「お姉ちゃ~ん! カムバ~ック!」
「うるさいわね、アンタは? 私はお姉ちゃんじゃ無いっつうの。いちいち抱きつかないでよ」
「でも、クロエお姉ちゃんは、あんまり嫌がらないよね?」
先日のお泊り会で一層打ち解けた五人は今日も仲良く遊んでいる。それは良い事だが、宿題は終わったのか?
「終わったわよ! うっさいナレーションね!」
褐色の少女はしっかりとこちらを視ている。やるな。
「嫌と言うか鬱陶しくはあるけど、何でこうなのかもわかるからさ」
「どういう事?」
「パパの肩車も、お兄ちゃんに手を引かれて夜店を歩いたのも、ママやセラと仲良くお買い物して、お菓子を買ってもらったのも、全部イリヤじゃない。記憶はあるけど自分の体験じゃないし、幼稚園で頭を撫でられたあれくらい? 要はふれあいが無いのよ」
「それをエルお姉ちゃんに求めていると?」
「そう。今更ママやパパに相談して悲しい顔はさせたくないし、イリヤに話しても、イリヤもゴメンねとしか言えないでしょう? もう、謝罪の段階は終わったの。家族として仲良くしたいのよ。そこでお互い白紙の状態で出逢った、一番自分をわかってくれそうな相手が倫敦に行っちゃったからさ。私もこれはよくわかるので、鏡でも観てろよとは言えないんだよね」
クロはクロエがべったりとくっつく理由を説明した。二人のイリヤと美遊もうなずく。これは納得の理由だ。
クロエは突然ガバっと起きて、クロの両肩を掴みマジマジと眺めた。
「顔だけなら鏡と変わんないわね」
「そりゃそうよ。美遊以外は全員同じ顔じゃん」
そう。肌が白いか褐色なのかの違い、それとほんの僅かな身長の差以外は、四人とも変わらないのだった。
「あなた、こう、もっと大きくなれないの?」
「大きく? 体を大きくしろっての? 無理よ」
この大きくには成長しろとの意味もある。やはりエルヴァは高校生だけあって、自分達より20センチは背が高いし手足も長い。何より本人は丸顔の童顔だと言うが、自分達より面長でママに近い。
美人と可愛らしさが同居している。頭も良いし、お料理上手で優しいのに、強くてカッコいい。だから憧れるし大好きだ──―たぶんこんなところだろう。
クロも自分のエルヴァに感じている事なので、クロエの考えが手に取るようにわかった。
『クロさん。以前のコスプレは?』
「ああ、あれね。あれは服が変わるだけで体が大きくなる訳じゃないし」
服が変わる? イリクロ以外が目を丸くする。
「何であなたまで驚くの? ほら、礼装に変わる時のチカラの応用よ。礼装の代わりに普通の服を魔力で編むの」
「ああ! その手があった!」
クロエはクロの発想力と応用力に驚いた。
「そういえば私、クロエの礼装姿ってあのバーサーカーとの屋上以外に見てないよね?」
「私も。クロお姉ちゃんの転身した姿はあれっきりだよ」
「皆んなそうじゃないの? あれ以降事件もないしさ。私もあれから礼装になってないわ」
「うん、私も。平和が一番」
それはそうだ。
「けど、クロお姉ちゃん。似合ってて、カッコよかったよ?」
「そんな事は無いわよ。私はお姉ちゃんみたいに格好良くないし。それに何だかクロの真似みたいで……」
「それは私も同じ気持ちよ。けど、あなたの方がキリッとしてカッコいいわよ」
そうなのだ。クロエの転身姿はイリヤがアーチャーのカードを使った転身姿と似ていて、破れたイメージがないのだ。若干イリヤよりラフなだけだった。これもエルヴァの影響だった。
「クロエは魔力に問題ないんでしょう? ちょっと待ってて」
そう言うとクロは服を脱ぎ始め、下着姿になった。
「うっわ! ブラ着けてる!」
「背だけじゃなくて、胸も私らより大きい?」
「あなた達もそろそろブラの事、お姉ちゃんに教えてもらいなさいよ?」
「イリヤも着けてるの?」
「うん。こっちではスポーツブラ・タイプのジュニアものが多いけど。普段は普通のジュニアブラだよ」
「私、何にも着けてないよ~」
「スリーマーだけのあんたは遅れ過ぎなのよ。幼稚園の頃と変わったのは、パンツのデザインくらいでしょう?」
「し、失礼な!」
けれど5年生にしては背が低いので、上がスリーマーかTシャツなのはクロエの指摘通りだった。
「それで何をするの?」
「まぁまぁ、大人しく見ていて。これがクロのチカラだよ」
そうしてクロは高等部の制服姿になった。身長140弱。もし本物なら特注しないと存在しないサイズだ。
「うわぁ~」
驚く三人。似合う可愛いと口々に褒める。
「ミニ・お姉ちゃんだ!」
「ちょっ、抱きつかないでよ!」
元々似ていたけれど確かに高校生の格好をしたクロは、身体は小さくともどこかエルヴァさんを彷彿とさせる。文句を言いながらもクロエを払い除けたりしない。それだけ内面がイリヤより大人なのだと思う美遊だった。
「雑誌の服でも何でもできるんだよ」
「雑誌で見たのも? うわぁ~、良いなぁ。なら、なら、その服を借りれたりするの?」
「それを着て喜んで誰かに見せに行けば、その時は裸よ? イリヤ、それで大恥かいたんだから」
「言わないでよ、クロ~」
「あ、クロの魔力だから離れると消えちゃうんだ?」
「そう、美遊の言う通りなの。同じ部屋ならまだ良いけど、それでも部屋の端と端だと危ないかな? だから、せいぜいがイリヤの参考として一人ファッションショーをするくらいね」
「あんまり役に立たないね?」
「そうでもないよ? 欲しい服や気になった服が似合うかどうかが、クロを見ているとわかるんだから」
「ああ、なるほど。じゃ、私もクロお姉ちゃんに頼めば」
「イリヤ、簡単に言わないでよ……。それって難しいんじゃないの?」
「本当なら凄く何だっけ? そうそう、堅牢なイメージが必要なのよ。けどそこは胸の小聖杯が補ってくれるから」
「そうなの?」
「ほら、お姉ちゃんになったつもりで、私みたいに転身してみなよ」
「う、うん……」
そうしてクロエはクロに促され、下着姿になって転身してみた。しっかりスポーツブラ・タイプのファーストブラを着けていた。
「あ、ブラしてる! いつの間に?」
「お姉ちゃんとお風呂に入った時に言われたの。そろそろ胸が痛くなるよって。それでこのあいだドッジの球を胸で受けたら痛くてね」
「ああ、それで?」
「そう。それでセラがお買い物に行く時に着いて行って。本当はお姉ちゃんが良かったけれど、部活で忙しかったからね。イリヤもそのうちそうなるから。クロ達もああ言ってくれたんだし、早目に相談しなさいよ?」
「うん、わかった。帰ってきたら相談する」
そしてこちらは制服でなく、エルヴァが以前着ていたスリム・ジーンズに黒いショート丈のTシャツを纏った。その上にデニムのジャケットを羽織っている。頭にはちょこんと赤いバンダナを巻いたパナマ帽まで載せて。
「どう?」
「うん、できてるわよ」
「うん、変なトコは無いよね」
「敢えて言うなら、選りに選ってそれかって感じだけど」
「どういう意味?」
「いや、それって体型がもろに出るからさ。ジャケットを脱げば特にそうでしょう?」
「言われてみればそうだよね。お姉ちゃんみたいに出るところが出ないと」
「そう。だから小学生の私達じゃ難しいかなって。ま、でも初めてなら、こういうのがシンプルで良いとは思うけど」
「そう思ったからこれだったのよ」
「けど、別の可愛さがあると思う。エルヴァさんを真似て背伸びしたような」
「言わないでよ、美遊」
「うん、でも美遊の言いたい事はわかるなぁ。それっと」
クロも同じ格好に転身した。
「あら?」
「ほら、クロエ。意外と似合うと思う」
「だね……」
クロの姿を見て納得するクロエだった。自分はこういうコーディネートの方が似合うのだと再確認した。
「良いなぁ、こんなチカラが欲しかったなぁ」
「それを言っちゃダメだって。私達が本当の体を横取りした結果なんだから」
「ああ、そっか……そうだよね」
自分の反省を正直に伝えるイリヤだ。
「そっちの仲は、最初……相当険悪だった?」
「そうなんだよ、美遊~。ここみたいに、お姉ちゃんが居なかったしさぁ。私にしても状況が不明で、何だコイツって」
イリヤはすっかり立ち直った。あの美遊にはもう逢えないけれど、ここの美遊とも友達になれた。もちろんイリヤやクロエの邪魔をするつもりは無いが、仲良くこうしておしゃべりしてくれれば満足だった。
何より妹の美遊が可愛い。おチビちゃんでしかない自分を「イリヤお姉ちゃん」と呼んでくれる唯一の存在だ。美遊と姉妹になってイリヤは成長した。
「それで、クロは妹を殺そうと?」
「言わないでよ。私もそこは反省しているの」
「私も状況が飲み込めないから、クロを拒否しちゃたんだよ。普通の生活に戻りたいって……」
「ニセモノとまで言われたわ。思い出してもムカつく~」
「ゴメン、ゴメン」
「そりゃ揉めるわ。私はお姉ちゃんがいて助かった」
「本当よ、クロエ。そもそも私はバーサーカーのカードの頃、まだイリヤの中だったんだよ?」
「うわぁ、私、早く出してもらって良かったぁ~」
「だよねぇ。お姉ちゃんサマサマだよ。けど、この能力って着替えるだけなの?」
「ううん。お姉ちゃんが言うには、クロがもっと上手になれば他人にもなれるよって」
「え? 他人に?」
「うん。エーテルがどうとか話してたけど、難しくてよくわかんない」
匙を投げるイリヤにクロエが反応する。
「どうしてエーテルの話に? これって投影じゃないの?」
「私達のは投影じゃなくて、小聖杯がエーテルを変換しているんだって」
「じゃ、カードの能力はどうなっているの?」
「使っているつもりなんだけどね。そうだクロエ、干将莫邪を出してみて?」
「うん? うん。投影開始(トレース・オン)────どう?」
それはクロエの身体に合わせた、やや小型の干将莫邪だ。クロが使うものと変わらない。
「やっぱりこうなるよね。じゃ、行くわよ。投影開始(トレース・オン)────」
クロが投影したものは、もっと大振りなアーチャーが使う干将莫耶だった。
「大きさが違う?」
「ううん。それもだけど、密度って言うのかな? ルビー」
『はいはい』
「夢幻召喚(インストール)──! 投影開始(トレース・オン)────!」
イリヤがカードを取り出し、ルビーを使って夢幻召喚と投影を行った。
「なんでカードがあるの!?」
「倫敦に持ってったんじゃ?」
「ああ、これ? 私とクロを救けてくれた時に、私の記憶を読んでお姉ちゃんが作ってくれたカードなんだ」
『姉さん……』
『ええ……。エルヴァさんは紛れもなく天才ですね』
「この干将莫耶は私が投影したんじゃなくて、ルビーが分裂した姿なの。だから、ゴメンねクロエ」
クロエから受け取った干将が、イリヤの干将で真っ二つに斬られ霧散した。そしてクロから受け取った干将は金属音を残すだけで壊れも消えもしなかった。
「じゃ、次ね。投影開始(トレース・オン)────」
今度のはクロエのと変わらない、小振りな干将莫耶だ。
イリヤが再び干将を振った。やはり金属音を残すだけで、干将は砕けなかった。それは莫耶で試しても同じだった。
「アーチャーのお兄ちゃんが投影する干将莫耶には程遠いけど、これが今の私のチカラよ」
クロがクロエに語る。
「どういう事?」
「なまじ胸に小聖杯なんて持っているから、カードの能力をすっ飛ばして、それっぽい答えを勝手に出しているのよ。その証拠が大きさ。どうして5年生のあなたが使いやすい大きさになっているの?」
「え? それは……」
「ね? アーチャーのお兄ちゃんの干将莫耶は大きくて重いわ。それを自分で小さくした訳じゃ無いでしょう? 小さくしようと思えば、改造という過程を挟むのでなく、設計図からの引き直しになるのよ。それが無意識であっさりできているところが私達の変なところなの」
「ああ、そっか……」
「せっかく英霊のチカラを持っているんだから、頑張って練習すればもっともっと上を目指せるの。それが私達なのよ」
『ポテンシャルが高過ぎて、答えを安直に出してしまうんですねぇ。結局練習あるのみですよ』
話す干将莫耶はとてもシュールだった。しかも干将と莫耶が同時に話すのでコーラス効果が出ている。
「うん、ルビーの言う通りよ。私もお姉ちゃんに指摘されて、今まで練習して直して来たの。その時にお手本になるのがイリヤなのよ。イリヤは私と別れた事で小聖杯の能力が殆ど残ってないのね。だからルビーを触媒にする必要はあるけれど、私よりカードの元となった英霊に近い事ができるの。なので本物に近いものが作れるのよ。お姉ちゃんなら、アーチャーのお兄ちゃんのと強度も性能も変わらないわ。ただ、お姉ちゃんはお兄ちゃんよりもっと凄い魔術師だから、火の属性でガチガチに鍛えられた、まったく別な干将莫耶になっているんだけどね」
「本物じゃないし、似ても似つかないのにアーチャーさんの剣に負けない強さがあるんだよね~」
「え? 黒化英霊と戦っていた時に握っていた剣は同じだったよ?」
「ああ、この子の話しているのは見た目じゃなくて剣の持つ本質の事よ。それとお姉ちゃんならデザインも変えられると思うよ」
「そう言えば……。クロが投影したのほど大きくなかった気がする」
「でしょう? お姉ちゃんも高校生としては背の高い方じゃないから、長さだけ変えたりとかよくやるのよ」
「ああ、そうなるとこっちのお姉ちゃんもそれができるんだ?」
「うん。間違いないと思う。それと、理論的にはお姉ちゃんの方が正しい投影魔術なのよ」
「どういう意味?」
「お兄ちゃんのは固有結界からのこぼれ物なのね。精神世界にある物を魔力で現界させているの。だから厳密には投影魔術じゃないワケ。対してお姉ちゃんのはキチンとした手順を踏んだ、正しいグラディエーション・エアなのよ。同じ魔力を使うにしても過程が異なるのよ」
「え? けどクロ。私の記憶違いじゃなければ、あれって数分持てば良い方の非効率的な魔術でしょう?」
「そうよ。クロエの言う通り」
「じゃ、それって変だよね? それはお姉ちゃんに宝具があるから可能なの?」
「ううん。こっちのお姉ちゃんにはないでしょう? それでもあれだけできるのは、それだけの魔力を持ち、効率や配分といった使い方が上手いからなのよ。それプラス、カードから転写した能力よね」
「なるほど……」
褐色のエルヴァの異端振りに、改めて驚くクロエだった。
「凄いなぁ、お姉ちゃんは」
「たださ、こっちのお姉ちゃんは、何ていうの? 馴染みが良いって言うか……そうだ、親和性だ。カードとの親和性が高いと思うのよ。もしかしたらだけど、お姉ちゃんは固有結界としては発動できないけれど、あの精神世界と深く繋がっている気がする。だから、あれ以上行くとカードが内包する英霊の精神世界に取り込まれてしまって、帰って来れなくなる可能性もあると思うのよ」
「え!?」
クロエは驚いた。何故なら自分もアーチャーと触れていると感じていたからだ。きっとこれはクロもそうなのだと思う。
なら、クロが危惧しているのは、お姉ちゃんの方がもっと深く触れている点だろう。それも自分が想像する以上に。
確かに英霊の精神世界に触れるなんて、危険窮まりない事だ。大丈夫なのか……と、とたん心配になるクロエだった。
「大丈夫。私の考える程度なら、お姉ちゃんは当然理解しているはずよ。それにあのカードは知らない英霊でなく、アーチャーのお兄ちゃんだとわかっているから」
「そうすると……お姉ちゃんや私達がお邪魔したら、お茶くらい出してくれるんじゃないの?」
「え? え?」
精神世界を部屋みたいに想像したのだろう。イリヤの楽観した言葉にクロエは混乱してしまった。
「うちの妹もそうだけど、あなたの妹も大概天然ね?」
「それがイリヤの味だし……。それでクロ、お姉ちゃんは本当に大丈夫なの?」
「う~ん……。その上限と言うか危険になるラインが、どの辺にあるのか不明なのよ。私らの場合はそのリミッターを小聖杯が担ってくれているの。だから正直わかんない」
「そっか……」
クロエは褐色の姉が心配だった。けれど、あのお姉ちゃんならなんとかするような気もする。悩んでいても仕方ないと気分を切り替えた。
「それで、夢幻召喚って絶対にルビーが必要なの?」
「ううん。夢幻召喚は魔力があればできるものなのよ。今はイリヤもルビーなしで、できるのよね?」
「うん。魔力がカラッポになって次の日までヘロヘロだけどね」
「それを知ってたからお姉ちゃんは、最初にアーチャーを使ったんだね?」
「たぶんね。省エネ型で単独行動可能な点を活かしたって感じかな?」
ふんふんと納得する部屋の主のイリヤ。
『クロさんの仰りたい意味がわかりました。つまりカードは魔力さえあれば能力を引き出せる。しかし足りなければ不完全か、もしくは夢幻召喚そのものができない訳ですね? そしてエルヴァさんは逆に魔力が十分なので能力を完全に引き出せるだけでなく、ご自分の能力も加味できると?』
「そう、そういう事よ。それと私がカードを使わないのは、英霊同士がぶつかるからよ。けれど……」
「お姉ちゃんならできるかもってこと?」
「ライダーにもなってたよ?」
「それはあなたの中に居た頃でしょう?」
「そうだった」
部屋の主のステッキが話し出し、それに応えるクロから始まった疑問に答えは出なかった。
『なるほど~。だからアーチャーのカードを使えばああいう戦い方になり、ライダーのカードを使えばあんな強さが引き出せるんですねぇ~』
「その分、危険な部分もあるんじゃないかなって私は思うのよ」
『クロさんのご心配はごもっともですが、あのエルさんの分身ですよ? 私は大丈夫だと思います』
そこで自分なりの見解を話すもう一本のルビー。
「そうね。私もそう思うんだけど……親和性とか解析能力の高さとか心配だわ」
『これは面白いですねぇ~』
「何が面白いのよ!」
「叩き折るわよ!」
クロとクロエが同時に怒った。
美遊はイリヤとあちらのイリヤの区別は身長を見なくてもわかる。それだけの仲のつもりだ。そしてクロエとクロも見分けが付いていた。なのに今の怒り方は、どちらがどちらかわからなかった。
『違いますよ~。私が面白いと言ったのはエルヴァさんとカードの戦いに関してですよ』
これは部屋の主のイリヤとルビーしか知らない事だ。
「何かあったの?」
『何か見たんですか?』
『ええ。初戦が対ライダー戦でしたが、出した剣を投げたは良いですが、黒い方の剣が闇に溶けて消えたんです。そして白い剣は黒い剣が相手を襲う時に同時に。しかも先に投げたのは白い方だったんですよ』
「空中で待機させたのね。それにそれって『鶴翼三連』の変形だわ。詠唱してた?」
「呪文なんてなんにも。だよね、ルビー?」
『はい。無詠唱でしたよ。詠唱は弓のときだけでした』
「となると……どういう事だろう?」
「何が?」
「それって固有結界の中の動きと似ているのよ。う~ん……」
クロは考え込んでしまった。
『あれはセイバーさんくらい、気配を読んだり直感が働く人でなければ避けられません。それと対キャスター戦の後の対セイバー戦では黒化英霊を素手で殴り倒したんですね。あの場合は拳からのマジック・ドレインとエルヴァさんの拳法でした。黒化英霊は魔力をどんどん奪われ、最初に剣が消え、鎧が消え、最後は大の字になって倒れていました。そしてあの方は地脈や霊脈も戦闘中に操作されていましたね。要は黒化英霊はどこからも魔力を得られなかったんですよ』
素手で殴り倒したと聞いてクロとイリヤが驚く。
「むちゃくちゃするわね、あのお姉ちゃんは?」
「けど、エルお姉ちゃんらしいよ」
『ですね。相変わらずエゲツナイ人です。だからライダーを使ったんですね。あのカードは真名がメドューサなんですよ。元は大地と豊穣の女神です。そして怪力のスキルがあります。対魔力の高い相手だから魔眼を使わず、チカラで攻略したんでしょうね』
『なるほど~。地の女神で霊脈操作。計算尽くだったんですね』
「さすがお姉ちゃんだわ。知り抜いてるなぁ」
「そうだよね~。それぞれのカードをどう使うのかとか詳しいもんね」
「私、お姉ちゃん相手だと絶対に勝てないもの。魔力を奪ったり断ったりとか、工夫がやたら上手いのよね」
「だよね~。武器も何も持たないのにね?」
「素手なの?」
「そう、練習の時は素手なのよ。それとさ、セイバーと宝具合戦だと共倒れの可能性があるわ。それを避けるためのライダーだったのよ。本当に上手いなぁ」
「クロ、あれってさ~、本当に私だったの? クロじゃなかったの?」
「お、憶えてないのよ。それに今のイリヤの格好がね? 私みたいな破れたようなのと違うでしょう? あの時はその格好だったと思うわ。イリヤの中から見ただけだけど」
「怪しいなぁ……」
実はイリヤに代わってクロがエクスカリバーを撃ちあったのだが、クロはアサシン戦のミスは自分のせいだと言い、セイバー戦はイリヤのチカラだと言葉を濁している。
話題が出た時は和解した後だったので、イリヤの記憶が曖昧な事に乗じて、自信を持って貰うべく誤魔化していたのだ。こういう心遣いをエルヴァや姉のイリヤはとても好む。
やがて神妙な顔付きでブツブツ言っていたクロエが突然手を叩いた。
「ああ! お姉ちゃんが言いたいのは、その小聖杯が出す間違った答えも自分のものにしろって意味なのね?」
「そうそう。英霊のチカラをきちんと使えるようにしつつ、そっちも鍛えろって事よ」
「そっか。そのままだと単なる地属性の錬金術師だけど、そこを鍛えるとその先の可能性が広がるのね?」
「そう、そう話してたわ。そしてこっちに残るお姉ちゃんも地の属性を持つ魔術師で、私達と同じカードを触媒にしているでしょう? だから色んな面でお手本になると思うのよ。けれど、こっちのお姉ちゃんに小聖杯はない。なのでそこから先は自分の工夫なの。そしてそのヒントがエーテルなのね」
「なるほど、そういう意味ね。やっとわかったわ」
『たぶんですけれど、小聖杯は全部の魔術属性を扱えるのでは?』
「その可能性があるのは事実よ。でもね、理論も知らないと総裁にはなれないわ」
『なるほど。お弟子さんに教えられないと……』
「そういう事よ。それで、この小聖杯を礼装化できないかって考えてるの」
「あなた、そんなの考えてるんだ?」
クロエは驚いた。並行世界の自分は総裁になるために本気で勉強している。素直に感心した。
「って事は、私はルビーが居なければ何もできない子?」
部屋の主は自分を振り返って不安に駆られた。
「それも修行だよ。まだ魔術の練習はしていないんだよね?」
「うん……」
「じゃ、お姉ちゃん達が帰ってきたら相談だね?」
「イリヤ、私もクロのイリヤと同じ考え。エルヴァさん達が帰ってから聞けば良い」
「クロのイリヤ……。まぁ、そうとしか区別できないよね……」
『けれど、イリヤさんはちゃんと考えて戦っていましたよ』
部屋の主のルビーがマスターを擁護する。
「どういう事?」
『いえ、イリヤさんもアーチャーのカードを使って、セイバーと戦っていたんです。エルヴァさんがライダーの宝具を出すまでの時間稼ぎに』
「あなたは意識があったんだ? どんなだったの?」
「うん……。戦い方がね、頭に流れて来るっていうか勝手に浮かぶの。バク転とかも自然にできたし」
これはクロもクロエにもわかる事だった。先程から心配しているのは、まさにそこの繋がり方なのだから。
「あなたは弓矢を使った?」
「ううん。距離を開ければ、それが隙きになっちゃうって。接近したまま惹き付けろって。それでお姉ちゃんが宝具で飛び込んで来る瞬間に下がったんだよ」
「カードを使いこなしているなぁ。どう思う、クロ?」
「初めての夢幻召喚でしょう? イリヤより相性が良いのかな?」
「だよね。そんな気がする」
そこでクロエが思い付いた事を口にした。
「やっぱり、あのカードだからよ。イリヤはお姉ちゃんを手伝いたかったんでしょう?」
「うん」
「だからよ。時間を稼いだだけじゃなく、結果としてそれが、お姉ちゃんやあなた自身を守る事に繋がったの。だってあの発想が無ければ、イリヤはやられていたわ。攻撃は最大の防御とは本当よ」
「そっか、クロお姉ちゃんも見ていたんだね?」
「ええ。ハラハラしたけど、あの決断があったからあんなに上手く行ったのよ」
上手く言葉にはできないけれど、クロの言葉がヒントになった。英霊の精神世界に一般人が取り込まれれば、存在を喰われて消えるはずだ。なのにお茶を出してくれるって?
あの英霊なら、早く帰れ、出口はあっちだぞと教えてくれたりするのかも。クロエはそういう風に思った。
兄でもある、あの英霊なら妹を必ず護るだろう。そして妹の勇気に応えないはずが無いのだ。剣そのものだった、あの鋼の意志はクロエにもキチンと届いていた。
ましてあのカードを触媒にして身体を得た今は、以前よりそれが確かなものとしてわかる。今度会ったら、もっと遠慮しないで話そうと思うクロエであった。
一方、クロは全部あのエルヴァが仕組んだ事なのだろうと睨んでいる。
妹のイリヤがここのイリヤに劣るとは思わない。あの子も頑張っている。間近に居る私がそれを一番知っている。なら、答えは一つ。きっとあの褐色のエルお姉ちゃんが、そうなるように事を進めていたのだ。
それは家族や兄に親友の美遊を失って、中々立ち直れなかった妹を見て来たから。そんな悲しい思いをここのイリヤにさせたくなかったのだ。それがきっと上手く行った結果なのだろう。
お姉ちゃんの計算があるだろうから、下手に話せないなと自重するクロだった。ただ、取り込まれないで欲しいと強く思う。これもエルお姉ちゃん達が帰って来たら聞いてみよう。
エーデルフェルト邸、第二応接室。
「オーギュストさん、これが?」
「ええ、倫敦から届いた最新の報告です、キリツグ様」
オーギュストは衛宮切嗣の前に、プリントアウトされたメールの束を広げた。勿論メール本文では無い。パスワード付きzipで固められた添付ファイルを解凍して出力したものだ。
「う~ん……。到着した夜にエルメロイⅡと会い、深夜に降霊科の学部長代行と。翌日は二手に分かれ時計塔本部と現代魔術科を訪れ……。フットワークが軽いなぁ」
「一刻たりとも無駄にしないという感じですな」
「まったくですね。そして、ここが信じられない。スラーの駅に近いメイン・ストリートで襲われ、あのコルネリウス・アルバやバゼット・フラガ・マクレミッツを含む全員が行方不明だって?」
「そこが私どもにも謎です。凜様の結界に阻まれ状況不明なのですよ」
「本当に信じられない事だらけだ。執行者が白昼堂々駅前で大立ち回りというのも変だけれど……」
「左様ですな。となるとそれなりの結界を張れる者が随行していた事も明白です。なのにそれを上回る凜様の結界。今更ですが信じられません」
「だよねぇ。10代の魔法使いか……。これ、もう一人のエルヴァ君なんだよね?」
「ええ、あなた様が迎えられたエルヴァ様は本部の方です」
「わからないな……。いや、各陣営へのメッセージとしてはインパクトが大きいし、効果も出て来るだろう。実際、あの子達は時計塔との共存共栄を目指しているので、相手が手を引いてくれればそれで良いと考えている。だから武力行使も最低限なのだろう。そこはわかるんだ。けれど……」
衛宮切嗣はフリーのハンターとして、かつては封印指定執行者と組む事もあった。そんな執行者の中でもコルネリウス・アルバとバゼット・フラガ・マクレミッツは有名どころだった。
前者は一流の魔術師であり、相手の責任では無いが切嗣とも因縁がある。後者は現役最強と言われる有名人で、勝つためには殺す以外無い相手だ。
なのにあのエルヴァは、おそらく生かしたまま捕えたのだ。英霊が居るならできる事なのだろうか?
いや、どう考えても無理だ。自分の想像の範疇を越えている。
「このコルネリウス・アルバは確か……?」
「ええ、一度死亡したとされています。相手は封印指定を解かれる前の人形師であったとされておりますな」
人形師・蒼崎橙子。創造科に在籍していた学生時代にルーン魔術の再構築で冠位へ至り、彼女が創るその人形は根源に限りなく近いとさえ言われていた。そしてその人形で封印指定を食らったのだった。
実は切嗣はこう見えて顔が広い。ハンターは情報通でなければやって行けない。だから蒼崎橙子といった人様に迷惑を掛けず、ひっそりと街の闇に溶け込む手合とは手を組む事もままあったのだ。
仕事を依頼されもするし、依頼した事もあった。ビジネスライクな間だが悪い印象は持っていない。そんな彼女が手を下したと言うのなら、それ相応の理由があったのだろう。
また、コルネリウス・アルバという男は誰に断罪されても可怪しくない奴だった。となると彼女が仕損じたのでは無く、その名を活かし続けたい何者かが操る人形だったのだろう。そしてその人形を創ったのは……。
ま、生きるためには食わなきゃね。金を稼ぐ事は悪い事では無い。
「不殺の誓いを信じる他は無いね」
「極小泡沫空間に取り込んだだけだろう。最悪は連れ帰って年収15万ポンドの手駒だろうが、運が良ければ内情を自白させるか読み取った後に放出だろうな」
そうか、その手が使えるのか。目からウロコだった。排除するのでなく、他所で使う……。誰にでもできる事では無いが、方法としてはアリだ。
「ヘラクレス様、ではエルヴァ様は?」
「ああ、不殺の誓いは紛れも無い事実だ。だからその心配は杞憂だ。あの子は絶対にそんな事はせん。ただ、相手はそれなりのビッグ・ネームなのだろう? なら、とことんまで使い倒すだろうな」
必然、そうなって来る。つまり相手の駒をこちらの駒に変えるのだ。ただし違う国か違う世界で。
「超一流の封印指定執行者が敢え無く敗退か……。ヘラクレスさん、あの子はそんなに?」
「強いぞ。並行世界とは言え、君の胤だ。怖いか?」
「あなたの前で嘘を吐いても始まらない。正直に言えば、怖くて堪らないよ」
宝具もそうだったが……。それはエルヴァそのものにでなく、そんな異様な強さを持たねば生きて行けぬ運命に対する恐怖だった。
「そうか。だからと言って、ここに残ると決めた、もう一人のあの子は嫌わないでやって欲しい」
「それは勿論。彼女はもう僕の娘だ。半分は息子の成分もあるんだし」
「半分かどうかは知らんが、確かに息子の成分は入っているな。少年は私とも縁が深い」
「それは並行世界のイリヤを通じて?」
「そうだ。もうどれだけのイリヤに召喚されたか憶えとらんよ」
既に切嗣は並行世界の話しを褐色のエルヴァから聞かされていた。
「あなたは、いつでもイリヤの味方に?」
「ああ、狂化されようとも我が主だ。何より護り甲斐のある少女だよ」
「……ありがとう……」
そうだ。今はこの人や大人になった士郎が彼女の傍に居てくれる。
「一度、エルヴァの姉のイリヤに会うと良い」
「うん?」
「ああ、双子の姉の方だ。エルヴァを受け入れ、切磋琢磨して来た子だ。そのポテンシャルに驚かされるぞ?」
「妻も話していたよ。あちらの両親は鼻が高いだろうね」
「いや、比べろと言っている訳ではない。会って話せばエルヴァが見えて来る。あちらの君達も悩んで来たのだ」
「ああ、そういう意味か」
「宝具に取り込まれた我が主に、ホンの数ヶ月前に連れ帰った並行世界の我が主。これからも連れ帰れば良い、何人でも受け入れて育てようと言い切っているぞ」
同じ僕だろう? その強さはどこから来るんだ?
「それって単に開き直ってるんじゃ……」
「かも知れんな。だが、並行世界でも良い。息子や娘に逢えるのなら。困っているのなら救けてやりたいではないか」
「そうか……あなたは」
この大英雄が背中を押したりもしたのだろう。
「私の原点は常にそこだよ。おそらく二人のエルヴァは、ここのエルヴァと接触するはずだ」
「……わかった。もう一度向き合うよ」
「それが良い」
そうか、この大英雄はもう一人の娘の事を。
二度の拒絶で諦めていた。まさか子供から拒否されるとは思わなかったのでショックが大きかったのだ。それでノイント老にも聞けなかった。
けれど今はイリヤと同じ10歳だ。あの頃のような幼児では無い。今更だが、もう一度会って話そう。そう決意した衛宮切嗣だった。
「どうして皆さん、私を見るんですの?」
「いや、ルヴィア嬢。そちらのマナーが一番参考になるからな」
修学旅行2日目の夕食はホテルでのディナーですわ。ズラッと並んだテーブルは、昨夜までの丸形ではなく長方形です。
アヤコのアドヴァイスで、替えのブラウスをおろしました。
ええ、当然正装ですので全員が制服ですのよ。彼女のアドヴァイスはこうですわ。
『ルヴィアは毎日着替えたいタイプだろ? なら、せっかく半袖も持って来ているんだし、明日と明後日の日中は半袖で通せよ。セーターを腰に巻いてさ』
まぁ、ナイスなアイデアですわ。私はアヤコに感謝致しました。これなら長袖を汗で汚す心配がありません。切っ掛けですか? いえ、その……学生の身でクリーニングをホテルに頼もうとした私が悪いのですけれど。
「しかしカエデがかなり……」
「うむ、上手いものだ。がさつ者だが育ちの良さがこういう場で出るな」
カエデの隣のユキカが一所懸命に真似ていますわね。
「ただなぁ……。今日みたいなフルコースは良いが、イタリアンなんかに入ってアラカルトでパスタを頼めば轟沈だ」
「あら? それはどうしてですの?」
「私達日本人は、麺は啜るものとDNAに刻まれているからさ」
「ああ、なるほど」
カネとアヤコの弁ですが、これは納得ですわね。
私は逆にラーメンなどを啜るのが無理です。レンゲと言うんですの? あのスプーンの上で麺を纏めないと食べられないのですわ。
お味噌汁もそうですわね。最近はお椀に口を着けられるようになりましたが、以前はスプーンが無ければ頂けませんでした。やがてテーブル・マナーも終わり、各々が部屋に戻る途中で男子のお話が耳に届きました。
「美味かったけど、食った気がしねぇ」
「もうちょい、肉が欲しかった」
「俺はパンじゃなくご飯が欲しかったなぁ」
まぁ、それが民族性ですわね。
「けどよ~、じっくり食べると西欧料理も良いもんだな」
「うむ。ウチは母がフランス料理に凝っているので、母の味イコール西欧料理だが、それでもプロの味は違うな」
「鐘ちゃん、煮物やお味噌汁に飢えてるもんネ?」
「言うな由紀香。私も日本人な訳だよ」
ですわね。そうなると両方美味しく頂ける私は、変わっているのかお得なのか。
「しっかし、当たり前っちゃ~当たり前なんだが、やっぱりルヴィアはサマになるよなぁ」
「うむ。汝も中々であったが、私はルヴィア嬢をお手本にしていた」
「だよねぇ。私は人によってどう変わるのかなって蒔ちゃんを見ていたけど、ルヴィアさんはさすがだよねぇ」
あら、ユキカはカエデだけでなく、私も見ていたと?
「そりゃ、当たり前だろう。席は離れていたけど、私もルヴィアばっかり見ていたぞ」
「まぁ、アヤコも?」
「参考どころかお手本だ。真似してりゃ間違いなしだ」
後日、担任のクズキ先生よりA組女子のマナーが一番良かったと褒められましたの。皆さん、私を真似てらしたんですのね。
部屋に戻りますとアヤコがこう言いました。
「ルヴィア、明日の朝一緒に走らないか?」
「あら? クラブに所属する方達だけなのでは?」
「いや、別に誰が参加しても良いんだよ。お前も、何かスポーツをやってるだろう? でなきゃ、そんなに締まった身体のはずが無い。どうかな?」
やはりわかりますか。そうですわね、体操服の替えもありますし。
「わかりましたわ。ご一緒させて下さいまし」
「良し、そう来なくちゃな」
さぁ、明日はネズミーですわね。今日の行程がイマイチでしたから、皆さん張り切っておいでです。アサクサと同じメンバーで回る事に決まりましたので、私も楽しみですのよ。
「ルヴィアはネズミー、行ったコトあんのか?」
「ありませんわね。アメリカ資本だからという訳ではありませんが、余り縁がありませんのよ。ヨーロッパではパリにしかありませんし」
「あ、そっか」
「ただムー○ン・ランドなら何度も行っていますけれど」
「そんなのもあるんだ?」
「ええ、地元ですのよ。クルマで1時間半くらいの距離ですわ」
「へぇ、良いなぁ。じゃ、ネズミーはあんまり興味ないか」
「いえ、そんな事はありませんわよ。お友達と行くのであれば、きっと楽しい事でしょう。今までは縁がなかっただけですわ」
「なら、楽しもうぜ」
「ええ」
「でさ、以前のクロは魔力が失くなると消えちゃうしか無かったんだ」
「ええっ! じゃ、どうするの?」
「魔力供給よ、イリヤ。きっとクロはクロのイリヤから魔力を譲ってもらっていたんだと思う」
「ああ、なるほど。と言っても自分に魔力があるなんて到底思えないけどね」
そんな風に思っていた頃もありました、と思うイリヤだった。今は2/3をクロが持っていて、1/3しかチカラがないイリヤだけれど、それはルビーと自分の創意工夫でなんとかなると思っている。
そしてそんな創意工夫を常にしなければ生きていけなかったのが以前のクロだった。
あの悩まされたキス魔事件も、テリトリーを荒らされた怒りが先にあったけれど、蓋を開ければそうでもしなければ消えてしまうからだった。
そこを聞くべきだった。人の領域を荒すなでなく、どうしてそんな事をするのかと。これはイリヤお姉ちゃんに指摘された事だった。あれもクロが無意識で出していたヒントだったんだ。
「それで、どうやって魔力を分けてもらうの?」
「美遊はこういう知識はないの?」
「ない。どうするの、クロ?」
「パスを繋ぐのよ」
「パス?」
胸で受けたボールを投げ返す仕草をする部屋の主。それを見て、私だなぁと納得するイリヤ。
「わかりやすく言えば、サーヴァントとマスターみたいに霊的に繋げるの。別にイリヤが私のマスターって訳じゃないけど、そうすると上流から下流に流れるみたいに、イリヤから魔力が自然に流れるのよ。ま、それも今は必要ないんだけどね」
「それって契約と儀式が必要な、そこそこ難しい魔術でしょう? 良くそんなの知ってたわね?」
「クロエ……さすがは私か。あなたならそこにツッコムと思ったわ」
「って事は、パスを繋いだのは割合最近よね? となると相手はイリヤじゃなくて白い方のお姉ちゃんと?」
「そう。エルお姉ちゃんと繋いでる。その前はイリヤとキスよ」
「キス? あの天ぷらにするお魚?」
「ボケないでイリヤ。違うわよ。あなたが起こしに来てくれたお姉ちゃんにムリヤリするチューの事よ」
「やっぱりかぁ……」
ドキドキする胸を押えながら、美遊はクロに尋ねた。
「だいたいどのくらいの間隔でそれは必要だったの?」
「そうね。一週間に2回くらいだったかなぁ」
「待って。姉妹というか元は同一人物みたいなものよ? そのキスで簡単なパスが継るでしょうに?」
「クロエ、そこよ。私のミスと言うか、知識が中途半端でさぁ。継らないから唾液からもらうしか無くてね」
ミスと言われて違和感があった。キスでパスが継るとの知識はあるのに、術式も何も浮かばない。いや、術式を知らずとも、確かにクロの言う通りで小聖杯が答えを出すはずだ。
「どうして? 小聖杯があるなら……?」
「うん。前も話したけどさ、私達ってサーヴァントのマスターになって聖杯戦争に出る予定だったでしょう? きっと、勝手に何かというか誰かと契約できないようにされてるのよ」
「あ……」
これは納得だった。そういうところもコントロールされていたのだ。
「じゃ、そういう方法があるよっていう知識だけ?」
「そう、そういう事。だからお姉ちゃんから学び直しているのよ。結構、私達の知識って偏っていて隙間だらけみたい」
「あ~……」
思ったより酷い。クロは大変だったなと思うクロエだった。
「仕方ないと言っても、あれって恥ずかしいよね?」
「イリヤは日本育ちでドイツの習慣を忘れてるしね。私はその記憶があるからキスも挨拶の内と思ってたんだけど」
「そうそう、そこから誤解がどんどん泥沼にハマるんだよ~」
「あ~。それ、言われたよ。寝ぼけてて憶えてないけど、毎回毎回お姉ちゃんに悪いなって謝ったら、ドイツじゃ挨拶だから気にしなくて良いって言ってくれて」
「友達の前とかじゃなければ良いのよ。お姉ちゃん達が皆んな挨拶のキスをするから、私とイリヤも普通にそうなったわ」
「うん。こっちに来てからも電気を消した後に、おやすみって普通にしているよね?」
「ちょっ! 電気を消した後って……。私が居るのに二人してそんないかがわしい事を!?」
「いかがわしいって何よ」
「ああクロ、怒らないであげて。ちょっぴり羨ましいだけよ。ええっと、あれよ、羨まけしからんってやつ」
「ああ、クロエの説明でわかった。そういう事?」
「だってお姉ちゃん、クロお姉ちゃんとばっかりキスするんだもん」
「あんた、お兄ちゃんとじゃなきゃ嫌だとか言ってなかった?」
これが5年生の会話だろうかと目眩がする美遊だった。
「言わないよ。だって早く帰って欲しいんだもん!」
「だよね。皆んな同じよ、イリヤ」
そうだ。お兄ちゃんは修学旅行。だけど、お姉ちゃんは外国へ戦いに行ってるのだ。それも私やクロお姉ちゃんや、お父さんやママのために。
「お姉ちゃ~~ん!!」