朝9時。
イリヤとクロエはとっくに登校している。残るイリクロはダイニングテーブルで勉強をしていた。
ちなみにルビーはこちらのイリヤに着いて学園だった。なにやら、サファイアから相談があるらしい。
「太陽って東から登るんだよね?」
「当たり前でしょ。何を言い出すの?」
「じゃ、アデレードは西だ」
「南半球でも東よ!」
「え~!」
「お二人、難しい問題を解かれてますね?」
「あ、セラ。うん、お姉ちゃんからの宿題」
「こうやって旅行に出た時間を利用するから、5年生の分はとっくの前に終わったのよ」
「だから最近は家で6年生のをやってるんだよね」
「そうそう。それで新しい旅行用にって、こういう問題をお姉ちゃん達が作ってくれるのよ」
「はぁ~。イリヤさんにも見習って欲しいですねぇ」
「あらあら、セラ。どうしてイリヤ限定なの?」
「ああ、奥様……。私の指導不足です。クロエさんはご自分でキチンとされているのですが、イリヤさんはエルヴァさんが居ないと机に向かわないと言いますか……。本当に申し訳ありません」
「まぁ、困ったわね」
イリクロは原因がわかった。
イリヤも学校での勉強や学校から出た宿題はちゃんとやっているのだ。きっとエルヴァが来てからだろう。以前より勉強していると本人も話していたし、イリクロも傍で見ていて、頑張っているなと思っていたのだ。
特にイリクロのイリヤにしてみれば、こんなに勉強してたっけかなと感心するくらいなのだった。実際、カードを回収していた頃はもっと遊んでいたと思う。
それがここのイリヤは教え上手なお姉ちゃんのお陰なのか、宿題を早く終えてるし、復習も真面目にやっている。自分で勉強してどうしてもわからなければ、エルヴァの下宿先であるエーデルフェルトに出向いたりもしているのだ。
ただ、自室の机はイリヤのものなので、必然クロエはこのダイニングテーブルで勉強している事が多い。そうなると炊事場と洗濯機を往復する機会の多いセラの目にはイリヤが入らないのだった。
勉強が終わった後に降りてきてもジュースを飲みながら、疲れた~勉強嫌い~としか言わないし、向かいに行くにしても美遊のところに行くとしか言わないので、セラの誤解は当然だろう。
「あのさ、セラ?」
「なんですか、クロさん?」
「イリヤ、結構頑張ってるよ?」
そこでセラの誤解を説明するイリクロ達だが、大人の受け止め方は少し違った。
「学校のお勉強は当たり前です。クロさん達がされているのは学校のとは別ですよね?」
「うん。そうだけど」
「はぁ~。お料理やお掃除のお手伝いも。どうしてここまで差が……」
「セラ。そういう比べ方はダメよ。この子達は、あちらのエルヴァちゃん達お姉さんから、たくさん教わって来たのよ。その分、少し心がお姉ちゃんなのね。クロエちゃんもイリヤちゃんも、きっと変わって来るわ」
「ママの言う通りよ、セラ。現にクロエがお姉ちゃんに褒められたいからって、一人でも頑張ってるじゃない。だからそれに吊られてイリヤも変わるって」
「あなた方もそうだったのですか?」
「似てるけど違うかなぁ。私とクロは最初いがみ合っていたから。今はお互い大切な姉妹だけど、成績でも何でも負けたくないって気持ちの方が強くて。それがこんな風になったんだよね?」
「そうそう。お互い楽な方に流されやすい性格だから、良い意味でのいがみ合いが続いてる感じね」
「それもお姉さん達の影響ね?」
「そうかもね。人は出会いやふれ合い方で変わるし、良い方向に変わるなら間違ってないよって言ってくれて」
「やっぱり良いわねぇ。身近にお姉さんが居るとこうも違うのね。一度皆んなであちらに行きましょうか?」
「お、奥様? こんな大人数で伺えばご迷惑では?」
「大丈夫よ。姉さんの家は大きなビルだから、この人数の10倍は泊まれるわよ」
「そうなのですか?」
「大きいよ~」
「うん。大きいよね」
「ね? 予定を決めて相手の都合と合えばきっと大丈夫よ」
「そ、そうですか」
午前10時。
お嬢様は新幹線の中でしょうか。ご学友と楽しい思い出をお作り下さると嬉しいですな。
「ミスタ・オーギュスト」
「はい。清掃が終わりましたかな?」
「それは、はい。いえ、それよりもですね」
「何ですかな?」
「旦那様から先程お電話がありまして」
「保留中?」
「いえ、伝言のみです。こちらのメモです」
「そうですか。ありがとうございます」
メモにはお嬢様を日本から出すなとありました。旦那様、遅いですぞ。
きっと倫敦の事情がやっと耳に入られたのだと思われますが、こちらは既に手を打った後でございます。エルヴァ様の助言とお嬢様自身のお考えにより、お嬢様は日本に残られておいでです。
心苦しかったと察せられますが、凛様の励ましにより今日から修学旅行でございますよ。日本の学校には変わった風習がございますな。お元気に出発されましたぞ。
ご安心下さい、旦那様。このオーギュスト、お嬢様を危険な目には絶対に合わせませんゆえ。旦那様は心安らかにサウナに入り、汗をお流し下さい。
『俺ぁな、メロン一切れがどうこう言ってんじゃねぇんだよ! 人の心のあり方を言ってんだ!』
あ、戻さねば。良い場面が過ぎてしまったではありませんか。
そう言えば、お向かいの士郎様のガールフレンドの名もサクラでしたな。士郎様は風来坊とは程遠い。初々しく良いお付き合いだと思います。
間桐桜様。凛様の妹様が士郎様のガールフレンド。運命なのでしょうな。この旅でお嬢様が士郎様への思いを吹っ切って下されば嬉しいのですが。
12時30分。お昼休み。
「イリヤとクロエはエルヴァさんにお土産を頼んだの?」
「頼もうと思ったら、辞めとけって止められたんだ」
「うん? 誰に?」
「あっちのイリヤとクロよ。お姉ちゃんは絶対に忘れない人だからって」
「うん、頼むと卑しいと思われるよって言われてさ。だからお兄ちゃんにも言わなかったんだよね」
「そう。私はルヴィアさんから、お土産は何が良いかって聞かれた」
「美遊はそういうのを言えないタイプだから、ルヴィアが気をつかったのね。ルヴィアってそんなトコがあるんだね?」
「あるんだって。お姉ちゃんも言ってたし、イリヤとクロエお姉ちゃんも言ってたよ?」
「へぇ~」
「あの二人はどうして私の事やルヴィアさんの事がわかるのかな?」
「美遊は聞いてないの? あっちの二人は並行世界から飛ばされて、お姉ちゃん達に救けられたって」
「エルヴァさんから少し聞いてる。という事は、彼女達にも別の私やルヴィアさんが居たって事?」
「だろうね。並行世界ってたくさんあるんだと思うな。きっと凛さんも居たと思うよ。そもそももう一人の凜さんが、そんな世界を渡る魔法使いなんだよ?」
「だよね。魔術師になりたいって私の遙か先を行ってるもんねぇ」
「うん。私はクロお姉ちゃんみたいな知識が無いから、何がどう凄いのかいまいちわかってないけど、世界でも数人しか居ないんだってね?」
「私の知識も10年前で止まってるから最新の事は知らないわ。けど、イリヤの言う通り、魔法使いは五人しか確認されていないらしいわね。だいたいエルヴァお姉ちゃんの一番下の妹の名前が、あなたと同じ美遊なんでしょう? 世界は違うけど、きっと皆んな関係あるのよ」
「私もそんな気がするな~。だって美遊に初めて会った時、絶対に仲良くなりたいって思ったもん」
「うん。私もイリヤに同じ事を感じた」
「う~ん……そういう出会いをを運命って言うんだろうね。私も運命に出会ったからわかるわ」
「クロお姉ちゃん、何だか大人な発言ね?」
「イリヤ、クロエはエルヴァさんの事を言ってるのよ」
「まぁ、そうとは思ったけれど。そこまで好きなの?」
「好きね。どうしようもないくらい、好き。きっとお姉ちゃんは格好良い男の人と結ばれて、私は報われないのよ。それでも好き」
「私もお姉ちゃんは好きだけど、何か不毛だよ~」
「お兄ちゃん子のあんたに言われたく無いのよ。それに私は、お姉ちゃんのそばに居られるだけで良いの」
「クロエの気持ち、わからなくもないな」
「美遊はわかるの?」
「なんとなく。イリヤも言ってたでしょう。格好良くて優しくて賢くて強いって。そんな人が家族で姉妹で、憧れるって」
「そうゆう事?」
「そうゆうもどうゆうも。全部よ、全部。全部ひっくるめて好きなの。早く夏休みにならないかなぁ」
「どうして?」
「そんなの当たり前でしょ。お姉ちゃんと一緒に居られるからよ」
「色々教えてもらいたいのはわかるけど。クロエ、エルヴァさんは夏休みの間、アルバイトがある」
「あ、言ってた。タツ子やスズカ達の……」
「あいつら……。殺して良い? イリヤ?」
「何言ってんの?! 何言ってんの!? ダメだよ!」
「私もイリヤを通じてあの子達に親しみは感じているわ。けどね、私とお姉ちゃんの大切な時間を奪う事は許さない」
「それ、言い過ぎ!」
「どうして? 私はイリヤやママの気持ちを考えて、奪われた時間を我慢したの。なら、これくらい許してよ」
「うわぁ~、そこでそれを言うの? 言い返す言葉が見当たらないよ~」
「とにかくクロエ、この問題はエルヴァさんが帰ってから話すべき。ここで文句を言っても始まらない」
「確かに、美遊の言う通りだよ。お姉ちゃんに直接スケジュールを聞くべきだと思うよ?」
「そうね……。それで誰かとデートだとわかったら泣くんだろうなぁ……」
「そんなマイナス思考は良くないよ?」
「イリヤ、私を励ましてくれる事はわかるわ。そこは感謝する。けどね? 毎朝、お姉ちゃんはお兄ちゃんと自転車デートよ? あなたはなんとも思わないの?」
「うっわ……言わないでよ、クロお姉ちゃん。それは考えないようにしてるんだから……」
『エルさんはモテモテですねぇ~』
『姉さん、こうして日本に残りましたが、良かったのでしょうか?』
『ええ、契約優先、何ら間違っていません。とても良い事ですよ』
『礼装としてはそれが正解とは思いますが、カードと一緒に私達も時計塔に戻るべきだったのでは?』
『そんな事はありません。それに怖いエルヴァさんの目からやっと開放されましたのに』
『それが本音ですか……』
『聞かれてますよ?』
『またまた~。あちらは倫敦ですよ~』
『まだわかりませんか? あの方の使い魔がそこら中に居るのに』
『姉さん、たぶんもう一人の姉さんの仰る通りですよ』
『そうですかぁ~? そんな事が本当に?』
『白い方のエルさんなら楽勝です。それにこちらのエルヴァさんに使い魔を分けられていますよ』
『え!?』
『それに白い方のエルさんは私を解析して、人工精霊を抜いたステッキを作った挙げ句、その能力を衣類に編み、バトルスーツに改造したりする人ですよ? しかもそのスーツを着て、地球を3周。各国の戦闘機を置き去りにしたと仰って、姉のイリヤさんに殴られたりする人です。僅か数時間で地球を3周ですよ?』
『ゲッ……』
『なお、姉のイリヤさんも、エルさんに負けず劣らずで、私とカードを楽々使いこなします。これもまたお見事ですよ』
『あひゃ~』
『そちらの姉さん、どうして私達が残されたのだと思いますか?』
『万一の時に私達が居ないとイリヤさんや美遊さんが困りますからね。今、私がここに居るのも、経験が浅いあなた方をフォローするためです。このまま、何も無ければ良いですけれどねぇ~』
『何も……8枚目のカードですね。なら、私達で監視した方が良いのでは? その方が、美遊様やイリヤ様に負担が少ないと思います』
『サファイアちゃん。マスターあってのカレイドですよ。私達単体で何ができますか? それに魔法使いの凜さんが霊脈の流れを変えています。それで時間を稼いでいるそうですから、エルさん達が戻るまでは大丈夫ですよ』
『あちらの凜様がそんな事を?』
『ええ、先日こちらの凛さんを連れて山に登られて。その調査後、霊脈の流れを変えたそうです』
『エルヴァ様も凜様も打ち合わせなどしていませんよね?』
『していません。念話のパスも繋いでいませんよ。エルさんの役に立つ人になりたいと、ご自分で考え判断できるようにご自分で変えられて来たんです。幼稚園の頃と高校生になってからの二度契約しましたが、その成長振りは素晴らしいの一言ですよ』
『高校生で契約? こちらからなら珍しいですね?』
『アクシデントですよ。イリヤさんと契約する前に私が魔力不足に陥っていて』
『カレイドの私達が魔力不足? そんな事があるんですか?』
『あるんですよ。その幼稚園の後、10年以上封印されていましてね。凜さんのお父さんに巻かれたある布が、偶然の産物なのか一切魔力を通さず吸い上げる布だったんです。外部のどこにも繋がらず、持っている魔力はどんどん吸い上げられて。壊れる寸前でした』
『そこを救われたんですか?』
『そうですね。救われたと言うか……イリヤさんと契約するという事で封印を解かれたんです。その時に握った凜さんを無意識に……。エルさんに折られる寸前でした』
『危機一髪ですね?』
『エルさん、あの布を解析してもっと強力な魔杖殺しにしましたからねぇ~。元々解析能力が高いお人ですが、魔道具や礼装の制作もやたら上手いんですよ』
『スーツのお話もそうですよね。どうしてですか?』
『概ねの世界での第五次聖杯戦争で喚び出されるキャスターは、コルキスのメディアさんなんですね。そのメディアさんを10歳頃に救けて連れ帰られたのです。今はあちらの葛木先生とご結婚されていますので、葛木メディアさんです』
『では、その方から教わっていたと?』
『そうです。エルさんは私達にとって天敵をも越えた絶対的な捕食者です。気を付けて下さいね、もう一人の私』
『ヒェ~……』
『私もあの方は只者ではないと思います。本当に変な事はしないで下さいね、姉さん』
『わ、わかりました』