プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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第七章 家族
31、うどん狂想曲


「お先! 急ぎなさい、47番!」

「了解! 0番!」

「私が0番! パイロット御用達サングラスか?! それとこの空港なら花ご○みと杵○があります!」

「狙いは?!」

「花ご○みで梅こぶうどんか、かすうどん!」

「マ、マスター! エル! うどんですか?」

「はい! カツカレーうどんでも牛肉うどんでも好きなのを注文なさい! そちらのセイバーも! 私の奢りです!」

「はい!」

 

 ドドドドドドドドと走り去って行くお姉ちゃん達。

 

「ねぇ、アーチャー。あの子達は一体……?」

「日本に帰ると恒例なのだ。うどんを食べに行ったのさ」

「何でまた?」

「和を深く感じさせる、海産物から摂られたダシの旨味が濃縮されたツユ。そのスープを漂う素朴な小麦粉を練った腰のある麺。エルの大好物なのだよ。それがドイツに行くとカリーヴルストとなる」

「ああ……なるほど」

「あなたには、そういうソウル・フードと呼べるような食べ物が無いのかね?」

「僕? 僕は別に……」

「よもやハンバーガーがあればそれで良いとでも?」

「ま、それで事足りると言えば足りるからね」

「む。世界中どこでも大差無い味で、手軽にエネルギーが補給できるとでも言いたいのかね?」

「な、何? ダメなのかい?」

「許さん!」

「許さんって……。そんな……」

「だいたいあなたは好き嫌いが多過ぎる! もっと野菜を食べろ! 肉も良いが魚も食べろ! 何でも……何でも作ってやるから!」

「フ……。そうだね、君の料理を今度食べさせてよ」

「あ……。私とした事が……。す、すまなかった……」

「いや、良いさ。息子に叱られた気分だった。けれど、悪い気分じゃ無かったよ」

「そうか……。本当にすまない」

「いや。君の知る人はそんなに好き嫌いが激しかったの?」

「う、む……。ふぅ~。海外生活が長かったからだろう。味覚が子供っぽかった。今のイリヤ達の年齢くらいに、初めてハンバーグを作った経験がある。ハンバーグを2個と添えた野菜を全部平らげてくれた。日に日に弱るあの人がご飯をお代わりしてくれて。それがとても嬉しかった事を今も覚えているな」

「そうか……。僕は鍋でも煮物でも、焼き魚でも煮魚でも食べられる。今頃なら金目鯛かな? リクエストしておくよ」

「わかった。腕によりを掛けるよ」

 

 アーチャーのお兄ちゃんは、なんとも言えない優しい顔をしていた。勿論パパも。

 けれどお兄ちゃんが何を言おうが、イリヤお姉ちゃん以外は皆んな結構ジャンクなものも食べている。

 まず、1番上のアルトリアお姉ちゃんは、ハンバーガーやサンドイッチが大好きだ。凝った料理やイリヤお姉ちゃんの作った料理も大好きなんだけど、2日に1回はハンバーガーをもっきゅもっきゅと食べている。

 2番めの巫女のイリヤお姉ちゃんはたこ焼きやお好み焼きといった粉モノ? それの研究家なのでそういうのや夜店の食べ物にやたら詳しい。

 オリジナルの型を使ったアインツベルン焼きというのを作っちゃって、今や冬木の名物になっている。型だけを巫女のお姉ちゃんから買えば、作って売る権利とレシピの変更も自由なのでフルールでもトヨエツ前の屋台でも売っているのだ。

 小さいお姉ちゃんは私達と同じで、お菓子が大好き。お城の中しか知らなかったから、珍しいんだろうね。このお姉ちゃんにはイリヤお姉ちゃんのセラとリズとは違う、セラとリズが居る。

 イリヤお姉ちゃんのセラが私達と同じように小さいお姉ちゃんにもお菓子ばっかり食べるなと叱るので、あっちのセラがびっくりしていた。

 何よりリズが一緒になって食べていて、これまた一緒に叱られている。あっちのリズは、調整のせいだと聞いているけれど、どうも子供っぽい。

 そんな風に皆んな色んなものを食べている。それで今年の2月に牛丼が消えて心折られた男の人は多いと思うけど、エルお姉ちゃんは同じ月にチキン○ツタが消えた時、一緒にお店に入った友人達の前で崩折れちゃったとか。

 あれって、日本だけのメニューだったんだってね。ずっと応援していたマルコ・パンターニという自転車選手が死んだりしたし、お姉ちゃんにとって今年の2月は最悪だったそうだ。

 

「彼も士郎なのね」

「ママ、知ってたの?」

「なんとなくね。キリツグを見る目がとても優しいでしょう? それでもしかしたらと思っていたの。よく見れば細かな仕草とか、人への気遣い方とか士郎そっくりなのよ。だからキリツグを問い詰めたの。皆んなは知っていたの?」

「ゴメンねママ。私はお姉ちゃんから聞いていた」

「私はイリヤから出される時の触媒に使ったカードが、あのお兄ちゃんに繋がっていたので……」

「そう、哀しいわね。何をどうしたら、今の時代に英霊になんて……。並行世界ではイリヤちゃんがマスターで、士郎と戦うらしいでしょう? ママは哀しいわ」

「でも、ここはそうじゃなかったでしょう? お父さんとママが頑張ったから」

「そうよ。パパとママが居るんだから、私達のお兄ちゃんは大丈夫だよ」

「ありがとう、クロエちゃん、イリヤちゃん。そっちのイリヤちゃんもクロちゃんも。ごめんなさい、気を遣わせて」

「あ、いやぁ……」

「エヘヘ……」

 

 いやいやママ。凜も頑張っていたけれど、私とイリヤとで凛の気を惹かないと。

 アーチャーのお兄ちゃんの正体は、ここのお兄ちゃんに悪影響を与えないために、凛にだけは伏せているみたいだし。

 

「私達も行きましょう? エルヴァちゃんの奢りみたいだから、おうどんを頂きましょう」

「は~い」

 

 私達は携帯電話でお姉ちゃん達が入ったお店を聞いて合流し、うどんを食べた後、ルヴィアの家のクルマで冬木に帰ったのだった。お迎えはお姉ちゃんが、飛行機乗り換えの時に手配していたのだとか。手際が良いなぁ。

 見慣れた街並みを走り抜けると、街灯の先に懐かしい家が見えた。私達の家ではないけれど、心の中に残る大切な暖かい家。

 クロエが手を握ってくれる。イリヤもイリヤと手を繋いでいた。玄関のドアが開いて、お兄ちゃんが出て来た。続いてセラやリズも。

 おまたせ。妹達は無事に送り届けたよ。

 

 

「おかえり。どうだった親父の仕事振りは?」

 

 そうだった。何も考えてない……。

 そしたらお姉ちゃん達が。

 

「もう少し予算が欲しいですね。そうすれば人員手配も楽になりますのに」

「カバーは完璧ですが、移動の際の乱れで穴が見えましたものね。後二人は欲しいところです」

「そうするとお父さんの給料が減ってしまうのでしょう?」

「そうですね。人件費は大きいです」

 

 これだけでお兄ちゃんは質問を止めた。どんな仕事だったと一切触れていないのに。

 私はお姉ちゃんとの会話が多いので人件費とか経費とか教えてもらっているけれど、普通の高校生にはピンと来ないみたい。それはそれで困ったものだけど。

 

「親父もお袋もお疲れ様」

「ああ、ありがとう。それと士郎もおかえり。修学旅行はどうだった?」

「楽しかったよ。お土産、あるからな」

「そうか、楽しみだな。こっちもあるよ。後で渡そう。セラ、お風呂は沸いてる?」

「はい、ご用意できています。お食事はいかがなさいますか?」

「う~ん、食べて来たんだよ。用意してあるの?」

「下拵えだけです。明日にも回せますから」

「なら、悪いけど明日にしよう。士郎とリーゼリットは食べたの?」

「うん、済んでるよパパさん」

「俺達は終わってるから」

「家政婦と御曹司の関係は終わった! 親父、俺はリーゼリットと!」

「何を言い出すんだ、この人は!?」

 

 白い方のお姉ちゃんだ。

 お兄ちゃんは真面目なので、実は隠れセラ派なのに私だけは気付いていた。そしてあのお姉ちゃんは、こうやって動揺させる事でお兄ちゃんを探っているのだ。ここでは桜と良い仲みたいだから、それを知ればお姉ちゃんも安心するだろう。

 そこへ褐色のお姉ちゃんが割り込んだ。

 

「士郎クン、ただいま」

「おかえり、エルヴァさん」

「東京○な奈、忘れてませんよね?」

「勿論さ。けど何でそこまで?」

「いかにもお土産の味でしょう? それにキミのお話を聞くお茶請けにもなりますし。旅は楽しかったですか?」

「ああ、とても。色々勉強になったよ」

「へぇ~。確かに学を修めるとは書きますが、修学旅行が勉強になるなんて話す人は珍しいですね」

「何言ってるんだ? 行く前に散々話してくれたろう? エルヴァさんのお陰だよ」

「そう、なら良かったです」

 

 この時お兄ちゃんはポリポリ頬をかいていた。あの照れ隠しのクセだ。

 クロエはともかくイリヤが頬を膨らませている。そろそろキレそう。5、4、3、2……。

 

「おチビちゃん達、入りましょう? ただいま~」

 

 上手いでなく巧い。

 

「あのお姉ちゃん、イリヤで遊んでいるよね?」

「それをあなたが客観的に話すと、誰のセリフかわからないわ」

「でもさ、クロ?」

「うん?」

「エルヴァと逢えて良かったよね?」

「そうね。とうとう年齢まで意味不明になっちゃったけど」

 

「早く家の中に入れ~! また明日にでも話しましょう。お休みなさ~い」

「おやすみなさ~い」

 

 そして白いお姉ちゃんに促されて私達は家に入ったのだった。

 

 家の中ではソファーに皆んなが固まっていた。お兄ちゃんがお土産を配っていたのだ。

 

「ほら、これお前達にも、お土産」

「え? 私達の分も?」

「ああ、大したものじゃないけど」

「何々、開けて良い?」

「どうぞ」

 

 それはカット・トマトのキーホルダーだった。

 

「それな、6個集めると一つのトマトになるんだ。一つ一つが1/6個なんだよ。だから、今は5/6個だな」

「え?」

「二人のイリヤにクロエとクロ。それで4個だろ? そして美遊ちゃんにってルヴィアさんに渡してあるんだ」

「お、お兄ちゃん! 後1個あるの!?」

「ああ、あるけど。どうしたのさ?」

「この子達、スイスで大切なお友達ができましてね」

「エルヴァさん、そうなのか? なら最後の1個を、その友達に送ってあげな」

「うん!」

 

 これがアーチャーのお兄ちゃんにも、並行世界のお兄ちゃんにもできない、私達のお兄ちゃんならではの凄さだ。

 変なところで感が鋭い。幸運値がやや高いのだと思う。だってルビーに五芒星、サファイヤに六芒星のデザインが入っていたのをお兄ちゃんは知らなかったんだよ? なのに同じデザインのブレスレットが用意できるんだよ? 

 私の少しひしゃげたハートなんて、あの頃の私の気持ちをピタリ言い当てたも同然だったもの。

 そしてセラやリズにお姉ちゃんにもキーホルダー。それも2個ずつで、ジャガイモとアスパラだった。

 

「お兄ちゃん。お姉ちゃんみたいな年頃の女の子にジャガイモは無いと思うんだよ」

「いやいや、イリヤ。そんな事は無いよな? エルヴァさん?」

 

 イリヤもズレてるけれど、そうじゃないよ、お兄ちゃん。女の子のお土産にキーホルダーは良いのかだよ。

 メインのお土産が他にあって、プラスアルファならセンスを見せる小道具にはなるけれど。でも、メインはお菓子なんでしょう? 

 でも、お姉ちゃんは気にしてなかった。この後に七味唐辛子を貰えると予測していたからだ。

 

「ええ、私だけでなくセラさんもリーゼリットさんもドイツ系です。じゃがいもとアスパラはドイツを代表する野菜ですよ。ありがとうございます」

 

 それでリズがお兄ちゃんの頬にキスする瞬間、お姉ちゃんは逆の頬にキスした! 

 お兄ちゃんの顔が真っ赤だ。イリヤはふぐみたいに膨れている。

 

「リズの動きを完璧に読んで狙ったわね。これも心眼なのかしら?」

「お姉ちゃん、ここの私で完全に遊んでるよ~」

 

 お兄ちゃんのお土産が続く。

 

「こ、これ、食べてくれ」

「おお、七味に佃煮、それと容器まで。ありがとうございます」

 

 ほらね? お姉ちゃんと暮らすとこういう事が良くある。後で知ったんだけれど、お姉ちゃんはお菓子をおねだりしつつ、前々から事あるごとに七味唐辛子好きをアピールしていたらしいのだ。

 ここのお兄ちゃんは、きっと私達の知っているお兄ちゃんよりもカッコよくなると思う。だって、お姉ちゃんがそういう風に持っていっているからだ。

 

「それで、これを君に振り掛けて食べろと?」

「はぁ?」

「シロウ、やる~」

「私の眼の紅いうちはこの家で不純な真似はさせません!」

「まぁ、士郎ったら。リサーチ、完璧じゃないの。頼もしい息子で、ママ嬉しいわ~」

「ママ、何言ってんの!? 何言ってんの!?」

 

 ああ、ママまで乗っちゃった……。

 お兄ちゃんの敗因は、味方であるパパの入浴中にお土産を広げた事だ。良い線まで行くのに、イベントの重要性はわかってない。お兄ちゃんだなぁ。

 

 パパはお風呂から上がると、ビールを片手にこちらへ来た。

 

「さぁ、士郎。父さんと母さんからのお土産だ」

「ありがとう」

 

 それはスイスのアーミーナイフとオルゴールだった。オルゴールを渡す時にママがウィンクをしていた。

 やっぱり桜の事をママは知っているし認めているんだ。イリヤ、残念! 

 

「あ、日本で売ってないウェンガーのヨーロッパ限定モノですよ、これ。いつの間にお父さん?」

「実は行きしなの空港で、お手洗いに行く時に見掛けてね。忘れないように士郎やセラ達のお土産を先に買ったのさ。はい、これはセラ、こっちはリーゼリット」

「ありがとうございます、旦那様、奥様」

「ありがと、パパさん、ママさん」

 

 こちらはウェンガーのスナックナイフとパーリングナイフのセット。日本でも買えるけど、色が珍しい。

 このナイフはイリヤお姉ちゃんやエルお姉ちゃんも使っていて、私達も持っている。とても使いやすいナイフなのだ。

 包丁の扱いを覚える練習用にと、以前お姉ちゃん達が揃えてくれたのだった。セラには今更だけど、リーゼリットには便利だと思う。二人にはそれとハーブの詰め合わせ。セラもリズも嬉しそう。やるなパパ。

 それでは私からとお姉ちゃんもお土産を出した。

 

「ドイツのものだと皆んな見飽きてると思いましたので、中日に観光で行った倫敦で買って来ました」

「え? ロンドンにも? 遠坂に会いに?」

「いえ、行きの空港までは同じでしたけれど、飛行機は別ですので。それに倫敦も広いですからね」

「そっか……」

「そんなものですよ。はい、可愛い妹達にはチョコレートとファッジの詰合せです。このチョコはオレンジが効いていて美味しいですよ。リーゼリットさんにもありますから。セラさんにはマルドンの塩とレモンカードです。これで美味しい料理をお願いしますね。お母様にはお茶の詰め合わせとショートブレッドを。お父さんにはスコッチウイスキーですよ。棚にあったのがシングルモルトやバーボンでしたので、スペイサイドのザ・グレンリベットの12年ものと、ハイランドのグレンモーレンジを買って来ました。どちらもバーボン樽での熟成です。そして士郎クンには、ジャジャン、カランダッシュのボールペン。これだけスイスのお土産です。それとこちらはドイツのお土産で、ラミーのサファリ・セットです。単品なら日本でも手に入ると思いますが、このセットはヨーロッパ限定ですから。クラスで自慢しなさい」

「なんでさ? けど、ありがとう」

 

 お兄ちゃんに倣って皆んながお姉ちゃんにお礼を言う。お姉ちゃんのお土産はソツがない。各人のリサーチが完璧なのだ。こういうところは見習わないと。

 そしてコソッとウィンクしながらお兄ちゃんに渡したものがあるのを、私とクロエは見逃さなかった。それはフォートナム&メイソンのピーチティーだった。そうだ、お姉ちゃんはあっちでも桜派だった。

 と言うか、この家のご近所さんは皆んな知っていると思う。桜がお兄ちゃんのガールフレンドだって。気付いてないのは、そう思いたくないイリヤだけのような気がする。

 私だって何度も一緒に歩いているところを見掛けているのだ。クロエも直ぐに気付いて、こっそり桜を応援している。理由はお姉ちゃんに悪い虫が付かないように。あんた、エミヤ並みに歪んでるわ。

 

「エルヴァさん。疲れているところごめん。例のあれ、次の日曜で良いのかな?」

「ああ、デートですね。オーケーですよ」

「デートって……」

 

 私とイリヤが二人きりになれる場所は、この家ではお風呂しか無い。

 

「はぁ~気持ち良い……」

「ねぇ、クロ?」

「何?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがデートって本当なの?」

「だから~、あっちのイリヤをからかってんのよ。弓道の道具を買いに行くんでしょう? それで身長が似ている桜を呼んで、道着を合わせるの。そのついでにお兄ちゃんとの仲を進展させようと目論んでいるのよ。お節介焼きなんだから」

「複雑な情報だなぁ」

「あの頃の私達は桜の存在を知らなかったけどさ、ここに来てどう思った?」

「そうだね。正直、お似合いだと思う。あっちの桜さんとしか話した事が無いけれど、お兄ちゃんの得意な分野に全部着いて行ける人って桜さんだけだもんね。きっとこっちでも同じなんだろうね」

「でしょう? となればよ、こちらのイリヤの不毛な思いを断ち切ってあげないと」

「え~」

「え~じゃないわよ。中学生になってもお兄ちゃんラブなんて言うの? そっちの方が大問題よ?」

「まぁ、客観的に見て問題だなぁとは思うけど……」

「でしょう? そこで尋ねるわね。さて、昔の私なら何をする?」

「こっそり着いて行って、むちゃくちゃにする?」

「フ……。ならイリヤは?」

「そんなの良くないよと言いつつ、気になるから後を着ける?」

「まぁまぁ、良い読みね。ならクロエならどうする?」

「ああ、それかぁ。どうするんだろう? あの子はお姉ちゃんが大好きだし……。勘違いして壊しに行く?」

「それか、キューピッド役を買って出るかだろうね」

「つまり?」

「あんたがイリヤを適当に誤魔化して引き止めるの。買い物は新都だから、友達が来ても深山町から出させないのよ」

「クロは?」

「さっきも言ったようにクロエがどっちに動くかわからないから、現地で捕まえられるように尾行ね」

「後で話せば良いんじゃないの? クロエはお姉ちゃんが心配なだけなんだし」

「なんだけどね。お姉ちゃんの真意が読めないのよ。今日は特にお兄ちゃんとスキンシップが過多だったし」

「でも、お姉ちゃんには……」

「ここには居ないじゃん」

「あ、そっか……。あ、あれ? でも桜さんが居るなら?」

「間桐は間桐でも雁夜の養子なのよ。間桐鶴野は日本に居ないの」

「そんな事、どうやって調べたの?」

「以前私はルヴィアの家に住んでいた期間があったでしょう?」

「うん、そうだったね」

「それで執事のオーギュストが資料や書類をストックする場所を知っていたのよ」

「クロって本当に5年生?」

「本当なら私もあなたも6年生でしょう?」

「それはそだけどさぁ」

「ま、世界間の時間のズレはどうしようもなかったしね。あんたの親友が去年は全員4年生だったんだもの」

「それで無理言ってクロまで4年生に編入しちゃって」

「当たり前でしょう? 双子なのに1学年ズレていたら変よ。それにどうせ誰もが初めましてなんだから」

「そうか、こっちのお姉ちゃんもそうなるんだね?」

「そうよ。これは私の勝手な想像だけど、こっちのお姉ちゃんは仕事とか役職とか、そういう責任が一切失くなったでしょう? だから今の新鮮な状況を楽しんでいると思うのね。だから心配って言うか気になるのよ。お姉ちゃんがお兄ちゃんにどうこうは無いと思うんだけど」

「なるほど。以前の私ならやきもきしたろうね。けど、クロが言った通り楽しんでいるって、それだけだと思うよ」

「うん、私もそう思うんだけどね」

「ああ、それとクロ?」

「何?」

「次の日曜日は母の日だよ」

「あ、そっか。となるとお姉ちゃんはそれもあるのかな?」

「だと思う。新都って聞いてふっと思ったんだ。お姉ちゃんって一石二鳥を狙う人だから」

「二鳥も三鳥も狙うよね」

「うん。だからさ、クロはクロエと一緒に、私達の分もお花を買って来て? 私はイリヤとクロ達の分のお手紙を書くよ」

「わかった。美遊には?」

「ルヴィアさんに用意しろって言えないよ。だからこっちの私にも美遊には秘密にしろとしか言えない」

「だろうね。けどさ、あっちに戻ったら、また母の日ね?」

「そこは正直にお姉ちゃんに話して、お小遣いを別でもらおう?」

「そうね。じゃ、上がろうか」

「うん」

 

 この会話をクロエが盗み聞きしているのは計算の内だった。1年ズレているのをバラす結果にはなったけれど、クロエは口外しないだろう。何より母の日の事を、クロエに知らせられたし、それが新都に出る理由にもなる。

 そしてあの子がキューピッド役を自覚しているのなら、絶対に私に声を掛けるはずだ。そこを睨んでの仕込みだった。

 

 

「ミス・トオサカ、良くご無事で」

「ありがとう、ルヴィア。けど、この後に第8のカードがあるから。まだまだ、気は抜けないわ」

「そうですわね」

 

 私とルヴィアは白いエルヴァと師匠の凜を交え、倫敦で買って来たお茶で報告会兼反省会をしていた。

 

「結局、アトラスがハートレスと取り引きしていたって認識で良いの?」

「そうです。何人かのアサシンが倫敦に残っていますから、2~3日後に来る彼等の報告で全容はわかるでしょう」

「冠位のあの人は大丈夫なの?」

「あの人は賢い人です。そして47番の今後の取り引きに重要な人物です。たぶん、ここの衛宮切嗣とも繋がっています。ですから二重の意味で大丈夫ですよ」

「なるほど。では法政科は? 聞く限り無茶ではありませんこと?」

「あの脅しは第8のカードや今後の問題に首を突っ込んで欲しくなかったからです。あの場に居たロード達と、47番の仲を強固にするための演出でもありました。結局法政科は必要な組織ではあっても、目の上のたんこぶでもあるのですね。組織の維持は重要、けれど自由な研究の足枷では困る訳です。ところが声を上げると封印指定という宝刀を抜きかねない。そこですよ」

「ああ……。最強の執行者を誘拐しちゃったから……」

「そのバゼットさんは、どうなさいましたの?」

「いまだ私の宝具の中です。時間や空間の概念が何もない中で漂っていますよ。怪我も私の魔力で治癒済みです。ついでに私の配下になれと強力な思念を送っています。お金もパスポートも何もない状況で、今は日本。そろそろ出してあげても面白いですね」

 

 ぞ~っとした。きっと洗脳までしているんだ。

 

「あんな可愛い子がこんな人になっちゃうのか……」

「凜の弟子でなければ50年は取り込むところです」

「ちょっと、止めてよ!」

「良いではありませんか。私が居るのですし」

「ルヴィア、まだ根に持ってるの?」

「嫌味の一つや二つは甘んじて受けなさい。千載一遇のチャンスだったと私もわかっていますが、どうにも煮え切らないのですわ」

 

 まぁ、そうだろうな。弟子になれたのもあの場の流れに近かったし。

 

「そこは反省します。それでステッキとカードはどうするの? いずれ返さないと」

「カードはともかく、ステッキは時計塔に当主として返還要請を出せばよろしいのでは?」

「あ、そっか。その上でイリヤの家からレンタル料を……」

「お前の命はレンタルが効くのか?」

「止めて、あんたホントに怖い。冗談よ。年頃になれば手放すでしょう? それまではお礼を兼ねて無償で貸すわよ」

「凜とルヴィアが証人です」

「凛さん、手玉に取られ過ぎです。先輩という人には対抗するのでなく、恩を売るんです。先程のも、イリヤちゃんを当面護る武器として、そして今後の成長を促すために無償で貸しますと先に言えば。ね? 先輩?」

「年間1千万は出していたでしょうね」

「く、くぅ~」

「ちなみに私達の方のイリヤちゃんが持つ魔杖は当家からのレンタルですよ」

「え?」

「年間1500万。父には300万と話してそういう契約書にしてあるので、1200万が私の口座に入ります。高校生で月100万のお小遣いはありがたいですね」

「し、師匠……。それを先に……」

「宝石剣は重いんですよ」

 

 この同い年の師匠はスパルタだった。しかも親子で中を抜いてるし。この発想はエルヴァの入れ知恵だろう。幼馴染みの威力は絶大だ。

 

「それからルヴィア。この手紙をあなたの小父様に送って下さい。宛先は存じてますが、いきなりで訝しまれても困りますので」

「はい。内容をお聞きしても?」

「内容は小父様の身の安全に繋がる事です。時計塔で信用が置ける理事やロードの名、それと北欧やEUでの商売についてですね」

「ありがとうございます。早速送りますわ……。何ですの? 表が騒がしいですわね?」

 

 扉の外から信じられない声が響いた。

 

『オーギュスト! 控えなさい! 何も戦いに来たのではありませんわよ!』

『私は妹を探しに来ただけよ、オーギュストさん』

 

 エルヴァがダラダラと汗を流した。

 

「姉さん、どうして……?」

 

 そしてバーンとドアが開くと、そこには銀髪でエルヴァそっくりな女の子と、金髪ドリルの高慢ちきそうな女が居た。

 

「ルヴィア、来ちゃったんですか?」

「ええ、やっと会えましたわね、凜。探しましたわよ。よもや情に絆され才能の無い者を弟子に取ったりしていませんわよね?」

 

 間違いなくエルヴァの世界のルヴィアだ。すっごい好戦的。ルヴィアが立ち上がって文句を言おうとしたところで、ゴロンとテーブルに宝石剣が投げ出された。

 

「ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。私はそれを中学3年生で作りましたの。あなたのをお見せ下さるかしら?」

 

 トドメだ。ルヴィアは俯いて唇を噛んでいた。

 

「ルヴィア、待ちなさい。このルヴィアは改心済みよ」

「え? イリヤ姉様、そうなのですか?」

「うん、間違いないわ。最近でしょう? 諍う愚かさに気付いたのは?」

「はい……」

 

 この人は心を読むのか? 

 とは言え、これで幾分か向こうのルヴィアのケンが和らいだ。

 そうよね。確かにそこが私とルヴィアの欠点だったわ。

 

「で、エル。探したのよ? 漂流したって聞いたから、どれだけ心配したか。話してちょうだい」

「わかりました。姉さん、ありがとうございます。私、とうとう見付けました。ここにはエルヴァが居ます」

「え? ああ……」

 

 闖入者二人とエルヴァが抱き合って泣いている。どうやらエルヴァは自分自身を探していたらしい。理由はわからないけど。

 そして後から来た二人はエルヴァと師匠の凜を探しに来たんだ。連絡が途絶えたかして心配で。褐色のエルヴァと別れた事と関係ありそうだ。それがあちらのルヴィアの態度に出ていたのね。

 

「先輩、となると先生はどちらに?」

「そうです! 姉さん、ルヴィア、先生は?」

「うん? 衛宮の家だけど?」

「ですわね」

「それってどこの?」

「どこって武家屋敷よ」

「そこは他人の名義で、今は無人です。衛宮の家はここの向かいですよ?」

「はぁ? 何で一般の小さな家に?」

「姉さんは私とのパスを頼りに一直線でここに来たと思いますが、ここはおチビちゃん達の世界の並行世界ですよ」

「え!? いつもの冬木じゃないの? どうしよう……」

「携帯電話を持っていないのですか?」

「使えると思う? あの人が?」

 

 どうやら師匠の師匠がここまで運んだらしい。そして師匠の師匠は私以上の機械音痴らしかった。そこへセイバーがやって来た。

 

「エル、アーチャーが走りました。じきリンと戻るでしょう。イリヤ、シロウも一緒ですか?」

「ええ、シロウさんなら一緒に来ているわ。ただ、あなたの彼は残ったわよ」

「いえ、それは良いのです。しかし、どうしてこちらへ? リンが居ますのに」

「ええ、けどね。私の夢見が悪くてさぁ。何か色々あったんじゃないの?」

「さすがはイリヤ。中々の冒険でしたよ」

 

 そうして私達は座り直し、これまで起きた事を説明した。

 

「エル……その47番って子はあなたなのよね?」

「まぁ、そうです」

「なら私の妹じゃないの。至急呼びなさい、早く!」

「は、はい!」

 

 猛然と飛び出て行くエルヴァ。私とルヴィアは顔を見合わせ、師匠の凜に問うた。

 

「師匠、これって……?」

「その通りです。先輩は会長に頭が上がらないんですよ」

 

 再びバーンッと壊れんばかりに扉が開いた。そこには肩で息をしている二人のエルヴァにクロとイリヤが。

 姉のイリヤが立ち上がって、褐色のエルヴァを抱きしめた。

 

「姉さん……」

「カードを触媒にしなければ消えていたの?」

「……はい」

「どうして? 放っといたら霧散するのはわかるわ。けれど、エルがここに来たんだから吸収されるだけでしょう?」

「ここのおチビちゃん……お母様にお父さんからイリヤの姉であってくれと」

「願われちゃったのか……。なら、エル。あなたも間違いなく、このイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの妹よ。だからここのおチビちゃんやお母様に切嗣を必ず幸せにしなさい。わかった?」

「わかりました。それと姉さん」

「ん、何?」

「ここのセラとリーゼリットは幸せそうです」

「そう……。ありがとう。必ず伝えるわ」

「それにクロエちゃんは既に取り出しています」

「あら。あなた達も会ったの?」

「うん、仲良くなったよ。それとスイスでエルヴァに会った。あの子とも仲良くなれたから」

「うん、たくさん話したよね」

「んん? あ、ここのエルはおチビちゃん達と同じ年頃なのね?」

「そうだよ」

「へぇ~。当然とわかっていても不思議な感じ。逢いたいわね」

「それも英霊持ちで、単独でモードレッドを召喚していますよ、会長」

「モードレッド……。面白いわね。やっぱりエルはエルか」

 

 子供を帰らせた頃に大魔導師とその夫が現れた。私だ。この女性は20数歳になった私だ。

 そして夫と呼ばれる相手は、これまた20数歳に成長した……おそらく衛宮君だろう。他人の空似かも知れないけれど。一体どうしてと聞きたいが、ここで無駄な発言をすれば命取りだ。後で師匠に聞こう。

 そこで私は気付いた。このシロウという男性とアーチャーがそっくりな事に。となるとアーチャーはやはり衛宮君の先祖なのか。色々気にはなるけど、妙齢の私からの視線が怖い。今は措こう。

 

「凜、弟子を紹介してちょうだい」

 

 一通り、今度はかなり詳細に話した後、大魔導師はそう言い放った。

 

「はい。この世界で弟子に迎えました。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトと遠坂凛です」

 

 同じであってもそこはフルネームなんだ? 

 私とルヴィアは、とんでもない存在感を放つ女性に神妙に頭を下げた。

 

「ふ~ん。ケンカして魔杖に愛想を尽かされて。エル達に尻拭いまでさせて。ま、精々月謝を収めなさい」

 

 キツイ。泣きそうになる。けれど……。

 

「おいリン、キツイぞ? まだまだこの子達は子供だ。この先だよ、な?」

 

 ルヴィアがポ~としてる。まんま理想のシェロじゃん。口ん中でシェロとか呟いてるし。

 

「それで第8のカードって……何でセイバーが二人いるの?」

「今頃気付いたのか? こっちに残るエルが黒化英霊の霊基を触媒にして召喚したって話してたろうに」

「召喚は驚かないと言うか、この子らならそんなものかと思って聞き流していたわ。それで8番目は?」

「ギルガメッシュですね」

「なら、旦那一人で十分でしょ。アーチャー、お茶」

「私は君のアーチャーでは無いのだがな」

「良いから、早く!」

「わかった……やれやれ」

 

 めっちゃ横柄な態度だ。

 

「エル? 随分、可愛らしくなったわね?」

「私は元から可愛いですが、何か?」

「先生……からかわないで下さい」

 

 何だこの態度? 白い方と褐色の方とで随分と差が。

 

「ふ~ん。私も17の時に失ったのよ。正確には17歳と数日ね。第五次聖杯戦争で。相手はケダモノだったわ」

 

 何言ってんだ、この人は……? 

 

「あの頃は若かったよなぁ……」

 

 わかってしまった……。

 

「特に学園生の頃。何回やったか憶えてないぞ」

 

 見た目は若いけど、この二人は……。

 

「ババァにジジィ! さっさと寝ろ!」

「だから寝ようと思ったら家が荒れ放題なのよ?!」

「ああ、一体どうなったんだと呆然どころか恍惚としたよ」

 

 恍惚って何だ!? ボケてんのか?! 

 

「アーチャーに声を掛けられるまで立ちすくんでいたもんな?」

「恍惚って何ですか先生?」

「コイツったら掃除の遣り甲斐があるなぁなんて、雑草生え放題の庭をうっとりと眺めてんのよ。仕舞いには掃除の段取りまでブツブツ言い出すし。辞書を引いてご覧なさい。そういう状態も恍惚と書いてあるわよ」

 

 正しいのか……。

 

「ルヴィア、ここに畳の部屋は無いの?」

「残念ですが、ございませんわ」

「ホーッホッホッホッ。エーデルフェルトであれば、どのようなお客にも対応できるよう部屋を用意致しませんと」

「あ、あなたの家なら用意があると言うんですの?」

「冬木の別荘にはちゃんと和室もありますし、掘り炬燵も広縁もにじり入る茶室もありますわ」

 

 掘り炬燵に茶室もあんのかよ。どんな家だ? 

 

「ルヴィアがにじり口という名詞とにじり寄るという動詞をミックスして新しい言葉を作ったわ」

「ドイツ語みたいだな?」

「あちらは名詞と名詞から新名詞ですよ、シロウさん。にじり込むならたまに聞くけど。にじり入るか、良いなぁ」

 

 良いんだ? 白いエルヴァも変だけど、このイリヤも変わってるなぁ。

 

「問題は冬が怖いところですわね」

「それは?」

「オーギュストも年老いたでしょう? 炬燵から出て来ないような気が致しますのよ。私の子供の顔を観せるまでは元気に仕えて欲しいのですわ」

 

 あれ? タカビーな態度とは裏腹に優しい事を言う。同じルヴィアでも随分と……それは私もか。

 

「そうだ。向かいの家も衛宮なのよね? あそこなら和室があるでしょう?」

「残念ですが、和室は士郎クンの部屋だけです」

「ならちょうど良いじゃない。横に入らせて貰うわ」

「先生、あちらはもう眠っていますよ。士郎クンは修学旅行から帰ったばかりですし、他の家族もスイスから帰ったばかりです。皆さん疲れていらっしゃるのですから」

「気付かれずに入るから」

「待て。相手は高校生だろ? 朝起きて、こんな婆さんが横に居たら怖いぞ? トラウマものだ」

「良いじゃない。それで嫌な事を上書きすれば」

 

 どういう事だ? 上書きって? 微妙な顔をするエルヴァ達に何かを気付いたのか、大魔導師が話せと言った。

 そしてルヴィアが、私が居ない日に衛宮の小父様から聞いた内容を話し始めた。これには私も驚いたが、大魔導師はもっと驚いていた。やはりこの男性は……。

 

「あなたが漂流しないと見付けられなかった世界か……。シロウ、その子と会ってはダメよ」

「だな。聞いておいて良かったよ。ルヴィア、悪いな。話したくなかったろうに」

「だからお前達は来ない方が良いのだ。とことんトラブル・メーカーだな」

「うっさいわね。茶坊主が」

 

 口は滅茶苦茶だけど皆んな目が笑っている。仲が良いんだろうなぁ。こっちはハラハラするけれど。

 その後、男性とアーチャーが用意した夜食をパクツキつつ反省会を続行した。

 

「このおにぎりはご飯が違うの? やたら美味しいんだけれど」

「ハハ……そりゃ良かった。足りなければもっと作ってやるからな」

 

 優しい笑顔。歯が光っている。無茶苦茶イケメンって訳じゃないけど、人柄の良さが滲み出ている。

 大皿には海苔が巻いてある三角むすびに、白ごまをちらした三角むすびが交互に並んでいた。そして別のお皿には玉子焼きにウィンナーソーセージ。なんて事はない受験生の定番夜食セットだ。

 私でもこんなのは楽勝で作れる。なのに敗北感がふつふつと湧き上がる味。堅すぎず柔らか過ぎず。握り方が絶妙だ。下味も塩と……? 

 二人のセイバーは両手で交互にマンガみたいに食べている。口の周りがご飯粒だらけだ。二人のルヴィアまでもが黙々とリスみたいに食べている。食材はエルヴァが宝具から出したらしいが、何がどう違うんだろう? 

 

「アーチャー、説明してあげなさいな」

「むぅ。凛、米も塩も、炊き加減やむすび加減も最上なのはわかるな?」

「ええ、ソーセージや卵も良い物を使っているのよね?」

「そうだ。米を浸ける水にダシを少し混ぜて炊いているのも、手水に塩を混ぜているのも食べればわかる事だ。こんな程度は私でも握れるし、イリヤやエルなら言わずもがなだろう。だが、いざ握ってみれば無理なのだよ」

「どうして?」

「この男は1600年余りも料理を研鑽し、様々な人達に笑顔を与えてきた。その歴史が……奴の腕を宝具の域に押し上げているのだ」

「はぁ?」

「なら聞こう。褐色のエルのセイバーよ。君はこれ以上のおにぎりを口にした経験があるか?」

「ありません。これは宝具なのですか?」

「信じられんだろうが、料理をする腕が宝具なのだ。これがシロウに誰も勝てん理由だ」

 

 そっか。延べ1548年にプラス、男性の寿命。それで1600年余りとなるんだ。

 聞いていて違和感があるけれど、師匠が言うには並行世界を渡っている間の時間、肉体が成長しない術をこの大魔導師は開発したのだとか。それがあっての1600年なのだと言う。職種にも拠ると思うが、大抵の事は十年も修行すれば一人前になれる。それが百年、千年と続けば? 

 しかも歴史上、誰もそこまで長生きしていないし、神話を紐解いてもそんな長期間を掛けて料理と人に与える幸福を追求していた人なんて居ないだろう。知り合いに似ているとか、並行世界存在だとか、そんなレベルじゃない。

 私と師匠の凜が違う以上に、大魔導師である先生の存在は別格だった。まさに大魔導師としか言いようがない存在感と魔力。

 それと同じくらいの異質さを、この人好きのしそうな、とても笑顔の似合う青年は隠し持っていたのだ。思わず、もう一つおにぎりを手に取る。口に入れ咀嚼する。目を瞑れば母が笑顔でおにぎりをむすんでくれている。

 

『お姉ちゃん、頑張って』

『桜、凛なら大丈夫だ。凛はきっと遠坂の歴史を塗り替える魔術師になる』

『凛、もっと食べなさい。あなたは食が細いんだから』

 

 桜……お父様……お母様……う、ぅぅぅ……。

 

「お父様、お母様、おむすび美味しゅうございました。海苔もごまも美味しゅうございました。桜、玉子焼き美味しゅうございました。ソーセージ、美味しゅうございました。アテるならこうでしょうか。三途の川を渡りつつあるのでは?」

「酷いなお前は。けど、泣くほど美味かったか?」

「あんたのおにぎりって、残酷なのよ。2個目からは覿面。マッチ売りの少女じゃ無いんだから。なんで死んだ両親や妹の姿が瞼の裏にありありと浮かぶのよ? この子もそれを思い出しているのよ、きっと」

 

 凛さんが泣いちゃったので私と交代です。

 

「匂いから昔を思い出すならわかるけど、味は平凡だぞ?」

「どこが平凡だ。貴様のおむすびはある意味爆弾だ。もっと自覚しろ。店の客が〆で全員おにぎりを注文する段階で変だろうが? 茶漬けの注文は一見さんだけだぞ? 見ろ、ここのルヴィアやセイバーまでが泣いている」

「ぅぅぅ……父上……兄上……」

「ぅぅ……グスッ……ヒック……ぅぅぅ」

「けれどさすがはセイバー。おにぎり18個目で。つまり令呪も6画は必要って事ですね」

「なるほど。あんたのおにぎりは3個で令呪1画分の威力なんだ?」

「知らんよ」

 

 まずい。このままだとルヴィアは双子の妹さんの名を出してしまいそう。

 

「シロウさん?」

「ああ。ルヴィア、確か妹の名は出しちゃダメなんだよな?」

「ええ、呪詛除けと願掛けがありますのよ。このままでは彼女の口に上るのも時間の問題ですわね。あなた、もう食べるのはお止めなさい。シロウさん、この宝具は切れないんですの?」

「すまん。常時発動型らしくてさ」

「難儀ですわね……」

 

 本当に難儀だ。信仰の怖さが如実に出ている。シロウさんの料理で笑顔を取り戻した人は本当に多いのだ。特に日本では災害時の炊き出しで西へ東へと奔走されている。だから、おにぎりが宝具のような奇跡を起こすのだ。しかもここは日本で冬木。効果は絶大。3個で令呪1画……。

 

「常時発動と言ったら、アルさんは? エル?」

「円蔵山でアサシン数名と見張りですよ、姉さん」

「あなた達が倫敦やチューリッヒに行っている間も円蔵山で見張り?」

「そうです。けれど、お酒と料理はアサシンが用意していますよ。ケータリング程度ですけど」

「明後日以降で都合が良い日に、こちらに呼びなさい。厨房を借りて私が作るわ。シロウさん、アーチャー手伝って」

 

 とうとうイリヤ会長の手料理が。シロウさんの神話に迫る、人の手が成せる最高の奇跡が近日。ちょっと大袈裟ですかね。

 

「ん、わかった。明日買い出しか? それも着いて行ってやろう」

「ああ、買い出しは私も行こう。夜中に仕込みが必要なら言ってくれ。私は徹夜なのでな」

「ありがとう。お兄ちゃんは、また厨房でレシピを考えているの?」

「いや、倫敦からランスロット卿を連れ帰ってな。彼は今ヘラクレスと合流しているが、今後の仕事などについて毎晩話し込んでいるのだ」

「なるほど。現代に溶け込まそうと……うん? どっちのエルが魔力を?」

「47番です」

「番号なんかで呼ぶな! 幾らあなたでも許さないわよ。あの子も私の大切なエルなんだから」

「姉さん……」

 

 この剣幕に先輩方は感激していた。会長は人格者で愛情深い人なのだ。

 

「ちなみに1番と12番は私のものだから」

 

 ここが会長の面白いところだ。

 会長が1に拘るのは、出席番号1番が多いのと学年トップを先輩と争っているから。そして12はヘラクレスさんの逸話からだった。

『ものだから』の意味は先輩が12気筒の高級車をポンポン買う悔しさから出ている。会長も高校生とは思えないほどお金を持っているが、先輩には遠く及ばない。そこから来た発言なのだ。

 

『12のシリンダー(試練だー)』

 

 プッ……。思い出すだけで可笑しい。

 

「あちらは元という意味で0番に決めていましたが撤回します、姉さん」

「何? ケンカでもしていたの?」

「わかった、私。人形遣いは倒錯してるわね」

「リン、黙ってろ。エルヴァはエルヴァに消えて欲しくなかった。それだけだ。それよりその謎の英霊の事をもう少し詳しく話してくれないか?」

 

 シロウさんの質問に褐色の先輩が答えた。

 

「女性でアマゾネス風ないでたちでした。おでこと鼻筋の上端が平たいのでギリシア系の顔ですね。私の推測ではオリュンピアスに仕える巫女か、妹のクレオパトラかだと」

「大王の母親はディオニュソスの熱狂的な信者だったな? バッカス、或いはオシリスとも同一視されるんだっけ?」

「はい。そしてディオニュソス自身も東征してしています」

「東征と言うか布教よね?」

「はい。豊穣や酒の神ともされますが、後年ニーチェがアポロンと対比したように、かなり奔放な面が伝承から読み取れます。征服王にも大きな影響を与えていますね」

「その英霊が誰にせよ、召喚者の意図が読めないな」

「あれですよ、シロウさん。小次郎さんからアサシンを喚ぶみたいな」

「ああ、上書き召喚。つまり……最終目的は征服王の召喚か?」

「そうです。触媒を用意しても大聖杯が無ければ」

「召喚用の魔力に維持する魔力、触媒、座の座標。最低これらが必要とされるけど、実際はまず無理だわ。上書き召喚だとそれが案外と楽にできる。そっちのエルにしたって、黒化英霊にセイバーを上書き召喚したようなものだしね?」

 

 どういう事かというと、大聖杯のようなモノが無い限り、英霊は通常の魔術師が喚べるものではないからだ。だけど、霊格が低ければ召喚者の腕次第で喚べる可能性がある。それが文献に残る英霊召喚だ。

 では霊格の高い、有名な英霊を喚ぼうとすればどうするのか? その答えの一つが上書き召喚だ。

 褐色の先輩は、カードから現れた黒化英霊を利用してセイバーを召喚した。それと同じようにドクター・ハートレスは、名もなき英霊を利用して征服王を召喚するつもりであったと話しているのだ。

 思い返してみれば、あの公園にクー・フーリンが現れた。あれもきっと別のもっと霊格の低い英霊を先に喚んでいて、その人を触媒にしたのだろう。更にそのクー・フーリンを触媒にして、宝石翁は円卓の騎士を召喚していた。

 今の私には無理な事だけれど、もっと宝石剣を使いこなせるようになれば可能なのだろう。

 

「うん、リンの言う通りだな。つまりその名もなき英霊は踏み台用に召喚されたのか……。しかし、そこまでしてウェイバー君を狙うとは。狂気の沙汰だな。それで上書きさせないために斃した訳だな?」

「はい。ここは彼女と意見が一致していました。エルメロイⅡ先生の前で先生を覚えていない征服王と戦ってしまえば」

「だよな。そんな残酷な事はできないもんな」

「その英霊も当て馬で利用されて。気の毒です。ちょっと許せませんよ。ですから暗黙の了解でお互いのセイバーを時間差で転移させました」

「なるほどな」

「ま、どちらもエルなら転移先でぶつける事は無いでしょうし」

 

 会長は少し悔しそうな顔をした。会長なら英霊を空間転移させられるだろう。けれど会長が二人いても、あの二段攻撃の先攻でギリギリ可能かどうかだ。後攻めは先輩にしか絶対に無理だと思う。

 

「それで次がランサーか。あいつはどこにでも居るな」

「節操無しなあの男らしい」

「アーチャーは結界か?」

「ああ、倫敦はさすがに時計塔の本拠地だ。霊脈は止められ、大気のマナまで押さえられていたからな」

「なるほど。詠唱の時間稼ぎにはセイバーが?」

「いや、このバカ妹だ。セイバーの能力を借りてな、一人で立ち回っとるのだ」

「また、無茶をするなお前は?」

「ウルセー。校舎に逃げ込んで刺されたり、身の丈2メートル半もある英霊の前に突っ込んで両断される誰かよりマシだ」

「クソォ……言い返せん」

「学生時代を例に出されればなぁ。誰もエルに文句は言えんよ」

「まぁ、そうだな。そしてセイバーと交代か。そっちのエルは援護か?」

「いえ。凜が勘付いた結界内の結界を追っていました。後でわかりましたが、正体は大師父でした」

「ここはあの爺さんが居るのか?」

「大本ではありませんが」

「ふ~ん。で、試された訳だ? それがランスロットに繋がると。大体わかった」

「けれど、先生」

「何? 凜?」

「召喚された円卓の騎士は八騎だったんです」

「八騎も? その一時だけの召喚と割り切ったのね。セイバー、言ってやったの?」

「まぁ、人数が人数です。あそこは私が出ませんと」

「そっちのセイバー。彼女、口が回るでしょう?」

「はい、驚きました。あなたにも驚いていますが」

「フフ……。それが並行世界であり、あなた達の特殊性よ。その特殊性は自覚しておきなさい。死んでも経験を積み上げられるのはあなた達くらいなものなんだから」

「それはしかし、その……あなたのシロウやアーチャーもでは?」

「そうね。旦那もそうだわ。けどアーチャーはもっと限定的。無意識で剣に記憶を彫って精神世界の丘に刺してんのよ」

「なぜそんな事が?」

「可能なのかって意味? それは私達がヒトだった時に一緒に居たアルトリアが上位存在にシフトしたからよ。私達は皆んな、彼女の座の中に居るの。そして旦那の座の中にアーチャーの座がある訳。マトリョーシカみたいに入れ子になってるのね。それで個人の記憶を維持できるアルトリアと同じ条件が私達にも適用されたみたい」

 

 褐色の先輩のセイバーさんは唖然としていた。それはそうだろうな。

 結局反省会は深夜にまで及んで、午前3時にお開きとなった。宿はここのルヴィアの提供だが、先生は最後まで畳を訴えていた。

 若い頃は私と同じでベッド派だったはずだが、シロウさんとの時間が長いからなぁ。けれど海外ならベッドであろうと地面であろうと眠れるのだ、この人は。要は甘えているのである。

 

 

 追記。

 就寝前に師匠と私はルヴィアからお土産を貰った。ネズミーのキャラが入ったステーショナリー・セットと、芋ようかんだった。

 

「師匠、これ高校生の女の子に贈るものなの?」

「ネズミーってヨーロッパにはパリしかありませんから。彼女、初めてだったのだと。それと芋ようかんは試食でもして気に入ったんでしょうね」

「なるほど」

 

 ルヴィアなりに考えてくれたみたい。びっくりしたのは衛宮君からもお土産があった事だ。枝豆のキーホルダー。彼っぽいと言えば彼っぽいけし、可愛いとも思うけど、何だろうこれ?

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