キャリーバッグをゴロゴロ引いて門まで行きますと、シェロと小父様がいらっしゃいました。
オーギュストが空港までエルヴァさん達を送る代わり、小父様が私達をJRの駅まで送って下さるんですのよ。ああ、シェロの爽やかな笑顔が眩しいですわ。
「お早う、ルヴィアさん」
「お早うございます、シェロに小父様」
「お早う、小父様ってガラじゃないけどね」
あら、大きなクルマ。ん? 倫敦で見掛けた憶えが……。
「レンジローバーだよ。エンジンはBM○製らしいけど、親父の愛車だ」
「まぁ、素敵ですわね。これならドレスやスカートがシワになり難いでしょう」
「そういう観点なんだ?」
「士郎は知らないか。欧米ではクロカンとは別に高級4WDが流行っていてね。まさにルヴィア君が話した理由で人気があるんだよ」
「そうなんだ?」
「うん。僕がこれを選んだのは別な理由だけどね」
荷物を後ろに載せて出発しようとしましたら、玄関からイリヤ達が手を振ってくれました。
今晩、あの子達を招いてミユとお泊まり会だそうですわ。オーギュストに頼んでありますが、羽目を外さぬように。
「親父、これを選んだ理由って?」
「うん。僕は以前……そうだな。士郎が中学生頃まではスポーツカーばかりだったろう?」
「ああ、お袋のみたいな低いクルマ」
「あれはクラシックカーだね。それはさて措き、仕事にかまけて士郎とイリヤに寂しい思いをさせて来たからね。これで家族旅行に行こうかなと。今年中には行きたいね」
「そっか……親父、イリヤもクロエも絶対に喜ぶよ」
「まだ、内緒だよ? その分休めるように仕事を頑張らないとダメだからね」
「大人って大変だな。俺も手伝えたら良いんだけど」
「その気持だけで嬉しいよ。それに士郎は士郎に向いた、これだという仕事が絶対にある。それを見付けてくれると嬉しいな」
「聞いて良いか? 親父ってどんな仕事を?」
「うん? 知らなかったの? 僕はね、ヨーロッパの警備会社に務めていて、そこのサラリーマンなんだよ」
「警備会社? あのなんとか警備保障とかいう?」
「ああいうのとは少し違うな。部門が幾つもあってね。僕は交渉人やボディガードが多いかな」
「ボディガード!? あの映画みたいな?」
「そうだね。そういう仕事もあるよ」
「あ、でも……危ないんじゃ……」
「そういう顔を誰にもして欲しくないから、父さんは頑張っているのさ。けど、士郎にさせちゃ失格だな」
「そ、そんな事は無い! 驚いただけだから! 親父は格好良いと思うぞ!」
「そうかい、ありがとう」
そうですわ。父親に憧れる気持ちは男の子なら当然でしょう。
ですが小父様は隠されましたが、ネゴシエーターやボディガードよりハンターの方が多いのだと思います。ですから、シェロ。あなたがその道を歩む必要はありませんのよ。
小父様も小母様もそれは望んでおられませんわ。あなたは身近な人を愛し、幸せな家庭を築く事。それがあなたの使命であり権利ですわ。私のような魔術師が恋をして良い相手ではありません。
ですが、あの日……父のビジネスに着いて日本を訪れたあの時。
あなたはまだ中等部で、私も時計塔へ渡る前でした。夕日の校庭で、とても跳べそうにないバーに挑む姿。何度も何度も失敗して。それでも挑戦し続ける姿に私は自分を重ねていました。
家の事、一族の事。一身に期待を受けて育った私に失敗は許されませんでしたの。失敗を通じて人は学び、より高みに行けると知っているのに、これ以上は失敗するというところで手を引いて。
そんな生き方を私は嫌っていました。そんな鬱憤をリンにぶつけたりする自分の未熟さが情けなかった。だから再会できたあなたなら……と。
でも、それは甘えでしたの。私は私。シェロはシェロですわ。私はこの日本での生活を糧に、より高みを目指します。ですから、絶対に幸せにおなりなさい、シェロ。Mina rakastan sinua, Cielo.
JR冬木駅に着き、小父様に行って来ますとシェロと二人で挨拶しました。バッグを押して構内に入り、切符を買いホームに向かいます。
そうですのよ。ここは集合場所ではありませんの。冬木から30分ほど電車に乗り、新幹線が止まる駅まで行きますのよ。その古都の駅前が集合場所なのですわ。
つまり、私はシェロにエスコートして頂いたのです。当初、小父様はこの古都の駅まで送ると仰られましたが、お断りしたのですわ。ローカルな路線でシェロと二人で揺られる……素敵だと思いませんこと? きっと揺れてよろめく私を、シェロが支えて下さるのですわ。
ですが現実は残酷なものです。
列車に乗った瞬間から周りは大きな荷物を抱えた学園生か、行商のお婆様か、出勤時刻の早いサラリーマンばかりですのよ。
期待通り二人で立っていたのですが、停まる駅停まる駅で学園生が増え、シェロは友人に巻き込まれて離れて行き、私も同級生に。まぁ、それは我慢も致します。クラスメイトとのお話はかなり盛り上がって楽しかったですし。
私は正直、日本語より英語の方が得意ですの。ですがこの数週間でかなり日本語が上達しましたわ。それも彼女達のお陰ですわね。
意味がわからなければわかる表現に変えてくれたり、単語だけの英語で語りかけてくれたり。語学留学という意味でなら成功と言っても差し支え無いでしょう。
そして、どうして私が早い段階から日本語で意思疎通できたかと申しますと、これはリンのお陰だと思いますわ。
相手の言語を知っていませんと、国際的な口ゲンカはできませんのよ。それだけに先日リンが、ヒューバーフオメンタやヒュヴァーウュオタと言ってくれた事が嬉しかったのです。
驚いたのはエルヴァさんや魔法使いのリンさんですわ。あの人達は、ごく普通にフィンランド語で話されるのです。並行世界の私は侮れませんわね。一度は会ってみたいものです。
駅前の広場に学園生が徐々に集まってきましたわ。後から来た人は通勤ラッシュに巻き込まれ大変だったそうですわ。女生徒の中にはリボンが解けてしまった人までいるとか。早めに行こうと提案してくれたシェロには感謝ですわね。
いよいよホームに上がり、新幹線に乗車です。定刻通りにやって来る日本の列車は素晴らしい限りですわね。しおりを参照して席を探しました。今回の旅行では、私は特例でシェロと同じグループですのよ。
本来、私はA組ですの。そして座席はA組の最後列なのですわ。そしてC組がA組の後ろとなり、その後ろにB組となったのです。つまりC組の先頭に私がお邪魔するカタチですのよ。
これはリンが休む上での人数調整もありますが、日本の習慣に不慣れな私を配慮して下さったが故ですの。確かに英語も話せるリンが、私のペアには最適でした。
ですが学園は男女混合でグループ活動をしたりしますので、生徒会長がリンの代わりを買って出てくれたんですの。それで会長の同級生で親友のシェロも同じグループとなりましたのよ。
3列シートの窓際が私、真ん中が生徒会長のイッセイ、通路側がシェロです。シェロと替われとは申しませんわ。先日の生徒会のお手伝い以来、何度もお手伝いしていましたの。それにお弁当をご一緒する事も。
エルヴァさんが言うには、生徒会長はお寺の方だけあって、一般人なのに魔力や魔物の気配を感じる能力が高いのだとか。
だからそれを感知して、良くないものとされて、厳しい言動になるのだそうですわ。ですから魔力を絞れば大丈夫なのです。また、普通に接すればわかりますが、かなり真面目な方ですわ。
彼よりもっと危ないのは、サエグサ・ユキカという同じA組の女の子です。彼女は見えるチカラが強い人らしく、霊と実体との区別が付かないそうです。
確かにそういう人は居ますわね。これも弱い魔眼なのですわ。きっと彼女の目を通せば、冬木の街も賑やかなのでしょう。そしてそのユキカは前の席なのですが、そこも賑やかですわね。
「もう少し静かにしろ。団体予約とは言え貸し切りでは無いのだぞ? 高校生にもなってピーチクパーチクと。学園を代表してここに居るのだと自覚しろ」
「わーったよ! 一々煩いな生徒会長は」
どうも彼は私の相手役だけでなく、前列の監視役もあったみたいです。
「まったく。俺らの代の恥を被るのは後輩達なのだぞ。そんな悪評が今の小学生にまで及べば……」
シェロも頷いています。確かに生徒会長の言葉はもっともですわ。ミユやイリヤの代まで風評被害を残せませんものね。
窓の外の景色がビュンビュンと流れて行きます。
何度乗っても感動しますわ。だって、フィンランドは雪が多く大地がひび割れているのですから。
地震などの災害も多いのに、ここまで安定して走る高速鉄道。見た目の速さだけでなく、それを維持するシステム。本当に素晴らしいですわね。
魔術もそうですのよ。構築する術の安定性こそが重要ですの。例えば私の宝石魔術は瞬間的なチカラだけではありません。
ゆっくりゆっくりと。岩に水が染み込むように一定の弱さと強さを取り出せる事も必要ですのよ。私はこれをルーンの補助を介在させて行いますの。
ですが、ライバルであるトオサカ・リンはこれをいとも容易く、己が魔力だけで行いますの。五大属性──確かに稀有で希少です。しかしどこの誰があそこまで使いこなせますの?
私は彼女の内部で何がどうなって、それができるのかを知りたいですわ。たった一人で、自らを律し戦ってきた彼女。
お互いの生い立ちや背負うものを話すと……いつしか手を取り合って泣いていましたわ。エルヴァさん達が居ますので大丈夫とは思いますが、リン──どうか、ご無事で……。
「一成、落としたぞ?」
「うん? ああ、ルヴィアさんだな。これは凄いな。何かの論文だろうか? 全部英文だ」
「あれ? 表紙のここElva Von Einzbernってエルヴァさんか?」
「おお。あの方が前の学校で書かれたものだろうか」
「何て書かれてあるんだ?」
「う~む。ページがバラけてしまったな。何々? 『神経を結合させるのみならず、反転させる事で模倣が可能となる』……。医学か生物学の論文だろうか? かなり高度だな。このような長文は大学生でも訳せんぞ。仮に日本語で書かれてあっても難しそうだ。ふむ、衛宮よ。余計な詮索はせず、拾って網の中に入れておくのが吉であろうな」
「そうだな。大学とかで使うのかも知れないし」
「うむ、その線だろう。アインツベルン先輩はドイツであったな。英文という事はフィンランド人のルヴィアさんに読ませるためなのだろう」
「ルヴィアさんも頭が良さそうだもんな。よしこっちに飛んできたのはこれで全部だ」
「ああ、これと纏めて網に入れておこう」
周りのざわめく声で目が覚めましたの。
マウント・フジ。随分遠いところに斜めに? ああ、この辺りはカーブで地面が傾斜していましたわね。
「目覚められましたかな? 書類が落ちていたので拾って網に入れておきましたよ」
「え? ああ! ……ありがとうございます」
「生憎ですがページがバラけてしまって」
「いえ、それは構いませんのよ。それよりも中を見まして?」
「いいえ。英文である事と、著者が3年のアインツベルン先輩らしき事以外は何も。難しそうな論文ですね?」
「医学か生物?」
「え、ええ。神経学ですわ」
「ほぅ。将来、そのような道を?」
「どうかなと思いまして、エルヴァさんに相談したのですわ。そうしましたらこのリポートを」
「そうでしたか。衛宮、あの方は底知れんな?」
「だよなぁ。家族になってくれて嬉しいよ」
「私もあの方と知り合えて光栄ですわ」
助かりましたわ。リポートの内容が万一漏れたら……想像したくもありません。
新幹線の快適さは睡魔との戦いだと理解しました。気を付けませんと。
そうこうしている内にお弁当が配られましたの。時間は11時。早いですが仕方ありませんわね。マクノウチというバラエティーに飛んだお弁当ですが……。エルヴァさんのお弁当を知ってしまいますと……。
「ルヴィアさん、物足りないんだろう?」
「ああ、シェロ。わかりますか?」
「わかる、わかる。ここんとこズッとエルヴァさんの弁当だったもんな?」
「そうですのよ。なのにあの方の分はセラさんのだとか」
「うん。差し入れ以外は俺のもそうだけどな。けど、そうでもしないとセラの機嫌が悪くなるしさ」
「そういう周りの人の心を気にされる方ですものね」
「うん。気遣っていないふりをしながら、滅茶苦茶気にしてるんだ」
「あの方は……可愛い人だ」
「え? 一成?」
「うん? 憧れるのは自由であろう?」
「ああ、そういう意味な。それならわかる」
「ええ、わかりますわ。しかしこのサバ。匂いが……」
「ああ、下拵えが甘いんだ。これは酢に漬けているから、漬ける時間が足りないか、最初の塩が少ないか、鮮度が落ちているか、そのどれかだろうな」
「私は牛乳に漬ける方が好きですわね」
「牛乳? そんな臭い消しの方法が?」
「ありますのよ」
「いろいろあるぞ? エルヴァさんも味噌煮の下拵えは牛乳だったよ。お湯を掛ける霜降りより、味噌の味がまろやかになるそうだ。赤味噌に合うんだよ。田舎味噌なら塩とお湯、それと酒だとか。それにヨーロッパじゃ、スープやシチューに使うから塩と牛乳が多いらしいぞ。弁当は酢か酒が良いって話していたなぁ。これは業者のだから万一の事故を考えて、酢に漬けてから焼いてるんだよ。あ、そっか。殺菌が主目的で臭い消しは二の次なのか。小売値もあるしな」
「ほぅ、なるほど。色々あるものだな。アインツベルン先輩のお陰か衛宮も奥深い事を言うようになった」
「ですわね。フィンランドの魚料理はもっと美味しくなると仰られていましたわ。戻られたら作って下さるそうなので楽しみですのよ」
「戻られたら?」
「遠坂と一緒にヨーロッパだよ。遠坂がロンドンで、エルヴァさんがフランクフルトだ。あちらの書類がどうとか言ってた」
「そうか。遠坂だけでなくアインツベルン先輩もか。おっといかん。悠長にしておったら空き箱回収が」
「やっといてやるよ、生徒会長」
「む? 蒔寺。良いのか?」
「ああ、聞くともなしに良い話が聞こえたんでな。それとさっき騒いだお詫びだ」
「そうか。済まぬ」
「気にすんな。回収は車両ごとだから、ここいらだけで良いんだよな?」
「ああ、後ろの車両に別れたC組は別口だ。向こうは向こうで回収担当が居る」
「了解」
「カエデは何に感心されて?」
「何であろうな?」
「突然口を挟んで済まぬ。楓は呉服問屋の一人娘で、和の付くものは徹底的に仕込まれて育った。なので和食の調理が上手いんだ。きっとサバの臭み取りの話に感心したのだと思う」
「む? そうなのか?」
「あ、俺それ知ってるよ。蒔寺の和食は見事だって。他は全然らしいけど」
「言わんでやってくれ衛宮。特に洋食がダメでな。見事なだし巻きを焼けるのに、目玉焼きすらまともに焼けん残念なやつではあるが、私の知る限り学年の料理人ベストスリーは、衛宮に由紀香、そして楓だ」
「意外なベストスリーよな。相変わらず訳のわからん情報は詳しいな氷室女史?」
「まぁ性分だよ、生徒会長」
東京駅に着きました。改札口で待っていた、旗を持つ女性が先導します。
「どこへ行くんですの?」
「バスの駐車場ですよ。有楽町にバスの駐車場がありまして。あの女性はバスガイドですよ」
「あら」
道中、景色の説明や薀蓄を話して下さる方なのだとか。
そういうお仕事がこの世にあるとは。当家の自家用ジェットのパーサーも物知りですが、それは楽しみですわね。
しかし……荷物は重いですし、なんとも雑然とした街ですわね。それが東京なのかも知れませんが。
「JRで見えませんが、この裏手が日比谷公園や皇居ですよ」
「おお……。この後はアサクサでしたわね?」
「そうですよ」
「執事がトラサンに会えれば良いなと話していました。楽しみですわね」
オーギュストさんはルヴィアさんをからかっているのかと思う士郎であった。
「ルヴィアさん、目的地は台東区です。映画の舞台の葛飾柴又は隣の墨田区の更に向こうですよ。確か地下鉄で5~6駅は離れていたかと」
「あら、そうですの? 残念ですわ」
ああ、確かアンケートで去年まであった葛飾が削られたんだ。
オーギュストさんは去年までの行程を調べていたんだろうな。削られた理由は浅草だと目の前に花やしきがあるし、歩いて上野まで行けるからだ。
つまり、自由散策の時間を伸ばして欲しいとの要望が通ったのだ。何人かは、秋葉原まで行くとか話してたな。迷子になるなよ。
そして一成は純粋なルヴィアさんを哀しませまいと、ドラマや映画の事に触れないでいるのだ。もしかしたら、オーギュストさんも主演の俳優が亡くなっている事を知らないのかも。そもそも、そんなところを歩いてないけどな。
「それよりも浅草といえば浅草寺だよな、一成?」
「寺の息子に他所の寺の事を訊くのか、衛宮は。テラ可笑しいぞ!」
気を利かせたつもりが空回り。
仏敵とまでは言わぬが、蒔寺の単なるからかいが、話題を替えようとしたこのタイミングでキマるとは。この実直な友人は本当に運が無い。しかし、それでも諦めず前へ進むのが衛宮だ。なれば……。
「そうよな。雷門も有名だが、ルヴィアさん。門前町の店を巡るのも楽しいものですよ。寺なら帰ってから、是非、当寺を訪れて下さい。歓迎致しますよ」
「まぁ、生徒会長。それはコマーシャル?」
「左様です」
そうして和気あいあいとバスに乗り込もうとしましたの。
「お~い! ルヴィア! C組のバスじゃねぇ! お前は私らと同じ1号車だ!」
そうでした、私はA組でした。リン、あなたと一緒に居るみたいですわ。バスでの隣は……ヒムロ・マネー。
「マネーでは無い。ベルだ」
「ブッブ~?」
「それはブザーだ。意外な面が……」
「な、言ったじゃん。ルヴィアは意外とファンキーだって」
そうですの。マキデラ・カエデはクラスに於ける最初の友人だったのですわ。
リンと顔を合わせれば口論ばかりのあの頃、物怖じせず語り掛けて下さる彼女がどれだけ救いだったか。キモノという伝統衣類を扱うショップの人とは知っていましたが、和食が得意とは存じませんでした。
「クラスメイトなのだから、それなりに接点はあると思うが、蒔の字とルヴィア嬢の関係は?」
「ああ、コンビニの前でパッタリ会った事があって、それからだ」
「コンビニ?」
「ルヴィアは水羊羹が好きでなぁ。それを買いに来てたのさ。それならってんで甘味処に連れて行ったんだ」
「それで意気投合したと?」
「そういうこった。どうする?」
「どうするとは?」
「浅草での自由行動。会長や衛宮とが良いならそのままで良いが、良かったら私らと歩かないかとのお誘いだ」
「まぁ、素敵ですわね?」
「アイツラは真面目だから安心だが、甘味処には絶対に行かないだろう? 食べ歩きは女子同士に限るよ」
「うむ、楓の案をお勧めするぞ。バスを降りれば浅草寺で記念撮影だ。その時に会長達に声を掛ければ良いだろう」
「そうですわね。あのお二人がお汁粉をお嫌でなければご一緒しても良い訳ですし」
「男の子がお汁粉を食べるカナ?」
「だな。モナカやたい焼きくらいなら付き合ってくれても、お汁粉は厳しいと思うぞ?」
「そうなのですか?」
ルヴィアは先進国の中でも色んな意味で意識が高い北欧の人だ。
両親ともサウナに一緒に入る日があったし、気心の知れた友人なら、男女を問わずサウナに入る。なのでお嬢様ではあるが、男性と一緒に居る事に不安も何も感じないのだった。
そんな事がと思う人は調べて欲しい。フィンランドでは会議室の横にサウナがある会社も多い。そこはある意味第二会議室であり第二の居間なのだ。
だからコミュニケーションの場として、情報交換の場として、日本の江戸時代や明治・大正・昭和の頭頃までの銭湯文化以上のものが機能している。それがフィンランドのサウナ文化だった。
そういう文化で育ったルヴィア。男女の精神的垣根が低いのは結構だが、自分が美味しく感じるなら相手も同じと思うところが10代である。柳洞一成や衛宮士郎がルヴィアに気を遣ってしまう場面が想像できない。
それを察しての三人娘による提案だったのだ。勿論、陸上部の予算を上げてくれとの下心もあるのだが。
そんな鈍感に見えるルヴィアにも悩みはある。私室で寛いでいる時に他人が居ると落ち着かないのだ。また、ぬいぐるみが傍にないと眠れない。実は大きなキャリーバッグの中には着替えだけでなく、ぬいぐるみが入っていたりする。
部屋は二人か三人部屋だ。絶対に誰かと相部屋である。そして三人娘は三人部屋で決まっていた。ああ、リンが居れば……。
バスが到着し、貴重品と身の回りのものだけを持って駐車場へ降りた。
浅草寺まで歩いてお御堂を背景に記念撮影だ。体育で慣れたが、前へ倣えをあのエルヴァさんもやっているのかと思えば面白い。
滞りなく撮影が終わればB組と入れ替わりだ。向こうからC組が現れた。生徒会長と士郎に浅草での別行動を願い出る。
「ほぅ、甘味処と。それは良いですな。存分に楽しんで下さい。頼むぞ、役所の子」
「うむ、任された寺の子よ」
じゃ、行くかと歩き出すと一人多い。誰だと思えば弓道部の部長だった。
「あなたは?」
「美綴だよ。一緒の部屋だろ? 憶えて無いのか?」
「いえ、お顔は憶えておりますわ。ですが漢字が読めないので、今の今まで謎の人でしたの」
そうして、しおりにミツズリと書き込む。
「あのさ。ツにテンテンな」
「はい?」
「だからミツヅリのヅだよ」
「ノにテンテンでツ、シにテンテンでジ、スにテンテンでズですわよ。ツにはもうテンテンが付いています」
「ノにテンテンって……。まぁ良いや。それでルヴィア、以前弓道部に来てくれただろ? あれ、アインツベルン先輩目的?」
「ええ。素敵でしたわね」
「だよな。あの人が同い年だったらなぁ」
「何ですの?」
「絶対に全国大会に行けるのにと、どうしても考えてしまうんだ」
あれほどの魔術師が? それも英霊のチカラを持つ人が高校生の競技大会に?
一笑に付したいが、彼女の期待もわかる。
「お上手ですものね」
「な?」
「そんなにか?」
三人娘も話に入って来た。
「ああ、凄いぜ氷室。いとも容易く皆中だ。あれは神業だよ」
「初心者なので期待しておらんとか話していたのにか?」
「蓋を開ければってやつだ。空手もされているそうだが、動きを見れば勝てる気がしない」
「おい。武道しか取り柄のないお前がそこまで?」
「失礼なやつだな。けど、上には上が居るのは当然として、二兎も三兎も追える……そんな天に愛される人って本当に居るんだよ。私はそれを知った」
「そんな御仁だったのか?」
「ああ、なのに自慢も何もしないんだ。1年との柔軟体操でも楽しそうだし、的張りや掃除にも熱心だ。1年生や2年生に見習って欲しい、真面目で和を尊ぶ謙虚な人なんだよ。それで先日、アインツベルン先輩が2年だったらって話しをしていたら、偶然前部長に聞かれてな。そうしたら迷わず、それだったらあの人が部長で決まっていたってアッサリ返されたよ。けど、悔しくもなんとも無かった。もっと凄い部になるぞって気持ちの方が大きかったんだ」
「そうか。そこまで言わせるとは大した御仁よな」
「美綴、あの先輩は対抗リレーに出るんだろ?」
「耳が早いなぁ。こっちにも報告があったよ。聞けばクラブ対抗リレーとクラス対抗リレー、それに梯団対抗リレーにマラソンにも出るそうだぞ?」
「それ、3年A組でのイジメではないか?」
「他薦ではあるけど、キッパリ走りますって宣言しているらしい。それにほら、アインツベルン先輩は遠峰前部長と同じクラスだ」
「あの真っ直ぐな先輩が居るクラスにイジメは無いか」
「速いのか?」
「穂群の黒豹としては気になるか?」
「まぁな」
「遠峰先輩が言うには、50mを5秒台で走ったそうだ」
「5秒台!?」
「ああ、手動計測だから可怪しいってなって、全員走った後にもう一回。すると6秒20だったらしい」
「速いネ?」
「ああ、速いのは速いな。問題は100m、200mと距離が伸びた場合だが」
「私の野生の勘は、先輩こそが我がライバルだと言ってるぜ? 筋肉は長距離向きだが、ここ一発の瞬発力も高いと思う」
「ほぅ、蒔寺も見るトコ見てるな。私も同じ感想だ。持久力もあるのに瞬発力がある。矛盾してるけど、筋肉が普通じゃ無いんだな。空手の他に剣道もやっていたらしいし、色々謎だが運動神経は良いだろうな」
素晴らしいですわね。
あの日本式アーチェリーで魔術は使われていませんでした。そもそもそんな姑息な事をなさらない人でしょうし。
正直、私も次期当主としての立場から考えるなら、我が一族に是非とも迎えたいお人なのですわ。私も血の滲む努力をして参りました。それでも勝てないと思える相手。シェロの眩しさとは違う──易々とバーを越えて行く人の輝き。
やはり巨星は人を惹き付けるものなのですわね。
「しまった~ッ! これでお汁粉なのか?」
「これですとゼンザイですわね? ですがまぁ、土地柄の違いでしょうか?」
「うおっ! 箸が立つぞ!」
「こら、仏前では無いぞ。箸を立てるな。しかしルヴィア嬢の言う通りだろうな。地域差というやつだろう」
「とは言え、美味しいですわ」
「うん。美味しいよネ」
そして、センベにモナカ、タイヤキ、ニンギョヤキ? 散々楽しんだ私達でした。
「煎餅に人形焼きだ、ルヴィア」
「人魚を焼くとは、デンマークに恨みでも?」
「言い間違えです。カネはコペンハーゲンに行った事がおありですの?」
「うむ。言っては悪いがガッカリであった」
「ですわねぇ。思ったより小さくて」
「世界三大ガッカリの一つだったか。他は何だっけ?」
「シンガポールのマーライオン、ブリュッセルの小便小僧、ライン川のローレライという説もあるな」
「マーライオン以外は見ていますわね」
「へぇ? ローレライってどんなのカナ?」
「山頂にありますが、この場合は像ではありませんわ。ライン川に突き出た大きな岩山全体を指しますの。遊覧船から見ればなるほどとは思いますわね」
「ガッカリしないのか?」
「あの辺りはぶどう畑や城が多くて景色が綺麗です。フィヨルド巡りも良いですが、ライン川下りも楽しいですわよ」
話していてわかりましたわ。オーギュストが目を細めて景色を眺めていた理由が。
きっと彼が幼少期を過ごした、思い出の場所に近かったのでしょうね。
「へぇ~。ルヴィアは結構あちこち行くんだな?」
「そうでもありませんわよ。アメリカ大陸やアフリカ大陸はありませんし、アジアも日本に2回来ただけですのよ」
「じゃ、前にも日本に?」
「ええ、中学生の頃に。その頃は日本語も全然でしたわね」
「へぇ~」
夕方、ホテルに入りました。ロビーでシツチョウカイギがあるそうです。
アヤコが行ってくれましたので、私は部屋で寛いでいましたの。
「いや、寛ぐのは良いけどさ。あんた、いつもそうやって下着姿になるの?」
「ええ」
「ゴージャスな下着だな。おまけにぬいぐるみまで……。絵になるっつうか、似合うなぁ。けど、夕食は服を着てないと叱られるぞ」
「それはそうですわ。会食は制服ですわよね?」
やはり思った通り。私の下着姿をサラリと流されますわね。カネの言った通りでした。アヤコなら同室でも安心だと。
「ん~と、しおりには制服でも体操服のジャージでも良いとはなってるけど」
「なら制服ですわね。ホテルの食事はフォーマルでなければ」
「やっぱ、向こうじゃドレスとか着たり?」
「ええ、ヨーロッパでは当たり前ですわよ。本国の家でも同じですわ」
「蒔寺と話が合う理由がわかったよ」
「それは?」
「アイツの家に行けばわかるけど、アイツも家ん中の普段着は着物なんだよ」
「まぁ、カエデの家は由緒ある家なのですか?」
「ああ、江戸時代から続く呉服屋で、元は瀬戸内海の海賊だとか」
以前は500年続く我が家を誇っていましたが、日本には1400年以上も続く会社があるとか。
それを知ってから自慢をしなくなりました。魔術師の世界でも1000年超えは滅多にありませんもの。カエデの家も200~300年はありそうですわね。
「ジャパニーズ・ヴァイキング?」
「バイキングじゃ無いと思うけど海賊だったのは本当らしい。家も大きくて、蔵が幾つも建っている」
「ホゥ、見てみたいですわね」
「今度、頼んでみよう。ルヴィアならウェルカムだろう。浴衣の一つでも買ってやれよ」
「ユカタ。夏場の湯上がりに着る、簡素なキモノでしたっけ?」
「合ってるぞ」
「サウナの後によろしいですわね」
「あ、そっか。ルヴィアの国ってサウナの?」
「そうですわ。他はムーミンやサンタクロースが有名でしょうか」
「そうか、ムーミンやサンタの国なんだ。それでピンと来た」
「フフフ……」
「ハハハ……じゃ、着替えろよ。そろそろ食事だ」
「ええ」
会場に入りますと制服の人が多いですわね。正解でした。
食事はビュッフェ形式ですわ。立食ではありませんので、スモーゴスボードの方が馴染み深いですわね。スオミではseisova poytaと言いますが、この言葉は余り使われていません。
しかし、アサクサで食べ過ぎましたわ。楽しかったので良いのですが、前菜程度しか食べれません。
「ルヴィアさん」
「あら、シェロにイッセイ会長」
「浅草を満喫したようですね。女子の何人かが随分と少食のようです」
お代わりからの帰りにそんな事を仰るお二人。ちょうどアヤコもお代わりに行った間の事です。
「ええ。アヤコにカエデ、カネにユキカ。皆さんにはとても良くして頂きましたのよ」
「それは良かった」
「お二人はどちらに?」
「合羽橋だよ」
「衛宮の足に根が生えまして、一向に動けずですよ」
「そこはどういうところですの?」
「厨房道具……料理の器具を扱っているお店ばかりが集まった街だよ」
「まぁ。シェロが好きそうな街ですわね。イッセイ会長はお気の毒でした」
「いえ、それが結構楽しめました。衛宮が色々と詳しいので面白かったですよ」
「何言ってんだ。引きずり回して悪かったよ。お昼も結局立ち食いソバだったし」
「ま、その分、今食えるのだ。それに東京のソバに衛宮が拘る気持ちがわかった」
「うん? 美味しかったんですの?」
「いや、しょせん立ち食いだよ。けどさ、あ、冬木と違う。旅をしてるんだなって気分になれたな」
オシルコやゼンザイと同じですわね。地域の味の差が楽しめたと。旅の良さは目だけでなく耳や鼻、そして舌でも感じ取れるのですわ。
「あら、それは良い経験をされましたわね」
「ルヴィアさん、これ」
シェロがポケットから小さな紙包みを出して手渡してくれました。開けてみろと言うので開けましたのよ。すると……。
「まぁ、可愛い」
それはベリーのキーホルダーでしたの。
妹さん達とエルヴァさんにもお野菜のキーホルダーを買ったそうです。イリヤとクロエにはトマト。ケンカにならないように4つも揃えたそうですわ。
そしてエルヴァさんにはアスパラとじゃがいも。どちらもドイツのお野菜ですわね。シェロはちゃんと調べていたみたいです。
「それでこれとこれ、遠坂と美遊ちゃんに渡してくれないか?」
あら。
ミユのはトマトだそうで、リンのは枝豆だそうです。鞘の中に豆が二つの。こういうのもカンと言うのでしょうか。
私は必ず渡しますとお礼を言って預かりました。さて、私はリンとミユに何を贈りましょう。
「明日はいかがされます? お台場ですから回る場所も限られていますよ」
「そうですわね。いっそ皆さんで回りませんか?」
「そうだな。どうせプラプラして最後は未来館に押し込まれて終わりだ。何であんな何もない日があるんだ?」
「明日の夜がテーブルマナーだからだ。心静かにしてマナーを学べという意味だ」
「あ、そっか。マナーなぁ。一応エルヴァさんに聞いたけど……」
「ナイフやフォークは外から使うとか、音を立てないとか?」
「そうそう。後、ナイフを持ち替えるなって言われた」
「フォークを持ち替えても許されるのはアメリカ式であったか。英国式やフランス式は厳しいらしいな」
「それは慣れない文化だからですわ。私がカイセキリョウリを頂く時と同じですわよ。正しいマナーは自分のためだけではありませんの。相手の格や文化を認めるという意味でもありますから」
「左様ですな」
「うん。エルヴァさんも似たような事を言ってた。けど、ナイフは言われてビックリだったよ」
「何がだ?」
「昔は本当にナイフだったって。騎士が自分のナイフで切っていたらしい。だから右手で持つ事に意味があるとか」
「食事の場で戦わないという証にもなるのですわ」
「ああ、そういう意味ですか」
「はい。騎士とは限らず、今もマイ・ナイフを使う風習がヨーロッパには残っています。フランスは特にそうですわね。私の国でも友情や愛情の証としてナイフを贈る習慣がありますの。エルヴァさんもそういう事をご存知なのですわ」
「うん、そうだと思う。しかし、ルヴィアさんもさすがだな。エルヴァさんと仲良くしてくれて嬉しいよ」
「まぁ……こちらこそ」
「さ、一成。お邪魔だから行こうか」
「そうだな。明後日がネズミー。明々後日は帰りだ。つまり今夜と明後日のバイキングはしっかり食えという事だ」
「なるほど。絶対男子の方が喰うしな」
そう言ってお二人は食事を続けるべく離れて行きました。
言われてみれば男子生徒が何度も何度もお代わりに向かっていますわね。
新しいお皿で取るのがマナーですが、余り汚れ物を作りたくないというモッタイナイ精神が作用するのでしょう。ほとんどの人が食べ終えたお皿を持ってお代わりに。これも日本ですわね。
しかし、アヤコ。あなたはどれだけ食べるのですか……。
「テンコモリでお代わりですの?」
「いやぁ、腹が減ってさぁ。ホテルだと夜中に何も食えないし」
「太りますわよ?」
「だから朝は他の部の連中と一緒に朝練だ。ホテルのロビーに5時半集合」
「こんな旅行先で?」
「ああ。近くの公園でランニングくらいしかできないけど、毎年恒例なんだよ」
これも日本人の勤勉さなのでしょうか?
諸注意を受けた後はご馳走様の挨拶をして部屋で就寝まで自由です。さ、お風呂に入りましょう。