「皆んなぁ~、今日から転入生が入りまぁ~す。じゃ、自己紹介して?」
担任の藤村先生が転入生に声をかけた。
「美遊・エーデルフェルトです」
(ああ、そうじゃないかなと思った。でもベタすぎない?)
〈下手に公立へ行くよりも、こういう地方の私学は隠蔽しやすいですからね。案外、あなたの監視目的だったり?〉
念話とか心話というそうだ。離れていても、頭の中で考えるだけでお姉ちゃんと会話ができる。便利だなぁ。
(だからって同じクラスになる?)
〈偶然が必然になる時、それを運命と言いますよ。他のクラスより1組の人数が少なかった時点で、あの子とあなたは出会う運命だったのです〉
そういう事だよねぇ……。美遊さんか。どういう人なんだろう?
(ねぇ? ガサゴソと気配が伝わるけど、何をしているの?)
〈今夜の仕込みです。セラもリーゼリットも出掛けるのは朝からわかっていましたから〉
(あ、それで今朝アーチャーのカードに。けどライダーでも良かったんじゃ?)
〈フ……別にこの冷蔵庫の食材を使い尽くしても構わんのだろう?〉
(何言ってんの? 何言ってんの?)
〈So as I pray, Unlimited kitchen Works!〉
(あ、ごめんお姉ちゃん。ルビーが……)
〈ちょっ、決め台詞の感想くらい言って下さいよ~〉
英語かな? 何言ってるのかわかんないよ。
『ヒャッホー、サファイアちゃん!』
『姉さん。いつも以上にテンションが高いですね? 一体どうなっているのですか?』
『う~ん。話したいのは山々ですが、まだ早いですねぇ~。何れにせよ、悪い事はありませんよ』
「サファイア、敵と何をしているの?」
『美遊様。姉さんは敵では……』
「そいつは敵。行こうサファイア」
『はい……』
「ルビー? 大丈夫?」
『イリヤさん。ご覧になられて?』
「うん、追い掛けたら聞こえちゃった。お姉ちゃんが言ってたよ。なにか色々抱えてる子みたいだからって」
『ええ、様子見だとは伺っています』
「誤解が解けるといいよね。時間は掛かるだろうけど」
「ですね……」
「ルビー、元気だして。授業が始まるから戻ろう?」
『……はい』
帰りの会が終わると、私は急いで教室を出た。
お姉ちゃんが変な事をしていないか心配だったのだ。美遊さんに追い掛けられたけれど、バスを乗り換えてなんとか家に帰れた。
「良かった、冷蔵庫は無事だ~。あれ? これってケーキ? セラかな?」
「イリヤ、おかえり~」
「ただいま、リズお姉ちゃん……そ、そ、その人は?」
「うん? あ~。イリヤの従姉妹。ドイツから遊びに来てくれたんだよ。しばらく日本に居るんだって」
「Ich freue mich, Sie kennenzulernen.」
うわ、イッヒなんとかって、確かドイツ語だ。そう来ましたか。でもいったいどうやって?
「は、初めまして。イリヤスフィールです」
「イリヤスフィール? ニードリッヒな名前で~す。ワタシわ、エルヴァで~す」
わざとらしい日本語だ~。怪しい外国人だよ。
「にいどりっひ?」
「可愛いって意味。それとイリヤ、冷蔵庫のトルテはご飯の後だよ。勝手に食べちゃダメだから」
「みな~でイタダキましょう」
その後、セラとお兄ちゃんが帰ってきて、晩ご飯はお姉ちゃんの歓迎パーティーだった。
豪華な料理がテーブルいっぱいに並ぶ。お兄ちゃんも手伝っていて、いくつか中華料理もあった。セラの料理を食べたお姉ちゃんは、懐かしい味だと褒めていた。セラも嬉しそうにしている。何でそれで通じるの?
お兄ちゃんのは、とてもおいしいチンジャオロースーとホイコーローだ。お姉ちゃんも中華料理が得意と言っていた。お兄ちゃんの料理になんて言うんだろう?
「なるほ~ど。優しい味で~す」
「優しい?」
リズお姉ちゃんが聞いた。
「本当なら野菜の旨味を閉じ込めるために、油通しをすべきなのです。そうすると余計な油や水分を吸わないのでベチャッとしませんし、却って油も少なくなるのですね」
「油が少なく?」
「油通しする事で食材の表面をコーティングするのですよ。それは旨味を逃さず、他の雑味を弾き、温度を下げない効果もあります。だから一流のお店の中華料理は冷めにくいのですね」
「ああ、やっぱりそれが大事なんだなぁ。でも家でやろうと思えば難しいだろう?」
「ええ。オイルポッドを用意していても油は酸化しますから。まして連日炒め物や揚げ物は厳しいです。そこで士郎クン。適度なお鍋でお湯を沸かし、大さじ2~3杯の油を張るのです。そこを潜らせれば似た効果が得られますし、キミの考える本格的な中華に寄せた、家族に喜んでもらえる中華が作れますよ」
「いや、そこまでは……」
「照れずに。この青椒肉絲はきっと幼い頃にピーマンが苦手だったイリヤちゃんのために学んだ料理でしょう? 回鍋肉は旬の春キャベツをセラさんやリーゼリットさんに味わってもらうため。違いますか?」
「ああ……。うん、その通りです。いや、全部わかっちゃうんだなぁ」
「こう見えて私もお料理好きでしてね。南北ドイツ料理にアルザス料理、スペイン料理、イタリア料理、中華料理に日本料理は結構勉強しました。ですが一番大事なのは食べて貰う人の笑顔を、どうやって引き出せるかです。この回鍋肉は本来四川料理です。一度湯掻いた後に下拵えした皮付きの豚肉と油通ししたニンニクの芽を炒めて、豆板醤や甜麺醤に豆鼓などの辛い味噌で味付けする料理です。私が日本で作るならニンニクの芽の代わりに長ネギや九条ネギを使い、少しだけキャベツや白菜を季節に応じて入れるでしょうね。ドイツで作るならポロネギや春玉ネギを使っていますよ。そしてソテー用の豚肉をドカッと入れています。キャベツで代用するのは日本に来た中国の料理人さんが広めた技法だそうですが、士郎クンのこの胡麻油を風味付けにした甘辛い味付けは女性や子供にも食べやすいでしょう。お見事ですよ」
お兄ちゃんが赤くなった。嬉しいだろうなぁ。
けど、お姉ちゃんはスイス人でも日本で暮らしているはず。だって夢では皆んなと一緒に朝ご飯を食べていたんだし。
どういう事だろう? 誤魔化すための設定なのかな?
「ありがとう……。けど詳しいんだな?」
「凝り性なのですよ。それに子供の頃から料理研究家になる事が夢でしたので」
「そうなのか?」
「ただ、隠し味で胡麻油を使うなら圧搾でなく玉締めを選ぶと良いですね」
料理研究家が夢。とてもお姉ちゃんに似合うと思った。
デザートはサクランボを使ったケーキ。オミヤゲと言ってるけど、絶対にここで作ったんだよね?
けど、すっごくおいしかった。名前は覚えられなかったけれど、セラとリズお姉ちゃんが、ドイツの故郷のケーキだと教えてくれた。
今日は美遊さんがあれやこれやとすごかったから、せめてお料理だけでも追いつきたい。教えてと言えば教えてくれるだろうか?
そしてお姉ちゃんはお兄ちゃんに部活の事を聞いていた。弓道部の話で何だか盛り上がっている。お兄ちゃんはと言えば、お話中お姉ちゃんにずっと見とれていた。なんでよ~。
「だってさ、さすがは従姉妹だよな。イリヤとそっくりだ。イリヤが高校生くらいになるとこんな感じかなと……」
ああ、それで。
「イリヤみたいな色白の子が、ここまで焼けようと思えば難しいね」
「それって日焼けサロンですか?」
とは、食器を片付けながらリズお姉ちゃんとセラ。不思議だ。この二人を本当にどうやって誤魔化したんだろう?
「いえ。家はドイツのマンハイム近郊ですが、スペイン南部のコスタ・デル・ソルと、オーストラリアのアデレードに別荘がありまして。それで1年中日に焼けているのですよ」
「うわ~。良いなぁ~」
「どこだかわかんないくせに」
「え~、リズお姉ちゃんひどい」
「それと姉妹が日本に一時住んで居たので、日本語や和食はその時に覚えました」
「ああ、それで日本語が上手いのか」
最初は怪しげだったのが、今は日本語がペラペラ。なのにそこは流すんだ。お兄ちゃんだなぁ。
その後、皆んながお風呂に入りそれぞれの部屋に戻ったのだけど……。
「あ~そうだよね。従姉妹だから当然私とかぁ」
「その方が今後も動きやすいでしょう? 何より私としてはあなたの体の中で眠る方がありがたいです」
「どうして? ベッドはシングルだから無理だと思うけど、セラがお布団とマットを用意してくれたんだし。フローリングでも大丈夫だと思うよ?」
「いえいえ。寝相が悪いのですよ。白状しますと妹のイリヤを蹴飛ばして、怪我をさせた事があるのです」
「ひゃ~」
『蹴りどころが悪かっただけでは無いでしょう? 何かされてます?』
「はい。空手の二段です。ちなみに姉のイリヤは弓道二段。団体で全国2位の実力です。私の方の穂群原は進学校としてもスポーツ強豪校としても有名ですよ」
「双子のお姉ちゃんって弓道部なんだ? それでお兄ちゃんと弓道の話が盛り上がっていたのね? 随分詳しいなって思ったよ」
『そちらのイリヤさんは生徒会長もされているのでしょう? ご立派ですね?』
「自慢の姉ですよ。その分、妹達がブーブーと」
「それは言いたくもなるよ。才能がある人って羨ましいな」
「何かありました?」
「うん……。今日美遊さんが」
それで今日あったことを話したら、お姉ちゃんはこう言った。
「お勉強でもお料理でも何でもそうですが、人から褒められるのはそれだけの回数をこなして来たからです。予習も大切ですが本当に大切なのは復習ですよ。繰り返し繰り返し、それをちゃんと覚えるまで頑張ったから結果が出るのです。お料理もそうですよ? 予習も何もせず、毎回ぶっつけ本番。先生の説明を聞いても右から左で理解していない。そういう人はテストでも調理実習でも大概失敗します。そういうお友達が身近にいませんか? 同じ料理を考えながら何度も作るから、食べやすくて美味しい料理になるのです」
確かにクラスにそういう子がいる。
「きっと美遊ちゃんはあなたの知らないところで、たくさん失敗しつつ練習して来たのですよ。かけっこも正しい脚や手の使い方を覚えれば、あなたでも早くなります。そういう本を図書館などで調べたりするタイプの子なのでしょうね」
「あ~。なるほど、そうだよね。そうだ、セラの料理が懐かしいって言ってたでしょう? あれは?」
「セラの本格的なドイツ料理を食べたのが5~6年ぶりだったのですよ。朝ご飯は和食が多いですから。そして朝は姉妹全員一緒ですが、晩ご飯はすぐ上の小さな姉と下の双子と末っ子以外はバラバラなのですね」
「どうして?」
「自分達で作るからですよ。それに皆んな習い事や勉強で忙しいのもありますね」
「ああ、なるほど~。でもそっちにもお兄ちゃんがいるよね?」
そう。見せてくれた夢の中にお兄ちゃんもいたのだ。きっとその人もお料理はできると思う。
「弟? あの子は料理人見習いです。住み込みで働いているので、普段は家に居ません。あなたに見せた夢は顔見世の意味もあったので、全員が揃った時の記憶を見せました」
「そうなんだ? けどお兄ちゃんが料理人。アリだね。向いてそう」
本当に向いていると思った。すぐ上のお姉ちゃんが料理研究家。弟が料理人。何か楽しそうだ。
きっとそこの私やクロエお姉ちゃんに美遊ちゃんは試食を頼まれたりするんだ。良いなぁ。
「実際向いているでしょう。男の子は手に職を持ってナンボですし。だからあの子は中卒です」
「え? 高校に行かなかったんだ?」
「学歴で食べていけそうにない子ですから。電気技師に消防士、そして料理人。この辺りでしょう、向いてるのは」
「なるほど~。私は何だろう?」
「キャビン・アテンダントはいかがでしょうか。勉強は必要ですが、英語に日本語、そしてドイツ語が話せれば。高いところでも平気でしょう?」
「うん。高所恐怖症じゃないね」
「なら、次は空を飛ぶ練習ですね」
「飛べるの?」
『魔法少女なら飛べますよ』
「あ、転身したら飛べるんだ?」
「もう5分ほどで電気を消しますが、その前に試してみますか?」
「うん」
そうして私は転身して、部屋の中だけど、天井近くをフワフワ飛んだ。
「飛びながら聞いて下さい。明日はカード回収をお休みします」
『どうしてですか?』
「この子はローティーンですよ? 今度の誕生日で11歳でしょう? お前が魔力を補っていても気力や体力は別です。まさか連戦させようと考えていましたか?」
『ああ……。前のマスターと同じように考えていました。うっかりです』
「伝染った? それはともかく魔法少女を標榜するお前が、年端も行かぬマスターの体調を考慮しないとは哀しいですよ」
『まったくです。反省です。イリヤさん、今日はぐっすり休んで下さい』
「は~い」
「それで明日学園から帰ったら飛行訓練です」
「りょーかい」
そして夜の夢はキャリーバッグを引きながらサッソウと空港を歩く大人の私だった。