プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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第八章 美遊の世界
34、新たなる戦い


 未明。海浜公園近くの地中約90メートルの深さから、謎の物体が地面を突き破り地表に出た。しかし、3本の光と万単位を超える何かに拠って撃墜され、円蔵山中腹に墜落した。

 

「痛ぁ~。出オチも良いところだ。本体は……あ~あ。完全に消失かぁ。ま、咄嗟に僕を押し出したのは偉いかな。だけど何者だろう?」

 

 ジャララララララ! 

 

「何!? この鎖は!? 誰だ?!」

「誰に向かって誰何(すいか)をしている、小童」

「何だお前は! どうしてそれを自由に使える!」

「バカな友人には愛想が尽きたそうですよ。私はこの鎖を7本持っていますが、何か?」

「お、お前は、誰だ!?」

「この面貌を見知らぬとは、どこの田舎者ですか? 可愛いショタと言えど返答如何では許しませんよ?」

「何で大人バージョンの僕が言いそうなセリフを次々と……」

 

 素っ裸の美少年は目の前に現れた銀髪の女を眼を細めて眺めた。

 

「人形か」

「誰がフランシーヌやねん!」

「ぶべらッ!」

「ゾナハ病にすんぞ、ゴラァ!」

「あべしっ!」

 

 何の遠慮もなく、ひたすら理不尽に引っ叩かれた。

 

「不届き者! 王を叩くとは何事だ!」

 

 目の前にバサリと1冊の本が落とされた。地図帳だった。

 

「へぇ~。その地図のどこに領土が? なんという国ですか? 人口は? 国民総生産は? 特産物は?」

 

 ダメだ。このパターンだと何千年も前に滅んだだろうとか、砂漠が領土ってプププ、レバノン杉って死滅したやんかと馬鹿にされるのがオチだ。

 それに先程から揺らめく彼女の背後。相手は自分の宝具を最低7セットは持っていて、それを好きに使える能力があるらしい。

 しかも優先権も何もこちらにないみたいだ。こちらの命令も受け付けない。さっきから鎖を解こうとしているけれど、もがけばもがくほど締まって来る。友よ、性能が良過ぎだよ……。

 もうあれは彼女のものだ。僕は神話や伝承を上乗せしただけの前オーナーでしかない。コレクターからコレクターに移った訳だ。

 ほら……これ見よがしにエアばかり出して地面に突き立てている。こちらはエアを含む大半が本体とともに消失したってのに。しかも他の英霊からの戦利品まで何本も持っているようだ。

 単なる人形じゃないな。この時代の魔術師はとうとう神話を超える領域にまで来たのか。と言うか、周囲を見渡せば聖剣持ちの英霊が二人に贋作者が三人? チビっこい人形を含めると五人? 魔法使いが二人に……一歩手前が一人。そして魔法少女が三人。二人は人形で一人は、おやおやお姫様か……。何か色んな意味で詰んでいるなぁ。

 

「わかった。降参します」

 

 もう、諸手を挙げて降伏するしかないじゃないか。

 

「よし、エルヴァ。筆下ろしは任せた」

「嫌ですッ! 誰がチビガメッシュと!」

 

 やっぱり正体がバレていた。けれどチビガメッシュは……ククク、妙に気に入ってしまった。あの贋作者のお姉さんは二人のチビッコ・フェイカーの姉だろうか? 

 男の贋作者も……いや、一人はフェイカーだけれど、もう一人はセイヴィヤか!? そうだ、あれは間違いなく現代の救世主。

 

「救世主が現れたという事は、そこまで僕は敵認定されたって事かな?」

「いや? オレは本体に近い王様とは友人だけどな。オレが一方的にそう思っているだけかも知れないけど。ともあれ世界からの雑用担当がお前の本質ならわからないかもな」

「そういう事か……。座に眠る本体の意志を得た僕と友人と言い切るのか。そうか、本体は友の願いを憶えているのか……。では、その宝具は本体から遠い僕を屠って得た正統な報酬であり、本体の意志を持つ僕が許した訳なんだ。ハッハハハハハハ! こいつは傑作だ! ハッハッハハハハハハハハ!」

「元々この世界は関係ないんだろ? なら元の世界で王道の何たるかを示してやれよ」

「ハハ……その通りさ。どうやら飛ばされたらしいね。僕はミユちゃんとともに」

「私としては美遊ちゃんに関わる主要な人達を救い出せれば、あちらを編纂事象にしてしまう算段です」

「クク……サクッと凄い事を言うね?」

「どうせ、滅びる一歩手前でしょう? 統合を促す方が生者への慈悲ですよ」

「何を根拠に?」

「置換魔術」

「そうか……君はそういう眼を持つのか」

「度し難きを許すまじ。目的は一致しますが?」

「……同伴はしよう。ただしやり方を見て判断するよ。裁定者としてね」

 

 フン。面白くなって来たじゃないか。

 

「お姉ちゃん、良い加減あの子に服を……」

「目の毒だよ」

「まだまだ包茎なとんがりチ○コなのですからどうでも良いでしょう? 既に服を着ているようなものですよ」

「え~!」

 

 この女……下品だ……。ま、僕の玉体を晒すのは余り良くないね。子供の前だから服を着よう。

 その時、凄まじい雷鳴と雷光が轟いた。

 

「射殺す百頭(ナインライブス)!!」

 

 が、一瞬で止んだ。ふ~ん。神の子まで従えていると。

 

「ルビー、座標割り出し!」

『既に割り出して読み込み完了です!』

『凜さん! 空間固定に魔力を貸して下さい!』

「了解! ルヴィア、凛さん! 宝石剣を握って私の身体を掴んで下さい!」

「凜、こちらは霊脈接続完了! いつでも回せますよ!」

『凜さん、座標ロードします!』

「了解!」

 

 そして大魔導師を除いた全員で世界を渡った。

 

 

 

 調理実習の日。

 起きたらクロお姉ちゃんとクロエお姉ちゃんが居なかった。

 

「ねぇ……二人は……?」

「うん……朝かぁ……」

 

 まさかもうお父さんと走ってる? 降りてみると真剣な話をしていた。

 

「だからと言って君達が行く必要は無いだろう?」

「だから! パパが止めてもイリヤが勝手に行っちゃうの! そういう子なの!」

「そう、クロエの言う通り。美遊を見捨てて逃げる子じゃないのよ、あの子は。だから私達も行って、あの子達を支えないと」

「うん。だよね、ママ?」

「わかったわ……」

「アイリ!」

「ただし、エルヴァちゃん二人の許可を取る事。これで良いかしら、イリヤちゃん?」

 

 ドキッとしたけれど、私達じゃなくこれはイリヤお姉ちゃんの事だった。

 

「正直、小学生を巻き込むのは反対ですが……。私とここの凛とルヴィアに先生が残れば、凜が運べる人員をクリアーして、戻るルートの確保もできる計算になります。つまりクロちゃんと階段で聞いているおチビちゃんは、こっちの二人が学校に行っている間に、凛とルヴィアを説得する必要があるわ。あなた達の代わりに残らせるんだから。ルヴィアは応じても凛は厳しいかもよ」

 

 振られたので、もう一人の私とおはようと出て行った。そして尋ねた。

 

「イリヤお姉ちゃん、私達の方のルヴィアさんはどうするの?」

「エルと凜が行くんだから、絶対に行くわよ。先生もそうさせるだろうし。お目付け役にシロウさんに来て貰えるなら」

 

 なるほど。そしてセイバーさん達にアーチャーさん、それとヘラクレスさんにアサシンさん達か。なら大丈夫だね。

 

「期間はどのくらい掛かりそうかな?」

「そこですよね。以前からある程度エルがシミュレートしていて、それが正しければ最短で3日ですね」

「3日か。学園の方はどうにか誤魔化せるとして。僕は行けないのかい?」

「衛宮切嗣の立てる作戦や取るであろう指揮は、私もエル達も知っています。おチビちゃん、恥ずかしいだろうけど転身して夢幻召喚してみて」

 

 え? 今? ここで? 

 

「どうして?」

「良いから、やればわかるわ」

 

 それで転身して、セイバーのカードを使った。

 

「こ、これは……」

「これがカードの使い方です。これは現代兵器で対抗できないですよ?」

「しかし、こちらのイリヤは?」

「お互いに貸し借りできますし、こちらのイリヤちゃん用にエルがセイバー・アーチャー・キャスターの3枚を複製済みです。元々おチビちゃんのカードも、この子の記憶を読んでエルが再開発したものです。ですから素材と時間さえあれば幾らでも作れるんですよ。今回の事を見越してはいましたけれど、それがまだ3枚なだけで」

「こんな礼装を記憶を読んだだけで作れるって……?」

「本当にエルヴァちゃんは天才なのね……」

「はい。そんなエルがここの小さなエルヴァちゃんを自分を越える魔術の天才だと話していましたよ」

「そうか……。複雑だけど……」

「そしておチビちゃんはカードという礼装を使わせたら一級品で、クロちゃんはアーチャーの能力だけに留まらず、新たなチカラを習得しつつあります。きっと行けばクロエちゃんやイリヤちゃんの成長に繋がります。心配は心配ですけれど」

 

 そこだよね。

 

「はぁ……アイリ、良いのかい?」

「私は賛成するわ」

「ふぅ……仕方ないね」

「あなた達は喜ぶ前に、必ず帰ると両親に約束しなさい」

 

 そして四人は必ず戻ると約束した。けれどどうして私達も? 

 

「あなた達には、それくらい言わないと。この子達を護るために身代わりになられたりしたら私が困るの。クロちゃん、おチビちゃん。本気で暴れるエルを私は抑える自信が無いわ。と言うより、私も暴れるから。だから、全員で必ず帰って来てね」

 

 それがイリヤお姉ちゃんとの約束だった。

 

 

 パパにクロエやイリヤ達を任せ、私はルヴィアの家に向かった。学園に向かう前に捕まえないと。

 

「ルヴィア~」

「あら、おはようございます。どうしました?」

「おはよう、ちょうど良かった。ルヴィア達も凛も美遊も聞いて」

 

 そして私は先程のイリヤお姉ちゃんとの話を伝えた。真っ先に反対したのは美遊だった。

 

「クロ! 危ないから……」

 

 美遊が泣きそうな顔をする。そんな美遊の肩に手を置いてエルお姉ちゃんが話した。

 

「心苦しく思うのは、それだけあなたがあの子達や妹達を大切に考えてくれているから。なら、その友情にこの子達が応えるチャンスを与えて下さい、美遊ちゃん。何よりあなたを救ける事を、あちらのエルヴァは最初から計算していましたよ?」

「え?」

「エルヴァとは何度か話していたようですが、私もそろそろ本音で話しましょう。あなたの兄と父の名は?」

「エルさん……」

「そしてあなたのお兄さんは、英霊であるウチのお兄ちゃんの能力を使ってあなたを救けていた。ですね?」

「美遊、話したくない気持ちはわかりますが、情報が無ければあなたを救けられません。答えて下さいまし」

「ルヴィアさん……。わかりました。兄の名は衛宮士郎……。父は衛宮切嗣、私の名前は衛宮美遊です」

 

 ここのルヴィアと凛が口をあんぐりと開けた。お姉ちゃんの予測を聞いていた凜にルヴィアは驚かなかったけど、本人から話されると、さすがに私も少し驚いた。

 

「衛宮切嗣は養父ですね? まだ存命ですか」

 

 ふるふると首を横に振る美遊。

 

「ではお兄ちゃんは?」

 

 一瞬黙った後に、意を決して話してくれた。

 

「ここに来る前にわかれてしまって……」

「十中八九、捕まりましたね。この質問で全てが決まると考えて下さい。私と姉さんは伝承を調べるのが好きでしてね。そこで遠坂神社と柳洞寺で神稚児の伝承を知りました。私達の世界では滅んだ一族です。あなたが衛宮切嗣に引き取られる前の本名は、朔月美遊で間違いありませんね?」

 

 美遊の目が大きく瞠られた。

 

「更に敵はエインズワース家」

 

 美遊はわなわなと震えた。

 

「どうしてその名を……?」

「私はアインツベルン本家の11代目総裁です。歴史に残る著名な魔術師の家は大体把握していますよ。エインズワース家は置換魔術の大家として有名でしたが、300年以上も前に滅びました。ですがどう考えてもカードに使われている魔術は、それなりに高度な置換魔術です。となればエインズワースが残った世界と考えるのが妥当です。また、あなたはアインツベルンという名に覚えがありますか?」

「いいえ。ここに来てイリヤ達に出会うまで知りませんでした」

「エインズワースが残っていてアインツベルンの名が無いという事は、歴史の流れがどこかで違ったのでしょうね。アインツベルンはとても大きな家です。それが滅びたとなれば、切っ掛けとなる神話か伝承が残っているはずですよ。それが判明すれば謎解きは終わりですね。次の質問です。私の予測ではそちらの舞台も冬木だと思います。それで何か目に見える事象で、こことは異なる点がありましたか?」

「気候が……。夏なのに雪が降ったり……」

 

 それを聞いてお姉ちゃんは質問を終えた。美遊にお礼を言い、学校のある人は登校して行った。

 

「お姉ちゃん、イリヤお姉ちゃんが凛とルヴィアを行かせるなって」

「来るなと言っても行くでしょう。それにあの子達もあなた達も行くつもりなのでしょう?」

「うん」

「なら来なさい。定員も大丈夫。凛とルヴィアにも今は宝石剣があります。完全に使いこなせなくとも、多少は凜を補えるでしょう。以前ほど拒絶反応も起きないようですし、足りなければ私が補助します。それにルビーが2本にサファイアもあります。ですから渡航に問題は起きないでしょう。むしろ行けば必ず辛い思いをすると思います。ですが、それはきっとあなた達の大きな糧になると私は思います」

「先輩! 危険ですよ!」

「そうですわ! 子供達は残して行くべきです! エル姉様!」

「いつまでも……安全な場所に居れば、この子達は弱いままです。私達も危険を犯して、ここまでになれた事を忘れてはいけません。凜、ルヴィア、私の後ろと私の横のどちらが良いですか?」

「それは……」

 

 私達が行く事に凜とルヴィアは危険だと反対していたけれど、お姉ちゃんはそれを却下した。そしてルヴィア達を説得してくれた。私もお姉ちゃんの後ろでなく、横に並びたい。

 

「それに今回は、倫敦での政治問題でなく、侵略を阻止するための戦争です。たまたま舞台の中心に居るのが、美遊ちゃん達子供なだけで」

 

 これでルヴィアは火が着いた。

 

「オーギュスト!」

 

 そして偉そうに人んちの執事を呼び付けた。

 

「はい。御用は何でしょうか、ルヴィア様」

「あなたはあなたの主のために銃器を揃えているでしょう? それをお出しなさい。彼女の矜持を恐れて、明かせないで居るのでしょうけれど。オーギュスト、これよりは冬戦争です。心のカレワラは譲れませんわよ?」

 

 オーギュストは刮目した。お嬢様より頼もしい。

 

「弾薬は9ミリで統一致しますか?」

「ええ、ハンドガンとサブマシンガンはそれで。アサルト・ライフルは何がありますか?」

「RK95……いや、何でも揃えますぞ」

「RKですとエルお姉さまと弾薬がやりとりできません。NATO準拠で……そうですわね、オーギュストが持っていそうなものなら……」

「それでしたら、M4カービンのM921HBにM203を着けたものがありますが、H&KのG36Cなどはいかがですかな?」

「あら? エル姉様の予備と同じ。良いですわね。それにしましょう」

「承知しました」

「ミサイルはありませんの?」

「携帯ミサイルですか? 秘蔵の品ですが、カール・グスタフM3がございます。しかし弾まで含めますと重量が……」

「弾はリュックに押し込みなさい。重力軽減を掛けて背負いますわ。そして9mmは1000発、SS109は2000発、閃光弾等も用意なさい」

「畏まりました」

 

 色んな意味でやる気満々だった。どうしてここまでするのかとオーギュストが尋ねた。

 

「私ども宝石魔術師は宝石が命綱です。それが尽きれば役立たずの無駄飯食いですわ。コトこういう戦いになれば。ならばこそ小さな矜持に縛られず、足りないものは普段から鍛えなければなりません。また妹がいるからと甘えてもいけません。必ず帰ってこその跡継ぎですわ。オーギュスト、私がこう動けば、あなたのルヴィアも考えますでしょう?」

 

 オーギュストは感動していた。

 わかるだろうか? これがルヴィアという魔術師なのだ。自らの得意分野が活かせる場を作るためなら、武器を利用することも人を利用することもイヤと言わない。

 ハイエナのエーデルフェルトそのものなのだ。だけど一族のことや、家族に友人のことはしっかりと考えている。とてもカッコいいのが私達が親しむルヴィアだった。

 だから……あの日、私の剣製をギフトと思いなさいと言ってくれたのだ。そしてその事をしっかり考えなさいとも。

 そうだ。対価としての魔力が、睡眠とご飯で済んでいるのは異常なのだ。私とて大物を連続投影する時はお姉ちゃんの魔力を借りている。並行世界での私はヘラクレスを狂戦士として従えるほどの魔力を持っている。

 けれどそれはとことん身体を改造されての結果だった。今の私はイリヤと別れたのでかなり魔力が落ちている。それでも『衛宮士郎』より魔力が多いのだ。

 なのに並行世界のお兄ちゃんもアーチャーお兄ちゃんも、ほんの僅かな魔力で投影を行える。それは異常も異常だった。

 これはそのチカラを、死後の未来から借りている可能性があるのだ。だから守護者になるのだろうか。だから運命から逃げられないのか。きっと美遊のお兄ちゃんも危ない線を越えているのだろう。なら、私達でお兄ちゃんを救けてあげないと。

 

 

 班分けは予想通り。クロお姉ちゃん、美々、美遊が1班。私、タツ子、雀花、那奈亀が2班。

 三人が戦力外なのは重々承知。危ないところはクロお姉ちゃんがアドヴァイスしてくれるだろう。あっちには美々や美遊が居るので、手が空くからだ。

 最大の危険分子はタツ子だ。チラリと見れば雀花が小麦粉をふるいに掛けている隙きに、実習室の戸棚から何かを取り出していた。

 スススと音もなくこちらに近づくところを、クロお姉ちゃんが後ろ回し蹴りを顔面に浴びせた。エルヴァお姉ちゃんに教えてもらったのだ。やっぱり私より上手い。

 ものすごくチカラは弱めているんだけど、吹っ飛んで実習室の扉にぶち当たってタツ子は目を回していた。うん……タツ子、悪いけど今は大人しく眠っておいて。

 

「イリヤ、めんどくさくないか、これ?」

「だけど、ちゃんとしないと」

「スズカ。ネームと下書きが下手なマンガは、スミ入れやトーン張りが幾ら上手くても下手なままなのよ。ベタやトーンはイリヤやナナキがやるわ。あなたはあなたの役割をなさい。ベレー帽を被るのはあなた。あなたの腕でキャラが生きるか死ぬかが決まるのよっ!」

「ぅ……く……そ、その通りだ……」

 

 ズビシッっと雀花を、椅子に立って不思議なポーズで指差すクロお姉ちゃん。どうしてこういう格好をさせると絵になるのだろう。けれどさすがはクロお姉ちゃんだ。雀花を一発で黙らせたのだから。いや、むしろ火が着いた。

 こういう話し方はエルヴァお姉ちゃんっぽい。スイスから戻ってこっち、クロお姉ちゃんはカッコいいのだ。

 

「イリヤ、大丈夫? 行けそう?」

「うん、ありがとう。大丈夫だよ」

「クロエってやっぱりイリヤの姉ちゃんだな。しっかりしてるっていうか」

「だよね。私は弟しかいないから、ああいうお姉ちゃんには憧れるな。ね、美遊さん?」

「うん。クロエは頑張ってる」

「あれか? 高等部の姉ちゃんがスーパー・レディだからか、クロエ?」

「まぁね。お姉ちゃんに恥はかかせられないからね」

「うちの姉ちゃんも、あの人には憧れるって言ってたからなぁ」

 

 とても鼻が高く嬉しい事なのに……。お兄ちゃん、影が薄いなぁ……。

 クロお姉ちゃんが、私の三角巾をポフッと叩いた。

 

「お兄ちゃんにはお兄ちゃんの良いところがあるのよ」

 

 そうだね。それがお兄ちゃんだもん。

 

「皆んな~、オーブンは温まっているから~、そろそろ焼ける班から焼き始めなさいよ~」

「は~い」

「さ、イリヤ。もっとかき混ぜて」

「うん!」

 

 

 昼休み。高等部生徒会室。

 

「生徒会長。一般論としてよ? もうこれ以上無いってくらい全力疾走しているのに、余裕で前を走る人が居たとするじゃない。私は何をすべきなの?」

「どうした遠坂、唐突に。英国から戻って大人しいと思えば、悩んでおったのか?」

「そうよ。盛大に悩んでいたの」

「そして今の質問に至ると……なるほど。潔く負けを認め、冷静に足りなかったものを分析し対処する。これしか無かろうな。貴様とて承知の上であろう?」

「そう、そしてそこで問われるべきは品格よね? 勝者を称え、敗者を貶めない。自分もそうありたいと思う。けれど相手は品格でも上だったの」

「そうか。実力のみならず格でも負けたか。相手はアインツベルン先輩か?」

「ジャンルが違う。それにあの人なら負けても仕方ないって諦められるもの」

 

 おや? こんなしおらしい事を言うタイプだったか? 

 

「同じジャンルでのライバルか?」

「ええ……向こうは競争相手とも思ってないわ。とっくに周回遅れにされてるの。私なんて眼中にないのよ」

「アウトオブ眼中ってやつだな?」

「茶化さないで、衛宮君」

「ゴメン……」

「それでね。向こうは、ただ自分の目標に向かって、一切手を抜かないで走っているだけなのよ。それがまたなんとも……」

「ふむ……」

「遠坂、変な話だけど。その人の事、嫌いか?」

「ううん、嫌ってないわよ。目標にしたい人だもの。ただね……同じ年月を過ごして、どうしてここまで差が出るのかなって」

「リンの言いたい意味がわかりますわ。無駄な時間など使っていない。理論も実践も重ねて来た。それでも負けたと思ってしまう場合ですわ」

 

 何であろうか? 要領は得んが言いたい事はわかる。

 

「遠坂、もしかして妹さんの事か?」

「ど、どういう意味よ、衛宮君?」

「だから櫂さんの事。双子の妹さんとの事じゃ無いのか?」

「え? あ~……。そ、そうね。そうなの。あの子にどうしても負けた気になってしまってね」

「ならさ、遠坂。誇ってしまえよ。姉妹なんだし」

「誇るって……。じゃ、衛宮君? クロエとイリヤが競い合って、片方が負けた時にも同じ事を言うの?」

「それしか言えないよ。今日さ、あいつら調理実習なんだって。それで作ったケーキを評価してくれって頼まれてるんだ」

「む、責任重大ではないか?」

「そ。それで姉妹喧嘩になったら嫌だろ? それで心配してたんだ。ところがさ、昨夜二人に言われたんだ」

「何を?」

「二人が上手くできたら二倍褒めて欲しい、片方が失敗したら良い方を半分こにして渡すから、やっぱり二人を褒めて欲しいって。何かジ~ンとしちゃって。この間まで言い争ってばかりいたのに。女の子って成長が早いよな?」

 

 なるほど、衛宮の妹さん達はそんな事を言うのか。

 

「あ……。自己分析できちゃった……」

「私もピ~ンと来ましたわ」

 

 明言はできぬが遠坂は両親を早くに亡くされ、孤独であったと聞く。

 双子の妹御の存在は初耳であったが、きっと妹御は誰かに褒められる環境にあり、遠坂はそうでは無かったのだろう。

 

「ならば衛宮よ」

「何だ一成?」

「今後、遠坂やルヴィアさんが何かは知らぬが、やり遂げたと話してくれたならば、我々で褒め称えよう」

「ああ、そうだよな」

「な、何よ、柳洞君……」

「何だったら、ここにアインツベルン先輩にも加わって頂こう」

「ああ、良いなそれ。エルヴァさん、案外遠坂の事を良く見てるからなぁ」

「え? 彼女、私の事を?」

「うん。こっちに来た時に時々話しているよ。妹達への例え話でだけど、遠坂やルヴィアさんの名前が良く出るなぁ」

「はい? 私の事も?」

「それはどんな?」

「そうだなぁ。ここぞという本番ってあるじゃないか? 試合とか試験とか色々」

「ええ」

「その時だけ成績の良い奴って底が知れてるって言うんだよ、エルヴァさんは。そんなのはまぐれもあり得るとか。けどさ、毎日コツコツと正しい方法で自分を鍛えている人って、本番の時も普段の時も変わらないんだって。優雅で気品があるから直ぐにわかるって話してた。俺はそれってエルヴァさん自身の事かって聞いたんだ。そうしたら首を振って、それは遠坂とルヴィアさんだって。ああいう自分を戒めて頑張れる人になれって妹達に話してたぞ」

「え……。そ、そっか。そんな事を……ね」

「……まぁ……その……。う、嬉しい事ですわね」

 

 いや恐ろしきは、あの衛宮をして、このタイミングでこれを話させるまでに成長させた先輩であろう。

 見よ。遠坂とルヴィア嬢の恥ずかしげな中にある誇らしげな笑顔を。今の衛宮の家は祇園精舎か霊鷲山か。この生徒会室が鹿野苑のように思えるのは俺の見る幻だろうか。あのお方の説法に耳を傾けたいものよ。

 しかして、本日の差し入れは……む? 空ではないか。ああ……餓鬼道に堕ちそうだ。

 

「あ、差し入れ無くなっちゃったな」

「あら。残念ですわね」

「あの完璧超人が負けるって話していた人からの差し入れだそうよ。ね、衛宮君?」

「そう。これエルヴァさんじゃ無いんだ。俺の弁当も今日はエルヴァさんのお姉さんの手料理だよ」

「なんと……」

 

 上には上が居る……か。言葉で言い表すのは簡単だが、これは凄い。俺のような素人にもわかる微妙な味の差。完璧と思えたあの惣菜に先があるとは。

 

「ドイツから遊びに来られておるのか?」

「ああ、先週末から。これを食べると遠坂の気持ちがわかるよ」

「何が違うのであろうな?」

「バカにする訳じゃないけれど、エルヴァの初めての差し入れを食べた頃の柳洞君だとわからない差だと思う」

「それは俺もさ。エルヴァさんの料理を知って、ああこうなるのかってわかったって言うか」

「ふむ。そうよな、高みに至って見えるものが変わると言うしな」

「それだよ。今、親父とお袋も帰っていてさ。この味に慣れちゃうと後が大変だぞ」

「でしょうね……」

「エルヴァさんのお姉さまの晩餐も素晴らしかったですわ」

「衛宮に聞いたが、以前みたいな晩餐ですかな?」

「そうですわね。もっと簡素な家庭料理だそうですが、あの、何でしたっけ? チクゼーニ?」

 

 何ですか。そのサンスクリット語のような食べ物は? 

 

「筑前煮な。春の野菜や根菜で作ってあって。季節を変えてもイケるんだなって感動したよ」

「嗚呼! 何故、俺の家は寺なのだ!」

「一成……。根菜類、好きだもんな?」

「すまぬ……。精進料理で食べ慣れておるからな。けんちん汁など好物だ」

「あの豆腐がドスンと入ったけんちん煮も、お前のとこで呼ばれた以外食べた憶えが無いなぁ」

「昆布とシイタケ以外のダシで食いたい。筑前煮はその好物の根菜と鶏肉が入っておる故に我を忘れた。重ねて済まぬ」

「それをムガのキョウチと言うのでは?」

「覚った?!」

「覚るなら里芋だよな?」

「衛宮! お前のダジャレは滑っとる! 畏れ多い事を言うなッ!」

「う……すまん」

「あ、いや……あの仕込みは手間が掛かる分、思う事もあるが」

 

 よもや筑前煮で本音が漏れてしまうとは……。これでは餓鬼道に堕ちたも同然ではないか! 喝ッ! 

 

「けど面白い事を言ってたよ」

「何をだ?」

「アインツベルンって四大元素の土に当たるらしくてさ。ヨーロッパでの五行みたいなものらしいけれど。家ごとにそういうのがあるのかな? それで、お姉さんもエルヴァさんも根菜が好きなんだと。言われてみればお袋に妹、家政婦の二人も根菜好きだな」

「なんと。誠に地涌の菩薩であったか。南無……」

「ええ? エルヴァが菩薩様?」

「ボサツ?」

「仏教だけど、修行をして人々を救うために働く人を指す言葉よ」

「なら、当たっていますわよ?」

「確かにそういう面があるか、エルヴァには」

 

 そうか。遣わされたお人であったか。観世音……救世の化身であろうな。そうよな。あのようなお方に捧げるのであればどういうお経であろうか。むむ……今まで考えた事も無かった。生き仏にはどうすれば良いのだ……? 

 

 

 布を敷いたテーブルの上にオーギュストは、ルヴィアから指定された銃器を並べた。点検と手入れをするためだった。

 そこにエルヴァもお邪魔をして、先日倫敦でぶっ放した銃のクリーニングをしていた。自分の分だけでなく凜の愛銃も手入れしている。

 フィールドストリップして、ファイアーアーム・メンテナンス・キットからスプレーを出し、外した銃身の銃口から吹き付ける。

 中をワイヤーブラシでゴシゴシ擦り、コットンで余分なスプレーを拭き取り、ガンオイルを塗ったスライドを嵌め、カシャカシャと動作確認をしていた。手慣れているなと思うオーギュストだった。

 次に彼女はMP5を取り出し分解洗浄していた。分身が生き仏と称えられていた午後の事である。

 

「オーギュストさんは1911のファンですか?」

「.45ACPは好きですなぁ。勿論1911も好きですぞ」

「弾道がお辞儀をしても、あの弾頭の重さはキますからね。国防軍は以前がハイパワーで昨年からP99と、とっくに9ミリに変わっているはずですよね? 民間はロシアからの流入も多いと聞いていますが、やはりマカロフに飽き足らず?」

「それもありますが、トカレフに決定版のハンドガンが無かった事もありますな。何より私どもの仕事では、仕える主に敵を近づけさせない事が重要です。やはりマンストッピングパワーは重要ですぞ」

「確かに」

「エルヴァ様は9ミリ派ですかな?」

「そうですね。357マグナムも好きですが、私にはこの辺りが限度です。ハンドガンは.357も.44も.40S&Wも持っていますが、レンジで撃つのは.22LRと.38スペシャル、380ACPに9ミリパラがほとんどです。1911はキンバー以外にも?」

「ウィルソン・コンバットとダン・ウェッソンを持っております。サブマシンガンならMAC-10にUZIですな。変わったところではシテスのスペクトラM4も持っておりますよ。こいつは9ミリと.40S&Wが知られておりますが、極僅か.45ACPもありましてな。それを2挺持っておりますぞ」

「お~。9ミリのスペクトラM4は50連マガジンとともにコレクションしていますが、45ACPがあったとは」

「お手元ではHKのMP5を手入れなさっておいでですが、察するところVz 61スコーピオン系などもお好きそうですな?」

「はい。380のVz 83や9ミリのVz 85は数挺持っています。ですが実戦ではMP5系ですね」

「UMPともども間違い御座いませんし、カービンとしての性能が一頭地抜けております。良い選択ですよ」

「ありがとうございます」

「して、アサルト・ライフルは何をお使いで?」

「こいつです」

 

 オーギュストの前ではエルヴァも魔術を隠そうとしない。おもむろにアサルト・ライフルを空間から取り出した。

 

「このHK53です」

「HK33のカービンですな?」

「はい。リザーブがSIGのSG552やG36Cですね。サブのサブは気分転換にルガーのAC-556を」

「ミニ14の派生モデルでしたか。かなり使えるみたいですな。では9ミリのサイドアームは何を?」

「これが定まっておりません。P99の日もあれば8000クーガーの時もありますし、P239やP2000の日もあります」

「私とて似たようなものです。エルヴァ様にとってのメインはライフルですかな?」

「やはりわかりますか?」

「あの.22-243が物語っていましたからな」

「もう~……アイツのせいで……」

「そう、仰いますな。こうしてお二人の実情を知りますと、あちらのエルヴァ様は肩の荷が下りた分、フェアでありたいのでしょう。あなた様も枷が無ければ。矢の如く、弾丸の如く……」

「……そうですね。オーギュストさんには敵いません」

「何を仰って。年寄りの戯言ですよ」

 

 遠回しだが、ルヴィアが行くと決めた場合はよろしく頼むとの気持ちが伝わる。だから尋ねた。

 

「あちらのエルヴァからの報告で、オーギュストさんのルヴィアもライフルが撃てると聞きました。やはりサコー?」

「左様です。TRG-22をお使いです」

「.308 winchesterですね。なら、5.56×45mmもフルでなければ使えますね?」

「ええ、簡単なレクチャーで大丈夫だと思います」

「なら、チャンスがあれば……いや、そういうチャンスは無い方が良いですが、H&KのG36KかG36C、場合によってはSL8を預けましょう。ハンドガンはワルサーのP22で練習して頂き、ゆくゆくはP99を」

「よろしいですな」

「オーギュストさん。このP22をメンテして頂けませんか? あなたの手で」

「わかりました。お嬢様をお頼み致します」

 

 

 いつもの帰り道。家の前で自転車を降りるとエルヴァさんが向かいに入ろうとする。

 

「では、士郎クン。また明日」

「ちょっ、寄って行ってくれ。頼むから」

「最期の審判に立ち会うのはちょっと……」

「何で俺の最期みたいな言い方を……」

「仕方ない。一口ずつしか食べませんので、残りはキミが」

「わかった。六個はキツイから俺の分の三個で許してもらおう」

「なんだ。わかっていたのですね?」

「エルヴァさんも女の子だもんなぁ。パウンドケーキって見るからにカロリー高そうだし」

「そうそう。甘いものは好きですが、三個丸ごとはさすがに」

「だよなぁ。おまけに食事前だ」

「そこですよ」

 

 そうして家に入ると五人の小学生が待っていた。

 

「おかえり~」

「おかえり、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「おかえりなさい、士郎さん、エルヴァさん」

 

 だから俺は……。

 

「今より審判を開始する! さぁ、お前達の最高を出してみよ。総てを解析し解体してくれるわ」

 

 何言ってんだ、エルヴァさん……。

 

「ちゃんと公平に味見するから。大丈夫だぞ。けど……料理に関して嘘は許さないッ!」

「うっわ、ホントに言った!」

「素敵……」

「士郎さん……」

「ね、言った通りでしょう? こういう時だけ無駄にカッコいいのよ」

「クロ、ひどいよ?」

「私も若かったなぁ」

「何を言ってるの?」

「だって、こうして見るとキャリア不足が目立っていて。やっぱり背中で語るぐらいでないと」

「ああ……」

「なんでさ……。誰と比べられてるんだ……」

 

 親父もお袋もエルヴァさんも笑ってるし……。けど、気を取り直して手で千切って一口食べれば驚きだ。これが5年生の作ったケーキなのか? 

 

「これは……。親父とお袋はもう試食した?」

「いえ、まだよ」

「君達が帰るのを待っていたからね」

「なら、エルヴァさんも、親父もお袋も食べてみてくれ。これはちょっと驚くぞ?」

「どれどれ。ン!?」

「あら、美味しい!」

「これは……。本当に君達が?」

 

 そう、本当に美味しいのだ。この子達が昨日の練習で頑張っていた事は知っている。従姉妹のクロとイリヤが親身に教えていた事も知っている。

 だからだろう。工程に卒がなく、とても丁寧に仕上げられた事がわかる。わかるけれど、しょせんは小学生の調理実習だろう? 

 時間は限られているし、もっと下手でも良いはずなんだ。だから昨日のより何段か落ちると思っていた。なのにしっとりとして食感が程良い。

 何より、この控えめな甘さは俺好みだった。本来ならこれより甘いレシピでもおかしくはないのに。

 

「これって、先生が出したレシピを変えたのか?」

「うん。おかしくないかな?」

「全然……全然おかしくないぞ。ちゃんとできてる。お菓子作りは得意な方じゃないからなんともだけど、バランスが崩れないギリギリまで砂糖を控えたのか?」

「うん、だってお兄ちゃんは高校生だもん。美遊と相談して考えたんだ。あ、けど言い出しっぺはクロお姉ちゃん」

「そっか……三人で考えたレシピか。ありがとうな。こっちは美遊ちゃん?」

「はい」

「きめ細かさが良いな。しっとりさがイリヤのよりある」

「うん。これでラム酒とか使ってあればブランデーに合いそうだね」

「はい。これは撹拌が上手なのですね。クロエちゃんは、美遊ちゃんと同じ班ですか?」

「うん。だから同じだよ」

「けれど食べて欲しい、喜んで欲しいという気持ちは伝わりましたよ」

「だな。甲乙丙丁着けられないし、着けるようなものでもない。皆んな、とても上手だ。美味しいよ」

「じゃ、士郎は五人にご褒美。影の参謀だったイリヤちゃんとクロちゃんにも忘れずにね」

「ママ公認! しかもセラとリズが旅行中!?」

「これもお姉ちゃんマジックだよ」

 

 という事で五人のおでこにキスした訳だけど、正直照れる。けど、皆んな嬉しそうだ。

 

「兄貴、お勤めご苦労さん」

「何だよ、エルヴァさん、それ。出所したんじゃないぞ?」

「まぁまぁ。良い子達ですよね?」

「だな」

 

 そしてエルヴァさんのお姉さんが作り置きしてくれていた美味しい夕飯を終え、風呂に入り、布団に潜り……。

 幸せな気分でその日を終えたんだ。

 

 

「お父さん、お母様。では、行ってきます」

「無事に戻るんだよ?」

「気をつけてね」

「はい」

 

 士郎クンを深く眠らせた後、私と妹達は家を出た。

 玄関の外には迷彩服を着たエルとルヴィア達、そしてセイバー達が居た。私も妹達を促し転身する。

 

「ハサンは?」

「一体に戻ってシロウさんを案内しています。ランスロットさんやお兄ちゃん達と合流して遊撃手の打ち合わせです。あなたも遊撃担当ですよ」

「ではこの子達をお願いします。お兄ちゃんと合流して場所決めですね?」

「ええ」

 

 エルの返事に被って、似ているけれど少し違う声が届いた。

 

「エル!」

 

 振り向けば姉さんと先生が居た。

 

「あの暖かな家があなたの家なのね?」

「はい」

「桃太郎の出陣みたいだったけど、必ず戻りなさい」

 

 そう言って抱きしめキスをしてくれた。

 はいと返事をして、私は夜の街を走った。けど、桃太郎の出陣って……。でも、言われてみればそんな気はする。

 ここでBGMは、チャイコフスキーのくるみ割り人形から花のワルツがぴったりだろう。ああいうワルツってドナウ川を下るイメージがあるよね? 

 大きな桃が黒い森から黒海までドナウ川をどんぶらこと。きっとグズグズのブヨブヨだろうなぁ。

 

「シャンゼリゼのメトロ篇やボルサリーノのテーマが流れるホップステップジャンプ篇も素晴らしいですよ?」

「あなたのマスターは、何を突然?」

「いつもの電波です。気にしない事ですね」

「セイバー、行った先で食材が手に入るかどうか。かなり危うい場所と予測されます。そこで宝具の中の食材を全部出しますので頑張って食べて下さいね?」

「あ~……。あの……?」

「4年ほど前に買った豚肉がまだ残っています。生姜焼きで良いですか?」

「お許し下さい……」

 

 

 円蔵山山頂。時刻は深夜1時。

 

「こんな夜中に山登りをさせられるとはなぁ」

「そう仰らないで下さい。ここが特等席なのですから。おや? 先客が居ますね」

 

 月明かりの中で橙色の髪を持つ女を先導する、男性用スーツ姿の赤髪の女。そこで待っていたのは、緩いウェーブの掛かった銀髪を持つ女だった。

 スカートを履き忘れたかのような奇妙な出で立ちである。

 

「おや。これはこれは。高名なお二方が珍しい事です」

「聖堂教会か?」

「ええ」

「倫敦の事を?」

「耳には入っていますが、元々私は冬木での監視者です」

 

 少し逡巡した後、スーツの女性が話した。

 

「彼女は聖杯戦争が起きた場合の監督者でもあります」

「ああ、そういう事か。今回のカード騒動も?」

「調査と監視だけです。聖杯とは関係ありませんので。ただ、彼女が回収担当の頃は当教会にて逗留されていました」

「筋を通しただけです」

「ふ~ん。その頃と今とではパワーバランスが随分と変化したな?」

「まったくです」

 

 銀髪の女が赤髪の女に尋ねた。

 

「時計塔をお辞めになったと聞いていますが、本当ですか?」

「ええ。客人をここに案内した今日が仕事始めです」

「今後はフリーで?」

「その道を考えていますが、まずは営業ですよ」

「あちら側に入ったと思いましたが?」

「開放されました。しがらみからも」

「なるほど。あなたは機会を得られた訳ですね」

「そうですね。今回はあちらから紹介された仕事です。こちらの方をご案内しつつ知己を得ろと」

「その腕があれば仕事は幾らでもあるさ。こちらも頼まれているので、仕事は探してやろう」

「ありがとうございます。始まりましたね」

 

 黄金色に輝く船が、突如海浜公園辺りの上空に浮かんだ。そこを隙かさず三本の光弾が別々の方角から襲い掛かった。

 被弾した船がこちらに向かって来るが、新たな光弾が空いっぱいに広がり、逃げる船を襲う。

 

「あれはあいつの宝具だな」

「やはり。あれが彼女の宝具ですか?」

「ああ、倫敦でも見せ付けられた。あの光の一つ一つが宝具の剣や槍だ。一体何十万本あるのだろうな?」

「う~ん。底が知れない人物ですね。しかも狙いが正確です。全部あの輝く飛行体に向かって」

 

 満天の星空から墜ちて来たかのような光弾。それらが吸い込まれるように一点に収斂し、船を跡形も無く消し去った。

 起きている市民も大気圏を突破した流星の、最後の輝きだったとしか思わないだろう。

 

「新聞にはポン・ウィンネッケ流星群の前触れと流せますね」

「ああ、それで流星っぽく。こちらの手を煩わすまいと……。見事な演出ですね」

「教会としてはありがたいな?」

「はい。カードの時もそうでした。彼女達の方が規模は大きいですが、基本はバゼットさん、あなたと同じですね」

「ええ、神秘の秘匿が徹底している。協会の理事とは真実でしょう。見事なものですよ」

 

 しばし夜空で繰り広げられた天文ショーに感嘆していると、何の前触れもなく突然空が割れた。けれど、今度はビデオを逆再生したかのようにあっさり空が閉じた。そのタイミングでバゼットの携帯に電話が入った。

 

「ハロー、バゼットです。ええ、ええ。了解しました」

 

 電話を終えるとバゼットが橙子に向き直った。

 

「あなたの出番です。異世界から侵入して来た人形を二体確保したと。研究材料に使って下さいとの事です」

「なるほど手土産付きか。中々興味ある贈り物だ。ん、場所はあの魔力が収束した辺りか」

「ええ、尾根伝いに行けば直ぐですね」

 

 そして三人は円蔵山に連なる別の頂まで歩いた。そこには既にエルヴァ達が居た。子供達を見て驚く橙子。

 

「おいおい……」

「先日はお世話になりました」

「いや、それはこちらもだ。けれど、こんな子供達まで?」

「アインツベルンはスパルタなので」

「まぁ、良い礼装を持っているようだから大丈夫なのだろうが。しかし恥ずかしい格好だな?」

 

 少女達は小声でブツブツと文句を言う。特に褐色の二人は聞こえるくらい元気に文句を言っていた。それを笑顔で聞き流し、橙子は人形を検めた。首が落とされている以外に損傷は無い。

 

「これは容器だな」

「ええ。死者の魂を触媒にして、精神を置換して固定。それで使役しているようです」

「ほぅ。置換魔術による死兵か?」

「そういう事です。魂の固定ができないとは……」

「調べたぞ、第三魔法。お前ん家は魂の扱いが得意なのだろう?」

「はい」

「しかし、置換魔術とは珍しい魔術だ。これを丸ごと貰えるのか?」

「はい。好きにして下さい」

「わかった。有り難く頂こう。それで……行くのか?」

「ええ。死者は黄泉に帰るべきです」

「では、行って来い」

「お土産を期待していて下さい」

「これで十分だがな」

 

 握手を交わす二人にバゼットが声を掛けた。

 

「私は行かなくてよろしいのですか?」

「残って戻るまでこの地を護って下さい。教会に逗留するのも良いですし、橙子さんとともに衛宮切嗣と会うのも良いでしょう」

「私の今後のためですね。ありがとうございます」

「では行きましょう」

 

 そして三人を残し、他の者は世界から消えた。

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