プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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第九章 闇の勢力
38、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン


 とある部屋で士郎は唸っていた。

 エルヴァの使い魔を通して観た、この世界の自分の射。綺麗だった。あれが大勢の仲間に揉まれた射なのだろう。

 桜と二人だけの弓道部。そこに文句はない。けれどあの射を羨ましく感じても、それは仕方の無い事だろうと変な言い訳を胸の中でした。

 だってあいつは……白銀の魔法少女の兄は真っ直ぐだった。何の曇りも迷いも無いのだ。

 エルヴァが家財と一緒に持って来てくれた弓を思わず握った。そしてもう一度、的前に立ちたいと思った。

 

 自室の畳の上で士郎は唸っていた。

 今日、エルヴァさんのお姉さんから指導された事は、全部思い当たる事だった。あれは一朝一夕の射では無い。

 ヨーロッパでも弓道が普及していたなんて知らなかったけれど、あの人は巧かった。そして綺麗だった。こうして思い返せば、エルヴァさんの射は狙う射だった。

 けれど本人が正しい弓道を知っているので、狙いに行こうとする心を抑えているのだ。それがわかってしまった。

 決してエルヴァさんを貶める気持ちはない。むしろ、抑えられるところが素晴らしいし、弓道の精神を忘れないところが素敵だと思う。それを教えたのが、あのお姉さんなのだろう。

 あの人の射は、理想と思えたエルヴァさんの更に向こうにあった。何だ、料理と同じか。登るから見えて来る、別の山の頂き。

 美綴には話を通した。夜半にも関わらず、顧問の先生に連絡を付けてくれた。あの姉御肌で気風の良い部長は、テストの成績はともかく先生方の通りは良かった。

 それが功を奏したのか、コーチや学園長の許可も得たと返事が来たのが今しがただ。学園長にまで。やたら早くはないか? 

 けれどこれはチャンスだ。当然、エルヴァさんに直ぐ様電話を入れた。

 そしてまた士郎は唸った。先程から取り扱い説明書を片手に、親父から借りたビデオカメラと格闘しているのだ。勿論、あのお姉さんの射型を撮って今後に活かすのだ。

 

 

 褐色のエルヴァが食堂に降りてみると、何やら騒がしかった。

 

「シロウさん、姉さんの出演料は1千万です」

「何がだよ?」

「全てのグッド衛宮はお前に継るのだ! 覚えとけ!」

「は?」

 

 白いエルヴァの唐突な宣言に目を丸くするシロウ。斯々然々と事のあらましを褐色のエルヴァが話した。

 

「だからオレに請求するってか?」

「そうです」

「なら、あいつにも請求しろよ」

「お兄ちゃんは、しくじったバッド衛宮なので論外です」

「言葉巧みに贔屓しやがって」

「贔屓されとるのか、私は? 言葉の隅々まで悪意と蔑みしか感じんのだが?」

「そんなメンタルだからしくじるのさ。褒め言葉だよな?」

「そうです。メシアなんてものよりも、飯屋の方が人のためですよ。裏飯屋~」

「ほら? な?」

「何がほら? で、何がな? だ。意味不明だ」

「だからメシアは飯屋。供給側だ。そしてお前はスイーパー。後片付け専門。世の中上手くできてるよな?」

「いよいよわからん」

「精一杯私に合わせて、1千万を煙に巻こうとしているだけです。だから言葉に筋が通らないのです」

「そうなのか?」

 

 全く以て意味不明だが、エルは姉の姿がここのビデオに残る事が不満らしい。

 姉は一介の高校生とはいえそこそこの知名度はあるし、モデルとして事務所に所属する関係上、肖像権が発生するのは事実だ。去年の修学旅行で学校アルバムを作っている写真屋さんが、ドイツの事務所と契約書を交わしていた。

 理由はスナップの展示販売がバカ売れするからだ。姉のイリヤのスナップだけを集計すれば3千枚以上売れたらしい。

 1枚100円としても30万円。内、イリヤとエルが並んだ写真は300人程度の2年生がほぼ全員買ったと言われていた。

 さすがに事務所も学生のプライベートに口は挟みたく無いので、肖像権使用料は激安の100ユーロ(1万7千円弱)だったとか。

 あの小父さんは上手くやったものだと思えば、アイリスフィール理事長が事前に事務所へ声を掛けていたのだという。そして自らは娘達のスナップに10万円以上を注ぎ込んでいた。

 ああ、あの楽しかった修学旅行の写真が欲しい。エルに頼めば焼き増し注文して貰えるのだろうか。そんな事を考え、目の前のかつての自分や兄の訳が分からない言い争いから逃避するエルヴァだった。

 

 

 翌朝は何時も通り、士郎クンとともに自転車通学だ。

 朝練があるため早く出たのだが、久々の朝練であるし、遠的の試合に出ると決めた後なので気合が入っていた。また、エルのくれたクスリが功を奏したか、気分がとても良かった。なので通常の朝練へ向かう時間より、かなり早く家を出た。

 何も言わないのに、同じ時間に門の前の道路でパッタリ会ったのは姉弟だからだろうか? そして学園坂を登り、海が見えるコーナーまで来ると汗だくの先客が居た。

 

「エルヴァさん、あれ」

「3年生ですね。パンクでしょうか?」

 

 変速無しのママチャリで、この坂を登る剛の者と言えば数人しか居ない。遠目でもわかる背の高さ。彼はその内の一人、3年D組の吉川弘三だった。

 彼の父親は県警の警務部長で警視長。剣道師範で機動隊の猛者からも慕われるノンキャリアの叩き上げだった。第四次の頃はナンバー4かナンバー5だったと思うが、第五次があれば一番心労が祟るポジションなのは間違いない。そんな吉川警務部長はシブいと言うよりかなりの美丈夫で、若い頃はモテたろうと想像できるイケメンだった。

 また奥さんも元婦警で、とても美しい人だった。名前が操というらしい。何かの青春ドラマを彷彿とさせる。

 そして、小林でなく吉川警務部長には三人の息子が居た。

 長男は吉川弘一。穂群原の卒業生で、元の世界では姉のアルトリアとともに、個人で全国に行った剣道部の副主将であった。当時、何をどうやっても女性である姉に勝てず、父親からシゴかれまくったそうだ。

 けれど姉の試合を観た吉川警務部長は、『あの子は別格だ。人の領域では無い』と言ったそうな。現在は県警の新人として交番勤務しており、交通課でも無いのに、イリヤやエルヴァがバイクに乗っていると決まって安全に走れと声を掛けてくれる優しいおまわりさんだった。

 次男は吉川弘二。こちらの方が剣道をやっていそうな名前だが、中等部時代にラグビーに惚れ込み工業高校に進学した。花園の一歩手前まで行ったラグビー野郎だ。身長は190センチ台で体重は130キロはありそうなマッチョだ。

 漢なら2ポンド・ステーキを奥歯でギシギシと噛み千切りながら5~6枚は平らげ、どんぶり飯を水のように7~8杯は飲んで欲しいと思うエルヴァとしては、三兄弟の中で一番気に入っていた男性だった。

 今は大学ラグビーで汗を流しており、卒業後は機動隊に入る事が決まっているそうだ。

 そして三男、吉川弘三は現穂群原学園剣道部の主将だった。剣道部は全国での敗退は多いが、県下では1、2位を競う実力があった。吉川弘三は兄の弘一と並び、1年の頃から個人でインターハイ上位に食い込んでいる有名人でもあった。

 

「吉川クン、どうしました?」

「ああ、A組のアインツベルンさんか。おはよう」

「おはようございます。パンク?」

「うん。ガラスでも踏んだかなぁ」

「先輩、診ましょうか?」

「えっと、2年の衛宮だっけ?」

「そうです。弓道部の衛宮です。パンクなら直せますよ?」

 

 学園は深山町の外れとも言える円蔵山と北側に連なる峰の中腹にある。拠って途中にも近隣にも自転車屋さんは無い。

 そもそも深山町は、下りに下ってマウント深山まで行かないと自転車屋さんは存在しない。後は新都に数件。ほとんどの人がホームセンターの激安中華製に手を出す昨今、良心的な街の自転車屋さんは激減していた。

 まして朝練目的のこんな早朝では、仮にあったとしても開いていない。なのでパンクすれば学園まで押して歩き、昼休みか放課後に校務員さんからパンク修理キットを借りて自分で直すしか無いのだった。これも自転車通学を厳しくしている理由だ。

 しかし士郎は心構えが違った。パンク修理キットや簡単な工具、それと携帯用ミニポンプを毎日持参していた。当然エルヴァもキットとタイヤレバー程度は持ち歩いていたが、ポンプは学園のロッカーだった。

 

「吉川クン、彼の腕は間違いありませんよ?」

「そうか。じゃ、悪いけど頼めるか衛宮?」

「はい、良いですよ」

 

 所要時間は約10分。仕事は丁寧だがやや遅い。だがそこは責められないだろう。武家屋敷の土蔵でガラクタいじりをしている衛宮士郎ではない。妹思いの兄は常識人であり、健全な精神の持ち主だった。夜中まで起きて修理をするタイプでは無いのだから。

 

「どう? エルヴァさん?」

「先に切ったシートにゴム糊を伸ばしておくか、パッチタイプに変えればもう少し早くなりますね」

 

 原因は古釘を踏んだ事だった。刺さった釘がタイヤの中で折れており、それで外からパンク箇所が見えなかったのだ。

 当然士郎は二次パンクを起こさぬよう、タイヤの内側も確認して異物を取り除いていた。チューブの中に釘が残らなかったのは幸いだ。

 ママチャリの後輪。スタンドがあるので簡単といえば簡単な修理だが、エルヴァなら5分もあれば直すだろう。それを知っているので、士郎は時間を計って貰っていたのだった。

 

「吉川先輩。取り敢えずは直せましたけど、タイヤがそろそろ危ないのでチューブとともに交換を検討して下さい」

「わかった。ありがとうな、衛宮。アインツベルンさんもありがとう」

「いえいえ」

 

 そうして三人は校門を潜り、駐輪場で別れた。弓道場へ向かう道すがら士郎クンが尋ねて来た。

 

「俺、今日初めてあの先輩と話したよ。結構気さくに話せる人なんだ?」

 

 あの両親の子供だけあって、彼も兄達に変わらぬ男前だ。なのでモテはするが、多くの女の子が憧れだけの取り巻きで終わるのは、彼が剣道一筋の人で言葉が少ないからだった。また180センチを越える身長は男子でも威圧されるので、必然友人も少ない。

 そんな中でエルヴァは、初等部時代から何度も同じクラスになっているし、何より剣道部顧問の姉のアルトリアを通じて彼とは割合気楽に話す仲だった。けれど廊下で挨拶程度はしても、ここでは初対面に近い。

 

「う~ん。剣道部の人は良い人だって皆さん話していますけどね」

「うん。俺もそう聞いているけど、何かこう、威圧されて……」

「ですね。真面目な人らしく休日も練習ばかりで。性格が良くても友人が少ないとか。損ですよね?」

「だな。俺もそう思う」

 

 女の子が知る女の子同士の友情と、女の子が想像する男の子同士の友情。それらはきっと、男の子が感じる男の子同士の友情とは、質というか風合いが違うだろう事はエルヴァもわかっている。とは言えエルヴァも女の子なので、真実は想像する他ない。

 

『アインツベルンが可愛いって言う女の子に可愛い奴なんて居ないぞ』

 

 エルだった頃に男子から聞こえた言葉だ。人の魂の色を視る、アインツベルンらしい話だった。

 

「彼にも士郎クンにとっての柳洞クンのような存在が居れば良いですけれど」

「柳洞一成は堅苦しいだろ? それに吉川はあれが持ち味だ。心配しなくとも大丈夫さ」

 

 独り言に返答があったので驚いた。場所は弓道部の女子更衣室。先客の薫だった。パンク修理で薫に抜かされていたのだ。

 

「昨日はありがとうな」

「こちらこそ」

「今日、見学に姉ちゃんが来るんだって?」

「らしいですね」

「何だ、興味ないのか?」

「いえ、そんな事はありませんよ。ただ、気恥ずかしいです」

「それはそうだろうな。学園坂を猛スピードで降りる人みたいだし」

 

 げっ! それは姉さんでは……。けど、私とは言い難いし……。クロちゃんでは無いけれど、一瞬白い方を締め上げたくなった。

 

「どうしてそれを……?」

「お前と同じクラスだろうが?」

「そうでした……」

 

 ついでに言うと桜ちゃんの学年までが、韋駄天下りを知っていた。悪いのはエルです。私ではありません。姉さん、ファイト! そして私達は話を切り上げ練習に打ち込んだ。

 

 

 倫敦のロッコ・ベルフェバン代理から報告書に対する返事が封書で届いた。魔術で封をされた中には200万ポンドと500万ポンドの小切手が入っていた。日本円で約3億と7億だ。前者は大師父から、後者は時計塔からだった。

 大師父のそれは事件を解決したお礼で、時計塔のそれは論文や礼装に対するパテント料を辞退した分も含まれているのだろう。

 もしかしたら回収したカード代も含まれているのかも知れない。カードは美遊の世界から帰って直ぐにエーデルフェルトを通して倫敦へ送ってあった。

 

 ともあれ士郎クンにはこれで土地代が出る。凜とルヴィアには1億ずつ。こちらの凛とルヴィアには3千万ずつ。先生には謝礼で5千万。それでシロウさんの分はチャラだ。

 セイバー達にはお腹いっぱい食べさせてあげて、アサシンは一人頭300万の3億円。これで倫敦出張の分まで出る。

 私はセイバーの食費と、お兄ちゃんの趣味などの品が買える金額が残れば良いので2千万もあれば十分だ。残りの3億ちょいはエルヴァに残そう。そう考えつつ、メールを読み進めた。

 ねぎらいと感謝の言葉が、次から次へと副詞や形容詞に絡み、前置詞句と動詞がこれでもと続く長文。修飾語が多過ぎて、英文の勉強になるとは到底思えないくらい綴ってあった。あまりにも特殊過ぎる用法だ。こういうのってありなのか? 

 

「先輩、この文章って文法的に正しいんですか?」

「あのベルフェバン代理ですから、これも正しいキングス・イングリッシュなのでしょうね。私もこういうのは初めてですよ」

「古い英語でしょうか? アメリカ人には通じない気が致しますわね?」

「これはアンチクライストでもアナーキストでも通じませんよ」

「どんな人ですの、それは。それで凜。あなたに王冠(グランド)、エル姉様お二人には色位(ブランド)を用意したと書かれてありますわ。2~3ヶ月後にまたこちらに来なければなりませんわね? 辞退されます?」

「え? 辞退? どうしよう……」

 

 迷う凜に白いエルヴァが決断を下した。

 

「頂けるものは頂きましょう。それがエルヴァの箔となるなら。倫敦へは私とルヴィアとで行きますよ?」

「いえ、その時は私も同行します」

「あらまぁ。この部分をご覧になって。あの二人の長子(カウント)審査が通ったらしいですわ。ただ、こちら」

「結局、そうなりましたか」

「仕方ないですね。となると長子は……」

「エルメロイⅡ先生の温情でしょうね」

「ですね」

「温情と言うならもう少しと思いますが、さすがにあの二人に開位(コーズ)は早いですわね」

「入学前だと言うのに開位を持つルヴィアが変なんですよ」

「それを言いますの? 中学生で魔法を得たあなたが?」

「ルヴィア……」

「いえいえ、凜。嫌味ではありませんわ。事実でしょう?」

 

 確かに事実だ。凜は魔法使いに認定された事により王冠(グランド)を得ている。また、王冠の正式名称は冠位であるが、前者は特に魔法使い専用に使われる。協会に魔法使い専用であった事を思い出させたのは大きい。

 これが数多に轟き、プラハからも認定を受けるに至ったのだ。現在の凜は弱冠16歳にして、葡萄酒色(ワインレッド)の称号持ちでもあった。自分で選んだのである。赤は大師父か師匠に。自分はこの色で良いと。それは遠坂の色であり、時臣の色でもあった。

 ルヴィアが凜を羨む期間は短かった。五大属性を持つこの親友は、才能に甘えず努力と研鑽を積み重ね、根源に至ったのだから。そして奥ゆかしく、甘いが優しい、けれど芯の強い性格をルヴィアは好んでいた。

『リン』ではなく『凜』ときちんと発音できるのも、親友の母国語を大切に思ったからだ。そんなルヴィアだから、凜も変わらずルヴィアを大切に思い、簡単なフィンランド語を話せるまでになっていた。

 なおルヴィアの双子の妹はプラハで典位(プライド)を得ていた。これはエルが温めていたアイデアに自分の理論をミックスして独自の礼装を造り、それが高く評価されたからだった。

 また彼女の親友であり共同研究者が、同じ典位のフィオレ・フォルヴェッジだった。

 プラハは若干審査が甘いのではないかとルヴィアは思っていたが、二人が造る礼装は宝具の一歩手前で、エルが買い付けていると知って驚いたものだ。

 なのでルヴィアは開位(コーズ)に不満を持っていた。だから、王冠(グランド)を持つ親友についつい口が出てしまったのだ。

 

「それで、凜。ハートレスの思惑は見えましたの?」

「結局会えずじまいでしたし、何を考えていたのか。ただ、アルビオンの盗掘には弟子も絡んでいたようです」

「ほぅ。弟子は生還者でしたわね? となれば……」

「裏柳生ならぬ裏エーデルフェルトの草が、その弟子となった生還者の正体だとか?」

「凜、何てことを。その手の二重スパイを当家が抱えているのは事実でしょう。ですがそれに私は関与していませんわよ?」

「でしょうね。エーデルフェルトは湯船に片足を入れた状態でバランスを取る家ですし」

「どんな例えですの。ですがそうですわ。時計塔に根を張り、プラハにも根を張る。これと同じ事を他の協会でも行っています」

「ま、エーデルフェルトとは私も考えていません。ですがルフレウス・ヌァザレ・ユリフィスやガイウスリンクは絡んでいそうです。特にガイウスリンクが怪しいですね」

「グリーン・パークでキメラに襲われたのでしたわね?」

「ええ。証拠も何もありませんけれど。先輩はどう思われます?」

「資金の流れを探りましたが、どこかの家の単独行動は考えられません。長年の既得権益でしょうし、それを暴いたからと、ここの時計塔が一気に風通しが良くなるものでもありません。ま、キメラを使って凜とセイバーの実力を測ったからこそ、話し合おうという空気が産まれたのでしょう。要はこちらを恐れたのだと思いますよ」

 

 それを聞いて、喧々諤々と議論を始めるルヴィアと凜。

 ああ~。仲が良いのはわかるが耳元で煩い。ハートレスの魂胆も魔術師業界の再生にあったと知れば驚くでしょうね。

 でも、それは自分達で探りなさい。あのホネホネの戦車から溢れ落ちた金貨。お兄ちゃんとの追いかけっこで拾ったものですが、征服王への信仰を強化する案はこの世界では無理でしょう。

 アルビオンの監視は以前より厳しくなりましたし、中へ入るゆらぎも私の知る限りをお知らせしました。何よりここには大師父が居ます。私の論文のような方法でない限り、ハートレスの方法での再生は無理です。いつかその論文を手に入れれば、あの人も気付くでしょう。

 化野九郎ね。妖精によって限定的な第四魔法を手に入れていたとは。ま、この件は自分の世界で。ここでは問題は起きないでしょう。

 

「この惑星の女の子は姦しくのべつ幕無く話すが、本音は漏らさない。そしてカラオケやイチキュッパが好きで、駐車禁止は厳しい。だが、冬木の朝日はいつも美しく、八○亜紀の歌と同じく涙が出る。私は宇宙人エルヴァ。学生実業家をしながら惑星調査をしている。何やら可愛い女の子二人が言い争っていた。お互い名前呼びなので本来は仲が良いのだろう。暫くして二人はお互いに見詰め合って笑っていた。何だろうか……。実に怪しい。カシュッ グビッ この碌でもない、素晴らしき世界」

「何ですの、それは?」

「あ……。先輩、きっと未来のテレビを受信……」

 

 この二人は自他ともに認める親友なのに、チクチクと言い合う時がある。要はお互いに相手を認め、遠廻しに褒めているのだ。聞いているこちらとしては面倒くさい事この上ない。

 

「エル、じゃ行ってくるわ」

「はい、お気を付けて」

 

 厨房で料理人と会話していた姉さんは、時間になったのでこちらに声を掛けてから学園に向かった。

 

 

 学園に着いた私は校門横の守衛室で記帳し、弓道部顧問の名を告げた。馴染みのある先生ではあるけれど、自分の世界では藤村先生が顧問なので不思議な気がする。

 数分待たされたが、道着姿の士郎クンが迎えに来てくれた。弓道場は私のところより古くて小さかった。あちらは私が中等部に上がる前年に建て替えられたからなぁ。

 入ってご挨拶すると皆さんが歓迎して下さった。道着姿のエルヴァがペコリと頭を下げ、更衣室へ案内してくれる。

 

「私の予備で良かったですか?」

「ええ。Tシャツは自分のがあるから」

 

 カケやシタガケに足袋もエルヴァのものだが新しい。道場に置いていたそうだが、カケの予備を持つ人は珍しいのではないか? 

 そして道着に着替え射場に出た。弓は士郎クンが用意していた。エルヴァに聞いたのだろう、私の強さと同じだった。

 柔らかめの弓に細く硬い弦。これも私の好みだ。どこの弓だろう? 知らない銘柄だ。メジャーじゃないけれど感触が良い。

 

「お願いします」

「お願いします」

 

 挨拶を交わし、彼が確保していた的前に入った。約束は四射のみ。それ以上は射ないとエルヴァは話してあるそうだ。ただしビデオ設置は許して欲しいと。

 そこへドタドタと顧問の先生が、藤村先生とコーチを連れて来た。後ろに一般生徒も十人くらい続く。凛とルヴィアに柳洞クンまで居る。

 しんと静まり返る道場。今まで何万回と繰り返して来た所作を再び。スターンッと乾いた音が響く。音のたびに『良し』という声。大学と違い、高校はどこもこんな感じだ。それを淡々と四回繰り返した。

 私は今でこそ書で金文や篆文を書いているが、以前は行書や楷書の写本だった。王羲之に太宗、欧陽詢に虞世南や褚遂良、顔真卿。どれに挑んでも必ず入賞する。だって私はホムンクルスの血が流れているから。

 生きているけど半分機械みたいなもので、千回でも万回でも同じ動きができる。書写のような写し取るだけの書なら楽勝だった。だから腕を磨いて金文や篆文の写しでなく文を書くのだ。

 だってエルに真顔で義兄も真似できない、完璧な贋作だと指摘されてしまったから。だけどお料理と弓道だけは、レシピや味付けに動きを真似ても同じにはならない。手順を学び再現したつもりでも変化する。

 それは味覚や身長や骨格が、私だけのものだからだ。だから面白いのだ。

 拍手が鳴り響くのが遠くに聞こえる。一際大きな拍手をするのは、肌の色が濃くなった妹だ。素直な笑顔。エルのような皮肉屋な部分が無い。

 さすがにがあの子が初日に見せたような真似はできない。けれど今の自分の射はできた。作法通りに執弓の姿勢で的前から下がれば、口々に部員が声を掛けてくれた。

 

「お見事でした」

「ありがとうございます」

 

 真っ先に声を掛けてくれたのは士郎クンだった。

 

「エルヴァ、お前の姉ちゃん、凄いな?」

「でしょう? 私の射は、しょせん中てに行く見世物ですよ」

「見世物になるだけ良いじゃんか」

「それは確かに」

 

 妹と薫の会話が聞こえた。薫はもうスランプから抜けたようだ。この後、部長の美綴さんとコーチにせがまれ、1年生と2年生の希望者を指導した。

 

「う~ん……。アインツベルンさんが、姉の射は格が違うと話していた意味がわかった気がします」

「ですね。高校生であそこまで無心に……。ヨーロッパもレベルが高い」

 

 なるほど。ここの藤村先生はちゃんと弓道を学んでいるとは教えられたけれど、かなり実力が高そうだ。

 けど、コーチ。私は無心にはなれません。私がやっているのは自然との同化です。路傍の花となるだけです。それだけは物心付いた頃から簡単にできました。だって生まれついての自然の触覚なのですから。

 だから──矢道の芝生が、安土の土や、空気や風が、矢をここに放てと囁いているのがわかるのです。

 もしそれが無心であり無我の境地なら、本当の弓道はその先にあると思います。私はそれを目指していて、そこで世界を分かつ妹と再会したいです。あの雪に覆われた城で、ふたりのロッテだったみたいな私とエル。なら、エルヴァとも。

 そして藤村先生、私は弓道を日本で学びました。日々指導して下さるのは、あなたの横にいらっしゃるコーチです。世界は異なりますが。それと、ドイツ、イタリア、フランス、スイスと、騎士道が盛んだった国の弓道愛好家はとても熱心です。

 ここ数年で弓道場も続々建っています。ドイツならハンブルグのアルスター弓道場は特に有名です。2001年頃に焼失しましたが、新たに前より大きな射場として再建されました。また妹の別宅があるドナウエッシンゲンに近いロットヴァイルにも弓道場があり、そこには何度も訪れています。

 駅の跡地に建つだけあって、あちこちに枕木がある面白い道場ですよ。左手にはネッカー川が流れており、バーデン=ヴュルテンベルク州をうねうねと下り、もう一つの別宅があるハイデルベルクやマンハイムを抜けライン川と合流しています。ロットヴァイルは大戦中に爆弾工場があった街ですが、今は長閑な田舎街です。黒い森の、あの地方ならではのカーニヴァルもありますし、景色も綺麗です。きっと先生も気にいると思いますよ。

 

「あの、アインツベルン先輩?」

「何でしょう? 間桐さん?」

「お姉さんって、日本語も通じるんですね?」

「弓道を通じて学んだそうです。私より上手だと思いますよ。間桐さんも臆さず話し掛けてみて下さい」

「はい」

 

 目の隅に写った柳洞クンがこちらに黙礼をして出て行った。さて、これで彼は自転車のあれは私では無いと確信する訳よ。そしてあれは誰であったのか、と。人となりとは行動で示すものなの。わかった、エル? 

 

「あの……」

 

 おっと、ここの桜ちゃんか。うわ、見てる、見てる。凛がガン見だ。士郎クンまでチラチラ見て。ここの彼はこの子と、特に仲が良かったのよね。

 

「えっと、あなたは?」

「間桐桜、1年です。射形を見て頂けませんか?」

「良いわよ」

 

 こちらの手が空くのを待っていたのだろう。私は頷くと空いた的前が無かったので、巻藁の前で射形を見た。事前情報では中等部時代から弓道を嗜み、かなりの腕だと聞いている。

 1年女子の中では期待のホープ……。確かに基礎はできているし、ブレもない。けれど、自分の形が無いような気がした。素直さと先輩達の親切さが、悪い方へ行っているのだろう。たくさんのアドヴァイスを聞き過ぎるのだ。

 

「間桐さんは誰の射が好き?」

「え、えっと……」

「その人が好きかどうかは聞いていないの。誰の射に憧れるのかを聞いているのよ」

「ああ……。その意味でなら、遠峰薫先輩、衛宮士郎先パイ、そしてエルヴァ・フォン・アインツベルン先輩です」

 

 声を潜めてこっそり白状した。答えは出ている。理想の射形はぼんやりある。けれどそれを教えられる人がここには居ない。あのエルヴァも気付いているのだろう。教えたいと思ったのだろう。だから私がここに居るのか。

 三人の先にあるのは、未遠志保さんの射だ。そして桜ちゃんが知りたいのは、志保さんの射を自分の身長や腕の長さにマッチさせたカタチだ。それは詰まるところ、私の理想とする射でもあった。

 ああ、この子に全部伝えたい。私の世界での桜ちゃんはピアノ一筋で弓道をやっていないし、後から来た桜ちゃんは高等部で始めたから、まだまだ未熟な部分が目立つ。けれどこの子は違う。ホープと呼ばれるに相応しい。

 

「間桐さんはレギュラー?」

「いえ」

「じゃ、補欠?」

「補欠でもありません。ただの部員です」

 

 え? これだけの子が? 

 

「ここの五人立ては何チーム?」

「男女とも1チームです」

 

 何をやっているのだ。ざっと見ても部員は女子の方が多い。女子は2チーム作るべきだ。うちは今男女とも2チームだが、女子の3チーム目を作るか否かで、部長の薫と副部長の私とで協議中なのだ。協議を重ねる理由は練習場所にあった。

 あちらだと五人立ての試合が楽にできる広さがあるのだが、3チームが的前に立つほどではない。それでも的前や巻藁のローテーションはちゃんと回っている。ただ、これ以上部員は増やせない。3チーム目を作れても、部員の数は今で限界だった。

 歴史を紐解けば、冬木の弓道は遠坂神社と縁が深い。また冬木市には氏子も多い。たぶん柳洞寺の檀家より多いだろう。そして冬木市が奨励している事もあるが、弓道は冬木市の名物スポーツだった。それに兄姉に親や祖父母も、氏子か元弓道部、もしくは弓道と関係がある人が多かった。なので弓道部はとても人気のある部なのだった。

 そして昨年の活躍だ。実際1年生には、薫や私に憧れて入ってくれた子が多い。だから少しでも練習できる場を提供してあげたい。とは言えテキパキして貰わないと、レギュラーの練習時間が足りなくなる。これは部員を多く抱える弓道部共通の悩みだ。

 新人のゴム弓が終わる頃だと特にそうだろう。巻藁での長蛇の列は事故に繋がりやすい。巻藁場に注意喚起の絵を掲げようと、副部長の私は2年生と模索中であった。

 対してこちらは7的。無理して8的。問題は巻藁を設置できるスペースがほとんど無いところだ。射場と言うより道場そのものが狭いのだ。これだとローテーションが厳しい。これも1チームの理由だろうな。私のこの疑問にこちらの部長である美綴綾子が答えてくれた。

 

「迷っています。結局最後は練習場所に帰結しますので」

「だからさ。伸びて来ている1年生も増えたんだから、私は遠的に絞るよ」

 

 ここの薫だった。

 

「遠峰先輩?」

「美綴、白石を五人の中に入れてやれ」

 

 白石? 私はチラッと道場に目を配った。居た。強豪校〇〇女子の白石祐子だ。あの子、ここじゃ穂群原なんだ? 

 あちらでは落前に入り、落に必ず繋げる巧者だった。あちらの主将が次の主将だと自慢していたのだ。そんな子がレギュラーでは無い? 

 

「それでアインツベルンは今のままの補欠で。そしてこの前にも話したように、私とアインツベルンとお前の三人で遠的だ。私が抜ける分、白石で補え。こちらの補欠には間桐を貸してくれれば良い。そして後輩の指導を交代で行いつつ、週に三回は神社の方の道場で遠的の練習だ。それで回すしか無いだろう?」

「間桐に遠的ですか?」

「機会を与えろよ。あいつなら両方できる。何より白石だ。あいつを育てろ。この春から伸びている。秋には化けるぞ」

 

 さすがは薫だ。私も桜ちゃんは両方できると睨んでいた。それに白石祐子は揉まれた方が伸びるタイプだ。これは向こうの主将に聞いたから間違いない。

 家の事か別の事情なのかそれは知らないけれど、ここでの彼女は穂群原を選んでくれた。なのに……ああ、薫がスランプで目が届かなかったのか。勿体ない。けれどこれでチャンスは与えられるだろう。1~2回は泣くだろうけど、それを乗り越えれば。

 けれど問題は遠的の練習場所だなぁ。ここの弓道場にはあちらにあった遠的の射場がない。バスで神社まで通うのか? 

 

「成績さえ出せば、学園も増築を考えるだろうさ。市の弓道場までは遠いけど、事前に話を通せば1時間の延長はできると言ってくれたぞ?」

「それ、管理の人に?」

「プラス、市の振興課」

 

 増築は学園の運営団体である理事会の決裁が必要だろう。だから回るお金が無ければ無理だ。そう簡単にホイホイと増築などできるはずがない。この辺が薫の限界か。けれど、市の弓道場の使用時間延長を認めさせるとは。これはこれで大したものだ。

 

「この案をどう思われますか?」

 

 部外者ではあるが、私は勿論オーケーだった。桜ちゃんにも白石さんにも、チャンスが必要だ。もう一度女子の部員の顔触れを確認した。

 居た。見知った顔が多いので、惑わないよう世界を渡ると意識を敢えて外すからなぁ。

 あそこの二人は3年の田所あかねと薮内美佳子だ。私の方ではBチームの大前と落だ。一軍、二軍と分けている積もりは無いが、県なら上位の実力がある。

 そして2年の瀬尾美咲。瀬尾ちゃんは、私の居るAチームの中(三的目)だ。ムードメーカーで仲間をもり立ててくれる。

 ん? あ、居た居た。同じく2年の岩永恵子。恵子ちゃんは1年の後半から伸びて来て、とうとうレギュラーを掴んだ努力家だ。ここではどうなのか知らないけれど、エルヴァには伝えておこう。

 今年のAチームは大前に私、二的に岩永恵子、中が瀬尾美咲、落前が美綴綾子、そして落が遠峰薫だ。ここに補欠の山形亜寿加が加わり、この六人で日本一を目指す。

 けれど、白石さんについつい目が行くなぁ。逸材がこんなところで眠っているなんて。正直、持って帰りたい。

 

 自転車組のエルヴァと士郎クンが見送るバスに、私と桜ちゃんが乗った。

 凛とルヴィアは迎えの車で帰った。ちょっぴり凛が羨ましそうに私を見ていた。なので任せてくれと声を出さずに返しておいた。

 バスの中では、お料理や裁縫の事などを話せて楽しかった。この子は詳しい。きちんと家の事をやってきた人の重みが言葉から感じられる。ここの凛とこの子の関係も知っているし、凛がエルに頭を下げてアサシンに調査させた事も知っている。

 間桐が滅んだここでの資産は、兄の間桐鶴野と弟の間桐雁夜とで分け合い、金銭面に問題が無い事も判明した。だからこの子は魔道の家の養子でなく、間桐雁夜という善人の養女であった。ただ、元は魔術師の家であった事のみを知っているらしい。それは今後も口外しないだろう。

 そしてこの子がその属性から魔を寄せ付けないよう、魔術協会から探られぬよう、あらゆる手を打っているのがイリヤちゃんやクロエちゃんの母である、ここのお母様だった。今後はそこにエルヴァも噛むのだろう。

 横の桜ちゃんが思い出話を語ってくれた。小学生頃は冬になるとあかぎれが酷く、皮膚科のお医者さんに相談してクリームを処方して貰ったそうだ。そして雁夜小父さんは日本に帰って顛末を聞き、家政婦さんを雇うと土下座したとか。

 けれど桜ちゃんにしてみれば、家事は必要だからやっているだけで、強制されている気は毛頭ない。なので気にしないで欲しいと返したそうな。好きこそものの上手なれは本当の事だ。

 

「あ、アインツベルンさん。あれ……」

「何?」

 

 黒い特攻服を着た、改造バイクに乗った集団。バスを追い越してそのままどこかへ消えた。変装したアサシン達だった。

 どこかのチームを襲撃して足を奪ったのだろう。

 

「この辺ってああいうのが多いの?」

「これからの季節に増えますね」

「そう……」

 

 当分出て来ないだろう。1チーム丸々バイクが奪われたのだから。殺されはしないだろうが、全治3ヶ月程度の怪我は負わされただろう。事件になると思うが、犯人は絶対に捕まらない。そして風化していく。

 もうじき帰るから、エルも本格的に掃除に掛かるみたいだ。

 桜ちゃんと別れバスを降り、交差点を渡ったところで、これまた変装した数人のアサシンが道路脇に花を供えていた。

 

「何かあったの?」

「これはイリヤ様。二日前にここで人がバイクに跳ねられ、今しがた病院で亡くなりました」

「そう、それがあの集団のバイクかしら?」

「ああ、仲間が? それならば、そのグループで間違いありません。直接の犯人は警察に届けました」

「保険なんて入ってなかったろうしね」

「ええ。高く売れると良いのですが」

 

 奪ったバイクを整備して売るのだ。そしてそのお金を遺族に渡す。エルが命じずとも、今のアサシンはこういう事を自主的にしている。掛かった経費はエルが持っているはずだ。

 

「イリヤ様。CBX400Fが4台ありました」

「そう? 程度によるけど、1台200万として800万か。1千万は用意できそうね?」

「はい」

 

 聞けば徘徊老人だったそうな。二日は長いな。楽に逝けたのなら良いけれど。

 黙祷したりクルアーンを黙読するアサシン達の中に、見知った人が居た。この辺に出没する地縛霊だ。お孫さんを交通事故で失くし、その後死ぬまで緑の小父さんをしていた方だ。

 今もこうして子供達を見守っている。霊になってしまえば、実体には触れられない。なので何ができるかなんて知れている。けれど、きっとこの人は交通事故死亡がゼロになるまで消えないだろう。

 エルも私も祓ったりはしない。冬木市深山町の夜を護る一員なのだから。あちらでもこの方は幽霊だ。これが並行世界の哀しいところだろう。

 この他にも世界を渡ると哀しい事に出会う。端的に言えば、私達と関わりがあったが故に救われた人が少なからず居る。となれば並行世界では、救われなかった知人が存在する訳だ。特にエルはそうだろう。

 ここには幼いエルヴァが居るが、冬木にはまだ来ていないし、何より寄宿舎生活らしいから、それ以前に人との関わりが少ないと思う。そうなると当然、エルと出会わなかったために不幸に巻き込まれてしまった人が居る事になる。勿論私は口に出さないし、エルも話さない。

 ここに残るエルヴァが、そういう悲しい思いを少しでも忘れられたなら良いけれど。お爺さんの霊がブツブツと口ずさむのはお経なのか。

 

『…………』

 

 もしかしたらお孫さんの名前か、亡くなった方の名だったかも知れない。お年寄りはお顔が広い。意外とお年寄り同士で接点があったりするものだ。私はお爺さんの横にしゃがんで手を合わせた。

 

 ところで、霊といえば普通は墓地が頭に浮かぶだろうが、実はああいう場所に残る霊はまず居ない。また災害の起きた場所も賑わうのは数年だけで、それ以降に残るのは無念や怨念の残滓だけだ。このお爺さんのようにハッキリ残るタイプは珍しい。

 重要なのはこの手の霊は、霊が持つ念がとても強く、街の人に良い意味での影響を与える点だった。お爺さんの念に触れた人は、事故から人を護らなきゃという気持ちになるのだ。悪しき怨念でなく、善き執念は本当に強い。

 私の方の世界では、この周囲の道路だと子供の手を握り、歩道の内側を歩かせる人が多い。当たり前とも言えるが、無意識に繋ぎ替えている場面を何度も見ていた。車なども交差点ではかなり徐行する。

 建物や信号機の位置で心理的にそうさせる交差点では無い。似たような場所は深山町や新都側の旧市街に何ヶ所かあり、そういう場所には決まってお地蔵さんや小さな祠が建っていたりする。きっと昔、そういう哀しい何かがあったのだろう。

 

 そして染み付いたかのように感じる無念や残滓も、長い年月で霧散して行くものだ。

 例えば並行世界で第四次の惨劇があった公園も、そこの士郎クンが言う程のものでは無い。彼のトラウマが、彼に眠る解析能力を刺激してそう感じさせるだけで、残る怨念は生きる人を仇なす事は断じて無い。

 もしあるなら、自然災害の多い日本は益々国土が狭くなり、土地価格は今よりもっと高騰していただろう。

 けれど災害が起きても街は復興され、その上に家が建ち並び、幸せな記憶を刻み、何十年後かにまた再び家が建つ。そうやって土地は浄化されるのだ。何よりヨーロッパなんて古戦場だらけだ。しかも人が死んだ過去を持つ古い家ばかりなのだ。

 それでも人は生きている。日々を満喫している。魔術師はオカルトに携わる専門家だ。だからこそ、似非オカルトに惑わされてはいけない。

 

 

 ルヴィアの家の近くまで来ると、堅牢な結界が張ってあった。中に入ろうとしてもディスペルできず、何をどうしても一向に無理だった。これはエルだ。こんな強力な結界を張れるのは、先生か凜、或いは妹のエルだけだった。

 そして魔力の循環波形が私に近い。なのでこれはエルに間違いない。どうした事か。暫く待つと解除され、アサシンが数人、気絶した人を担いでどこかへ行った。

 

「どうしたのよ?」

「イリヤちゃんとクロエちゃんのお風呂を覗こうとしていました。目的はエルヴァだったようです」

「何ですって? アサシン、そいつの目玉を穿り出して頂戴」

『承りました』

 

 一時の怒りだよ。承るな。

 

「アサシンもわかっています。返事だけですよ。ただ、警察沙汰にするとせっかく知らないままで居る子供達が辛い思いをするので、手足を折って記憶を消しました。家も名前も忘れていますが、どうにかなるでしょう」

 

 こいつ、かなり怒ってる。子供達の心情に、あのエルヴァが狙われたという事実。私でも目玉を穿り出せと言ったくらいだから、犯人を前にしたらそれはキレるだろう。

 そして記憶を消す前に通帳や判子の場所といった個人情報は聞き出したろうし、個人を特定できる証明書の類も取り上げた後だろう。記憶を失くした無一文。本物の魔術師が相手のトラブルはこういう決着が多い。

 中には人体実験の材料にしたり殺したりする者も居ないでは無いが、そこまですると後々の調べで足が出る可能性が高い。本来の魔術師は、そういう研究を停滞させるリスクを嫌うものだ。なので記憶を操作するか、意識を外部に発信できない状態にするものなのだ。

 私や凜は記憶操作が多い。けれど風の魔術師である妹は酸素を奪い、脳を破壊する場合が極稀にある。そんな稀なケースの中に、血管を操作して血栓を作ったりする方法がある。病院に担がれても、寝たきりか半身不随だ。そしてそれを使い魔などを使い、術式を刻んだ札を運ばせ遠隔で行う。この方法は褐色の妹も知っているはずだ。それを知れば、ここの切嗣やお母様はどう思うだろうか。

 

「子供達のケアは?」

「先程も言いましたが、気付かせる私やアサシンだと思いますか?」

 

 そりゃそうか。そうやって家の前でエルと話していたら、自転車が2台やって来た。ライトで照らされる私達。悲鳴をあげる士郎クン。

 

「あ~あ、これで三つ子とバレましたね。隠しているのが楽しかったのに」

 

 キョトンとする士郎クンに妹が咄嗟にとんでもない事を話した。

 

「あ! 自転車で学園に来た人はそっちか!」

「大当たり。こちらが長女で私が次女、そちらのエルヴァが三女ですよ。先日のお料理もお菓子も弓も姉さんです。私は会席料理と自転車です。ややこしいので黙っていました。ごめんなさい」

「いや……何で黙って?」

「うちの一族って双子や三つ子が昔から多くて。この手のイタズラが恒例化していましてね。ちなみに私達の母とアイリスフィールさんも双子ですよ」

「ええっ!」

「色々あって説明が面倒なのよ。ごめんなさい、士郎クン。それとエルヴァはこのイタズラに関係ないから。私達が仕組んだのよ」

「この子も『姉さん』としか呼ばないですし」

「ああ、それで……。じゃ、名前はなんて言うんですか?」

「私の名はエルフ。エルフ・フォン・アインツベルンです。エルと呼んで下さい」

 

 なるほど。11代目に引っ掛けてエルフと名乗るのか。ドイツ語の11はエルフだ。でも私は……。

 

「私はイリヤスフィール。あなたのイリヤちゃんは私の名を元に名付けられたの。厳密には綴りが少し違うのよ」

「へぇ~。じゃ、イリヤさんにエルさん。そしてエルヴァさんか」

「そうそう」

 

 エルと私は士郎クンとエルヴァを見送った後、エルヴァが出て来るのを待っていた。

 

「お待たせしました」

「三人姉妹にしてしまうとは」

「私としたら、妹が二人ならここと同じで嬉しいけれど」

「姉さんはクロエちゃんですか?」

「あの子やクロちゃんが本来のイリヤスフィールなんだから、ある意味合ってるじゃない」

「むぅ~」

「そうですね。今朝も話した通り、私も今後はあなたを妹と考えます」

「自分自身が姉……まぁ、それが無難ですか」

「ええ、精神衛生上も。でしょう?」

 

 その時、何の気配も前触れも感じさせず直ぐ傍で声がした。

 

「漸く三人揃ったかね?」

 

 目の前には、そろそろ夏だというのに厚いマントで身を覆う、長身痩躯で金髪の男が立っていた。何度か見掛けた憶えがある。

 エジプトの電波野郎、ズェピア・エルトナム・オベローンだった。

 アトラス院の院長であるが、かなり自由が利く立場であるらしい。日本で出会ったのは初めてだった。留守を安心して任せられる後継が、それだけ育っているという事なのだろう。

 

「いやはや。実に喜ばしい」

「来生三姉妹や風間三姉妹を求めて日本に来たのなら、残念! 私達は有言実行! シュシュト○アンだ!」

 

 アトラスの院長が固まった! それと2004年は申年で酉年は来年だ! 

 相変わらずの変人ぶりを発揮する我が妹。シュシュト○アンのものを持っているかは知らないが、コスプレ好きで音楽好きで、古いものにやたら詳しい。

 アイドルは昔GENESISというバンドでボーカルをしていたピーター・ガブリエル。彼のステージ衣装は大抵手縫いで作っていた。

 フェバリット・アルバムは『眩惑のブロードウェイ』で、その中に『ザ・コロニー・オブ・スリッパーメン』という曲があるのだが、そこで使われた奇妙な衣装を中等部時代に作り、それを着て大音声でアルバムを流して踊っていた。

 煩いと文句を言いに部屋に入った私は、院長以上に固まった。原題は The Colony of Slippermen なので、ネットで検索して欲しい。中2の女の子がこんなのを着て踊っていたのだ。しっかり股間に赤い風船が二つあるし……。

 腰をフリフリ、「シスター・イリヤ」とか歌詞を替えないで欲しい。

 ラストは何だったっけ? 

 

『Hang on Illya! We're out of this at last. Something's changed,that's not your face. It's mine! It's mine!』

 

 双子だしねぇ。そりゃ、同じ顔でしょうよ。ま、私的にもザ・フーの『トミー』と並んで良く聴いたアルバムだ。

 

「な、何を言っとるのかね?」

「ズェピアさん。観客と舞台の間には大きな壁があるものです。目には見ませんが、鑑賞する者と演じる者を隔てる壁。その壁が取り壊されたシナリオはいかがです?」

「奇妙な因子は世界線を異にすれば、いかに些細であれ存在するものだ。とは言え、ここまでのモノは初めてだよ」

 

 ピンク・フロイドも知らないのか……。『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』の内ジャケットはあなたの国で撮影されたのに。

 

「私のシナリオには、あなたも参加自由ですよ?」

「ほぅ? 何処かの私にも同じ事を?」

「タタリにならない限りは」

 

 ズェピアとエルの会話はこの後、公園で缶コーヒーを飲みながら1時間に渡った。そこに同席した私とエルヴァだが、私には話の内容がサッパリわからなかった。

 けれどキザな礼を述べて公園を出て行く彼には、出会った時にあった諦観の相が無かったように思う。公園を一歩出ると彼は掻き消すように闇に溶けた。

 

「エル、あの人は結局何が言いたかったの?」

「裁定者や調停者の視点が理解できない観測者。それがあの人です。世界を愛し、憂う心は優しさに満ち溢れていますが、アトラスらしい頭の固さが幾つかのファクターを見逃しているのですよ。会社の一つでも経営すれば見えて来ますのに。結局、人間力を最後の最後で信じ切れないところがあの人の限界ですね」

 

 わかったようなわからないような。あの人こそが狂気だわ。もう一人の妹にあなたはわかるかと聞けば、さすがは元が同じだけあってわかるらしい。

 

「ああいうタイプは危ないですよ。自分が想像した事だけが正しいと信じ込んで、トコトンまで行く場合があるからです。エルは上手く回して話していました」

「頭の中が百花繚乱で狂い咲きしていますよね? 正義の味方になるんじゃ~っていう、どこかのバカそっくりです」

「二人とも、それを言っちゃお終いよ」

 

 そこで突然の悲鳴が、さっきまで居た公園から届いた。駆け出す三人。私の前を走る妹も足は早いのだが、魔術を使わなければ褐色の妹の方が早い。やはり、半英霊か。

 制服のスカートなのに、あっという間に公園に入った。遅れて公園に入れば、エルヴァはナイフみたいに小さな干将莫耶を握っていた。やっぱりあの子もエルだなぁ。制服姿だと全然絵にならない。凶器を持った女子高生。単に危ない人だ。

 

「相手が不明なので転身しない判断は買いますが、ナイフはどうなのだと」

 

 エルが私の考えと同じような事を言う。そのエルは板金用のハンマーを左右の手に握っている。それはそれでヘンよ? 

 ともあれ私も懐から小瓶を出して握った。この小瓶には、毎日ブラッシングした時に出る抜け毛が入っている。この髪の毛に籠もった魔力に、凜が方向性を与えてくれている。簡単な呪文で小粒の宝石のような魔術が使えるのだ。

 勿論、『シュトルヒリッター(コウノトリの騎士)』も発動できる。予めエンゲルリート(天使の詩)を仕組んであるのだ。ただ、ツェーレ(涙)とデーゲン(剣)の切り替えはできない。どちらか仕組んだ方でしか発動できないのだ。

 だけどこれで良いと思う。だって戦闘の度に髪を抜くなんて嫌だもの。

 公園でやっと、目的のものを発見した時には事が終わっていた。お兄ちゃんが何者かを取り押さえていたのだ。

 

「とうとう女欲しさに、犯罪に手を出しましたか。呆れますね……」

「ちょっ! 待て! 話を聞け!」

「冗談ですよ。コソ泥ですか?」

「コソ泥というか、怪しかったのでな」

 

 確かに怪しい。全身黒ずくめで、こんな夜中にサングラスに黒いマスクだ。エルが近寄り、うつ伏せで後ろに腕を極められた女のマスクとグラスを外した。その腕には銃が握られていた。エルの嫌いなグロックだった。

 

「どうして悪党はグロックを持つのか」

 

 ブツブツと文句を言っている。

 

「え? あれ? この人は……舞弥さん……?」

「舞弥さん?」

 

 灯りのある場所まで連れて行かずとも、眼に魔力を通すと間違いない。衛宮切嗣の助手であった、久宇舞弥さんだった。ただしこれは偽名で、御本人は過酷な幼少時代の煽りで本名を憶えていない。

 

「う……く……その名を知るあなた方は……?」

 

 街灯に照らされたエルの顔が真っ赤だった。それはねぇ、本人には言っちゃいけないよね。舞弥さんの愛銃はグロックだもの。取り押さえていたお兄ちゃんも慌てて離れた。

 向こうでは昔馴染みで、私達姉妹が子供の頃からお世話になったお姉さんなのだから。

 ベンチに腰掛けて頂き、お話を伺った。蓋を開けるとここの衛宮切嗣の依頼で、アトラスの動きを探っていたのだという。そして日本にズェピア・エルトナム・オベローンが入ったとの情報を得たので、衛宮切嗣に気を付けろと報告に立ち寄ったそうだ。

 しかし衛宮の家の玄関まで行ったところで、風呂の覗き騒動が起きた。そこでアサシン達を発見。しかも中心にエルが居て、トンデモな魔術を使っていた。

 これは危険だと一目散に逃げ、とある武家屋敷に逃げ込んだらお兄ちゃんやセイバーが居て、慌ててこの公園まで再び逃げてお兄ちゃんに捕まったのだそうだ。

 武家屋敷に逃げ込んだのは第四次の頃、拠点として検討した記憶があったから。無人だと思えばせっせと掃除する英霊が待ち受けていた訳ね。運のない人だ。

 私達は並行世界から来た娘であると明かし、舞弥さんに怪我がないかを確認した。幸い傷は無かった。

 

「驚きました。こんなにも英霊が居るとは」

 

 年の頃は30代半ば。自分達の知る舞弥さんより老けて見えるのは、それだけ苦労されているからだろう。

 

「お~い! 大丈夫か~!」

 

 え? 誰だ? 

 

「エル、結界は?」

「張っていますよ。士郎クンでしょう。美遊ちゃんの方の」

 

 あれ? あ~。凜やルヴィアが心配して、彼を寄越したのかしら。

 

「私が凜に預けている護符を借りたか、渡されたのでしょう。それで結界を潜れたのだと」

「それでか。驚いたわ。様子を見てきてとでも言われたのね」

 

 一昔も二昔も前の刑事ドラマに出て来る若手刑事のように走って来た彼。

 

「幻聴かなぁ。BGMにトランペットとキーボードが」

「これでミリポリかハイパトを握っていれば完璧です」

 

 エルとエルヴァだ。同じ事を考えていた。ちなみにミリポリはスミス&ウェッソンのM10、ミリタリー&ポリスの事。

 ハイパトはハイウェイパトロールマン41マグナムという名の、国産のモデルガンだ。モデルとなったのはM27の廉価版であるM28と言われるが、あちらは.357マグナムで細部もかなり違う。

 父の切嗣が大好きで、そのモデルガン・コレクションは特撮変身ヒーローものと双璧を成していた。ドラマで使われたモデルガンは全部中古で手に入れているし、本物も持っていた。

 それでM28がハイウェイパトロールマンという愛称を持っていたとしても、モデルガンのハイパトは違うのだと私も憶えてしまったのだ。

 おまけに切嗣はドラマ内で殉職した刑事の名を全部言えるのだ。これがドイツの城に居た頃からで、『マカロニジーパンテキサスボンデンカスコッチロッキーゴリサンボギーラガーヤマサン……』とお風呂で呟いていた。

 当時の私はお母様に尋ねた。何の呪文だと。けれど答えは不明だった。なのに再会したエルは『マカロニ、ジーパン、テキサス、ボン、殿下、スコッチ、ロッキー、ゴリさん、ボギー、ラガー、山さん』と、キチンと言えた。そこで私は真相を知ったのだ。

 切嗣もマニアックだけれど、あんな子供の頃からエルは変人だったんだなぁ。私から見ると私以上に親娘だと思う。

 士郎クンは、お兄ちゃんをチラリと見やっただけで、私達に質問を投げ掛けた。

 

「その人は?」

「あなたの世界では関係無かったのかも知れませんが、衛宮切嗣の関係者で元助手の方ですよ」

「助手……そうか。それがどうして?」

 

 事情を説明する私達。彼はどの士郎クンよりやはり飲み込みが早い。舞弥さんはアサシンの護衛付きでホテルへ戻った。切嗣への報告は明日の午前中に行って貰う事にした。

 

「イリヤさん、偶然かな? 何かが起きているのかも……」

「キミの勘? 今はまだなんとも言えないけれど、そんな気はするわね」

 

 舞弥さんの報告はズェピアの件だけだったのだろうか? 異なる何かが同時に動いている可能性はいつだってある。舞弥さんの耳の入る数多くの情報から、衛宮に危険が及ぶ可能性を拾ったのだろうか? 初対面の私達に話せなかっただけで、他の報告もあったのだろうか? 二人のエルは何事かを深く考えていた。

 

「なぁ、何か思い浮かぶ事って無いか? 頼むよ。俺……俺はもう失敗したくないんだ。なんとしても美遊や美遊を受け入れてくれた人達を守りたいんだ」

 

 士郎クンが縋る(すがる)ような目でエルに訴えた。

 

「一旦戻りましょう。そこで現時点で予測できる幾つかのケースを話します」

 

 ルヴィアの家に戻った私達は、応接室でエルの予測を聞いた。

 玄関の向こうでは、やはりルヴィアと凜が待っていた。家主のルヴィアと凛の方は、夕食後からずっと工房に籠もっているらしい。この師匠は、優しい顔をしていて厳しいからね。おまけに訓練の監督者は先生直々だとか……益々厳しい。

 

「単純に言いますと、狙われているのは私達だと思います。倫敦での噂が広まったからでしょうね」

「名を売りたいハンターや、腕に覚えのある魔術師のちょっかいでしょうか?」

「まだ気配だけですが、それも考えられますね。さぁ、聖杯無き戦いの始まりですよ」

 

 何の事は無い。犯人というか切っ掛けは二人の妹だった。なのに白い方の変人妹は、とても嬉しそうだ。不味いなぁ。この子、めっちゃ好きなんだよね。戦いとかそういうの。

 

「つまりカードの件で、その時計塔ってトコと揉めたのか?」

 

 心配げに士郎クンが尋ねた。

 

「そちらはもう解決しています。要は揉めた際に見せたこちらのチカラが、見知らぬ第三者から評価されたのだと」

「う~ん……。嬉しくない評価だな」

 

 ルヴィアに時計塔での事を説明する凜。

 

「良いではありませんか。今回はセイバー達のチカラを借りずに私達で解決しませんか?」

 

 ああ……やる気満々だ。

 

「まぁ、良いけどさ。けど、あの人達を頼らないのはどうしてさ? 仲間なんだろう?」

「キミの今後のためですよ」

「え?」

「ここのルヴィアにアピール。ハンターより強いと証明できれば仕事が入るでしょう?」

「ああ、なるほど」

 

 士郎クンのためとか誤魔化しているけれど……。

 けど、どうやら相手は時計塔やアトラス院といった組織でなく、フリーのハンターや魔術師なのね。そして敵もルヴィアというか、エーデルフェルトにアピールしたいのかも知れない。

 また、舞弥さんへ渡りを付けたのではないかと私は睨んでいる。つまり衛宮切嗣へ筋を通すために。そうなると向こうの狙いは、純粋な勝負だろう。

 こんな事を考えるのは、アトラム・ガリアスタみたいなタイプだろうか? けれど魔術勝負を望むのならケイネス先生や時臣小父様みたいなタイプ? でもどうなんだろう? 

 

「楽観視しすぎじゃないの? 本当に挑んでくる相手が居たとして、そんな何かの競技みたいな?」

 

 そう、この懸念を忘れてはならない。

 

「いえ、そういう結果に持ち込むのですよ。そうでなければ、その者達が居場所を失うでしょう?」

「そうですよ、姉さん。最上は才能ある人をこちらへ組み込む事です。才能が無くとも賢ければ、負けから何かを学ぶでしょう。退路を絶ってしまえば再起の目も消えます」

「そうですよ」

 

 確かに妹達の話す通りだ。こうやって人材を探しているのね。ここで工房に籠もっていた先生達がやってきた。やはり気になるか。

 

「それと姉さんの不安も間違いではありません。もう一つの懸念も話しておきます」

「それは?」

「士郎クンを狙ったアラヤのちょっかいですよ。魔術師やハンターのみならず、神秘の一端を知り、それを排除したいと考える国家から派遣された、特殊部隊や調査機関が介入してくる可能性も考えられます」

 

 凜にルヴィア、そして私もギョッとした。

 

「どういう事よ?」

 

 凛に先生と、ここに残る妹が説明する。理解してかなり驚いていた。無理もない。私ですら動揺しているのだから。

 私は具体的な事はわからないのに、何かが引っ掛かって二の足を踏む場合がある。それが自然の触覚としての直感なのだと妹は言うが、彼女のように明確な答えが得られないのはもどかしい。

 何の事かと説明すると、士郎クンの英霊化に関してだ。要はアラヤの守護者とさせたい、大いなる意志をこの子達は砕いた訳だ。それによって世界に逆らう者と断定された可能性が高いのだ。

 そうなると抑止というものは、ピタゴラスイッチみたいな動きをする。球が球を弾いて、思いもよらぬ方向からやって来るのだ。その結果が、今回はその特殊部隊なのだとエルは話しているのだ。

 わかりにくい話し方は、士郎クンに嫌な思いをさせないためなのだろうが、私も理解するのに数秒を要した。

 

「つまりエル姉様方が兵器と認識されたと?」

「単刀直入に言えばそうなります。麾下に置くべく交渉したいのか、危険因子として排除したいのかは図りかねますが」

「ああ、奇貨居くべしと?」

「この場合の麾下は傘下とか部下にするって意味よ、ルヴィア」

 

 ルヴィアの奇天烈な解釈を先生が訂正した。

 

「ああ……。エル姉様をドラフト指名した訳ではありませんのね?」

 

 どこからドラフトって。

 

「もしそうなら、私は大学か社会人に逃げますよ」

「何の話よ?」

 

 凛だ。私も同じ気持ちよ。ここに黙って聞いていたお兄ちゃんが加わった。

 

「確かに守護者はフリーエージェント宣言などできんからな」

「つまり一生球団で飼い殺し?」

「ああ、二軍のグラウンドで延々と打撃投手をしているようなものだ」

「だから何の話よ?」

 

 凛だけがわかっていない。いや、ここのルヴィアもか。でもそうだ。エルの言う通りその可能性は高い。この子はきちんと理解している。けれど、相手はちゃんと調べたのかしら? こんな歩く大量破壊兵器の事を。

 刺客を送っても、そいつらが次に発見されるのは、クレムリンやホワイトハウスの倉庫やクローゼットの中よ? それも洗いざらい、全部吐き出した後で。暗に処理したくとも、メディアに暴露されるのがオチだし。

 

「大丈夫なの?」

「狙いが私ならどうとでもできますし、アサシンが居ます。ですから大丈夫ですよ」

 

 いや、あなたは良いのよ。問題は士郎クンやここの凛達でしょうが? 

 

「そこですよ。万一の場合に、例えば美遊ちゃんを救けるために、君が人を殺す事を選択すれば。人形に縛られた哀れな残滓の開放でなく、今度は真実の殺人となります」

「ぅ……」

「それとエルヴァ。これはあなたにも言える事をお忘れなく」

「ですね……」

 

 あ! そうだよ。世界の敵なら、安直に排除するのでなく取り込んでしまえば良いんだ。そうか。士郎クンだけでなく褐色の妹もアラヤに狙われていたのか……。

 思わず新しい妹の顔を見詰める私。目が会えばニコッと微笑んでくれるけれど、お姉ちゃんは心配だよ。

 とにかく今は情報が必要なので、方針は明日以降に決める事となった。エルは就寝前に使い魔を大量に放っていた。

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