「うっわ。なにか寒くない?」
「ヨーロッパは日本より涼しいからね。それにチューリッヒの標高自体は400メートルくらいなんだけど、アルプスを挟んで北と南では同じヨーロッパでもかなり違うんだ。イタリアに行けば北部でもかなり暖かいよ」
「ドイツも寒かったわね」
「そうだね。そうだ、アイリ。ここと君の故郷はかなり近いと思うよ?」
「そんなに近くないと思うわよ、キリツグ?」
「お姉ちゃんの家とママの昔の家は直線で50キロだって聞いてるよ?」
「本当に? スイスのどこだったの?」
「ザンクトなんとかってとこ」
「ああ、ザンクトガレンか。スイスの一番東の州だね。そこのどこって話してた?」
「確か……クロ、何だっけ? 川の名前」
「ライン川。それが窓を開ければキレイに見えるって。それとハイジの村が近いって話してたよ」
「ほとんど国境じゃないか? そんなところに。ここからでも90キロは離れているだろうね」
「でも、あなた。お祖父様のお家はチューリッヒよね? どうしてそんなに離れて……」
「うん。それも聞いてみれば良いさ」
「間違ってるかもだけど」
「何だい? クロ?」
「その近くにお祖父様の夏の別宅があって、お姉ちゃんが気に入っていたとか。それでそこから幼稚園に通うって決めたらしいわ」
「なるほどね」
「クロちゃんは、スイスにどうしてアインツベルンがあったかも聞いている?」
「うん。お姉ちゃんに教えてもらったよ」
「どういう事?」
「元々のご先祖様は中央高原からヨーロッパに渡ってきて、今の東欧で定住したそうよ。その頃にルヴィアの家とわかれたらしいわ。それで、更にわかれて昔の黒い森になる前の森に住むようになった人達がアインツベルンの先祖なんだって」
「へぇ~」
「そしてその黒い森は南北に長くて、南の端がスイスなのね。その森と同じように南へ南へ移動していって、それで初めてアインツベルンと名乗った人はベルンで1番の魔術師だったらしいの。間の『z』が、魔術師の頭文字なんだって教えてもらったよ」
「いや、それはきっと『Zauberer』で、魔法使いの事だろう。そして『1』という意味の『Eins』の『s』と『z』を掛けているんだね。僕も初めて知ったよ」
「本当にエルヴァちゃんは総裁なのね。それ、第三魔法がベルンで成されたって意味かしら?」
「だろうね。だから君のところとも近いのか。色々と納得だ。さてと、迎えがあるはずなんだけど……」
「お姉ちゃ~~~~~ん!」
うわぁ~。クロエが荷物を捨てて走って行っちゃった。
ゲートの向こうで手を振るお姉ちゃんが二人に、凜と凛。アーチャーのお兄ちゃんが居ないけど、セイバーが三人!?
ゲートを潜ろうとしたクロエを係の人が止めていた。荷物を拾って来いとお姉ちゃんに叱られている。当たり前だ。
「クロエ。勝手に走っちゃ危ないじゃないか。Entschuldigung」
「お父さん、今なんて言ったの?」
「ドイツ語ですみませんって意味だよ。係の人にね」
「うわぁ~、凄い」
「昔はイリヤちゃんもカタコトで話していたのよ」
「みたいだね……。忘れちゃったけど」
そしてゲートを潜ると、セイバー達はカートを用意してくれていた。
お姉ちゃんが抱きしめてキスしてくれる。チラッと見たら、クロエもされていた。
「お兄ちゃんは?」
「クルマで待機ですよ。この人数ですから3台で来ました。どのセイバーのクルマに乗るか、ジャンケンで決めて下さい」
セイバーが運転手なんだ。騎乗スキルって何だろうね?
「なんでセイバーが増えているの?」
「それは後でお話しますね」
そう言ってお姉ちゃんはもう一人の、クロエが抱きついているお姉ちゃんの方を見た。
「お父さん、お母様……」
「うん、良く無事で……本当に良かった……」
ママは口元を押さえて……泣いてるの?
「なぁ、父上達?」
「何ですか?」
「何でしょう?」
「何か、あの男に見覚えがある気がするんだ。何でだろう?」
「さて……」
「……何でしょうね」
空港の外で3台のクルマが待機していた。アーチャーのお兄ちゃんが見張っている。
「大きい。何、このクルマ?」
「マークを見る限りベ○ツなんだろうけど、日本で見ないタイプよね?」
「ストレッチ・リムジンと言って後席が拡張してあるのだよ。ロールスロイスとどちらにすると聞かれて、こちらを選んだ。ノイン老のクルマはどれも凄いが、この世界でも同じだったな。同じメ○ツェデスでも改造してあるタイプや、今言ったロ○ルスロイスにベン○レー、アストンマ○チンと高級車がゴロゴロだ。わかっていたが、いざハンドルを握れと言われると二の足を踏むな」
「お兄ちゃんは小市民だね?」
「言わんでくれ。自覚しているよ」
公正なジャンケンの結果。
セイバー1、パパ、イリヤ、イリヤ、凛。
セイバー2、ママ、クロエ、白いお姉ちゃん、アーチャーのお兄ちゃん。
セイバー3、褐色のお姉ちゃん、私、凜。
という感じにそれぞれのクルマに分乗したのだけれど。パパとママ以外は皆んな不満顔だった。
せめてお姉ちゃんを入れ替えてあげるべきだと思う。けれどそうするとイリヤ達の不満はますます募るだろうし。私としても多少の不満はあるけれど、気心の知れた凜が居るし、何より褐色のお姉ちゃんともっと話すチャンスとも言えた。
あれ? これは私が一番お得なの? これってどう思うセイバーって聞いたら『静かにしてろ、ガキ』と言われた……。誰だ、コイツ……?
「お、お願いですから安全運転でお願いします」
「ああ!? 行きも事故なしだ。クルマだってどこにもぶつけてねぇぜ? 何の文句があるんだよ?」
凜は行きもこのセイバー3がドライバーだったみたい。
「セイバーってたくさんいるんだね?」
「青、黒、赤……他に白いのも居るらしいですね? おチビちゃんが夢幻召喚した時みたいな」
「ああ、そうだ。じゃ、この人は赤?」
「そうです」
「赤か……色で区別な。良いと思うぜ、オレはな。けど、父上のどちらかが黒だとは言わせねぇぞ?」
なんだか怖いタクシーに乗っちゃった気分だ。けど発進の時に左右のミラーをきちんと見ていた。それにスルスルと軽くクルマが走る。運転は静かで上手い。
「お二人とも青ですよ。黒は先輩方の一番上のお姉さんです」
「あ。そう言や、父上が言ってたな? マスターの姉ちゃんもセイバーだって。どんなヤツだ?」
「私達の学園の英語教師で、先輩と先輩の双子の姉であるイリヤ会長の担任です」
「教師をしてるのか? へぇ~、学のある人なんだな?」
「あなたと同じで、第四次聖杯戦争に参加され、その後受肉されて……」
「待て、魔法使い。オレがその聖杯戦争に出たってのか……?」
「ええ。ここの第四次聖杯戦争に参加されていたと聞いています」
「そうか……。なぁ、英霊って座に本体があって、この世に来るのはコピーだろ?」
「そうですね」
「だよな。だから父上が二人も三人も居る。これはわかる。そんな事もあるんだなって納得できる。けど……あの二人は余りにも違うだろ? キャメロットの記憶は同じだと思う。けど雰囲気が何か違う。お前、これを説明できるか?」
「できます。例えばここの世界で、英霊にまで至った英雄が居たとしますよね? その人の異世界同位体も同じように英霊にまで至ればどうなりますか?」
「答えは二つだな。座は世界の外にあるから、この世の道理とは別のルールで動いてる。だから統合されるか、別の座を持つかだ」
「正解です。別の座を持つのはかなり条件が厳しいとは思いますが」
「だよな? その先を教えてくれ」
「太古の分岐が少ない時代なら、分岐ごとに別の座を持つ英霊が居たと思います。けれど歴史が進んだ今みたいな時代ですと、管理が大変ですから統合される英霊がほとんどだと思います。そこでアーサー王は死後を捧げるから、聖杯を得られる場に送ってくれと世界に願ったのはご存知ですか?」
「いや。けど理由はわかる。ブリテンの滅びを無かった事にしたかった。そんなトコだろ?」
「それが第四次の願いで、第五次では王の選定のやり直しを願われました」
「バ、バカな!? オレと一緒って事だぞ、それ?」
「それをあなたは今も?」
「今? もう滅んだ国を今更……あれ? オレ……?」
「アーサー王は生前に願った事で、分霊が帰る仮初の座が時間を止めたカムランの丘にあったんですよ。そして生きている間に様々な世界で召喚されました。この時の記憶が齟齬を起こさないように座の中に座を持つような存在に死後、祀られたんです。だから座は一つとも言えるのに様々な経験と記憶を持つ王が複数存在するんですね」
「何でまた、そんな事に?」
「私の師匠と生涯友人だった人もまた、アルトリア・ペンドラゴンだったんです。その人が師匠のトオサカ・リンと夫のエミヤ・シロウとの三人で並行世界を延べ1548年も渡り歩き、とある世界を人類滅亡の危機から救ったんです。それでヒトだった二人は死後英霊に迎えられ、アルトリアさんは元々の霊格が高いので座の最上位存在となったんですよ。つまり英霊アルトリアの座の中に、英霊リンと英霊シロウの座があり、それぞれの下位に独自で英霊に至った存在の座が組み込まれたんですね。だから前のクルマのセイバーさん達は、最初のアルトリアさんの座の中に別の座を持っているはずです」
「はぁ~~っ!? ちょっと待て、前半はあそこで聞いたからわかるが……整理する……」
そこで私はポシェットからメモを出し、そこに大きな丸を描いて中に一部が重なるような丸を二つ描いた。
外の大きな円はアルトリアの座。中の二つの円はリンとシロウさんの座だ。シロウさんの座の中にもっと小さな輪を四つ描けば、それがアーチャーのお兄ちゃんの座であり、もう一人のアーチャーのお兄ちゃんの座になる。一つ目は摩滅で瓦解したから、今は三つだ。リンの座の中には今のところ他にいないらしい。でも凜がいつか入るかもしれない。
そして空いた場所に点々を描けば、それがセイバー達の座だ。画を見せながら説明したら、なんとかわかってくれた。
「ありがとな」
運転中なのに後ろを振り向いて、私の頭をワシャワシャと撫でる。最初の印象と違って根は良い人みたいだけど、危ないっつうの。
「そうか、オレはどこかの父上みたいに世界を救った経験が無い。だから統合されて行くんだな?」
「うん、そうだと思う」
「そっか……この奇妙な感覚。記憶には無いけど、あの親父さんはオレのマスターだったのかもな……」
「座の記録には載っていると思いますが、眠っているのか起きているのか自覚もできない状態で、参照なんてできるはずもありません。また座に居る本体は次から次へと足されていく粘土みたいなものです。召喚ごとにそこから小さな相似形を出して、帰って来たらまた足されて捏ね直される。だから並行世界の自分だけが経験した、今までの自分が未経験な事までが蓄積されるんです。なので記憶はどんどん曖昧にならざるを得ません。英霊になってしまった人の悲劇ですね」
「むぅ……」
「それと召喚時には最盛期の姿で召喚されると言いますが、これにも例外があります」
「例外? どんなだ?」
「例えば14~15歳で英霊になった人なら、肉体的に最盛期になる22~25歳の成長した姿で現れるとか、70歳くらいの晩年で英霊に至った人は40歳前後の脂が乗った姿で召喚されるとか」
「そうか、言いたい事がわかった。父上の年齢だろう? 確かに実年齢は30代半ばだったと思う。けど、あれは岩の剣を抜いたからだぞ?」
「そうです。セイバーさんの場合はそれがデフォです。ですが私の言いたいのは少し違います。デフォの姿は本人の意志と認識に史実、これらも大きな決定要素ではありますけれど、伝承の方がより大きな要素なのですね。これはわかりますか?」
「本人の意識や歴史より伝承が上。信仰だろ? ま、オレ達はそういう存在だ。それはそうだろうと思うぜ?」
「そこを理解して頂ければ早いです。つまり召喚の術式次第ですが、召喚者の思い描く年齢や性別で喚び出せる可能性もあるという事なんですよ」
「そんなのまで勝手にされんのか?」
「まぁまぁ、可能性です。問題はこの先ですから」
「まだあんのか、何だ?」
「人によっては最盛期が一つでは無いでしょう? 青年期、晩年期で二回ピークを迎える人も居ます」
「そうだな、そういう奴も居るだろう。その二回がいずれも、英霊になれる条件を満たしているなら大したもんだがな」
「そうです。その例だけで、とある英霊は二種類喚び出せる事になりますよね?」
「極端だがそういうこったな」
「そして、一芸だけの人も居れば多芸に秀でた人も居ますよね? これが聖杯戦争のような、クラスに落とし込む召喚方法だと能力が限定されるんですね。モードレッドさん、セイバーさんは騎士の王です。騎馬、槍、剣が届く範囲の近接格闘、政治と執政。これらに秀でた人だったでしょう?」
「ああ、それは間違いない。ああ……なるほど、クラスを変えて召喚すれば、ある側面に固定されて召喚されるって事か……」
「そうです。ですが先輩や幼い先輩は、その枠を取り払って召喚しているんですよ」
「何?! それか、お前の言いたかった事って?」
「そうです。英霊召喚なんて冬木の例しか成功例が知られていません。ですから、倫敦でも冬木の術式の改変でしか喚べない人ばかりだったんです。ですが先輩もエルヴァちゃんも、術式がオリジナルなんですよ。便宜上セイバーと呼んでいますが、彼女達は英霊アルトリア・ペンドラゴンであって、剣士に括られている訳ではありません。それはあなたも同じです。今後、誰かが英霊を召喚して立ちはだかっても、それが冬木式のサーヴァントなら、あなたは勝てます」
「当然だ。けど、マスターはそんな風にオレを……?」
「きっと、あなたの中に自分を見たのだと思いますよ? 召喚前に伝承や物語を様々調べたでしょうから」
「そうだよな。何だってあんな熱心でまっとうな奴がオレをと最初は思ったからな」
「一言では言えませんが、色々抱えている子です。育ての親は大切な家族だけれど、生みの親や姉妹は気になる。それもまたジレンマですよね?」
「ああ……」
枠に落とし込むから召喚できるはずなのに、お姉ちゃんは枠を取り払って召喚できるという。だからお姉ちゃんのセイバーやアーチャーのお兄ちゃんはあんなに強いんだ。そしてそれと同じ事をエルヴァは行った。
私は魔術師でありたかった。だから一方的に封印された事もそうだけど、ママの単純な理由に怒りを覚えたのだ。魔術師の家に生まれたのに、それは無いだろうと思ったのだ。
普通で居て欲しい。それはわかる。けれど押し付けて欲しくなかった。だから普通であり、普通を望むイリヤにも腹が立ったのだ。
だけど魔術師として育っても、聖杯の器として利用されるのがオチだった。すぐ上のイリヤお姉ちゃんは別として、小さいイリヤお姉ちゃんも巫女のイリヤお姉ちゃんも聖杯の器だった。中でも巫女のお姉ちゃんは、皆んなを救けるために大聖杯を閉じさえしたのだ。
今の私は魔術師ではありたいけれど、聖杯として消えるのはごめんだった。そんな運命という枠を取っ払って育ったエルヴァ。あのお姉ちゃんが、言ってみれば妹なのだ。以前の私なら羨ましくて仕方なかったろう。
でも、クロエとイリヤは大変だなぁ……。羨ましく思う前に私はそんな事を考えていた。少しは成長したのかな?
そこでふと気付いた。ここまで褐色のお姉ちゃんは何一つ話していない。隣なので手を出せば握ったりしてくれるが、ずっと窓の外を眺めていた。どうしたんだろう?
やがてクルマが大きなお屋敷に着いた。門をくぐり中に入って行く。建物と思ったのは城壁だった。中は広い庭。花壇や林のような植え込みもある。
樹々を縫った先に本当にお城があった。お城の前の屋根付きガレージには高級車が10数台ズラッと並んでいる。この内の2箇所がエレベーターで、地下の駐車場と繋がっていると以前お姉ちゃんに聞いていた。このチューリッヒ以外に、会社のあるバーゼルにもお祖父様の家があり、そこには1000台以上のクルマがあるんだとか。
「お祖父様は戻られていますね」
「魔法使い。どうしてわかるんだ?」
「あの端っこにある青いポ○シェ。あれがあればお戻りの証拠だと以前聞いていたので」
「それはお前の世界でだろ? ここはもう1台あるみたいだ。その横の白いのがそうなんだが、面白いクルマだった」
「操縦させて頂いたんですか?」
「ああ、両方な」
「どうでした?」
「白いのはくねくねした道だと最高に楽しいな。青いのは難しい。面白いとは思うけど難しいな」
「青の方は964ターボの改造車ですが、私の方の世界ではアルトリアさんですら乗りこなせなかったモンスター・マシンだそうです。何でも700馬力もあるのに外装がカーボンで作り直してあって、やたら軽いとかなんとか」
「ああ、らしいな。オレも偉そうに言って恥をかいた。バケモンだ、あれは」
第一印象最悪の英霊がしおらしい。後でお姉ちゃんに聞けば、本当に気難しいクルマらしく、お祖父様以外は誰も乗りこなせないのだそうだ。白い方のエルお姉ちゃんがやって来た。
「お姉ちゃん、あれはどういうクルマなの?」
「え? ああ、あの青いポ○シェですか? あれはベースが964のターボ3.6ですが、見た目はあちらの世界と同じですね。エンジン・フードがカレラRS3.8用に似せたオリジナルのカーボン製で、リアフェンダーもスラントノーズと同じインテークを付けたカーボン製です。確かシャーシはスポット増ししてるだけで、フロントフェンダーともどもノーマルらしいですが、トランク・フードはカーボンと聞いていますね。ここではどうなのかわかりませんけれど。それと内装は基本ノーマルですが、リアシートがありません。私の方のお祖父様は、リアのサス形式をセミトレからマルチリンクに改造していましたね。エンジンも700psを超えているそうです。ですが、どちらにせよ夏に997が出ますので、今となっては古いクルマですよ」
「古いの?」
「ええ。現行が996、その前が993。964はそのもう一つ前の型です。お祖父様も純粋な速さを求めておらず、ワインディングでの操縦性を楽しんでいらっしゃるのだと思います。ただ、RRなので加速中や坂を登る時はリアに荷重が偏って、フロントの接地感が無くなるようですね。アルトリア姉さんが事故を起こし掛かったくらいです」
「やっぱ、ハンドルが変だよな?」
「乗った事が?」
「ああ、昨日な。爺さんはそれであっちの白いのに乗って仕事へ行ったんだ。それで帰って来た夜に、白い方を運転させて貰ったんだよ。遅いけど、あれの方が面白かったな」
「そうかも知れませんね。同じポ○シェのRRターボなら現行のGT2の方が断然乗りやすいでしょう。4WDのターボやNAのGT3ですともっとです。あそこに赤いクルマが数台見えるでしょう? 赤がフ○ラーリの575Mマラネロで、ワインレッドが456Mですが、あれ等や、その向こうのまるで魚雷かなまずみたいな渋い色のアストンマーチンDB7/GTA等は、馬力があっても操縦しやすいと思います。あの964は限定のエンツォフ○ラーリやカレラGT以上のじゃじゃ馬ですよ。リアエンジン・リアドライブの2WD、カーボンで軽量化されたフレームに、タービンを大型化した大馬力の空冷エンジン。平地で真っ直ぐ走らせる事すら困難です。横に乗りたくないクルマですね」
「だろうなぁ。けど、爺さんは楽しんでるんだろ?」
「そうです。とんでもないコレクターでクラシック・カーやレーサーもたくさんお持ちですが、1番はポ○シェとフ○ラーリと仰られています。特にあの964は新しいポ○シェを手に入れられた時のベンチマークにされているので、とても気に入られていますね。メーカーから993GT2や996GT2といった似たコンセプトのクルマを手に入れられても引退させませんねぇ」
「よっぽど気に入ってんだな?」
「みたいです。それ以前はRUFのCTRや930ターボの改造車で、そのもう一つ前がカレラRSだったかと。ともかく、どこに跳んで行くかわからないクルマをきっちりとコーナーに沿って曲げる……微妙なステアリング操作とアクセルワーク、それを淡々とこなすのが楽しいみたいですね」
「その気持ちはわからなくもねぇな。それで白い方はどういうあれだ?」
「白いクルマも964ですが、ライトウェイトというこの世に23台しか無い特別車ですよ」
「貴重なのか?」
「そうですね。それでも同じ964のRSスポーツ・タイプの11台より多いです。特徴としては、2WDでなく4WDのカレラ4の軽量版な点で、車重も1100キロだったかと。たぶんお祖父様はあなたからターボの感想を聞いて、急遽あれを出したのだと思います。だって予備のクルマは993のカップレース仕様と同じエアロを纏ったRSですから。これまた限定だった993RSCS、クラブスポーツよりド派手ですよ」
「う~ん……。わざわざ用意してくれてたのか。何か悪ぃ事をしたかな?」
「どうでしょう? 結構、あなたからの感想が嬉しかったのだと思いますよ?」
なに気ない会話の中で、お姉ちゃんはこちらのお祖父様の気質を探っていた。
「そうなのか?」
「ええ。きっと964のライトウェイトはデフのロック率やトルクの前後配分を、あなた向きに変えていますよ。だから気持ち良く操縦できたのだと。そしてそこまでしたのはあなたの事が、とても気に入ったからでしょう」
「そうか、へへへ……。なぁ、あの爺さんは騎乗スキルがあるのか?」
「いいえ。英霊を馬鹿にする訳ではありませんが、時速60キロも出ない馬で持ち得たスキルが、時速300キロや350キロも出るクルマを1000台も乗りこなしてきたお祖父様と同じはずがありません。だって、戦闘と関係ないのですから」
「やっぱそれか!?」
「そうです。英霊とはそのほとんどが、戦闘での武芸で名を売り、英雄と讃えられた人です。災害を止めたとか、山に穴を空けて道を作ったとか、そういうタイプの英霊は極少数です。となると騎士であったあなたが現代のクルマに乗れば、確かに乗り方は頭に浮かぶでしょうし、身体も付いて来ると思いますが、戦闘行為で無い限りちょっと上手だ程度で留まると思いますよ?」
「ああ……納得だ。さすがのオレも1000頭も馬に乗った憶えは無ぇしな」
「それに、もしドリフトを綺麗にキメながらコーナーを抜けられたなら、それはお祖父様の与えた知識ですよ」
「あ!? どういうこった?」
「大聖杯なしの召喚だったのでしょう?」
「そうだ。そう聞いてる」
「なら、あなたには大聖杯が与える、現代に即した知識がありません。ですがクルマが操縦できた。その知識は誰が与えたのかですよ」
「そういう事か……。じゃ、爺さんがそれを?」
「たぶん。エルヴァが幾ら才能があっても、10歳でクルマは運転しないでしょう? 興味があったとしても、シフトのタイミングやアクセルワークまでは知らないでしょうし」
「言われてみればそうだな」
きっと、お祖父様はモードレッドで実験というか、データ取りをしていたんだ。このクルマの前にも色々試していたと思う。
「けれど、バイクならワンチャンあるかもですね」
「お前みたいに、マスターも乗ってるって言うのか? それこそねぇだろ? 足が届かないぜ?」
「さぁ、それは知りませんよ。ですが騎乗スキルが一番活きるのはバイクですから」
「なるほどな、それも納得だ。言ってみりゃ、バイクって現代の馬だもんな? 面白ぇのかな?」
「一番上の姉が化け物みたいに上手です。そして私のセイバーも。ですからあなたも向いているかも知れませんね?」
「ああ、そんな気がするぜ」
意外だ。お姉ちゃんはこんな気難しい性格の英霊と気軽に話している。クルマからバイクに話を持っていき、何々が向いてそうだと教えただけでこの英霊は笑うのだ。私はまだまだ子供だ。お姉ちゃんにもっともっと教えてもらわないと。
けれど同じアインツベルンとしての贔屓ではないけれど、バイクに乗るのが誰よりも上手なのは、エルお姉ちゃんのもう一人の乳母であるルオンさんだ。
この人は純粋なホムンクルスなのに、化け物とまで言われるアルトリアお姉ちゃんに一度も負けた事が無い。
ではどうしてアルトリアお姉ちゃんが化け物と呼ばれるのかというと、ルオンさんと同じようにカーブに入ると限界で滑ってコケるしか無いのにも関わらず、膝や肘で地面を押して立ち直るからだ。
私も何度か見たけれど、あれは英霊にしかできないだろう。コケないという執念は凄まじい。
エルお姉ちゃんは目の前の英霊に、もしお祖父様が出してくれるのならマクラーレンなんとか(F1)か、それが無理ならフ○ラーリのなんとか(F355か360モデナ)を試させてもらえと話していた。
「後、モデナのチャレンジストラダーレは良いですよ。見た目は前のモデルのF355だと思いますが、あの性能はV8フ○ラーリの傑作です。それとサーキット限定ですが、お祖父様はグループCやスポーツカー世界選手権で使われていたプロトタイプカーのポ○シェ956Bや962C等をお持ちですからそれに乗れれば良いですね。さすがに市販車の959にダウアー962LM、ケーニッヒC62、それとメルセデスCLK-GTRには乗せてくれないでしょうけど」
「それも希少なのか?」
「そうです。それだけでなく市販車なのに後ろが見えないので、トラックに乗り馴れたような人でないとどこも走れません。街中では駐車場にも置けませんから」
そこにセイバーが入って来た。
「確かにそういうのはありますね。エルから戴いたは良いが、あれも後ろは見辛いですし、断られる駐車場が多いです」
「あれ~? ディアブロやムルシエラゴならともかく。あれは大丈夫でしょう? 冬木だからでしょうか?」
「かも知れませんね」
「え? そっちの父上はクルマを持ってんのか?」
「ええ。エルから戴きました。ラン○ルギーニ・ガヤルドという10気筒の5リットルエンジンの車で、500馬力あるそうです」
「良いなぁ。何でそんなのを?」
「今年の7月で18歳になるのでクルマの免許が取得できるでしょう? それで仕事用のクルマとは別に、休日用として先に注文していたのですよ。それが配送ミスか私が注文ミスしたのか、何故か日本に届いてしまって。それでお母様に黙って乗られて壊されるくらいならとセイバーに譲ったのですよ」
「へ~。オレも欲しいなぁ」
「その前にチャンスがあればバイクに乗りなさい、モードレッド。日本製のバイクは良いですよ」
「そっか、バイクか……。父上、オレならどんなのが良いかな?」
「そうですね。リッター前後のスポーツ・タイプはどうでしょう? アルトリアが乗っているのですが。彼女は最初にホ○ダのCBR900RR(SC28後期)に乗り、次いでスズキのGSX-R1000(K1)、そしてついこの間までヤマハのYZF-R1(5PW)で、先日ホ○ダのCBR1000RR(SC57)を買い足していますね」
「はぁ? どんだけ持ってんだよ?」
「彼女は教師として真面目に働き、自分の収入でそれらを購っています。モードレッド、バイクなら300キロ出る高性能でも百数十万で手に入ります。戸籍だけを用意して貰い、自分で稼いで買いなさい。私が働いているのもGSX-R1000(K4)かYZF-R1(5VY)が欲しいからですよ」
「むむむ……」
もう一人のセイバーが目を丸くして驚いている。
「あなたや、そのもう一人のアルトリアはそんなに?」
「ええ。第四次でVMAXに乗った記憶はありますか?」
「はい」
「彼女、アルトリアはそれがマアエモやルオンの助言もあって、CBR900RR(SC28後期)だったのです。当時8歳のエルを後ろに乗せて戦場を駆け巡ったのですよ」
エルお姉ちゃんは風王結界で包まれ、300キロを越えて疾走るCBR900RRが今だに忘れられないという。またアルトリアお姉ちゃんも、小さなお姉ちゃんを後ろに乗せて走った日々が忘れられないという。
きっと二人だけにしかわからない色々な事があったのよと、イリヤお姉ちゃんが言うけれど私もそうなのだろうと思う。だってそのCBR900RRは今もガレージで大切に保管されているからだ。
その日本のとは違う目の前の駐車場で、褐色のお姉ちゃんは溜息を吐いていた。
「はぁ……。憂鬱……」
「お姉ちゃん?」
「ううん、何でもありません」
見れば白い方のお姉ちゃんも、お話が終われば溜息を吐いていた。何かあったのかな?
お城の玄関に向かって歩くと、日本車みたいなクルマがすぐ脇に置いてあった。白いボディに赤いHのマーク。きっとここのマーヤさんのクルマだ。
「お姉ちゃん達、あれ」
「ええ。たぶんママのクルマですね。EP3ですか。日本住まいでないからDC2やDC5では無いと。面白いものですね」
「これ、こちらではバカ売れしているそうですね。LSDなどが入っていませんので、日本のタイプRとは違いますが」
「ママならLSDを後から入れるでしょう。価格も安いですし、性能を考えれば良いクルマですよ。トータルバランスはEP2のD16V1だと思いますが」
「サーキットではイマイチでも、ノーマルなら足がヨーロッパに向いていますよね。会社の駐車場で運転させて貰って。1.6リッターでも十分でしたね?」
「はい。2リッターのK20AはやはりDC5です。あれも足がタラバガニで、サーキットには向きませんけれど。でもEP3のインパネシフトは面白いですよね」
「ママは欧州仕様のS2000もお持ちだと思われますか?」
「ホ○ダ党なら当然でしょうね。241psですが、オープンにして走れば気持ち良いでしょう」
S2000はママもマーヤさんも乗っている。
私やイリヤも何度か横に乗っていた。あれがスイスで乗れるなら気持ち良いだろうね。
そしてセイバー達が、とても大きくて高いドアの前に立つと中から扉が開いた。
「Herzlich willkommen,Einzbern.(ようこそ、アインツベルンへ)」
左右に何十人もの使用人がザッと並んで歓迎してくれた。
通り過ぎると最初の人達が表に出て行く。荷物を引き取りに行ったみたい。
イリヤ達がホールを見て驚いている。天井の高さが、たぶん4階建ての校舎より高い。本当に高い。森のお城より大きくて広くて豪華じゃないかな?
皆んなが上を見てうわ~と言っている中で、褐色のお姉ちゃんは階段脇の大きな壺を覗いていた。白いお姉ちゃん至っては階段下の骨格標本!? に話し掛けていた。
「お姉ちゃん、何を覗いているの?」
クロエが聞いた。私も傍に行って話しを聞く。
「やっぱり。ゴルフのクラブがギッシリ」
中は本当にクラブがこれでもかっていうくらいに入っていた。
お姉ちゃんが言うには、大切なクラブやコースに出て使うクラブは別にあって、これは練習用なのだとか。ここや玄関の前でお祖父様は素振りをするのだという。
「クロ、あのガイコツ、動いたよ!」
あれは生きていて、このホールの見張り番だと説明するお姉ちゃん。変だそれ。お化け屋敷か、ここは?
なのにクロエとイリヤは恐々ガイコツと握手していた。度胸あるな、あの子達。
そんな具合にホールで待っていたら執事の人らしき男性が現れた。
「お待たせしました。旦那様との会見のご用意が整いました。こちらへどうぞ」
通訳はパパとママ。全部ドイツ語だって。
案内された部屋の扉の前で、白いお姉ちゃん達が待ったを掛けた。箱を取り出し、廊下に積み上げた。4箱くらいあったと思う。お土産のおもちゃだそうだ。
そしてお姉ちゃんは、拳銃を出して褐色のお姉ちゃんに預けた。
「先日のグロック? でなく……ワルサーP99QAですか?」
「差し上げますよ。限定のMI-6は譲れませんが、それ好きだったでしょう? 私は今回P88です」
「P99ASでなく?」
「レンジや実戦ならあれですけれど、遊びですから」
「なるほど。ではおチビちゃん達には?」
「勿論、PPKです。ね、凜?」
「はい。私はいつものワルサーP22ですよ」
拳銃の事だと思うけど、お姉ちゃん達が何を話しているのかわからない。
「PPKねぇ。今となっては重いし、ショートリコイルではありませんから反動も大きいですのに」
「確かに.32ACPより上の.380ACPでも400グラム前後、9ミリ・パラベラムでも500グラムを切るのが現代のハンドガンです」
「ですね。ですが古典にケチを付けてもですよね」
「そう、そういう事です。遊びですよ、遊び」
「何をするの?」
「大丈夫ですよ。弾は抜いていますから、しっかり狙ってパンと言って下さい」
パパとママも拳銃を出した。
イリヤ達がギョッとした。けれど遊びと聞いてホッとしている。私はママも撃つんだと、そっちに驚いたけれど。でも考えれば当たり前か。だってパパの助手がママなんだし。
「お母様はSIGのP230ですか?」
「ええ。私はずっとこのシルバーのP230よ」
「お父さんは92FSのどれかとは思っていましたが、コンパクトLとは」
「うん。仕事に応じて変えるけれど、これはダブルカラムで10発、ロングマガジンで13発だ。結構使えるよ」
そしてどーんとドアを開けて前方にくるりと回って入って、立て膝でパンパン言うお姉ちゃん達。
部屋の中に居た人物は、サッと大きな机の後ろに跳んで入った。そうか、アニメみたいに片手を付いて跳ばないんだ?
走り高跳びみたいに身体を低くしてスレスレに。これが本当の避け方なんだね。
お姉ちゃん達も左右に別れて戸棚や本棚の陰に隠れている。動きが本当に早い。凜は銃を両手で握り、ドアの陰で様子を伺っていた。そして顎で私に入れと指示した。
なので私も銃を両手で構えながら、腰を低くしてササッとソファーの影に入った。続いてイリヤが……。
「パン! 中ったぞ、白いチビ。3分倒れとけ」
「おチビちゃん、アウト。3分間死んだふり!」
あ~、直ぐに何かの影に入れと言ったのに。急いではいたけれど、立ちながら入って来ちゃった……。
「な、何なの!? クロエお姉ちゃんのイリヤ、死んじゃったの?」
クロエと彼女のイリヤは、空気を読んで低い姿勢で傍まで来た。
「イリヤちゃん、シ~ッ。真似だけだから。クロエちゃん、あの大きな時計のところまで走って。バックアップするわ」
「りょ~かい!」
スッと時計の影に入るクロエ。すかさずママもそこに行った。
お姉ちゃん達がママをちらりと見た。わかる。このママは戦い慣れている。銃の構え方や姿勢が違う。
そして何よりクロエを護るように、あの子に被さる隠れ方をしていた。ママ……。
「今よクロエちゃん!」
「パン」
「パン」
「頭を下げて、それ! パン!」
皆んなして口でパンパン言っている。すっごくシュールだ。
「お父さん! 今です!」
「了解! 固有時制御・二重加速! (タイムアルター・ダブルアクセル!)」
パパがあっという間に机の向こうに回り込んで、中に居た人の頭に銃をあてた。
すかさずお姉ちゃん達も同じ人物に狙いを付けた。
「ノイント老、降参されますか?」
「ハハハッ、魔術の使用は反則じゃぞ?」
「失礼しました。しかし娘が撃たれるとなれば」
「じゃな。良い眼をするようになったの?」
そこに居たのはタキシード姿の、パパと見た目の年齢が変わらないおじさんだった。この人こそが、お姉ちゃんに写真で教えてもらっていたノインのお祖父様だ。凛がポカーンと見ている。
そう、私の知る妹弟子の方の凜が『若い! シブい! ああ、こんな人がパトロンなら……』と呟いたほどの人なのだ。今年154歳になるお祖父様は、昔のスパイ映画に出ていた俳優さんにそっくりな、顔の濃いイケメンだった。
身長もパパより高く、がっしりした体付き。ドイツ系と言うよりスコットランド系だとはお姉ちゃんの弁。お祖父様のママがスコットランド人だったのだとか。
それが自慢で、こういうスパイごっこが大好きなのだと、私は以前お姉ちゃんに聞いていたのだった。
ちなみに私がお祖父様と呼ぶのは、そう呼ばないとお姉ちゃんに睨まれるからだ。けれど小父様と呼んだ方が良いような気もする。さて、ぶっつけ本番だけど上手く行ったかな?
「あれ、ノイント老。そのPPKは随分と……また新しいコレクションですか?」
「ああ、先日Mから届いた。まだ弾を撃っとらんのだ。後でレンジに付き合え」
エムって誰? 執事さん?
「っと……お前さんの娘達もPPKではないか? やったなキリツグ?」
「いや、これは……」
「何を言っとる、見せてみぃ。ほれ、この褐色の子のはアメリカ向けのPPK/S、こっちの白いのもシルバーのPPK/Sじゃ。良い指示を出しておった褐色の子のは……なんとグリップにナチスの紋章入りか。口径も7.65ミリ。1934~1935年頃の本物じゃな?」
「はい、私の世界での第三次聖杯戦争の戦利品です。刻印から1935年製と判明している本物です」
「ユグドミレニアから奪ったのか?」
「お祖父様。アルトゥル様の戦利品です。こちらには他にもありますので、ご遠慮無くどうぞ」
「そうか、あいつの……。ありがたく頂くよ」
お祖父様はエルお姉ちゃんから手渡された銃を、とても大切そうに引き出しに閉まった。
お姉ちゃんが言うには、ここがお祖父様の書斎で、あの机はハカランダという楽器用の高級木材で造られているのだとか。周りの本棚や戸棚も全部同じだという。
「それとこれは日本製のトイ・ガンです。口頭でパンパン言い合うのも楽しいですが、こういうのも試してみて下さい。ウマレックスより弱いのでグラスさえ掛けていれば安全ですよ」
部屋の入り口に置いていた箱を持って来てお祖父様に渡した。
「そうか。試してみよう」
机の上に箱を積み上げた後、お祖父様はイリヤに声を掛けた。
「いつまで寝とるんじゃ、こやつは。それで真っ先に撃たれたお前さんのは……どれどれ。ホホ、これはアルゼンチンの Bersa Thunder 380。それのシルバーとは。散々PPKで揃えて最後はこれか。笑わせるな、ハハハッ……」
なぜかウケた。
「今、食事の用意をさせておるからな。しばらく待っていておくれ。おい、サンダー 380のチビ。お前はいつまで寝とるんじゃ」
お姉ちゃんの通訳でやっとイリヤが起きた。
「あ、もう良いの? 死んだふりって疲れるね~」
「ああ、良い演技じゃった。お前さんか?」
「いえ、こちらの子とこちらの子です。この子とこの子はそちらのエルヴァ君の妹達です」
「そうか、PPK/Sのな。なるほど。しかし可愛い孫に囲まれて幸せモンじゃな、並行世界の儂は。仕組んだのは……エルヴァか?」
「はい」
「あらためて、ありがとうな。しかし、随分大きゅうなったな?」
「17歳ですから。けれど学校では前の方です。今もチビですよ」
「儂にもそう呼ばれとるのか?」
「はい。とても優しく暖かい眼で。バカ娘とも呼ばれております」
「ハハハ……。お前さんはやんちゃだったんじゃな?」
「はい」
「お前は優しいな。そんなところは変わっとらん。チビはおめかし中じゃ。それで、昨夜はホテルか?」
「ええ。こちらには夜遅くでしたから」
「悪かったのう。儂も仕事があったのでな。それであちらが剥離して英霊と一体化したチビか?」
「はい、一体化と言うか能力を常時降ろせるチカラを得たという感じですね」
「なるほどな。置換魔術かの? ほれ、こっちに来んか。何をしとる」
そう言ってお祖父様は褐色のお姉ちゃんを手招いた。
「お、お前さんはP99か。MI-6みたいにサプレッサーを付ければ絵になるのにのう。この世界に残るんじゃろう?」
「はい、お世話になります」
「何を遠慮しとる。困った事があれば何でも話せ。お前も儂の孫じゃ」
「お祖父様……」
そしてお祖父様は褐色のお姉ちゃんを抱きしめた。
「Daigorou……」
はい? お祖父様はここまでドイツ語だった。白いお姉ちゃんがずっと通訳してくれていたのだ。そして撃ち合いの時だけ通訳できなかったから、イリヤの演技は完全なアドリブだ。
なのに……その言葉は日本語に聞こえた。
「さすがはお祖父様。これって、子連○狼の最終回ですよ」
「ノイント老……いつの間にそんな本を?」
「キリツグ、お前はちっとも儂を日本に招いてくれん。アハトの家は忘れろ、儂がお前達をサポートすると言ったろう?」
「ノイント老……ありがとうございます。それで……」
「慌てるな。聞いておるか? あやつは気立ては良いが気難しい性格でな。後で逢わせてやるが、お前達大人からは声を掛けんでやってくれ。この子達は良い子達じゃな。キリツグ、この子達に任せんか? 子供同士なら打ち解けるのも早かろう」
「……そうですね」
「アイリスフィールもな?」
「はい……」
「では、子供達はあのメイドに着いて行きなさい。ドレスに着替えじゃ。両親とデカチビはもう一人のメイドが案内するからな」
そして私達はお姉ちゃん達と別れておめかしタイムだ。
「お祖父様、デカチビって……」
「そうとしか言いようが無いじゃろ? お前のノイントはそう呼ばんのか?」
「このタイミングならという意味ですか? なら言いそうですね。ですが普段はチビかエルです」
「じゃろうな。儂もチビはチビじゃ。しかし被っては困るのう。そうじゃ、ならお前さんはヴァイスチビ、そっちはシュバルツチビで良いかな?」
「まんまじゃん! 絶対にこの子達の見分け方をハンドガンでインプットしたでしょう?」
「そうなるようにしてくれたんじゃろ? だから優しいのうと言ったんじゃ」
「まぁ……そのつもりでした」
「じゃろう? 勿論、PPKが一番嬉しかったんじゃがな」
後で知ったんだけれど、お祖父様は拳銃で人を識別しているらしい。
どうしてなのと聞けば、どちらのイリクロが自分の孫かわかってもらうためだとか。身長が違うのですぐわかると思ったけれど、毎日会ってる訳じゃないでしょうと言われた。そんなものなのかな?
「のう……白いチビ。儂はチビに与えるべきなのか。お前さんはどう思う?」
「両親と姉妹の許可を取った後に決めなさいと話しました。徹底的に調べて、納得した上で決めなさいと」
「そうか。儂を……恨んどらんか?」
「まさか。感謝こそすれ、恨むなんて考えた事もありませんよ」
「はい。そもそも理由がありません。決めたのは自分自身でしたから」
「じゃったな。チビが話しておったよ。腕を飛ばしたんじゃって?」
「ま、まぁ……幼くてバカでしたから」
「それでバカ娘か。クククク……。なぁ、儂のチビは大人しいのかのう?」
「振り回される方が良かったと?」
「わからん。ただ、儂は縛り付け過ぎたのかなと思ったんじゃ」
「あの子は賢いですよ。私とは異なる輝きを持っています。魔術師としてはいつか追い越される気がします」
「私も魔導師向きだと思います。アインツベルンの魔道を大きく進める子でしょう」
「そうか。では、実業家としてはどうじゃ?」
「そこが私にも不明です。まだ何も知らない状態に近いと思いますので。ですから彼女を利用して下さい」
「はい。私が持てる限りの知識と知恵をお貸ししますから」
「そうか。それがお前さん達の気持ちか。ありがとうな。本当に大きゅうなったな……」
黒いドレスに着替え終えた私達は、また別の部屋に案内された。
着替える前に全員でお手洗いに行っておいて良かった。ここ、広過ぎ。絶対に迷う。
「クロエお姉ちゃん達は、あっちでスイスに行った事が無かったの?」
「ナイスな質問ね。実はまだなのよ。今年の春から夏に掛けての調理実習で、学んだ料理をお姉ちゃんに食べてもらって美味しいと合格をもらえれば、夏休みにスイス旅行のご褒美だったのよ」
「それで、こっちでも頑張ってたの?」
「そう。少しでも手を動かさないと。忘れちゃ困るでしょう?」
「なるほどね~」
部屋の真ん中には大きな木のテーブルがある。どれくらいの大きさだろう? 幅は2メートルくらいで長さが10メートルはあるのかな。
長い方へ左右に別れて座るようにメイドさん達がジェスチャーをしている。クロエとイリヤが端っこで向かい同士。その次に私達。私はクロエでなくあちらのイリヤの横だった。当然クロエの横にイリヤが行く。
そして黒いドレスに着飾ったお姉ちゃん達が入って来た。私の横が白いお姉ちゃん。その向かいに褐色のお姉ちゃん。
これ、わざと互い違いにしてない? だってお姉ちゃんの横が黒いタキシードのお父さんで、白いドレスのママが褐色のお姉ちゃんの横だもの。ここでお姉ちゃんに、さっきの銃の事を教えられたのだ。
つまり今から現れる子に、誰が姉妹かをわかってもらうためなんだ。
やがてお祖父様が白いドレスを着た少女と入って来て、少女をテーブルの短い方へエスコートした。この子だ。
肌が白いので見た目はイリヤにそっくりだけど、面立ちは全員同じ。これは座る場所で分けないと難しい。
けれどそれなら、クロエとイリヤのドレスを違う色にすれば良いのに。作法とかルールとかあるのかもしれない。
お祖父様はパパの横に座った。 あれ? ママの横じゃないの? お祖父様もタキシードなのに。頭にハテナを浮かべていると給仕が始まった。
セイバー達やお兄ちゃんに凛と凜が居ない。どうしてだろう? 私の位置からはパパとお祖父様が見えない。真向かいのイリヤは不思議な顔をしていた。そういやこの子にも話してなかったな。となると隣のイリヤは……。
「だ、誰、この子? 私達と同じ顔だけど……?」
横のお姉ちゃんが私に肘をあて、斜め向かいの褐色のお姉ちゃんが軽く頷く。
私か……。私が進行役なんだ? そのまま話して良いのかと、私はお姉ちゃんを見た。するとお姉ちゃんはもう一回頷いた。景気付けにグビッっと食前酒を煽れば、ただのぶどうジュースだった。そりゃそうだろうね。
なんて話そう……。大事な顔見せなんだよね? え~と、え~と。
本日はお日柄も良く……違うッ! 後は若いお二人で……バカなの私はッ!
ファッション雑誌やウェディング雑誌ばかり見ていたからだ。もっと普通の雑誌も読めば良かった。横からはお姉ちゃんの肘攻撃が……。ええい!
「イ、イリヤ……。あのさ……お姉ちゃんから聞いたんだけど、その子は……」
褐色のお姉ちゃん、お願い。真向かいに座っている私のイリヤがジュースを飲もうとするのを止めて?
「その子はあなたとクロエの妹なのよ」
ブ~~ッ!
盛大に吹きやがって。テーブルが広くて助かった……。あなたはしばらくそうして咳き込んでいて。
「三つ子って言うの? あの子はイリヤの下の妹になるのよ」
「う、嘘~~~~~ッ!!」
横のイリヤの声がデカイ。ああ、あの子に呆れられて……。え? 何かドイツ語で話してる?
「Freut mich. Ich bin Elva. Ich bin deine schwester」
身振り手振りでイリヤに……。たぶん、『はじめまして、私はエルヴァです』だ。そして次が『姉妹です』だろう。
イリヤも真剣にあの子を見ている。そして大きく頷くと、彼女の手を取ってブンブン振った。
「お姉ちゃんと同じ名前って事は本当に妹なんだね? ああ……」
そして席を立ってあの子を抱きしめた。それにクロエが続いて二人を抱いた。エルヴァもそれに応えて手を二人の背中に回している。なんだ……こんなに簡単に。そうよね、イリヤだものね。
目の端っこでパパがソ~ッと出ていった。ママを見たら少し困った顔で笑っていた。
斜め向かいのお姉ちゃんが声を出した。
「ここからは好きに話して下さい。私達で通訳しますから」
それと同時に横のお姉ちゃんもドイツ語で話した。きっと同じ事をドイツ語で話しているのだろう。
イリヤは次から次に質問している。お姉ちゃん達は大忙しだ。クロエは気を利かしたのか最低限の質問しかしない。けれどその顔はとても嬉しそうな顔だ。
「ママ、パパは?」
「嬉しくて廊下で泣いてるのではないかしら?」
「後で教えてあげないと」
「そうね。皆んなでお話ししましょう」
そして最初の料理にやっと皆んなが手を付けた。1時間くらいだろうか。たくさん食べて、たくさん話せた。楽しい食事会はあっという間に終わった。
けれど、お祖父様が少し待ってくれと言って、ギターを抱えて戻って来た。かき鳴らされたギターはお姉ちゃんが弾くフラメンコと似ていた。
元々お祖父様は趣味でクラシックギターを弾いていて、そこからフラメンコギターも弾くようになったそうだ。お姉ちゃんは、そんなお祖父様からクラシックギターを学び、今は高等部でロック・バンドを組んでいる。
「あれってフラメンコ?」
「そうです、あれもフラメンコですよ」
拍手が終わった後、お姉ちゃんがリクエストした。いつもの曲だ。そうそうセビジャーナス。ママや美遊が踊る曲。
お姉ちゃん達が前に出てお祖父様の傍で歌いながら踊る。呼ばれて私とイリヤも前に出た。少しだけママから習ったのだ。衣装を着て踊った事は無いけれど、ショートドレスだと何か変。ま、良いか。
「え? あの子達、何でこんなのが踊れるの?」
「ああ、キリツグ、戻ったのね?」
パパの席の前には冷めた料理が所狭しと並んでいた。
「うん、ごめん。それでどうして?」
「あちらの私と一番下のミユちゃん? 二人で習っていて、お家には練習のためのスタジオまであるんだって」
「え~! あちらの君にはこんな趣味があるの?」
「あるらしいわ。それでエルヴァちゃんがギターを弾いて、お姉さんのイリヤちゃんが歌ったりするんだって」
「多芸だなぁ。それをあの子達も学んでいるのか……う~ん」
手招きしてお姉ちゃんがクロエとイリヤにエルヴァも呼んだ。お姉ちゃんはエルヴァと位置を入れ替わった。そして手拍子して歌を歌い始めた。お祖父様が喜んでいる。そりゃそうだろう。
なぜなら、お姉ちゃんはママがフラメンコをするまでクラシックギターしか習っていなかったのだ。踊りも歌もママの練習につきあわされて覚えたのだ。ただ、ここのエルヴァは私達と変わらない程度は踊れるみたい。
クロエとイリヤも見よう見まねで一所懸命踊っている。もう一人のお姉ちゃんが仕切って次々踊る相手を替えているので、こうなるとエルヴァは皆んなと踊る事になる。
スイスの家でスペイン南部の踊りと音楽。不思議だけれど、なぜか合うと思った。
演奏や踊りが終わって戻ろうとしたら、エルヴァに声を掛けられた。
「Danke sehr, Chloe」
あれ? どうもありがとうならフィーレンダンクだよね? なんて言ったんだろう?
「これも、どうもありがとうですよ。Vielen Dank. よりもっと丁寧な言い方です。これより上に Besten Dank. という言い方がありますが、そこまで行くと距離が開いた気がするので、Danke sehr. なのでしょう」
なるほど。お役に立てたのかな? だったら嬉しいな。そんな事を口ずさむとそのまま通訳されちゃった。顔を赤くして喜んでくれている。
お姉ちゃんって子供の頃は素直で可愛かったのね? そんな事を考えていたら、エルヴァに腕を掴まれた。何だろう? 言葉の文章が長くてところどころわからない。一緒に来てまではわかったけれど。
「皆んなで私の部屋に来て下さいって話してますよ」
「寝室にはメイドに後で案内させるからとも」
「なら行こうか、皆んな」
振り向けばママがお願いと目で合図した。パパはこれから食事だろう。
廊下を歩いている間も何かをお姉ちゃんに話しているのだけど、私達にはわからない。数字と簡単な単語ならわかるんだけどなぁ。
「クロエはドイツ語がわかる?」
「数字と幾つかの単語だけね。魔術の知識ってドイツ語での睡眠教育でしょう? 教わったやり方は憶えてるのに言葉は忘れてるんだよね」
「やり方って言っても小聖杯頼りだし。魔術も言葉も、やっぱり使わないとダメなんだよね」
「うん……だね。イリヤとは違う妹か……」
「フフ……ドイツ語を覚えなさいな、お姉ちゃん?」
「簡単に言うなぁ。けど、そうだね。勉強しよう」
ちなみにここにはパパもママだけでなくお祖父様も居ない。
セイバー達やお兄ちゃんは? 凜達はどうしたのだろう? 私はそれをこっそりとお姉ちゃんに訊ねた。
「セイバー達は別室で食事です。寝室は一緒なので就寝時に合流ですね。お兄ちゃんは一人部屋です。お父さんとお母様は食事を終えれば、お祖父様を交えて別室でマアエモとお話でしょう」
「あ、そっか。マーヤさんが居るんだ?」
「それはお父さんの呼び間違いで付いたニックネームですから。ここではマアエモですよ。それとルオンはお祖父様の工房助手のままです。教育係ではありません」
「じゃ?」
「そう。バイクも楽器もそうですし、お菓子作りもマアエモの教える範囲です。こういう違いが随所にありますから、私より良い面もあれば悪い面もあると思います。クロちゃんの目から見ても素直過ぎに感じませんか?」
「うん、良い子そうに感じる。それが悪い事なの?」
「商売人に向かないかなと。その分、魔術が凄いですね。あの歳で大聖杯なしの英霊召喚をしているのですから」
「そうだよね? 私の乗っていたクルマを運転していたのはモードレッドって言うの? 凜との会話でわかったんだけれど」
「そうです。実はセイバーの子供なのですよ」
「え?」
「本当ですよ。同じ世界出身かどうかまではわかりませんが。長い間、親に素直になれずに居た人なので、ちょっと捻くれていますけれど、根は悪い人ではありません。クロちゃんならわかったでしょう?」
「うん、まぁね。だからあの英霊だったのかな?」
「相性という意味ならそうですね。お母様とは明日も会うと思いますが、お父さんとは会わないつもりかも」
「どうして?」
「会って何を話します? 理想に溺れて人を殺して、争いの火種を自分で作るのか? そんな血に濡れた手で子供を育てるのか? こんな事を言いたくは無いでしょう? だから会いたくなかったのだと。他人のままで良かったのにと今も思っているでしょうね」
「…………」
やっぱり想像通りだった。私がパパやお兄ちゃんに感じる虚しさや諦めに近い感情、それと根っこは同じだ。
「お姉ちゃんもそう思う?」
「今回こんな風に打ち合わせもなくあなた達に任せたのは、私も迷っているからです。今のお父さんはお祖父様の部下ですから、魔術師殺しはしていないようですけれど。でも他所ではどうなのか。それをあの子がどう受け止めるのか。あなた達の事は気に入ったみたいですし、クロエちゃんやイリヤちゃんを姉妹として認めているようです。お母様の事もママでは無いけれど、お母様という別の存在として割り切りつつあるようです。これは私の体験談通りです。ですが問題はお父さんの存在ですね」
お姉ちゃんのお話では、ママはマアエモさんであり、ルオンさんだ。ママはお母様という別の存在なのだとか。確かに傍から見てもエルお姉ちゃんとママの関係は姉妹に近い。
イリヤお姉ちゃんは、ああいう何でも言い合える仲が羨ましいと話していた。けれどママは娘がもう一人居た事を知らなかった。それをとても後悔している。
エルの産着を作ってあげなかった。エルを産湯に入れてあげなかった。夜泣きはどうしていたの? 哀しい時はどうしていたの? 抱っこしてあげたかった。散歩に行ってあげたかった。そうしてクロちゃんも辛かったよねと、私を抱きしめてくれたのだ。
私とイリヤがママをママと素直に呼べるのは、こういう人だったからだ。ママはママ。それは世界を渡っても変わらない。
それでもエルお姉ちゃんが大叔母なのは、別な意味で辛い場合があるみたい。その愚痴を聞くのが、もっぱら私と巫女のお姉ちゃんの役目だ。こればかりは仕方ないよね。
そしてお姉ちゃんはパパと出会ってから、大ゲンカを何度かしていた。人を殺すという事はお姉ちゃんにとって、安直で最低の方法なのだった。
悪い人でもその集団から外して、違う集団に入れれば真面目になったりする場合がほとんどなのだとか。
それでもダメな人は、寝たきりか昏睡状態にして病院にでも放り込めばいいとお姉ちゃんは言う。それが正しいかどうかは今の私にはわからない。むしろ問題ありだと思う。
けれど、お姉ちゃんは子供の頃から会社を経営している。だからお姉ちゃんが正しいのかもしれない。
ただパパの過去が表に出るとスキャンダルになるにも関わらず、お姉ちゃんは日本にいる限り家族として暮らしている。そしてパパの趣味や仕事の話に一番付いていけるのもお姉ちゃんなのだった。
だから出会った頃は、二人が何度もケンカしているとは全然思わなかった。私もイリヤも話を聞いて驚いたのだ。お姉ちゃんも複雑だった。
私達はエルヴァやイリヤ達と別れて別室で食事を摂っていた。客室も別で用意されている。
ここまで案内してくれた執事さんが言うには、あちらは身内だけの時間が必要なので我慢してくれとの事だった。勿論異論は無いので快諾した。あの子には大切な事だろう。
「なぁ、父上達。いつまで喰うんだよ? そろそろ行かねぇか?」
「そうですね。先程まではマアエモの味でしたが、この皿からは変わって来ましたね」
「しかし十分美味ですよ?」
「それはそうでしょう。これはアーチャーの味です」
「あいつの? 居ないと思えば何やってんだ。けど、あいつってこんなに料理が上手かったんだな?」
「ええ。和食の食材や調味料が無かったのは痛い」
「父上、倫敦のホテルでも聞いたが、和食ってそんなにまで良いのか? これだってキャメロットでは絶対に喰ぇねえ美味さだぜ?」
「ええ、これはこれで手が込んでいて美味です。間違いありません。ですが和食は……私の口に合ったのでしょうね」
「はい。言わんとしている事はわかります。しかし、異国のここでは贅沢だ」
「なるほど。口に合う……か。食材が豊富って言ってたな? やっぱり違うのか?」
「そうですね。モードレッド、人の三大欲求とは食欲・睡眠欲・性欲とも言われますが、最後の一つには異論もあります」
「なんだ? 異論ってどんな?」
「食事時に話したくはありませんが、食べれば出したくなるでしょう?」
「あ……」
「身を以て体験させられましたね……。それはともかく、最上はどの説でも睡眠欲か食欲です。特に食は文化でもあります。そして私達の当時の文化はこれが非常に低かった。現代の食事に慣れますとね、元には戻れなくなるのですよ」
「わからなくも無ぇけど」
「ブリテンは日本と同じ島国です。周りが海に囲まれている。なのに漁業は発展しなかった。潮の流れはありましょう。ですが食事に対して貪欲では無かった。結局、その冒険心の無さが他国を支配下に置くという歪な国家経営に後世繋がったのだと思います」
「そうですね。自分達の中で満たされているのなら他国の事など関係ない。だが、そうそう簡単には」
「その通りです。だからこそ食事を通して思いを馳せるしか無いのです。これはチャンスです。もう終わった私達が今を生きる人達に何かを残せないかと言えば烏滸がましいですが、何かを感じて欲しい、何かを受け止めて欲しいという気持ちは常にあります」
「失敗して欲しくない。過ちを繰り返して欲しくない。その思いは確かにありますね」
そうかそんな思いを私達に。
「それはそうとランスロット卿はどこに?」
「厨房ですよ。アーチャーさんと一緒に厨房で立ち食いでしょう。モードレッドさん、キツイですよ?」
「うるせ、黙って喰ってろ魔法使い」
「そんなにたくさん口に入りません」
「ケッ」
凜の受け止め方がウマいからか、この二人は揉めているように見えない。意外にもモードレッドはそれを楽しんでいるフシがある。
「モードレッド? 彼女への言葉は注意なさい。リンは我がマスターであるエルの親友であり妹と同格ですよ」
「悪かった、言い過ぎたよ。けどな、ランスロットはオレの姉ちゃんや兄貴達を殺したんだぞ? 伝承はどうだか知らねぇよ? けど、ガウェインだけでなくオレにとっても大切な兄姉だったんだ。王がキチンと裁いてくれないから、オレは……」
「それを言われると私も弱い……。しかし今はお互い主に仕える身だ。水に流せとまでは言いませんが、食事をともにする寛容さくらいは見せても良いのでは?」
「父上は子育てが下手だな?」
「はい?」
「オレはガキだけど、知識はそれなりにある。感情をコントロールできるまで待ってくれって言ってるんだよ。パブでも言ったろ?」
「そうでしたか。では、待ちましょう」
こちらもこちらで、それなりに和解できたようだ。
「お互い、マスターに似ていますね?」
「そうか? そっちの父上のマスターは確かに言葉が少ないけど」
「私のマスターと彼女のマスターは元が同一人物ですからね。二人で居る間は役割分担なのでしょう」
お前もそうなのかとモードレッドが視線を送ったので頷いた。師匠を立てている部分もあるけどね。
「私とマスターが元の世界に戻れば、二人とも饒舌に戻りますよ。私達が訪れる前は、あなたのマスターも良く話していたのでしょう?」
「ええ、たくさん話しましたよ。気配りができ、道理のわかっている人物です。あの若さでと驚きの連続でした。おまけに元々がかなりの魔術師なのに、今はアーチャーと変わらぬ能力を使える大魔術師だ。彼女と聖杯戦争に出ていれば勝利は間違いない」
「ええ。私もそう思います」
評価が高いなぁ。けど、それはそうよね。
「ふ~ん。確か御者の女の首を射抜いたのはあいつなんだよな?」
「ええ、あなたへ攻撃する隙きを突いたのでしょうね」
「ああ、大技ほど隙きがでかいからな。けど、良い腕だった。マスターも弓を覚えたらあれくらい行くかな?」
「良い線は行くと思いますが、あの能力は彼女の能力とアーチャーの能力が合わさってでしょうから」
「オレは見てないけど、カードの能力なんだってな。それがあいつの座に繋がっているとか」
「そうです」
「人様の能力や宝具を使えるカードか。作った奴を殴り飛ばしたいな」
「真っ当な意見です。エルは私にちゃんと頭を下げましたからね」
「父上の能力を借りますって?」
「ええ」
「あいつらしいな。そういう律儀なとこって歳を喰っても変わんないもんだなぁ」
「ですね」
「けどよ。カードを使うには杖がいるんだろ? どうなってんだ?」
「魔力があれば杖は要らないらしいです。ただ、エルの場合は魔杖もカードも解析していて、そこからチョーカー型の礼装を別に作っています。倫敦ではそれを使っていたのでしょう」
「やっぱ、あいつ生半可じゃねぇな?」
「ええ。おまけにそのチョーカーは切り替えができ、セイバーとアーチャー、それとランサーとライダーに転身でき、それらにバーサーカーの能力を上乗せできるようになっています。元の英霊に飲み込まれる可能性もあるので、それぞれに制約はありますが」
そっか、グリーン・パークではこれもあったのか。あいつは天才だ。
モードレッドも驚いていた。そして自分のマスターのこれからに目を輝かせていた。
右に左にと折れ曲がる長い長い廊下を歩くと、これまでにも何度か見掛けたお手洗いがあった。
普通の家ではまず見ない、男女用が別れて並んでいるホテルやデパートみたいなトイレ。女子用なら大きな鏡と洗面台が三つくらい並び、個室も五つくらい並んでいる。そんなのがこの屋敷には要所要所にいくつもあった。
そのお手洗側に曲がる廊下の先は突き当りで、ドアが一つだけしかない。そこがあの子の部屋なのだろう。
「お姉ちゃんもこんなところに住んでたの?」
「どうでしょう。余り憶えていないのです。私は幼稚園に通うために3歳前にこの家を出ましたから。玄関ホールや食堂に客間、魔術の修練場は覚えていますが……。たぶんここは修練場とは反対側の棟ですね。上から見るとE型と言うか櫛型なのですよ、この家は。正面玄関が平らなところで、奥に行けばEの横棒が3本でなく5本あるような家なのですね。ここはそれの左端だと思います」
「大きいよね? 今の家のビルよりも大きいよ」
「ですよね。エッペルハイムの敷地の何十倍でしょう? この左端の一角だけで私の家が入っちゃいますよ」
「エッペルハイムの家も、お部屋が30以上あるんでしょう?」
「そうです。テーブルを取り払えば、200人が立食パーティーできる食堂までありますのにね?」
「お祖父様って大金持ちなんだね?」
「それはもう。本当の意味で初代から連綿と続く家ですし、御本人も19世紀からバリバリにビジネスをなさっていて。現代の、世の中の仕組みを作って来た何人かの内の一人なのですから。そういう人達は長者番付に載りません。名前が表に出る間はまだまだですよ」
「名前が出ない?」
「そうです。様々な企業のトップを兼任する程度なら名前は出ますよね? オーナーの名前も業界紙に載ったりします。ですが出資者となると名前が出ない場合があります。それの発展形みたいに、幾つもの名前を使い分けたり、代役を立てて企業を運営しているのです。魔術師としての理想形ですよ。新聞やテレビが自然と避けるのですから」
「凄いねぇ~」
部屋に入ると左右に広く両側に窓があった。ここは遊び場なのだと言う。ママや美遊が踊りの練習に使うスタジオより遥かに広いのに。
入った扉の左右に廊下側に戻るような形で部屋があるのだけど、片方はクローゼットと言うか倉庫で、廊下のお手洗い側になるもう片方にはトイレや浴室などがあると言う。
そして入り口の扉と反対側になる正面には別の扉が三つあった。たぶんトイレに近い左端が寝室だ。ここだけ扉の把手が他と逆なのだ。
お姉ちゃんは矯正して今は両利きだけど、元は左利きだったのだ。慣れてしまえばどうって事はないコト。けれどそれがお祖父様の気配りなのだとか。
お手洗いを覗いていたお姉ちゃん達が感動していた。そこには小さな便器と大きな便器が並んでいたからだ。
「思い出しました。ここでママが手取り足取り教えてくれたのです。大人と一緒が良いと、大きい方に補助便座を付けたのが2歳になる前でした。使い慣れたステップと補助便座はヴェルデンベルグに持って行きましたねぇ」
私にはピンと来ないけど、1~2歳の子へのトイレトレーニングは大変だという。イリヤはおまるだったかな? 私がトイレで困らないのもイリヤのおかげなんだよね。あらためて感謝だ。
そして通された部屋は、寝室とは反対にある扉側だった。真ん中はフェンシングの道具や趣味の道具で一杯なのだとか。フェンシング? 空手でなくフェンシング?
そこへメイドがお茶を運んで来た。そのメイドを見てお姉ちゃん達がギョッとしていた。誰?
「あの人がクロちゃんとおチビちゃんに以前話した大婆ですよ」
「あの人が? 全然お婆さんじゃないじゃない」
「だからホムンクルスは鋳造時の見た目がデフォなのです。なので生命活動を停止しても老けませんってば」
本当に人間じゃ無いんだ。
クロエが改めて白いお姉ちゃんに訊ねた。
「どういう人なの?」
「ネクサス7型でなく……大婆と呼ばれるメイド長です。何かそういう魔術契約があるらしく、お祖父様にしか名前がわからないのです。今ここで働くメイドの中で一番の古株で、他のメイドを指導している人ですよ。マアエモ・ママもあの人に躾けられたのですから。しかし、あの婆ぁの耐用年数は本当に謎ですね。元気そうで何よりです」
「嫌いなの?」
「いえ。クロエちゃんと同じで私も調整と教育を受けていたでしょう? なので赤ちゃんの頃の記憶が結構残っているのですよ。こちらが生後数ヶ月の頃の事です。お手本としてメイド全員の前でオシメを替えられ、クチャイクチャイとお尻を拭われ、パウダー塗れにされました。手も脚も出ないのに好き勝手にされて。それで大婆を睨んでいたら、『この子は泣きもしないで睨んで来るわ。碌な子に育たないわね。お館様も変な子をお拾いになって』と言われました。両足を捕まれ、脚を上に持ち上げられ、大切な彼処からお尻の穴まで丸見えにされた、あの屈辱の日々。それでいつか復讐してやろうと」
「どんな赤ちゃんよ?」
「そして自分で立って歩き、話せる様になったあの喜び。やがて復讐の刻は来たれり。婆ぁの背中に手製の爆竹を仕込んだのは2歳の時です」
「ダメだこのお姉ちゃん! お姉ちゃんはそんな事してないよね?」
褐色のお姉ちゃんは俯いて溜息を吐いた。
「こういうお話を……クロエちゃんやイリヤちゃんに知られたくありませんでした……」
「そっちのお姉ちゃんの元は私です。何を良い子ぶってますか?」
「黙っていて下さい! そもそもここを出たのも、幼稚園に通うためもありましたが、イタズラが過ぎて追い出されたのが真相でしょう?」
クルマの中で話さなかった理由、降りた時の溜息……これだったのか。一部だったとはいえ、共犯者だもんねぇ。
このままお姉ちゃんの話を聞いていても仕方ない。今はエルヴァの話だ。なので私達は彼女の普段の生活や学校の事を聞いた。
学校のクラブではフェンシングとダンスをやっていると話してくれた。かなり強いらしい。だろうなぁ。そして普段は学校の寮で生活しているとも。
「え? ここから通えないの?」
全寮制の学校だと教えられ、イリヤが驚いている。
食堂に行けば高校生や中学生くらいの人とも一緒で、売店にはケーキやお菓子が売られているそうだ。これは私も驚いた。かなり良い学校らしい。
棚に写真がたくさん飾られている。その中にネクタイをキリッと締めたブレザー姿の彼女が居た。行事の時や社交的な場で着る制服なのだとか。同じ服装の女の子や男の子との写真もあった。結構人気者っぽい。
私達も日本の私立に通っていて制服があると話したら驚いていた。最初はカトリックの学校かと聞いてきたくらいだから、海外で制服は珍しいのだろう。お姉ちゃんの説明でイリヤ達も納得していた。
そこで褐色のお姉ちゃんが携帯電話を出した。画面にあの日皆んなで撮った写真を映して、エルヴァに見せてあげていた。
それを見たエルヴァは歓声をあげた。こういう時の「おぉ」とか「あぁ」とかの声はどこの国もあまり変わらないらしい。お姉ちゃんはエルヴァの携帯にデータを移してあげていた。
「クロちゃん。あなたの出番ですよ」
「うん」
説明されなくてもわかった。私の魔術で穂群原学園初等部の制服姿を披露するのだ。
「クロエ?」
「うん。私もだね。りょ~かい」
いきなり下着姿になった私達に驚くエルヴァ。お姉ちゃんが説明している。
制服姿の私達をエルヴァはじっと見詰めた後、私達を抱きしめて何かを話してくれた。お姉ちゃんが通訳してくれる。
『外に出られて良かったね。クロエ、クロ……』
クロエが涙をこらえてる。私もイリヤ達もだけど。やっぱりこの子はエルお姉ちゃんの小さな頃だった。
それから私達は2時間近く、お互いの学校の事や家や街の事を話していた。言葉は通じないけれど、お互いが姉妹だと確認できたと思う。
そしてクロエもイリヤも察したのだろう。姉妹だけど一緒に暮らせない。あの子にはあの子の生活がある。それを捨てて日本に来いとは言えないもんね。
部屋を出て扉を閉めた後、イリヤとクロエはとても複雑な顔をしていた。
翌朝、起きたら時計は10時前だった。
寝過ごした。イリヤがムニュムニュ言ってるけれど、これはもうじき起きるだろう。けれどクロエとイリヤはまだ眠っていた。どうも時差ボケだったらしい。
私は備え付けの冷蔵庫がある寝室前のリビングに行った。喉が乾いたのでお水が欲しかったのだ。
冷蔵庫を開けるとペットボトルがズラッと並んでいる。スイスはフランスが近いのでペリエやオランジーナも入っている。それにチューリッヒはドイツ語圏なのでドイツのファ○タやアップルタイザーがありそうだ。
だけど、それはなくて代わりにシュペッツィっていう、コーラとりんごジュースを割ったような炭酸ジュースと、ビオナーデっていう炭酸ジュースがあった。
学校の友達は知らないと思うけれど、シュペッツィとビオナーデは家の冷蔵庫にも入っている。なのでこれはパス。するとその横には以前お姉ちゃんに教えてもらった、リヴェラが何本も並んでいた。
リヴェラはチーズを作るときに出る、乳清の上澄み液から作られる、スイスで一番有名なジュースだ。お姉ちゃんは美味しいって言うけれど、正直ヘンな味で私は好きじゃない。
日本のヤク○トみたいなものだと言うけれど、どうなのかなぁ? ドイツ人のイリヤお姉ちゃんはゴミだとまで言い切っていた。それも酷いけどね。
そこでエルお姉ちゃんも、黙ってゲロ水飲んでいろって言い返していた。ゲロ水ってなんだろう?
こうなって来ると普通のお水が無難だ。ペリエでも良いけれど、せっかくだから違うのを試したい。見なければならないのは、軟水か硬水か炭酸かそうでないかだ。
お姉ちゃんは確か以前、スイスは鉱泉水なので硬水ばかりだと話していた。だけどラベルを見てもわからない。だからジュースを探せと。それで真っ先にジュースを見たのだ。無ければ一番マシなのはハイジの絵が描いてある水だそうだ。
けれど、スイスの硬水は軟水に慣れた日本人でも飲めるとも言っていた。広場の泉でも登山道の湧き水や小川でも、地元の人は飲んでいるとも。
冒険しようかどうしようか迷った末に、SWISS WATERというのにした。普通に飲めた。
フィンランドでは湧き水を飲んだりしたし、炭酸水も試していた。イリヤと違って、私は小さな冒険が好きだった。
これはイリヤお姉ちゃんもそうらしく、色々失敗をやらかしているらしい。けれどそういうのが面白いのだと話していた。私もそうだと思う。そんな小さな冒険をしない妹が起きてきた。
「おはよう、クロ」
「おそようだけどね。クロエとイリヤは?」
「まだ寝てるみたい。やっぱり初めての海外旅行だし」
「そうね。気苦労もあったろうしね」
「うん。エルお姉ちゃんが妹か……」
私達にもエルヴァが居た可能性。けれどイリヤの言葉は続かない。だから言ってあげた。
「イリヤ、あなたや私がイリヤお姉ちゃんみたいになれる?」
「そこだよね~」
「私もあなたも妹ポジションがちょうどなんだって。美遊と遊ぶくらいでちょうど良いの」
「そうだよね、賢いもんね。妹の美遊が5年生になったら、あの美遊以上だね」
「うん、今回会って再確認したわ。美遊がかなり無理して背伸びしているのがわかるのよ。それにルヴィアが思った以上に気をつかってたんだなって」
「だよね。ルヴィアさんって意外と優しいんだなってわかったよね。ヘルシンキでもそう思ったけれど、ここに来て良くわかった」
「私も。来て良かったわ」
「うん。来れて良かった」
そう、それで良いのだ。
私達にも妹が居た可能性。それは確かに気になるけれど、居ない場合もあるのだ。並行世界は千差万別だ。なので気に病んでも仕方ない。どこかの事は教訓にして、今、目の前で生きている家族や友人に目を向けないと。
絶対的存在ではない人は、歴史に大きな影響を及ぼさない。でも並行世界を渡ると、その人が居るか居ないかで周りが大きく変わる人はいる。先輩は特別の中の特別なんだとは凜の言葉だ。私はあのエルヴァもそんな存在なのだと思えた。
あの子は私達の妹じゃないけれど、出逢えた事にこそ意味があるのだと思う。それはイリヤお姉ちゃんやエルお姉ちゃんと出逢った事と同じだ。私達はこれからも色んな人と出逢うだろう。そして、こうやって考えて学んでいくのだ。
水を飲み終えても起きてこないので、私はイリヤと顔を洗いに洗面所へ行った。そして顔を洗い終えたら、廊下に出てみた。私達の部屋があるここは客間がたくさんあって、扉と扉の間隔がやたら開いている。
それは昨夜のエルヴァの部屋みたいに、中に広いリビングと洗面所やお手洗いにお風呂があって、寝室が三つくらいあるからだ。
だから私とイリヤ、クロエとイリヤの四人は、部屋こそ同じだが寝室は別だったのだ。そして私達の部屋は廊下の一番端だった。廊下に出れば大きな窓があって、昨日からそこが気になっていたのだ。
だってこの角度からの景色が見られる、窓のある端っこの寝室はクロエとイリヤに譲っていたから。
「うわぁ~。キレイだねぇ~。絵葉書の写真みたい」
「だね。高い山がたくさん見えて、本当にキレイね」
そこに凛がやって来た。
「おはよう。あれ? 二人だけ? もう一組は?」
「おはよう、凛。あっちはまだ寝てるみたい」
「時差ボケかな? お腹空いてない?」
「空いた~」
「なら着替えてきなさい。食堂までの道順は覚えているわ。そこにエルヴァ達やあなた達の小父様や小母様も居るから」
「厳密には、そのもう一組の方の親だけどね」
「あ、そっか」
私達は部屋で着替え、再び廊下で凛と合流して食堂に向かった。
「あの子達が起きたらどうするの?」
「私が迎えに行くから心配しなくても良いわよ」
どうやら凛がその役目らしい。くるりと出て行っちゃった。
「おはよう。あれ、君達だけ?」
「うん。時差ボケなのかな? あっちはまだ寝てるみたい」
「そうか」
「ママは?」
「エルヴァ君達やアーチャーと厨房だ。卵料理にチャレンジ中だよ」
「え~、ママが?」
「うん。エルヴァは卵料理が好物なんだって聞いてね」
「パパ……」
「その顔は……そうか、君達も知っているのかい? 僕がどういう人間か」
「うん。お姉ちゃんにも聞いたし、パパも話してくれた」
「一人でできる事じゃないって、5年生でもわかるのに」
「クロ!」
「いや、良いよ。そうだね。そんな事もわからないほどバカだったんだよ」
「ま、散々悩んだからアインツベルンでママに会えたんだしね。だから私はあちらのパパに聞いたの」
「何を?」
「止まれなかった理由」
「あちらの僕は話してくれた?」
「うん……」
「そうか……」
パパが止まれなかった理由は決断をミスした後悔だった。
封印指定の魔術師だったお爺ちゃんの死だけなら、それほど後を引かなかっただろう。でも、お爺ちゃんの助手をしていた女の子を殺せなかったから、幼馴染みやご近所の親しい人達が皆んな死んじゃった。
パパはそれをずっと後悔しているのだ。
「パパはナタリアさんを救えたの?」
「僕は救えてない。救ったのは彼女自身だ。着陸態勢に持って行こうとあがかず、旅客機の荷室に向かい、そこのドアを爆破して脱出さ。グールをクッションにして飛び降りたと言うけれど、実際は救命胴衣が限度だろう。コンクリ並みの硬さの海に飛び込んだんだ。それを双眼鏡で視認した瞬間に旅客機をミサイルで撃ち落とした。その後にナタリアを回収して」
「じゃ、パパは最悪の選択をしていなかったのね?」
「ま、まぁ、そうだね。今は人形師が作ってくれた身体だから健康そのものだよ。彼女は現在スイスに住んでいてね。実は今朝、エルヴァ君達と一緒に会っていたんだ」
「そうだったんだ。ならエルヴァとの和解があるかも」
「どうかなぁ……。僕は結局アインツベルンから聖杯戦争に出た訳だし」
「それは殺し合いがルールなんだから。一般の人に手を出してなければ。きっとそこまで調べていると思うよ」
「そうだね。君達の今のパパは?」
「同じ。ナタリアさんも今はお姉ちゃんの部下なの」
「あの話は本当だったのか……」
「37人も悪党ばっかりだったってお姉ちゃんが……」
「クロ……シッ」
パパの真後ろに白い方のお姉ちゃんが立っていた。
「この子達でシミュレートですか」
「そんなところだ。弱いね僕は」
「どこのお父さんもそんなものです。私は自分の父に言った事があります」
「何をだい?」
「人を救うのに一番手っ取り早い武器は金だと」
「身も蓋も無いね」
「ですが自然災害や突発的な事故は防ぎようがありません。そしてそれ以外の事は大概お金で片が着きます。それは戦争もです」
「それは言えるけど、天文学的なお金が必要だよ?」
「世界一の大金持ちになる方が、正義の味方という幻想に向かったり、死して英霊に祀り上げられるよりは簡単でしょう?」
「そうだね……その通りだ。そうか君はそんな風に考えるんだ?」
「アインツベルンですから。あの子もそう考える子です。と同時に、まだ子供なので感情に振り回されています」
「なるほど……そうだね。わかったよ。何年掛かろうとあの子とは和解してみせるから」
「ええ、今はお母様の番です。焦らないで下さい」
「うん、ありがとう」
「お父さん?」
「何?」
「夜な夜なお母様から借りたパンツを履かないと臨戦態勢にならないとか、ライフルを構えた時にブラジャーを着けていないと落ち着かないとか、そういう趣味や性癖より子供に話しづらい事というのは、本人のキャパを越えた事なのですよ。そういうシミュレーションをしておくべきでした」
「な、なんて事を……」
深刻になると必ずお姉ちゃんはこういう下品なジョークを話す。私達のパパはそれがお姉ちゃんなりの優しさだという。
極端な例を挙げる事で、違う考え方があるのだと教えてくれているのだ。
この後、クロエとイリヤが凛に連れられてやって来た。凜も厨房の方から食堂に入って来る。
「おはよう、気分はどう?」
「おはよう~。なんとか」
「おはよう。私はスッキリね」
「そいつは良かった。もうじきご飯だよ」
「エルヴァは?」
「もう起きているよ」
「お話はできた?」
「う~ん……まだだ。けどね、あの子も皆んなとご飯が食べたいって我慢してくれてるんだよ」
「え~」
「だから元気よく、グーテンモルゲンと言ってあげて」
「何それ?」
「ドイツ語のおはようよ」
「あれ? ぐ~てんなはとって何だっけ?」
「それはおやすみなさいだよ。小さな頃のイリヤは寝付きが悪くてね。ママに何度も言われていたのを憶えているのかな?」
「うわぁ、そうかも」
朝ごはんを我慢。これもあの子なりの優しさなんだろう。お姉ちゃんがそうだからわかりやすい。
エルヴァがやって来た。
「ぐ~てんもるげん」
「グ~テンモルゲン」
「Guten Morgen」
口々に朝の挨拶をする。
「皆んな~席に着いて~」
ママの一声で皆んなが昨夜と同じ席に着いた。
「お祖父様は?」
「残念だけど、お仕事だよ」
「そうなんだ……」
起きるのが遅かったし仕方ないわね。後でお手紙でも渡そう。
そして料理をマアエモさんとママが運んで来た。二人してニコニコしている。たぶん、仲良くなったんだ。
メニューはオムライスと、何、茶碗蒸し? エルヴァが驚いている。
「これはお母様と私と従者とで作ったオムライスです。オムライスには何種類かありましてね。味付けして炒めたライスを薄焼きした玉子で巻く方法と、そのライスの上にオムレツを乗せる方法が良く知られています。今朝のこれはオムレツを乗せたタイプです。お母様がライスを、私と従者とで卵を焼きました。さ、ナイフでこのように上に切れ目を」
ドロ~ッとトロトロの玉子がご飯の上に広がる。
「そしてこちらは西欧風の茶碗蒸しです。卵と牛乳と鶏ガラ・スープの素とで作りました。中にはベーコンにトマト、そしてアスパラが入っています。あなたのお母様とママとの合作ですよ」
ここまでを褐色のお姉ちゃんが通訳していた。
恐る恐るエルヴァは茶碗蒸しを食べた。そうしたら満面の笑顔だった。やっぱり昨日も思ったけれど、この子は自覚がないだけで笑えるんだよ。お姉ちゃんとは違うのかも知れないけれど。
ママがそんなエルヴァの顔を見てそっと涙を拭った。
「これ、今まで出た事無いよね? お姉ちゃんが考えたの?」
「いえ、雑誌か何かで見たレシピです。それを思い出したので」
後でわかった事だけど、実はセイバー達はママが失敗したオムライスを大量に食べてくれていたのだ。
お米はスイスにも売っているそうだけど、コープというスーパーに2回もお兄ちゃんが買いに走ったとか。ケチャップも瓶で30本使ったという。
その甲斐あって、ケチャップ・ライスは上手にできるようになったけれど、卵で包むのがどうしても無理だった。私達が起きた事でいよいよ無理だと諦めて、マアエモさんと一緒に作った茶碗蒸し一本に絞ると決めたのだそうだ。
トロトロオムライスにしたのも時間短縮のためで、お姉ちゃん達がオムレツを大急ぎで作ったのだとか。だから珍しくアーチャーのお兄ちゃんも手伝ったんだね。
お兄ちゃんの料理も美味しいので腕は確かだ。けれど、お姉ちゃんが作る時は手を出させてもらえないのだ。こちらをコソッと覗いたお兄ちゃんは、ちょっとやり遂げた爽やかな顔をしていた。
片付け終えたお兄ちゃんも厨房から出て来たので一緒に食べるのかな?
「姉さんがお兄ちゃんに勝てた理由がなんとなくわかりました」
「何ですか?」
「英霊のチカラを抑えて調理器具を操る難しさもありますが、火加減だけはどうしようもありませんよね? 自分の中のタイム感覚だけが先に走ってしまって。焦れば焦るほどズレて行くのですよ」
「姉さんはまったりしているのに早いですからね」
「君達は実利派だが、彼女は究極の合理主義者だからな。いかに自らのカロリーを使わないかを無意識に追求している。決して手抜きでは無いのにな。性格的に私には無理だが、あれはあれで参考になるよ」
「ですが、包丁での作業にはとことん拘りますよね?」
「ピーラーを使わないしな? あの辺がイリヤならではだなぁ」
そう、このカロリーを使わない方法がイリヤお姉ちゃんなのだ。エルお姉ちゃんはスローハンドとか言っていた。そういうギターの弾き方? があるらしい。
私も成長とともに英霊のチカラのコントロールに慣れて来たけれど、やはりイリヤお姉ちゃんの方法だと難しい。けれど繊細さが必要な場合には、とても参考になる。
料理をする時や、裁縫の時はとことんまで魔力を絞ってチカラを抑えているのだ。それは言ってみれば、呼吸を止めた潜水活動みたいなもの。なので長時間は難しい。そこでイリヤお姉ちゃんの動きや方法が役立つのだ。
思えば凜の水盆で見た、褐色のお姉ちゃんの弓はイリヤお姉ちゃんの弓と似ていて無駄が無かった。本当は志保さんの弓の真似だと知っているけれど、イリヤお姉ちゃんの弓とも共通点が多いのだ。
あれを学べばクロエは弓も料理も上達するだろう。私もエルお姉ちゃんやイリヤお姉ちゃんから学んでいるのだけど、このコントロールだけはエルヴァお姉ちゃんの居るクロエの方がお得かも。
食後のお茶を楽しんでいたら、エルヴァが何かを話し始めた。お姉ちゃんが言うには、夕方までに寮に戻るそうだ。
そしてママに何かを伝え手紙を渡した。手紙は2通でパパの分もあるみたい。ママはマアエモさんと抱き合っていた。エルヴァも私達に近づいて一人一人抱きしめてくれた。
イリヤは泣いていた。私の妹の方まで。泣き虫だなぁ。いや、クロエも私も似たようなものよね。
時間はお昼。
パパはチケットを執事さんから受け取っていた。帰りはお祖父様が出してくれるらしい。ママが皆んなは荷物をまとめなさいと言った。
いよいよお別れだ。便があれば午後の1時には出発だ。
日本に帰れば、私達も自分達の冬木に……いやいや、8枚目のカードがあった。それとどこかからの攻撃。
いよいよあいつらと再戦だ。見ればイリヤも泣き止み、強い目で頷いた。