プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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28、運命の夜を越えて

「ブエ~ックション!!」

 

 寝入り端にバスルームから大きなくしゃみが響いたので、凛は慌てて飛び起きた。

 

「な、何事? 攻撃?」

 

 隣の部屋に居たセイバーも駆け込んで来た。

 

「リン、大丈夫ですか?」

「何かあったの、セイバー?」

 

 両の指の間に宝石をギッシリ挟み、宝石剣も掴んでいる。寝惚けていてもさすがは凛だ。

 

「地脈や霊脈からの魔力が止められました。範囲はわかりませんが、この辺りのマナも一気に」

「本格的な攻撃って訳ね。セイバーは魔力、大丈夫?」

「今はまだ。それよりマスターだ。エルの気配が……」

 

 え? エルヴァが? 

 

「バスルームよ。くしゃみをしていたもの。それが余りに響いて。それで起こされたのよ」

 

 いい迷惑よと言わんばかりに腰に手をあてる凛。そしてバスルームのドアを開ける甲冑の従者。

 

「居ません。シャワーが出ずっぱりでした。一体エルは……?」

「え? 居ないの? どういう事?」

 

 まさかこれだけの結界を張っているのに拉致? 

 

「取り敢えず隣のエルヴァ達に報告よ、セイバー」

「はい!」

「その心配には及ばんよ、凛、セイバー」

 

 いつの間にかドアの傍にアーチャーともう一人のセイバーが立っていた。

 

「どうしたの?」

「エルヴァを拐ったのはエルヴァだ。バスルームはその小さな剣の結界から外れているだろう?」

「あ!」

「急性的な魔力欠乏状態に陥ったのを、こちらのエルヴァが察知してな。今、あちらの部屋で魔力供給中だ」

「それで追い出されたのですよ。待ちなさいと言っているのに慌てて飛び出るから……」

「あ~、申し訳……待って下さい! あのもう一人のエルヴァとモードレッドは!?」

 

 そうだ。二つ隣の部屋はどうなった? 

 

「リンが走ってくれています。メイドともども魔力の籠もった宝石で処置を受けているはずですよ」

 

 さすが、私。そっちに走ったのか。けど、追い出されるって何で? 

 

「性的なパスを結ぶのだ。察しろ」

「ああ……」

 

 確かに。儀式も儘ならない状態で契約を結ぶのならこれだろうな。それに彼女は半分英霊みたいなものだし。こんな緊急事態なら、同一人物なんて言ってられないわね。待って……同性よ? どうするの? 

 しばらく経つと凜がモードレッドを連れて帰って来た。

 

「父上、無事か!」

「モードレッド、父の心配よりあなたのマスターだ。あの子は無事ですか?」

「ああ……なんとか。オレもマスターもマアエモも、リンの宝石を飲んだので取り敢えずは。けど、朝まで持つかなって感じだ」

「あなたが魔力を奪い過ぎなのでは?」

 

 褐色のエルヴァのセイバーの言葉だ。それを遮る白いエルヴァのセイバー。

 

「いえ、セイバー。あの子の魔力量が少ないのだと」

「ああ、マスターはそこらの魔術師とは魔力量が桁違いだ。けど、まだ10歳なんだよ」

「そうでしたね……」

「大聖杯の助けもなしに君を支えているのだからな。致し方あるまいよ」

「クソ! オレが大喰らいだからッ!」

「落ち着きなさい、モードレッド。我がマスターはマーリンをも超えし者。手は必ずあります。今は大人しく待ちましょう」

「クッ……」

 

 10分経ち、幼いエルヴァがマアエモに支えられて現れた。こちらに戻っていた凜が慌てて支えに行く。

 

「何故来たんですか? 寝ていなさいと言ったのに?」

「エル姉様方は……?」

「無事だよ。褐色の方が君と同じく少し魔力を奪われたので、白い方が魔力を分けている。だから大丈夫だ」

「ホゥ~~」

 

 そうしてガクリと座り込みそうになる幼いエルヴァを、凜とともにベッドに横たえた。

 

「不甲斐ないなぁ……私。すみません、モードレッド……」

「いや、マスターのせいじゃ無ぇ。オレが魔力喰いなだけだ。済まないな。傍に居てやるから今は眠ってろ」

「はい……。ママ……?」

「はい、お嬢様」

「手を握っていて……」

「ええ」

 

 そして数10分後、ローブ姿のエルヴァがやって来た。

 

「どうだったの?」

「シッ……眠っているようですから場所を替えましょう。隣の部屋に。凜は結界をもっと強くしてからこちらに」

「はい」

 

 凜がせっせと術式を編んでいる。こんな術式は知らない。

 

「遠坂の術じゃないわね?」

「そう見えますか? 2代目遠坂の術に私が手を加えました。ですから外殻は私のオリジナルとは言っても、元は遠坂の魔術ですよ」

 

 ええッ! こんな複雑怪奇な術の元が遠坂? けれど私が見る限り、その効果は難攻不落か金城湯池というレベルだった。こんな結界を抜く自信は無いと断言できる。

 けれど……。何となくだが、エルヴァには抜かれそうな気がした。

 

「これの魔力って……どこから?」

「私の宝石剣とあの結界をリンクさせました。ですから無限に魔力を注ぎ込めます。それに中に居ればエルヴァちゃんもモードレッドさんも魔力を回復できます」

 

 そうだ。私は無意識に宝石剣を握っていた。その判断の一瞬の差だ。それと結界内に居た事。バスルームに居たエルヴァはもろに……。けれど、もう一人のエルヴァは? 

 

「先輩には『ラインの黄金』がありますから。謂わば身体の中に宝石剣を持っているようなものなんですよ。それに先輩も結界を張っています」

 

 当然だが、何だその反則は。そして隣の部屋で容態を尋ねた。

 

「それでこっちのエルヴァは?」

「もう大丈夫ですよ。魔力をタップリ渡しましたから」

 

 あれ? 褐色のエルヴァが居るらしきベッドの毛布がプルプル震えて……。

 

「エル、大丈夫ですか?」

「ぅ……グスッ……セイバー……ヒック……ぅぅぅ……」

 

 エルヴァはセイバーに抱き付いて泣いていた。ズレた毛布をセイバーが掛け直す。もしかして全裸? あ、そうか。バスルームから跳ばされたんだった。

 

「君、まさか……最後まで?」

「緊急事態です。こういう事は何度も想定して来ました。あ~もう。後3~4回は抜かないと収まりませんね」

 

 何故かアーチャーは崩折れ、白いエルヴァのセイバーがフラフラと倒れるように椅子に腰掛けた。そして大きく溜息を吐いた。

 私はそのセイバーの視線をなに気なく追ってみた。……見なきゃ良かった。バスローブの股間がえらく張り出している……? こいつ、何をしたんだ……? 

 いや、わかっている。そういう術か礼装を使ったって事は。男女なら当り前の事だ。

 そもそも当初の私は漠然と、そうしたのだろうと思っていたのだから。だけど、後から女の子同士ならどうするのだと疑問に思ったのだ。

 となると礼装の使用は当然といえば当然だった。とは言え、魔術師としてなら緊急事態だと割り切れても、一人の女の子としてはとても割り切れるものではない。

 まさか同じ学園に通う、身近な先輩のこんな悲しい姿を見るなんて。それも相手は自分自身。モードレッド達を部屋に置いて来て正解だった。

 

「凛?」

 

 マズッ! この眼は……魅了ッ!? 

 すると私の視界一杯に赤い背中が。ああ……。アーチャーが前に立って、魅了の視線を防いでくれていたのだ。けれどその広く何かを訴えるかのような背中はプルプル震えていた。

 

「凜、凛! ガンドを私にブチ込んでくれ! 早く!」

 

 カチャカチャとズボンを脱ごうとする赤き英霊。

 

「早く! このままでは私の尻がッ!」

 

 嘘でしょ!? 魅了に掛かってたの? そう驚きつつも私と凜はアーチャーにガンドを撃った。ダメージは残ったようだが、魅了は断ち切ったみたいだ。

 

「むぅ~、仕方ありません。バスルームで自家発電して来ます。10分程、入らないで下さい」

 

 そう言い残してエルヴァはバスルームに消えた。何なのよ! アイツは!? 

 シクシク泣いていた褐色のエルヴァが泣き止み、おずおずと白いエルヴァの服を着始めた。シーツの赤い跡が涙を誘う。

 

「あ、あの……先輩? お気を確かに……」

「ええ……。私、彼女とは……もう……違うのですね……」

 

 そして紅い瞳から、また一筋の涙が……。

 

「私も彼女と一緒に童貞を棄てました。その記憶も体験も憶えているのに……。よもや彼女によってヴァージンを失うなんて……。抵抗できないように魔力をギリギリまで奪った後に、魔術で組んだ手枷と足枷ですよ……。噛んでやれば良かった!」

 

 とんでもない問題発言が聞こえた気がするけれど、脳が受け付けない。

 ただ、褐色のエルヴァが憎々しげに、バスルームのドアを睨む姿がだけが脳裏に残っている。そんなバスルームの中からガサゴソと音がし、時々妙な喘ぎ声が聞こえる。これはきっと幻聴だ。そうに違いない。

 フラフラとした足取りでエルヴァのセイバーが、白いエルヴァのセイバーの真向かいに座った。

 

「あなたのマスターは一体……?」

「ええ、私達の後に続く者です。否、越える者ですね。彼女は男性側に回ると絶倫であり、それもかなりの技巧派だ」

「ちょっ?! 何ですかそれは……」

「詳しくは話せませんが、ホムンクルス技術を医学へ転用する実験だったとかで。相手の女性を取っ替え引っ替え、全員を失神するまでイカせたと豪語していましたよ。彼女ならランスロットが手を出す隙きもない。きっとあなたのマスターは初めてなのに、絶頂を迎えた事を恥じているのだと」

「はぁ?」

「アルトリアも泣いていましたよ。当時中学生になったばかりの妹が、童貞を棄てたとか言うのですから」

 

 ダメ、理解できない。セイバー達の話している言葉は人間の言葉なの? 

 褐色のエルヴァはバスルームに向かって、口を濯ぎたいから早く出ろと文句を言っている。ああ、ディープキスまでされたんだ……。だから舌を噛めばと。自分自身に、気の毒な……。

 私はふと凜を見た。そうすると目が合ってしまった。何故か顔を赤らめ目線を外す凜……。何でよ? いや、そんな事はどうでも良いのよ。感傷なんて後からで良いのだ。今、大事なのは……。

 

「それで魔力は?」

「悔しい事にタップリですよッ!」

 

 吐いて棄てるように返すエルヴァ。これだけ覇気があるなら、まだ戦えるわね。

 

「ぅぅぅ……最初の痛みを越えたら快感だけで……。自分から腰を振って、自分自身を求めるなんて……」

 

 何を言ってるのかわからない。

 

「後背位なら顔を見なくて済みますが、対面座位だと……。何故自分からしがみついてキスを求めてしまったのか……」

 

 相当ショックだったのだろう。さっきからブツブツと意味不明だ。

 

「巧いとは思っていましたが、あそこまでとは……。溺れそう……」

 

 随分と混乱しているみたい。いや、それは私もか。大きさや長さが途中で変わるとか、突き上げられたらどうとか、Gスポットにカリがどうとか。何の暗号だろう。私には何一つ理解できない。

 

 その瞬間だった────世界がグルっと反転した。

 

「こ、これは固有結界!?」

「固有結界ですって!?」

「慌てるな、セイバー、凛。我々の存在丸ごと位相をズラしただけだろう。ただ、ここで応戦すると外界にも影響が出る」

「む、誘っているようだ。公園ですね」

「良し、公園なら大丈夫だ。外に出て敵を迎え撃つぞ!」

 

 やはり律儀に公園でお出迎えらしい。そして公園に出れば白いエルヴァが既に戦っていた。早い。バスルームから跳んだのか。鍵を掛けっぱじゃないか? 

 しかし、そんな事より驚くべきは彼女の姿だ。その姿は蒼いドレスの上に白銀の鎧を纏っていた。丸っきりセイバーなのだ。

 

「夢幻召喚?」

 

 カードの転身? ステッキもないのに? いや、カードはエルメロイⅡ先生に預けた。じゃ、あれは何だ? 

 そしてセイバーとなった彼女は、全身を青くタイトな服装で覆われた何かと斬り結んでいた。相手の動きが流星のように疾いので、何が何だかよくわからない。

 暗いのもあるが早過ぎて目が追えないのだ。だが、相手が英霊なのは間違いないだろう。

 エルヴァも手に何か持っているみたいだけれど、応戦する手の動きが早いからか、こちらも全然見えない。いや、魔力が覆っているようにも感じる。強化は当然として、他の魔術も使っているのかしら? 

 

「卑怯者め! 自らの柄モノを隠すとは何事かッ!」

 

 え? 相手にも見えないの? って事は、やはり魔力で覆っているのかしら? 

 

「この剣はバカには見えない伝承があるッ! 見事な宣言、聞き届けたッ! や~い、バ~カ、バ~カ」

「て、手前ぇ……」

 

 そしてまた三合四合と剣戟が奔る。暗闇の中で火花と金属音が散る。それ以外は仕切り直した瞬間、それもエルヴァだけしか見えない。

 

「アーチャー、急いで!」

「了解した」

 

 セイバーがアーチャーに声を掛けた。アーチャーは突如立膝を着いた。お腹が痛いの? 

 違う。何かを唱え始めている。それも英語だ。これ、呪文の詠唱? もしかして魔術師なのか、この英霊も? 

 そこへ褐色のエルヴァがアーチャーと似た服装で現れた。

 

「次から次へと、何モンだお前ぇらは?」

「攻める側がそれを訊きますか? 呆れる程の痴呆振りですね」

「煩ぇよ、オラッ!」

 

 キンキン音が響き、火花が疾走る。エルヴァが躱しているの? 魔術師が英霊と互角に……? いや、凌いでいるのか? 

 

「あれ、本当にエルヴァよね?」

「ええ、見事な剣だ。よもや英霊と切り結べる魔術師が存在したとは……。それに受け流すだけでなく、要所要所で攻撃にも転じている。最初は私達の太刀筋を真似ているだけかと思っていましたが、これがあなたのマスターの剣ですか?」

「ええ、そうです。私の能力を降ろしたのでなく、私の体力と魔力放出だけを降ろしている。あの剣は純粋に姉のアルトリアがエルに10年教えて来た剣ですよ。そこに自らの工夫を加えているのです」

 

 やっぱりカードじゃないんだ? 何か簡易的な礼装も併用しているんだろうけど、人として戦っているって事? 

 

「飛び出て来たは良いですが、これは迂闊に手が出せませんね」

 

 褐色のエルヴァの弁だ。

 

「どうして?」

「かなり本気で動いているので、私が入ると計算が狂うと思います。途中参戦はセイバー・クラスで無ければ、ちょっと無理ですね」

 

 そんな複雑な事を? そこでセイバー達の会話が耳に入った。

 

「押され始めました。そろそろ行かないと」

「あと少しの我慢です。エル……耐えて下さい」

「彼女は魔力炉心を?」

「持っていません。『ラインの黄金』が今はそういう働きをしているだけです。先程も話した通り、体力と魔力放出のみです。なので身体強化を重ね掛け、手足も個別に別の強化魔術や加速魔術を使い、肘や踵から魔力を噴射をしています。問題は……」

 

 魔力放出に噴射! イマイチわかってなかったけど、肘や踵からそんな事を。

 そして加速魔術。これを使おうと思えば、かなりのレベルの強化魔術が使えないと無理だ。強化が甘ければ、筋繊維が破断し骨折してしまうのだ。それが速さの秘密……。

 

「問題?」

「エルは生身の人間なので全身で魔力放出して咄嗟に動くと、脳に血液が通わず意識を失うのです。既に固有時制御という結界を使っているのであれば別ですが、声が聞き届けられるという事は、流れる時間が同じという事です。ですから……」

 

 それは確かに問題だ。ここまで見てイケそうと思った私は甘い。やはり、人間に英霊は遠い。相当無理をしていたのだ。

 けれど、誰も参戦しないのは? 

 

「やるじゃねぇか? お前、マジで魔術師なのか?」

「今時の魔術師は武道も嗜むものですよ。体力のない魔術師など古い古い」

「ほぅ~、ドルイドの爺さんどもに聞かせたいね」

「ドルイド? そういう事ですか……。生意気にもアルスターがブリテンに侵攻ですか。ガソリンに浸したタイヤでその狗っぽい顔を焼いてくれますっ!」

「て、手前ぇ……狗と言ったな!?」

「キャンキャン煩い! 何かのファッション雑誌か! ジャガイモぶつけるぞ!」

「何を訳のわかんねぇ事を!」

「ほらほら、イケメンのお兄さん。もう一つの黄色い槍も出しなさい。さもないと死にますよ?」

「あ? 何か勘違いしてねぇか? 誰の事を言ってやがる?」

「赤枝の……。違うのですか? 嘘ッ、これだけイケメンなのに?」

 

「彼女、誰の事を言ってるの?」

「フィン・マックールが率いたフィオナ騎士団が一番槍、輝く貌ことディルムッド・オディナの事でしょうね」

 

 あの相手が? そんな二つ名を添えられても、ハッキリ言って知らないけど。

 けれど、段々と目が慣れて来て、仕切り直しで止まった青い英霊の武器が見えるようになった。そこには禍々しいまでの紅い槍が。あの英霊は知らない。でも、あの槍は見覚えがあるんだけど? 

 

「あれって、カードの槍と同じじゃないの……?」

「そうです。あの者の正体はアルスターの光の御子。クー・フーリンです」

 

 あれが本物か! ヤバイじゃないの! 

 

「何だってんだ? あ?」

「あ! わかった。あなたは君のハートに届け→突撃ゲイ・ボルクの人!?」

「そんな呼ばれ方は初めてだ! 誰だよそれ?!」

「お前の胸にゲイ・ボルク~♪ 真っ直ぐ~突き刺して~♪ デスティニー~♪」

「ちょっ! 詩人かお前ぇ!?」

「さぁ、お前の槍で山と言わず、この宇宙、銀河をも動かしてみせろ!」

「クッソ、マジで詩人か……」

 

「……So as I pray, Unlimited Blade Works!!」

 

 再び世界が変わった。

 焔が地面を奔り、赤茶けた大地を照らす朝焼けの空? 天にまで届かんばかりの巨大な歯車は、あり得ないけど真鍮製だろうか? 

 陽光を反射して黄銅に輝いている。そして地平線はどこまでも遠く、墓標のように無数の剣が大地に刺さっていた。

 

「良し、仕込みは上々だ。待たせた。行って来るが良い、セイバー」

「ええ、あなたに感謝を」

 

 そうか! これが本物の固有結界なんだ! 

 アーチャーが位相をずらしただけだと看破できたのは、固有結界を使えるから。でも、こんな禁呪とも言われる大魔術を何故……? 何者だ、本当に……? 

 そしてエルヴァの出鱈目な掛け合いと、ここまでの戦闘はこの術を完成させるための時間稼ぎだったんだ。

 そうだ。目の前に居る相手だけじゃない。ここは倫敦だ。誰が覗いているのかわかったものではない。だからこその固有結界なんだ。

 

「面白いな。イングランドでランサーからの喧嘩を買うかね」

「どういう事?」

「知名度だよ。英霊は生前の能力だけで強さは決まらない。伝承の浸透度も大きく左右するのだ。言ってみれば深さが信仰、広さが知名度だ。それがわかっているから、エルはセイバーの姿を借りたのさ」

「あ、相手がアイルランドで、こっちはイングランドって事ね?」

「そうだ。お隣よりも地元の方が知名度は高い。このファクターは大きいぞ?」

「あ、あれ! また戦車?」

「ほらな? これが冬木の聖杯戦争なら、座から戦車なぞ持って来れんよ。それができてしまう。これこそが知名度補正だ。ま、使役する英霊にこれを持って来させる相手マスターも、生半可な魔術師では無いがな。む、セイバーも馬を喚んだな。あれはスプマドールでなくドゥン・スタリオンか」

 

 確かに、セイバーが馬に乗って戦車と斬り結んでいた。私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「凜! 相手の魔術師の位置はわかる?」

「わかりますし固有結界に取り込まれてもいますが、相手の結界が膨大な魔力で渦を巻いていて……。あれの突破には宝具クラスの攻撃が必要です!」

「ええっ? 仕方ない、セイバー来て!」

 

 そうして私は褐色のエルヴァのセイバーに声を掛けたのだけれど。

 

「凛、その役目は47番のエルヴァと彼女のセイバーに任せろ。凛と凜は私から離れず、傍に居るんだ。相手が真っ先に狙うのは凛、君だぞ? 悔しいだろうが、理解しろ」

 

 そうだ。この中で一番未熟なのが私だった。そもそも私の魔術が通用する相手なのか? そんな事も思い浮かばない程、この戦いにあてられた私は頭に血が上っていた。

 

「アーチャーさん。クー・フーリンだけだと思われますか?」

 

 何だろう。凜の表情が何か違う。

 

「君と同じだ。少し嫌な予感がしている。その鍵は、君が感知した結界の中だろうな」

「連戦って事?」

「うむ、覚悟はしておいた方が良い。それ故の我が奥義さ。相手の結界ごと取り込めたのは僥倖だった」

 

 そうか、次の敵もあると踏んでいたからこその固有結界でもあったのか。セイバーの一声はエルヴァの声でもあったのね。けれど、相手は他にも英霊を召喚するって事? その相手はどんだけ魔力持ちなのよ……? 

 

「たぶん最初は一騎ずつで、後から数騎同時だろうか。カードに肖(なら)って七騎で終わってくれれば良いが……」

 

 一気に不安になる。けれど弱音は吐けない。託された私が停まる時、ルヴィアの思いも停まるからだ。そんな無様な真似はできない。

 不安に駆られる私を他所に、凜と言い出しっぺのアーチャーはエルヴァとセイバーを余裕で眺めている。もう、数百は斬り結んでいるだろうか? あれを見てなんとも思わないのかしら? 落ち着いてるわねぇ。

 

「チッ、手前ぇ、どこのどいつだ? 詩人の嬢ちゃんの焼き直しかと思えばマジもんじゃねぇか!?」

「アルスターの光の御子よ! 我が名はアーサー・ペンドラゴン! 侵略は許さんぞ!」

「アーサー王だって?! マジか。コイツは嬉しいね。なら我が奥義を……凌いでくれよなッ!」

 

 戦車が反転し、意味不明な速さで迫る。牽いている馬の脚が見えない! 

 

「来いッ!」

「刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 禍々しいまでの朱槍の穂先が、戦車より疾く伸び、あり得ない方向に曲がってセイバーの胸に吸い込まれた。

 

「嘘っ! 宝具が!」

 

 が、それだけだった。何かに固定されたのか槍は抜けない。心配したセイバーもピンピンしている。

 そして槍はセイバーの胸に吸い込まれ消えてしまった。

 

「何だと!?」

「フ……「加速装置ッ!」」

 

 スプラッタだった。ランサーの首が戦車から置き去りにされて、くるくると宙を舞う。

 

「ランサー、あなたはいつも主に恵まれぬな……」

 

 血飛沫が噴水のように首から吹き出ていた。そしてサラサラと光の粒子となって戦車もろとも消えて行った。セイバーは何をしたの? 

 

「セイバーに固有時制御を掛けた? それとも空間を跳ばしたのか?」

「セイバーさんの見解とは異なりますが、先輩は元々ご自分に固有時制御を掛けていたはずです。ですから、今のはセイバーさんの魔力放出に先輩が干渉したのでは?」

「あの掛け声はブラフでなく本当だったのか。セイバーの魔力放出に自分の魔力噴射を足して加速させたのだな? そしてランサーには逆ベクトルで魔力噴射を浴びせ、リーチとコンマ数秒を稼ぐために刃先だけ泡沫世界を潜らせたと。なるほど」

 

 どうすればそんな事ができるのよ?! 英霊の身体や宝具に干渉って。マスターならできるの? とてもそうは思えないけれど。

 

「凛?」

 

 そう言ってアーチャーは私の頭に手を置いた。なによ? 

 

「英霊という現象も、実体を編めば世界の一部であり干渉できる存在となる」

 

 何かのヒントなのか。確かに実体を持てば、こうして触れられる。では、どうやって自分の魔術を通す? ん……さっきガンドが通った……。

 もしかして、魔力量が大きければ可能なの? そうだ、そうかもしれない。けれど、セイバーは? そもそもあの槍は? 刺さったんじゃないの? 

 

「刺さったのでなく、セイバーの胸に極小泡沫空間の入り口を置いていたのだよ。穂先が心臓に届くには4万kmは走らねばな」

「はい?」

「必ず相手の心臓を貫くとされ、因果を逆転させる呪いの槍。しかし狙いがわかっているのなら、下手に防がず目標を離せば良いのだよ。あの因果の逆転という呪いと、必中という謳い文句は、地球を一周しても真実なのかという話さ。要は効果や効力にも限度はあるという事だ」

 

 なんという矛盾。なんという逆転の発想。そもそもどうしてそれができる? あり得ないし、信じられない。けれどアイツはそれを目の前でやったのだ。

 それにもう一人のエルヴァも美遊の槍を……。そういう事か! 

 そして凜はランサーの消えた後をじっと見詰めていた。彼女は一体……。

 

「しかし、侮れんな」

「何が?」

「カードさ。カードのキャスターだよ。話を聞いただけだが、同じ空間に二騎同時に居たのだろう? あの時にセイバーのカードと共闘されていたのだとすれば?」

「あ……」

「君の方のエルが先に相手を斃して居なければ、飛んで行った首は君達だったかもな」

 

 そうだ、その可能性がある。常にカードは一枚だけだと思い込んでいた。カード同士が共闘なんて考えてもいなかった。個別で来て当たり前だと信じ切っていた。

 だとすれば、ライフルがキャスターに通用したとしても、セイバーには確実に斬られていた。結局、私もルヴィアも素人だったのだ。

 

「セイバーを運用するには、それなりの魔術師でなければ無理なのね?」

「そうだな。冬木であれば君は最高の部類に入るマスターだろう。しかし一歩でも出れば危ういな」

「それ、セイバーにも言われたわ。けど、どうして? それでも私の評価が思ったより高いと思うのだけれど?」

「相当エルに凹まされたのだと思うが、君は十分に良いマスターに成れる資質がある。もし私を喚んでくれたのなら、良い線行くと思うがな?」

「それは売り込み?」

「そうだな」

 

 見上げた彼は、ニヤリとちょっと皮肉げに笑みを浮かべた。この紅い英霊はエルヴァ達からそう言われているのか、妙に私に優しいところがある。

 そうね。彼みたいな英霊がサーヴァントで来てくれるのなら、その聖杯戦争という儀式も乗り越えられるのかも。

 結局、相性と意思疎通よね。そして、マスターたる私がどれだけの情報を持っているか。使い魔だけでは追っ付かない。分析力や想像力も必要だわ。私は、私に足りなかったものが見えて来た気がした。

 

「私、今だにエルヴァ達の考えがわからないわ」

「うむ。見通す先が必ずしもこちらを利するとは限らんからな。もっと自分をニュートラルに置いて、時計塔との共存共栄を考えてみたまえ。現状、魔術関連のマーケットを握っているのは各地の協会であり、西欧なら時計塔が一番だろう。エル達はそこに新規参入したい訳だ」

 

 うん、それはわかる。本人もそう話していたし。けど言動と行動が、アレッと思う事が多い気がする。一貫性が無いと言うか、チグハグな印象があるのだ。

 

「それはあれだ。人は正論だけでは動かんものだからだ。真逆の言葉で動ける者も居るし、予測と違う行動を取られて気付ける者も居る。人の心は千差万別だ。結局、思うようには動かんのが人なのさ。それを少しでも動かそうと思えばな? 身近で見れば変な印象が残るのは当然だろう」

 

 なるほど。敢えてそうしているのか。それが徹底しているのが白い方のエルヴァなのね。魔術師としても桁外れ、人としても桁外れ。頭を掻き毟りたくなる。

 

「アーチャーさん。魔力は大丈夫ですか?」

 

 何かを思い詰めていた凜が、突如そんな事を言った。そうだわ、あんな大魔術を使って。

 

「そうよ、あなたは大丈夫なの?」

「心配ない。元々私は単独行動も可能なタイプでね。まぁ、今はクラスとも関係ないのだが。それでも魔力不足で苦しまされた経験が多いだけに、無駄に燃費が良いのが自慢さ。それにエルがもう魔力を送ってくれた」

「そうでしたか、良かった」

「それは良かったけれど、あなたは戦わないの?」

「今回の私の役目はこうして戦局を観る事だ。変な横槍が入らんように監視だよ。何よりこの結界を維持せねばならん」

「それは被害を広げないため?」

「それもあるが、この場は私の世界だ。エル達が大地から魔力を得られるのさ。最悪は剣を魔力に戻せるしな」

「ああ、あの敵の遮断を回避するため……」

「そうだ。そしてこの無限に大地から生える剣を敵が握れば……その瞬間に爆破だ」

「そんな事も……。じゃ、剣が地雷?」

「うむ。私の判断で味方の武器にもなるし、地雷にする事も可能だ」

「あ~……」

「不思議に思うだろうが、我々はもう何度もこんな戦いを潜り抜けている。何事も経験だよ」

 

 なるほど。だからケース・バイ・ケースの役割分担が、話すまでもなく成り立つのか。いや、念話くらいは使っているだろうけど。

 けれど固有結界というモノの、一面がわかった気がする。結界内は術者にとって、最強の舞台なんだ。本で読んで想像するのと、目の当たりにして説明されるのとではかなり違う。

 

「来たぞ」

 

 それはガシャリガシャリと、衣擦れにしては不快な音を立てる何人もの騎士達だった。その集団の中から、白銀の甲冑と漆黒の甲冑を身に纏った二人の騎士が踊り出た。

 

「誰、あれ?」

「さてな。まさか、円卓の面々とはいかんと思うのだが……」

 

 そんな鎧の集団から、大きな声が轟いた。

 

「聴いとらんぞ、召喚者よ! ブリテンの敵とは我が王か!?」

 

 どういう事? 

 

「あの漆黒の騎士はランスロット卿……円卓が正解ですね。となるとあの白銀の騎士はガウェイン卿ですか?」

「もしかして、セイバーの正体をあっちは知らなかったの?」

「可能性はありますよ。だってアーサー王が女の子だなんて、下手に権威のあるところほど信じないような気がします」

「うむ。それに冬木とは召喚手順や方法も微妙に異なるのだろう。令呪の縛りが無いようだ。この一戦のみの召喚かもな」

「言えますね。きっと王の名を騙る、英国の敵とでも吹聴したのでしょう」

「いや。セイバーがアーサー王とは掴めておらんのだろう? 今、宣言したばかりだぞ? なら鎧から年代を特定した程度ではあるまいか。まして二人もいる訳だ。多重召喚は霊格の低い者に対してのみ有効と考えるのが普通だろうしな。つまり英霊を使って現代のブリテンを攻撃しようとする者達が居るので、助けて欲しいとのみ話したのではないか?」

「そんな感じでしょうかね」

「ねぇ? 召喚したのが時計塔の関係者かどうかは知らないけれど。情報が随分と錯綜しているわね。相手はこんなレベルなの?」

「ですね。けど時計塔もプラハも、踏ん反り返ってる人って、ゴマスリや駆け引きが得意なだけで三流ばかりです。ね、先輩?」

「だからと言って気を緩めてはいけませんよ、凜」

 

 いつの間にやら白いエルヴァが戻っていた。服装も戦闘用なのか、鎧姿から打って変わって黒くタイトな全身タイツ姿だった。

 前身頃のボーンデザインが闇夜に浮かぶ。腰に巻いた黒いベルトには小物入れや銃がぶら下がっていて、正面にはチャンピオンベルトみたいな意匠があった。これって……。

 

「どこの戦闘員よ!?」

「イ~?」

 

 エルヴァが遊んでいる間に、セイバーが吠えた。

 

「貴公達! この場をカムランの丘とするなら全身全霊を以て応えよう!」

 

 セイバーの握る剣が風を巻いて顕になる。あれが伝説の……。

 

「エクスカリバー……」

「ああ、あれこそが人々の願いと祈りが織りなした剣だ」

 

 その黄金の剣から、溢れ出た魔力が紫電となって迸っていた。

 綺麗でもあり怖くもある。憧れと畏怖と、勝利への確信と奈落へ落ちるかのような恐怖……。そんな対立的な感情が一気に沸き起こる。

 あれは、あれこそは……。

 

 紫電が奔る大気までもが、魔力に拠って蜃気楼のように揺らめいていた。

 途端、凄まじい悪寒が疾走った。赤茶けた大地で眠っていた剣群が一斉に宙を舞い始めたのだ。

 そうか! 怖かったのはこっちか! 

 その無数の剣は騎士達をぐるりと取り囲むのみならず、地面から次から次に新たに生えて来ていた。いや、空中に浮かんだ剣群もこの短時間で最初の数倍に増えている。

 遥か彼方から遠雷のごとくゴーンッゴーンッゴーンッと、巨大な真鍮の歯車が回る音が響く。

 

「王よ! お待ち下さい!」

「聞かぬ! 卿よ、和議を申し出るのなら対立意見を潰してからものを申せ! 奏上は一言で良いッ!」

 

 そして騎士達は輪になり喧々諤々と相談し始めた。セイバーはこんなのを率いていたんだ。私は円卓がクラス会か何かに感じてしまった。

 

「報告者は複数の方が好ましいです。現状ならば一人で良いですが、別の意見も挙げさせるべきですよ。しかもこの場で、自らが利する算段を組める者は居ないでしょうに」

「居ないでしょう。だからこそですよ、エル。各々の思惑はともかく、ブリテン……否、イングランドの危機だからとあの者達が、そう簡単に召喚に応じるものでしょうか? 杞憂ならば良いですが、何か裏がないかと疑う気持ちも大切です」

「令呪に代わる何かを想定して?」

「はい。手綱は必要でしょう。それに自爆テロというのがありましたよね? 気を緩め、握手を交わした瞬間に爆破。本人の意思とは関係なく、そうなる可能性もあります。私はあなた方を護る騎士だ」

 

 困っている者が居るなら手を差し伸べよう。正々堂々の勝負を望むのなら期待に応えよう。しかし非道な手を使うのなら、より大きなチカラで叩き伏せよう。

 それがエルヴァに召喚されたセイバーなのだと、凜がセイバーをうっとりと観ながら話してくれた。私もセイバーを眩しい思いで見詰めた。

 

「残り3分!」

 

 エルヴァが宣言した。いつ時間を切ったんだ? 途端ざわめく騎士達。

 

「誰と誰が居るの?」

 

 私はエルヴァに尋ねた。

 

「兜まで黒いのがランスロット卿、白銀のイケメンがガウェイン卿、その横の苦みばしった黒いのがアグラヴェイン卿、さらにその横の可愛い子がガレス卿。そして反対側に立つ、一房だけ髪が長く、今にも消えそうなイケメンがベディヴィエール卿ですか。伝承は隻腕ですが両腕がありますね。そしてその横の、時々こちらを指差して文句を言っているのがおそらくケイ卿。その次の紅い装飾が入った鎧が、たぶんパーシヴァル卿で、その横の赤髪がトリスタン卿かな? そして最後がガヘリス卿ですね。ペリノア王の一派で召喚に応じたのはパーシヴァル卿だけなのは童貞だからですかね?」

「知らないわよ!」

「いえ、聖杯は童貞でなければ手に入らないので、息子のローエングリン卿は何者だとされる伝承もあります。結婚行進曲は世界的にも有名なのに、実在しないとされるなんて……。それとガラハッド卿も居ないでしょう? あの人は神に召されたからですよ」

「何か複雑ね? でも聖杯って本当にあったんだ?」

「昔から、いえ、基督教が広まる前からありましたよ」

「え?」

「魔法の大釜。その昔は熱を与え旨味と栄養価が増すだけで、十分に錬金術であり魔法だったのですよ」

「ああ、やっぱり。そこからなのね?」

 

 そうだ、錬金術は調理場から始まったとも言われる。

 

「残り10秒……5、4、3、2、1、終了~!」

「ちょ、ちょっと待て! だ~っ、もうガタガタ言うな! オレはアーサーに着くぞ!」

「待て、ケイ卿。心情的には私もあなたと同じだ。しかし、アーサーも今は主を戴く立場。王の主が正しいと言えるのか?」

 

 そしてざわめいていた騎士達の視線がエルヴァに集中した。

 

「私は齢17歳の子供ですが、50万人の戦士を率い、それに倍する家族を支えています。そして彼等を飢えさせた事は、一度たりともありません。また誅す事はあっても、害した事もありません。毎日戦士達と、その家族だけでなく、60億を超える人々に、一体我々はどのような幸せを届けられるのかと日夜考えていますよ」

 

 企業だものね。

 それもアーチャーが言うには、今のセリフは傘下の食料品会社のキャッチフレーズを捩っているらしい。

『毎日あなたの食卓に幸せをお届けする、イブ食品』だって。そして彼女の持つ会社の名は大抵『イヴ』なんとかなのだそうだ。

 その名は『Elva Von Einzbern』の頭文字から取られたのだという。それで『E.V.E』ね。なるほど、なるほど。しかしそれを大昔の騎士に言うのか。絶対に勘違いさせようとしている。

 

「おい! 50万人も戦士が居るだと!?」

「国民が60億なのか!? どんな大国だ?!」

「億って千の上か?」

「万の上だ、バカ!」

「一体どれだけ人が居るんだ!」

「待て待て待て! そんな大軍団と戦争なんてできる国があるのか!?」

「そもそも、60億もの人が暮らす国土とはどれだけの広さだ!? ハッタリではないか?」

 

 一部は疑っているようだが、大勢は見事に引っ掛かってる。と言うか、桁がわかっていない人も居るけど、良いのかブリテン……。

 その声にかつての王が応えた。

 

「真実ですよ。我がマスターは我々の遥か先を歩む者だ。当時のブリテンの人口は約3万人です。そして我が対城宝具も海は越えられない。しかし彼女は椅子に腰掛け、動かずしてブリテンを手中にするだろう」

「そ、そのような宝具を?!」

 

 セイバーも口が上手い。たぶんエルヴァの世界では、輸出品が売れているんだろうなぁ。きっと英国にも工場があるのね。

 

「アーサー、その者の宝具に臆したのか!?」

 

 食料品なら平伏したのは胃袋かも知れないけれど。

 そんなセイバーが何か言い返そうとした瞬間に、一振りの宝剣が声を挙げた騎士の眼前の地面に突き刺さった。

 

「踊れ、雑菌ども」

 

 うっわ、良い感じなのに結局実力行使か。意外と短気だな。これだと戦闘員でなく幹部よ? まったくこの怪人は。

 けれど英霊の宝具を取り込める宝具か……。

 

「その昔、神々が盗もうと企んだ宝具だ。取り込めるのは武器だけに限らんからな」

 

 となるとお金でも宝石でも? 

 

「それらをひっくるめて何でもだ」

 

 それって反則ではないのか? 

 そして前から後ろから、左から右から、天から地から宝剣・宝槍・宝斧・宝槌が騎士達を襲った。

 このカンストしたような馬鹿げた宝具も、どこぞの英霊から奪って取り込んだ宝具なのだとか。それぞれが名にし負う名剣や名槍の類だとひと目でわかる。一体、誰と誰の宝具だろう? いや、こいつは何万人の英霊から奪ったんだ? 

 しかも射出口の前に何らかの魔術が掛かっているのか、軌道もへったくれも無い。おまけにあの幾つもの揺らめく射出口は、アーチャーの説明によれば真向かいの射出口と、単にお互いの中身を入れ替えているだけだったりするらしい。

 要はただ何千何万もの宝具を引っ越しさせているだけで、これは攻撃ですら無いのだとか。何だそれ? 

 何より凄いのは、紙一重で騎士達が躱せる速度で飛ばしている点だった。

 

「あの射出口の前の膜のような魔術も、極小泡沫世界の入り口だ。あれを通せば時間も空間も方向も、何もかもが跳ばせる。本気になれば出口を相手の体内に創るからな。英霊の核を直撃だ。誰も逃げられんよ」

 

 さっきの槍と同じか。それも体内って……。

 こんな状況が宝具で囲っているのに何故わかるのかと言えば、金色のさざ波は裏から見れば透けているからだ。おまけに、さざ波とさざ波の間は隙間もあるのだとか。

 だから中の英霊に何万度もの熱風や、何万トンもの水を出せる宝具があるなら、こちらにも被害が出るらしい。ま、それも対策済みらしいけれど。

 

「凛さんもやってみます?」

「何をよ?」

「ストレス発散」

 

 そうして凜は私に拳銃を手渡してくれた。

 

「このワルサーP22は撃ちやすいですよ」

「はい?」

 

 促されてエルヴァを見ると、これまたプラチックな拳銃を既にパンパン撃っていた。

 

「チッ! 5発でジャムった! よくこんなのを実戦投入できるものですね!」

 

 そう言ってその銃をポイッと後ろに棄てた!? 

 それをササッと拾う黒い陰。アサシンが二人? 結界の中にも居たんだ? 

 

「これは直せそうだ」

「こちらは無理かもな」

 

 そして次々とこれは良い、これはダメとエルヴァが棄てたものを更に選別していた!? 何で? 

 エルヴァはその次に軍用のライフル? それを出してズガガガッと撃ちまくっていた。彼女が銃を替えると同時に、アサシンは選別した拳銃を抱えて後方に下がっていた。何だろう、こいつら? 

 

「何をやってんのよ、アンタは?」

「英霊は通常の兵器だと傷付きません。裏返せば絶対に壊れないし死なない標的ですよ」

 

 そうじゃねーよ、アサシンは何なのよ? それに英霊は鬼の的じゃ無いでしょーが。コイツ、完全に遊んでいる。死ねライダーとか、正義は滅びろとか言ってるし。

 今度は大きな筒を肩に担いだ。どうするのよ、そんなもの? 

 

「凛、離れろ。バックブラストで危ないぞ」

「はい?」

 

 シュボーン! 

 前に輪っかみたいな炎が立ったと思えば、後ろに大きな炎が! そしてドガ~ン! というか、チュド~ン! と、マンガみたいに騎士が2~3人吹っ飛んだ!? 

 けれどゾンビみたいにムクリと起き上がって剣を避けている。何だよ、それ?! ミサイルか! 死ななけりゃ何をしても良いってものじゃないでしょ!? 

 

「やっぱり良いですねぇ、カールグスタフM3は。お兄ちゃん、次の弾」

「そんなもの触った事も無いので、装填方法なぞ知らんぞ?」

「知っているのはRPG-7やRPG-22に、M79osaや9k32ですか?」

「それも知らん。剣に魔力を込める方が早いだろう?」

「そりゃそうだ」

 

 何を話しているのよ。もう私はエルヴァを無視して、凜に訊ねた。

 

「たぶん、直したり簡単な調整で使えそうなグロックを選んで、アサシンにあげたんですよ。グロックは初期不良が多いので。先にある程度選んであげるところが先輩ですね」

「だからって、どうしてアサシンに?」

「脅しに使えるからですよ。無駄な血を流さなくてすみます。闇夜にいきなり首を締められ、こめかみに銃口ですよ。こういう事を、ご自身が聖杯戦争に出た時にやられればどうされます?」

 

 怖ぇ~! 四六時中、召喚したサーヴァントに護って貰わないとどうしようも無いじゃないの。

 チラリとアーチャーを見る。相手はセイバー。そのマスターはエルヴァでアサシンも居る。終わった……私が……。剣の英霊と暗殺者の英霊。二重運用って恐ろしい。

 

「それと先輩はグロックが嫌いなんですよ」

 

 だから、そのグロックって何だよ? 

 想像通りではあったけれど、違和感というか頭が着いて行かない。脅しに使うって怖過ぎ。

 けれどそこが日本人なのだと自覚した。と言うか思い知らされた。

 なので私は頭を切り替え、凜からハンドガンのレクチャーを受けた。それでここからと指定された隙間から撃とうとしたら、先にこれを使えとエルヴァが拳銃を取り出したのだった。

 

「ああ、スミス&ウェッソンのエアライト。モデル317、レディスミスですね。これは中たりますよ」

 

 ステンレス製だの、なんとかノーズだの、6連発じゃなく8連発だとか色々言われたけれど、取り敢えず凜の言う構え方をして撃ってみた。

 パンパンパン……。あ、良いわ。さっきのイライラがスーッと消えていく。

 

「貸せ。弾を入れ替えてやろう」

「ありがとう」

 

 アーチャーだった。

 

「これはJフレームでも.22LRだからな。リコイルも弱いし、こうして先にハンマーを起こして、指の腹でそっと引き金を引いてみたまえ。銃身は2インチと短いが、初心者でも中たるぞ」

 

 言われた通りにすると、カンッと音がした。鎧に中たったのだ。やった! 

 

「な? 剣を避ける事に必死なので、中っても気付いておらん。10発が良ければ、Kフレームの617を借りてやるぞ?」

「あれは先輩のお気に入りです。それに貴重なので絶対に出しませんよ」

「む。生産中止にでもなったのかね?」

「いえ、今も売られています。17、617ともに4インチ、6インチ、8 3/8インチがありますが、キットガンって威力が弱いタイプが多いので、そうそう売れないらしくお店に出回らないらしいんですよ」

「そうか。マーケットに出ないのか。こういうスポーツ・シューティング向きだと思うのだがな」

「その目的で作られているのがアンダーラグ付きの617ですね。それをご覧になったんじゃありませんか? あちらはM41と同じく、先輩はレンジでしか使いませんが」

「そう、それを言っていたのだが?」

「ああ、なるほど。コレクションの方はラグ無しの6連発の古いのと10連発です。お互いの認識が微妙にズレてましたね」

「だな。だがレンジ用なら持って来んだろうな。あの7インチのM41も良く中たるのだがなぁ」

「あれとかブローニングのバックマークやルガーのマーク・シリーズも、こんなところには持って来ないでしょうね」

「だろうな」

 

 凜は意外と詳しいみたいだ。魔術師としてはかなり珍しい。彼女の父は反対しないのだろうか? 

 けれど、色んな世界に行くのなら必要な知識なのかも知れない。むしろ私としては、他の魔術師とは違うあり方に好感を持ってしまった。

 実戦向きとでもいうのか、そういう自分に足りないものを持っていると思えたのだ。

 それよりもっと意外なのがアーチャーだ。英霊なのに。昔の人でしょう? 

 

「あなたはこういう現代の銃に抵抗感は無いの?」

「私かね? 道具は道具だ。包丁は危険だからと使わんタイプか君は?」

 

 む。言ってくれるわね。けど、銃よ? これって道具なの? 兵器じゃないの? 

 

「キットガンって釣りの道具箱に入れたりする銃の事なんですよ。要は害獣駆除用なんです」

 

 凜は人に向けない限り、殺虫剤のスプレーと同じだと言った。なるほどそう考えるのか。けれど、ある意味魔術もそう言えるもんね。

 

「そういう目的のものだったんだ?」

「それに人ならざる者を撃つ事も、銃の所持に使用も、固有結界内なら法に触れません」

「そもそもこんなものが中っても、英霊なら怪我一つせんよ」

 

 それはそうだろうけど。

 しばらく撃った後、アーチャーは凜の銃と替えてくれた。

 自動式って面白い。それにP22だっけ? 握りやすいし撃ちやすい。

 

「セミ・オート、つまり半自動だ」

 

 なるほど。半自動って言うんだ。

 凜はエルヴァから別の銃を出して貰って撃っていた。パンじゃなくバンッって大きな音がして、先から火も出ている。何だろう、あれは? 

 

「これですか? ベレッタの8000、ミニ・クーガーのFタイプです。これとかスミス&ウェッソンのM3913にH&KのUSPコンパクトやP2000、SIGのP239なんかは女の子の手でも握りやすいのでステップアップに良いですよ」

 

 ステップアップ? 

 

「彼女が撃っている弾は9ミリ・パラベラムと言って、その22口径より遥かに威力があるのだ。ステップアップとは、より口径の大きな銃に換える意味だよ。その分リコイルも大きいが、試してみるか?」

 

 当然よ。そこで私はアーチャーの薦めで、USPコンパクトというのをレクチャーされながら撃ってみた。

 バンッ! バンッ! 会心のガンドが撃てた時の感覚に似ている。へぇ~。

 

「狙いが上に行っている。弾が出た後に反動が来るのでは無いぞ? 火薬に着火した段階からリコイルは始まっているのだ。無理に抑えようとせず、君の筋力でどの程度ずれるのかを考えながら撃ってみたまえ」

 

 なるほどだ。火薬が爆発した瞬間から反動がある……。意識してみると少し狙いに近くなった気がする。数発撃てば徐々に良くなった。

 

 ん? ん? 待って……。ガンドが自動的に撃てるのは、弾を作る作業を刻印が簡略化してくれているから……よね? 

 狙いを付けた指先から……呪いの塊が出て行く……。その前は……? 撃てという命令を頭で出して……それが刻印に伝わって……。けれど指から出る……その一瞬前に魔力は爆発している!? それだ! 

 バンッ! バンッ! 間違いない。一旦銃をアーチャーに返し、私は左肘まで袖を捲り上げた。アーチャーがニヤリとして片目を瞑った。やっぱり! 一発だけ撃ったガンドは、中らなかったけれどかなり狙いに近かった。

 ちらりと上目遣いに凜を見やれば、彼女も左袖を捲ってくれた。その黒い弾丸は動き回る騎士にボガンと中った! そういや、彼女は銃を左に構えていた……。

 

「これってそういう事!?」

 

 それから私は構えを変えて、銃を左利きの人みたいに構え直して撃ってみた。難しい。右利きなのに刻印は左。これもあるんだろうなぁ。そこからは黙々と撃っていた。アーチャーも無言で弾を交換してくれる。

 

「凛さん、良かったでしょう?」

 

 うん、本当に良かった。とても勉強になった。次に凜はエルヴァに声を掛け、マシンガンを持って来てくれた。

 

「MP5はまだ早くないか? マシンガンとしては反動が弱い方ではあるが、連射ともなれば反動が大きいぞ?」

「ですがフル・オートで撃ちませんと。せっかくの結界ですし」

 

 そう、さっきも言ったが、ここは結界の中なのだ。

 だから私も、物は試しと撃ってみたのだ。何より連射の感触を知りたかった。

 ドイツ製だというそれを撃った時、私はなんとも言えない爽快感を味わった。映画やドラマで『快感』とか言うのがあったと思うのだけれど、あれの意味がわかった。

 弾がギッシリ入った、弾倉って言ったっけ? それを4~5本撃たせて貰った。

 アーチャーや凜のアドヴァイス通り、強化を掛けて、銃が跳ね上がるのを防ぐ。何発か誰かの鎧に中り、クァ~ンと響いた。思わずガッツポーズを取ってしまった。

 本当だ。死なないってメッチャ安心感がある。良心の呵責も何も無い。これは良い! 楽しい! 

 

 やがて一回目の中身交換が終わった。騎士達の鎧はかなりくすんで見えた。紙一重と思えば結構掠ってたんだ? なのに誰一人として血を流していないはさすがだろう。ゼーゼーハーハー言ってるけれど。

 とは言え、あの宝具をこんな風に制御できるだけで、彼女の異常振りがわかろうと言うものだ。

 

「では2クール目行きますよ!」

 

 これは元の蔵に戻す行為で、またまた攻撃では無いらしい。けれど最初より明らかに速い。時々ガ~ンと凄い音が響く。騎士達はズタボロのボコボコだった。

 

「しかし、良く撃つな……君は。ローダーがあるからマシとは言え、マガジンに弾込めするこちらの身も考えて欲しい」

 

 ごめんなさい。だって気持ち良いんだもの。

 ちなみにそんなアーチャーが言うには、こんな剣が飛び交う中で、ガウェイン卿は『転輪する勝利の剣』という宝具を、ランスロット卿は『騎士は徒手にて死せず』という宝具で何本か奪い取った後に、『無毀なる湖光』という宝具をエルヴァに向かって放っていたらしい。

 けれど、その効果は全て極小泡沫世界に捕われ、エルヴァの手数を増やすだけに終わってしまったのだとか。強ぇな、おい! 全然気付かなかったわよ! 

 やがて一人二人と膝を折り、数十分後に全員が王の主を認めたのだった。

 これ、後で気付いたけれど、こんなに長時間、固有結界を展開できるアーチャーは彼だけだった。

 

「セイバー、円卓が交換だけで落ちたぞ……?」

「道理も正義もまだ話しておらぬのに、武力だけで……。あの脳筋どもは……やはりコブシで統治すべきでしたか」

「王が女性だったとなじる者が居ませんね?」

「まさか、まだわからぬ者は居ないでしょう。結局彼等には武あるのみだったのかも」

 

 そんなセイバーの言葉に反応する騎士が居た。

 

「そんな事は無ぇよ! お前ぇだから皆んな着いて行ったんだ!」

「ケイ卿……。本当ですか?」

「本当だとも! なぁ!」

「ですがランスロット卿は狂ってまで、私を殺しに来ましたが?」

 

 とんでもない爆弾投下だった。

 

「手前ぇ! 狂ってってどういうこった! あ!?」

「ランス! あなたという人は!」

「スッポンポンで御前を闊歩したのか!?」

「何やってんだ!」

「ち、違う! 私は……私は王に裁かれたかったのだ! ガウェイン卿、アグラヴェイン卿、ガヘリス卿、ガレス卿よ。私は、私こそは王に裁かれるべき者だったのだ。だが王は私を裁いては下さらなかった……」

「何を人のせいにしてやがんだ! 裁かれるべきはお前ぇの股間だ! 自分で斬り落とせ!」

 

 またも喧々諤々となる円卓の面々。セイバーが頭を振っている。当然よね。

 

「では、今から貴公を三枚に卸そう」

「それは捌くだ! 裁くとは字も意味も違う!」

 

 アーチャー渾身のツッコミだった。古代の英語は日本語に通じるものがあるのかと悩んでしまった。

 セイバーがエルヴァに尋ねた。

 

「エル。私は旧友であり、かつての部下であったランスロットに何を課すべきでしょうか?」

「グィネヴィア妃との不倫、並びにガウェイン卿の弟妹を惨殺した罪、及び国を割った因となった事。これらの罪は本来死罪です。ですが被告は既に死人。ならば現代の法に当て嵌め、1500年分の延滞料込みで3500万ポンドの賠償金が妥当でしょう。ランスロット卿よ、あなたに詫びる心があるなら、その金額を王に支払いなさい」

「うむ。卿よ、それが我が裁きだ。びた一文まからん。耳を揃えて支払え。それであなたの罪を水に流そう。またガウェイン卿よ。各々500万ポンドづつ、ここから配分しよう。それであなた方も水に流せ。良いな?」

「ハハーッ」

 

 そんなものかとなに気なく思ったけれど、3500万ポンドって日本円で約50億じゃないの? 1500年の延滞料を付けるとそうなるの? そもそも耳を揃えてって、どうやって返すの? 

 けれど兜を脱いだランスロット卿は晴れやかな顔をしていた。罪と罰。こういうのもタイミングと筋なんだろうなぁ。第三者には訳がわかんない話だけれど。

 

「しかし王よ、私はどうやって稼げば?」

「ふむ、まずは受肉して第二の人生を歩みなさい。一所懸命に働き銀行口座に3500万ポンド貯めなさい。寿命が尽き座に帰るその時まで、真面目にコツコツと生きなさい。真に愛する人を見つけ、子をなし家を築き幸福に生きるのです。そして現代の困窮した人々にその財を与えなさい。私の分はそれで結構です」

「ああ、なるほど。現代への流刑ですな。そして困窮した者に……王よ、名案です」

「私もその案を支持します。それならば当方の分は結構です」

「私も兄上に賛成です。どのみち座にお金は持って帰れない。ならば……」

「はい。現代の人達に分け与えましょう」

 

 ガウェイン卿の弟妹達が賛同を示した。どういう仕事で稼げとアドヴァイスしないところがミソね。

 

「決まりですね。一生懸けて償いなさい、ランスロット卿。あの狂乱の二週間も、この後の人生も、英霊となった我々には泡沫の一時でしか無い。我々の歴史は確定した過去でしか無い。しかし、あなたは未来に夢を託せる」

「と、言いますと?」

「そのお金で医者となり人々を救ける者が現れるかも知れない。また教師となり人々に相争う事の虚しさを説くかも知れぬ。その教え子が、また教え子に。卿よ、悠久の時を越えても人々が心に灯す光は同じだ。現世にも争いはある。しかし努力をすれば誰しもが幸福になれる。そういう時代なのだ、今は。卿よ、願いは時を越えるものなのだな」

「おお……確かに、確かにその通りです。承りましたとも、王よ……」

 

 何だか知らないけど良い話になってる!? 

 けれど、それは国を少しでも良くしたいと皆んな思っていたからだろう。ブリテンは滅びてしまったけれど、その願いだけは皆んな一緒で……。間違いなく、共有していたのだ。きっと。

 

「確かにランスロット卿には色々悔いの残る人生であったろうな」

「浮気で?」

「浮気か本気かそれは知らんよ。しかしあのセイバーが最も偉大な騎士とまで称したのが、ランスロット卿の息子であったガラハッド卿なのだ。13番目の危難の席すらものともせず、やがて探索先で聖杯を見付けた。その際に不倫が忌避されるべきものとしてランスロット卿は聖杯を見る事が叶わず、ボールス卿とパーシヴァル卿、そしてガラハッド卿のみが謁見を許されたと伝承にはある。その三人の中で一番高潔とされたガラハッド卿は、その直ぐ後に天に召されてしまったのだ。どう思う?」

「どうって……。ガラハッド卿に関しては理不尽だと思うけど」

「そうだな。その高潔である条件の一つが童貞である事だったとも言われている。先程エルが話していたパーシヴァル卿の逸話もそれだ。即ち、高潔であるためには、性交渉を認められない時代背景があったのだな。セイバーが男性として振る舞わねばならなかったのも、この時代背景があったからだ。魔術でナニを生やしても、魔術的なパスを継ぐ必要がないのであれば、それは子孫が望めぬ事が確定した虚しい行為だ。同性同士の性欲解消行為に他ならん。つまりは、当時の人から見れば不浄の極みだ」

「あ! そうなるわね?」

 

 じゃ、褐色のエルヴァにも、同性だからノーカンだと言ってあげれば良いのかしら? 

 

「そして当時の人から見れば、二重の意味で不浄だっただろう」

 

 どういう意味だろう? 

 ああ、わかった。セイバーと王妃の事だ。女性なのに王になった。これは不浄というより、タブーを破ったというべきだろう。

 けれど王妃とは……たぶん同性どうこうを越えて、二人には愛情があったのだと思う。セイバーって実直そうだもの。私の目から見ても、真面目で格好良いと思うし。

 となれば、セイバーと王妃のそれは同性愛だ。今時はそういう人も居るわよねで済みそうだけれど、それでも現実的に仕事の事や生活面で困る事もあるだろう。それが、そんな大昔となれば。これが二重の不浄の意味なんだ……。

 となるとランスロット卿は……? 

 

「もしかしてランスロット卿は、セイバーや王妃の汚名を逸らすために泥を被った?」

「さてな。真実を話せば身に不幸が降り掛かり、国が滅ぶ呪いでも掛けられたのか……。それは知らんが、話せん何かがあったとしても可怪しくはないだろうな」

「そうよね。そういう理由でも無い限り、お妃に手を出すってあり得ないものね?」

「そうだ。呪い、或いは王妃に取り付いた魔を払うためには、性交という儀式が必要だったのかもしれん」

「けど、それは想像よね?」

「そうだ。だが、文献にも伝承にも残らん事というのは確実にある。ましてやそれが口外できぬものであれば」

「ああ、誓いとか契約とか、ありそう」

「うむ。また表に伝わる伝承だけでも深いものがある。騎士としての彼は、己が姦淫の罪を恐れず、不倫などをする男だから息子を失ったのか……そんな風に悩んだだろう。またセイバーも、女である事を偽って婚姻などしたから王国は滅んだのか……と」

「そうね」

「勿論、今話したのは私の憶測に過ぎん。原因はそれだけでは無かったろうし、伝承よりもっとドロドロした下らん愛憎劇だったかもしれん。しかし、時代背景とその時代の社会通念は人を縛るものだ。魔道に生きる君も、現代の時代背景や社会通念からは逃れられん。それは覚えておく事だ」

 

 私は思わずアーチャーの顔を見上げた。

 確かに現代という時代、そこで通づる常識、これ等に私は縛られている。衣類から食料品、学校にお役所といった公的機関。いや、学校は年齢から来る限定的な縛りだけれど、それでも数多くの事に縛られている。

 これは歳を重ね、魔術師として生きている私が常々感じていた事だ。それが嫌だとかでなく、過去に遡る研究を続ける者が、その実自分の生きる時代からは逃れられない現実。そこが魔術師の抱える矛盾なのだろうと今の私は思っている。

 そして過去を紐解けば、その文献や伝承を残してくれた人もまた、当時の常識に縛られている。そこを見逃せば、真実にはたどり着けない。やはり……彼は魔術師だ。

 私はまだまだ子供で甘い。今回の倫敦でそれを嫌というほど自覚した。だから反省した後は前に向かおう。そう切り替えつつある矢先に発せられた言葉だったからハッとしたのだ。

 何か……内心を見透かされたような気がした。エルヴァの兄か。何だろう……ストーンと腑に落ちるなぁ。

 あ、言っておくけど、褐色のエルヴァの方よ? 白い方は……言っては何だけど、何かが違う。ルヴィアとはウマが合いそうだけど、私とはどこか合わない気がする。

 別に彼女を嫌っている訳ではないけれど、根本的に住む世界や価値観が異なっていると感じる。やっぱり私は褐色のエルヴァの方が安心できるなぁ。

 

「何だ、しばらく顔を観ねぇうちにいっぱしの事を言うようになったな?」

「ケイ卿、御前ですよ。控えなさい」

「固い事を言うな。そうか、その主のお陰か? なら、アーサーの主となりし者よ。アーサーを、妹を頼むな?」

「言われるまでもない、当然ですよ」

「チッ、小生意気なガキだが良い主だな?」

「兄上! 一言多い! エル、あの兄は、その……」

「さすがはあなたを形作った家族ですね。口調の端々からあなたを心配する心が透けて見えますよ。良いお兄様で羨ましい限りです。我が兄に爪の垢を煎じて飲ませたいものですね」

「「喧しいわ!」」

 

 アーチャーとケイ卿の声が重なった。それが可笑しかったのか、二人して含み笑いをしている。あれだ。妹に振り回される兄。その一点で二人はわかりあえたんだ。

 そしてエルヴァは、宝の山の中から神酒を取り出し、盃を配って皆んなに分け与えた。手打ちの酒だと言う。用意が良いわねぇ。私も頂いたが、信じられないほど美味しい。何これ? 

 

「美味い! なんという酒だ……」

「見事だ……。このようなものが存在するとは……」

 

 円卓の騎士も口々に褒め称えた。

 

「こんな美酒を死蔵していた王が、その昔に居たのですよ。Prost!」

 

 フルーツや軽いおつまみまで出して数回乾杯した。

 

「何でピーナッツやアーモンドが?」

「ここで寿司や刺し身が出て来たら嫌だろう?」

「何を言ってるの? そりゃ、生モノは海外の人だと口に合わないと思うけど」

「そうでは無い。あの宝具は何でも取り込め、なおかつ中で時間が止まり腐らんのだよ。それがわかっていても、2ヶ月も3ヶ月も前に握られた寿司なら嫌だろう?」

「それを最初に言いなさいよ。それで乾き物なのね?」

「そうだ。フルーツも円卓の者しか手を付けておらん。セイバーも大概だな」

「ああ……彼女、避けてるのか……確かにそれはねぇ」

 

 大きな瓶を一つ飲み干した後、一人二人と座へ戻って行った。誰もが上機嫌な赤ら顔で。次に喚べば飲酒召喚でペナルティがあったりしたら面白いわね。

 

「今、還る時の魔力とエネルギーをそっくり頂きました。そして座標もゲットです」

「え?」

「さぁ、時計塔なら幾らで買い取ってくれるでしょうね?」

 

 円卓八騎+ランサーで計九騎。英霊九騎分が座に還るチカラを宝具に取り込んだっての?! それに座標も!? 

 

「聖杯戦争って何だったのよ~~ッ!?」

 

 私は心から、いや魂の底から叫んだ。

 やっぱりコイツは可怪しい。それができるできないもあるけれど、発想が奇想天外だ。

 結局ランスロット卿は白いエルヴァが仮契約を交わし、日本に従者として連れ帰る事となった。コイツは、何人の英霊を支えられるのだろうか? 一体、どれだけの魔力があるのだろうか? 

 私も魔力が多い方なのだと、時計塔に行って実感し嬉しかったものだが、コイツは桁が違う。本当に人間なのか? 

 そうしていると、褐色のエルヴァとセイバーが帰って来た。何か雰囲気が暗い。守備は良くなかったようだ。

 

「アーサーが二人!?」

「おおッ! 誰かと思えばランスロット卿! よもやまたも狂って迷い出たか!」

 

 "只今、座や並行世界について説明中です。しばらくお待ち下さい。"

 

「こんなテロップを誰が観ていると言うのだ!」

「お兄ちゃん、一々煩い。若白髪が大脱走しますよ。パ~パァパパパンパァ~パパッ、ダラダラダダダッ♪」

 

 何かのマーチ? アーチャーが盛大に悔しがっている。何でよ。

 

 ここでナレーターから補足しよう。

 遠坂司郎の父親はハゲである。幾ら心の底からオレの父親は衛宮切嗣だと叫んでも、DNAは越えられないのだった。

 

「喧しいわ!」

 

 そっちじゃない、こっちだ。

 

「はぁ~、並行世界ですか。となれば私はどのアーサーに……」

「先程は偉そうに話しましたが、あなたは彼女に仕えなさい。そちらのエル、魔力は?」

 

 それに褐色のエルヴァが答える。

 

「オリジナルのあちら程ではありませんが、後二人くらいは大丈夫ですよ」

 

 アンタも凄ぇなおい! でも、さっき魔力が空っ穴になったのは……? それだけ奪われたって事? 

 そうか! 彼女の魔力が英霊召喚と維持に使われたんだ! それなら霊脈から引っ張るより手っ取り早いもんね。

 何よりホテルと部屋がわかっているんだから範囲も絞れる。となると彼女が敵に狙われていたって事かしら? 

 あ、でも。もしかしたら……エルヴァは白いエルヴァに囮を進言していた? そうだ、その可能性がある。実際、早く帰りたがっていたんだし。

 って事は、魔力供給も覚悟の上だったの? いやいや、そうとなれば彼女達よ? 男性器じゃない別の礼装なり何なりを用意するでしょう? となると……。予測はしてたけど、囮作戦がぶっつけ本番だった? 

 いや……。白いエルヴァが、褐色のエルヴァが提案した囮の案を却下した……。何故かそんな気がした。そうよ。バスルームが結界から外れているなんて、彼女ならわかっているはずだもの。

 けれど、たまたまお風呂に居た彼女は、外部からの罠を察知して敢えて乗った。うん、それだ。だから黒幕を取り逃して、こんなに悔しそうな顔をしているんだ。

 

 

「で、どうでした?」

「逃げられました。エクスカリバーの光ごと消えたという感じです」

「やっぱり。不思議に思っていたのですよ。お兄ちゃんの結界もそちらのエクスカリバーの余波で消えると予測していたので」

「先輩、並行世界に逃げられたのでは?」

「相手は大師父だったと?」

「円卓が9人ですよ? その前にクー・フーリンで。魔力に座標。どう考えても大師父以外には考えられません」

 

 白いエルヴァが首を捻る。

 

「エル、試されていたのでは無いか?」

 

 アーチャーが思案顔でそう言った。

 

「君も気付いているだろう? 最初の骨が引っ張っていた戦車かランサーが、時計塔とハートレスだ。どちらがどちらかはわからんが。しかしあれだけの人数で召喚された円卓は宝石翁だろう。ただし、この場のこの流れに乗っただけだと思うがな。まさか君の宝具に対して、彼らが引くとは思わなかったろう。そこで正体がバレる前に逃げたのだと思うが」

 

 私もその線だと思うのだけれど。

 

「そんなものですか……。つまらないですねぇ……」

 

 コイツ、やっぱり何か違う。揉める方が良かったのかよ?! 

 

「明日、たぶん先方から大師父がお会い下さると連絡があるでしょう。そこで全容がわかれば良いですが、すっとぼけるだろうなぁ」

 

 固有結界がスーッと消えて行った。白いエルヴァはバッキンガム宮殿を指差していた。

 

「良いタイミングで、あそこにエクスカリバーをブチ当てようと思っていましたのに」

「何を考えとる!」

「47番と彼女のセイバーのために、時計塔と言わずこの国ごと。一つくらいそんな並行世界があっても良いのでは?」

「良かないわ! バカモン! その時は守護者として動かせて貰うぞ!」

「往くぞ! お兄ちゃん! 剣製の準備は整ったか!? 人生も姓も理想も偽物だったお兄ちゃんが、私を越えられるか!」

「煩い! お前こそ盗品だらけではないか!」

「盗品と言えど、堂々と相手を斃して奪った本物で~す。誰かさんの無許可で粗悪な中華製パチモンとは違うのですよ? 何でしたっけ? 干渉するな馬鹿野郎でしたっけ?」

「クソッ! ああ言えばこう言う! 一発殴らせろ!」

「ケッ! そのツンツン髪で『No future for Me~?』とでも歌っとけ!」

 

 そして子供染みた追いかけっこが始まった。公園の端から端まで使って走っている。体力あるなぁ。しかもかなり速い。

 エルヴァもアーチャーも、それを見守るセイバーも凜も笑っている。それに釣られて褐色のエルヴァも、彼女のセイバーも笑っていた。ランスロット卿は最初キョトンとしていたが、いつの間にか笑っていた。

 そっか……。50万人もの部下や従業員。住む世界が私とは違い過ぎるのか。それが違和感となるだけで、素の彼女はこんな子供っぽいところがあるんだ。

 

「リン、周囲に何か感じますか?」

「いえ、魔力残滓は漂っていますが、トラップなんかの仕込みは無いようです」

「なら、本当に終わりですね」

 

 セイバーがホッとした顔をする。

 

「私ならこの瞬間を狙うのに」

「追いかけっこで索敵完了だろう?」

 

 それで端から端なのか。抜かり無いなぁ。

 ホテルに戻り、凜が私達の部屋の結界を開くとモードレッドが激おこだった。

 

「お前ぇの結界、堅牢過ぎるだろ! マスターを起こせねぇんだから、外の様子くらい観させろ!」

 

 凜はシーッと言って、モードレッドを白いエルヴァと凜の部屋に誘った。

 モードレッドはちょっと待ってろと、中のマアエモさんに二言三言残して……。

 ちらりと見えたが、モードレッドは眠っているエルヴァの頭を撫でていた。マアエモさんの手を握っていたエルヴァが、そこでニコリとした。なんか良い関係だ。

 

「マアエモさんの魔術でも無理でしたか?」

「ああ、無理だったぞ!」

「凜、うちのマーヤ・ママではありません。解除キーを知らないのですから」

「あ、そうか。ごめんなさい、モードレッドさん」

「まぁ、全員無事なら良いけどよ……」

 

 気難しそうに見えるけど、あの頭を撫でているシーンを見てしまうと。

 

「そちらは?」

「ああ、マスターも回復した。スヤスヤ眠っているよ。オレも、もう大丈夫だ」

 

 そこにひょっこりと続きの間からランスロット卿がやって来た。

 

「お湯を沸かすのはどうやって……?」

「て、手前ぇ、ランスロット!」

「おお、モードレッド。奇遇ですね。こんなところで何を?」

 

 そこで再び説明タイムを挟んだ。

 

「精々、気張って稼ぎな」

「言われるまでもない。それより王よ。この者に罰則は無いのですか?」

「ありますよ」

「な、な、何でぇ?」

「第二の人生を歩むも良し、此度の事を終えて座に帰るも良し。ただ……モードレッドよ。主だけは必ず護り通しなさい。そして父を追うのでなく、その胸に抱く王国をこそ護り抜き、唯一無二の王となりなさい。それが罰則です」

「お、おう……?」

「その王国をあの子と築けるのなら、楽しみですね」

「え? あ、ああ……そうだな……」

 

 そしてモードレッドは黙り込んでしまった。セイバーの言葉は、かなり抽象的だったがモードレッドには届いたようだ。二人のエルヴァも笑っていた。

 やがて白いエルヴァが話題を振った。

 

「モードレッドは5月1日生まれですよね?」

「ああ、そうだぜ」

「5月1日生まれの子供を全部海に流したって伝説は本当ですか?」

「エル! 何を訊くのですか!?」

「マーリンの入れ知恵だろう? けど、流したって報告は偽物だったそうだ。生前のロット王がそうしたらしいけど」

「え? あなたを含む赤子を救ったのはペリノア王だったのでは?」

 

 何だろう。伝承と違うのだろうか? 

 けれどエルヴァはモルガンが嘘を教えていたか、両方の話が正しく、ロット王もペリノア王も赤子を救おうと動いた可能性が高いだろうと後で教えてくれた。

 と言うのも、この伝承はキリストの伝承と余りにも酷似しているからだ。出生率や罹患率の高い昔に、赤子を殺すとはどれだけ罪作りな行為か。

 キリストの伝承はその非道さを強調する事で、赤子の尊さを対比して表現しているに過ぎないだけだろうと。そしてこの対比がわかりやすいので、後々語り部や物語を書く作者のトレンドとなったのだろうとも話していた。なるほど。

 それに本当にこんな事をしたのなら、マーリンという奴はアーサー王に殺されているはずだとまで言い切っていた。言われてみればそんな気はする。

 ただ、モルガンの夫はロット王でガウェイン達兄妹の父でもある。そしてモードレッドの養父でもあるのだった。

 伝承を紐解く場合、こういう風に読んでいる私達の主観で解釈が変化しやすい。しかも現代の社会通念や常識という名のフィルターを、無意識に通して。

 こんな風に考えたのは、きっとアーチャーの言葉があったからだ。そう考えると、エルヴァの柔軟な発想も伝承を調べる上で培われたものなのかも知れないと思えた。

 彼女は研究者としてなら、降霊科か伝承科が向いているのだろう。

 

「予言がそうだからと赤子を殺せとは。古今東西ありがちな話ですが、ハハァ~ン、最後の最後でマーリンを幽閉したのは私みたいなタイプの人ですね。お前のウスラボケた予言の方がよっぽど国を割るッつうの」

「だよな? オレもあいつは嫌いだったぜ。マシな事も言うんだろうけど、全部鵜呑みにしてどうすんだってな」

「モードレッド、あなたが諸侯と組んだのは、やはり知恵者が欲しかったからですか?」

「ああ、同じ裏切るなら文官から入れ替えたかった。父上の指摘通り、オレはそっちに疎いからさ」

「なるほど、帳簿の数字が合わないってあれですか?」

「そうそう。パブで散々言われたよ」

「ですがモードレッド。神輿として担ぎ上げ、後はあなたを棄てる算段だったと思いますよ」

「わかっていたよ、父上。けどオレはそれも上手く纏める自信があった」

 

 白いエルヴァと彼女のセイバーが中心となって話している。褐色のエルヴァのセイバーは時折頷いたり、溜息を吐いたり。役割分担が決まっている感じだ。

 

「諸侯それぞれのパーソナルデータを入念に調べてあり、財産や情婦に隠し子の居場所までも知っていたとか?」

「お前、スゲェな? さすがは父上のマスターか?」

「あなたのマスターの7年後ですよ、モードレッド」

「そういう事だな」

「よく調べましたね。しかし、人材不足が響きました。あなたも私も」

「それは認めるよ。確かに人材が少なかった。優秀な騎士の名は残っても、優秀な官吏の名が歴史に残っていない」

「ほぅ、それは幼いエルヴァに?」

「ああ、コンコンと言われた。現代まで名が残る名軍師や名大臣が居ないから、魔術師や騎士が台頭するんだって。そんな軍事政権が長続きするはずが無いってな。作物を育て家畜を肥えさせ、民を幸福にできない国家は破綻して当然だと言われたよ」

「その通りです。当時はそんな事を言ってられない程、外敵は多く、国は疲弊し、国民は疲れていたのが実情です。ですが民を幸せにできない国家は、内輪揉めで滅びて当然です。むしろその方が民のためでしょう」

 

 セイバーは目を瞑って話していた。

 

「モードレッド、マスターから学びなさい」

「ああ。まだまだ子供だけど、あいつは良い奴だ。このまま傍に居られたならって思うよ」

「なら、胸に秘めず必ずそう話しなさい。残るために必要な方法は、我がマスターが妥当な方法を提供して下さるでしょう」

「そうだよな。あいつの7年後なんだよな……」

「7年、7年と。天怒りて非道を断つ! 喰らえ、七年殺し!」

「ヘアッ!?」

「ひゃッ!」

「おひょっ!」

「うがッ!」

 

 円卓の騎士が尻を押さえていた。

 

「な、何をしたの?」

「肛門にガンドです。呪いを直腸注入ですよ」

 

 グギュルルル……。ゴギュルルル……。

 

「ちょっ、お腹が! ト、トイレ、トイレ!」

「セイバー、そこは私の! 仕方ない隣の部屋で、ヌオッ~~!」

「マ、マジか。そうだオレも自分の部屋のトイレへ……グ、グガァ~!」

「うううううおっ! こ、これは……王よ! お慈悲を! 早く出て下さい!」

 

 阿鼻叫喚だった。

 

「凛さん、これが本物のガンドですよ。人の本能に根ざす三大欲求や生理現象に直接訴える……」

「ああ……」

 

 これを最初に行えば、どんな大英霊でも敵では無い。無茶苦茶卑怯だけど。

 

「凛、不思議に思わんかね?」

「え?」

「我々は死者だぞ? そしてセイバーはまだ受肉しとらん。つまり、あの便意は錯覚だ」

「錯覚!?」

「そうだ、錯覚だ。見ろ、あのランスロット卿の全てが終わらんばかりの顔を。セイバーは籠もって何をしているのだ?」

「人を超えし英霊にも通じる呪い。壁を破壊できてもガンドではありませんよ?」

 

 そうだ。言われてみればこの呪いこそが、本質に迫ったガンドと言えるだろう。何か……皆んな、私にガンドの事を教えようとしてるわよね? 

 

「けど、対魔力の強そうなセイバーにまで何で?」

「呪いだからですよ。魔術じゃないんです。私達の知るそれとは全然違う術式と法則で編まれているんです」

「そういや呪術師でもあるって言ってたわね。知ってる呪術と違うのか……」

「ええ、違います。呪術はご存知のように、手順や方法を間違えば己に跳ね返るものです。なので魔術師の世界では忌避され、本物が残っていません。けれど先輩の家には、数千年も前の呪術が今だに伝えられています」

「そういう事か……。ここまで……私達が知るそれとは差があるのね?」

「はい。それとタイミングに悪意はあれど、これはこれで純粋な医療行為なんですよね」

「は? どういう意味?」

「タイミングに関してはイタズラです。たぶん円卓の人々の話し合いが、先輩にはつまらなかったのでしょう」

 

 つまらないからって……。

 

「で、何で医療行為なのよ?」

「死んでから何千年も排泄行為をやってないんですよ?」

「そうだ。ある英霊は受肉化後に寝小便を盛大にやらかしたからな」

 

 長姉のアルトリアの事である。アインツベルン家では、この話題はタブーなのだ。

 

「ああ、感覚を忘れているからなのね?」

「いえ、忘れてはいないんですよ?」

「要は催さんのだ。それが受肉化後の弊害だよ。魔力の余剰分が腸や膀胱を一気に活動させる。それにある意味凛の言い分も正しくてな。頭でなく身体が先に思い出すと言うか」

「ああ、なるほど。身体の欲求が脳に来ないのか。それに慣れさせないとダメなんだ?」

「そういう事だ。それにこればかりでは無い。食わんタイプは栄養不足で倒れたりするからな」

「食欲も……」

「そうだ。腹が減るのは栄養を身体が欲っしているからだが、これまた君が察した通りで受肉したばかりの脳に届かんのだよ」

「なるほど。神経回路の話なのね。そういうのもあるんだ?」

 

 そうよね。一度は死んだ者を現世に肉を持たせ留めおくのだ。何かと不都合はあるだろう。これは単なる死者でなく、英霊という存在だから可能だったある種の反則技だ。それができる段階であいつは異常なんだけど。

 しかしこの研究の先には、当然死者の復活なんかも考えている? あのエルヴァだしなぁ……と、諦めにも似た感情を抱く私だ。けれど、勉強になるなぁ。

 

「うぅぅぅぅ……」

「泣くなランスロット。君のその漏らした感覚も、尻の感触も、全部錯覚だ。君は何も失敗していない」

「し、しかし、先程から……と、止まらないのです……ぅぅぅ。ま、孫まで居るのに……」

 

 ガラハッド卿は未婚だったが、ランスロット卿にはガラハッド卿他に娘が居た。その子供の事である。

 憂いを帯びたイケメン騎士は漆黒の鎧よりも黒く染まっていた。老人の悲哀というものに。

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