プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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36、エインズワースの城

 夕方、早目の食事を終えた後、私達は協議に入っていた。まずは今朝の事を当事者から聴取する事から始まった。

 あ、食事は相変わらず美味しかったです。刺し身とアラ汁と締めの雑炊はわかるけど、それ以外の献立が私にはわからない。だから説明は無理。でも、衛宮君が弟子入りを悩み始めるくらいに美味しかったのは事実です。

 

「その空間置換による結界は、あなたでも察知できた訳ですね?」

「はい。魔力残滓は視えるので、それを追えば。解除は『破戒すべき全ての符』を4本投影し、それを矢に変えて」

「1キロメートル先の建造物の四隅、その僅か数十センチを矢で……。人間ヤメてますか?」

「クスリじゃ無いッ!」

「そして顕になった城を聖剣直撃と?」

「ええ。防御結界がありましたから。そしてアサシンが城壁に空いた穴から潜り城内を捜索。地下水路の独房を発見して士郎クンを救出。と同時にわらわら湧いてきた黒化英霊と激闘です」

「手応えが無かったでしょう? セイバー?」

「あんなものでしょう。人が対峙するには厳しくとも、我々ならば。数が多いのは面倒ですけれど。それより私はマスターとクロエの二人で50体も斃した事に驚かされました。クロエは戦闘を重ねるごとに、どんどん動きが良くなっていましたね」

「それは固有結界の中ですね?」

「いいえ、外ですよ? 結界の中はお兄ちゃんとイリヤちゃんとミユちゃん、そして彼女の兄でしたから」

「ふむ。エルヴァとクロエちゃんに、セイバーとランスロットさんは外で。なるほど」

 

 白いエルヴァの言葉に何か意味があるのか、褐色のエルヴァは困った顔をしていた。

 居間の隅で中田さんが横たわっている。暖房機の如く部屋を暖めながら、今度はイビキでなく静かな寝息を立てていた。と言うか、暑くて暖房を停めたのだ。褐色のエルヴァ曰く、抑止として動くための準備に入ったのだろうとの事だ。

 そして白いエルヴァは、ホシが遣わした守護者だから、アラヤの守護者でも太刀打ちできない可能性があると話す。もう、この世界のホシは人類を諦めたのだと。

 金髪の少年はここに居ない。ヘラクレスとアーチャーを伴って先に出て行ったのだ。ガイアとアラヤの代表として検分するのだろうとエルヴァは話していた。

 だから私達が今からやろうとしている事は余分も余分。あのイリヤ達と衛宮君の胸に残る何かを満たすためだけの行動だ。

 エルヴァは残りたい者は何もしなくて良いので、極小泡沫空間の中に入れと話した。最悪、即この世界からの脱出もあり得るからだ。

 

「嫌よ。何が起きていて、どうなるのかを見届けないと」

 

 私の返答にルヴィアも賛成してくれる。

 

「仕方ありません。では全員で行きますか。美遊ちゃん、士郎クン。ここに荷物を取りに帰れない場合を考えて、貴重品や持って行きたい物を私の空間に放り込んで下さい」

 

 待て。じゃ、何で掃除をしたり布団を干したり? 

 

「家電に衣類や布団は持って行って再利用できるでしょう? それに二人が兄妹として生活していた大切な家です。去るならきちんと掃除をしませんと」

 

 褐色のエルヴァが頷き、衛宮君と美遊がジ~ンとしている。あ~……。こういう事を考える奴だった。本当だ。見渡せば家電が綺麗になっている。

 私はそういや、本格的な引っ越しを経験していなかった。崖崩れ後の家は新築だし、引っ越しと言っても荷物なんてほとんどなかったからね。

 冬木でも有数の大家で、何度か人の引越しに立ち会ったりもしていたのに。けれどそれすらも極僅かで、ほとんどは不動産の仲介業者や会社が、店子と直接やり取りしていたのだ。

 私が立ち会うのは、魔術師に貸していた家の検分だった。工房として使われていた部屋が、きちんと元通りになっているかどうか。でないと次の店子が一般人だと大変だからだ。

 そんな程度だったので、今回のこれは何か大切な事を教えられた気分だった。

 

「けど、向こうでの生活ってどうすりゃ……」

「戸籍も何もかも用意致しますわよ。仕事も表裏、何でもご用意できますわ」

「表裏って?」

「表向きの職種、それと神秘に関わる仕事、その両方どちらでもって事よ」

「ああ、なるほど」

 

 ルヴィアを補足したつもりのこの発言が、私の甘さとルヴィアの甘さを露呈していた事に気付いたのはもう少し後だ。

 何か懸念があるのか、美遊とイリヤが顔を見合わせながら話していた。

 

「でもさ、お父さんやママは良いとして、お兄ちゃんはどうするの?」

「私のお兄ちゃんと、あちらの士郎さんが鉢合わせしたら……」

 

 ま、これは当然だろう。けれどこれは私が返した。

 

「ここに何人の魔術師が居ると思ってるの。それも時計塔の主席候補を軽くあしらうレベルの人ばかり」

「認識阻害も楽勝ですわよ。ただ、表向きはエーデルフェルトを名乗って下さいまし」

「ああ、美遊に聞いた。その方が都合が良いならそうするよ」

 

 取り敢えず話が纏まり、私達は衛宮君の指示の下、必要な家財をエルヴァの空間に入れて行ったのだった。勿論、箪笥などを避けた後の掃除も怠らなかった。

 最後に懐中電灯で照らしながら、各部屋の電灯傘を外した。暗がりの中、美遊の目が光って見えたのは涙だろうか。

 

 

「Let's party!」

 

 エルヴァの掛け声で皆んなは出発した。こんな時でもガスの元栓や戸締まりを気にする衛宮君。基本、どこの世界の彼も律儀で真面目だ。冷蔵庫の中身や余った食材に、レンジや冷蔵庫などの家電は既にエルヴァが回収済みだった。

 

「士郎クン、ブレーカーを落とすのを忘れないように。それからエルヴァの方のルヴィア?」

 

 ややこしいが白いエルヴァのセリフだ。

 

「何でしょう?」

「資金を出しますから、戻ったらあちらでのこの家を買い取る手筈をお願いします。無人で売りに出ているのは確認済みですから」

「ああ、それは良いアイデアですわね。戻りましたらオーギュストを遣わしましょう」

 

 エルヴァも師匠もルヴィアも、軍用の戦闘服だった。昨日の朝は倫敦で着ていたものと違う、色の薄いカモフラージュ柄で、ルヴィアは真っ白な戦闘服だった。白いのは雪原用なのだとか。

 そして今夜は夜用なのか暗い色の戦闘服だった。こういうところは本当に拘る。けれど気分を変えるには良いのかも知れない。

 

「そちらのルヴィア、これをお持ちなさい」

「ハンドガン? どうしてですの? 私は魔術師ですわよ?」

「御守りですよ。そのワルサーP22では黒化英霊に届かず、魔術師にも届きません。ですが、安心感は違います。これはあなたのオーギュストさんから預かったハンドガンです。必ず戻るためにも持ちなさい」

「オーギュストが……。わかりました」

 

 そうしてルヴィアは拳銃を、一緒に渡されたホルスターや弾が詰まった予備のマガジンとともにバッグに締まった。

 

「ねぇ、ルヴィア。あなた、拳銃を使えるの?」

「.22LRのハンドガンでしょう? 何度か撃っていますわよ」

「一通り、私が歩きながらレクチャーしますので。でも、見たところ手慣れているみたいなので、教えても安全装置程度でしょうね」

 

 師匠の言葉だ。

 そして師匠の方のルヴィアは腰に拳銃をぶら下げ、背中にはライフルや倫敦でエルヴァが撃っていた筒を背負っていた。魔術師としては異端もいいところだが、道具は道具と割り切って居るのだろう。エーデルフェルトはそういう柔軟性があるのか。新たな発見だった。

 しかし、背負ったリュックには確か弾丸がギッシリのはず。となれば総重量はかなりのものだろう。重くないの? 筋力強化……? あ、重力軽減! それを宝石で補えば、その方がスタミナが持つ。一つ一つの事に気付いては感心する。倫敦でアーチャーに言われた事を思い返した。

 今の私では仮に聖杯戦争に出たとしても、自分の方のルヴィアとどんぐりの背比べが関の山だ。お互いどっこいの私達が二人掛かりでも、このルヴィアには敵わないだろう。

 井の中の蛙とはよく言ったものだ。以前なら反発心や反抗心の起きる考え方。けれど現実は正しく分析しておかないと、この先の伸びしろは無い。悔しさを覚える前に、こうやって出逢えた事に感謝しないと。

 

 

「なぁ、何か手に持つ気持ちはわかるけどさ。エアガンは無いだろ?」

 

 おもちゃだと思っているのね……。

 

「まぁ、気分ですよ。鉛でできた5.56ミリのBB弾。中ると結構痛いですよ?」

「そんなの相手に効かないぞ? まぁ、気分ってのはわかるけどさ」

 

 先行しているらしきアサシンは別として、クロにクロエ、そして褐色のエルヴァが私達の前を歩いている。

 上空にはイリヤ達と美遊が、周囲を警戒しながら飛(跳)んでいた。

 

「やはり高校生の男の子が女の子を育てるのは無理なのですよ。あんな非行少女になってしまって」

「あれは飛行だ! 非行とは字も意味も違うッ!」

 

 衛宮君がツッコンだ。ああ、アーチャーはこういう奴と一緒に居るからツッコミが上手いのか。

 

「Nuapurista kuulu se polokan tahti Jalakani pohjii kutkutti~♪」

 

 突如褐色のエルヴァが歌い出し、ルヴィア達も歌い始めた。

 

「evan aiti se tyttoosa vahti Vaan kyllahan Ieva sen jutkutti~♪」

「Silla ei meita silloin kiellot haittaa Kun myo tanssimme laiasta laitaan~♪」

「Salivili hipput tupput tappyt Appyt tipput hilijalleen~♪」

 

 フィンランドの民謡らしい。歌詞は不明だけど随分と明るく楽しい曲だ。

 

「エルヴァンスーワリベヒナンセイラコインメシェトンネトイボッティ~♪」

「ぺあおりまるかな よーかいせんらや びゅーるさ ぼんぼや ぼいぼってぃ~♪ えいたたぽいこーまるくーぅ さいたぁしんらこ らすこー らいあさらいたー♪」

「Salivili hipput tupput tappyt Appyt tipput hilijalleen~♪」

 

 空のイリヤが少し降りて、地上のクロと一緒に歌い始めた!? 

 ルヴィアがとても嬉しそう。きっとあっちのルヴィアが教えたのね。

 

「ねぇ、イリヤ。あの二人はどうして歌えるの?」

「ええとね。去年の秋に、クロエお姉ちゃんと二人でフィンランドに遊びに行った事があるんだって。その時にルヴィアさんから教わったって言ってたよ」

「あ、これフィンランド語なんだ?」

「なんだって。お風呂でも良く歌ってるよ、あの二人は」

「どうして?」

「違う言葉を話せたら、違う考え方ができるからとかなんとか……。それが魔術に必要な考え方だってクロエお姉ちゃんが話してたの。それでクロお姉ちゃんがドイツ語の簡単な入門書をエルヴァお姉ちゃんと買って来て、私達も勉強しているんだよ」

 

 まだ全然だけどねと笑いつつ美遊に話すイリヤ。

 静かな夜で空間を遮るものが無いから、空の会話がここまで届く。そうよね。違う言語で物事を考えられるようになったら、確かに幅広い考えが持てるわ。

 そしてそういう思考法が魔術に必要なのも確か。魔術より先にこっちを教えるのか。どちらのエルヴァも芯は外さないのね。

 けれど私はやっぱり褐色のエルヴァが好きだわ。人として尊敬できる。一方、ルヴィアがイェヴァン・ポルカと教えているのに、エルヴァ・ポルカと白いエルヴァは教え直していたらしい。子供を騙すな。最低だ。

 

 クレーターの縁に到着すると、礼装姿のエルヴァがクロとクロエを呼んだ。そして並んで弓を構え始める。

 

「こうして矢の軌道と直角になるように身体を持って来て足の位置を確保します。これが足踏みですよ。次に上半身の姿勢を正します。腰に手を当て確認しながらグッと。これが胴造り。その次が弓構え……」

 

 褐色のエルヴァが子供達に教えていた。こういうのって身に付くだろうなぁ。クロがクロエにこうだよと話しているので、やっぱりあちらで先に教えて貰っているのだろう。何だろう。あれを見ていると、幼い頃、父に宝石を変形させる魔術を教わっていた日々を思い出してしまった。

 

「お兄ちゃんもできる?」

「そうだな、構えてみようか。投影開始(トレース・オン)────!」

 

 美遊に促され、衛宮君も弓を構えた。後ろから見ていると四人兄妹かと錯覚する。見事なシンクロだ。けれど若干衛宮君の動きに違和感を覚えた。どうも元の世界の衛宮君の方が綺麗に思えるのだ。何度も弓道部へ見に行ったし、贔屓目もあると思うけど。

 

「彼の弓はシェロのとは違いますわね?」

「ルヴィアもそう思う?」

「ええ」

 

 やっぱり違うらしい。

 何でだろうと首を捻っていたら、白いエルヴァが何やら呪文を唱え出し、何かをスリングショットで打ち出した。

 打ち終わった後に再び詠唱。するとクレーターの中央に城が出現した。

 あんな遠くまで届くんだ? どういう魔術だろう? ああ、あの空間を通すのか……。

 顕になった城壁には、大穴が空いたままだった。その穴に4本の拗れた矢が襲った。そして大爆発が起きた! 穴が大きくなったとかのレベルでは無い。ガラガラとその一角が崩れ落ち、城のこちら側が半壊したのだ。

 

「酷い事をするねぇ」

 

 直ぐ側で聞き覚えのない男性の声がした! 

 ガンドの構えを取って振り向けば、男性が白いエルヴァにライフルで撃たれていた。後でショットガンと訂正されたけど。

 

「いきなり撃つとは酷いもんだ……ゲフッ!」

 

 血を吐きながら崩折れる、無精髭でジャージ姿の男。何故か足元はサンダルだ。

 ジャコンッ! と、大きな音を立てて、次の弾を用意するエルヴァ。

 バガーンッ! また撃った! 何の遠慮も戸惑いもなく人を撃った! 

 突然現れたんだから、相手は魔術師なのだろう…………。

 だけど! だけど! 普通は誰なのか、最初に確認しないか? 魔術師殺しの娘は魔術師殺し以上にイケイケだった。

 

「ガッ……ゲフッ。アアア! ガァ──ーァアアァッ! な、何を撃った!?」

「お前が子孫から子孫を渡り歩く、概念刻印と化したダリウス・エインズワースですね。この20ゲージの魔弾は別名『刻印殺し』。よもやと思いましたがここまで効くとは。後数十秒でエインズワースの刻印、つまりお前は死滅します。なお、魔術回路も壊死するので、取り憑いたその身体も魔術師として終わります。ホシを破壊した罪を償え!」

 

 概念刻印!? 初めて聞いた。そんなのがあるんだ? そして撃った弾は『刻印殺し』。本当に酷い……。

 そして男性が見る見る少年の姿に変わって行った。

 

「お前ら、調子に乗ってんじゃ……」

 

 ズバババッ! 

 

 白いエルヴァの方のルヴィアだ。今度こそライフルで、少年の下半身をこれまた遠慮なく何発も撃った! あれだ、フルオートだ! 

 先の方から火薬による煙じゃなくて、湯気みたいな煙が出てる……? 良く見れば弾倉って言ってたあれが大きく曲がっていて、2つか3つくっついてる! 良いの? これ。大丈夫なの? 

 

「中田氏、こいつは?」

「好きにして下さい! 中田は城に行きます!」

「セイバー! 彼女に着いて行きなさい!」

「セイバー、あなたも!」

「はい!」

「はい!」

 

 二人のセイバーが中田さんに着いて走って行った。

 

「エルヴァ、あなたもランスロットさんと行きなさい! ここの後始末は私が着けます!」

 

 少し間があった。褐色のエルヴァは何かを迷った後、城に向かって走った。

 真っ黒な甲冑が、ガチャコンガチャコンとエルヴァの後を追っていく。シュールだ。

 

「イリヤ! アーチャーを夢幻召喚! 美遊はランサーを! お姉ちゃんに着いて行くよ!」

 

 クロエの掛け声に続いてイリヤに美遊、そしてクロとイリヤが走った。クロの方のイリヤはキャスターだろう。空中を飛んで行った。あの子はカード慣れしている。

 以前から何かが違うと思ったていたが、それが確信に変わった。きっとあの子はクロと出会うまでの間、エルヴァも居ない状態で、たった一人で戦って来たんだ。並行世界……聞いていたのに。

 エルヴァ達が救けたのはスリップした後だった。つまりエルヴァ達とは異なる並行世界からクロとともにやって来て、そこで家族になったのだ。

 つまり、あの円蔵山で空を裂いたあの二人と出会うまでは、同じような事を体験していたのだ。

 エルヴァも居ないのにあのカードとどうやって戦ったのだろう。あのバーサーカーをどうやって斃したのだろう。怖かったろうな。辛かったろうな……。

 そんな辛くて苦しい戦いをエルヴァは聞いて知っていたんだ。だから、私はエルヴァに殴られたんだわ……。私の間抜け。

 でも、並行世界って本当に広くて不思議だ。溜息を吐いていたら、戸惑う衛宮君の腕を師匠が引っ張って走って行った。

 

「そちらのルヴィア、着いて来なさい! 凛はそこで待機!」

「はい!」

「はい!」

 

 師匠からの命令でルヴィアと別れた。凛と呼び捨てにされたけれど、弟子と認められたようでなんだか嬉しかった。

 そして後に残ったのは私と白いエルヴァ、そして彼女の方のルヴィアに小さなアサシンの四人だった。

 

「大丈夫なのかしら?」

「うん? あなたの方のルヴィア? それとも皆んな?」

「全員よ。子供達も行ったのに……」

「苦労はするでしょう。ですが、大丈夫ですよ。さ、ぼちぼち魔術回路が死滅した頃でしょうか」

 

 白いエルヴァが死に体の少年を蹴り上げた。

 

「ガハッ! ……ゼー……ゼー……。お前ッ! 世界が滅びても良いのかッ!」

「滅ぼしたのはお前の先祖です。それに私は仲間と元の世界に戻るだけなので、この星の生物がどうなろうと知ったこっちゃありませんね」

「お前はッ!」

 

 バガーンッ! 

 

 エルヴァは再びショットガンを撃った。

 少年の右手首が吹き飛んだ!? 傷口から血がピューピューと吹き出ている。何をするのよとショットガンを構えるエルヴァを見咎めれば、奴は「ニニニニ」とか訳のわからない声を出して笑っていた! 真正の悪党だ、コイツ! 

 

「ウガァッ! ク、クソッ!」

 

 そしてガンドを少年の股間に放った! けれどこっちは全然痛そうじゃない? 

 

「取り引きです。ジュリアン・エインズワース」

「何をッ!?」

 

 この少年がジュリアンだったのか。たぶんそうだろうとは思ったが。エルヴァはそのジュリアンの髪を鷲掴みにして、地面に叩きつけた! 何だコイツ!? 

 

「取り引きと言いました。ピトスを開けさせる前に、パンドラを斃します」

 

 少年が大人しくなった。

 

「その時、座に帰る魔力程度では拾っても足りないでしょう?」

「な、何を……?」

「美遊でない本物の聖杯をあなたに授けましょう。後、何年この星が持つのかわかりません。ですがどうしても救いたいと願うのなら、気張りなさい。死にもの狂いで足掻きなさい。魔術回路が消えたその身体で」

 

 そうしてエルヴァは直径3メートルはありそうな黄金の盃を、ジュリアンと呼んだ少年の傍に出現させた。

 

「英霊九騎分の余剰魔力がその中にあります。それをくれてやるので好きに使いなさい」

 

 そうだ倫敦の……。容れ物は前から用意してあったのだろう。

 そんな事より、これは冬木の聖杯戦争で溜まる魔力より多いのだ。つまり正真正銘、本物の願望器なのだ。少年は目を閉じた。

 

「全部、知っていたのか……?」

「私の世界では5代目がエインズワースを滅ぼしました。ダリウスに乗っ取られる運命を滅ぼしたのです。子孫は現在当家の眷属ですよ」

「お前は……?」

「第11代アインツベルン総裁、エルヴァ・フォン・アインツベルン。ほら、このクスリを飲みなさい。これで麻痺した身体が元に戻りますし、幻覚も解けます」

 

 幻覚!? 薬を飲んだジュリアンは瞠目していた。

 

「選んだ魔術系統が悪かったですね?」

 

 上半身だけで起き上がった彼には傷跡が何も無かった。千切れた手首も元通りだ?! 

 

「寝ていなさい。完全に痺れや幻痛が取れるまで1時間は掛かります」

 

 そうか。撃たれたのは、少年に憑依していたダリウスだけだったのだ。それも実体でなく霊体だけをを撃ったのだろう。

 それがどういう弾なのか皆目わからない。

 けれどこの幻覚に、残ったルヴィアは逸早く気付いていたのだ。だから遠慮なく撃ったと言うか乗ったんだ……。

 そのルヴィアが強化魔術を自身に掛けて、城に向かった。そんなのよく飲み込めるなという大粒の宝石まで飲んでいた。マナがないので仕方ないとはいえ、大丈夫なのか? 

 

「ルヴィアー!」

「迎えに行くだけですわ!」

 

 そうして振り向きもせず、駆けて行った。ちびアサシンがエルヴァを見て何かを訴えていた。

 

「彼女なら大丈夫。あなたは私とここで待機ですよ」

 

 少年が起き上がろうとした。

 

「礼は言わないが、パンドラは消せよ?」

「自分の姉や友人をロボコップにするような輩が偉そうに。あと中田さんとの約束で、エインズワースは滅ぼしました。お前はもう子供を残せない身体です。それでも救ってみせろ! チ○カス野郎!」

 

 それで少年は黙ってしまった。さっきのガンドはそういうあれか。何でこんなに酷い事をイキイキと言えるのだろう。

 私とエルヴァは横たわるジュリアンを放って城を眺めていた。魔術で身体を温めているが、些か寒い。エルヴァが軍用のコートを出し、私に掛けてくれた。

 

「ありがとう」

 

 そしてジュリアンにも掛けた。エルヴァはコートを顔まで覆い、膝を折り手を結んだ。アサシンの少女も同じ事をしていた。

 

「死んじゃいねぇよ!」

 

 こいつと関わるとツッコミ力が無駄に上がるらしい。

 けれど、私にサイドテーブル付きの椅子を出してくれたり、キャンプ用の道具を出してお湯を沸かし、ホットココアを淹れてくれたり、あれやこれやと世話を焼いてくれる。

 アサシンの少女にもホットココアとクッキーを出していたし、ジュリアンも今は毛布の上で横たわっている。何だかんだ言いながら、妙に甲斐甲斐しく優しい。根はスイスで出逢った幼いエルヴァと同じなのだろう。

 

 数十分か数時間か。ともかく長いような短いような時が過ぎた後に、遠くに見える城が大音声とともに崩壊した。

 そしてクレーターの上空が眩しい程に光り、やがて光が収斂して消えて行った。同時にジュリアンと聖杯が消えていた。ちゃっかりコートを持って行ってる。

 

「逃して良いの?」

「良いですよ。ついでにあいつのポケットに腐ったおもちゃを忍ばせました。ゴミはお持ち帰り頂きませんとね」

 

 何だ……。ホントにコイツは天邪鬼だ。アインツベルンのおもちゃじゃ無いのかよ? 

 

「それに自分の遺伝子と霊基を利用して、アンジェリカのホムンクルスを造れたのなら子孫は望めます」

「アンジェリカって誰よ?」

「ジュリアンの姉です。ロボットの方ですよ」

「あんた、まさか姉といたせと!?」

「違いますよ。容れ物となる素体を自分の遺伝子と霊基から造り、ロボットに宿った人格を植えれば。魂が無くとも、後は適当に男を作れば良いだけでしょう? 妊娠機能を持つホムンクルスがあいつに鋳造できればの話ですが」

 

 ハードル、高っか! けど……希望は残るのか。

 それはまるで……パンドラの箱よね……? 

 

 

「あいつは叶えるのかな?」

「興味ありません」

「冷たいのね?」

 

 櫛でアサシンの髪を梳いてあげている横顔を見れば、とても優しい顔をしていた。少女はエルヴァにもたれて眠たそうにしている。そして纏めた髪を、ドクロの仮面の紐で結わえた。不気味な髪飾りだな!? 

 だけど、この二人は絵になるなと思った。エルヴァは聖杯……いや、この世界の行く末に本当に興味が無いのだろう。

 

「ここには我が社の消費者が居ません。私のマーケットではありませんから」

 

 静かな声で淡々と……。コイツは、ヤッパリ良くわからん。

 私は首を振りながらなに気なく後ろを見た。本当になに気なく。

 

「!!?」

 

 百人近いアサシンが……。大きい人や痩せている人、背が高い人や低い人、とにかく色んなアサシンがそこに居た。全然気付かなかった。

 全員が声も出さず城の方角をじっと見詰めていた。やがて、ワッと歓声が口々に上がった。アーチャーに背負われたエルヴァやルヴィア達が出て来た! ひい、ふう、みい……子供達も全員居る! 良かった……。

 

 こうして私達は並行世界での戦いを終え、元の世界に戻ったのだった。

 

 

 

 城に潜入した私達は塔の上を目指した。けれど内部の空間は置換され、ルートが中々見付けられない。そこでクロエちゃんが軽く意見を言った。

 

「手分けして探す?」

「ダメよ。そうやって戦力を個別に削ぎ落とすのが相手の手なんだから。エルお姉ちゃんの言葉だけれど、一人でも欠けたら負けなの。あなた、自分のイリヤが居なくなったらどうするの? それを戻ってからパパやママや、エルヴァに言えるの?」

「あ~、ごめん……。今のはナシで」

 

 折角の提案もクロちゃんに却下された。ま、これは仕方ないだろう。そこで褐色の先輩が作戦を話した。

 

「おチビちゃん、『破戒すべき全ての符』を出して下さい。クロちゃんとクロエちゃんも。投影できないなら私が創りますから。それぞれがそれを握って、凜と私とルヴィアが指示する場所を刺して下さい。凜とルヴィアは宝石探査」

「はい!」

「了解ですわ!」

 

 そして私とルヴィアは宝石を用意した。

 

「それで道が開けたら中田さんが突破。トラップがあってもあなたなら死なないでしょう。セイバー達は彼女と。黒化英霊が中田さんを阻むようなら斬って下さい。ランスロットさんは遊軍でセイバー達を補助して、足止めに出て来る相手を遠慮なく斬って下さい。とにかく中田さんを最上階に送る事が最優先です」

「黒化英霊はまだ居るのかな?」

「まだまだ居るでしょう」

「お姉ちゃん、アルさんとアーチャーさんは?」

「最後でないと動けないのですよ。今動くと、アルさんがガイアに、お兄ちゃんがアラヤに使われる可能性があります。最悪は二人が代役で戦う羽目になります。ですからここは私達でなんとかしないと」

「それってどういう事だ、エルヴァさん?」

「もう、ホシと人類の戦いになり掛かっているのです。事はそこまで進んでいますよ。だから今朝が最後のチャンスと見て、こちらはキミを救けたのです。目に見える敵だけ注視していては足元を掬われます。気を付けて下さい」

「わ、わかった」

 

 さて、探査魔術は遠坂よりエーデルフェルトの方が進んでいたりするけれど、こちらのルヴィアはどの程度行けるのかな? 先程から頑張っているけど時間が掛かりそう。なら……。そうだ! 

 

「衛宮さん?」

「はい?」

「この階の見える範囲で良いですから、構造解析できますか?」

「建物の解析か……。わかった、やってみよう」

 

 うん、これこれ。こればかりは英霊エミヤ本人か魔術回路がフルに稼働している衛宮士郎でなければ。

 幾ら回路が多くても、クロちゃんやクロエちゃんには厳しいだろう。けど……先輩はどうだろう? 程無く衛宮さんが指摘した場所を、クロちゃんとクロエちゃんが刺して行った。

 アーチャーに転身していたイリヤちゃん達は、結局『破戒すべき全ての符』が創れなかった。カードに滞留する英霊エミヤの思念が、イリヤスフィールを拒んでいるのだ。こっちに来るなと。来てはならないと。

 ところがカードがなければ存在できなかったクロちゃんには創れた。思念が生き残る方を優先してくれた結果なのだ。カードは既に取り出してあるが、エミヤの能力は先輩が小聖杯に彫り込んであった。

 そしてお腹に残る呪刻血印も、今はおチビちゃんとの絆として残してある。おチビちゃんの危機や消耗具合がこれでわかるのだ。

 それ等のアイデアを活かしてのクロエちゃん分離だ。先輩方は本当に抜かりが無い。エミヤの能力を刻印にしてあるのだ。これは裏返せば、適性と相性、それと魔力があれば英霊の能力が手に入れられるという事だ。

 つまりこれは机上で語られる、デミ・サーヴァントや疑似サーヴァントの召喚方法の実現なのだ。先輩方の修復師としての力量と解析能力の高さに驚かされる。

 

『破戒すべき全ての符』が創れなかったおチビちゃんとイリヤちゃんの二人は、元の魔法少女に戻った。そして辺りを警戒する役を自発的に買って出ていた。あの子達が真剣になって睨む顔は、昔の先輩みたいでとても可愛い。

 私もこのフロアの探査を終えた。そこを先輩が刺し、同時に先輩も独自の探査で発見した箇所を刺していた。漸くルヴィアも加わり、先輩やクロちゃんにクロエちゃんが刺していた。

 それで少しずつ元の姿を取り戻す城の内部。指摘した階段を駆け登る中田さんとセイバーさん達。

 

 フロアごとに黒化英霊が150体は蠢いていただろうか。

 何かのゲームみたいに墨のように真っ黒なゾンビが、これまた黒く染まった武器を持って徘徊している。どこをどう進んでもエンカウントは必至。いや、本能で私達を敵と認識し迫って来るのだ。

 個別に取り囲まれれば終わってしまう。必然私達も固まり、お互いの背中を守りつつ相手を追い払う。

 セイバーさん達二人は背中を合わせ、取り囲む黒化英霊を斬り伏せていた。その輪に加われない黒化英霊をランスロットさんが斬り棄てている。どちらも獅子奮迅・八面六臂の活躍だ。

 そんな風に円卓の騎士は疲れも見せず漆黒の擬物を斬って行くが、探査係の衛宮さんは汗がびっしょりだった。

 構造解析の範囲を絞る事も、解析の深度も訓練していないぶっつけ本番だもの。けれど頑張って欲しい。彼に飛び掛かろうとする黒化英霊を、私とルヴィアがガンドで退ける。倒すまでには至らないが、怯んだ隙きに前へ進める。

 彼の最終防衛ラインとなっている美遊ちゃんが、頑張る兄を励ましている。そこだけ見れば微笑ましいが、周囲はゾンビのように迫る黒化英霊だらけだ。

 どうしても、セイバーさん達から離れてしまう私達。追いつくのは次の結界に阻まれ、セイバーさん達がそのフロアの黒化英霊と戦っている間だけだ。そして復活しているのではないかと思える程、先と変わらぬ数の黒化英霊が後ろからやって来る。

 おチビちゃんとイリヤちゃんが、カードを取っ替え引っ替え私とルヴィアを援護してくれている。あの子達もわかっているのだ。宝石による解析より、先輩や衛宮さんの解析の方が早くて正確だと。

 この空間置換魔術は、何故か宝石探査と相性が悪い。いや、他のどの魔術とも、この置換魔術は相性が悪いのだろう。それが極めるという事なのだ。初歩魔術として蔑ろにされがちな置換魔術も、ここまで来ると凄いの一言だ。

 おチビちゃんとイリヤちゃんの二人は、前衛に立つ時はセイバーの姿だ。後衛に回ればアーチャーかキャスターの姿。おチビちゃんがイリヤちゃんの良いお手本となっている。ここに来てメキメキ上達するイリヤちゃんだ。

 だけどここまで多いと、効果のあるカードと劣るカードが明確になって来る。キャスターだと厳しいか。魔術が届く相手と届かない相手が居るのだ。

 けれどそれを補って、イリヤちゃんのセイバーが凄まじい。重鎧に身を固め、鬼神のように駈けて行くのだ。そのデタラメな暴れ振りにおチビちゃんも驚いていた。

 

「何なのあの子?」

「あれがモードレッドの戦い方ですね。おチビちゃんは十代の頃のセイバーを降ろしていると思うので、それは全然違うでしょう」

 

 そう。おチビちゃんのセイバーは何故か全盛期でなく、若い頃が降りて来る。きっと何かリミッターが働くのだろう。だってあの子に一番合うカードはバーサーカーなんだもの。

 そしてセイバーさん達に道を開かんと、少し離れてしまった先輩の方を見やれば。先輩が探査している間、クロちゃんとクロエちゃんが必死に先輩を護っていた。

 

「これ、前衛がどっちかのイリヤでないと!」

「わかってる! 陽動じゃ無いだろうけど、流れでこんな風に別れちゃったんだから仕方ないわ! 文句を言わないで敵を倒しなさい!」

 

 私の目から見ても、この二人は息が合っているし動きがすこぶる良い。けれど決定打に欠けるきらいがあった。

 威力のある武器は矢に限定されるし、干将莫耶以外の剣を使わせると動きがぎこちなくなるのだ。それならと転移を織り交ぜても、ここまで敵が多いと余り効果は出ない。そもそも多対一なら固有結界が無いと厳しい。

 一対一なら工夫が光る子だろう。しかしこういう混戦になると、思った以上に防戦が弱いのだ。これだけ敵の数が多いと、剣を飛ばす対象が定まりづらいのもある。

 エミヤの筋力の弱さと、接近戦での弱点がモロに出ている。持ち味である、機転が利いた柔軟な思考が発揮されていない。聞こえは悪いが、アーチャーのカードは元が元なだけに、裏技と言うか奇策を講じる方がハマるのだ。

 

「わかってる! けれどキリがないわ! この階、やたら多くない?!」

「上に行くほど難敵になるのはお約束でしょう! ゲームみたいに何十階もあるんじゃないみたいだから!」

「セーブもリセットも効かないのに、そんな例えはヤメて!」

 

 結構、余裕があるのかな? でもそれは生来の性格から来る虚勢だ。

 先輩は置換魔術の起点を刺し終えれば、妹達を助けに黒化英霊と応戦していた。そしてそれを先程から、何度も何度も繰り返しているのだ。

 もう5~6階は登ったろうか。その表情は厳しい。余裕綽々な、いつもの先輩とは別人と化した褐色の先輩。こんなに汗をかいている姿を見たのは初めてだ。白い先輩とは明らかに違う。

 

「先輩、魔力は!?」

「倫敦でパスを繋がれましたから! 時々妨害で遮断されますが、外に居るエルから送られています!」

 

 ああ、あれか……抜かり無いとは言えないか。そのパスはどちらかと言えば怪我の功名だろうし。けれど余裕は余り無いと見た。どこかで私が魔力を送らないと。

 

「たぶん、ここが最上階です! 後は塔の入り口を探すだけです! 皆んな頑張って! あと少しですよ!」

 

 もう何がなんだかわからない。私達の周りは黒化英霊がすし詰め状態だ。

 時々、上に黒化英霊が飛ぶのは円卓の誰かが斬り飛ばしているのだろう。

 

「お姉ちゃん! バーサーカーを使う!」

「1回だけですよ!」

 

 10分の制限付きだが、大きな石でできた斧剣をおチビちゃんが縦横無尽に振るった。

 

「あのイリヤ、凄い!」

 

 クロエちゃんの声か、イリヤちゃんの声か。あちこちで戦闘が起きているので、もうどこから聞こえるのかわからない。

 こんな状況下だ。宝石剣を使いこなしているとは言い難いルヴィアは唇を噛んでいた。ガンドの威力も目に見えて落ちている。悔しいだろうが、彼女の魔力が切れ掛かっているのだ。

 

「先輩! 皆さん! 射線に入らないで下さい!」

 

 私はルヴィアの腕を左腕で掴んで後ろに下げさせ、右腕で『空』のガンドを放った。3体同時に蒸発する。目を瞠って驚くルヴィア。けれど説明は後だ。

 

「ルヴィア、しっかり! 絶対に帰るんですよ! ワルサーを握りなさい!」

「は、はい!」

 

 左腕の刻印が光る。左手に握り直した宝石剣の輝きが、遠坂の刻印と同調する。再びガンドを放つ私。今度は6体同時に貫いて霧散させた。

 

「こ、これは……。このガンドは……?」

「説明は後です! 今は敵に集中して!」

「はい!」

 

 22口径なんて英霊には豆鉄砲以下の効果しか期待出来ない。けれど、ルヴィアの集中力を上げるには意味がある。

 何より思考が停止している黒化英霊は、中たると一瞬だけ怯む。そこを私のガンドが貫く。或いはおチビちゃんやイリヤちゃんが的確に斬り棄てて行く。

 そう、現代の銃はダメージこそ与えられないが、本能だけの黒化英霊の隙きを作るには十分有効なのだ。こうなるとルヴィアも歯痒い思いから脱却できる。何よりクロちゃん達も楽だろう。先輩も少し持ち直したようだ。

 

 次々と斬り棄てて先を進むセイバーさん達。やや間が開いて、剣を振るいつつ起点を壊す先輩。その後ろが、矢で先輩や私とルヴィアを援護するクロちゃんとクロエちゃん。

 衛宮さんが美遊ちゃんやイリヤちゃん達に支えられて私達の後に続いた。おチビちゃんはバーサーカーからライダーに変わっていた。衛宮さんをほとんどあの子だけで抱えている。彼もとっくに魔力切れなのだ。

 そんなおチビちゃん達を襲う黒化英霊を、イリヤちゃんとセイバーのカードを使った美遊ちゃんが三度四度と斬っていく。

 私とルヴィアも先輩とともに前へ進んだ。そしてルヴィアの弾がとうとう切れた。

 どの子供達も肩で息をしている。クロちゃんとクロエちゃんもよろめいている。先輩が激励しているが、これ以上は……。左腕の刻印が熱い。魔力こそ宝石剣で補えるが、体力と魔術回路が持たない。私も限界が近い。

 

「凜ーッ!」

 

 振り向けばルヴィアだった。ロケット弾が襲い来る黒化英霊を吹き飛ばした。

 そして隙かさず私の横に立ったルヴィアは、天井から瓦礫が落ちて粉塵が立ち込める先へ大量の宝石を投げ込んだ。巨大な魔方陣が目の前の空間に広がった。

 次いで眩い閃光が私達の陰を尾のように伸ばし、新たに迫り来る黒化英霊と倒れている黒化英霊を蒸発させた。この宝石を湯水のように投入できる宝石魔術師は、ルヴィアだけだろう。

 英霊をも蒸発させるあんな巨大な魔方陣。遠坂の財力では無理だ。だから私も術式と理論は知っていても、こんな大掛かりな魔術を使った経験はない。

 

「凜、ルヴィアゼリッタ! 後少しです! 立ちなさい!」

「ルヴィア……」

「ええ……」

 

 私達を助けに来た女コマンドーは戦闘服に身を固め、右肩にロケットを担ぎ、左腕にアサルト・ライフルを構えていた。正直、カッコいい。ここまでたった一人で来たのか、ルヴィアは。

 後ろにも黒化英霊がたくさん居るのに。輝く髪は多少乱れているが、怪我も擦り傷程度だ。獰猛なまでの親友の顔が頼もしい。

 そのルヴィアは右手の人差指に大きな宝石の指輪を嵌めていた。更に宝石で造られた指サックをポーチから取り出し、同じ人差し指に装着した。

 

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ! 

 

 いつ見ても凄い。機関砲のようなガンドだ。一発一発はエーテルのガンドに劣るが、通常のガンドより威力が大きい。

 それに彼女のこれは、指輪の宝石を嵌め替えるだけで様々なガンドが放てる点が素晴らしい。そして宝石で魔力を補うので、自身に宿るオドを無駄遣いしないし、刻印への負担も少ないのだった。

 辺りの黒化英霊は業火に焼かれるか、氷の砲弾に貫かれるか、秒速何百メートルかの突風で壁に叩きつけられていた。

 やがて床が溶岩に変わり、更なる周囲の床を溶かした。流れるマグマは倒れた黒化英霊を焼き尽くし、床に大きく空いた穴から階下へと押し流して行った。褐色の先輩の炎の魔術だ。

 父である遠坂時臣も火の魔術師だ。その魔術は数千度もの炎の壁を作り、相手の攻撃もろとも敵を焼き尽くす。そしてステッキに嵌めたルビーを触媒にしているので、魔術回路は身体強化など他の魔術に使える。

 衛宮の小父様曰く、銃器の効かない数少ない魔術師の一人なのだそうだ。そんな父が呆れ、敵わないと呟いた相手が先輩なのだ。

 火でなく炎でもなく焔。父も岩を溶かせるが、白い先輩は蒸発するほどの高温を作り出せる。かつてノインのお祖父様とつまらない口喧嘩をして、南極の氷を溶かしてやると豪語し引っ叩かれた人なのだ。

 だけど……褐色の先輩に同じ事ができるのか? 

 

 さすがの私も最上階に上がった時は肩で息をしていた。魔力は問題ないが、体力と刻印が限界だった。

 最後の起点を壊すと同時に先輩が倒れた。私の方のルヴィアが駆け寄った。意識はあるが回路を酷使し過ぎたのだと思う。この違和感……。勘だけど褐色の先輩は英霊の能力を得た代わり、元の強靭な魔術回路とアインツベルンの刻印を失っているんだ。

 遠坂やエーデルフェルトと違い、刻印を余り使わない人だったが、その分魔術回路をよく使う。それが裏目に出てセイバーさんやランスロットさんを支える魔力は十分でも、回路が悲鳴を上げてしまったのだ。

 いや、裏目は語弊があるか。どんなに優れた魔術師でも、人間である限り体力の上限が必ずある。強化の魔術で底上げしてもこれは同じだ。

 術の熟練度を高めようと、普段から身体を鍛えて基礎体力を向上させようと、そのリミットは絶対に避けられない。そしてこの体力には神経や内臓、保持するエネルギーなども含まれる。

 真っ先にクるのがどこだとなれば、その人に拠るとしか言いようが無いが、英霊エミヤの能力を宿す目の前の先輩はそれが第二の神経たる魔術回路だった。

 これは珍しい事ではない。それ故に私達魔術師は第二の内臓である刻印を重要視するのだから。だけど……この褐色の先輩は、外にいる白い先輩から刻印を分けて貰っていないのだとそこで気付いた。修復師でもある先輩が何故? 

 私はその答えを当てずっぽうだが、半英霊化した事による弊害だと見た。つまり刻印を根本から作り変えないと合わないのだと思う。

 けれど先輩ほどの人なら、何らかの手を打つはずだ。しばし考えてわかった。異世界への漂流、目まぐるしく変わる状況。護らなければならない人達……。

 自分の事を後回しにしていたんだ、この人は。カードの元となった英霊の影響ではない。元からの性格なのだ。先輩は真面目な真剣モードだとセイバーさんに似ていて、芯の部分はアーチャーさんととても似ているのだった。

 程なく黒化英霊が全部消え、セイバーさん達が塔への階段を駆け上がるところで、やっとアーチャーさんが現れた。

 

「スマン。何の役にも立てなかった」

「お兄ちゃん、仕方ないですよ」

「さぁ、行こうか」

 

 そう言ってアーチャーさんはルヴィアから先輩を受け取り背負った。その背負う前の交差した二人の視線と表情。一瞬だったが、どれだけ濃密な会話があったろうか。

 階段を登る私達。突如、先輩とアーチャーさんの横にふわりと黄金の王が現れた。

 

「露払い、大義であった」

 

 偉そうだし、先輩を見る目はどこまでも怜悧。けれど言葉の端や態度から慈愛が垣間見える。

 

「往くぞ、着いて参れ」

 

 ギョッとするクロエちゃんとイリヤちゃんに美遊ちゃん。衛宮君とルヴィアは威圧されて言葉も出ない。

 彼が誰かを説明する私とおチビちゃんにクロちゃん。この場に於いては、味方も敵も超越している。裁定者としての降臨だ。

 ツーカーの仲である私とルヴィアは子供達の前に移動し、衛宮さんともう一人のルヴィアが子供達の後ろを歩くカタチに持って行った。私とルヴィアは最上階に足を掛ける前に立ち止まった。

 塔の最上階には黒いドレスを纏った少女が居た。見た目の年頃は12~13歳だろうか。逸る中田さんを、現界したヘラクレスさんが押さえていた。裁定は専門家に任せるべきだ。

 

「このホシとヒトが、手を結び直すかどうかは我にも見えぬ。が、何れにせよ貴様の居場所は無い。疾く失せよ」

 

 そうして王は少女の首を刎ねた。計画通り子供達は見ずに済んだ。後ろで見えないと文句を言っているが、ルヴィアが終わったから戻りましょうと下のフロアまで子供達を誘導した。何があったかは適当に誤魔化すのだろう。いや、敵を倒しただけで良いのか。

 私の方はと言えば、パンドラの首に目が釘付けだった。何故ならその顔は驚愕でも恐怖でもなく、安堵の表情だったからだ。何の剣かはわからないが、匣も瓷も開かなかった。振り向いた王は先輩の傍に行き声を掛けた。

 

「終わったぞ?」

「こんな礼を欠いた格好で申し訳ありません。お疲れ様でした」

「良い、赦す。しかし、ヒトが紡ぐ伝承は表の娘が成したな?」

「エルが?」

「うむ。このホシの願いや、ヒトの夢を受け継いだ者は、瓷と聖杯を同一視して語り継ぐのやも知れん。漸く気付いたわ。ここでの事象が『世界』に拡散し、何処の子供達も救われるのであろう」

「あ! では、並行世界の似たような出来事の結末を……?」

 

 英霊の座は時間に縛られない。

 それと同じく世界を渡る根本的な事象も時間に縛られない場合がある。これはその稀有な事態だったらしい。そして並行世界で迎えた結末は、過程が異なっても同じ結末を迎える場合が多いのだ。

 先輩は『全世界』のクロちゃんやおチビちゃんを救けたかったんだ。

 

「方向付けたのであろうな。魅せてくれる」

 

 裁定者から、突如父の名が出た。

 

「時臣の娘よ」

「はい?」

「これを後で飲め。他の者の分は表の娘が持っておる」

 

 確かに。全員に配る義理はこの方には無いだろう。

 エリクサーかアムリタかソーマかは知らないが、きっとその手の回復薬。先輩は黄金の王と同じ宝を持つが、細々した物までは把握していない。これは、この王が時々見せる優しさだった。

 

「あやつに宜しく伝えよ」

 

 私の返事も待たず、そう言い残して黄金の王は光の粒子となって消えて行った。中田さんも手を振りながら消えて行く。

 後でわかったが、外の先輩が聖杯をジュリアンという少年に渡したそうだ。それでどうなるのかは不明だが、中田さんの用はそれで済んでいたらしい。何らかの方法でそれに気付いたのだろう。

 

「終わりましたね」

「卿よ。胸の裡に頼みます」

「はい」

 

 白い先輩のセイバーさんとランスロットさんの会話の意味は……予測通りだった。だから私は凛さんをあちらに残してきたのだ。

 私の方のルヴィアもそれを読んでいたと思う。そして凛さんが気付かないとわかったので、私達を追いかけて援護してくれたのだ。

 私とルヴィアは先輩を交え親友だ。もし私達が全員ヨーロッパ人なら先輩が3年生でルヴィアが2年生、そして私が1年生になる。9月が年度替わりだとそうなるのだ。

 そして彼女の方が先輩との付き合いが私より長い。褐色の先輩と中々話せなかった彼女は、行動で示したのだ。

 ひとつ下のフロアに降りれば、アーチャーさんに背負われた先輩がルヴィアを労っていた。照れて顔が赤いルヴィア。

 

「ミストレス。あちらの私は本当に幼馴染みなんですのね?」

「ええ。頼もしい親友です」

 

 弟子にとったルヴィアはこの時、私をティーチャーでなくミストレスと呼んだ。現代英語なら師匠はティーチャーだ。私が自分の師匠を先生と呼ぶのはその意味もある。けれど彼女は私をマスターの女性形であるミストレスと。

 この単語には愛人という意味もあるけれど、この場合はニュアンス的にティーチャーの上だ。これがこのルヴィアの私に対する敬意の現れなのだろう。確かに目の色が変わったような気がする。今回の事から何かを感じ取ってくれたのだと思う。

 

 ハァ……。そして……先程の円卓の会話の意味。きっとランスロットさんが、あの子の人形を……。

 私もあの子の姉なんですけどねぇ。こっそり聞けば、ランスロットさんの座に繋がるカードを使っていたそうだ。知らなかったとはいえ、本物にケンカを売るとは。詫びてらしたが私は首を振った。それが世界を渡るという事だ。けれど、外で待つ凛さんにだけは話さないでくれとお願いした。

 幸い衛宮さんも美遊ちゃんも聞いていなかった。思う事は色々あるけれど、どれもこれも筋違いだ。そんな風に割り切れるよう、私は弟子を導かねばならない。

 やがて私の愚にもつかない思考を打ち破るように、もう一人のセイバーさんが声を上げ褐色の先輩へと駆け寄った。

 

「マスター! エル! アーチャー、彼女は私が背負います」

「アーサー! それは私にお任せ下さい!」

「二人とも、この子は私の妹なのだが?」

「ケンカしないで下さい。お兄ちゃんが疲れたら、セイバーに頼みます。その次はランスロットさんに。さぁ、戻りましょう」

 

 そうして私達は城から出た。その瞬間に城がガラガラと音を立てて崩れた。出る前から崩れ掛かっていたので慌てて出たのだけれど。クレーターの縁で待っていた先輩と合流した頃は皆んなヘトヘトだった。

 

「お疲れ様です。どうやら術が解けて、大聖杯が元の冬木へ先に戻ったようです。これで終わりですよ」

 

 それを聞いた安堵感から、私は座り込みそうになった。隙かさず凛さんが私を支えてくれた。

 

「大丈夫? 師匠?」

「なんとか。さ、次は円蔵山登りですよ」

 

 シロウさんは円蔵山で、帰還のための陣を先に描いて下さっているそうだ。

 ああ、少しは楽ができる……けど、その前に薬の事を先輩に話さないと……。

 

 こうして私達は並行世界での戦いを終え、元の世界に戻ったのだった。

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