プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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32、桜

 それは先生の勘違いから始まった。

 

「ちょっと凜」

「何ですか?」

「あの向かいのエルと士郎君は付き合ってるの?」

「まさか」

「いや。仲良く出て行ったのよ、今」

「覗いていたんですか?」

「違うわよ。お世話になってるから、庭の草花に水やりをしていたの。そしたら向かいの玄関から二人して」

「ん~。食材の買い出しでは? 二人ともお料理好きですし」

「行くわよ」

「どこへ?」

「後を付けるに決まってるでしょう?」

 

 ニシシと笑う大魔導師。若い。無駄に行動力がある。

 確かに宝石剣を握って位相をズラせば誰にも認識できないし、私達の会話は聞こえない。なので変装もせず、10メートルも離れず歩ける。また、先輩にも有効なのは以前確認済みだ。けれど良いのかなぁ、こういう使い方は。

 

「先生、後ろ」

「うん。クロとクロ?」

「クロちゃんとここのクロエちゃんですね」

「一緒じゃない」

「『エ』があるかないか、そこがアイデンティティですよ」

「そうね。『禾』と『示』みたいなものか。あ、バスに乗るの? って事は新都?」

「ええっ?! 本当にデート?」

「いよいよ怪しいわね」

 

 本当に新都に来てしまった。笑顔で会話している二人。

 がらんどうの薬缶や、中身が無い目覚まし時計を土蔵で見ても何も思わないのに……。私は初めて衛宮士郎という男の子に殺意を抱いた。

 

「凜、顔が怖い。おかずを取られたセイバーより怖い」

「その例えはどうかと。そう言えばあの方のセイバーさんは?」

「シロウのおにぎりに魂を持ってかれたみたいね。シロウから離れないのよ。どっかの画伯みたいになってるわ」

 

 シロウ、おにぎりが食べたいんだな。ランニングシャツにモモヒキのセイバーさんを想像してしまった。

 

「通る道だなぁ」

「よね? 危険な宝具だわ」

「ですね……」

「そのうちイリヤの料理もそうなるんじゃないの?」

「ヤめて下さいよ。会長は普通で居たい人なんですから」

「けどね。どれだけの人間が、英霊の精神を護っている壁を壊せるの? あの子は令呪も何も使ってないのに何人のファンを作った? 『人の分際で良くぞここまで。我が蔵より好きなものを与えよう』『お前さん、この料理で世界を征服してみんか? 余も一口乗る故』……あの二人からこれを引き出すのよ? 貧乏国だった英雄の言葉なんて絶賛以外ないじゃない」

「先輩も会長も壊すのでなく壁の高さを低くさせた上に、中から開けさせるんですものね」

「そこよね。あの子なら良い魔導師になれるのになぁ」

「私もそう思いますが、御本人は今のモデルを続けながら料理研究家になるのが夢だそうですよ」

「ほんと、欲がない。それでも成功するでしょうけど。だから凜。そんな良い子の妹が不純な事をして、あの子が悩まないように私達で監視しないと」

「先生が気にしているのは、若い士郎君が食べられないかどうかでしょう?」

「ううん。本人達が相思相愛なら文句はないわ。そこは大人だからすっぱり諦めるわよ」

「先生が食べるつもりだったんですか!」

「声が大きい。冗談よ」

「あ! そういう事かぁ。どうやら待ち合わせだったみたいですよ」

「誰と? って、あらぁ……こりゃまた随分と垢抜けた……」

 

 先生はズンズンと二人に近づく。会話を聞くつもりなのだ。気が気でないが、これでもバレないのが凄まじい。

 

「おはよう、桜」

「おはようございます、間桐さん。ご無理を言います」

「おはようございます、衛宮先パイ、アインツベルン先輩。そんな事はありませんよ」

「いえいえ、頼りにしています。今日は間桐さんの見立てに掛かっていますから」

「そんな~」

 

 キャッキャッと談笑する先輩とここの桜。あれ? 

 

「先生、あの桜……?」

「うん、違うわね。あなたの桜ちゃんに似ているけれど、それにしては……」

「そうです。快活なだけでなく奥ゆかしさもあって。本当に間桐?」

「ね? 遠坂でも間桐でもなく……違う家で育ったみたいな感じね?」

「それですよ。けれど姓は間桐なんですよね」

 

 やがて三人は商店街の一角まで歩いて行き、とある店に入った。弓具店。なるほど。

 

「エルは弓道を?」

「そうです。部活で弓道部に入ったそうですよ」

「あの三人、同じ部活なんだ?」

「そうです」

「な~んだ」

 

 お店の前のガラス戸から覗いても、弓道の道具を揃えているだけだった。きっと桜の背格好が似ているのでアドヴァイスを貰おうとしただけなのだろう。

 士郎君はその手引きと言うか、仲介役だ。やがて三人が出て来た。結構荷物がある。先輩がこちらを見て手招きした。え? 

 

「あ~、もう、バレてる」

「これ、泳がされたんだよ」

「え~、クロエ達……。何やってんだよ……」

「先パイ? イリヤちゃんの双子の?」

「そう。こっちが妹のクロエ。こっちが従姉妹のクロ」

「こんにちは。間桐桜です。衛宮先パイやアインツベルン先輩と同じ弓道部の後輩になります。今日はアインツベルン先輩が弓具を揃えるのでお手伝いに来ました」

「こんにちは、クロエです。よろしく~」

「こんにちは~。従姉妹のクロです」

「イリヤ達は家か?」

「うん。二人で遊んでたら、お兄ちゃんやお姉ちゃんが見えたからさ」

「そう、何をしてるんだろうって」

 

 小学生の言い訳にしてはまぁまぁかな。でも場所が場所です。

 

「小学生二人だけで新都なんか来ちゃダメだろ? この店は繁華街から外れてるけど、危ないぞ?」

 

 そうそう。午前中で陽は明るい。けれどまともな大人なら絶対に言うだろうな。

 

「彼、お兄ちゃんをちゃんとやってんのね。ふ~ん。こうして見ると、あの士郎君も何か違うわね?」

「違うっていうか、これだと遠坂司郎君ですよ」

「つまりは普通なんだ。なのに姓は衛宮な訳ね。ルヴィアのあの話を聞いて危ういと思ったけど、錬金術に拠る記憶の完璧な消去かな、これは」

「そうなりますね。そしてそれがあの桜にも」

「そうなの?」

「ここには魔術師の間桐はありません。鶴野・慎二親子は倫敦在住で、実はあの桜は間桐雁夜の養女です」

「それでか。となるとここの雁夜は少しタイプが違うわね」

「と言うと?」

「あなたの知る雁夜小父さんと似たタイプって意味。本来の間桐雁夜は陰気なタイプでね。あんな桜にならないわよ」

「なるほど。つまり母への恋心を振り切ったタイプ?」

「身も蓋もないわね。けど……そうね。もっとアグレッシヴなタイプだと思うわ。じゃ、凜。桜は雁夜お父さんの身の回りの世話を?」

「たぶんそうなのだろうと。あの人はここでもフリーのルポライターだそうです」

「本当に?」

「ええ。衛宮の小父様のお話では、海外の雑誌を中心にして働いているそうですよ」

「ふ~ん。まぁ、そういう事にしておきましょう。それで?」

「それで、小父さんは年に数回しか帰って来ないらしいです。そして桜も幼少の頃の記憶が無い事で、あの衛宮君と意気投合したとかで……」

「そんな事に。だからあの凛は中卒で倫敦に逃げたのね。負けん気は買うけど、資質はどうなの?」

「導き方次第でしょうか。ルヴィアが先に伸びるのは目に見えています。そこで踏ん張れれば」

「いっそ、ここのルヴィアをルヴィアに任せたら?」

「とことんスパルタで伸ばさせると?」

「そう。それでライバル心を煽るのが一番手っ取り早いでしょう? ゲートは構築してあるみたいだし、少しレクチャーすればルヴィア一人でも来れるわ。その分、あなたが凛に専念すれば良いのよ」

「できる限り面倒はみてあげたいですけれど」

「優しいのね?」

「性分です。それより先生は対価をルヴィアに示されたんですか?」

「うん。あれだけ熱心に訴えられるとね。ルヴィアを正式に弟子に取る事にするわ」

「エーデルフェルト初の魔法使いですね」

「なれればね」

「会長や先輩が居ます。どうとでもなりますよ」

「あの二人みたいな話し方。あの泣き虫が……強くなったわね?」

「先生や皆さんのお陰です」

「フフ」

 

 おっと、あちらの話が進んでる。

 

「士郎クン、叱らないであげて下さい」

「けど、危ないぞ?」

「この子達の優しさを理解してあげて下さいな」

「どういう意味だ?」

「今日は母の日でしょう? お花を買いに来たのですよね?」

「……うん! そうそう、そうだよ」

「そう、クロに聞いて、あっと思って」

 

 先輩が助け舟を出した。確かに今日は5月の第2日曜日だ。そっか、先輩はそれも考えていたのか。

 

「それに貴重な人材が、自ら荷物持ちに現れてくれたのですから」

「荷物持ちねぇ……。ここはエルヴァさんに騙されておくよ」

「お兄ちゃん、酷い。ママにお花を買おうと思ったのに」

「本当か? マウント深山にも花屋さんはあるぞ? それに俺は修学旅行前に家に届けてくれって注文済みだぞ? そんな風に前もって用意する事もできるんだし」

「さすがお兄ちゃん」

「やるわね、お兄ちゃん」

「そこを褒めても仕方ないだろ?」

「まぁまぁ。きっとこの子達が良いなと思える花がなかったのだと。ね?」

「うん、そうそうそう」

「そう、そうだよ」

「優しいな、エルヴァさんは」

 

 この衛宮士郎君は家族の事に関して抜かりがない。

 

「お駄賃はパフェで良いですか?」

「うん。好きなの頼んで良い?」

「良いですよ」

「やった!」

「やったね!」

「もう。ホントにお前らはなぁ。ゴメンな、エルヴァさん」

「いえいえ。半分はうちの子です。お互い兄であり姉です。頑張りましょう」

「だな」

「間桐さん。すみません、こんな家で。うるさい小姑は私が圧えますから」

「は、はい? お、お願いします!」

 

 お願いしちゃった。そうか、ここの桜は士郎君をそんなにまで……。

 

「なんだ。エルはキューピッド役を……。あの子もお節介焼きね」

「あの冷やかし方。子供達もそのつもりだったみたいですね」

「ね? ああ……赤くなっちゃって。桜、可愛い……」

「うちの妹はダメですか?」

「ハキハキしているところは好きだけど。どこの桜だろうって思っちゃうのよ」

「う~ん……。私にとっての桜はあの子ですよ」

「そうね。それは私もよ。けど、どこの桜も皆んな可愛いわ」

 

 先生はご自分の妹さんを看取っている。今際の言葉は『ありがとう、姉さん』だったそうだ。

 私は思わず師匠の腕に自分の腕を回した。

 

「私達もパフェを食べに行きましょうよ、先生」

「そうね。行きましょう」

 

 

 エルヴァさん達がお戻りになられた日の翌日。

 朝6時。少し眠いですが、嫌な予感がして目が覚めましたの。

 

「おはようございます、オーギュスト」

「お、お嬢様……おはようございます」

「ん? 何かありましたか?」

「はい。もう一人のお嬢様が……」

「あの方は……。それで何か無茶を?」

「いえ、お茶を済まされた後に屋敷を散策すると……」

「工房ですか、まったく」

「あれだけ堂々とされますと、私には……」

 

 まぁ、こればかりは。それに興味本位であって荒らしはしないでしょう。嫌味は言われそうですが。

 

「おはようございます。何をしておいでですの?」

「おはようございます。少し見学をさせて頂きましたのよ」

 

 まぁ当然といえば当然ですが、堅牢なエーデルフェルトの魔術鍵をいとも容易く。

 今更キーの暗証を換えるのも癪ですわ。

 

「それで、何か気になる点がございまして?」

「そうですわね。この研究ノート。もっとルーンを突き詰めた方がよろしいですわ」

 

 それはエルヴァさんにも指摘された事ですわね。

 

「それと、ルーンに代わる系統をもっと増やした方がよろしいとも思いますわね」

 

 これもエルヴァさんと同じ。

 

「地は基点ですのよ。地があるから空があり、水が流れ風が舞い火が熾るのですわ。日本語ですけれど」

 

 五大属性の事ですわね。

 

「ある時はルーン、ある時はカバラ、またある時は錬金術。何でもよろしいのではありませんこと? 自分を補えるのであれば。足りなければ他所から持って来る、無ければ買いに行く。もっと基本から貪欲になっても、誰も叱りませんわよ」

 

 この人は、この私は……。

 

「買いに行くって何ですの?」

「ああ、そこはエル姉様のアレンジでしたわね。ホホホホホ……」

「あなたはあの方と幼馴染みでしたわね?」

「ええ、2歳から仲良くして下さっています。今回はそんな私の大切なお姉様の一大事」

 

 14……いえ、15年も親友だと。羨ましいやら悔しいやら。なんとも言えませんわね。

 

「それにルビーからの信号を頼りに捜索に出た、親友の凜までが子供達と音信不通になってしまって。それで駆けつけましたのよ」

 

 ああ、並行世界間の連絡が途絶えたからでしたのね。

 

「この領域はどうも座の風が不規則に舞うようですわ。それで信号が途切れるのですわね。それでいざ来てみれば、あの小さなイリヤやクロの世界と同じタイプの世界。歴史と言いますか、流れの変化はあの風の影響もありそうですわ」

「そちらとはそうとう違うようですわね」

「ええ、違いますわね。こちらではイリヤ姉様やエル姉様が子供なのですから」

 

 そして彼女は目を伏せ、ペコリと頭を下げましたのよ。

 

「昨夜は失礼致しました。愚かにも気が動転してしまって……」

「い、いえ……」

「まったく、まだまだですわね」

「そんな事は」

「時にあなた」

「はい?」

「この研究ノートをここの遠坂凛の研究ノートと交換する勇気はありまして?」

 

 何ですって? 

 

「そこに何のメリットがありますの?」

「そのあなたのノートの内容は私の研究の1/5程度です。しかし、凛のノートを見たならば3/5にまで進むでしょう」

「それは彼女が2/5多く研究していると?」

「いいえ、彼女もきっと1/5ですわ。ですが与えられる啓示は2/5あります。同時にあちらも3/5まで進む分を得ますけれど」

「時間が短縮できると?」

「そういう事ですわ。同じ宝石魔術師でも彼女と私は別人です。考え方やアプローチが異なりますもの。更に共同研究を続ければ、今の私と同レベルに2年以内に届きますわよ。そこから先ですわ、本気で難しいのは」

「どういう意味ですの?」

「私は中学3年生で宝石剣を作りました。ですが根源には行けておりません。この2年弱、遊んでいた訳ではありませんのよ?」

「そこが難しい訳ですか?」

「そうです。そしてヒントですわ。凜と私は今だ共同研究を続けていますの」

「は? お互い隠し事無しという事ですわね? となれば何故彼女だけが……」

「そこですわ。ちなみに何のまやかしもございませんのよ。凜の師匠もリンである、そこに答えは無いのです」

 

 どういう事ですの? 

 

「では……?」

「フフ……ヒントはここまで。この先はあなたの凛と考えなさいな」

 

 そうして彼女は私と同じ、輝くような(くるくる巻いた)金色の髪を揺らして出て行きましたの。

 かれこれ10数年この髪型ですが、そろそろストレートに戻しましょうか。

 

 

 五人。喫茶店に入るには微妙な人数だ。

 まず、4人掛けのテーブル奥にお姉ちゃんを押し込む。すかさずその横をクロエで蓋をする。次にお兄ちゃんと桜をその前に並んで座らせる。そして私は別のところから椅子を一席借りる。うん、これよ。完璧ね。

 

「5名様ですか? 奥のテーブルへどうぞ」

 

 それは片側が壁に面した8人掛けのテーブルだった。ど、ど、どうしたら……。

 

「士郎クン、間桐さんとそちらで掛けて貰えますか? 私とこの子達は荷物があるので壁側の方に座ります」

「ああ、良いぞ。こっちは椅子が空くから、荷物を預かるけど?」

 

 並びはこうだ。

 

  壁

 荷物 私 お姉ちゃん クロエ

  8人掛けテーブル 隣の4人掛けテーブル

 空き 手荷物 桜 お兄ちゃん

 

 家族構成に姉妹の心理。そして部活の関係。何もかもが完璧じゃないか。私はまたお姉ちゃんに教わった。

 

 パフェが届いた。私がチョコレート・パフェなのに対して、クロエはフルーツ・パフェだった。

 早いうちから気付いていたけど、結構好みが私と微妙に違う。これはイリヤ達もそうだった。並行世界存在って不思議だ。

 そしてお兄ちゃんとお姉ちゃんはコーヒーで、桜は紅茶だった。お兄ちゃんのブレンドに対して、お姉ちゃんはキリマンジャロ。それもミルクを少し入れるだけで砂糖は入れない。大人だなぁ。

 桜はキーマン。確か、イリヤお姉ちゃんや妹弟子の方の凜が良く飲んでいる高級なお茶だ。

 

「キーマン?」

「中国のお茶で、三大銘茶だっけ? とても美味しいらしいよ」

「へぇ~」

「だよね?」

「合ってますよ」

 

 クロエの疑問に答えつつ桜に確認を取ったら合っていた。

 

「このお茶が好きなの?」

「ええ。子供の頃から。贅沢だと思うんですけどね」

「たまの贅沢は必要だよ。なんて言ったっけ? 心の休日?」

「そうそう、そんな気分ですよね」

 

 クロエは桜と仲良くなった。お姉ちゃんのためという下心はあるだろうけど、桜の人柄は気に入ったみたいだ。そうだよね。私もここの桜と話すのは初めてだと思うけど、暗さがない。普通の優しいお姉さんだ。

 しかしこのパフェ、本当に美味しいなぁ。こういうのはどこも一緒だと思っていたけど、何か違う。並行世界どうこうでなく、このお店のこれが美味しいのだ。桜が案内してくれた喫茶店だけれど、静かで清潔で穴場だ、ここ。

 

「どうしてこのお店を知ってたの?」

「ここ、私の家に近いんですよ」

 

 ちらりと視線をお兄ちゃんに向ける桜。わかった。ここは二人のデートスポットなんだ。しかも桜は、暗黙でお姉ちゃんに協力要請をしている。

 二人の関係、この喫茶店。秘密にして欲しいと。そしてその理由も想像が付いた。イリヤだ。イリヤを傷付けたく無いんだ。

 

「こんな良いお店を教えて下さってありがとうございます。誰にも教えたくないですね。今度一人で来て、読書にでも利用させて頂きますね」

 

 二人だけのデートスポットを明かしてくれてありがとう。誰にも教えません。邪魔もしませんという意味だ。クロエは高校生の女の子の会話がわかるかな? 

 

「気に入ったなら、また皆んなで来れば良いじゃないか」

 

 お姉ちゃんが朴念仁をバカ人参と言う意味がわかった。お兄ちゃんの学園でのポジションが心配になる発言だ。それでもお兄ちゃんに寄り添ってくれる桜。以前なら敵だったろうけど、今はこの人なら任せられると安心感がある。パパやママが認めるはずだ。

 

 カランカラン

 

「あの奥が空いてるじゃない。あそこにしましょう?」

「はい」

 

 隣の空いた4人掛けのテーブルにお客が来た。クロエの横にサングラスを掛けた長髪の美人が。その真向かい、つまりお兄ちゃんの横に凜が座った。

 

「え? 遠坂……じゃなくてカイさんか?」

「あれ? 衛宮君? 珍しいですね、こんなところで」

「どうしたのさ」

「従姉妹のお姉さんに冬木を案内していたんです」

 

 白々しい。絶対に見張ってたろ。

 

「カイ、そちらは?」

 

 サングラスと帽子を取り、質問する青い瞳の美人。

 

「姉の凛と同じ学園の衛宮士郎君と間桐桜さんです。そしてそちらが衛宮君のご家族で、エルヴァ・フォン・アインツベルンさんと、クロエちゃんとクロちゃんです」

「そう。初めまして、凛と櫂がお世話になっております。従姉妹の遠坂蘭です。凛も櫂も私の妹も同然です。仲良くしてあげて下さいね」

 

 流れるような自然さでデタラメを吐く大魔導師。さすがに慣れている。元の世界ではシロウさんとともに、私とイリヤを可愛がってくれる人だ。ただし、孫かひ孫のように。

 見た目は若いけれど、中身はお婆ちゃんとお爺ちゃんだからなぁ。

 

「カイさんって学校はどこ?」

「私ですか? 私は私立○×女学園ですよ」

 

 その名はエルお姉ちゃんが良くコスプレをしていた、県内でも有数のお嬢様校だった。

 衣替えの季節になると街の風物詩としてニュースになるほどの有名な制服で、ファ○リアの手提げと学生カバンを肘に掛けて、颯爽と歩く姿は私も憧れている。通っている学校が、一貫校の穂群原でなければ行ってみたい学校なのだ。

 ここの名がポロッと出るのは凜も憧れているからだろう。だってあの制服は本当に可愛いのだから。なので私はお姉ちゃんが持っている本物の制服を、高校生になったら譲ってもらう約束をしている。

 ちなみにお姉ちゃんは県の内外を問わず、有名校の制服をコレクションしているのだ。それも全部、自分のサイズで揃えた本物。それらを着てポーズをキメた写真がたくさんある。

 どうしてそこまでするのと聞けば、若い間の今しかできないし、何より高校時代なんて人生の中の僅か3年しか無いからだよとアッサリ返された。

 芸能人や俳優じゃないから大人になれば、もう着る事もない。最初は変だと思っていたけれど、お話を聞き、何度も考えていると納得してしまった。

 

 お姉ちゃんの言う事は確かにそうなのだ。これは他の事でも言えると思う。

 例えば、私もイリヤも夏が大好きだけど、その夏は長い人生で精々80回前後しか巡って来ないのだ。そして楽しい夏休みは小・中・高で12回しかない。きっと大学生になると研究や勉強に追われ遊べないだろう。ましてや大人になって働き始めたら、自由に遊べない。

 物心つかない幼稚園や保育園は除外して……本気で楽しめるのは4年生くらいからだと思う。今が5年生だから、楽しい時期を私は1年損していた。1年生からと考えれば、イリヤより4年も損をしている計算になるのだ。

 12年の1/3も損をしていたんだねとお姉ちゃんに話せば、頭を撫でてくれた。そういう発想が大事なんだよと。だからあの時の夏休みが、イリヤとは違う意味でも私は忘れられないのだった。

 

「え? 有名なお嬢様学校じゃないか?」

「かなり遠いですよね?」

「はい。冬木から通うのは無理なので、蘭姉さんの家に居候です」

「本当は凛も引き取りたいの。けどあの子は独立心が強くてね。それに中学時代まで過ごした冬木から離れられないのよ。死んだ両親との思い出があるからなのね」

「もしかして遠坂は……?」

「あの子、話さないでしょう? 両親ともに事故でね。それで一時は荒れていたの。そこで気分転換にでもなればって、倫敦の知り合いに預かって貰っていたのよ。けれど、結局帰って来ちゃって。それなら一人暮らしは辞めなさいと。そこを快く引き受けてくれたのが、遠縁のエーデルフェルト家なの」

「遠縁?」

「ルヴィアさんとは昔からの知り合いで、父方の又従姉妹になるんです。父の母、つまりお祖母ちゃんですね。その方がルヴィアさんの母方のお祖母様と姉妹なんですよ。だから私達姉妹も瞳が青いんです。ルヴィアさん自身は父方の血が濃いのか瞳は茶色ですけど、あの人のお母様やお祖母様の瞳は青なんですよ。ですが彼女は信用できる人です。それで日本に留学するなら、姉を通訳兼日本語の家庭教師に雇ってもらえないかと」

「ああ、それでルヴィアさんは日本語が上手いのか。そういやカイさんの瞳も青いな?」

「青というよりすみれ色ですね。珍しいでしょう? 私も姉の凛に蘭姉さんもクォーターなんですね」

「ルヴィアと凛が諍うのも、ルヴィアが凛を嗜めていたからなのよ。ホント、子供で困るわ。それが心配で櫂まで休日に冬木にちょくちょく行っちゃうし」

「そういう事だったんだ? けど遠坂、最近変わりましたよ。大人になったって言うか。ルヴィアさんとも争わなくなったし」

「そりゃ、少しは成長して貰わないと」

 

 お兄ちゃんを納得させるための話に見えるが、リンと凜は桜に話しているのだ。お姉ちゃんはジッと桜の顔を見詰めていた。記憶がどうなっているのかを探っているのだろう。

 けれど桜の表情からは特別な感情は読み取れない。親しくしている想い人の同期生であり、友人。それ以上の関心は無いらしい。

 不可逆の魔術。それはなんて残酷なんだろう。ここのママを責める気は無いけれど、そういう性質の魔術もあるのだと私は知らなければならない。そしてそれが及ぼす影響も。

 

 

 空気が重い。今、家のリビングに並行世界のイリヤ君が座っている。ただ単に、アイリやイリヤ達と談笑しているだけなのだけれど。

 アイリは上機嫌だ。士郎から花が届いたからだ。今日は母の日だったのだ。イリヤは後でと話していたから、何か用意があるのだろう。僕はすっかり忘れていた。そう、空気が重いのは僕の錯覚だ。

 

 昨夜アイリが突然、セラとリーゼリットに留守番のお礼だと五日間の休みを申し渡したんだ。前々から行きたいところがあったのか、使用人の姉妹は今朝早くから旅立った。

 必然的に問題になるのは日々の家事だ。しかし、エルヴァ君は大丈夫だと言ってくれた。年頃の娘を持つ父親とは、こんな風に暖かい気分になるのかと嬉しかった。

 そして……。不安だったけれど、なんとか逢えたスイスのエルヴァ。あの子から託された手紙の内容に僕はほっこりした。きっとこれで浮かれてたんだ。後でアイリに詫びよう。

 手紙の内容はこうだ。

 

『あなたが犯した罪は赦せませんが、あなたを嫌っているわけではありません。ただ、感情が抑えられなくなるので避けていました。2歳の時も5歳の時も、私は裸で調整槽の中でした。睡眠教育を途中で辞める訳にはいかなかったのです。そして私はあなた方が避けたかった魔術師です。二人の姉に逢わせて下さりありがとうございます。言葉も通じないのに私達はわかりあえました。あなた方のお陰です。あんなに優しくて素敵なお姉ちゃん達を育ててくれてありがとう。ですが今後も家族として一緒に生活する事はできません。また私には時間が必要です。夏に逢えればと思います。エルヴァ』

 

 僕の訳だと自動翻訳機に掛けたみたいだけれど、大筋はこんなところだ。

 アイリは僕にアイリ宛ての手紙を見せてくれない。乳母のマアエモから聞かされた内容も詳しくは話してくれないだろう。

 僕は僕のやってきた事を見つめ直さなきゃいけない時期に来たのだ。それに答えを出した時にアイリは話してくれるのだと思う。

 夏に来てくれるのかな? その時はアイデンティティのぶつかり合いにならないようにしなければ。少なからずあの子は歩み寄ってくれたのだから。

 

「……はい、シロウさんが監修してくれて」

「そのご本は一冊お幾らで?」

「20ユーロです」

「それが50万部……」

 

 並行世界のイリヤは学園の生徒会長であり、弓道部副部長と書道部副部長、そして華道部と茶道部の部長を兼任していた。しかも弓道部の女子は全国大会2位の実力で、彼女はそのレギュラーだという。

 書道部では大臣賞を部長とともに取り、華道部や茶道部では留学生の体験コースの手伝いと通訳を率先してやっているとか。立派だ。愛娘のイリヤと余りに違う。

 そのせいか、アイリもイリヤ君とはかなり丁寧な言葉遣いで話していた。そしてエルヴァ君ともそうだったのだが、時々ドイツ語を交えて話している。母国語だものなぁ。もっとイリヤにも教えておくべきだった。

 きっと彼女達が多才なのは、お互いが切磋琢磨しただけでなく、マルチリンガルな部分も大きいと思う。僕もアイリもマルチリンガルなのに。しまったなぁ。

 

 そしてこの才媛は、学業の傍ら欧州企業のCMモデルをこなしているともいう。それはドイツの建設機械のメーカーで、かれこれ10年になるそうだ。この他、企業向けの広報ビデオや機能解説のナレーションなんかもしているらしい。

 僕はモデルと聞けば衣類のそちらを思い浮かべたが、そちらは小・中学校時代で終えていて、今はそういう企業モデルなのだそうだ。

 展示会でもナレーションをするらしいから、マルチリンガルが本当に活きている。また、彼女は日本料理の紹介本を趣味で書いていたりする。

 そのシリーズが昨今の和食ブームに乗り、累計で50万部も売れているのだそうだ。だから、あんな凄いクルマを自費で買えるのか……。本当に立派だ。

 内容は和包丁の手入れから始まり、煮物編・焼き物編・酢の物と和え物編・椀物と漬物編といった具合で、かなり専門的なようだ。

 ヘラクレスは比べるのでなく、両親の気持ちを考えろと話してくれた。僕達は普通というモノに拘り過ぎたのかも知れない。結局それは親が勝手に考える押し付けだったのだ。それを思い知らされた。ここまで才能があったとは……。

 

 遅めの朝食は、勿論彼女が作ってくれたものだ。僕やアイリにイリヤは目を瞠った。和食は姉に負けるとエルヴァ君が話していた意味がわかった。

 これは違う。キッチンの隅に転がっていたブロッコリーの軸が、どうしてこんなに美味しいおひたしになる? じゃがいもと冷蔵庫に残っていたこんにゃく、そして棚で眠っていたシーチキンの缶詰で、どうして涙が出そうな煮物が作れる? 

 僕は自分の母親の記憶がほとんど無い。けれど、これがお袋の味なのかなって思えてしまったんだ。味噌汁にしてもそうだ。具がアスパラとわかめって何だと思ったけれど、一口飲めば一気に全部飲んでいた。

 ダシはどうしたのと聞けば、昨夜の間にルヴィア君のところで仕込んでいたという。おまけに彼女は、自家製のお漬物まで持参していた。堪らない味だった。立ち直るまで数分を要したんだ。やっぱり僕は日本人なんだな。

 エルヴァ君が士郎を誘い出してくれて良かった。あの味覚が鋭くて、料理自慢な息子は結構ナイーヴだ。エルヴァ君が居てくれればフォローがあるからまだ良いが、居なければどこまでも落ち込むだろう。

 表面上は取り繕えても、ずっと引き摺る。血は繋がっていないけど、僕とよく似た息子だ。

 そういやクロエとクロはどこへ? かなり早い時間に自分達で何かを作って、その朝食後に出て行ったようだけど? 

 ああ、プレゼントを買いに行ったのか。それでイリヤが落ち着いているんだね。そして、ついでにエルヴァ君の後を着けたかな? ま、クロがお目付け役なのだと思うし、エルヴァ君なら妹達の行動は想定内だろう。

 

「それで今夜の食事はエーデルフェルトでお願いできますか?」

「あら。前みたいに?」

「エルが作ったのでしょう? あそこまで贅沢はできませんが、今日は母の日です。心からの料理をご用意致しますよ」

「まぁ、嬉しい。キリツグ、聞いた?」

「ああ、楽しみだね。喜んでお伺いするよ」

「じゃ、イリヤお姉ちゃん、今日は忙しいんだね?」

「ううん。レシピを渡して人数も知らせてあるの。買い出しと下拵えは、エルとアーチャーのお兄ちゃん達よ。だから夕方までは暇なのよ。イリヤちゃん、もっとお話しましょう? あなたの学校の事とか好きな事とか、もっと教えて欲しいわ」

 

 あ、イリヤ落ちたな、これ。顔が赤いよ? 

 白いエルヴァ君はエルヴァ君に遠慮していてここには来ないけど、エルヴァ君を観る限り二人は同じなのだと思う。そして姉のイリヤ君もこんなに良い子だとは。年下の扱いが本当に上手い。

 

「ママ、頑張ろうかな」

「うん。お姉ちゃん達を見習ってお料理だね。良い事だと思うよ」

「違うと思うなぁ」

「え? オムライスを作れるようにするんじゃないの?」

「それもあるけれど、これはお父さんも関係するんだと思うよ?」

「え?」

「さすがねぇ。ママね、あなた達の妹が欲しいのよ」

「エルヴァの事?」

「ううん。赤ちゃんよ」

「え~!」

「だって赤ちゃんが居たら、あなた達はもっともっとお姉ちゃんらしくなるだろうし、エルヴァちゃんも日本に来やすくなると思うの」

「なるほどですね。その効果はあると思いますよ」

「でしょう? やっぱりあなたも?」

「ええ、下の妹の美遊が生まれたのは私とエルが10歳の時です。あの子が生まれて私達は変わりました。特にエルは変わったと思います。エルは事業があるので初等部を卒業したらドイツに帰るつもりだったんですよ。それが高等部卒業まで伸びたのは、美遊のお陰ですね。去年、美遊が1年生の時ですが、学校でおでこを怪我してしまって。それを校庭で体育の授業を受けていたエルに知らせた人が居たんですね。それでエルは初等部の校舎に走ろうとして樹に頭をぶつけて。美遊が1針なのにエルは3針でした」

「あらぁ……。けれど、それだけ美遊ちゃんを大切に思っているのね。怪我はもう大丈夫なの?」

「ええ、跡も残っていません。そして私は私で英語の授業中でしたが、使い魔で美遊の怪我を知って、慌ててドアを開けてしまいまして。ガラスを割って後でお母様に叱られました」

「あらあら、あなたまで」

「学校に使い魔って。ガラスが割れたという事は強化して走って出たんだね?」

「お恥ずかしい話ですがその通りです。行き先を校庭に切り替えてなんとか誤魔化しましたけど」

「君やエルヴァ君みたいな落ち着いた才女がそこまで……。ここにもイリヤ達の友人に美遊って子が居るんだけど、何か関係があるのかな?」

「あるでしょうね。昨日会いましたが、妹とそっくりでした。あの子は並行世界の美遊で間違いありません。きっとあの子の兄も衛宮士郎で、父親が衛宮切嗣なんですよ。私はそう思います」

「そうか。カードがやって来た世界からスリップしたのではないかとはエルヴァ君の意見だけれど?」

「あの子がエーデルフェルトに引き取られた時期とカードの騒動。時期的にも一致しているみたいですね。それと会ってわかりました。あの子は神稚児ですよ。つまり生まれ付いての願望器です。範囲や効果、果たした後、どうなるのかは不明ですが」

「神稚児……。良くは知らないけれど、それがイコール願望器とは限らないだろうに?」

「上の姉が遠坂神社で巫女をしている関係もあって、私とエルは郷土史や伝承も良く調べていました。それに自分自身が聖杯になる可能性もありましたので、特に私は熱心でした。それで遠坂神社にありましたよ。その朔月家の伝承が」

「朔月……それはどんな?」

「天正から始まり、代々女児は神をその身に降ろすとされている家です。ある種の霊媒体質なのかと最初は思っていましたが、柳洞寺にこんな伝承がありました。3代目の頃、冬木に飢饉が起きたそうですが、その年に産まれた赤子が赤い瞳を持っていました。それでこの子は神様の子ではないかと、村人が豊作を祈願しました。そして翌年からの3年間、豊作だったそうです。ただ子供は3歳で亡くなりました。それが切っ掛けとなり、後に同じ瞳を持って産まれ来た女児の記録を代々録っていたのです。『其の者、人の願いを叶え給えり。願いある者後を断たじ』と。どうやら無制限に人の願いを叶えてしまうらしく、それが争いの種にもなったようです。そして最後は……絵に描いたような断絶ですね」

「という事は、アインツベルンみたいな副次的なものでなく……本物?」

「そうですね。冬木の霊脈もそのためにあったのかも知れません」

「そんな家が残っていた世界か……」

「はい。そのチカラを一部でも目の当たりにしたのなら、10年前のあなたならどうされましたか?」

「つまり僕が士郎ともども引き取った可能性があるのか。あの子が士郎を見る視線には気付いていたよ」

「憶測も含みますが、概ねその辺りだと」

 

 その冬木を訪れた僕はきっと誰よりも求めていたはずだ。なんとしてもこの世から争いを失くす、絶対的な存在を。だけど、どうして都合良く士郎が居るんだ? 一笑に付したい気持ちはある。けれど理由は幾らでも付けられる。

 そこの僕は病んでいたのだろう。そして無意識に後継者を求めていた。それを神稚児が叶えたのだ。これまた無意識に。

 それはエルヴァ君から聞かされたアーチャーの過去を知ればわかる。関係性が深過ぎる。運命を越えている。

 

 そこでこうは考えられないか? 未遠の血にも、その朔月の血が流れていたのだと。

 母親のアイリはそういう風に造られている。聖杯に人格を与えたのがアイリだ。けれどイリヤはそうでは無い。アイリの血を引いているとしても、その後の調整による部分が大きい。

 けれど──イリヤは人格を保ったまま五~六騎を収められる。これはアイリには不可能だ。彼女は二~三騎で人の姿が保てなくなる。この事はエルヴァ君に聞いていた。

 となると、適正があったのは……僕の血だ。信じたくは無いが可能性はある。

 

「イリヤ君。妹の美遊ちゃんの瞳の色は……?」

「あの子もアインツベルンですから……赤いです。見た目は……父と同じ日本人ですね」

 

 ああ。妹の美遊ちゃんはある種の先祖返りなのだろう。だからイリヤの友人に似ているのだ。

 厳密には同位体では無いと思う。とは言え、イリヤ君やもう一人のイリヤの態度でわかってしまった。妹さんも天然の願望器なのだ。だから驚くイリヤを落ち着いて宥めたりできるのだろう。

 彼女もエルヴァ君も、きっとクロやイリヤも悩んで来たんだ。だとすると両親はどれだけ悩んでいるだろう。アイリが産んだ僕の血を引く子供。イリヤ、クロエ、エルヴァ……僕は……。

 

「愚問だけどイリヤ君? 君にとっての美遊ちゃんはとても大切な子?」

「はい。何ものにも代えられない、とても大切な妹です。勿論、クロちゃんやおチビちゃんも」

「ありがとう。僕も頑張らないとね」

「やった! 妹ができる!」

「やったね!」

 

 え? どうしてそうなるの? 僕はただ、三人の娘に対して……あれ? 

 

「あなた、子供達の前で……この子達も女の子よ? そういう知識も少しずつ増えているんだから。そういうのは心構えができてからキチンと……。けれど、今夜待ってるから……」

「ママ、大胆!」

「うぇ~……ママ……」

「親の仲が良いのは喜ぶべき事よ、イリヤちゃん。けれど場所は選んで欲しいわね……」

 

 ちょっ! 向こうの僕はどこで何を? 娘に知られてるのか? 参るなぁ……。

 けれど……その強さはこんな娘達が居るからこそなんだ。そうだね。誰かに負けても、自分自身には負けられないよね。その苦悩も逃げずに受け止めるよ。

 

「ところで君達、どうして妹ってわかるのかな?」

「あれっ? そうだよね? 弟かも知れないのに?」

「お姉ちゃん、これはお願い……」

「イリヤちゃん、ショックだろうけどアインツベルンの女は女の子しか産めないのよ。けれど可能性があるとしたら私達の世代なの。お父さんやママの孫は、男の子と女の子の両方を産みわけるのが私達の使命なのよ」

 

 使命なの!? 

 

「それって、君のご両親が使命と?」

「いえ、自分に対する課題というか。母はアハト系の2代目で、高等部を卒業すれば私が3代目になります。刻印もアハトのそれを複製し、母と私が持っています。そして父の刻印も」

「あの論文の複製だね?」

「そうです。エルは天才です。時計塔の封印指定局で見た祖父の刻印と、父の刻印を合わせて、完全に再現したんですから」

「それを君が持っているの?」

「はい。上の姉達は皆んな養女です。あの世界での衛宮の血を受け継ぐべき長女は私だけです。祖父の悪行も背負います。同時にその成果も」

「君は……」

 

 一緒に戦ってくれるのか……。

 養女と言いつつ姉達とは仲が良いのだろう。背負わせたくないのだ、その罪を。それがわかる。なんて子だ。なんて子を育てたんだ。エルヴァ君が姉は違うと言った意味が今こそわかった。

 

「それと、そんなに私を特別視しないで下さい」

「え?」

「母のお腹に居た頃から調整に学習を繰り返されて来たんです。この子達もポテンシャルはあるんですよ。それを自分で気付けるかどうかです。私にはエルとの出逢いがありました。クロエちゃんもイリヤちゃんもエルヴァちゃんに出逢ったのでしょう? 変わって来ますよ、この子達も。サボっていたら、ここのエルが諭してくれるでしょうし」

「フ……そうだね」

「あなたは……。あの調整を何でもないみたいに……。恨んでいないの?」

 

 アイリ……。母親として当然の質問か。

 僕がアイリの言葉を受け入れ、アインツベルンを出ようと思ったのは、イリヤの包帯姿を見たからだ。そう、調整とは外部からの魔術的処置だけでなく、身体を刻んで内部から行う事も含まれていたのだ。

 この子は8歳まであんな城に居たという。そしてこの子の義姉達は18歳まで。聖杯を閉じなかった方のイリヤの容姿は、5年生としては小柄なイリヤ達と変わらないそうだ。並行世界でヘラクレスのマスターだった娘達……。

 アイリも僕と同じ気持ちだろう。握った拳が真っ白だ。

 

「誰をですか? 母は仕方なかったでしょう。反対意見を言えないようにされていたでしょうから。だからといってアハトを恨むのも何か違いますね。その妄執はバカだなぁとは思いますが、身内には結構甘いところのある人ですし」

「でも……」

「私は運命というのは変えられると思っています。自分の行動と信念とで。それでも無理なら、それは明らかな決定事項ですよね。ですが、それは誰が決めますか? 第三者の決定であるなら覆す事は可能なはずです。後は方法論だと思いますよ?」

「方法……」

「ええ、方法です。あれがダメならこれを、これがダメなら次はこれを。誰しもがそうしているはずです。けれど根本的に方法が間違っていればどんなに思い描く夢や理想が尊くとも、間違った結果しか導きません。そして取り返しの付かない事態を引き起こす。そんな引き返せないような失敗は怖いです。だから考えるんですよ。これで良いのかって。アハトにはそれができませんでした。そこが哀しいですね。だから恨むのはお門違いだと思います」

 

 参った。心底参った。彼女はアハトと言っているが、これは僕だ。過去の僕への言葉だ。

 僕はあの家を潰した。当時はそれが正しいと考えていた。また……並行世界の僕は止まれなかった故に、結果として冬木に災厄を撒き散らした。僕の願いは本当に正しかったのだろうか。他に方法は無かったのだろうか……。

 

「なら、間違っている人にはどうすれば良いと思う?」

「色々な例を示して話すしかありませんよね。どの言葉がその人に響くのか、受け入れられるのか、それはわかりません。だから数多く話すしか無いと思います」

「けれど、それはそう簡単には行かないと思うわ」

 

 これはアイリの言う通りだ。けれどイリヤ君は突拍子もない事を話してくれた。

 

「私も以前はそうでした。そんな説得なんて効かない相手もいると思っていました。けれどエルは言いましたよ」

「なんて?」

「この取り引きで5億儲かるとか10億損をするとか考えてみろって」

「は? どういう事かしら?」

「大きな取り引きをすると思えば、どんな言葉でも出て来るはずだと。それはタイプの話だと思うと言い返せば、言葉が足りないのは知識が足りないからだと言われましたね。兆のお金を稼ぐ人達は言い訳をしないよとも」

「厳しいわね」

「そして人の命はお金で買えないし、人の願いもお金で買えないはずですよね? でもそれすらも嘘だと言うんです、あの子は」

「え? でも……」

「はい。例えばアハトの願いはお金では買えません。また、お金に引き換えて諦めもできません。そうプログラムされていたからです。それは言ってみれば機械ですよね? システムなんですよ。止まらず暴走するなら壊すしかありません。だから悩む必要は無いと思いますよ?」

「……ありがとう」

 

 なるほど、システムか。ではそのプログラムを組んだのは誰だ? あの願いを最初に抱いたのは誰だ? オリジナルとその模倣。

 

「間違っていたらごめん。エルヴァ君が言わんとするのは、オリジナルと模倣の違いかな?」

「そうですね。その意味もあると思います。それとオリジナルと模倣という言葉も、結局は区別の事です。この区別……ふるいから零れた人の願いや夢、そして命は買えると言い切るんですよ」

「嫌な考え方だけれど、現実だね」

 

 そう個人に帰結する夢や願いは、金で買えてしまう。その程度のものだ。これは間違いない。

 それに会社の社長が居なくなるのと、ヒラの社員が居なくなる事、大きな企業が倒産する事と、零細企業が倒産する事──これらは周囲の影響を考えれば等価に語れない。

 それと同じように、核家族化が進む現代は人権が声高に叫ばれても、影響という観点からは人命が安くなっている。

 

「そうなんです。宗教や倫理を越えた社会構造から生まれる格差もあるでしょうし。こんな言い方は良くありませんが、産まれた家の違い、教育や躾けの違い、そして本人の努力と才能。そこからも確実な差が生まれます」

「確かにね」

「リアリストなんですよ。そこを明確にして算盤を弾かないと間違えるからと。極端な例ですが、五人も六人も人を殺すような殺人鬼の本性を隠した高額納税者と、五人も六人も人を救った経験はあるけれど無職な人、誰かに手をあげる事はありませんけど、コツコツと真面目に働き、収入に見合った税金を収める人。誰が一番だとの問があれば、妹は迷わず三番目の人だと断言します。何故なら税金は社会的弱者を護るためにも使われおり、三番目の人は他者を傷付けていないからです」

 

 実にその通りなのだった。だからこその不殺の誓い……。

 

「そしてその儲けが10兆、20兆となれば収める税金はか……。けれど、思うように行き渡らない場合があるよね?」

「そうです。そこで教育を通して世の中を変えたいと、財団法人を作って学校を建てたりしているんです。世代交代すれば自分で気付ける人ばかりの社会になるからと。私もボランティアで文具などを、あの子の財団に寄付していますよ」

 

 ああ、ブレないんだ……。

 

「まさかと思うけど、彼女は戦争を止めたりとか?」

「たぶんやってますよ、あの妹は。私も何度か並行世界に来ています。そこでの新聞を読んだりもします。それでわかりました」

「何を?」

「私達の世界と大方の並行世界とでは世界地図が違います。国の数が違うんですよ。私達の世界にカーテンで覆われた共産国家はありません。また独裁国家は一つもありません。犯罪や殺人は時折耳にしますが、戦争はおろか、局地的な武力紛争ほとんど無いんですよ」

「な……」

「あの子が具体的に何をしているのかまではわかりません。けれど絶対に何かをしているはずです」

 

 僕もアイリも言葉が出なかった。それはほぼ、夢が……願いが……叶った世界じゃないか……。こんな相手に時計塔がどうとか……次元やレベルが違っていた。

 僕らの方に残ってくれたエルヴァ君はそうでは無いと思いたいが、このイリヤ君にそっくりな方のエルヴァ君に限っては、あの倫敦での大立ち回りも、笑いながらの片手間仕事だったのではないかとさえ思えて来た。

 そしてそれは予測に違わず当たっていた。

 

 

 円蔵山中腹、龍洞の奥深く。

 私はアーチャー殿からギリシアの大英雄とともに見張りをして欲しいと頼まれました。報酬は時給200円。かれこれ36時間は見張っておりますので現在7千200円となります。ふむ。中々の報酬ですね。働くとは素晴らしい。しかし……。

 

「ヘラクレス殿、これは……」

「うむ。ぼちぼち動き出しそうではあるな。後2~3日といったところか」

「そうですね。しかし、このように見張るだけでよろしいのですか?」

「卿よ、ここを見ろ」

「地面が……切り替わっている?」

「そうだ。ここから内側は異なる世界から来たのだろう。思うにあの8番目のカードは追放されたのでは無いか?」

「追放?」

「うむ。さすがは英雄王と言ったところか。礼装にされても自我をある程度保っている。だから追放されたのでは無いかとな」

「なるほど、我の強い礼装……使い勝手が悪そうだ。あなたとこうしてお会いして組むのも奇縁ですが、この役は我々が適任ですね」

「相手が本物ならな。時間稼ぎにもって来いの人選だろう。だが相手はしょせん黒化英霊だ。歯応えがあれば良いがな」

「油断は禁物ですぞ?」

「うむ、その通りだ。しかし私は家事も炊事もできんのでな。愚痴だよ」

 

 なんと、これ程の方が家事や炊事ができぬとは。騎士は徒手にて死せずですぞ。

 それは武芸だけではありません。城の修繕、道路の補修、治水に灌漑……。何でもやってきた甲斐がありましたね。

 パチパチと火が爆ぜています。もうじきご飯が炊けるでしょう。しかしアーチャー殿が用意してくれた、この飯盒なるものは便利ですね。アーサーがご飯は素晴らしいと力説する気持ちがわかります。

 更に便利なのは缶に封入された料理の数々。缶詰と言うのですが。これの焼き鳥がなんとも美味です。アーチャー殿と共にここに来る前に購ったのですが、今のところ赤い缶が一番美味で安い。これ一缶でご飯が全部頂けますよ。

 しかも値段は100数円。時給の約半分ですぞ。実に安い。アーサーに教えれば100缶くらい買いそうですね。

 

「君はなんとも幸せそうに飯を喰う男だな。見ていて気持ちが良い」

「そうですか? ですが、現代の食事は私の時代には考えられぬほど美味ですよ」

「それはそうだな」

「お茶のお代わりはいかがです?」

「ああ、頂こう」

 

 大英雄のマグカップにティーバッグを入れお湯を注ぎます。しばらく待てば抽出されお茶が楽しめる。なんとも便利ですね。

 お茶の味も倫敦でエル殿に教えて頂いたのですが、日本には紅茶でなく緑茶もありました。アーサーも緑茶の味がわかればあなたも幸せになれるだろうと話してくれました。

 エル殿の前のマスターはお茶好きで、事あるごとにお茶を入れていたそうです。

 

「苦い……」

「こんなに薄いのにか? この渋さが食後の口中をさっぱりさせてくれるのだ。慣れれば美味いぞ?」

 

 食事の時の飲み物といえば、昔は安全面からもエールでした。ワインは希少なので、王が蔵を開かない限りは飲めるものではありませんでした。食事も麦粥ばかり。たまに焼いた獣の肉。

 この時鍋でお湯を沸かし、獣の肉とハーブと塩でスープを作るのです。あれは人気がありました。一人一杯と言っているのに、皆んなお代わりに並ぶのです。

 

「この缶詰をスープにできませんかね?」

「できるのではないか? 以前イリヤがオイルサーディンの缶詰でスープを作っていたぞ?」

「ほぅ?」

「にんにくやタマネギを使っていたかな? 後はハーブと塩に胡椒か。焼き鳥もタレでなく塩味ならイケるのではないか?」

「おお、塩味もあったのですね。何でもありますね、現代は」

 

 ふむ。アーサーやマスターのエル殿にスープを献上しましょうか。そしてもう一人のアーサーやエル殿にも献上しましょう。

 

「ご苦労さま。何だ食べ終えたところか?」

「ああ」

「おお、アーチャー殿」

「差し入れの缶詰と酒、それと米だ。すまんなぁ、こんな食事をさせてしまって」

「構わんよ。私は酒と摘めるものがあればそれで良い」

「そうです。何を仰っているのですか? 現代のこの缶詰という食料は、信じられぬ程の美味ですよ。そんな謙遜の仕方は誤解を招きますし、この缶詰を作って下さる方々への冒涜です」

「そ、そうか。それはすまなかった」

 

 そうだ。アーチャー殿も料理をなさいましたね。聞いてみましょう。

 

「アーチャー殿、少しお尋ねしたいのですが」

「何かね?」

「はい。私はエル殿の仲介によりアーサーから正当な裁きを得ました。この感謝を込めてお二人にスープを献上したいのです」

「君の手料理か?」

「はい。それでこの焼き鳥なる食材が大変気に入ったので、これでスープは作れないものかと。先程ヘラクレス殿にもお尋ねした事で使えると確信は致しましたが、もう少し知恵が欲しく……」

「なるほど。要はレシピが知りたい訳だな? 具にタマネギ、ニンジン、ブロッコリー、あればシイタケ、そして卵を使えば良い。作り方も簡単だ。タレならダシで味を決めても良いし、塩なら洋風にブイヨンで味を決めても良いだろう。しかし普通に鶏モモ肉を買って来て作った方が安上がりだぞ?」

「そうなのですか?」

「ああ。焦げ目を付けるなら、一度フライパンで焼けば良いしな。塩焼きタレ焼き、味付けも自由自在だ」

「おお! 本当に現代は何でもあるのですね」

「ふむ……ランスロット卿。今回の事が終われば、帰る前に手伝おう。食材の調達も一緒に行ってやろう。どうだ?」

「よろしいのですか?」

「同じ作るのなら、君の王に美味いと言わせたいではないか? だろう?」

「それはそうです。では、お願いできますか?」

「ああ、任せたまえ」

「卿よ、良かったな」

「はい」

「少年は料理上手でもあったからな。精々教えを請うが良い」

「え? ああ……。あなたはもしや生前、アーサーの……。そういう事ですか」

「ヘラクレス……。彼は勘が良いのだがな」

「いずれわかる事だ。それとも君は悔いるだけでなく恥じているのか? 君に我がマスターを託したのは間違いか?」

「わかったよ。厳しいな、あなたは」

 

 そうか、この人は王とだけでなくヘラクレス殿のマスターとも……。

 

「ヘラクレス殿。あなたが聖杯戦争に出た時のマスターはどなたですか?」

「並行世界のイリヤだ」

「なんと! という事は我が王の後に?」

「そういう事になる。そして我が主の父が少年の養父だな」

「なんという……。となれば王の触媒はもしや?」

「ああ、アヴァロンだ。それがアインツベルンから少年に渡ったのだ。君はマスターを憶えているのかね?」

「ええ……お気の毒な方でした。カリヤと言いましたが、私の召喚時に既に余命が……。あの少女だけは救ってあげたかった」

「間桐桜か?」

「はい。やはりご存知でしたね」

「ああ。生前の私の後輩でな。料理を一から教えてあげた。飲み込みの良い子で、上達が早かったのを憶えている。家事が好きだと笑って話す子だった。なのに第五次聖杯戦争ではライダーのマスターとなってしまって……」

「始まりの御三家の養女だ。少女では逃げようも無いだろう」

「そうだな」

「あなたは……」

「卿よ、少年を恨むのは筋違いだぞ?」

「そんなつもりはありません。ですがその意味は?」

「彼は当時の少女が魔術師である事も、少女の家が魔道の家である事も知らなかったのだ。護って欲しい、救けて欲しい、そんな声も出せぬほど、少女は追い詰められていた。声を上げても当時の少年にどこまでできたか。そんな悔いがあるから我々は大魔導師やエルに着いて世界を巡っているのだよ」

「そうだったのですか……」

「それにこの世界を見ろ。我がマスターは平凡な少女だぞ? そして少年はその子の義兄で幸せに暮らしている。恋仲なのか少年のガールフレンドは、そのサクラという少女だ。御三家の二家が滅び、残る一家の少女は良き師に出会えた。ここは得難い幸福な世界だ。だからこそ卿よ。この世界をなんとしても護らねばならん」

「はい。私が王に出会い、望みが叶った世界です。護って見せますとも」

「うむ」

 

 

 アインツベルン先輩。不思議な方です。

 4月の半ばに先パイの家を訪れて、そのまま日本に残り学園に通うようになった女の子。2歳も上の先輩に女の子は失礼ですけど。でもそう言ってもおかしくない、愛らしさと可愛らしさを持っている人です。

 先パイの妹のイリヤちゃんやクロエちゃんのお姉さんと言われても信じてしまうほどそっくりな美人。ま、従姉妹ですから似ているのは当然ですけど。でも、皆んな美人で可愛いなぁ。

 と、ここまでなら良いなぁ羨ましいなぁでお仕舞いですが、本当に凄いのはここからです。1年生にまで噂が広まるほど運動神経が抜群で、頭もかなり良い人です。だって編入したての中間考査で、学年1位だったんですから。

 確かに喫茶店であらためて話せば話題がとても豊富で、とても機転が利く人です。テレビは見ないそうなので、芸能人の話題には付いて来れないみたいですが、それ以外の話題だと何でもご存知なんですよ。

 そして私や先パイと同じ弓道部に入られたのですが、そこで見せて下さった射。あれを見て、やっかみも嫉妬も飛んで行きました。

 だって、先パイ以外の人の射で美しいと思えた2番目の人だったからです。最初の一人は美綴部長の前の部長、3年の遠峰薫先輩でした。この方が2年生の頃の射は、先パイが溜息を吐く程だったんです。

 そんな遠峰先輩がスランプに陥って苦しんでいたのを救ったのが、転入して来たアインツベルン先輩でした。そしてそのアインツベルン先輩の射は、先パイが俺が目指す射だと言い切る程のものだったんです。これは私も違和感なくそうですねと思えました。

 そしてそして、先パイが仰るには、アインツベルン先輩は家事や炊事がとても得意で、お料理上手でもあるとか。それもプロと変わらないレベルだとまで感心して話していました。

 それで私、ついお願いしちゃたんです。お料理を教えて欲しいって。快く引き受けて下さったんですが、後でドキドキしました。やっちゃったなぁって。

 だって、先パイのお宅にお邪魔して、アインツベルン先輩とお料理ですよ? 『その勇気があるなら大丈夫』と先輩は仰って下さいました。この方はなに気なく私を応援して下さるんですね。

 小さい頃から家事は、何もできないお父さんに代わって私が担当していました。ほとんど家に帰らない人でしたから、家事は自然と上達しましたし好きになりました。

 けれど、電灯の点いていない家に帰れば寂しい時もあります。そんな時に姉妹が、イリヤちゃんみたいな妹か、しっかりしたお姉ちゃんが居たならと思っていました。アインツベルン先輩はそんな私が憧れる姉のような人です。

 だって……。何の具材でも好きなものを教えてくれれば、和・洋・中・エスニックと作り分けられると仰る先輩。凄い。先輩が教えてくれ、先パイが試食をしてくれる。

 何故かそうなってしまいました。アインツベルン先輩がそんな風にしてしまったんです。再来週の日曜、頑張ろう。

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