プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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03、作戦会議

 午前12時を回った頃、紅茶を頂きながら対策を練っていた私達の下にオーギュストさんが駆け込んで来た。

 

「お嬢様。これをご覧下さい」

「弾の解析結果ですわね。いかがでしたの?」

「はい。弾はライフル用の自家ロードですな。308 winchester、いえ、243 winchesterのいわゆるワイルドキャットで、22-243です。かなり珍しいチョイスです」

 

 ワイルドキャットとは、口径の異なる弾頭と薬莢を組み合わせて作られた、レギュラーで市販されていない弾を指すのだそうだ。そんなのを作る知識が相手にはあるのだとオーギュストさんが指摘した。

 

「そして問題はこの弾頭です。割ってみますと何かの粉末が。これを調べますと、魔術的に処理された人骨や鉄粉を鉛で固めたものでした」

「人骨に鉄粉?」

「はい。おそらくは何かに纏わる、ある種の呪術効果を発揮するのでしょう。これ以上は……引っ越し前の今の設備ではわかりませんでした。ただ、気になる事がありましたので、別件ですが調べました。そこでそちらの資料を御覧下さい。急いでおりましたので平文ですが、十年以上も前に魔術協会や聖堂教会を震撼させた、ある男のデータです」

「ある男……?」

「ええ、どうぞお目をお通し下さい」

 

 ルヴィアが受け取ったリポートは30枚くらい綴ってあった。

 

「なっ!? 何ですの、この男性は?!」

「ええ。斃された相手の悪行の凄まじさ。私も大概な事を見て来ましたが、ここまで悪逆非道な者はおりません。実に痛ましいものです。そしてそれ等の悪党を止めた男が、その資料にありますK.Emiaです。やり方は眉をひそめざるを得ませんがな。そしてこの男が使っていたとされるのが、30-06 sprigfield弾と言われております。その謎とこの謎が同じとは申しませんが、弾薬を礼装とする魔術師は……」

「まず、いませんわね。礼装……血管に神経やリンパ節のみならず魔術回路までが?」

「ええ。犠牲者は全員あり得ない状態で発見されています。それ故に礼装と推測されております」

「そう考えざるを得ませんわね」

 

 かなりのチカラで殴られたのか、時々ルヴィアは顎を左右に動かしている。もしかして外れていた? 

 私もオーギュストさんから回されたリポートに目を通した。ルヴィアのはフィンランド語で私のは英語だった。わざわざ用意してくれたのだろう。ありがたい。

 受け取る時、オーギュストさんがなんとも言えない顔をしていた。この時に気付くべきだったのかも知れない。

 

「ふむふむ……。人体実験を行っていた魔術師をバスごと爆破ァ! え? こっちは魔術師に乗っ取られた飛行機を乗客ごと爆破……? あ、死徒蜂によって乗客が屍食鬼になっていた可能性が高いとあるわね。合計で100人近い非道な魔術師や死徒を殺害していて、仕損じ無し……?」

「そうです。そしてその内の礼装による殺害が、推定ですが37人ですな」

「な、何なのこの人? それで付いた二つ名が魔術師殺し……か」

 

 ハンターだ。それも最前線を戦って来た、本物のハンターだ。

 

「うん? 十年前に第四次聖杯戦争に参加……? これって何? 戦争? 魔術儀式? 聖杯ってあの聖杯なの? 聖杯を奪い合うのかしら? こんな儀式か何かがあったなんて、時計塔で習ったっけ? どこで行われたんだろう?」

「凛様。失礼ですが、あなた様の経歴は全て調べてあります」

「それはルヴィアのためにも当然でしょう。それでこの男性は?」

「フリーランスのハンターですな。二十年程前から活動を始め、中南米やバルカン半島で名を売った凄腕です。それが十年前から消息が不明なのです。おそらく、その聖杯戦争とやらを生き延びて、この冬木に居を構えているのだと思われます。住所はまだ不明ですが」

 

 困ったようにオーギュストさんが言う。

 冬木に? どうしてこの冬木に魔術師殺しと異名を取るような男が? K.Emia……。Kはファーストネームの頭文字。Emiaがファミリーネームか。

 エミア……日本人では無いだろう。冬木は昔からの港町で、海外からの移住者も多い。きっとそういう土地柄を利用して紛れ込んでいるんだ。

 目線が痛い……。オーギュストさんは確信しているのだろう。今回のルビーの件はそれと関係あると。

 けれど公園で目覚めた私は、あの家の場所や特徴に関する記憶を失っている。漠然と隣の家が思い出される程度で、街並みすら憶えていない。

 しかも単なる暗示や記憶消去でなく、もっとハイレベルな魔術を使われたのだとだけはなんとか理解できる。それがわかるのが余計に痛い……。

 

「オーギュスト。その者には娘が?」

「それもまだわかりません。ただ現在判明した範囲で、その第四次聖杯戦争に参加したのはEinzbernからとだけ判明しております」

「Einzbern?」

「ああ、これアインツベルンって読みで合ってたんだ?」

「はい。その聖杯戦争という儀式の実質的な主催者だったようですな」

「それはどういう儀式でしたの?」

「残念ながら。大掛かりな降霊術だったという情報と、聖杯やら戦争やらというワードから察するのみです。その聖杯を用意するのもそのEinz……いえ、アインツベルンとありましたから意味不明ですな」

「ですわね。一陣営、しかも主催者が用意した賞品を競う? 訳がわかりませんわ」

「はい。ただ、開催されていた事だけは事実のようです。聖堂教会側の資料なりを入手できれば良いのですが、そちらのルートは旦那様でも難しいでしょう」

「そう……。あなたが探れないとは……。なら、どんなイベントかは一先ず措いて、そのアインツベルンとはどんな家ですの?」

「今の若い魔術師は知らないと思われますが、ドイツで千年以上も続いた名門中の名門だったのです。とは言え、私も若い頃に小耳に挟んだ程度です。自給自足と申しますか、一族内で何もかもが揃うらしく、外部との交流が皆無な家らしかったようですな」

「時折聞きますわね。そういう家を。しかし、魔術で補えるライフラインはともかく、食料もですの?」

「そうです。仮に外部から購入していたとしても、そのルートすら皆目わからんのですよ。見事なものです。そんな家が十年前に完全に壊滅したとされております。資料には書かれていませんが、同族が別に残っているとの情報もあります。が、名を変えているのか……何も引っ掛かりません。再調査は極めて困難ですな。ですが調べた限り、聖杯戦争には他に二家絡んでおりまして、そちらはなんとかわかりました」

「それは?」

「11枚目をご覧下さい。Makiriと呼ばれる家とTosakaとあります」

「え? Tosaka?」

「ええ。凛様、それはあなた様の遠坂家だったのですよ」

「ええ~っ!?」

「やはりご存知ありませんでしたか。おそらく誰かが、この儀式か戦争を徹底的に隠蔽工作したのでしょうな」

「待って! 両親が亡くなったのが十年前なのよ……?」

「はい。崖崩れに巻き込まれたと調べが付いております。ですが、その儀式があったが故に崖崩れが起きたとも考えられませんか?」

「ウソ!? じゃ……じゃ……父と母の死は事故じゃ無かったって事?!」

「それは私にもわかりませんでした。ただ、幼いあなた様には情報が入らぬようにされていたのでしょう。それが先代の配慮なのか、第三者による隠蔽の結果なのかは不明ですが。いずれにせよ、継承すべき魔術以外──つまり先代の死に纏わる事を含む様々な情報が、言ってはなんですが遮断されていたのだと」

「ああ……そのようですね……。となると、オーギュストさん。つまり……聖杯戦争の舞台はこの冬木だったんですか?」

「左様です」

 

 私は唇を噛む以外なかった。

 なぜなら、家のどこにもそんな儀式に関する資料が無かったからだ。そして、もしそれが隠蔽工作の結果なら、誰かが私の家に何度も侵入していたという事が確定だ。

 

 今の私の家は、私が中学生時代に建て替えたものだった。だから未熟だった部分はあると思う。けれど、結界は次々に強くしていったし、工房は前の家の地下室そのままなのだ。

 となると……玄関の魔術鍵も様々なトラップも工房の中も全部……。

 その証拠が宝石箱の手紙と弾なのだろう。これでセカンド・オーナーだなんて……。

 

「ルヴィア。申し訳ないけど、全部片付くまでこちらを拠点にさせて欲しいの」

 

 私は迷った。相手は妹の……桜の事まで知っていた。もし両親の死因が事故でなく、その聖杯戦争という儀式に於ける殺人の結果なのだとしたら……。少し指が震えたので、思わずテーブルの下に隠した。

 

「……当然、そうなりますわね。オーギュスト、部屋の手配を」

 

 そして出て行ったオーギュストさんが戻るまで、ルヴィアと私は声を発する事が無かった。今はその沈黙がありがたかった。

 戻ったオーギュストさんにルヴィアが尋ねた。

 

「そのアインツベルンは、何を目指し何を得意とする家だったかわかりますか?」

「目指すは第三魔法の再現とあります」

「再現? 一度は届いたという意味ですの?」

「その解釈でよろしいかと。そして錬金術を基礎に置き、流動と転換を特質とし、ホムンクルスの鋳造を得意とする家だったようです」

「流動と転換。アプローチは異なれど似たような結果を。往々にしてありがちですが。しかしホムンクルスを?」

「人造生命体……。擬似的なものは何度か見ているけれど」

「はい。ホムンクルスやそれに近い人造生命体を造っている家はそこそこあると思われますが、アインツベルンのそれは人と変わらぬ完璧さだったそうです。そして個体に於ける多少の差異はあると思われますが、その特徴は銀髪と紅い瞳だとか」

「ビンゴ! それだわ」

「ミス・トオサカ。となれば、セカンド・オーナーのあなたは……」

 

 ルヴィアの言いたい事はわかる。逆の立場でも同じ考えに至るだろう。

 完璧と形容されるほどのホムンクルスを造る技術を持つ魔道の名門。それを壊滅させたか、断絶に追い込むチカラを持った相手。

 そして娘達は、その名門の血を引く者達だと考えるのが妥当だ。だからあんな大魔術を軽々と……。

 何てこと……。ルビーが飛び込んだのはそういう家だったのだ。

 

「カードの事に関しては協力できましても、その後の事は知りませんわよ?」

「それは当然。頼むなら正式に対価は支払うわ。とは言え、居場所を突き止めてみても、実際に霊脈の使用料や居住料を取り立てに行けば……」

「ハァ……難儀ですわね。私と限らず第三者への依頼料や諸々に掛かる経費と、取り立てる居住料が釣り合わないでしょう? オーギュスト、あなた個人としてこのような依頼があれば引き受けますか?」

「魔術師殺し……Emiaという名は今回初めて知りましたが、その二つ名は有名です。引き受ける者は余程の馬鹿か、腕に覚えのある者だけでしょうな。私が凛様ならワシントンポストに『G13型トラクター求む、委細は面談の上にて。連絡乞う』と広告を出すか、某刑務所の囚人に『賛美歌13番』をリクエストしてくれと手紙を出しますよ」

「はい?」

「オーギュスト。それはあなたが好きなコミックでしょう?」

 

 なんと漫画に出て来る凄腕の殺し屋の事だった。

 けれどそういう架空の人物に頼りたくなる程の相手が、魔術師殺しなのだとオーギュストさんは言う。

 

「ミス・トオサカ。あなたのプライドもわかりますし、色々と調べて探りたい事があるのも理解できます。ですが、現状私どもはその男性の娘と思わしき者達にも負けていますのよ?」

「先程の敗退は無益な殺生を避けたいが故に、敢えて見逃されたとも言えますな」

「ええ、オーギュストの言う通りですわ。そして任務の邪魔はしない、一般人には手を出すな。このメッセージの意味ですわ」

「なんとなく憶えてる、あの家のお隣を一般と言うなら納得だわ。けど、どう考えても彼女達は一般人じゃないでしょう? しかも任務の邪魔をしないと残しつつ先を越されている訳だし」

「凛様のお気持ちもわかりますが、もう少し冷静に離れて考えませんか?」

「え?」

「先を越されたという発想ですよ。私もお嬢様から聞かされておりますので、カードの危険性は承知しております。ですが、もしもですぞ? その魔術師殺しが既に引退しており、世間の耳目を避け、ひっそりと暮らしていたのなら……」

 

 寝ている虎の尾を踏んだのは私か……。

 

「とは申せ、コトはそう単純でも無いと思われます。お嬢様、これは時計塔も洗った方が良いかも知れませんな。ゼルリッチ様の威光と権威はあっても、お二方を任命されたエルメロイⅡ様はロードになられて十年も経っておりません。ですから時計塔では若輩とされ、微妙な立場でもあります。あちらのパワーゲーム次第で天秤は簡単に傾くでしょう。罷り間違えば、お嬢様方が反逆者に貶められる可能性も無きにしもあらずですぞ」

「ですわね。エルメロイⅡ先生は貴族主義派とは言え、民主主義派寄りの考えをお持ちの方。父もまた民主主義派の理事。裏で蠢く者がいそうですわね」

「憶測ですが。お嬢様方の失敗はエルメロイⅡ様の失敗です。民主主義派の引き抜き工作では?」

「父? トランベリオ……? いえ、先生は当代のバリュエレータのお気に入りと聞いた覚えがありますわ。ですが先生は誰よりも事故死した先代エルメロイを敬愛なさる方。今更、貴族主義派から離脱するとは思えませんわ。何よりあのライネスがそんな勝手を許すはずがありません。しかし、既に魔術師殺しがカードの強奪、或いは先生の失脚を目論んでいる相手から依頼を受けていたとするのなら……」

 

 ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。

 現代魔術科のエルメロイ教室に時々顔を出し、他科の講義にも出ている一風変わった少女だ。

 彼女はエルメロイⅡ先生の義妹であり、現エルメロイ家の当主でもある。成人すれば現代魔術科の講師から始まって、ゆくゆくはロードとして君臨する事が約束された生粋のお嬢様なのだ。ただ、性格にやや難がある子だけれど。

 けれど先生とライネスは、英国人らしい嫌味の応酬はあっても深い絆があると私は思っている。これはルヴィアも同じ見解だろう。となればそこを崩して現代魔術科を手中に収めるために、魔術師殺しが誰かから依頼を受けているのだろうか? 

 それは十分考えられる事だ。私は一気に頭が冷えたのだった。

 

「なるほど。では、時計塔の存続に重きを置く法政科の暗躍でしょうかな。大胆な仮説ですが、お嬢様。現状維持を望むのならゼルリッチ様も過去の亡霊です。ましてや反省点は多々あれど、術者を裏切る礼装貸与も怪しいと言えば怪しいですぞ」

「オーギュスト……。疑えばキリがありませんわ。それにサファイアは元々が当家の秘宝です。宝石翁が時計塔にお立ち寄りになられた事と、私の時計塔入学が重なりましたので、それを機に手土産代わりにお預けしただけですの。所有権はいまだ当家にありますのよ。これはトオサカも同じはずですわ」

 

 ルヴィアの言葉に私も頷く。

 私の場合、大師父が作った過去の礼装を見せる事で、ポロッと宝石剣に関するヒントでも出ればと考えたからなのだが。ルヴィアも似たようなものだろう。

 ただ、ルビーを持って日本に向かえと指令を受けた時、時計塔で再調整してあると聞いていた────。

 その調整が能力や性格のためでなく、絶対的な命令遵守のためなら……。つまり、私達使用者への服従でなく、時計塔だけへの絶対服従なら……。

 

 そうとなれば、私と組むのが嫌だとダダを捏ねるあのステッキは、任務遂行に協力してくれる第三者と契約せざるを得ない訳だ。もしかして私とルヴィアが、魔術師殺しの仕事を作ってしまった……? 

 だってそうだろう。あのステッキは言葉が話せる。時計塔の内情が魔術師殺しに漏れれば……。

 そうだ。この可能性もあるのだ。依頼を受けたのでなく、今回の事件を契機に仕事を寄越せと、直に時計塔と取り引きした可能性……。

 天国のお父様、お母様……。遠坂は私の代で終わるかも……。

 

「そうでしたか。失礼致しました」

「いいえ。それでも時計塔にはスパイを。父には内密な者も何人か用意なさい」

「アンタ?」

「父も立場のある人間。表もあれば裏もあるでしょう。密かに動いて欲しいとの願いがあるやも知れませんし、動くなとの逆の真意があるのかも知れません。何れにせよ情報は必要ですわ。ですからオーギュスト?」

「はい。聖杯戦争のより詳しい情報ですな。そちらは手配済みです。中々情報は集まりませんが」

「まるで過去の亡霊が現れたかのようですわ……」

 

 その気持ちはルヴィアより私の方が強かったと思う。

 聖杯戦争……。一体何だ? その儀式が私の両親を奪った? それは十分考えられる事だった。過去の亡霊……か。

 

「何かがありますわね。ホワイダニットは例外……ですか」

「それは? お嬢様?」

「いえ。エルメロイⅡ先生が魔術師が関わる場合、ハウダニットとフーダニットは意味がないと仰られた事があって」

「なるほどですな」

 

 なるほどだ。

 ハウは『手口』、フーは『誰が』。これ等は魔術師だと意味がない。けれどホワイ。『動機』は探りようがある。

 ミステリーの殺人事件では無いが、今回の件も当てはまりそうな気がする。あの銀髪の姉の強さに目を奪われているだけではいけない。

 脅迫メッセージもそうだ。何故、それをわざわざ私の家の宝石箱に置く必要があったのか、だ。単なる脅しだけでなく、真実を探せという意味も? 

 かなり好都合な解釈だが、今も生きている自分を振り返ってそういう気もする……。犯人に依存するような思考は悪い傾向だけれど。私は桜の身辺調査をすべきだと考えるに至ったのだった。

 

「ふ~。政治はアンタに完全に負けるわね」

「あら、降伏宣言ですの?」

「言ってなさい。もう日付が変わったけれど、今夜はどうする?」

「相手の出方を伺うのもよろしいですが、取り敢えずは出ましょう。カードの素性がわかるだけでも結構ですから」

「それが無難ね。じゃ、寝ましょうか。転入初日に遅刻は避けたいわ」

「そうですわね」

 

 

 家に帰りおチビちゃんの中に戻った私は、寝入ったのを見計らってライダーを夢幻召喚した。

 私が出た事でどさりと倒れそうになるおチビちゃんを、慌てて抱きかかえベッドに寝かせた。家を出る前に、魔術で家人を深い眠りに誘う事を忘れない。

 

『どちらへ?』

「お向かいさんです」

『ああ、イリヤさんは気付きませんでしたが、大きな家がいきなり建ちましたね?』

「ええ。表札を見ればエーデルフェルトです。昨夜の金髪ドリルの家ですね。この任務に於ける、日本での拠点なのでしょう。あなたとおチビちゃんが学園に行っている間に地下工房や武器庫への侵入ルートを構築しておきました。転売しやすい宝石と現金を奪いますよ。それがこの世界で頑張っているお父さんやお母様の助けになれば。私が消えるまでに10億にはしておきたいですね」

『そんな事を考えていたんですか?』

「当然です。事情を熟知し動けるのは私だけですよ?」

『それはそうですが。良心の呵責みたいなものは無いんですか?』

「魔道の粋を集めたお前が良心とは。雛壇でそんな滑った事を言えば来週から消えますよ?」

『何ですかそれ?!』

 

 そうして私達は数々のトラップを止めたり、ハッキングしたりしつつ、使い魔を石像化させ、宝石と現金を手に入れた。

 金庫も怪力のスキルでバキバキと開けたが、えらく汗をかいた。

 

「やはり力を出せば体温が上がりますね。劇場版の少佐みたいに腕が千切れるかと思いましたよ」

『私以上に意味不明な事を言わないで下さい』

「宝石は遠坂の名で売る手配をしませんとね。鑑定などに一両日は掛かると思いますが、安くとも3~4億にはなるでしょう。こうやってお別れの時におチビちゃんを通じて通帳を残せば、聖剣ブッパに憂いはありません」

『消えるのが前提ですか?』

「お前はフザケていても優秀です。もう私の世界のアタリは幾つか付いているのでしょう?」

『イリヤさんのためにも残ってあげて欲しいです。今後のクロエさんの事もありますし』

「気付きましたか?」

『あれだけヒントを頂ければ。心臓がもう一つの意識というか、魂そのものを護っていますね。結合双生児ですか?』

「いえ、違います。お母様に封印された魔術師的側面の人格のはずだった魂ですよ。ところがその処置中に降霊現象がおき、元の魂を押し出したのですね。それを心臓の小聖杯が護っている訳です。ですから正確には、中に居る方がイリヤスフィール本人です。とはいえ、後から入った子はとても素直で優しく好い子でした。何か天命を持った子なのでしょう。なので家族として歩み寄るためのケアも積極的に行うつもりですが、お話そのものは分離後のクロちゃんにだけですね」

『人格封印での事故……珍しいケースですね? その心臓の中のクロエさんとやらが、本物のイリヤさんだったとは。となると私がイリヤさんのケアをすれば良いのですか?』

「ええ、そうしてあげて下さい。今回お前は真剣モードですね。頼りにしていますよ。ところで、お前が日本に来る前に、時計塔で何かありましたか?」

『どうして、そこでそういう発想になるのですか?』

「私は元の世界で、時計塔とプラハの理事を兼任しています。権謀術数とパワーゲームも得意ですよ」

『それなら、なおの事この先も残ってあげて下さい』

「う~ん……誰かがあなた達姉妹を利用してエーデルフェルトを陥れようとしてしているのか? 動いたのは引き抜き目的の民主主義派か? 下手な動きをするなと釘を刺したい貴族主義派か? 今回の事件を利用して立場を大きくしたい中立派なのか? 更にはあなた達のような存在は時計塔存続に邪魔だと考える法政科なのか? そこまでは考えました。そこで尋ねます。ランサーとアーチャーのカード回収を担当したのは、あの二人ではありませんね? 一体、誰ですか?」

『名前まではわかりませんが、赤毛の短髪で黒いスーツを纏った女性でした』

「やはりバゼット」

『ご存知なのですか?』

「ええ。私の世界では部下です。以前は封印指定執行者でした。私を殺しに来たので返り討ちにしたのです。ここでも封印指定執行者なら、指示を与えたのは秘儀裁示局であっても後ろ盾は法政科と考えられます。割り込んだのは大師父の方ですものね」

『と言いますと?』

「組織的な大義は法政科にある訳です。現代魔術科のロードはエルメロイⅡでしょう? 彼はあなたの元マスターの後見人ですよ。そして彼女は鉱石科に席を置いているはずです。そうなると今回の任務で大師父が、メルアステアを強引に黙らせたという事です。相手は中立派ですが、頭越しに学生を持っていかれては堪らないでしょう。本人達が志願したとしても、あの二人は鉱石科のツートップでしょうし」

『イマイチわかりません』

「鉱石科の先代はロード・エルメロイ。この方は10年前の第四次聖杯戦争で戦死しているのです。ですから同じ第四次に参加していた、当時学生だったウェイバー・ベルベットがエルメロイ家を立て直すべく奔走しているのですね。ところが鉱石科はメルアステアが横取りしたのです」

『それは何故ですか?』

「表向きの理由は幾らでも作れますよ。若い教授には鉱石科を仕切るのは難しいとでも言えば、会議で簡単に決まるでしょう。ですが本当の理由は利権です。鉱石科では宝石魔術用の宝石だけでなく、謂れのある鉱石や金属、それに化石なども扱われます。予算さえ組めれば、石油や天然ガスも扱えますし、広い範囲で呪体を集める事が可能です。大ぴらにはできませんが、実は時計塔で一番美味しい役職が鉱石科の学部長なのですよ」

『なるほど~』

「それで、たまたま同じ時期に学部長が不在となった現代魔術科を、ウェイバー・ベルベットが引き継いだ訳ですね。エルメロイⅡと名乗ったのはそれ以降です。そしてあの二人の……少なからずルヴィアのメインの教室は、その現代魔術科ですよ」

『そのロードがあの髪の長い男性?』

「そういう事です。現段階で真相は不明ですが、何れにせよエルメロイⅡ先生は体のいい駒です。そもそもこの混乱の原因が宝石翁でしょう?」

『そういうお人です』

「組織とは歯車です。粛々と回るなら多少私利私欲に塗れ(まみれ)ようとも、権力闘争に明け暮れようとも、見逃されるのが時計塔ですよ。それを鶴の一声で止めたとなれば……。二十七祖の第四位である事を理由にバルトメロイと戦争とか?」

『倫敦が壊滅しますよ』

「私もそれは無いと思いますけれど。こうなると内部の権力抗争でなく、外部の組織が動いている可能性もありますね。今回の宝石と現金はその調査の手付けです。無事解決すればエーデルフェルトが被るでしょうし。しかし、私が残るとなればカードは借りたままです。私としてはそのカードこそを、今後の取り引きの一手にしたいと当初考えていたのですが。ですがクロちゃんも私と同じ状態なのでカードを媒介にする必要があります。それでこの先も生きて行けるようにあの家に霊脈を引き込んだのですよ。とはいえ、こうなって来ますと完全な受肉化をさせるべきですね。それを成すには元の世界の私自身と出逢う必要があります。もしあちらのルビーを通じて通話ができれば、必要なものを用意して貰いましょう。なので余りあれこれ考えず、言われた通りコンタクトを取って下さい」

『ちゃんとお考えだったのですね?』

「勿論です。実は私の世界でのルヴィアと凜は親友同士で、二人とも私の可愛い妹分なのですよ。それもあってエーデルフェルトは護ってあげたいですね。ここでもルヴィアが立った時に凛が参謀になってくれれば。それが遠坂家再興の近道です」

『どう思い返しても凛さんを骨折させてましたよね!? というかあの二人が親友になっている世界があるなんて信じられません』

「まぁ、そうでしょう。しかし並行世界は座標が近ければ編纂事象の対象となるか、似た歴史の並行世界に吸収される場合がほとんどです。となれば対象にならず残った世界はまったくの別物です。つまり剪定事象とならず残った世界の異世界同位体も、まったくの別人な訳ですよ。そして私の世界の遠坂凜は13歳で魔法に至った天才です。彼女とは何度も世界を渡った経験があります。今回のこの事故も渡っている最中に座の風が吹き、私の意識が一部剥離して流された結果だったのです。並列思考も根を詰め過ぎると良くないですね。体良くサブセットの私こと47番は、こうして漂流中の身です」

『驚きの発言ですが、そうやって何度も経験されているから、ここまで落ち着いていらっしゃるのですか?』

「元々の性格もありますね。何度も経験して精神にようやく余裕が出る人は凡人です。天才は一回のチャンスで最良の結果を招くものですよ」

『言ってくれますね?』

「天才とは情報の断片から予測と推論を重ね、そこから取捨選択した最良の結果に向けて努力を怠らぬ者を言います」

『すごい自信ですね?』

「自信? どうでしょう。私はアトラス院ほど傲慢ではありませんよ? 物事は要所要所に手を打てば、事態はそこにしか向かわなくなるものです。それは相手が人間だからですね。しかも、魔術師なら思考方法は似たり寄ったりです。意外と読みやすい相手なのですよ?」

『う~ん……。確かに考えが固定化される傾向はありますよね』

「そうです。この状況にしても、今みたいな何もない状態から積み上げるのが楽しいのであって、途中からはつまらなくなる場合が多いです。そうなる前に消えるのが正解と考えていましたが、できる限りの事をしておきたく思います」

『そう仰られる事を嬉しく思いますが……。いえ……あなたならそれができると思えるところがいやはやなんとも』

「そう。回しを掴まず外して勝つ。この斜め思考が私ですね」

『本当に意味不明な斜め発言です』

「思えばカレイド・ステッキを握って手に入る力は悪魔の力ですね。あなたと合体して死麗濡とかになれば面白いのに」

『はぁ?』

「死麗濡、そなたは美しい。生きろ……」

『ちょっと、大丈夫ですか?』

「おやすみなさい」

『ちょっ! 即寝ですか? 本当に寝付きの良い人ですねぇ』

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