29.5、残された人々 その3
「ルヴィア、足早ぇ~」
「鐘ちゃん、ルヴィアさん迷子になっちゃうよ?」
「いや、既に場所を取って手を振っているな。手袋をはめた手だけが見える」
「とにかくあそこまで行こう」
修学旅行3日目。
我々はホテルで早々と朝食を済ますと、バスに押し込まれ湾岸線で一路ネズミーまで走った。
正直、男子にはイマイチな行き先であるが、それはお前だけだという周囲の声が多数。意外と我が級友達も軟弱よな。
「誰と話してるんだ一成?」
「いや、ナレーターを仰せつかってな」
「誰からだよ? それよりルヴィアさんが先に行っちゃったぞ?」
「場所取りだろう。我々も女子共に着いて行けば問題ない」
人並みを掻き分けルヴィアさんの元にたどり着けば、そこからはパレードが良く見えた。ふ~む、この人の嗅覚は鋭いな。
A組の女子が溜息を吐いてパレードを眺めておる。役所の子までがノリノリだ。こんな面があったとは、意外よな。
「うわぁ~。妹を連れて来たかったな」
「カバンに押し込んで来るのか?」
「まさか」
「だが衛宮の言う通り。あの妹御なら喜ぶであろうな。どれ衛宮、携帯を寄越せ。パレードを背景に1枚撮ってやろう」
「ああ、すまない。サンキュ。ここでもお土産を買わないとなぁ」
「そうよな。しかし、よく小遣いが持つな? 特に上限は決まっとらんが、既に2万は使っておるだろう?」
「ああ……会長に言うのは何だけど、親父がコソッとな。後3万残ってる」
「5万か。多いな?」
「弓道部のお土産もあってさ」
「まさか、副部長だからと自腹か?」
「いや、後で2年生から徴収。美綴が女子代表で、俺が男子代表と別れて用意するんだ」
「なるほど。それは一任でか?」
「そう。と言っても、クッキー類が無難だろうな。毎年そうらしいし」
「まぁ、そうだろうな。エルヴァさんや家族には?」
「浅草で七味唐辛子も買ったけど、残りは明日帰る前に買う予定」
「そう言えば道具屋街に行く前に七味を買っておったな? あれは家のためでは無かったのか?」
「それもあるけど、エルヴァさんは七味が好きなんだって、イリヤの従姉妹の子に教えられてさ」
「ほぅ」
「浅草のや○ん堀って有名だろ? だからあそこで七味や容器に佃煮なんかを買ったんだ」
意外だ。七味好きなドイツ人とは。
「要望なぞは聞かんかったのか?」
「あったよ。指定されたのは東京○な奈だ」
「あのお方らしいな。最終日のホテルや駅でも買え、家族全員で分けられると」
「そういう事だよ。俺も昨日今日でそこに気付いた。最悪、これさえ覚えていれば部にも回せるし」
「逆もまた然りだ。衛宮が忘れて部の方を優先したと話しても、あの方は怒らんだろう」
「それは避けたいな。けど、きっとそれで嫌味を言われても、後を引かないんだよ。さっぱりしているって言うか」
「だな。従姉弟でなければ衛宮を御任せしたい人なのだがな……」
「一成、辞めてくれって」
「すまん、すまん」
パレード後は食事だ。
「なぁ、会長。なんでネズミーは2日目から3日目に変わったんだ?」
「これは男子の要望でな。とかくこの手の場所は価格の割に量が少ない。要はホテルでたらふく食えるようにテーブルマナーの日と入れ替えて頂いたのだ。蒔寺のような運動部の女子もその方が良かろう?」
「ああ、そういう事な。納得だ」
「だろう?」
む、そうだ。
「蒔寺よ」
「何だ?」
「この日程移動に尽力して下されたのが葛木先生でな」
「ああ、葛木先生は1年の時に下見で来てたんだっけ。なるほど。それで?」
「考えても見よ。反対意見もあったのだと。それはな、遊び疲れた身体を回復する日が無いからだ」
「ああ、そっか。昨日なら、今日がお台場でのんびりできたと?」
「そういう事だ。そして明日は最終日。安全無事に帰る事が送り出してくれた家族への返礼となる。よって葛木先生の顔を立てる意味でも、出発や集合に断じて遅れる事は許されん。それをな、他のクラスも含めた女子達に広めて欲しいのだ」
「わかった、任せろ。男子の方にもできる限り広めておくよ」
うむ。スピーカーはこうして利用せねばな。
「おい、あれ。C組の男子か?」
「後藤君だな。凄いな?」
「カチューシャに、ぬいぐるみ。ポップコーンの容れ物が左右に二つ!?」
「全開で満喫してるなぁ」
「男子であそこまでハマるとは。して、蒔寺。ルヴィアさん達は?」
「そこのベンチだ。パンフを眺めながら、どこで喰うか悩んでいる最中だ。こういうのは由紀っちに任せた方が良いからな」
そうであろうな。どのみちハンバーガーかホットドッグといった類であろうが。おや、美綴がこちらへ。
「どうした?」
「いや、どれもこれも値段が高いなぁ。もう何でも良いやって気分だ」
「腹が鳴らねぇ程度に喰えりゃ良いんだって。どのみち私らはホテルでガッツリ喰うしか無いんだから」
「だな。私もそう思ったよ」
「楽しさとひもじさは等価交換だな」
「何だ、衛宮。突然難しい事を」
「シェロ、それはエルヴァさんのお言葉ですか?」
「ああ、ルヴィアさん。そうだよ」
「ほぅ……さすが。あの方は良くわかっていらっしゃいますわね」
「ふむ。等価交換とな。普段使わん言葉だな」
「だから~、ここではタップリ遊んで、ホテルでタップリ喰えって意味だよ! あの先輩はそういう人だ」
「もっと深い意味がありそうだが……そうよな、それで良いのかも知れぬ」
「だろ。で、何に決まったんだ?」
「ええっとね、嫌じゃなければピザはどうかなって。セットでも1000円しないし、足りなければ単品で追加もできるし。どうカナ?」
「そうよな……これは良いな。2枚目を半分に分ければ一人1000円以内に収まる。そうせんか、衛宮?」
「そうだな、一成と分けるか。じゃ三枝さん、俺達もその案に賛成するよ」
そうして我々はピザを食べた。
席の確保、ごった返す売り場。席を蹴飛ばして走り回る子供。正直げんなりする。心静かに食えないものか。
「イライラするな一成。ウチなんて家ん中が毎日こんなだぞ?」
「待て、衛宮。あの大人しい妹御が家の中で走り回るのか?」
「いや、そうじゃないけど。先日話したろう? 妹が増えたって」
そうだ。病気療養がどうとか話しておったな。エルヴァさんの家が預かっていたとか。
「衛宮! あの美人のお袋さんだろ? 赤ちゃん、産んだのか?」
「産んでないよ。けど何で蒔寺が知ってるんだ?」
「ほら、先輩を勧誘する時にさ。朝、会ったろ? あの時にお前が話してくれた事で、妹さんとお袋さんが着物や浴衣を作ってくれていたのを思い出してなぁ。まさかあの銀髪の外人さんがお前ぇの家族とは思わなかったんだ。ついでに言えば、先輩の名字でピンと来たんだがな」
「ああ……。俺が衛宮で、エルヴァさんや妹達はアインツベルンだからなぁ」
「そうそう。名字が違うのは参るぜ。ま、海外の事情なんだろうけど」
「衛宮、妹達って?」
「美綴はイリヤを知ってるだろ?」
「ああ」
「達って言ったのは、エルヴァさんの実家で預かって貰っていた、イリヤの双子の姉が戻って来たからなんだ。子供の頃は身体が弱かったらしく、ドイツでずっと暮らしてたんだ。けどウチの親も暢気なもので、姉妹が居るなんて一言も言わずにいてさ。おまけにその子がエルヴァさん大好きっ子でな。エルヴァさんを追い掛けて日本に来ちゃったんだよ。来た当初は大変だったんだぞ。俺を挟んでしょっちゅう言い争うし……」
「あ、衛宮君、見掛けたよ私。マウント深山で」
「私も見たな。アインツベルン先輩みたいな良く日に焼けた子であろう? 健康そうで良かったではないか?」
「まぁ、そこはな。徐々に徐々に仲良くなってるみたいだし」
こうして改めて聞けば複雑よな。衛宮が真っ直ぐなのは人徳であろうか? 親父殿はどういうお人なのか。
「親父? ちゃらんぽらんなところもあるけど、やる時はやるタイプかな?」
「何をされておるのだ?」
「海外でボディガードとか」
「エンダ~♪ の、あれか?」
「みたいな要人警護もあるらしい。守秘義務って言うのか? ああいうのがあるみたいで詳しくは聞けないんだよ」
「親父さんはパンパン銃を撃ったりすんのか?」
「どうだろう。外国だもんな? そういうのを撃つ訓練とかしてるのかな?」
ふむ、詳しくは聞かされておらんようだ。危ない事をなされておらねば良いが。
「え? じゃエルヴァちゃん、帰るのが遅れるの?」
なぬっ!? これは由々しき事態だ。
「お姉ちゃん! 何で遅れるのよ!」
階段横でママの電話を隠れて聞いていたら、いつの間にかクロエが横で聞いていた。
「あっちゃぁ~、聞いてたか」
「聞かないでか。私もクロエよ」
「けど、そんなに怒ってないわね?」
「何か事情があるんでしょう? それに無事だって電話があったんだし。文句は言いたいけどね」
「その文句も、お姉ちゃんなら聞いてくれるわよ」
ママは倫敦から掛かって来た、お姉ちゃんからの電話を受けていた。
向こうのお仕事は一段落着いたらしいけれど、帰るのが遅れるという。なんで?
「クロちゃん、クロエちゃん! パパはどこ!?」
バレてるし。
「パパ~!」
今は夜の11時。パパはのっそりと階段を降りて来た。
「むぅ~、11時か……。あっちは昼の2時頃かな……。もしもし?」
パパがママと代わって電話を取った。眠そうだった顔が一気に真剣な顔になった。
「うん、うん。わかった。そうか……無事で良かったよ。それで? え? うん、うん。そう、その予感はあった。もう腹も決まっている。ああ、なるほど。子供達をね。そうだね、その方が良いか。了解、直ぐにチューリッヒに飛ぶよ」
そしてしばらくしてパパは電話を切った。少し思案顔をした後に私達の方を振り向いた。何だろう?
「飛行機の中で眠れるから、明日朝4時にイリヤ達を起こして着替えをカバンに詰めなさい。スイスに行くよ」
はい?
「だ、旦那様? イリヤさん達のパスポートは?」
「前々から用意してある。クロエの分は既にルヴィア君から返して貰ったし、クロとイリヤの分は白い方のエルヴァ君から預かっていたんだ。あの子はこうなるのを予測していたのかな? ともかくセラ。士郎が戻ったら僕達はスイスに向かったと話して欲しい。イリヤ達の学校にも連絡を。理由は僕の仕事とでも適当に伝えてくれ。大丈夫だ、何の危険もない。あちらに着けば詳しい事情と帰る日を電話で知らせるよ」
そうして電話を切ったと思ったら、また別のところへ電話を掛けた。
大人二人に小児四人。チケットの手配だ。11歳以下は飛行機代が定価の半額となる。けれどチケットによっては、割引価格の方が小児運賃より安い場合がある。
この金額とフライト時間、乗り継ぎなどの手間、サービスなんかを考えて、より良いチケットを手に入れる事が飛行機に乗る上で最大の頭の使い所なのだ。
うん? よくそんなの知ってるなって? もちろんお姉ちゃんから教えてもらったのよ。
「良し、決まった。明朝7時5分発、成田、ワルシャワ経由でフライト時間は22時間。大人一人100500円だ」
「エコノミーだね」
「え~、いつもビジネス以上なの?」
「ううん、そんな事はないけど。ただ思ったより安いなって。以前、お姉ちゃんとイリヤとの三人でヘルシンキに行ったんだ。その時の料金と変わらないから、アレっと思ったのよ」
「ああ、そっちはルヴィア君と幼馴染みだったね。確かに北回りでヘルシンキから入る方が便も多いし、時間も短いね。あ、そっか。彼女なら敢えてそこからフランクフルトやチューリッヒに向かったり?」
「詳しくは知らないけど、パパの想像通りじゃないかな?」
「飛行機に乗り慣れた娘か。あちらのお父さんも苦笑いだろう?」
「うん。パパより行った国が多いって話してた。120ヶ国以上行ってて、言葉もペラペラなの。それで20ヶ国に別荘があるんだって。現地のマーケットでお買い物して、お料理も自分でやっちゃうんだよ?」
「う~ん……凄いね」
もう時計は11時30分。イリヤ達はとっくに眠っているし、ママもセラも部屋に戻った。
12時に眠るからと約束して、私とクロエはパパともう少しおしゃべりをした。お湯を沸かして、パパにコーヒー、私達には紅茶を淹れた。
「ありがとう。コーヒーも淹れられるんだ?」
「インスタントじゃない。お姉ちゃん達は豆を挽いたりするし、ゴールデン・ルールを守ったりするけど」
「難しい言葉を知ってるね? ゴールデン・ルールは紅茶の煎れ方だよ」
「パパ?」
「なんだいクロエ?」
「もしかしてだけど、私達って三つ子なの?」
え? どういう事だ?
イリヤお姉ちゃんとイリヤは年齢の違いから、厳密には異世界同位体とは言い難い。けれどエルお姉ちゃんの出生をある程度聞いて知っていた私は……。
「まさかと思うけど、ここにもエルヴァお姉ちゃんが居るって事?!」
「うん……そうなんだよ。あちらが妹になるんだけどね」
それでか、お姉ちゃん達が遅くなるのは。
これなら理由がわかる。でもクロエはどうしてその可能性に気付いたのかしら?
「うん? なんとなくよ。お姉ちゃんのところのお話と、私達とを照らし合わせてね。私が本来のイリヤだったとしても、妹のイリヤがエルヴァお姉ちゃんとは到底思えないでしょう? それで別の可能性を考えたの」
「そっか……。イリヤはママが願った普通の子だものね。だからある意味私達と同一人物なのよ」
「やっぱりそうなるよね。違う側面が出たって言うか。って事は、そのスイスの子は本当の妹なのね」
「そうね……。でもね、いくらママがああいう人だって言ってもさ。今まで知らなかったなんてあり得るかな?」
「私らもそうじゃん」
「それはそうだけど。でも私達に関してはアクシデントだったでしょう?」
「そっか。あ、でも」
「でもね、私達の方のママはエルお姉ちゃんの事を知らなかったのよ?」
「私はそれが年齢差なんだと思うな。私とイリヤは199X年生まれよ。逆算してお姉ちゃんは198X年生まれでしょう?」
「ああ、言いたい事がわかった。環境ね? その頃のアインツベルンはどうだったかって事か……」
「うん、そう。パパとママの出逢い方とか、その後の時間とか、そういうのが微妙に違うんだよ」
淡々と話すクロエに私は感心した。この子は私より大人かも。
これが『お姉ちゃん効果』なのだとしたら、ママが残って欲しいとエルお姉ちゃんに願った理由ももっともだ。ちらっと見たパパは複雑そうな顔をしていたけれど。パパ、女の子の成長って早いんだから。
「迷ったけど話すよ。パパとママはエルヴァの存在を知っていた。と言っても知ったのはイリヤが2歳になった頃だ。その頃からスイスのお祖父様の仕事を手伝うようになってね。それで偶然知ったんだよ」
「スイスのお祖父様って?」
「ノインのお祖父様。エルお姉ちゃんの養父で、9代目のアインツベルンなの」
「そういう事か。じゃ、最初はパパ達も知らなかったんだ?」
「うん、知らなかった。それで会わせて欲しいと話したら、会いたくないと言っていると。突然だったからね。これは時間を置いた方が良いかなって。それで次は5歳になった頃かな。この時はママも一緒だったんだけれど、メッセージを渡されてね。この世に産まれて来る切っ掛けを与えてくれた事には感謝するけれど、親とは考えていない。だから忘れてくれってね……」
「え~っ……」
何かあったからこうなのだと思ってはいたけれど。拒否されていたなんて……。
エルお姉ちゃんはキツイところがあるからなぁ。その子もそうなのかな? けれど、パパは諦めないでもう一度逢おうと考えたんだ。それはお姉ちゃん達が……あれ?
「もしかしてお姉ちゃん達って、もうエルヴァに会ってるの?」
「うん。あちらから倫敦のエルヴァ君達に会いに来たそうだよ」
お姉ちゃんに会いに来た? どうして? その理由は?
パパやママに会いに日本に来るならわかる。考えが変わったとか、前は都合が悪かったとか、気まずかったとか色々考えられる。けれどどうして倫敦?
いや、理由より先にお姉ちゃん達の存在をどうやって知ったの?
それってつまり、並行世界からやって来たお姉ちゃんの存在を最初から知っていたって事だ。そしてその後の行動も。どうして倫敦に行ったか、その理由も知っている可能性がある。
じゃ、もしかしたら冬木の事や家族の事は結構前々から調べていた? 様子を探っていた? そうだ、これならわかる。調べていたから、お姉ちゃんがこの世界に来た事を知ったんだ。
そうなると会いたくないと言ったのは、会えない理由があったからだと思う。
けれど……。その子がクロエの存在を知っているかどうかはわからないし、パパやママをどう思っているかも不明だ。それでもイリヤの事だけは気にしていた可能性が高い。なぜなら、エルお姉ちゃんは、イリヤお姉ちゃんが大好きだからだ。
姉妹なのに初恋の人だと言い切るくらいなんだもの。
それはエルお姉ちゃんが、とても辛い魔術の修練でいつの間にか笑わない子になっていたから。正確には笑っていても、それが自覚できない子になっていたのだ。
そんなエルお姉ちゃんに『笑っているよ』と鏡の前で教えてくれたのが、イリヤお姉ちゃんだったのだ。となると……。
「パパ。パパやママにクロエの事は今はわからないわ」
「え?」
「けれど、その子はイリヤの事だけは気に掛けていたと思うの」
「どうしてそう思うの?」
「だって、お姉ちゃん達が倫敦に向かったってどうして知ったの? どうしてお姉ちゃん達の存在を知っていたの?」
「そうか……こちらの様子を調べていたのか。もしかしたら最初からあの子は……」
「うん。でもパパとママに関してはわからない。クロエに関しても」
「その理由は何だろう? 僕らの事でなく、イリヤだけを気に掛ける理由だけれど」
「お姉ちゃんはお祖父様から英才教育を赤ちゃんの頃から受けていたの。そしてそれは勉強や魔術も引っ括めてだったのね。それで今のお姉ちゃんは笑って話すけれど……聞いているとね、そんなの私なら絶対に無理って思うような事ばっかりなのよ。それで小さい頃のお姉ちゃんは、自分が笑っていると自覚できない子だったそうなの。それがイリヤお姉ちゃんと出逢って、笑っているとわかるようになったんだって話してくれた事があってね……」
「そうか……。あ。イリヤの写真を入手しているのかな? その可能性は高いね」
実際、イリヤの写真は全部笑顔だ。それは私のイリヤだけでなく、ここのイリヤも同じだろう。二人とも基本天然だし。
「調査の時期によっては、私の情報が渡ってない可能性があるのか……」
「そこもわからないわ。お姉ちゃん達がフォローしてくれていると思うけど」
「そうだね。クロエの心配はもっともだけれど、今ここで話してもどうにもならない。もう今夜はおやすみ。明日は……って、後3時間少ししか眠っている時間が無い。起きないなら置いて行くよ?」
「うわ~、お休みなさ~い」
「お休みなさ~い」
そうして私達は慌てて階段を登ったのだった。
部屋に入るとイリヤ達は仲良くベッドで眠っていた。いつもは私とイリヤが下で、クロエとイリヤがベッド。姉妹同士で別れているのだ。けれど、この日初めて私はクロエと眠った。
並行世界の自分。やっと表に出れたと思えば、妹が二人だ。戸惑って心細いのか、私の手を握って来た。だからギュッと握り返してあげた。
私にもエルヴァが居た可能性……。
巫女のお姉ちゃんや小さいお姉ちゃんと話した事がある。イリヤお姉ちゃんとエルお姉ちゃんは、ママの卵子の中でも一番魔力を帯びていた3番目の卵子を分割して、それぞれに受精させたものが元となっている。
3番目だから、コードネームもアルファベットの3番目が頭文字になるよう名付けられた。それがChloeだ。私の名前は偶然の一致だけれど、お姉ちゃん達はどちらもChloeなのだ。
けれど分割された卵子が全部受精された訳では無い。きっとそれを受精させて育てれば、歳の離れた三つ子や四つ子になるのだろう。
他にアハトの城に残っていたママの卵子は、100個近くもあったとイリヤお姉ちゃんは話していた。お城に居た間の9年×12ヶ月で約108個。
実験動物みたいに排卵のたびに取り出されていたのだ。パパの凍結された精子もあったし、受精卵も幾つかあったという。今は全部、エルお姉ちゃんが保管しているそうだ。
これを淡々と話せるイリヤお姉ちゃんも、静かに聴ける私も魔術師よね。イリヤには絶対に話せないけど。
そんな事を考えていたら、朝になってしまった。時間は4時。クロエを起こして、それぞれのイリヤを起こした。寝ぼけてキスして来たので、すかさず魔力を少しだけ頂いた。こうすれば私達は眠気が飛ぶのだ。
「飛行機の中で眠れるから、移動の間は自分の足で歩くのよ。さぁ、早く着替えて。下に降りるわよ」
「荷物はどうしよう? イリヤ達の分がまだよ?」
「セラがある程度してくれるだろうから直ぐに終わると思うわ。私達も顔だけ先に洗いましょう」
「そうね。朝ごはんは途中のどこかだろうし」
グズグズ言う二人のイリヤを引きずって下に降りたら、ママ達はもう用意ができていた。こういう場合でもパリッとしているセラはさすがだ。
リズお姉ちゃんは……珍しい。ちゃんと起きてママ達の荷物をクルマまで運んでいた。
「おはよう。あなた達の荷物は?」
「おはよう。もう用意できて部屋にあるよ」
「じゃ、後はイリヤちゃん達の分だけね。セラ、手伝って。イリヤちゃん達の着替えを用意するから」
「ママ、おはよう。パパは?」
「おはよう。おヒゲを剃ってるわ。荷物はママ達が用意するから、クロエちゃん達はイリヤちゃん達をお願いね」
「りょ~かい」
なんとかクロエと二人でイリヤの顔を洗った。そこでやっと目が覚めたみたい。
「冷たッ! 何なの!」
「嘘、何これ! お水?」
うるさい! 起きろ!
そうして私達はイリヤに事のあらましを説明しつつコーヒーを淹れた。砂糖とミルクは多め。以前は砂糖タップリのホットミルクばかりだったけれど、イリヤお姉ちゃんに薦められてカフェオレが飲めるようになった。コーヒーとはいえ、ミルクを多めにしたから大丈夫だろう。
「苦ッ! もう少しミルクと砂糖を入れてよ、クロ」
「あなた、それ砂糖が3杯も入ってんのよ? ちゃんとかき混ぜなさいよ」
「あ、かき回したらちょうどだった」
「ほら」
「イリヤ、ホットミルク」
「ありがとう。凄いね。あっちはコーヒーだよ?」
「眠気覚ましなんだろうね。私も試したいけれど、カフェインがどうなるのか知らないしさ」
「カフェイン?」
「うん。コーヒーに入っている成分なの。これがある種の興奮剤でね。子供の私達だと効き過ぎる場合があるのよ」
「それって危ないんじゃ?」
「だからクロは、今の年齢での適量とかをお姉ちゃんに教わっているんでしょう? イリヤはピンと来ないだろうから、私がこういうのをしっかり覚えなきゃね」
「ああ、大人になるまでの量とか?」
「も、あるけれど。私とあなたはヒトとホムンクルスのハーフでしょう? 食べ物にも注意しないとダメなのよ」
「え~! 食べちゃダメなものってあるの?」
「う~んと……」
そこで私が助け舟を出した。
「基本は何を食べても大丈夫。ただ小麦粉を使った食品は食べ過ぎないようにって言われてるの」
「うん。腸が普通の人より弱いらしくて、お腹を壊すんだって。それもあって、パンばかりのドイツから他のもある日本に移住したんじゃないかって、お姉ちゃんが言ってたよ」
「つまりは私達より、ママやセラ達の方がヨーロッパの食べ物に合わなかったのよ」
私の方のイリヤの応援もあって、なんとか理解してくれたみたいだ。
不思議だろうし、変な気持ちになるだろうけど、私達はそういう体で生まれてきたのだから仕方ない。そこはキチンと受け止めないと。
けど、クロエって結構知ってるわね? やっぱり私より赤ちゃんの頃の教育が少し進んでいたみたい。これがこの子が大人っぽいところに繋がるのだと思う。
「でさ、何でこんなに早く起きたの?」
「スイスに行くって聞いたでしょう!」
そこでキレたらダメだって、クロエ。
「わかってるよ。けど、もっとゆっくり出ても良いんじゃないの? せっかく学校も休めるんだし」
「あのさ。電車に乗って遊園地に行くんじゃ無いのよ? クルマで空港まで行って、そこから予約してある飛行機で東京まで行って、乗り換えてポーランドに行って、更に乗り換えてスイスなの。何時間掛かると思ってるのよ?」
「え~」
私とイリヤは顔を見合わせて笑った。
こっちのイリヤは全然わかってない。スイスには2~3時間で行けて、便が幾つもあると思っていたみたいだ。けれど私のイリヤも以前はこんな感じだった。それがおかしかったのだ。
「で、どうしてスイス?」
クロエが答える前に私が答えた。
なんとなくだけれど、エルヴァの存在をイリヤに話さないで逢わせた方が良い気がしたのだ。
「お姉ちゃん達とそこで待ち合わせなの。エルヴァお姉ちゃんの育った国よ」
「あれ? ああ、そうだ。お姉ちゃん、スイス人だって話してた。面倒くさいから学園ではドイツ人で通しているらしいけど」
「そこまでわかってるなら、次ね」
「次?」
「今日の夕方か夜にお兄ちゃんが帰って来るでしょう? お兄ちゃんの事だから、きっとお土産もちゃんと用意してくれてるわ。だから、お手紙を今の間に書いておいてセラに渡すのよ」
「お~、そうだね。お手紙かぁ。何を書こう?」
「何でも良いのよ。突然ごめんなさいでも良いし、帰ったら美味しいお料理を作ってね、でも良いのよ」
そうして私達はママとセラが降りて来ても手紙を書いていた。ママはセラとリズに私達の荷物を運ばせ、パパが声を掛けるまで待っていてくれた。
空港まで行ったらショップでポシェットを買おうとママが言った。
「どうして?」
「それにハンカチやティッシュにお財布を入れるのよ。それ以外の荷物は全部預けるから。それと朝が早いから両替がまだなの。それはワルシャワかチューリッヒでするから、それまでお買い物は我慢してね。そうそう、イリヤちゃん達? ルビーちゃんもそこに入れておいてね」
「なんかママにバレてるし……」
「親バレは恥ずかしいけど、仕方ないって。私やクロなんてママに転身姿を写真に撮られてるんだよ?」
「うわ~」
「最悪なのがルビーとの仮契約よ」
「仮契約?」
「ママが私にもイリヤみたいな格好をして欲しいって言ってさ。逃げようとしたらお姉ちゃん達に捕まって……」
「それでクロは私の転身姿と同じ服になって。カメラのカードを1枚使い切るまで写真を撮られていたの」
「屈辱だわ」
「うわぁ~」
「私の格好って屈辱なんだ……」
そう、あの日。
ママの鶴の一声で、アルトリアお姉ちゃん以外の娘が全員転身姿を披露したのだ。
巫女のお姉ちゃんは年齢と見た目を変えられるので、8歳くらいになっていた。随分と小さい。ママが抱っこできるくらい小さいのだ。
本当に抱っこしてたけど、体重はどうなっているのだろう? それに私というかイリヤもこんなに小さかったっけ?
それを見た小さいお姉ちゃんは、『私もそれなりに育っていたのね』と感慨深そうだった。イリヤお姉ちゃんが言うには、アインツベルンの城でくるみの新芽探しをしていた頃の姿なのだとか。
それで三人してワーワーキャーキャーと騒いでいた。この三人は共通する思い出があるからか、とても仲が良いのだ。
私達姉妹は、小さいお姉ちゃんを挟んで上組と下組で別れている。仲が悪いとかじゃなく、年齢から来る話題の関係だ。
けれど、小さいお姉ちゃんは大人の話もわかるし、私達の気持ちもわかる、とっても凄い人なのだった。
そんな小さいお姉ちゃんが話してくれた、パパに肩車されて、雪の中を歩いた思い出。イリヤも知らない、お姉ちゃん達だけのドイツの記憶。聞いていると羨ましいというより、暖かい気分になる。
小さいお姉ちゃんの時は、ママが抱きしめていた。小さいお姉ちゃんは照れていたけれど、とても嬉しそうだった。
次にイリヤお姉ちゃんが転身した。その胸は反則だ。何かエロい。
それで負けてなるものかと火が着いたのか、エルお姉ちゃんはルビーに干渉して衣装をもっと際どくしていた。スカート部分はほとんど無いし、ハイレグというか前も後ろもほとんどヒモだった。さすがにママが怒って普通の衣装にしたけれど。
それで『おチビちゃんには悪いけどさ、あのコスを普通と言える感性が、既に終わってるのよ私達』と巫女のお姉ちゃんが横でボソッと言った時に、私は不覚にも吹いた。
エルお姉ちゃんやママには失礼だと叱られ、小さいお姉ちゃんからも叱られた。理不尽だ。
そして美遊が衣装を着た時に、皆んなして可愛いと褒めて……実際似合うわ、あの子……。違う!
「イリヤ!」
「何?」
「ごめん、あなたじゃなくてあっちのイリヤ」
「どうしたの? クロエお姉ちゃん?」
「美遊よ。美遊に後で連絡を入れないと」
「あ! 忘れてた!」
「大丈夫よ、二人とも」
「ママ?」
なんとママは、とっくにセラに託けてあったそうだ。良かった。
これは美遊だけでなく、ルヴィアやオーギュストやサファイアへのメッセージでもあるのだ。
ホウレンソウはしっかりしないと、後でお姉ちゃんに叱られる。え~と、放送、連携、おひたし……。私、お姉ちゃんに騙されてるよね?
『ホウレンソウですか……』
『報告・連絡・相談ですよね?』
『それが正解です。そしてそれが行いやすい環境を創りましょうとの意味もありますね』
『なるほど』
『そしてエルヴァさんは企業のオーナーです。なのでこの場合の放送とは、会社の隅々までオーナーであるエルさんの声や、幹部である社長さんや専務さんなどの声を行き渡らせるという意味になります。連携も上司と部下、部署と部署、部門と部門でしっかり取りましょうとの意味ですよ。そしておひたしは自分への戒めですね。「怒らない」「否定しない」「助け合う」「指示を正確にする」という言葉の頭文字からですよ』
『へぇ~』
ルビーに考えを読まれてるし……。私達の方のルビーはお姉ちゃんが改造してあるから、耳年増だし、知能も高いし、人の考えがある程度読めたりもする。余計な事を……。
「ルビーちゃん達?」
『はい?』
『何ですかママさん?』
「飛行機が落ちる時はこの子達を護ってね」
ママ、なんつー事を。
その後、私達は飛行機に乗ったんだけど。クロエとイリヤは随分ドキドキしていた。そっか、この子ら初めてなんだ。
それでママはあんな事を言ったのね? もう~。
だから窓際の席は譲ってあげた。窓→イリヤ→クロエ→ママ→通路→私→イリヤ→パパ→知らない人→知らない人→通路→知らない……もう良いか。とにかくこんな順。
『イリヤさん。この飛行機は東京行きですよね? 視力を強化すればお兄さんが見えるかもですよ~?』
「あ、そうだよね」
「見えるか!」
うん、クロエ。そういうツッコミは好きよ。けどね、それルビーに言わされてるのよ。
結局、ポシェットは成田で買った。最初の空港は早過ぎて、お店が開いていなかったのだ。乗り換えの飛行機を待っている間に、朝ごはんを食べた。8時を回るとオープンするお店がちらほらある。
「カツカレーが食べたい」
「イリヤ、何で朝からそんなのを? 勘弁してよ」
パパはアラフォーだぞ? 少しは考えてあげなよ。そう思っていたら、似たような事をクロエが言ってた。
そしてこういう時はパパに任せるのが正解なのよ。とにかく鼻が利く人だから。思った通り、入ったお店はお洒落なカフェで、モーニングセットも色々あった。皆んなの朝食が終わろうかという時、ママがこう言った。
「これからもっと長時間を飛行機で過ごすの。ここまで見ていて大丈夫だとは思ったけれど、念のために酔い止めの薬を飲む人?」
以前、ヘルシンキに行く時に少しだけ酔ったので、薬をもらった。イリヤ達やクロエも私を見てもらっていた。
やがて搭乗時間になり飛行機に乗った。イリヤもクロエも、もう怖がっていなかった。でも、席は私とイリヤが入れ替わっただけで、ほとんど前と同じだった。
『イリヤさん。この離陸が最後のチャンスです。お兄さんを探しましょう!』
「うん!」
「あなた達がヒソヒソ話せば、必然的に私と会話している事になるのよ? いい加減にしてよ!」
「ごめ~ん」
それを見た私はストレート過ぎると思った。もっとこう、ひねりのあるツッコミが必要だと思うのだ。アーチャーのお兄ちゃんのツッコミみたいな。
けれど、あんな朴念仁なお兄ちゃんが、まさかツッコミ命な人になるなんて。どんな人生を歩んだんだろう?
きっと英霊の座は上方にあるのね。なんて事を考えれば、お姉ちゃんなら私の考えを読んで絶対にツッコンでくれるのに。
『何で上方やねん! それとも何か? もしかしてそれジョウホウって読ませて、上の方って意味なんか? いつから世界の外は上になったんや!?』
アハハ……。
「クロは何か楽しそうだね?」
「お姉ちゃんに会えるからだと思うよ? この子も結構お姉ちゃん子だし」
「そうなの、イリヤ?」
「うん。けど結婚したい相手はアーチャーのお兄ちゃんなんだよ」
何をポロッと、この天然バカ妹は!? パパがフォーッとか言ってる!
『親父……いや、お父さん、娘さんを僕に下さい』
『だ、駄目だ。僕はそんな事をして欲しくて君を育てたんじゃない!』
『けど親父。聞いてくれ! 俺はイリヤがッ!』
待て!
何でイリヤなのよ! そこはクロだし、お兄ちゃんの精神年齢が下がってる! それに無駄に熱いのは、聖杯戦争で戦った方のお兄ちゃんだ!
『ジイサン、すまない。クロは私が責任を持って幸せにする』
『そうだね。イリヤには士郎が居るし、クロには君みたいな大人が良いな』
『駄目です! 先パイは私だけのものです!』
『そうよ! アーチャーは私のものなんだから!』
なんであっちの桜と凜が……。そっか、先にお兄ちゃんを思い浮かべたからだ。
もう一度……。
『ジイサン、悪いがクロを頂きたい』
『士郎……』
そう、これこれ。パパはアーチャーのお兄ちゃんを士郎と呼ぶのだ。
『つまり結婚するって事かい?』
『ああ、どうにも我慢できない。トコトン好きになった』
『そうか。なら仕方ないか』
やった!
『それはどうでしょう?』
え?
『コイツの宝具は全て偽物。きっと珍棒もどこかのだれかの擬物。クロちゃん。お姉ちゃんなら、あなたを満足させられるポコチンが用意できます。女の子の悦びを教えてあげますよ? 私と一緒に居なさい』
い、嫌……。
『あれ? では、クロちゃんは総裁にならずとも良いのですか? 奥義はパスを繋いで伝えるのですよ?』
う、嘘。嘘だよね?
『ほらほら、お姉ちゃんのポコチンがこんな風に。めくるめくアインツベルンの世界へようこそ』
い、嫌だぁ~~~ッ!!
「とうとう叫びだしたよ~。ねぇ、ルビー? クロに変なクスリを打ったりしてない?」
『濡れ衣です。ママさんが成田で酔い止めを渡していたでしょう? あれが原因の気がしますけれどねぇ~』
「え~。じゃポーランドまでクロはこのままなの?」
「そっちもなの? こっちもクロお姉ちゃんがクスリに酔っちゃって、大変なんだよ」
「クロがこんなにクスリに弱いとは……」
「あれかな? 朝に話してた体にどうこうっていうの。食べ物だけじゃなくクスリもなのかな?」
「あれ、イリヤ? それはクロエから聞いたの?」
「あ、お父さん。うん、今朝聞いた……」
「そう。そんなに心配しなくても良いよ。でなきゃ、学校の給食も外食もアウトになるだろう?」
「そっか、そうだよね。じゃ、お父さん? クロお姉ちゃんはどうしちゃったの?」
「クスリで間違いないんだけど……う~ん。多分だけど、イリヤ達よりクロエ達の方が魔術回路が活性化してるからだと思うんだ。クロエの知識は豊富だけれど、身体は魔術師としての訓練を受けていないだろう? それにイリヤほど封印の影響を受けてないし。つまるところ、身体が産まれたても同然なんだよ。なのに魔術回路は一人前のポテンシャルを持っている。だから酔い止めが悪い方に効き過ぎたんだ」
「なるほど~」
これをなるほど~と思えるイリヤも大概だ。パパの話した事も大体合っているけれど、産まれたては言い過ぎ。たぶんイリヤの5~6歳頃と耐性が同じなのだろう。
けどそこは良い。それでも姉妹だし家族だ。知らない事は知っていけば良い。けれど封印がどうとか、こんなの一般の家の会話じゃない。きっとパパやママはこういう話題が出る家が嫌だったんだろうな。パパ、とっても辛そうだもん。
クロエ、私達にも生きる権利はあるよ。それは絶対に正しいって私は思う。でも家族への影響を考えたら、パパやママが私達を封印しちゃった事を間違っているって言えないよね? 私達にもパパやママを苦しめる権利なんてないんだから。
だから会わないって拒絶した──―クロエ……妹のエルヴァはそんな風に考えられる子なんじゃないかな?
「キリツグ、あなたの言い方は無神経よ。罪は罪。逃げちゃ駄目よ、ちゃんと受け止めないと。クロエちゃんもクロちゃんも、酔っていても意識はあるんだから。イリヤちゃん、もう一人のイリヤちゃんを見て? クロちゃんの事をとても心配しているでしょう?」
「私も心配してるよ?」
「わかってるわ。でもクロお姉ちゃんは、どうして産まれたてみたいになったの?」
「あ……」
「別にイリヤちゃんを責めているのでは無いわ。そんな風になってしまったのはママのせいだから。それにママの見立てでは、お薬の耐性がイリヤちゃんの5~6歳頃と同じみたいに感じるわね」
「あ、そうだ。こんなだった」
「うん、それでねイリヤちゃん。ママの血のせいであなた達はこれからもこんな風に苦しんだり悩んだりする事があると思うの。そんな時にママやパパが居なければ、あなたがクロお姉ちゃんを支えてあげて? 今朝、寝惚けていたあなたを二階から降ろしてくれたのは誰だった? 顔を洗ってくれたのは誰だった?」
「あ……。私、無神経だったね……」
「ううん。本当に悪いのはママだから……」
ああ、さすがはママ。けれどそんな辛い顔はしないで。クロエも辛そうだけれど、ちょっと困った顔で微笑んでいた。今はそれで良いと思う。
私が考え過ぎなのかも知れないけれど、あのお姉ちゃんの子供時代だ。居ない子にされてたとか気にしないだろう。むしろ拒絶には何か意味があるはずだ。それをわかってあげないと。
徐々に体調が戻った私は、ワルシャワまでそんな事を考えていた。
「もう家を出て何時間過ぎたの? お陽様がまだ出てるのに眠いよ~」
「17時間ほどかな? 日本ならもう夜だね。時差はポーランドなら8時間ってトコか。だからここだと夕方の6時だ」
「皆んな、お腹は空いてない?」
「機内食があったから」
ところが私とクロエは体調不良でほとんど口を付けなかったので、お腹がグ~グ~鳴っていた。
「何かワルシャワ弁当みたいなのは無いのかしら?」
「アイリ、日本じゃないんだから。そんな空弁があれば嬉しいけどね。けれど何か軽く食べた方が良いだろうな」
「そうだ、キリツグ。東欧には餃子があったわね?」
「ギョーザなんてあるの?!」
「あ、知ってる。何だっけ……ピ、ピ、ピロシキ! そうピロシキだ!」
「それエルヴァ君に教えられたんだろう? 後で叱られるよ? 正解はピエロギだ」
「そうだ、ピエロギだった……」
「けれどポーランドのピロシキはパン生地でなく、ピエロギみたいに小麦粉の皮だから。勘違いはそれもあったんじゃないかい?」
「ああ、お姉ちゃん達が作ってくれるのね?」
「たぶんね。エルヴァ君は東欧やロシアとも取り引きがあるそうだから。それで作り方を覚えたんだろうね」
「じゃ、あの赤いスープも作れるのかしら?」
これは私が答えた。
「ボルシチでしょう? あっちのママの大好物で自分で作ったりもしていたよ」
「え?! あちらの私は作れるの!?」
「いや……本当は赤いカブみたいなお野菜で作るんだって。なのにママはトマトで作っちゃって。お姉ちゃん達はこれだと具の少ないミネストローネだろうって。味を整えたら結局ミネストローネになっちゃってね。でも美味しかったよ」
「ナイス・リカバリー!」
パパが親指を立てた。ママの事を良くわかっている。
「失礼ね」
「お姉ちゃんの言った通りだ。ちゃんと料理を学ばないと」
「そういやイリヤは良くお姉ちゃんやセラの料理を手伝うね? 私は見てるだけだけど」
「うん。イリヤやクロエお姉ちゃんが手伝っているからっていうのもあるけれど、前にお姉ちゃんに言われたんだよ。上手になれば家族が喜んでくれるし、ママにアドヴァイスもできるからって」
「ああ、お姉ちゃんよねぇ……」
「あの子に来てもらって正解だ」
「み、皆んなして……酷い……」
ママが崩折れた!
「ちょっと、言い過ぎよ」
「うん、悪いとは思うよ。けどね、クロお姉ちゃん。年中さん、1年生、3年生の3回も病院に行って学校を休んだんだよ、私」
「あ、そうだった……。それで今5年生だから……?」
「そう、それを回避するためには自分から動けって。黒化英霊と同じだよ。自分で自分を護れないと、お姉ちゃんでも救けられないでしょう?」
「イリヤ……成長したね。父さんは嬉しいよ。けど、ママのライフはゼロだ……」
「ママ、器になりそう……。皆んな、チューリッヒの空港で金杯が転がっていたらそれはママよ。棚に飾っておいてね……」
「何を言ってんのママ!」
飛行機から降りて歩いている途中でぺろんと聖杯になるの? そういう時間差があるんだ?
私はクロエと顔を見合わせた。思わず吹き出す私達。傍から見たら本当に変な家族だ。けれどそれが私達なんだ。
結局、私達は空港内の売店でピエロギやピロシキを買ってお腹を満たしたのだった。さぁ、次に乗り換えればいよいよスイスだ。