのですよ」
「本当、大人っぽくて格好良いです。バッグも革の切り返しと、編み込みの部分がお洒落ですよね」
「ね? ヴェルデじゃなくて裏通りのバッグ屋さん?」
「いや、先日行きましたけれど、こんな良い感じのは無かったですよ」
「アンダーをブラウンで決めたのが良いですねぇ」
「まったく。全部黒だと重いですから。こういうのが似合う高校生って日本ではまず見ませんよ。凜に教えないと」
「ですよ。あの子はお嬢様過ぎて、中学生のよそ行きみたいな格好が多いですから」
「ですが、あの清楚さは凜しか似合わないのですよねぇ」
「確かに。私も大概童顔ですが、あの着こなしは凜にしかできません」
なるほど。確かに彼女は清楚なイメージがあるし、爽やかな服装が多かったと思う。好みが私と間逆なのね。いや、親が健在という事は、お仕着せもあるのかな?
お母様の好みだったのか、幼稚園の頃はそういう格好が多かった気がする。結局私は、それもこれも個性かと半ばヤケ気味に納得し、クルマに乗り込んだのだった。
空港到着後はオーギュストさんにお礼を言って、直ぐ様国内線のターミナルへ。
手荷物検査をササッと終えれば、東京まで出発だ。同級生は新幹線の中かなと雲を見ながら思った。きっとルヴィアも楽しんでいるだろう。最初は行かないとゴネていたが、無理やり行く事を承知させたのだ。
何故なら彼女はああ見えて、普通の人にはアタリがとても柔らかく、クラスにも溶け込んでいたりする。時計塔では見ない顔をしているのだ。
エルヴァに言われるまでもなく、私は私の欠点を知っている。それにお昼をともにするようになってからは、嫌味の応酬はあってもケンカが皆無だったのだ。そして味がしなかった鯵料理の日の夜、私は凜の部屋を訪れ、彼女にとってのルヴィアとの関係を教えて貰った。そうだったのかと目からウロコだった。同じ家を背負うにしてもルヴィアと私ではスケールが違っていた。結局、私が狭かったのだ。
それをルヴィアと話し、和解できたのが一昨日の夜。それで昨日、エルヴァへ報告しようと二人で向かったのだ。昼休みの彼女は勘違いしていたみたいだけど、放課後弓道場に向かえば、察してくれていた。だから倫敦に行くに当たって、修学旅行に行けなくなったのは私自身残念だった。私の分まで楽しむとルヴィアが笑ってくれたので助かった。
そうだ。私もルヴィアも放たれた矢なのだ。真ん中に中らないと親にも家にも悪いじゃないか。弾け飛べとお互いにぶつかっていては的にも中らない。エルヴァの矢はそんな事を教えてくれた気がする。
クラスメイトの中でも比較的よく話す美綴綾子から、初日の話を聞けば────
『お手本みたいな美しい射だ。あの先輩が2年生だったら、全国制覇も夢じゃない』
────とまで言い出した。
確かに昨日は綺麗だった。私には弓道がわからない。けれどとても綺麗だと思った。余りにも見惚れていたので、桜や衛宮君が何をしていたのか憶えていないくらいだった。これはルヴィアも同じだと話してくれた。
東京ではヒースロー行きに乗り換えなきゃいけない。待ち時間は1時間半。
どうするのと聞けば二人はサクサクと歩き、出国手続きを済ませてラウンジに入って行った。ビジネス・クラス以上にある航空会社の専用ラウンジだ。
お恥ずかしい話だが、万年エコノミーの私は未だそういうのに入った事が無い。最近はクレジットカードの特典で利用できる場合もあるらしいから、入った人も居るとは思うけど。とにかくゴールドカード等で入れるラウンジとは別物なのだとか。
あいにく私は親も居ない未成年なのでカードを持っていない。だからカードのラウンジにも詳しくないのだけれど。
そういう事情もあったので、エルヴァ達の意見でファーストからビジネスにランクダウンしたのは正直残念だった。ま、人のお金で贅沢は言えない。
とは言え、入ってみたら結構良かった。無料のビュッフェには、目の前で握ってくれるお寿司まであった。ドリンクもアルコールを含めて飲み放題。
離れたところにはリクライニングチェアがあり、その向こうはシャワールームだ。空港でシャワー? そういうニーズもあるのね。
この飲食やシャワーが無料か有料か、サービスそのものがあるのか無いのか、そこが航空会社のラウンジとカードのラウンジの違いらしい。広さや込み具合も結構差があるとか。
やはりカード会社のラウンジは付帯サービスなので、取り敢えず用意しましたの感が強いらしい。そして使えるものは使えとばかりの客だらけだから、混み合うし落ち着かないそうだ。へぇ~。
対する航空会社のラウンジは、そのチケットを購入した客の特典であり会社の格を示す場でもある。だからそれなりに充実しているのだとか。勉強になるなぁ。
そんな中に入った私は、遠坂たるもの優雅であれと落ち着いた振りをしていたが、目線はあちこちをしっかりチェックしていた。確かに、中々良いわねぇ。
けれど出発前に食事をしても機内食があるし、1時間半までの待ち時間なら搭乗口ロビーでも待てなくはない時間だ。って事は、カードのラウンジも利用の仕方次第なのかな?
さぁ、何で暇を潰そうかなと考えていたら、二人はドリンクを注文し雑誌をパラパラ捲って寛いでいた。かなり旅慣れているみたいだ。
そこで私はバッグから昨夜白いエルヴァから渡された、時計塔に提出する論文のコピーを取り出し、チェックをする事にした。マーカーで印を付けた箇所を何度も読み返す。
このコピーは元の論文に最新の理論を取り入れ、術式もわかりやすいように細かく入れて書き直したものだそうだ。これが鯵の日に耳に入ったエミュレートの論文だった。
ルヴィアと私にと2部用意してくれたのだが、その日の夜に読み出した私は唸ってしまった。
ルヴィアもそうだったらしく、9時頃に私の部屋に来て、それから深夜の2時くらいまで二人で読み耽っていた。その時にマーキングしていたのだ。
考え方はわかる。どのように魔術回路を使うのかも克明に書かれてある。それを成すのにどういうエクササイズが良いのかまで書かれてある。言ってみれば至れり尽くせりなのだ。
なのに恥ずかしい話だが、術式の1/3……いや、半分近くがわからなかった。
『まさか、そんな方法で?』
『あり得ませんわ』
『絶対無理よ』
『ですわよね』
『これだとこうなるのが普通だわ』
そんな事をルヴィアと話していたのだ。
それで簡単に使えそうな方法があったので試してみた。すると私で4倍、ルヴィアで5倍の出力が測定できた。使用した魔力は何時も通りなのにだ。私とルヴィアは腰が抜けた。
これを真っ先に覚えて使いこなせば、どれだけのアドバンテージになるか。だから行きの飛行機で読み込もうと考えて、手持ちのバッグに忍ばせていたのだ。たぶんルヴィアも新幹線の中で読み耽ってるだろう。
しかし、何だこれは? きっとエルヴァは真実天才なのだろう。今までその形容詞で讃えられる人は大勢とは言わないが、そこそこは居たと思う。けれど、レベルと言うかステージが全然違うのだ。
『ああ、なるほど、そう考えるとは斬新ね』
『そことそこをくっつけるのか、大したものよ』
そういうありきたりな感想を一切抱けない。この私も、ルヴィアも、何故そうなるのかサッパリ不明だった。
自分達が争っていた主席って、きっと中学の数学レベルで、エルヴァは大学院レベル? そんなとんでもない差を感じる。
「これ、誰に提出するの? わかってくれる相手が居るの?」
思わず声が出る。
「私の世界には神童エルメロイ先生が生きていらっしゃいますが、その先生が4年過ぎた今も全部はわからないと仰っていますね」
「理論が不明でも、実験すれば効果覿面なので認めざるを得ませんよ。なら理論の方は暇なロードにでも任せて、実践的なデータをどんどん残せば良いのです。あなたの五大属性がここで活きて来ます。虚か無をエミュレートできれば、魔法へ更に近づきますよ」
「そうなんだ?」
いや、そうなんだ? と疑問形でしか相槌を打てない。それが何故魔法に継るのだ?
そもそも等価交換の原則を外れていると読んで最初に思い至り、そこで躓く人が続出する事請け合いの内容なのだ。
それが魔術回路の洗練された使い方で無駄を失くし、効率良く使う事が大切なのだと理解し、それを何度も自らの回路で検証し、数値を出して、やっとエミュレートの取っ掛かりに入れる。
いや、私もやって来たわよ? 回路を鍛え、安定性を保つ事は、魔術師にとって当然の事だから。けれど、一々細かい。朝昼晩の食事からティータイムのお茶の銘柄、その時に開く本や音楽にまで言及されているのだから。
けれどドリンクを飲みつつ頭を捻ってわかった事がある。これはきっとエルメロイⅡ先生みたいな人のために書いた論文なんだ。
そこを尋ねれば、二人はニヤリとした。だから餌になるのか……。しかも餌は餌でも罠では無いとわかるのだ。たぶん、欲しいのは時計塔での、ある程度の地位と言うか立場だろうし。それを得て、第二第三の手を打つつもりなのだろう。
『刻印の複製は魔術師にとっては福音ですわ。修復師の仕事を独占する足掛かりにもなるのでは? 薬はその補助。ここに書かれてあるエクササイズや食品についてもそうですわね。そしてエミュレートは自己調律の大切さと、その先の域が書かれてあるのだと思われます。これは魔術師の意識改革を促す論文ですわね。理論はサッパリですが』
これがルヴィアの見解だった。私もそうだろうと思う。画期的ではあるけれど、原点回帰を提案してもいるのだ。だから私とルヴィアは共感するしかなかったのだ。
やがて搭乗時刻になったのでゲートを通る。手荷物だけなので本当に楽だ。
おまけにビジネス・クラスだとやけに早い。三人でお手洗いに行ってる間に機内への入場案内が始まっていた。チケットを通し、通路を歩く。
迎えてくれたCAは逆方向へ案内する。搭乗口より前なんて初めてだ。うわ、広い。一列3-4-3や2-4-2じゃない。2-3-2だ。
驚いていたら、違う、そこはプレミアム・エコノミーで、もっと前だと言われた。するとそこは2-2-2で、隣との間に仕切りがあった。椅子もやたら大きく広い。一抹の不安があったのでエルヴァに尋ねた。
「ここってファースト・クラスじゃないの?」
「ファーストはこの機には少ないみたいですね。もっと前で横に1列か2列しか無いのでしょう」
私の心配を他所にCAが案内してくれた。さすがは国際線。CAにも外国人が多い。
窓側が私、隣が褐色のエルヴァ。通路を挟んで白いエルヴァだった。こいつら、既に英語に切り替えて話している。
そうだわ。仕事で行くのだから、こういう切り替えは大切よね。窓側に誰が行くとか考えていた自分が情けない。けれど仕方ない。初めてなんだもの。
聞けば最近の国際線は、こういうビジネス・クラスが主流でファースト・クラスは少ないのだそうだ。競争も激しいので、それでこんな豪華な感じになったのだとか。
ファースト・クラスより安くエコノミーより断然快適なので人気が高いという。座席もガバっと倒れるらしい。確かにこれなら良く眠れそうだ。
この手の高級感があるビジネス・クラスは、アジアやアメリカの航空会社が特に良いそうだ。詳しいなぁ。
エルヴァも自分へのご褒美、或いは取り引き先からの好意で利用する場合が時々あるとか。けれど普段は経費削減でエコノミーなのだという。意外に堅いのね。機内食も2~3種類から選べると言うし、シャンパンやワインも楽しめるとか。
未成年よと言えば、16歳以上ならまず大丈夫なのだと言う。本当か? その後、CAの説明を聞いた。微に入り細に入り懇切丁寧。
さて、エンジン音が高まって来た。いよいよ離陸だ。座席に押し付けられる感覚が弱まったと思えば、お尻からでなく上半身がふわっと浮く感覚。ああ、エコノミーとの違いだ。ルヴィア、ありがとう。こんなの初めて。
水平飛行に入ったら、ウェルカムドリンクだ。ソフトドリンクはオレンジジュースで本当にシャンパンもあった。エルヴァ達は迷いもなくシャンパンを選んだので、私もそうした。アルコールで眠気を誘い、昼頃まで眠るのだそうだ。なるほど。
そして二人はイヤホンを耳にした。携帯音楽プレーヤーだ。何を聞いているのと訊けば、それぞれがウラニワのエロイカにパンゲアと答えてくれた。
エロイカって英雄って意味よね? けど、裏庭って? エラくローカルなヒーローだ。ガキ大将って意味かしら?
けどパンゲアがわからない。昔の大陸の名前ってのはわかるけど。この二人、予想の斜め上を行くわ。私はプレーヤーが無いので、機内のイヤホンを付けた。
クラシックのチャンネルを選んだらスッと眠れた。一眠りしたら、お昼の機内食だ。今回は和食と洋食の2種から選べるという。
「何にするの?」
「洋食ですよ」
「どうして?」
「そういう国に行くのですから、味覚を慣れさせておかないと」
一理も二理もある。しばらく美味しい和食とはおさらばだものね。けれど向かうのは英国でも、倫敦ともなればお金を出せば美味しいお店はある。ありがたい事にオーギュストさんがクレジットカードを用意してくれ、それがあれば高級な有名店も怖くないのだ。
だというのにエルヴァはお店よりカードが怖いと言う。どういう事だと聞き直せば、家族でもない第三者が使えるカードって怪し過ぎるとか。詐欺にも使えると言われて納得した。それはそうよね。大丈夫なのか、エーデルフェルト。
エコノミーとは全然違う広いテーブルに次々と並べられるお皿。おお、ちゃんと陶磁器なんだ。
もっとお弁当的な簡素なものと思っていたら、かなり良いわね。味もまぁまぁ。特別良いとは言わないけれど、機内食と思えばかなり頑張ってる。
それで私達はワインを頼んだ。メインがお肉なのに、白いエルヴァは3杯も飲んでいた。白ワインが好きなのだそうだ。隣のエルヴァは2杯。飛行機なのにロゼなんかあるんだ?
私は赤ワインの2杯目を少し残した。その分、三人とも料理が余ってしまった。量が思ったより多いのだ。褐色のエルヴァは気にするなと言ってくれた。
テーブルが片付くと、少しお喋りをした。打ち合わせや作戦では無い。それはホテルで魔法使いの凜と合流してからだ。
では、何を話したかと言うと、女子高生らしい普通の会話。主に褐色のエルヴァの学園生活についてが多かった。白いエルヴァがあれこれ聞いているのだ。そこを私が相槌を打ったり、補足したりしていた。
やがてそれぞれがお手洗いへ行き、再び眠った。上げ膳据え膳の食っちゃ寝だな。むっちゃ贅沢。
起きたら後1時間と言われた。二人はとっくに起きていたようで、なんとテーブルに教科書とノートを開いて勉強していた。真面目ねと言えば、白い方のエルヴァは毎年学年1位か2位の成績だと言う。競い合う相手は双子の姉のイリヤだって。
あの論文を見た後なら納得だ。そして隣のエルヴァは世界史の参考書と、数学Ⅲを同時に開いていた。ノートは板書を写したものでなく、こういう自習用のノートのようだ。
左のページに世界史、右のページに数学Ⅲ。同時に勉強しているのだ。あまりにも変なので、二人に尋ねてみた。
『私のは並列思考です。それを使えば同時進行も可能ですよ。教科書や参考書を置くスペースがあるなら主要な教科を同時に勉強できます』
『分割思考も使えれば擬似的な別人格を脳内で作って、検証やディベートを一人で行なえます。与えられた問題を解くのでなく、自分で課題を作り、自分で実験をしなければならない学者や魔術師なら、覚えて損はありませんよ』
『その分割思考の入り口が、並列思考のゴールです。向き不向きはありますが、あなたなら……そうですね。10年くらいで並列思考をものにできるのでは?』
できねぇよ。幾つかの作業や考えを同時進行するのとは、似ているけれど違うらしい。マルチタスクを処理するだけなら簡単だとも。使いこなせば却ってリソースを喰わないとも話していた。
言いたい事はわからなくも無いが、どうも想像するものとは根本的に異なるようだ。ホムンクルスの血とも関係あると話していたっけ。
その昔の彼女達のご先祖は、アインツベルンを補う装置だったのだとも。だから有名なアトラス院の思考方法とも違う、独自の思考法が開発されたのだとか。そんなの10年貰ってもできるか!
エルヴァ達が飲んでいたので、私もコーヒーを頼んだ。お茶派なので滅多に飲まないが、目覚まし代わりだ。カップを返せば着陸態勢に入った。そうだ。時計合わせ! やったかと聞けば、機内に入って直ぐに終えたとか。さすがだわ。
ゲートから出るとそこは倫敦。帰って来たって感じ。でも気は抜けない。
ヒースローからはヒースローエクスプレスを使ってパディントン駅まで向かった。改札を抜けた駅前には凜が待っていてくれた。
歩きながらササッと結界を張るので何だと思えば、ここでセイバー達が現界した。なるほど。
日本語でお腹が空いたとブツブツ言う英霊二人。アーサー王、ここは倫敦よ? 良いの? そんな残念なセリフが第一声で?
すると今度は古い、たぶんケルト語と古英語が混ざったような言葉で話していた。何故内容がわかったかと言うと、エルヴァが教えてくれたからだが。
『英国は貴族主義と産業革命、並びに植民地支配の弊害で、労働者階級の食文化が未発達なままです』
『そんな……本当ですか?』
『ええ。ガイドブックでも、まともなのはインド料理か中華料理程度だと書かれていますよ』
『待って下さい! それって異文化ではありませんか?』
『そうです。ただ、英国式の朝食は結構食べられる味なので、三食ブレックファストを頼めという冗談までありますね』
『ほぅ、朝食が……。確かに朝食は一日の活力となります。しっかり食べねばなりません』
『と言っても、トーストと目玉焼きにソーセージ、後は少量の野菜と豆程度ですがね』
『ああ……』
『あなたもシロウに、パンでなくご飯にせよと文句を言った憶えが?』
『はい……。学生なのだから時間が無いのは許しましょう。しかし寝坊は本人の心掛けの問題だ』
『確かに。リンに看て貰うまでは碌な魔術も使えず……』
『彼にはほとほと泣かされました……』
何か知ったような名前が出て来たけれど、気のせいよね?
そしてアーチャーが駅に近いザ・プライド・オブ・パディントンというパブを案内してくれた。ドリンクはどうすると聞かれて、あれにしよう、これにしようと皆んなで悩んでいる間に、料理を次々注文していた。それもとても流暢な英語で。
テーブル席に陣取っているので、支払う時のチップも忘れない。だから、何もんだアンタは!?
「どうでした、セイバー? 本場のフィッシュアンドチップスは?」
「雑と言ってしまえば失礼ですが……。こんなものなのかなと」
まぁ、こんなものだろう。屋台物より油が切れているし、倫敦では美味しい方だと思う。しかし山盛りのチップスや、大きなシェパーズパイ、それに凜やエルヴァから譲られたパンを全部平らげた感想がそれとは。
食事を終えれば、腹ごなしにホテルまで歩く事になった。ハイドパークを抜ければ直ぐだと言う。待って、あの辺りは高級ホテルしか無いのよ?
そんな私の心配を他所に、アーチャーの先導で皆んなはハイドパークに向かってテクテク歩いた。なんとなくだけど、レストランを避けている?
そしてハイドパークに入れば、アーチャーの両側からエルヴァ達が腕を組んだ。確かになぁ。周りは手を繋いだり腕を組む人達が多い。ちょっと凸凹が激しいけれど、夕日の中の三人は絵になっている。
オレンジ色に輝く銀髪や白髪はとても綺麗だ。何故か以前見掛けた、衛宮君に纏わり付くイリヤとクロエが思い起こされた。そして耳に届く三人の会話は見事なキングス・イングリッシュだった。
「お兄ちゃん、このまま真っ直ぐ行けばテムズ川ですよ?」
「テムズ川の借りはテムズ川で返す算段ですか?」
「ああ、バターシー発電所の上に浮かべてやろうとな」
そして三人は私を見た。何でよ? しかも私の事をシャレードとか。どういう意味? ジェスチャー? 私じゃ無く凜の事なのかしら……?
やがてハイド・パークのリスとサヨナラしたら、ウェリントン・アーチをやり過ごして、ピカデリー通りを東に歩いて行った。右手にはグリーン・パーク。その奥はバッキンガム宮殿だ。
おいおい、ロイヤル・ワラントの五つ星に泊まるの? マジで? 見合う服が無いわよ。今日は良いけど、明日からはどうするの?
大きな荷物が何もないのは怪しいからか、いつの間にかセイバー達はキャリーケースを持っていた。アーサー王が荷物持ち? アーチャーも知らない間にバトラースタイルだし。
つまり執事と侍女二名を引き連れたお嬢様お二人と、友人の私達って設定なの? 何なの一体? 説明して、誰か!?
焦る私を無視して一向は本当にそのホテルにズンズン入って行く。アーチャーはポーターにチップを渡しつつ、とても貴重な荷物なのだと運ぶのを断っていた。なるほど、こうすると家の格がとても高く見える。
後で聞くと、ベルボーイには運ばせるそうだ。ただし絶対に落とすなよと申し添える。そうすると凄く丁寧な仕事をしてくれると日本語で教えてくれた。勉強になるなぁ。
チェックインを済ませ、部屋に案内される。ロビーもそうだったけれど、廊下の内装からして違うわね。調度品も品があって素敵。けど、ここって一泊幾らするの?
圧倒される私を置いて、気にせず進むエルヴァ達。認めよう、私は庶民だわ。
案内された部屋はデラックス・スイートだった。それが並びで2室。ひえぇ~。
私と褐色のエルヴァが相部屋でセイバーが付き、凜と白いエルヴァが相部屋で、もう一人のセイバーが付く。アーチャーは適当に幽霊ライフを愉しむそうだ。本当かよ?
入った室内は絢爛豪華と言うかなんと言うか。前の家のリビング、あれを20~30倍くらい豪華にした感じ。
雰囲気が似ていたから、さっきまでの圧倒される感覚は収まった。むしろ落ち着く。このまま部屋から出たくない。頑張ってああいう家をもう一度建てよう。
しばらくするとセイバー達がケースを持って白いエルヴァと凜の部屋に行き、再びケースを抱えて帰って来た。パカンと開けられたケースの中に、ドレスなどの衣類がどっさり入っていた。
「そういう事なの?」
「そうです。一つは当面の私の分で、もう一つのケースがあなたのですよ。衣類で困っていたでしょう?」
「そうよ。こんな高級なところに泊まるなんて聞いてないもの」
「ね? ルヴィアとあっちのエルヴァが意気投合してこうなったらしいです。ルヴィアからのメッセージがありますよ?」
「何?」
この時は軽く流したけれど、メッセージは最初からこちらとあちらの部屋にあったのだ。それを後で知った私は、エーデルフェルトのチカラに飛び上がってしまった。
そして文面は────
「『私の友人として相応しい立ち居振る舞いを学んで下さい。そして無事に帰って来て下さい。良い旅を』直筆サイン入りです」
「もう~~」
「コロンの香りも素敵ですが、エーデルフェルト家の紋章が透かしで入った、このレターセットも素敵ですね」
はいはい! 本物の上流を学ばせて戴きますともっ!
しばらくしてコンコンとノックがした。セイバーが出るとドアの外にはルヴィアのとは違う、紺に近い深い青色のイブニング・ドレスを着た白いエルヴァが立っていた。しかも以前のとはデザインも違う。
うはぁ~、綺麗……。アップにした髪も可愛い。それに何だそのチョーカーの宝石は? 縁に金紗がある黒いベルベットに、うるさく感じない程度のサファイアが散りばめられているのだ。
この子、本当にお洒落だわ。けれど、何か魔力を感じるわね?
「早く着替えて。髪をセットしますよ」
そして私と褐色のエルヴァはいそいそと着替えた。新品の下着まである。シルクだよ、どうするのこれ。ストッキングはガーターだし。
ってか、これってスリーインワン? 肩紐が無いって事は思いっ切り背中の開いたドレスにも使えるって事ね。本格的だわ。戸惑っていると横のエルヴァが淡いグリーンのスリーインワンをテキパキと着けていた。おい! あんた、パンティ透けてるわよ!?
ってか、剃ってる? いや、例の脱毛剤なの? ヨーロッパではお手入れしている人は多いと聞くけれど。ここまでする?
そもそも私は何を着れば良いの? そう思っていたら白いエルヴァが次々と手渡してくれた。赤地に黒い縁取りがあるスリーインワンだった。赤いパンティまである。どこで買ったんだよ。私に合うのか?
けれど、そういう懸念を嘲笑うかのように着てみればピッタリだった。選んだのは凜かなぁ。しかもやられた。パンティがTバックだし少し透けている。ムダ毛はハイレグラインまで処理しているけれど、気になるなぁ。
そっか。こういうのを着る機会が多ければ、お手入れは必然か。そう思っていたら、褐色のエルヴァもTバックだった。
「何でTバック?」
「ドレスのシルエットを崩さないためですよ。和装の着物もそうでしょう?」
そんな、そうでしょう? と、当たり前のように言われても。小耳に挟んだ事はあるわよ? クローゼットにお母様のこの手の衣装も少しだけ残っているわ。けれどドレスも着物も幼稚園頃に着た切りなのよ、こちらは。
手の届かないところとか、気を付けるところは白いエルヴァが教えてくれた。それでなんとかしてやっと着れたのだけれど。だけど「そこに座りなさい」とエルヴァにルームミラー前の椅子に座らされ、タオルを肩に掛けられた。
髪のセットに掛かるようだ。手慣れているのかブラシでどんどん髪を纏め、スプレーやピンで固めていく。
気付けば、着替え終えた褐色のエルヴァにメイクまで。
「メイクはいいわよ」
「私もあなたの後にしますから。これも作法と思って下さい」
そうなの? けど、する人はするのかも……。ってか、あなた何なの、この木製の道具箱は? ガバっと開けば、中は様々な筆やファウンデーションにリップ、シャドーなどがギッシリだ。うわぁと放心していたら、首にタオルとケープを巻かれ、ベースからしっかりメイクされた。
「日本でチヤホヤされてもしょせんはクォーター。ハーフの私達でも見栄えが悪いのですから我慢しなさい」
白いエルヴァのお叱りだ。なんつう事を言うんだコイツ。しかし、目元のマッサージとか手付きが素人のそれじゃ無い。どこで覚えたのか、とてもメイクが上手い。
「手足が長いのは良いですが、ちんちくりんですしね。おまけに童顔で。欧州人から見れば中学生ですよ」
とは褐色のエルヴァの弁。ああ、色々悩みはあるのね。そういやこの二人、ヒール高いし。それでも可愛いじゃない。
けれど、本当に二人ともヘアメイクが上手いなぁ。と、思っていたらセイバーが入って来た。もうリトル・ブラック・ドレスに着替えている。光沢があってどこかカクテル・ドレスっぽい。うわぁ、似合うし綺麗。
髪もいつものマーガレットとは違う。編み込みがビクトリア風なのかな? これも素敵ね。よく見れば薄く化粧もしていた。もう私は好きにしてくれと諦めた。
全員のおめかしが終わった。もう一度全員の姿を記すと────
白いエルヴァは、ディープブルーのドレスで、色合いは紺色に近いくらい濃い。髪は左に纏めてあって、首にはさっきも言ったサファイアのチョーカー。よく見れば一部ブルーダイヤだ。
なんとこのチョーカーは向こう世界のルヴィアからの贈り物だという。へぇ~。
褐色のエルヴァはエメラルドグリーンのドレスだ。首にはエメラルドの嵌ったチョーカー。結構大きいぞ? それにこれからも魔力が感じられる。
彼女は髪を右に纏めていた。背中の開きが大人っぽい。どうしてかしら? この子の方が白い彼女より大人に思えるわね。
そして凜はワインレッドのイブニングドレス? パーティードレス? 腰にリボンの飾りがあるからパーティーよね。シニオンを纏めた髪が妙に大人っぽい。
彼女、着慣れているわねぇ。首には可愛いルビーのネックレスだ。やはりと言うか当然と言うか、こちらも魔力入り。けれどこの大きさから感じていい魔力量じゃない。込め方が上手いんだろうなぁ。地味に傷付く。
私のも赤いパーティードレスだけれど、腰部が黒い別の布地でギャザーの入ったデザインがなされている。ドレスは赤いのに手袋は黒。きっと凜のだろうな。
皆んなが褒めてくれるので鏡を覗けば、うん、確かに良い感じ。こういうのに慣れないとなぁ。
セイバー達はどちらもリトル・ブラック・ドレスだ。金沙の髪が映える。アクセサリーはこれまた可愛い金のネックレスだ。
そしてそして大トリのアーチャーは、テールコートにホワイトタイだ。アンタ、執事じゃ無いのか? それで良いの? ああ、エスコート兼虫除けなのね。
そうして1階のレストランへ入ると、当然のごとく予約されたテーブルへ案内された。
そこにはホワイトタイの男性とパーティードレスの少女が居た。凜が会釈すると立ち上がり挨拶された。エルメロイⅡ先生とライネスだ。どうしてここに?
「お招き頂き、ありがとうございます」
「こちらこそ。突然のお呼び立て失礼致しました」
挨拶の後、食事が始まった。
「ロード……」
「ミス・トオサカ。ご苦労だったな。まさかカード回収でこういう方々と知己を得るとは」
「兄者、私も紹介して欲しいのだが?」
「……。こちら、私の義妹のライネス・エルメロイ・アーチゾルテです」
凜だろう。これをセッティングしたのは。しかしこの短時間にどうやって?
褐色のエルヴァが先に自己紹介した。
「私はエルヴァ・フォン・アインツベルンです。どうかお見知りおきを」
そして次に……白いエルヴァは自己紹介しなかった。何故だ?
「失礼だが、そちらは並行世界から?」
「そうです、ウェイバー先生」
「む……。あちらの私とは面識が?」
「友人です。許可を頂いていますので、こちらを差し上げます」
「拝見しても?」
「どうぞ」
ファイルフォルダーから取り出されたそれは、5mm近い厚さのあるリポートだった。パラパラと捲っていた先生の動きが早くなり、眉間のシワはいつもより深くなって行く。
スープが冷めようかという頃にライネスが声を出した。
「兄者?」
「あ、ああ。済まない。大雑把に目を通しただけだが、これを私が?」
「ええ。並行世界のあなたが書いた論文です」
「そうか……。この内容をそんな頃に書ける私が居るのか」
「では早速ですが、交渉に入らせて頂きます」
褐色のエルヴァが宣言し、革のケースに入ったカードを取り出し先生に差し出した。
「7枚、確かにあるな。これはミス・エーデルフェルトとミス・トオサカに依頼した仕事だったが?」
「ところが、このカードの事を嗅ぎつけた何らかの勢力が冬木に入り、その者達の妨害工作に拠って、お二人は任務遂行が困難となっていたのです。そこでミス・エーデルフェルトの執事さんと旧知の仲だった私どもの事を知ったお二人が、協力を要請されたのですね。そこからお二人とは協力関係になりました」
「妨害!?」
「ロード、私も魔道を歩む者です。ロードの名は遠い日本にも届いていますし、ゼルリッチ様の名声とくれば。些かご自分達を過小評価し過ぎましたね?」
「む……」
「そこでマークされ動きが取れなくなった杖使いのお二人が、相手の妨害を逆手に取った訳です。要は自らの危険を顧みず陽動に動いてくれたのです。その隙きに私どもが黒化英霊と戦い、カードを回収した次第です」
上手い。完璧に私とルヴィアの失策を隠した。むしろ私達なりに頑張ったみたいな話になっている。
「杖は?」
「こちらのリポートをご覧下さい。円蔵山の霊脈がごっそりと入れ替わっています。状況証拠とデータから並行世界の同じ空間と入れ替わっている可能性があります。戻りましたらゼルリッチ様にお伝え下さい。置換魔術を行使する者に痕跡を追われるか、利用されてはいませんかと」
「宝石翁の動きを追って来た? それが今回の発端だと?」
「はい。まだ可能性の段階ですが。最初の道は誰が拓いたとなれば、必然的にゼルリッチ様が思い浮かびますよ」
「確かに……。あのカードが元々あの街にあったとは考えづらい。並行世界から渡って来たと考えるのが妥当だろう。この8枚目のカードがまだ残っているという情報は本当か?」
「本当です。添えたデータをご覧頂ければ、霊脈に居座りマナを汲み上げるカードらしき存在がそこにあるのは明白です」
「別の礼装では? いや……非合理だな。時期も一致している」
「はい。遠坂家の霊脈図にも陰がはっきり現れていました。それを撮影した画像もあります。こちらですが」
「だが、このプリントではPCでのレタッチを否定できないだろう?」
「さすがですね。その通りです。しかしそれをする意味もメリットも当方にはありません」
「そうだな。となると杖の使用は延長か?」
ここで私は大きく頷いた。この辺りは打ち合わせ通りだ。
エルヴァは凜の効果を最大限に活かすため、並行世界から来た事を隠していない。なので大師父でなく君達が来たからなのでは無いかと、別の疑念をロードに起こさせないギリギリで話しているのだ。
何よりエーデルフェルトの執事と話したが、それが誰であるかも隠している。また、魔術師である事を暗に匂わせても、第8のカードの話に移行する事で誤魔化した。こちらの戦力を隠蔽しているのだ。これは衛宮さんやイリヤに、美遊を護るためだ。
「はい。ミス・エーデルフェルトが残ってくれ、円蔵山を見張っております。ロード、できればカードもお貸し下さい」
「何故だ?」
「そのカードが座に繋がり、英霊の宝具を呼び出せるのはご存知だと思います」
「なるほど。宝具を武器にせねばならん相手を想定しているのか? その第8のカードに心当りでも?」
ここで白いエルヴァにバトンタッチする。
「はい。霊基のパターンから、まず間違いなく英雄王ギルガメッシュの座に繋がったカードです」
「何だと!?」
「そこで私どもも、杖使いのお二人との協力を維持し、このカード回収に当たらせて頂きたく」
「何故だ? 何故、そこまでして協力する?」
「例え並行世界であろうと、冬木の街を護りたいからです」
これに私と褐色のエルヴァが頷く。私の出番だ。
「ロード。私はあの地のセカンド・オーナーです。そして生まれ育った地でもあります」
「君の気持ちは良くわかるが……」
「いいえ、ロード。第8のカードは何故他と同じタイミングで現界しないのか、そこを考えて下さい」
「む……万全の状態にするために霊脈からマナを吸っている? つまり意思があると?」
「最初は本能でしょう。ですが、ある一定以上の魔力を得られたなら明確な意思を持つようです。キャスターがそうでした。あのカードは鏡面界で上空に陣地を作成した上、セイバーを前衛に利用していました」
「なるほど……陣地作成された上に2枚同時発動か。それは厳しかったな」
「はい。そして第8のカードも何らかの意図を持つものと……」
「あの宝具を揃えようと……。考えられるな」
良しっ! 食いついた。エルヴァの作戦通りだ。そして白いエルヴァがここで提案を出した。
「そこで私どもを信用して頂くべく、幾つかの手土産を用意致しました」
「何かな?」
「一つ、裏で蠢く者どもを、あなたのお好きなように料理致しましょう。二つ、エルメロイの刻印の完全修復品をお持ち致しました。これを差し上げます。三つ、カードに纏わる情報を、場を替えてお渡ししましょう」
「それを信じろと?」
え? これは性急過ぎたのでは無いか? カードに関する事だけで良いのに。ってか、打ち合わせではそうなっていたのに。しかもカードの話は場所を替えて? つまり後日って事よね? 何よりどうして今の段階でエルヴァが刻印の事まで話すの?
「セイバー」
白いエルヴァが声を掛けた。そう言えばセイバーがテーブルに居ない。離れたところで待機させていたのか。
「セイバーだと?」
「グレイ!? しかも二人?!」
ライネスが引っ繰り返らんばかりに驚く。
「それがそちらの切り札か……」
ロードが呻いた。これを狙っていたの?
「義兄よ、何故二人も居るのだ?」
「いや、英霊には座がある。そして召喚に応え、現界したサーヴァントは座に眠る本体のコピーなんだ。だから複数召喚する事も、存在する事も理論上はあり得るんだよ。世界修正の問題を解決し、維持する魔力を確保できるならという条件はあるが。だが、そんな問題を解決する実力が、あちらにはあるのだろう」
「そうなのか? では何故彼女達はグレイにこうも似ているのだ?」
「それはだな……」
「ライネスさん、逆ですよ。グレイさんの一族は彼女を追い求めて来たのですから」
「バカな! では……その二人はモードレッドでなく、アーサー王だと言うのか!?」
凜の補足でエルメロイⅡ先生が驚いた。
「そうです。大聖杯なぞ関係ありません。これが本物の召喚です」
「アーサー王……? だからグレイをここに連れて来るなと?」
「ライネス?」
「ああ、兄者。黙っていて悪かった。私は付添いでは無い。私も正式に招待を受けていてね。アポイントメントの時に大まかな内容を知らせる手紙を受けとっていたのだよ」
「……お前はな……」
「それで、そのエルメロイの刻印は本当に?」
「本当です。手前味噌ですが、私と彼女は右に出る者の居ない修復師兼調律師と自負しています。このケースの中に刻印が入っています」
「開けても?」
「どうぞ、お確かめ下さい。左右両肩分揃っていますから」
「兄者、これは?」
「断定しづらいが、本物の可能性はある。焼失した刻印を復元……」
「何が目的だろうか?」
「目的は、今後もご贔屓にというところですか」
「インパクトがあるのは認めるよ。ここまで手を打てる人達だからぶっちゃけるけれど、正直今のエルメロイには金が無い。もし本物なら喉から手が出るほど欲しいが、対価を支払えるかどうかは怪しいな」
どうするのだとライネスがエルヴァを見る。
「あなたの周りには金のなる木がポンポン生えています。ですから、それを利用させて戴きます。その見返りと思えばただでも安いものですよ」
「どういう……?」
「例えば降霊科のユリフィス。過去、あそこの誰が英霊を召喚し使役した経験がありました? 無いでしょう? 胡座をかいた五流ですよ、あの家は。なら潰せば良い」
コイツ、時計塔のロードの前で別のロードを潰せと言いやがった!!
「ちょっと……」
「待ちたまえ……。そんな事ができるはずが無いだろう?」
「あなたを除くロード12人の脱落で倫敦市民は安眠できます。宝具の発射はいつでもできますよ?」
「君!?」
「旧態依然の血統主義をぶっ壊したくはありませんか?」
「辞めろ!」
「彼方にこそ栄えありと学んだのでは? 我が覇道の前に立ち塞がる者は蹂躙あるのみです」
「や、辞めてくれ……悪いが、失礼させて頂く……」
そうしてエルメロイⅡ先生は出て行った。ライネスが困った顔で後に続く。どうするんだ、これ?
それで私は食事後、部屋で白いエルヴァに詰め寄った。人目があってレストランでは声を上げられなかったのだ。それに二人のエルヴァは余裕で食事をしていたし。
「何であんな事を言ったのよ? そんな無茶な事をしない人だって信じていたのに!」
「申し訳なかったのは先生の胃にですよ。あの場にスパイが何人居たと思います?」
「え?」
「先生は現代魔術科の名物学部長ですよ? それがノコノコとこのホテルにライネスさんと二人だけで。ここは敵地だと話したでしょう? エルメロイⅡを見張っていたら、誰かが密書付きでアポを取り、某ホテルで会談するらしい。きな臭いから探って来いとでも言われたであろう人達がレストランやロビーにワラワラ居ましたよ? それにこれ」
エルヴァの手には使い魔が3匹いた。素手で捕まえたのか。
促されて廊下に出れば確かに居る。いや、目を凝らせばそこかしこにかなりの数が。となるとレストランではもっと?
あ~! 私クラスじゃ余程注意しないと気付けない使い魔……。いわゆる妖精型だ。本物の妖精でなく、その特質を使い魔に付与した高度なタイプだ。
そうよね、ここはホテルなんだもの。通常の小動物だと見つかった場合、不衛生だと指摘されホテルが営業停止になる。だからこその妖精型なんだ。
だって目のチャンネルを切り替える能力が無ければ見えないのだから。これが倫敦……敵地か……。
「じゃ、先生を利用して誘い出したの?」
「ええ。そのための誘導文書や噂を、先に入っていた凜やアサシンにバラ撒いて貰っていましたから。セイバー二人を認識させたのは、強烈に印象づけるためでした。エルメロイⅡはその役を立派に果たしてくれましたね」
「どういう意味よ?」
「思い出して下さい。時計塔上層部は既に第四次聖杯戦争があった事を知っているのです。そしてセイバーがモードレッドであった事も。ですがエルメロイⅡはアーサー王であると認めてしまった。しかも二人も召喚できる可能性を指摘さえした。わかりますか? セイバーの存在は、神秘に携わる者からすれば原子爆弾なのですよ。そして陰で動くアサシンは焼夷弾。兄は爆撃機です」
「私達は戦いに来たのではありません。当初の目的はカード騒動を収め、時計塔との仲を深める事にあるのですから」
「だから、戦力の一部を見せ、考えさせるのですよ」
あ、そういう意味だったのか。目的は変わらず、使い魔が多いからプランと言うか方法を即興で変えたんだ。
「そして全員ここを出ればアサシンが拉致です。使い魔の帰りも追跡ですよ。とは言え、全ロードのセーフティ・ハウスにアサシンが既に待機していますけれど。これは言ってみれば撒き餌を使うサビキ釣りです。何匹釣れるか楽しみですね。ちなみに先生がここに来た理由は、カードの正体にについて詳しい人と会わせるからと凜が連絡したからです。並行世界でもあのカードで泣かされていると、魔法使いが話せばね。先生が確信を持てたのはあなたと凜が揃っていたからですよ。何故なら今回の任務にあたって、あなたとルヴィアの身辺調査は徹底的に行われたはずですから」
「うわぁ~」
確かに……。入学の際に提出した身分証明程度で、学生が依頼される訳が無いんだ。私やルヴィアの家族構成など、調べてあって当然だ。つまり最悪は桜の事も……甘かった……。本当の本当に、甘かった……。
二人の私が存在する矛盾、これを取っ掛かりにするのか。そうとなれば取り敢えず、桜の事はロードと大師父くらいしかわかならないかも。不安はあるけど、さすがだ。
それにエルヴァのこの自信満々な話し振り。もし敵対して襲われてもトンデモ宝具持ちな上に、対魔力Aのセイバーが二人だ。本当に時計塔が敵じゃ無いんだ……。
「あれ? そう言えばアーチャーとセイバーは?」
「セイバー達はレストランで追加を食べ終えたら、お兄ちゃんとお仕事です。先に倫敦へ入っていたアサシン達と打ち合わせですよ。ついでに大師父とのアポを取って来てくれると嬉しいのですが」
それを聞いた褐色のエルヴァがとんでもない事を言った。
「大師父とケンカですか?」
「まさか、あなたと同じですよ。ケンカではありませんが、文句は言いたいところです。オリジナルなのか、オリジナルの何番目かの弟子なのかは知りませんが、この状況を振り返るとやり方が不味過ぎです」
「アドラの事件が早過ぎたのは誤差の範囲だと思いますよ? ここのルヴィアは3年も早く時計塔へ渡っているのですから。それ以外も何か懸念が?」
「並行世界同士の齟齬はあって当然です。この場合、アドラでルヴィアはグレイに会ってる訳です。彼女が内弟子になったのはいつです?」
「あ……そうですね。となると……ハートレスの横流し先はアトラス院?」
「そう考えられます。たぶん、この世界線の流れを修正するために」
「となると、ハートレスも駒?」
「わかりませんけれど、可能性はありますね」
今回の件の核心だろうか? どういう意味だろう? サッパリ要領を得ない。
なので私は取り敢えず気になる点を質問した。
「ねぇ? 何番目の弟子って?」
「私や師匠と同じって意味ですよ。正確には私ですね」
私の疑問に凜が答えてくれた。
「話していませんでしたか? 私の師匠も『遠坂凜』だと」
「ごめん、聞き流していたかも……って!? 師匠も『遠坂凜』ですって!?」
取り敢えず興奮を収めて考えた。むむむぅ~。よく考えれば凄い矛盾だ。まず、前提として同じ魔法を二人目が得る事は無理なのだ。つまり大師父が居るから、彼女の師匠が誰であろうと至れないはずなのだ。
「では、そこから考えてみて下さい。『魔法は一種類に付き一人しか得られない。何故なら根源到達=魔法だから』誰が言い始めたんですか?」
けれど彼女も魔法を得た訳だ。だから目の前にいて、こうして話をしている。これが第二の矛盾。
うん? 待って。第二の矛盾はあり得るの? もしかして並行世界存在なら到達できるって事? 並行世界の同一存在で同じ手順を踏んで向かうなら、使用不可にされた扉を開けられる?
そうよ。検証はできないけどあり得るんだわ。となると宝石翁も何人か居て、それらの宝石翁の師匠も宝石翁?
「あなたの存在が……」
「ね? それで第一魔法、第二魔法、第三魔法とは何か? これも研究して下さい」
「第二魔法が並行世界の運営。第三魔法が魂の物質化と言われているわね。第一魔法と第四魔法は不明だわ。第五魔法が青だっけ?」
「合ってますよ。では不明な第一と第四は何故不明なのか? 想像で良いですから、何か思い浮かびますか?」
難しい事を言い始めた。けれど、白いエルヴァがニヤニヤしている。そして褐色のエルヴァは私をじっと見て、拳を握って……それって、応援してくれてるの?
「本当に何でも良い?」
「良いですよ」
「なら……。第一魔法は天地創造。第四魔法は時間旅行。どう?」
「先輩?」
「30点。世界樹でも何でも良いですから、まずは自分の世界を定義しなさいな」
世界の定義? 白いエルヴァの言葉だが、定義って……。思わず私は褐色のエルヴァを見た。
「矛盾点を潰して行くのです。そしてその概念を語るのに、どこから言葉を引用したのか。何故、それを引用しようと考えたのかも」
うん? 天地創造は旧約聖書だ。時間旅行は何だっけ? 映画か何か?
「抽象的にしか表現できないのは、到達したら消えなければならないから」
え? 褐色のエルヴァがヒントらしき事を語ってくれたが、私にはわからなかった。けれど、白いエルヴァが睨んでいて、凜が首を振っている。つまり、このヒントは正しい……?
「グレイ、兄者はどうだい?」
「塞ぎ込んでいます。ライネスさん、師匠に何があったんですか?」
「私ももう一つわかっていないが、なんと言うか、トラウマを抉られたという感じかな?」
いや、実にゾクゾクした。我が愛しい義兄上には、まだまだ知らぬ引き出しがいっぱいだった。あれだけの表情を義兄にさせるとは。今回ばかりは相手方に敬意を表したい。しかし、この悦びをこの生真面目な内弟子に悟られてはいけないな。
「では私は失礼するよ。明日はスラーで講義だろう? 遅れるなよと伝えてくれ」
「わかりました。あの……ライネスさん……?」
「ん、何かな?」
「拙は……。師匠に何があったかは知りませんが、大丈夫なんですか?」
義兄を心配してくれているのはわかるが、勘だろうか? 自分にも繋がる事だと感じたのだろうか?
となるとグレイはやはりあの英霊と関係あるのか。そもそもアーサー王って本当だろうか?
しかしあの溢れ出る魔力。きっと私の眼は相手と変わらぬほど赤かったろう。おまけにこちらの探査が何も利かない。魔術を全部弾かれたのだ。そういう能力?
人ならざる者という風格は確かにあった。ま、何れにせよ情報が欲しいかな。
「今はまだなんとも言えないな。グレイも休んだ方が良い」
ドアの傍で待機していたトリムマウを促し義兄の部屋を出た。
相手は義兄と私に別々にアポを取り、別の情報を流していた。合致していたのは今夜8時にホテルのレストランで会おうという一点のみ。行きの車で聞き役に徹し、こちらの情報と、預かっているリポートの事を義兄に話さなかったのは失敗だったろうか。
先程相手は義兄以外の君主は要らないと言ったのだ。そして宝具とやらで倫敦を壊滅できるとも。かなりの問題発言だし、実際大問題だ。なのに敵という気がまるでしない。いや未だ敵か味方かは不明なのだ。なのに私は気になって気になって仕方がない。
そう、私はワクワクしているのだ。これではまるで、次はどうなるのだとTVの続きや、映画の続きが気になる子供のようではないか。
それに今日の畳み掛け方は巧かった。彼女達はおもちゃ箱かびっくり箱だ。明日以降が実に楽しみだよ。
「アーチャー殿、こちらです」
観光地と化したバトラーズ・ウォーフとは異なるストラトフォードの倉庫街。今は閑散として殺風景だが、目の前の公園では8年後にオリンピックが開かれるのだろう。生前、この辺りには縁が無かったな。
そんな倉庫の一角に20人近い正装した男女が、手足を縛られ押し込まれていた。その周りを囲っているのは30人近いアサシン。尋問しているのは女性型のアサシンだった。
「手荒な真似はしていないだろうな?」
「する必要もありませんよ。我らの存在を目の当たりにするだけで、自縄自縛に陥るようで」
研究を旨とし神秘の探求に血道を上げる正統な魔術師の徒弟、或いは門下なら、想像を絶する暴力の匂いと常識を覆す英霊の存在は怖かろう。
「自白剤は?」
「もう全員に済んでいます。自白内容もこちらのレコーダーに」
この完璧な副作用も起こさず、こちらが尋ねた内容を偽り無く話す自白剤を作ったのは我が義妹のエルヴァだ。そしてレコーダーをアサシンに持たせたりするのも。
恐怖プラス薬。どこまでも徹底している。私は録音済みのレコーダーを受け取りつつ、用意した新しいレコーダーを渡した。
これで開放だろう──
どこの手の者で、誰の依頼なのか、だけでない。家の住所に氏名、家族構成から交友関係、更には年収や子供の通う学校まで聞き出された後だ。自主的に倫敦から失踪するのだろうな。
「こちらの手は必要か?」
「今のところは。ただ今後はもっと上位の魔術師が出て来るでしょう。その時にお二人のどちらかが居て下されば」
旧知のセイバーが頷く。新人のセイバーには意味不明だろうし、魔術の盾と聞けば良い顔をしないだろう。
「他にエルでなく私達に伝える事はあるか?」
「明日以降、マナの流れが絞られる可能性があると思われます。お気を付け下さい」
「うむ、ありがとう。礼装を用意しておく。勿論君達の分も」
そうしてアーチャーとセイバー達の三人は、倫敦の闇中をホテルまで取って返した。
現場でしか吸えない空気がある。そこでしか感じ取れない事、会って話して気付く事、それは絶対にあるのだ。数々の戦場を潜って来た男には当然の常識だ。聡い義妹はそれを進言するまでもなく、確認して来いと先に言う。
『一人でも欠ければ負け』
全員が共通で認識しているエルヴァのモットーだ。
ホテルに帰り、アサシンとの会話と状況を報告するアーチャー。
「ご苦労様でした。今夜、何人が釣れるかですね」
「三大派閥のトップは動けません。どこと繋がっているかも不明なハートレスを、関係ない派閥のナンバー2かナンバー3辺りが売りに来る可能性もあります。ともかく何某かの接触が今日か明日か、近い内にあるでしょう。本当の取り引きはそこからですね」
「凛は?」
「お風呂です」
褐色のエルヴァのセイバーは呆れた。
暢気に風呂へ入る凛にでは無い。エルヴァ達にだ。まず、彼女達の服装が変だ。ドレスを脱ぎ髪を解かしたと思えば、テキパキと市街戦用のデジタル迷彩服と防弾服、そして戦闘ブーツを着込んでいた。
そんな格好でテーブルに布を敷き、ライフルを手入れしているのだ。武具の手入れは納得もできる。しかしこのような近代兵器が役に立つのか?
「それは……?」
「ヘッケラー&コッホのHK53です」
フィールドストリップをしていた。横にはもう手入れを終えた銃と、手入れを待っている銃がゴロゴロと並んでいる。
「これを使わせないためにも、我々が上手く立ち回らなければなりません」
白いエルヴァのセイバーが言う。それを受けてアーチャーが返す。
「うむ、年々装備が過剰になるな……。HK79グレネードランチャーにカールグスタフM3……君、これは要らんだろう? ちょっとした宝具並みの被害が出るぞ? 何より自衛隊より早い装備だ。良く手に入れたな。そしてこっちはラインメタルMG3にFN MAGか。今回はブローニングM2やミニミは投入しないのか?」
白いエルヴァが補足した。
「ブローニングM2は聖杯戦争専用です。今回は素早い制圧を行うための装備ですから、もう片付けましたけれど分隊支援火器はH&K MG4が2挺です」
「5.56×45mm NATO弾の機関銃なんて要るか? それなら君でも運びやすい、このMP5K PDWやMP5A5で良いだろうに? どのみちHK53も併用するのだろう?」
「5.56×45mm NATO弾ならギリギリ抜けますからね」
ギリギリとは一定ライン以上の魔術師が張る結界の事である。これ以上の重火器になると、抜けると同時に相手に重症を負わせてしまう。それだけは避けたいエルヴァだった。
と同時に、9mmで抜けるのならそれに越した事はない。そして平均的な魔術師の結界は9mmで抜けてしまう。そう考えてのMP5であった。
このMP5は3点バースト付きで、PDWはA5と同じ伸縮ストックに変えてある。PDWなら古株のFN P90も2挺持っているが、今はH&K MP7に切り替えテスト中だ。なのでFN P90は射撃場以外では滅多に使わなくなってしまった。
とは言え、やはりそのためだけの弾丸を用意するというのは腑に落ちない。手に入れたは良いが、やがてH&K MP7もお蔵入りだろう。使い勝手は良いのだが。なので、やはりエルヴァはどこででも弾が手に入る、HK53が安心できるのであった。
ところでエルヴァにはHK53とは別に、もう一つ御守り代わりの銃がある。それがRuger AC-556である。
エルヴァはこういう仕事ではHK53のみならず、同じ5.56mm NATO弾を使用するSIG SG552やH&K G36Cなど数挺を必ず予備で用意する。壊れて当然という発想だ。しかし1番目はHK53であり、2番目はAC-556なのだった。
アメリカのルガーには、セミ・オートのRuger Mini-14にM4バヨネットという、着剣機能を付加した公的機関向けのモデルがある。それを折り畳みストックに替え、フル・オートか3点バーストを付けたスペシャル・モデルがAC-556なのである。
PDWやカービンが好みのエルヴァは、安くて性能が良いからと、Mini-14系を10挺近く持っていた。中にはピストル・グリップでなく、昔ながらのライフル・ストックに戻してあるものもある。
今回はそのライフル・ストックで、バヨネット付きにしたAC-556を持ち込んだ。これは自身が女性であるが故の、身体的不利を熟知しているからの選択だ。
身長の低さと体重の軽さから来る、リーチの短さと攻撃力の弱さを補う意図がある。相手も魔術師。身体強化は当然だし、何らかの格闘技を習得していたら梃子摺りかねない。故の銃剣付きライフルだ。
またこのライフルは、デザインの元こそスプリングフィールドM14だが、7.62×51mm NATO弾を5.56mm NATO弾にして小型化しただけあって実に撃ちやすく保持しやすい。
強化せずともブレずに撃てるのだ。デザイン的には多少の不満があるが、この撃ちやすさと価格と性能は捨て難かった。
父である衛宮切嗣はBeretta 92のEliteやElite IAと言った92系を普段セルフ・ディフェンスに愛用している。
仕事ならBeretta M93RやCZ75オートマティックと言ったマシンピストルを使っていた時代もあるが、現在は.40S&Wが使える96FSやSIG SAUERのP226に、P229やP239を使用している。
ストッピングパワーと集弾性、そして携行性を考慮しての変遷である。
一方、身長が150数センチ、体重が45kg弱のエルヴァには9×19mmパラベラムの拳銃すら重く大きい。
SIG SAUER P228にP229や、H&KP2000SKにBeretta 92 コンパクトのLやM等も持っているが、もっぱら使用は.380ACP以下の中型から小型の拳銃に集約される。
だからこそ威力のある弾を使う場合は、アサルト・ライフルやクローズド・ボルトのサブマシンガンを選ぶのだ。
またその方が使い勝手も良く安全性が高い。ただ口径が小さな分、攻撃力に劣る。それ故のHK53やAC-556である。
しかし英霊のチカラがある47番なら片手で.357マグナムや.44マグナムが撃てるだろう。
もしかしたら汎用機関銃ですら片手で保持できるかも知れないし、フル・オートのアサルト・ライフルも制御するかも知れない。そして決め弾をショットガンで楽々撃つのだろう。
自分なら一々腕を強化しなければマズルジャンプや反動が辛いのに。
比較的握りやすいRuger SP101やVaqueroと言った小型リボルバーでも、マグナムだと強化しなければ親指と人差指の間が痛くなるのだ。
イリヤやクロエを護るためにここに残ると決めた47番。
彼女が望むのなら秘蔵しているJマグナムのモデル60-10や、愛用しているP239を譲っても良いと思っている。
さすがにカスタムしてあるモデル13は譲れないが、同じ自分であるならそのうちローディング・マシーンを買い、魔弾を自分で造るだろう。
リボルバーやショットガンの利点は魔弾を使い分けられる点にあるのだから。
「とは言えお兄ちゃん。9mmクラスなら軽く防御できる自動結界を、礼装として普通に持っている相手が巣食うのが時計塔ですよ」
「そこまでの者は今は亡きケイネスくらいだろうに?」
褐色エルヴァのセイバーは驚いた。彼女達は魔術師を知り尽くしている。何より、これは聖杯戦争では無かった。
今回の敵はサーヴァントでなく魔術師だったのだ。気負う余り失念していた。
「いえ、学部長以上、経営に関わる幹部ともなれば、政府を通して軍の装備にも明るいだろうと。最悪、5.56×45mm NATO弾でも弾き返されるかもですよ?」
「そこまでの者が居るだろうか……」
時計塔とは魔術協会本部の総称であり、キャンパスは倫敦市内や近郊に分散している。しかし本部事務所の登録住所はビッグベンの傍、国会議事堂の敷地と同じだった。
日本を筆頭に台頭してくるアジア諸国。世界の地図は歴史とともに変わって行くが、英国が今も大きなチカラを持つのは時計塔があるからとは、神秘を知る者の共通認識だ。
「抜かり無い想定とは思うが……手榴弾や閃光弾に催涙弾、マスタードガスの缶もゴロゴロだ。足の踏み場も無いではないか。正直、過剰装備だろう? 戦争でもするのかね?」
「これは単なる趣味です。それとガス類は魔術師にも有効です。呼吸を10分以上止められる魔術師は居ないのですから」
アーチャーの質問に、胸を張ってエルヴァが答える。
「確かにな。びらん剤や神経ガスは、焼夷弾に耐える魔術師でも有効だった」
「そんなジュネーヴ議定書や化学兵器禁止条約を無視するヤバい組織に入るなよ? 難民を護るためとか、深い理由はあったと思いますけれど」
「まったくだ」
「フリー・チベット! ウィグル族を開放しに行けよ、正義の味方!」
「喧しいッ!」
数多の戦場を巡ったと言う義兄だが、実は養父ほど活動範囲は広くない。
生前のそのほとんどがアラビア半島とシナイ半島に限定されている。足を伸ばしても隣のアフリカ北部までだ。
これは本人が望んだからではない。巡り巡ってそこに行き着くと言うか。例えば、南米への旅程を組みチケットを手配したとしても、そこで起きた問題を解決する過程で、次の行き先が決まって中近東に固定さてしまうのだ。
これもアンリ・マユに魅入られた結果だった。生前の義兄は気付いていなかったが、運命が聖地巡礼を促すのだ。そしてその地こそ義兄を引き摺り込もうとする底なし沼であった。
時計塔を飛び出した20代前半から処刑されるアラサーまでを、この極東のロレンスはアラビアに生命を懸けた。
当然ながら中東戦争や湾岸戦争の世代では無い。ただ、2001年のアメリカ同時多発テロと2003年のイラク戦争が学生だった彼の脳裏に強く残った事が、アラブの春が終息した後もシリアやその近隣に足を駐めさせた遠因だろう。
勿論、最大の原因は本人が預かり知らぬ、アンリ・マユの聖地巡礼ご招待だった訳だが。
それはさて措き、物資が不足する最中に最低限の工具や道具をゼロから創り出せる投影は便利な能力だ。
こっそり道具を提供しつつ荷物運びなどを手伝う程度で良かったものを、生来のお人好しが災いし料理にまで手を出した。ここで彼はハラールとハラームを知った。
学生時代からテレビは余り見ないし、一方通行の情報を鵜呑みにするお人好しに砂漠の知恵と掟は新鮮だった。そして仲間と認められた彼は、迎えてくれた彼等とともに武器を手にするようになる。
無限の剣製はボディ・アーマーや装甲を抜くマテリエル・ライフルであり、無反動砲や炸薬弾の代わりにもなった。究極の対人兵器である。
たった独りで、味方を悩ませる無反動砲やカノン砲に榴弾砲などを破壊し、装甲車や戦車を自走できなくした。世界と契約した後はミサイルや爆撃機すら弓で落としていた。いつしか人々は彼を砂漠のシャイターン(悪魔)と呼んだ。
そして生前、捕まったのはガス兵器に拠る囲い込みだった。
びらん剤でグズグズになった顔に黒い袋を被せられる前、死刑を見守る群衆の中に『遠坂』を見た。アイツが見送ってくれるならそれで良いと、納得して十三階段を登った記憶は義妹のエルヴァが植え付けたものだ。
何故なら、100人からの統合体であるこの兄に封印してある本当の記憶では、全員が斬首刑であったからだ。それも千回の鞭打ちに耐えた後だ。
背骨が露出する程の怪我だったのだ。斬首はある意味慈悲だったのかも知れない。
なお、ロシアやチェコといった旧共産国家と取り引きの多いエルヴァは、カラシニコフ系やVz、ツァスタバ系の銃器も多数コレクションしている。しかしこういう現場で一切使わないのは、この義兄が嫌がるからだった。
数多あるAK-47のコピー。彼は撃ちもしたし、撃たれもしたらしい。その粗悪銃は敵も味方も使っていたのだ。特に中国から流れた58式は酷かったという。
旧ソビエト製でも1949~53年初頭までのⅠ型は壊れやすく、完全稼働品は少ない。1953年のⅡ型はもっと数が少ない希少品だ。
そして1953年の終わりから、1959年まで生産されたⅢ型こそがカラシニコフ伝説を作り上げた最初の名銃であった。
エルヴァはⅡ型とⅢ型、Ⅲ型の銃床が折りたたみとなったAKS-47も持っている。
そのAKは、この1959年に近代化されAKMに代わった。3.9kgが3.3kgに軽量化されたのみならず、技術進歩でコスト削減を果たし、頑丈さと性能を両立させた。
このAKMアサルトライフルこそが、数々のデッドコピーを産んだ、人々がイメージするAKそのものである。
1974年には西側と足並みを揃え、小口径化されたAK-74が採用。冷戦時代を通じて広く東側に出回った。当然ソビエトが支援する活動家にも渡った。中でも折り畳み銃床のAKS-74やカービンのAKS-74U等は有名だろう。
AKS-74と、時限爆弾などに使われたF-91Wなどのチープカシ○、四駆のハイラ○クスに、OHVのCG125。熱砂で活躍した神器は、AKS以外日本製だったりするのは何たる皮肉か。
1991年からは更に近代化されたAK-74Mや、ラインナップに西側のNATO弾が使えたり、カービンを揃えたAK-100シリーズも出た。
アメリカの銃器愛好家が持つAKはこの100シリーズが多い。エルヴァもNATO弾が撃てるカービンのAK-102と、AK-74Mと同じ5.45×39mm弾を使う、カービンのAK-105を持っている。
閑話休題。
兄の身体は英霊化していなければ射創と切創といった、創傷だらけだったと言う。
7.62×39mm弾で腹を抜かれ腎臓を一つ失ったそうだ。剣で弾いた弾頭が斜めに入った結果だった。5.45×39mm弾は一度に10発近く食らった経験もあるらしい。
ほとんどは掠り傷だと言うが、一発でも中たれば体内で横転する弾幕の中で生き残ったのだから凄まじい。
化学兵器に苦しむ子供達を、NGOが滞在するもっと安全な村へ連れて行く途中だったそうだが、待ち伏せにあったのだ。
エルヴァはこれをNATOやロシアでなく、シリアの空爆から逃れるためだったのだろうと睨んでいる。なんとか子供達は護りNGOが滞在する村まで届けたが、仲間の兵士は兄しか残らなかった。
そしてその帰りに5.45×39mm弾を食らったのだ。
当たり前だろう。『熾天覆う七つの円環』は前にしか展開できないのだから。つまり行きは誰かが肉の壁になっていて、標的も多人数だったので定まらず運が良かっただけなのだ。しかし、一人になってしまえば。
正面の戦力が陽動を兼ねて釘付けすれば、側面や後方はがら空きだ。多人数で回り込まれればアウトなのは明白だ。
そもそも人を傷付ける事を無性に嫌う癖に、持っているのは対人攻撃兵器ばかり。そして防御は『熾天覆う七つの円環』程度。この矛盾こそが兄の歪さを体現していた。
まだ小学生のクロですら、実弾訓練では何層もの剣の盾を投影し防御するのにも関わらずだ。
エルヴァは難しい顔で銃を睨んでいる兄に、姉妹達の分まで溜息を吐いた。
エルが手入れをしているソファーの横には、モスバーグ M500という珍しい20ゲージのショットガンが立て掛けられていた。
珍しいのはどこかのハンバーガー・ショップのような名前ではない。20ゲージという口径にある。
ベッドにもイサカ M37やレミントン M870と言ったマスプロメーカーのポンプアクションや、セミ・オートのベネリ M3にイジェマッシ サイガ-20Kと言った20ゲージが並べてある。イジェマッシか……気に食わん。
そしてミロク MSS-20とブローニングAボルトといった、スムースボアでボルト・アクションの20ゲージまであった。どれだけ銃器が好きなのだ、この妹は。
チョークがモデ(銃身の先端部分が絞ってある)ならバックショット用で、ダブルオーバックやトリプルオーバックといった、6~24粒程度の6~9mmの軟鉄製鋼球が入った弾を撃てる。
エルは8.4mmのダブルオーバックと6.1mmの♯4を使う場合が多いな。これより粒が小さな弾はバード・ショットという鳥撃ち用だが、もっと絞ったチョークが付いた銃が別途必要なので今回は持って来ていないらしい。
エルはこのバックショットの鋼球の一部を昔ながらの鉛に替え、隙間に錬成した灰を詰めている。中たれば魔術回路が麻痺し、一時的に魔術が使えなくなる。いわゆる魔弾だ。
凜やルヴィアが研磨し終わった後に出る宝石の粉や、特定の草やきのこ、動物の骨を砕いたもの、それらを煮たり焼いたりした後の粉末が、火葬で出た灰とともに混ぜてあるのだ。実に気持ち悪い事をする奴だ。
そもそも中たれば魔弾の効果が出る前に、肉が削がれ骨が砕けるのだが。
これを非致死性のゴム弾(まともなゴムであるはずがない)や、他の効果がある魔弾と使い分けるのだ。
スムースボアでボルト・アクションのショットガンは、チョークがシリンダーという絞りのないタイプだ。これはスラッグ弾専用だ。スラッグ弾とは熊や大型の鹿猟に使う一粒弾を言う。
この銃身だと従来のフォスター・タイプや、弾の後ろに工夫があるブレネッキ・タイプの弾が撃てる。ワッズというプラ製のカップを利用し、そこに凜が使い終えた宝石をビー玉と一緒に詰めた弾もある。魔弾では無い。廃品利用だ。
しかし砕けた宝石やガラスは体内で暴れ、手術が困難な傷を内部に作る。……本当に酷い奴だ。
それとは違いボアにライフリングが入ったタイプは、同じスラッグでもワッズで弾を覆ったサボー・タイプ専用だ。これまた弾は市販品も使うが魔弾の場合もある。
魔弾の効果は様々だが、制作には概ね鉛や銅に人骨や血を溶かして仕立てる場合が多い。
酷いものは中たれば魔術回路と刻印が死滅し、魔術師では失くなる。ただし細胞は活性化され、心臓か頭に中らない限り、まず死なない。
普通、スラッグをまともに受ければ即死せずとも心臓に大きな負荷が掛かる。当然エルヴァは手足しか狙わないが、それでも急激な血圧変化で心臓麻痺を起こす場合もあるのだ。それをさせないための細胞活性効果だった。
そして生き延びても刻印は死滅し回路も使えなくなる。これも立派な魔術師殺しの礼装であった。
ガスも怖いが──掠り傷だ、まだまだイケると生前の自分なら判断してしまいそうな魔弾。こんなモノを作ってしまう妹が私は怖かった。
エルヴァはかつて自らの父に疑問を抱いた。まず装備が変だ。
ワルサー WA2000と特注のトンプソン・コンテンダーはまだ良い。セミオートで精密狙撃できるなら、その方が効率的だ。近接でトドメの起源弾もわかる。
けれどキャリコ M950Aは無いだろう。あれは家内制手工業的な小さな工場で造られる、22LRカービンが元の姿だ。
謂わばアメリカに多い、ガレージファクトリーの玩具だ。そんなものを9mmになったからと実戦に投入するだろうか? あの詰まりやすいヘリカル・マガジンで。
エルヴァなら迷わずFN P90を選ぶだろう。ああいう目的で使うのなら、なおさらだ。そして更に言うなら、起源弾そのものも変だと思う。折角の魔弾だ。何故弾頭を割って、他の武器に利用しないのかと。
.30-06 springfieldは歴史ある軍用弾であるだけでなく、特性として弾頭に110grから220grまで使える万能性を併せ持つ。
その汎用性が買われ、北米で現在まで生き残る人気狩猟カートリッジでもあった。
しかしこの弾からは、ボルトがロング・アクションとなるので礼装としては扱いづらいという弱点もあった。要はレシーバーという銃の機関部が大きくなるのだ。
それを嫌っての単発コンテンダーだと思うが、そもそもコンテンダーは狩猟の止め矢に使う、大口径のリボルバーと同じ好き者が扱うゲテモノだ。
持ち運びに適した銃身長にすれば初速が落ち、有効なマズル・エナジーも稼げない。そしてライフル弾であるが故に、遅燃性の火薬を使うので無闇に反動が大きい。
これなら速燃性の火薬を使う、44口径や45口径のリボルバーの方がまだマシだ。何より舞台がヨーロッパなら、選ぶべき弾は断然9.3×62mmマウザーか7.92×57mmマウザーだろう。
.30-06 springfieldはアメリカの弾なので、欧州での流通量が根本的に少ないのだ。父のほとんどの舞台は欧州だった。まったくもって意味不明だ。
なら、何でも撃てるショットガンの方が断然便利だろうとエルヴァは考えている。事実指弾なんてものを使う、厳ついオッサンも居るくらいなのだから。
銃身をソードオフしたショットガンは、十分なマズルエナジーを稼げず、直進性が弱くドロップも大きい。そこを補ってのネクロマンシーとガンドの融合なのだろう。
次弾にも期待が持てる水平二連を使うところが獅子劫の抜け目なさだ。あの体格だと革ジャンの下にショットガンがスッポリ隠せる。
次弾があるかないかは、極限的な場面でなくとも心理的にありがたい。そんな発想を持つ獅子劫界離をエルヴァは高く買っていた。
最初の出会いはノイン老の紹介だったが、エルヴァと獅子劫は何度も取り引きしている10年来の仲だった。
彼は父に劣らぬ凄腕のハンターであると同時に、高名なエーデルフェルトの裏を掻ける超一級のトレジャーハンターでもあった。
今まで頼んだ仕事でミスは一度もない。請け負えば行動は早いし結果も確か。断りの連絡も迅速だし、その理由も明確だった。むしろその断りから罠だっと知り、助かったケースもある。
ただ、どちらかと言えば個人での依頼より、エルヴァが経営する人材派遣会社を通じて依頼する事が多かった。その方がビジネスライクに動けるので彼もこちらも気楽だったのだ。
というのも5年ほど前だろうか、ある事が切っ掛けとなり、エルヴァは彼の真の苦しみを知る事となった。そしてノイン老を交え二日に渡って鼎談し、後日呪いを取り除いた刻印を作り上げた。
獅子劫自身は子供を残せないが、一族の誰かはその刻印を得て獅子劫家を存続できる。そして移植は成功した。
その日より獅子劫はエルヴァのためなら、世界の果てからやって来るようになった。それが少々重いので会社を通しているのだった。
魔術師ではあるが、芯の部分で情に厚く信義を重んじる男。エルヴァのゲージでの獅子劫は、A+の上のSクラスで、父親はB+だった。
ここに残るエルヴァも早くコネを繋いで欲しいと願わずにいられない優秀な人物である。
そんな風にエルヴァは呪いのエキスだけを、思いのままに抽出できる。なのでショット・シェルから指が突き出ているような無様な弾は造らない。だから獅子劫もエルヴァに弾の作成を依頼してくる場合もあった。
当然、弾の出処を流出させる獅子劫ではない。こんな具合だから、エルヴァ自身は迷わずポンプ・アクションを選んでいた。ハンドガンの切り札にリボルバーを使うのも、魔弾を撃ち分けるためだ。また、自動追尾してこその魔弾である。
何故それが可能かと言えば、それが呪いというものだからだ。丑の刻参りは相手の家の前ではしないものだ。だからエルヴァの魔弾もガンドも百発百中である。物理効果が高くとも中らなければ意味はない。
エルヴァの指導を受けた妹分の凜やルヴィアのガンドも外れ無しを誇っていた。
実は切嗣の弱点は、こういう深い領域の魔術や呪術に対する知識がない点だった。一般的な魔術知識と兵器の取扱は育ての親から教わっていたが、彼は魔術師としては二流であり、起源の転用は不可能だったのだ。
また、若い頃は仕事一辺倒でリロードの知識もそこそこでしか無かった。対する娘達は一流の魔術師であり錬金術師である。
エルヴァに至っては、そこに呪術師の肩書まで付く。おまけに根っからの好き者で、銃器に関しての知識が趣味の領域を越えていた。
ドイツの自宅やフロリダの別荘。そこの自転車やバイクを駐めてあるガレージには、工具の他にリローディング・マシーンが数台置いてある。だから.22-243などというワイルド・キャットを自作したり、弾頭やショット・シェルに様々な呪体を詰め込んだ弾を造れるのだ。
以前の切嗣は、さすがは親娘だと考えていた。エルヴァに感化されてイリヤまで射撃をするようになった事を嬉しくも思った。
実際、親娘で射撃場や猟に出れば本当に楽しい。それに仕事ならぬシゴトの場合、手段はともかく目的も似通っていた。それを好ましく思ってもいた。
しかし、認識が甘かった。娘はとことんまで手を抜かない。機械に徹するとか目指すとかでは無い。その機能に切り替えられるのだ。
一族殺しの魔弾の存在を聞いた時は、絶対に使うなと厳命……否、懇願した程だ。
家庭麻雀にも勝てないし、鏡を見れば白髪が増えるばかりの昨今。父の苦悩はどこまでも続く。これが因果かと、悔恨の涙にくれる中年が今の衛宮切嗣だった。
「これらの装備が趣味だと?」
「キリツグの影響とも以前は思いましたが、実態は単に彼女が好きなだけでした。なにせキリツグ自身が、女の子がそんな事をしないでくれとマスターに懇願している有様です」
「なんと!?」
白いエルヴァのセイバーの言葉に、ただ呆れるばかりの褐色のエルヴァのセイバーだった。
「エルヴァ~、お先でした。お風呂空いたわよ?! って、何やってんの?」
「銃のお手入れですよ。例の結界剣を仕込んであなたは先に休んでいて下さい」
「どこかに行くの?」
シルクのパジャマに着替えた凛が問うた。
「彼女と一緒に夜釣りに出ます」
「リンは私がお護り致します」
護衛役を白いエルヴァのセイバーが申し出た。
「気を付けてね。それと、明日は地上階の宝石店に行って、その後アフタヌーンティーをコートで頂きましょうよ」
「そうですね。今夜の釣果次第ですが、明日は午前中に時計塔へ行って、午後からそうしましょうか」
凛なりの気遣いだった。フラグに成りかねない言葉だが、サラッと話すので嫌味はない。今まで何人もの遠坂凛に出会って来たが、どの凛もこういう気遣いができる。
だから、手入れの終わった銃を空間に仕舞いながら白いエルヴァも予定を話した。
「では私は凜とスラーに出向きます」
「彼女もお風呂?」
「ええ。それで47番、銃くらいは隠せますか?」
「それは大丈夫です」
「なら、明日は二手に別れましょう」
そうして部屋に凛を残してエルヴァ達は夜釣りという名の夜警に出た。