プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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24、夜の倫敦

「夜ですと本当につまらないですね」

「ですけれど、大英博物館もシャーロック・ホームズ博物館も、セントポール大聖堂もウェストミンスター寺院もアビイ・ロードも全部飽きるほど行きました。ロイヤル・アルバート・ホールも何度も行ってます。今更どこへ」

「私はその思い出の写真すらありませんよ」

「あらま……。間を見て焼き増ししておきますね」

「お願いします」

「そうだ。あそこに行きませんか? キングス・クロス駅」

「映画の? セント・パンクラス駅の横ですね。あのセント・パンクラス駅の時計塔に人が住んでいるって本当ですか?」

「私に尋ねてどうします。2~3年別に暮らしているならともかく、記憶も知識も変わらないでしょうに」

「いや、それが。乖離というか違和感があって」

「意思決定の中でもサブセットでしたものね。あなたは私でもありますが、今は別人です。宝具がどうとかより、意思決定のプロセスが今までと異なるので、それが違和感になるのだと。唯我独尊とはあなたが話していた事でしょう?」

「やはり、それですか?」

「それが起因しているのだと思いますよ。3ヶ月から半年くらい経てば、その違和感も消えると思います」

 

 やはりか。それは当初、イリヤの中の自分が消えると踏んだ期間と同じだった。そのプロセスを経て、自分は自分として成り立つのだろう。

 

「なるほど。それで、後釜の47番は埋まったそうですね?」

「101番を作ったのですよ。47番は欠番と話した通りです」

「本当に欠番にしたのですね?」

「反対派は貴重です。あなたが私より物欲が弱く、質素な雰囲気があるのはそこですよ」

「それが、あなたが私に抱く印象ですか。だからドレスがエメラルドグリーンだったと?」

「そうです。私の押し付けですが、淑やかな気分の日はあのドレスでないと」

「そうでしたね。あれを頂いてもよろしいですか?」

「パンツごと差し上げますよ。あなたのう○こ筋が付いたものなんて」

「はいはい。ドレスの他に数点頂きますね」

 

 下品で下劣なオリジナルだが、かなり気を遣ってくれている。いや、気を遣うと言うより惜しんでくれているのだ。

 なら期待に応えて、私はここでしっかりと生きて行こう。

 

 

 簡易結界を張り、夜の街を歩く。

 ピカデリー通りを東に歩き、角の劇場前からA401を左斜めに入る。左手にアポロ劇場、クイーンズ劇場、宮廷劇場を通り過ぎれば、合流したA40をA400ガワー・ストリートを北に登って大英博物館に向かう。

 そこから真っ直ぐユーストン駅まで行けば、A501ユーストン・ロードに沿って右。そこから500mほど進めばセント・パンクラス駅だ。

 正面は上空から見れば逆J型の、とても美しいヴィクトリア朝ネオ・ゴシック建築である。

 その後ろに大きなモール街があり、その最奥に駅がある。しかし再開発中なので、まだまだ中途半端な感が否めない。ユーロスターが止まるようになればもっと大きく変わるのだろう。

 運賃は高いが2時間半ほどでパリのネズミーに行けるようになるし、フランス南東部のスキー場にも5~6時間で行けるだろう。距離と時間の関係が崩れていく。ヨーロッパはどんどん狭くなっているのだ。

 そんな駅の真っ暗な時計塔をしばし眺めて、A5202を横切ってキングス・クロス駅に向かった。

 当然、9と3/4番線のホームに通じる、カートが埋まった壁を見に行くのだ。シーンと静まり返った中で彼女達の軍靴の音だけが響いた。

 

 

「ホグワーツからお出迎え?」

「こんな下手くそな結界が、魔法魔術学校なら夢も希望もありません」

「これで典位以上でしたら笑いますね」

「笑ってやって、笑ってやって。きっと嫌々使わされたナンバー2かナンバー3。しかも万年中間管理職ですよ」

「ああ、その悲哀が魔術に滲み出ているから、こうなのですか。哀しくなって来ました」

 

 街灯の光が、突如どこからともなく現れた闇に遮られる。

 闇の中からカツカツと革靴の音がコンクリートを響かせている。スーッと浮かび上がる原色のシャツ。灰色のシックな上下は目を凝らさないと見えない。

 やがて胸元のアグレットに嵌め込まれた宝玉が闇を裂き、ポーラー・タイを首に巻いた白髪の老人が現れた。降霊科学部長代理兼召喚科学部長のロッコ・ベルフェバンだった。

 お付きの者を残して、一人こちらに歩み始める。お付きとの距離が30mは開く。危ないぞ、爺さん。

 白いエルヴァが出ようとすると、それを制して褐色のエルヴァが前へ20mほど進み出た。私はレイであなたはケンシロウか。お兄ちゃん成分が入ったから剣士郎なのか。弓凛に並ぶ王道だな。

 頭に凄い電波を受信しながら47番を見詰めた。ベルフェバンとエルヴァの距離は既に10m程度だ。

 

「これは手厳しい。こちらの事は調べ尽くしてあるようですね」

「ええ。降霊科の講師陣は高齢化が激しく、講義を持たない学部長のルフレウス・ヌァザレ・ユリフィスはとっくに死んでいて、実は心霊現象ではないかとか」

 

 降霊科と高齢化が掛かってる訳では無い。話しているのは英語だからだ。

 

「当学部の学生の噂話まで」

 

 痩身でやや猫背。おかっぱの白髪に大きな色眼鏡が、テレビに出て来るお茶の間で人気の識者という感じで親近感があったりする。

 事実、モゴモゴと何を話しているのかもわからない教師陣が多い時計塔の中で、ロッコ・ベルフェバンはかなり人気のある方なのだ。

 肩書も学部長と変わらぬ教授で、他科のナンバー2に多い准教授ではない。

 学生を大量に抱える全体基礎科や個体基礎科になれば、科目ごとに教授が居たりするが、マイナーな学科ほど専門家が少なく、学部長=教授のパターンも少なくない。

 後は講師と助教だけの場合がほとんどだ。助手に至っては現役学生が、学級長か日直のごとくクジで決めらている学科もあったりする。

 伝承科はその少人数ケースの筆頭で、学長の後押しが無ければとっくに潰えていたとまで言われていた。そこと比べると降霊科は大きいのだが、それでも下から数えた方が早いほど学生は少ない。

 なのにナンバー2が教授を張っているところが、降霊科の伝統と歴史、そしてかつての隆盛を物語っていた。

 

 ともすれば古本屋のおじさんにしか見えないベルフェバンだが、生き馬の目を抜く必要がある時計塔の中で、今日も生き残っている。

 一癖も二癖も持ち合わせる怪人ルフレウス・ヌァザレ・ユリフィスから直々に代理を任されたり、降霊科の下位学部である召喚科の学部長に任命されるだけの実力者でもあるのだ。

 ルフレウスは現在何歳なのか不明だ。50年前から学部長に君臨していると言われている。そしてベルフェバンが学部長代行を務めるのも50年と言われていた。

 実務・雑務・講義、どれをとっても卒がなく、権力欲や支配欲もない。魔術師らしく現代の機器には疎いが、嫌味を発せず、ウィットに飛んだジョークを口にしたりもする。英国人にしては珍しく二枚舌を使わない温和な好々爺だ。

 そして理事であるエルヴァの茶飲み友達でもあった。それ故にここでロッコ・ママを寄越すのかと、ユリフィスの老獪さと強かさ、ベルフェバンとの強固な繋がりに畏敬の念を抱く。

 と同時に、並行世界では歳が離れていても友人であるベルフェバンと万一敵対すればと、自分を気遣い前に出た47番に感謝だ。

 彼女も同じ記憶を持つだろうに。しかし、話が纏まるならこの世界に留まる彼女が最適だろう。

 

「あなたをロード・ユリフィスの代理人と受け取ってよろしいですか?」

「もちろんですよ。私がルフレウスから頼まれたのは、あなた方の真意を探る事と交渉の条件を測る事にあります」

「ならば、申します。真意と言いますかお願いは、一つ、時計塔の存続。二つ、理事会や教授陣の風通しを良くする事。三つ、アトラス院との二重スパイを排除する事です。条件はこちらが用意する幾つかの提案と論文を吟味して頂く事です」

「む? 単刀直入に尋ねますが、ルフレウスの引退ではなく?」

 

 そこまでビビったのか!? 英霊効果は絶大だなぁ。

 

「違いますよ。外部の敵が時計塔を侵食しようとしています。その兆候に気付き、幾つかの証拠も集めましたので、お教えしたいと考えただけですよ」

「なるほど。するとあなた方は善意の忠告者であり、情報提供者であったと?」

「ええ、声を届かせるには演出も必要です」

「確かに。大道芸は余程興味を抱かせませんと、誰も足を止めません」

「そういう事です」

「不躾ですが……あちらのブロンドの女性が英霊というのは本当ですか?」

「セイバー。武装してこちらへ」

 

 たちまち少女は風を纏い、デジタル迷彩服がロイヤルブルーの衣装と白銀の甲冑へと変わった。

 

「風王結界を解いて下さい」

「風よ……」

 

 周囲を暴風が巻き上げ、手に持つ何かが顕になる。

 

「おおっ! こ、これが……」

「聖剣エクスカリバー。王の御帰還ですよ」

 

 剣をさっと振り、少女は剣先を地面に立て、両腕を柄の上に預けた。

 ベルフェバンは性別の疑念より先に、その威風堂々たる風格と、肌にピリピリと突き刺さる王気、本物の英霊が放つ威圧と魔力に圧倒された。気付けば跪き、頭を垂れていた。離れていた従者もそれに倣う。

 

「これが……Inraw Effect……?!」

「何を大袈裟によろめいて後ずさる?」

「いえ、夜の8時45分と使用刻限が明確に定まった宝具が、こんな真夜中に発動可能とは聞いていませんでしたので」

「君はベルフェバンだけでなく、伝承科の教授ともウマが合いそうだ」

 

 エルヴァ自身がもし時計塔の学生であったなら伝承科に在籍しただろうという程、伝承の研究には余念が無い。しかし、夜咄を面白可笑しく誇張した物語は、そこを削ぎ落とすと意外にショボいものだ。

 美しい話は美しいままに、そう思う自分も居るので困ったものである。とは言え、人の良さそうな伝承科の教授に会う度に、語り合いたいという衝動が起きる。

 いわゆるオタク症候群だ。どちらがよりマニアックか競いたいし、知らない情報を手に入れたい。けれど腹を割って話してしまえば、お互いに虚しくなるだろうなと避けているのだった。

 

「しかし美味しいトコを持って行きましたね、47番は。正に王威の拡散」

「つまり、この場合は君が助さんだと?」

「ええ、うっかりはホテルに置き去り。お兄ちゃんは弥七。飛猿とお銀はアサシンから」

「アサシンは反則だ。煙の又平でも霞のお新でも、何でも配役可能ではないか」

「では……、飛猿はもう一人のアーチャーさんで」

「どう考えても弥七がシロウで、霞のお新はリンだろう。夫婦だからな。飛猿は私でお銀は女アサシン、どうだ?」

「ああ、そうか。彼女ならお娟もイケますね?」

「まぁ、少々ズルいがな」

「けれど一番ずるいのは47番ですよ。ひれ伏される側にいつかはなろうという野心が3代目のようで……。あの、明日なろう精神こそが衛宮の血ですね」

「何を言っとる。君はテレビ嫌いのくせに詳しいな?」

「着いて来れるお兄ちゃんが変なだけです」

「着いて行けぬ者が、人に着いて来れるかとは言えんだろう?」

「ですね。それより、47番のセイバーは鞘を持っていないのですか?」

「だな? セイバーがジイサンに見せていた時に少し驚いていた」

「いえ、待って下さい。カレーの日にAUOをアヴァロンで凌いで斬ったと話していませんでしたか?」

「言われてみればそうだな……。彼女がどういう体験をして来たのか興味が湧くよ」

「はい、食料泥棒だけでは無いでしょうね。47番にしか明かさないと思いますが、色々冒険があったのだと」

「うむ」

 

 キングス・クロス駅の駅前、A501ユーストン・ロードを挟んだ真向かいに24時間営業のハンバーガーショップがある。

 地元の人はマッキーズやマッキーディーズと呼んだりする、世界最大手のチェーン店、マッヵダ~ナーだ。マックでもマクドでもないエルヴァの発音は級友達にやたらウケる。

 そんな世界的ファストチェーンも、今はBSE問題で閑古鳥が鳴いている。遠目に見てもそれがわかる。店舗の電気代が心配になってしまうレベルだ。

 エルヴァ自身はハンバーガーを英国でとなればウインピーだと思っている。しかしこの辺りだとセントポール大聖堂辺りまで行かないと店舗が無いし、そもそもこの時間だと開いていないだろう。

 それに日本生活の長さから、ポテトだけは大手チェーンのあれでも満足できてしまう。そろそろ小腹が空いてきた。思わずその名を呟いてしまった。

 

「チキン○ツタ……」

 

 鳥インフルエンザで消えた日本限定メニューはエルヴァの好物だった。

 あのジンジャーとソイソースの風味を纏った竜田揚げに、シャキシャキした千切りキャベツを添え、サウザンドアイランド・ドレッシングとは似て非なる独特のペーストで味付ける……。

 その食感と風味は忘れがたき一品であった。堪らず何度か自作にチャレンジもした。

 ペーストはマヨネーズとケチャップに、少量の辛子をミックスして代用すると中々だった。単価は一人前65円程度と意外に安く作れる。

 その前にチャレンジした、ピクルス増量タルタルソースにヨーグルトを少々入れたフィレ○フォッシュは、一人前に軽く140円は掛かったので驚いた憶えがある。

 だからキャンペーンで安い時は喜んで食べていた。そのタツタとKF○のコールスローをハシゴで買い、同時に食べる事は最高の愉悦であり至福の時間だった。

 そんな具合だったのでメニューから消えた日、晩御飯が喉を通らなかった。それくらいショックだったのだ。

 自分のような少食でも、食には拘りがある。私がこうなのだから、あのセイバーは大丈夫なのかと心配になった。己のセイバーの影響とは思わないが、彼女もかなりの健啖家だ。

 今まで何人ものアルトリアに出会ったが、ここまで食べるセイバーは自分のセイバーだけと思っていたので驚きだった。義姉もそうだが、これまで出会ったセイバーは身体に見合った量しか食べなかったのだ。

 

 いや、義姉に関しては少し違うか。

 あの人はウワバミだ。受肉後、高校生なのに自販機でワンカップや焼酎を買って呑んでいた。

 ワンカップをカポッと空けて、学園に向かう。帰りは制服のまま、パックにストローを刺してチューチューと焼酎を吸っていた。

 その姿は情けない限りだった。元マスターを殺してしまった悔恨が、義姉を蝕んでいたのだ。なのでアル中になるまで呑んでいた。高3の頃は、竹刀が持てない程だったのだ。

 それでも全国大会で優勝できたのは、私や姉のイリヤが泣いてお酒を取り上げたからだ。だから高3の秋から、大学の2回生までは完全に断酒していた。

 今は嗜む程度に落ち着いたと思うのだが、それでもコップ酒で5合くらいは平気で呑む。そして食後は寝酒と称してウィスキーだ。給料の殆どが、酒と義姉が好きなバイクに消えている。

 けれど今の義姉は良く笑う。私達と出逢えて良かったと笑ってくれるのだ。

 47番がセイバーを召喚した理由はそんなところもあるのだろう。己のつまらぬ欲や意地を押し付けたりはしないだろうが、仲良くして欲しいと思う。

 ちなみに英国だけのサービスだと思うが、ポテトセットを頼む時に、学生証を提示すればチーズバーガーが一つ無料で付いて来る。とは言え穂群原の学生証では無理だろうと諦めつつ歩き始めた。

 迷彩服のポケットに財布や免許に学生証を入れて歩くところが、我ながら律儀だなと苦笑した。

 

「おい、どこへ行く?」

「チップスとドリンクを買いに。夜食ですよ。セイバーの分が必要でしょう?」

「ああ……頼む。私は推移を見守っているよ」

「お願いします」

 

 ユーストン・ロードを渡るここで、宝石でできた使い魔が耳元にでも止まればベタだろうか? しかしながら、着いて来た使い魔はどれも小動物だった。

 倫敦にはネズミが多い。公園のリスは有名だし可愛いが、ネズミは本当にどこにでも居る。

 原因は生活で出るゴミだ。フラットの窓から通りへ捨てるような信じられない者が倫敦には多いのだ。移民問題は関係ない。

 周りがそうだから、単に移民も見習っているだけなのだ。ともかく倫敦は、中世の頃からネズミの王国である。

 そのせいかネズミを使い魔にする方法が、昔からやたら進んでいた。かつてのウェイバー先生が、冬木でネズミを使っていたのはそういう理由が大きい。つまり、若い未熟者にも扱える術式が豊富にあるのだ。

 日本なら繁華街でもない限り、カラスかハトだろう。鳥類が捉える俯瞰風景は人の認識を遥かに越える。キチンとした分析力を持っていれば、情報量は桁外れなのだ。

 エルヴァ自身は蟲使いだが、捕えたカラスを使い魔にする事もある。

 中でも妹の美遊にフォボスとディモスと名付けられた番(つがい)の2羽は、子供や孫の世代まで居るのに今だに元気だ。

 元は自宅である持ちビルの公園に生息する野生のハシボソガラスだったが、エルヴァの魔力を得ているので30~40年は生きそうな勢いである。

 あ、だからさっきは自分をレイだと? 何と何の回線が繋がったのだろうか? 

 

「あの子達を貸してあげますから、凜にコスプレして欲しいです。ハイヒールで踏んでくれると最高ですね」

 

 袋に入れて貰ったポテトとドリンクを持って、妄想を垂れ流しながら夜道を歩く。きっとそれを使い魔で盗聴している者は、何が何だか意味不明だろう。

 視界の隅で上を見れば、フラフラと壁にぶつかるコウモリや街灯に特攻していく蛾ばかり。これがこの世界での時計塔のレベルかとガッカリだ。

 戻ればロッコ・ベルフェバン達は既に居なかった。自分の分のチップスとドリンクを取り出し、残りを47番や47番の魔術で迷彩服に戻ったセイバーに渡した。

 セイバーには袋ごとで、中にはLサイズのチップスが三つと特大のドリンクが入っている。

 Lサイズと言っても日本のポテトより量が少なく、油が違うので味も微妙に異なる。むしろトランス脂肪酸の問題に早くから対応している英国だから健康的かも知れない。

 なお、細長いこのポテトに限ってフライ(フレンチフライの省略形)と呼ぶ人も居る。そういう人にとってのチップスはフィッシュ&チップスのような、もっとザクザクしたものを指している。味付けも当然、ソルト&ビネガーだ。

 

「彼女のために? ありがとうございます」

 

 自分の分の袋を受け取った褐色のエルヴァはお礼を言いつつしかめっ面をした。ドリンクがサイダーだったからだ。定番といえば定番だが英国のサイダーはやたら甘い。

 

「アイスコーヒー……」

「ねぇよ、英国にそんなもの」

 

 この2004年頃、アイスコーヒーは日本独自の飲み物だった。海外でもちらほら見掛けるようになったのは2010年以降だ。

 欧米人にとってコーヒーとはホット以外にあり得ない存在だったのだ。アイスとはアイスクリームを浮かべたタイプしかない。

 ちなみにコーヒーゼリーも日本の発明品だ。

 

「それより守備は?」

「近日中に正式に会おうと。ユリフィスは不明ですが」

「薄い。言質を取れなかったのですか?」

「その代り、アニムスフィアも同席するそうです」

「なら上々ですか。と言っても代役のロリガマリーでしょうけど。寄って来るのは貴族主義派ばかりですね?」

「あなたが貴族主義派の理事なのですから、これも運命でしょう」

「十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人」

「はい?」

「ロリガマリー。オトナマリーになれば出オチ要員待ったなしです」

「ライネスともども可愛がっていましたのに?」

「ええ。どちらも才気溢れる子達です。クロちゃんの友人に持って来いですね」

「ここのクロエは時計塔に行かせませんよ?」

「ま、高校を出た後、こちらで預かっても良いですし」

「それが良いかも知れません。私達が10歳で生きている……。嬉しい半面、怖いです」

「そうですね。逢いたいけれど逢いたく無い……。半分は楽しみにしていますのに」

「はい。それが本音です」

 

 食べながら歩いて帰る。魔力の足場の応用で、自動追尾のテーブルを作り、ドリンクをそこに置いた。

 セイバーはケチャップを付けて食べている。万国共通のサービスだが、やはり彼女も好きだったか。エルヴァ自身はマヨラーなところがあるが、彼女のセイバーはケチャラーでなくケチャパーだった。

 

 食べ終えたゴミを極小泡沫空間に取り込んだエルヴァは、ガン・ホルダーを取り出し腰に差した。そこからおもむろにベレッタM87を抜き、片手で構えた。

 使い魔が鬱陶しい。蚊柱ならぬ使い間柱が後ろから着いて来るのだ。

 この80シリーズはダブルカラムで.380ACPのM84が有名だが、シングルカラムのM83やM85は手の小さな女性向きとされている。

 M85はM84と同じ97ミリの銃身だが、M83は102ミリと5ミリ長い。スライドから銃身がハミ出ているので、70シリーズと同じく昔ながらのベレッタ好きが良く持っていたりする。

 エルヴァもそのM83を持っているが、今は.22LRのM87だ。同じ22口径なら命中精度は銃身が150ミリある72から76S、コルト・ウッズマンやルガー・スタンダードなどが上だろう。

 勿論、銃身の長さより照星と照門との距離が目視の場合はより重要である。

 しかし、視力に頼らないエルヴァには、手の馴染みや操作性に安全性からもM87が上だった。同じ.22LRのワルサーP22も今回用意したが、そちらは凜に預けてある。

 なおPPK/Sは切嗣の予測通り、寝室の枕元に置く予備である。

 

 連絡用や魔術師の眼や耳となる小型の使い魔なんて.22LRで十分だ。元来.22LRは的に中てるスポーツ用、レクリエーション用であると同時に、身近な害獣駆除用でもあったのだ。

 毒を持った蛇やカエルの多いアメリカ南部ではバケツで売られていて、バルクなら1発1円以下である。

 なので超小型の.25ACPを使う拳銃が廃れ、22LRを撃てる拳銃やライフルが台頭した背景があった。欧州でもスポーツ射撃用として、この19世紀に発表された弾は広く普及している。

 至近距離からの威力なら.25ACPの方が上と言う人が稀にいるが、多種多様な弾が販売されているので一概には言えない。

 平均的かつ標準的なデータを見る限り、初活力も弾速も.25ACPより.22LRの方が上である。当然.32ACPや.380ACPに威力は劣るので、各メーカーはディフェンス用でなくスポーツ用として銃を販売している。

 しかし、エルヴァはスポーツやレクリエーション目的でなくディフェンス、或いはオフェンスとして.22LRの銃を選ぶ場合が多い。

 両耳たぶを撃ち抜けば90パーセント以上の相手は戦意を喪失するし、首の血管や膝を抜けば行動不能にできるからだ。

 目を抜けば確実に殺せるが、不殺の誓いを破るのでそれはしない。ボディアーマーは達人の前では余り意味が無いのだった。

 また経済的な意味合いもある。弾の価格は流通数で決まる。アメリカでは.22LRと.38spcialが正義だ。そして.22LRの弾は世界的にも流通量が一番多い。

 それでアサシン達にもレクリエーション目的で.22LRのハンドガンやカービンを用意していた。

 

 エルヴァはセーフティを外すと、使い魔柱に向かって次々撃っていった。

 マガジン2本分プラス薬室分の1発。計17発が本来の数だが、マガジンの装弾はスプリングのヘタレを避けて2発減らしている。なので実際に撃った弾は13発だ。それで使い魔を19匹潰した。5回は2匹同時に貫いている計算だ。

 音は銃の周りに張った防音結界に阻まれ、気味が悪いくらいに無音である。薬莢や死骸も極小泡沫空間に次々と取り込むので証拠は残らない。残りの使い魔が慌てて逃げて行った。

 

「こうやって離れてみれば、神懸って上手いですね? コウモリの翼を3匹同時に貫いていましたよ?」

「え? 能力は同じでしょう? 今は無理なのですか? お兄ちゃんの眼を持つなら、あなたの方が上手いはずですよ?」

「鷹の眼は良いですけど、衛星の眼を持たない点が。サイトーさんに劣りますね」

「近代能楽集の幻の一遍ですか?」

「どこに跳ぶのやら……何をダウンロードしました?」

「ああ、すみません。けれど、それを言うとお兄ちゃんの立つ瀬が無いですよ?」

「俯瞰や鳥瞰を正しくイメージできるかどうかだからな。ヘラクレスは30km先にある3mくらいの岩に中てるそうだ。彼ならば冬木の展望台から、教会でも衛宮の家でも狙えるだろう。ビルの任意のフロアも楽勝だ。味方だから良いが、今の私達の家も軽く市外から狙えるだろうな。地球の丸さを考慮しつつ、重力に沿って放てるとは信じ難いが……」

「市外から? 高層ビルの屋上に陣取っても無理でしょう?」

「ですよね? 半径5キロ以内でウチより高いビルはありませんよ?」

「いや、陣取るなら冬木山の山頂だ。市内になるが神社の上社、あの屋根からも狙えるよ」

「木が茂っていて……屋根の上に登るとイケる?」

「そうだ。あの本殿の屋根の上からだと狙えるのだ。あの穴を発見したのも彼だよ」

「嘘ォ~。穴のない設計だと思っていましたのに……」

「完璧なんてものはこの世にはないし、時間とともにその神話は崩れ去るものだ。だろう?」

「まぁ……そうですね」

「お兄ちゃんも狙えますか?」

「クレーターを作って良いなら私も20kmは行けるが……。風は言うに及ばずだが、コリオリの力を無視できる鏃を使っても、重力という現実が魔力の神秘を喰い破る。そこを考慮してのピンポイントだと4~5kmが限度だ。なので私が屋根に登っても狙撃は不可能だ。つまり彼が異常なだけで、エルの計画に落ち度は無いさ」

「う~ん……」

「あの人は漫画を読んで、矢を丸い屋根に当てたり波に当てたりしているそうですから」

「矢で跳弾させるのか? 本当に信じられんな」

 

 ギリシアの大英雄はやはり化け物だった。

 

「とは言え、大陸間弾道ミサイルを取り込んでいる君には及ばんさ。どれだけの神秘を秘めた宝具でも、一度に何百万人もの殲滅は無理だ。仮に可能な宝具を持つ者が居たとしてもホシや世界が許さんだろうしな」

 

 これはどちらが強いか、どちらに威力があるかの話では無い。何を目的に造られたかだ。

 例えばセイバーの持つ聖剣は対城宝具だ。目の前の城を攻略する剣である。だからあの光は海を越えた相手国の城を落とせない。そこまで届かないのだ。

 ランサーの刺し穿つ死棘の槍は対人宝具で一人しか狙えない。呪いも一人にしか届かない。至近距離の確実性は高いが、これまた遠方に届かない。

 伝承では地の果てまで届くとされているが、地球が丸いと知らなかった大昔の人が作った槍なので、口伝で神秘が補強されても視認できる地平線まで──有効射程距離は約5kmと実測済みだった。

 突き穿つ死翔の槍に切り替えれば、もう少し飛距離が伸び対軍宝具となるとされるが、最大50人前後に被害を与えるだけで必殺ではないし、飛距離もこれまた約7kmと実測済みである。

 ただしサーヴァントでなく、英霊そのものを召喚できればこの限りでは無いだろう。

 また、より遠方まで届く可能性が高いのは相応のレベルに至った呪いだが、高度な呪詛は扱いが難しく術者に還り逆に呪われるリスクが大きい。

 何より魔術師は呪術を下賤のものとして嫌う傾向にある。時計塔の呪詛科でも初・中級レベルの呪詛対策指導と、狂気に取り込まれぬようにと警告する程度だ。

 この他、対界宝具というものがある。しかしこれにも指向性と距離と、魔力の限界がある。せいぜいが対国宝具だ。実際はサーヴァントなら対郡か対区程度だろう。

 房総半島や紀伊半島を一発で壊滅できないし、東京都やこの倫敦を壊滅させる魔力がない。それにそんな膨大な魔力を供給できるマスターが居ない。裏技で王の財宝を次々と魔力に変換して焚べて行けば、或いはという程度だ。

 よってこのように、距離の壁と範囲を神秘は越えられないのだ。

 ただし、エルヴァが魔力を送るセイバーや、長姉の聖剣だけは距離の壁をある程度越えている。

 真名開放の時にイタズラで鼻先に胡椒を振り掛け、あらぬ方へと光が飛び、人工衛星を蒸発させた事があるのだ。英霊であっても、不随意筋の反射運動や痛覚は抑えられない。

 変な例だが……死にもしないし、怪我もしないが、眼球に.22LRが中たれば転げ回る他は無いし、357マグナムが直撃すれば小一時間は視力を失う。223レミントンなら2~3日は目が見えない。

 ガチガチに強化した腕で、バールやハンマーを使って金的を力任せに殴れば、人智を超える存在でも失神は免れないのだ。これが人型英霊の弱点だった。問題はどうやって中てたり殴れるのかだ。

 なお、義兄であるアーチャーは、ありとあらゆる耐久テストを受けて来た。地上3万メートルの高さから落とされた時は、三週間寝込んでしまった。

 自分の目に自分で銃を向けた時、ああ人間をヤメているなと今更ながらに思ったものだ。

 しかしそこから得られたデータが、どれだけ役立っているかは語るまでもないだろう。

 

 

「エル様」

 

 黒ずくめの男が白いエルヴァの横に立った。

 一瞬セイバーが逸るが直ぐに落ち着きを取り戻す。

 

「ホテルが襲われでもしましたか?」

「はい。ただ、戦闘はグリーン・パークです。ホテルにもこちらにも被害はありません。結界もリン殿が張って下さいました」

「ほぅ。気を惹く何かを仕掛けて来たと?」

「ええ。気配が気配でしたので、何名かをホテルに残しセイバー殿が公園にて応戦しました」

「相手は幻獣の類ですか?」

「はい。力量を測られたようです」

「本人も気付いているでしょうに?」

「お叱りは覚悟の上だと。敢えて見せるべきとの判断だったと仰られております。あの方の直感でしょう」

「ですね。ご苦労様でした。ポテト、食べます?」

「いえ、処理が不明ですので。それに倫敦はハラールのレストランが多いので助かっております」

「それは良かった。お金が足りなくなったら言って下さいね。では戻って下さって結構ですよ」

「はい」

 

 走り去る姿も見せず、アサシンは闇の中へ溶けて行った。

 

「どの勢力かは不明ですが、秘骸解剖局に内通する者ですか?」

「セイバーに手応えを聞きませんと。連れ出された幻獣なのか、造られたキメラなのか、今はなんとも言えませんね」

 

 帰りはA501ユーストン・ロードを蝋人形館まで進み、メアリルボーン、メイフェアと抜けてからホテルに戻った。勿論、深夜なので魔術を使ってホテルに侵入だ。

 凛は眠っているだろうから、凜と白いエルヴァの部屋に入る。中でセイバーと凜が待っていた

 

「ご無事でしたか?」

「私達は大丈夫ですよ。凜もご苦労さまでした。セイバー? 斬った感触のみ教えて下さい。それで今夜は休みましょう」

「幻獣ではなく人工的な手応えでした」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 そう言い残すとパタリとベッドに倒れ、眠ってしまった。

 

「先輩を着替えさせないと」

「良いですよ、そのままで。後で起こして歯磨きをさせますから。私も着替えて顔を洗ってから寝ます。パジャマは彼女のを借りますので、凜はもう休んで下さい」

 

 そしてセイバー達が椅子に座り警護に備え、アーチャーは霊体化し厨房見学に向かった。

 褐色のエルヴァは、むにゃむにゃと駄々をこねる白いエルヴァを洗面所に連れて行き歯磨きをさせた。その後、すっかり眠ってしまった白いエルヴァの横でなく、凜の横に足を縛って入った。誤蹴防止のためだ。

 ちなみにゴシュウとキーボードを打っても出て来ない。人類史上初めての言葉だろう。

 隣で眠る妹のイリヤを誤って蹴り内蔵を破裂させた経験があるのだ。クロに叩き起こされ大急ぎで治癒魔術を使いつつ、セイバーを念話で呼んで鞘を使った。

 蹴られた本人はお腹を蹴られて痛かったけれど、直ぐに治してくれたものと信じ込んでいる。あってはならない失態だった。

 

 翌朝6時。

 二度寝から凜が目覚めると、エルヴァ達は居なかった。グリーン・パークでジョギングだろう。顔を洗い、着替えて身嗜みを整えてから公園まで散歩に出る。やはり先輩達が居た。もうジョギングは終わっているようだ。

 

「お早うございます、先輩方」

「お早うございます、凜」

「お早うございます。昨夜の痕跡は処理しておきました。キメラですね」

「陣営は?」

「今のところはまだ不明です」

「先輩、セイバーを叱らないであげて下さい」

「ん? 勿論ですよ。私が居ない時や咄嗟の場合の判断は彼女に一任しています。ですから叱ったりしませんよ」

 

 セイバーは私の友人である。これまで何度も行動をともにして来た。

 冗談で喚ぶならアーチャーのヘラクレスかロビンフッドとは公言しているが、本音はセイバー。それも彼女だ。他のアルトリア・ペンドラゴンには興味が無い。いや、無い事も無いけれど、彼女は違うのだ。

 先輩が私や大切な姉のイリヤスフィールを託せ、現場に於いては自己判断に任せるとまで言い切っているセイバー。褐色の先輩のセイバーも素敵だが、やはり違う。

 

 昨夜もアサシン達が危険を知らせた時、『落ち着いて。他の客を脅かさぬよう結界を張りましょう。これを』と、先輩から託されたP22をそっと手渡してくれたのだ。

 魔術師が近代兵器を使うのかと口さがなく言う人も居るだろうが、握れば気持ちは落ち着く。先輩が私のためにと用意してくれ、手取り足取り教えてくれた銃なのだ。

 こう見えて私は先輩の薦めもあって、毎年夏休みに訪問するアメリカの射撃場では何度も実銃を撃っていた。ライフルも拳銃も.22LRから始まって、上は.223レミントンや9mmパラベラムも撃った経験がある。

 けれど、実戦では22口径に決めていた。それはターゲットを狙う事の重要性を学んだからだ。

 アメリカで合流できれば、衛宮の小父様からも射撃場で指導を受けていた。

 初めてご一緒した時は、ルガー・マーク2やスミス&ウェッソン モデル41にワルサーGSP(どれもこれも重い!)から始まって、38口径のリボルバーまで用意して下さり、毎日300~500発は撃っていた。

 その練習のお陰で、銃だけでなくガンドの命中率までが格段に上がった。先輩はその効果を予測していたのだ。

 そしてレンジから別荘までの帰りに立ち寄ったガンショップで、予約してあった出たばかりのP22を5挺買われ、その内の1挺を譲って下さったのだった。

 それがこのワルサーP22である。GSPの半分の重さで装弾数は2倍の10発。プレシジョン・シュートには向かないが、プリンキングには上等なハンドガンだ。

 

 昨夜公園に2頭の化け物が現れた。駆けつけたセイバーが斬ると4頭新たに現れた。その4頭を斬ると8頭。完全にセイバーの実力を測っていた。

 さすがに相手があれでは22口径は無茶だ。なので私はガンドで応酬した。呪いより威力に重点を置いた遠坂のガンドだ。

 ぬめりを持った真っ黒な肌が爬虫類を思い起こさせるが、ワニでは無い。もっとグロテスクな何か。脚はそこそこ早い。だから動体を撃ち慣れていない私は数発外した。

 正面から迫って来た時にやっと頭をしっかり撃てた。これでは効率が悪い上にセイバーの負担になる。足を引っ張るのでなく、彼女の背後を護らないと。

 私は頭を切り替えて、ガンドの質を変えた。

 

『空のガンド』

 

 五大属性の空。それを使うガンドだ。

 エーテルを扱うのでエーテル体のサーヴァントにも届く。師匠にも放てない、私だけのミニ・黒い銃身だ。これも先輩がガンドの本質を教えてくれたから完成したのだ。

 左手に宝石剣を握り、左腕の刻印をしばらく黙らせる。起動させても良いが、今は刻印を休めたい。

 いつもの左でなく右腕で撃つガンド。一発で相手は動きを止めドスンと地面に墜ちた。3頭斃し、次の16頭では6頭斃した。そこで終わったのだが、セイバーに叱られた。

 

『私だけでなく、あなたも測られていたのですよ?』

 

 ごめんなさい。でも……。

 

『それがあなたでしたね、リン。魔法使いに背中を預けられて光栄でしたよ』

 

 そんな優しい事を言ってくれた。だからそんな事は無いと知っていたのに、先輩に叱らないでとお願いしたのだ。

 

「先輩はこちらが襲撃されると?」

「ほんの少しだけ考えていました」

 

 なるほど。それでホテルの使い魔を放っとけと言ったんだ。

 手薄に見えるこちらを囮にするってどういう事ですかと思ったけれど、先輩の予定からはみ出た行動を取っていない事がわかり安心する。

 

「ピカデリーを越えてメイフェアへバークレー・ストリートを進むと左角にスーパーがあります。朝6時半から営業なので、そこで牛乳でも買って来て下さい」

 

 そう言って小銭を渡してくれた。凛さんのためだろう。

 自分も遠坂凜ではあるが、他の世界の遠坂凛は押し並べて朝に弱い。不思議だけれど、両親が居なければ生活が乱れがちになるのだろうか? きっと夜が遅い生活に慣れてしまって睡眠時間が短いのだと思う。

 牛乳を買って、ホテルに戻り隣の部屋をノックする。返事がないので魔術で解錠して入ると、ボサボサ髪で最悪な顔をした自分そっくりな女の子がバスルームから出て来た。

 

「お邪魔しています。朝に弱いんでしたね?」

「ん……あ~、あなたか。おはよう……」

「おはようございます。これどうぞ」

 

 寝ぼけ眼な私に手渡されたのは、よく冷えた牛乳パックだった。

 凜曰く、実は朝イチ……日の出前に部屋で二人のセイバーが言い争っていたのだとか。そのために彼女は二度寝したらしい。

 何事かと聞けば、昨夜褐色のエルヴァの方のセイバーが白いエルヴァに、ポテトを奢られたのだそうだ。どうやらそれが悔しかったみたいだという。何じゃそれ。

 可愛いわね、セイバー。マスターが取られた感じがして寂しかったのかしら? 

 

『リン、あなたはわかっていない! ポテトを揚げると食べ飽きた味が、天壌の隔たりを打ち壊す究極の美味に変わるのです! 円卓が滅んだのは脳筋ばかりで、美味しい料理を創れなかった事にある。だが、断言しますよ。これさえあれば我々はまだまだ戦えた!』

 

 私と同じような事を言って叱られたそうだ。天壌の隔たりを打ち壊す究極の美味って何だ? 

 これは『天国の食べ物かのような美味しいものが地上に現れた』という意味らしい。昔の人はこんな修飾語をよく思い付くものだ。詩人の才能があるのだろうか? ああ、嗜みだったのかも。

 しかしそんな事より、よく聞けば寂しさからでなく、単に悔しかっただけなのだとか。この王様は感情が発露すると詩人になるそうだ。へぇ~。

 そして、凜はセイバーからその後も30分近く凄い力説を受けたとか。当時はジャガイモそのものが英国には無かっただろうと言い返したのが失敗でしたと舌を出す凜。

 可愛い。こういう仕草を私はしないから新鮮だ。ともあれ、それが日の出前だったので二度寝したのだと言う。

 朝っぱらから何をやってんだか……そんなに食べられなかった事が悔しかったの? ブリテンって哀しい国だったのね。

 結局それでアーチャーが先導して、三人で24時間営業のバーガーショップへポテトを食べに行っているそうだ。

 朝食までに帰って来いとエルヴァが伝えているらしい。ポテトの後に朝食まで食べるのが前提なんだ? 

 そして護られるべき二人のエルヴァは公園で体操とジョギングを終え、昨夜の証拠を隠蔽中だったと言う。セイバー、それは職務放棄にならないの? 

 

 ん? 隠蔽? 

 それは何だと聞けば、襲撃されていたと凜があっけらかんと話してくれた。待って、私は何にも気付かなかったのよ? 

 けれど凜は気にするなと言ってくれた。本番はこれからだからと。内省する私は手の中の冷えた物体にハッとした。この牛乳は凜が買って来てくれたのだと思い至ったのだ。

 

「ごめん、ありがとう……。今日の段取りは?」

「白い先輩が私と現代魔術科のあるスラーに赴きます。で、褐色の先輩とあなたが本部ですね。昨日、そう決まったんじゃ?」

「そうだった……」

 

 牛乳で徐々に頭が目覚める。

 今日も一波乱ありそうねと言ったら、五~六波乱は覚悟していると返された。この子、タフだわ。

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