翌朝。
制服に着替えて朝ご飯を食べていたら、なんだか表が騒がしい。
「さっきからなんなの?」
「お向かいに大きな家が建ったよ、イリヤ。そこに泥棒が夜の間に入ったんだって」
「ああ、それで。引っ越し早々お気の毒な事です。後でお見舞いに伺わないと」
「セラは呑気だな? 大事件じゃないか? そもそもお向かいの並びもウチと同じような家ばっかりだったろ? 大きな家なんて建てる土地なんて無いだろうに?」
「士郎、驚くよ? 向かいの辻から辻まで全部その新しい家の土地」
「え? って事は、向かいの並びは全部地上げされたのか? そりゃ恨まれるだろうな」
お金持ちの家なら、そんな事もありそう。
「ああ、ドロボウってウラミの線なのかな?」
「イリヤはテレビを見過ぎ」
「ええ?」
「けれど今回は間違いなくそうでしょう。地上げで提示された金額に不満があったのかも知れませんね」
「エルヴァお姉ちゃんもそう思う?」
「警察のお話ではその線が濃厚だとか。ただ手口はプロのそれなので、どこかから大金持ちが地上げしていると聞いて、完成間際を計画的に襲った可能性もあると話していましたね」
何でこんなに詳しいのと聞けば、朝からジョギングしていて警察の人に事情を聞いたかららしい。そんなの聞けば、おまわりさんは話してくれるの?
毎朝走って体操をするのが日課だと聞いて、お兄ちゃんやセラが感心していた。
「エルヴァさん、プロってどういう意味だろう?」
「何だかキミの発音ですとエロ場に聞こえるのでエルで良いですよ」
「バッ、何を言って」
バカと言いかけた。お兄ちゃんの悪いところだ。
「プロの犯行と推測される理由は、警報機や監視カメラが断線、もしくは破壊されていたからです。現金や貴金属はほぼ無事だったと被害者は話しているそうですが、私が思うにそのほぼという表現が怪しいですね。もしかしたら脱税や税関逃れの隠し金とか、そういう表に出せない物が盗まれたのかも」
「物騒だな。どういう家だろ?」
「んと、表札がエーデルフェルトとありましたね」
「エーデルフェルト!」
「エーデルフェルト!」
「あれ? 何でイリヤが知ってるのさ」
「お兄ちゃんこそ何で?」
「いや、昨日さ、A組に転入生が二人入って来たんだ。その内の一人がエーデルフェルトってフィンランドの女の子で、C組も噂で持ちきりだったんだよ」
「私のクラスも女の子が昨日入ってきたの。その子の苗字もエーデルフェルトだったんだ」
「へぇ、姉妹かな?」
「どうだろ。帰国子女と言ってたし、黒髪の日本人みたいな女の子だよ?」
「そっか。こっちは物凄い……何ていうんだろう? こう、くるくるした、金髪の人だった」
「あ……」
「イリヤさん、士郎さん? 早く食べないと遅刻しますよ?」
そうして私とお兄ちゃんは大慌てでご飯を食べ終え、学校に向かったのだった。
「何ですの────────ッ!!」
し、失礼致しました。私はエーデルフェルト家次期当主、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトですわ。
只今、当家は朝から大騒ぎ。執事のオーギュストやメイド達が右往左往ですの。
それと言いますのも、昨夜当家に賊が入ったみたいでして、それは見事に全てのトラップが家人だけを襲うように術式やコードが変えられていたからなのですわ。
まさか、方位に方角、水脈に地脈や霊脈、更にはご近所の家々の構造や、町名や番地の数字が持つ歴史にパワーまで調べ上げた上で構築した当家の結界が破られるなんて。
そんな事は絶対にあり得ません。そうですわ。取れる手段に何ら手抜きなど無かったのですから。なのに賊は容易く、この冬木の拠点たるエーデルフェルトの別宅に潜り込み……。
お陰で結界が壊れており、近隣にまで騒ぎ声が響いていたと知った時には遅かったのです。
「お嬢様! 伏せて!」
そう、現在工房のトラップも全てこちらを狙う有様なのですわ。
「こりゃ……お昼まで掛かりそうね。ルヴィア、今日は学園に休むと連絡を入れておくわ」
「お願いしますわ! ミス・トオサカ!」
なんという事。賊が侵入した形跡があると知らされたのが朝の6時。それから3時間もたった9時現在も、未だ自分の工房にたどり着けないとは。そして正午を過ぎた頃にようやく工房を取り返したのです。
「あら? 侵入された形跡が無い? どういう事ですの?」
「お嬢様、目的はここでは無かったのでは?」
「全てのトラップを回避して、魔術師の家に侵入して来る相手の目的が工房では無い? どういう事ですの?」
わざと工房へ行けなくなるように、トラップの命令や主導権を書き換える相手ですわよ?
頭を捻りながら地上階に戻りますとメイドの一人が駆けて来ましたの。
「お嬢様! クローゼットの奥の宝石室が!」
「どうしました?」
「ごっそりと宝石が盗まれています!」
な!?
「お嬢様! 武器庫からマシンガンや弾薬が盗まれております! がっちり施錠した金庫の扉が破壊され、中の銃器や弾薬が根こそぎです!」
うん……弾薬? 金銭目的だけでは無い?
「オーギュスト。敵の狙いはこちらの戦力ダウンが目的だと思われますか?」
「ハァ……そうも解釈できますが、それですとお嬢様の武器たる地下の工房にあった宝石が無事だったのが解せません……私のコレクションが……」
謎ですわ。何を目的に……。
「……それとお嬢様、こちらを」
「何ですの?」
それはオーギュストの使い魔をモデルにした、小さな石像でした。原寸大? こんな趣味があったとは。
「あなたの作品ですか? モデルはイマイチですがそっくりですわね?」
「何を仰って。武器庫に潜ませた私の使い魔が、石になって転がっていたのです」
「はぁ?」
何ですの、それは? 賊は石化の魔術を使えるとでも?
「魔眼かも知れませんな」
「石化の魔眼!? 賊は神話のゴルゴーンだとでも?」
「まさか。ただ、似たような魔術か魔眼を持ち合わせる賊となれば……」
「はぁ……。謎が謎を喚びますわね。巨大で強力な敵。魔術師殺しと同じかどうかはわかりませんが、どうも私どもはターゲットになったようですわね」
「はい……」
「ルヴィア。電話は入れておいたわ。どう?」
隠しても仕方ありませんわね。
「工房は無事でしたわ。魔術用の宝石も。ですが装飾品の方の宝石は盗まれたようですわね」
「資金調達? それと迷惑料、いや慰謝料か……」
「一般人を巻き込むなというメッセージですな?」
「そう、そう思ったんです。子供を利用するなとの意味かなと」
「なるほど。昨夜のカード回収が余程気に食わなかったようですわね」
「どうするの?」
「どうもこうもありませんわ。サファイアもミユとの契約は破棄しないとキッパリ宣言していますし、任務は任務ですわよ?」
強気には話しましたが、トオサカとの意地の張り合いがこんな事になるとは。
「後手後手に裏目裏目ね。オーギュストさん? まだその魔術師殺しの家はわかりませんか?」
「申し訳ありません、凜様。聖杯戦争後の足取りがまったく掴めないのです」
「そうですか……。ルヴィア、今夜どうする? 鏡面界は橋の傍ってわかっているけど」
「どんなカードかくらいは知っておきたいですわね。偵察だけでも出ましょう」
「そうね」
そして学校から戻ったミユを交えて話しました。
「ルヴィアさん、クラスにいました。昨夜の妹の方が」
「同じクラス!」
「家は? 家はわかる?」
私に続いてトオサカが食いつき気味に尋ねました。
「いえ。気になったので昨日も後を付けようと思いましたが……」
「昨日も?」
「はい。ただ夜の転身した姿と、学校での制服姿とで印象が違うので……」
「ああ……。確信が持てなかったのね?」
「はい。けれどそれは昨日の午前中までの事で、ルビーを見掛けたので、それで。ですが、新都行きのバスに乗られてしまって……」
「どうして一緒に乗らなかったの?」
「ミス・トオサカ。狭い車両であからさま過ぎますわよ」
「はい。それで今日も新都行きのバスでした。それで追い掛けたのですが、駅前でバスを乗り換えていました。家は冬木ではない……?」
「う~ん……。もっと正確にわからない? 最後まで着いて行けなかったの?」
「お金が……」
「足りなければあげるから」
「でも、学校には余計なお金を持っていってはいけない決まりです」
「はぁ……。妙なところで真面目ねぇ」
それがミユの良いところです。そこで私はそのクラスメイトについて尋ねました。
「そのイリヤスフィール・フォン・アインツベルンという子はどういう子ですの?」
「とにかく明るいです。友人も多く……その……」
「敵とか考えず、普通に話しても良いんですのよ? あなたもまだ小学生。そういう頑なな態度ですと、お友達ができません。お友達が居ませんと寂しいでしょう?」
「ルヴィアさん……」
「そういうややこしい諍いごとは私達に任せなさい、ミユ」
「そうね。こっちも巻き込んでしまって申し訳なく思っているの。けど、ルビーはあちらだし、サファイアも契約は破棄できないと言うならこのまま手伝って貰う他はないわ。だけど……」
その通りですわ。トオサカの言わんとしているのは、
「ミユ? そのイリヤスフィールは学校で敵対的な態度や行動を示していて?」
「いえ、それは……」
『口を挟むのをお許し下さい。あちらはミユ様と話したそうにしていましたよ?』
「たぶん、あの姉は宝具で先に手を出した私達に怒ったのであって、ミユをどうこうとは考えてませんわよ」
「そうね。妹が居るからかな? 巻き込んだ私達に腹を立てていても、あなたには手を出さないでしょう。共闘はできないけど、あなたの敵では無いと思うわ」
そうですわね。顔の絆創膏が痛々しいですが、その通りです。
盗まれた品々も慰謝料と考えれば仕方ありませんわね。むしろ、手の内を見せてくれたとも言えますわ。前途多難ですが。
「ただいま~」
「お帰りなさい」
リビングにいなかったので、お姉ちゃんはどうしたのとセラに聞くと、お部屋で勉強をしていると教えられた。
私の机で、うんうんと唸っているお姉ちゃんに聞いた。
「何の勉強をしているの?」
「道具や材料が無いので簡単な礼装も作れませんし、短期間ではこれといった使い魔も用意できません。なのでどうしたものかと色々考えていました」
「れいそ~? 前もチラッと聞いた憶えがあるけれど。それって何?」
「難しく考えなくて良いですよ。礼装とは魔術的な道具や衣類全般の事を指します。魔具や魔装具とも言われますが、細かく説明すれば魔術の骨子になる材料を呪体、魔術を行うために必要となるものを触媒と言います。それらを組み合わせて造られたものの内の一つが礼装です。ルビーもその礼装の一種ですよ」
「そうなんだ? それで使い魔って猫みたいな?」
「そうですね。猫やネズミ、小鳥や虫といった動物の場合もあれば、先ほど話した呪体や化石に古い宝石などの無機質なものに、触媒で擬似生命を与えて使役する場合もあります」
「無機質……? それはルビーみたいな?」
「そうです。ルビーはもっと高度な存在ですから、使い魔と一緒にするとヘソを曲げるかも知れませんが」
『そうですよ、イリヤさん。エルヴァさん、一丁そこらの浮遊霊でも捕まえて使い魔にして下さい。それでイリヤさんが夜にトイレに行く時に……』
「ひゃぁ~! ごめん、ルビー。それって幽霊だよね?」
私はルビーにソッコーで謝った。トイレに行ったら誰かが待ってるなんて怖いよ。だけど、魔術ってそんな事もできるんだ?
「今は監視用として、カラスを遠坂とエーデルフェルトに張り付けています。ただ、私の専門は別の動物なのと、本当の自分の肉体がありませんので血液を使えないのが痛いですね」
「血って契約に使うんだよね?」
「よく知っていますね。その通りですよ。そして血液も触媒に使えます。それはルビーと契約する時に?」
「そう。それでお姉ちゃん……。私達ってやっぱり悪者なの?」
「何かありました?」
「うん。転入生の美遊さんって子に帰りしな後を着けられたの。それでバスに乗って遠回りして帰って来た」
「ご苦労さま。嫌な思いをさせましたね。もしかして昨日も?」
「うん……」
「そうでしたか……。本当はお友達になりたい?」
「できれば……」
「良いですよ。お話しして気が合うならお友達になれば良いと思います。しかし敢えて言うなら、年端も行かない小学生に代行させるあの二人こそが悪者でしょう。あの二人はカード回収の任務を魔術協会という、魔術師の互助協会から依頼されているのです。つまり自分の仕事を他人の子供にさせているのですよ。それはルビーとサファイアが造反したからだと、あの二人なら言うでしょうけど、それは言い訳の極地です。ルビーやサファイアは人が造ったものですが、自分で考え行動する知能があります。しかもかなり高度な感情までがあります。ましてや使い方次第で大勢の人を傷つける兵器にもなる訳です。そんな大切に扱わなければならないステッキで、あの二人はケンカばかりしていたのですよ」
『そうなんです。あの二人はまったく』
「けれど美遊ちゃんにとっては、あの金髪の人が大切な人なのでしょう。ですから時間は必要でしょうね」
「うん……」
「おチビちゃん? おチビちゃんを護るためだけなら、しばらく魔法少女気分を味わって貰った後に契約を切って終わりです。ですが、それですとルビーとサファイアが余りにも可哀想でしょう? それで私はこういう動きをしているのですよ。たぶん今日も美遊ちゃんと全然話せなかったのですね? それは5年生の女の子には辛いですよね。でも、あの子はどうしてあんな危険な事をしているのか考えた事がありますか?」
「え? それはサファイアと金髪の人に」
「それは切っ掛けですよ。真実はわかりませんけれど、何かあの子なりの強い理由があって、進んで手伝っているのだと思いますよ」
「理由かぁ」
「そう。ルビーやサファイアも万能ではありません。相手の攻撃が強力なら、痛いだけでなく血が出るほどの怪我をする場合もあります。最悪死ぬ場合もあります。それでもお手伝いをするあの子の心をわかってあげませんとね?」
お姉ちゃんの言う通りだと思った。
「そして私達魔術師は魔術を使う時、いつも死ぬ事を覚悟しています」
死ぬ覚悟……。
信じられなかったけれど、お姉ちゃんの私と同じ紅い瞳は真剣だ。
「それでも魔法少女に憧れますか? アニメじゃ無いですよ? 明日からお兄ちゃんに会えなくなるかも知れません」
『エルヴァさん、イリヤさんにはキツイです』
「ううん……。でもそれが本当の事なんだよね?」
「ええ。だからあなたを護ろうと考えたのですよ。それに先日の夜の美遊ちゃんも、覚悟した人だけが持つ目をしていました」
それは私も思った。何か違うなって。
でもお姉ちゃんは危険だからやめなさいとは言わない。それはどうして?
「せっかく私が居るのですから、この体験を通じて学んで欲しいと思います。そうするうちに、その美遊ちゃんとも話せる機会が生まれるでしょう。私の計画はこうです。全部揃ったカードを取り引き材料にして、ルビーとサファイアを自由の身にする事、と同時に私という明確な敵が居る事であの二人を団結させつつ、失敗は致し方なしとあの二人に任務を依頼した人に思わせる事、またあなたと美遊ちゃんに後の被害が及ばないようにする事です」
「お姉ちゃん……」
『そんな事を考えていたんですか?』
「理想はそこです。それにカードが増えれば私が使える手も増えます」
「そうだ。それ、私にもできないかな?」
「夢幻召喚ですか? ルビーがあればできるでしょう」
できるんだ?
今は手元にお姉ちゃんが使っているアーチャーのカードと、もう一枚ライダーのカードがある。
他のはどんなだろう?
「他のカードですか? たぶん残りは剣士のセイバー、魔術師のキャスター、狂戦士のバーサーカー、暗殺者のアサシンでしょうね」
うわぁ。
セイバー以外は危なそうなカードばかりだ。それを全部集めなきゃダメなんだね。
「でもお姉ちゃんはどうしてライダーでなくアーチャーのカードを?」
「ライダーの正体はギリシア神話のメドューサです。魔眼殺しのメガネでもない限り、食事の時に前に座っているセラや士郎クンが石像化しちゃうと大変でしょう? ところがアーチャーなら肌の色が少し濃くなるだけです。夏休み明けのプール焼けした小学生みたいなものです」
なるほど。そうだった。海外で焼けたと話しただけで皆んな納得していたんだ。
「お姉ちゃん。私なら何のカードが合うかな?」
「う~ん。キャスターはどうでしょうか。おチビちゃんにはキャスターのカードを使って後衛に回って欲しいです。自分の身を魔術で護りつつ補助もする。そうすると前衛の私も動きやすいですから。性格的にもその方が合うでしょう?」
「後ろか、そうだね。次がキャスターなら良いのになぁ」
「では、着替えたらお手洗いを済ませて、練習に出掛けましょうか」
「は~い」
そうして私達はバスに乗って郊外の森まで行った。
木々の中を進み、少し開けた場所で転身する。
「では飛んでみて下さい。目標は上空300メートル。風の影響とか、難しい事は何も考えなくて良いです。ともかく、今は自由に飛べる事が先決です。なので目標の高さで、大きく宙返りを5回してから降りて来て下さい」
「じゃ、ルビー?」
『行きましょう!』
すーっと上に飛んで行くとルビーがストップと言った。
『下を見ずに前を見て下さい』
え? ひゃぁ~~~! 下にいるお姉ちゃんがほとんど見えない。
『イリヤさんは、高さは平気なんですねぇ。では、視力強化』
「あ、お姉ちゃんが見えた。手を振っているよ」
そして宙返りをしてから降りると、今度はもっとスピードを出して、小さく回っても良いから宙返りの回数を増やしなさいと言われた。
もっと早く、もっと小さく回る。それを10回繰り返した後に再びお姉ちゃんのお話だ。
「とても上手ですね。目を回さず、高度から来る恐怖心をものともしない。すごく良いですよ。この練習の意味はわかりますか?」
「わかったよ。できる限り目をつむらないで、攻撃をかわすためなんだね?」
「そうです。いくら護ってあげたくても、あなたがあなた自身を護ろうとしないと失敗します。実はルビーにはある程度の怪我を治す能力があります。ですが大怪我の場合だと治すのに時間が掛かり、次の攻撃を受けて終わりです。気を失っても同じです。おチビちゃんには残機がありません。1回こっきりでゲームオーバーです。これは忘れないで下さいね」
「はい」
「では少し休憩です。軽いお菓子とジュースを用意しましたからどうぞ」
『イリヤさんは才能がありますね』
「順応性が高いのですね。ルビー?」
『はい?』
「おチビちゃんの中に戻った時に、お前を使えるように仮マスター登録しておいて貰えますか?」
『緊急の場合を想定してですね?』
「そうです。それと私ならではの使い方もお手本として教えられるでしょう」
『なるほど。イリヤさんの意識は目覚めさせたままで体を借りると。問題は血液チェックがあなたからはできないので、血液型が被る事ですね~』
「どの道同じですよ。そもそも私を誰だと考えていますか? ハックして管理者権限を奪いますよ? メインユーザはおチビちゃんのままでサブユーザに私の名前を登録するだけでしょうが? 時々はsuでroot権限を借りますけれど。つまり、私が今こうして話しているのはお前に対する筋立てですよ?」
『むむむ、そこまでご存知だったとは。わかりました────────ユーザ登録完了です』
「では、おチビちゃん?」
「うん。いったん戻るんだね?」
「はい。ごめんなさいですが、身体をお借りしますね」
そうしてお姉ちゃんは私に戻った。そこでルビーを握って……?
「マジカル・エルヴァ! 華麗に参上ッ! 今日は練習ですが、本番は幼気な少女をイジメる年増女を轟沈だッ!」
お姉ちゃんは魔法少女じゃなくて、何かの変身ヒロインみたいな、体にピッタリしたカッコイイ服でポーズを決めた。
下はタイトなホットパンツ。なのに、スカートみたいなひらひらが腰にあるのはお約束だなぁ。全身は見えないけれど、足はブーツで腕には長い手袋。なるほど、ここは外せないんだ。
『おお! というか何をしたんです? 衣装が変わってます!』
(お姉ちゃん、ノリノリだ~。あ、あれ? 握った感覚があるよ? って声が出ない!)
「落ち着いて。感覚は五感共有で送れますが、声は私が主導権を握りました。だって、お互いに一つの口から話せば気持ち悪いでしょう?」
(それはそうだね)
お願いしたら、鏡を出してくれた。
髪はポニーテールで、髪飾りはルビーみたいなカタチ。服は首元がキュッとしているノースリーブだけど、私みたいなピンクでなく、もっと濃い赤い色。ホットパンツも赤だけど、サイドに白いストライプが入っている。膝まであるブーツは手袋と同じ白だけど、赤いラインが2本ある。
なんだかカッコいいんだけど。
「業務連絡、業務連絡。ルビーはマスコットになって私の肩に留まりなさい」
『はい~? 何かが違いますよ、それ』
「どうでも良い! では、エルヴァ行きま~す!」
それで、『トウッ』とか声を出して、お姉ちゃんはいきなりバンッと真上に飛んだ。
速い! 一気に元の場所に置いてあったバッグが豆粒みたいになっちゃった。そしてそれだけのジャンプで雲を突き抜けちゃったからビックリだ。
へぇ~。雲の中って真っ白で何も見えないんだ?
「ほら、御覧なさい」
空の上でお姉ちゃんが止まって振り向いてくれた。
(うわぁ~!)
雲に穴がパァ~とあいていた。何だか不思議で面白い。
そしてお姉ちゃんはクルッと地面に向かって急降下した。速度というか……地面がどんどん近づいて。
(怖い! 怖い! 落ちるよ!?)
だけど落ちなかった。木より少し上の高さで反転したのだ。それで空中で何かを蹴って真横に飛んだと思えば、また蹴ってを繰り返しジグザグに飛んでいた。
その次は蹴らないで右に左に飛び、今度は上と下を交互に繰り返した。そうしてそれが終わると、詳しい説明があって、その感覚を私が覚えるまで何回も同じ動きをしてくれた。
地面に降りるとお姉ちゃんはこんな事を言った。
「あ~、そうです。あの手がありましたね。髪の毛を2~3本抜きますね。えいっ!」
(アイタッ)
すると抜いた髪の毛が鳥の形になって空を舞い始めた。
(え~っ! なにこれ?)
「お母様は特殊な針金でこういう魔術を使うのですが、私の姉さんは自分の髪の毛でこれができます。見ていて下さい。ほら、剣の形に変化させて発射できるのですよ」
飛んでいった剣がバコ~ンとか音を立てて地面に穴を空けた。これが魔術なんだ……?
ってか、私の髪ってどうなってるの?!
(私にもできるの?)
「最初は難しいと思いますが、何度も練習すればできますよ」
その後、お姉ちゃんはアーチャーのカードを夢幻召喚した。
地面には大きな穴が二つあった。さっき飛んだ跡と飛ばした剣の跡だ。すごい。
「どうでした?」
「空ではああやって攻撃を避けるんだね? それで髪の毛でも攻撃できると」
「その通りです」
『これは良いですね。手が増えるのはルビーちゃんとしても大歓迎ですよ』
「実際の空中戦ではああいう単調な動きは読まれますから、その都度考えながらアレンジして下さいね。それとクセを付けない事。いつも上に逃げるとわかれば必ず狙われます。鬼ごっこでもそうでしょう? 真っ直ぐ逃げれば?」
「そうだよね。タッチをかわすのに右か左に逃げるよね。そうだ。上手な子なら直前でかわすなぁ」
「それは相手も走っていて、勢いを消せないからですね。私も飛べれば空中戦の模擬試合ができるのに。下から矢で狙うと最悪怪我をさせてしまいます。どうしたものでしょう」
『今の髪の毛で造る使い魔は?』
「あれが私はできないのですよ。髪の質が違うみたいです」
『そうでしたか。ですがそんな空を飛ぶカードなんて居ますか?』
「居ないかも知れませんが、居た場合はどうします? 訓練とはそういうものですよ?」
『確かに』
「お姉ちゃん、お空であの何かを蹴ったのは?」
「魔力で壁を作るのです。それを蹴ったのですよ。応用としてこんなのも」
お姉ちゃんは目に見えない階段を木の高さまで登った。なにそれ?
『足の裏に魔力の踏み台を?』
「ルビーが補助で身体強化してあげれば空中アスレチックもできますよ。手始めに階段をやってご覧なさい」
「うん。え~と」
「目に見えないから最初は怖いでしょう。そこに足場があるんだと強く念じつつ、本当に階段がある気持ちでグッと力を入れてみて下さい。さっき飛んだのと一緒ですよ。自分はできるのだというイマジネーションです」
それから何度か失敗しつつ、30分ほどで木の高さまで登れた。もちろん、お姉ちゃんが何度も私やルビーに触れて調整? してくれたからだけど。
そして渡された紙。そこにはとてもキレイな字でこう書かれていた────。
────告げる。汝(なんじ。お前とかキサマって意味ね)の身は我に、汝の剣(矢・槍。その都度カードに応じて)は我が手に。
聖杯(なんで聖杯なのかな? カードなら得られるものなんて何もないのにね?) の寄る辺(べ)に従い、この意この理(ことわり。法則の事だよ)に従うならば応えよ────。
誓いをここに。我は常世(とこよ。自分の世界全部の事)総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。
汝、三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の護り手よ──夢幻召喚(インストール)────。
ところどころ、カッコで難しい字の読み方と説明がある。
「こんなの一々言わなければイケナイの?」
「私、唱えていました? 慣れれば『夢幻召喚』だけでイケますよ。そもそもその召喚呪文は英霊のコピーを喚び出すためのものです。ですから時間の無駄といえば無駄ですね。ただ、カードさんに感謝の気持ちは忘れすに」
「そこは大事だよね」
「そこでエルオル君と返してくれないと」
『何を言ってるんですか、この人は?』
「私はわかるけどね」
『え~』
「そしてその魔術は過去の英雄の能力を借り受けるものです。ですからそのチカラは巨大です。安易な気持ちで使えば、自分だけでなく関係ない他人を傷付ける場合もあります。それは魔法少女の領域を離れた暴力です。使う時は自分で決めなさいね」
それはとてもとても怖いお話だった。
その後、お姉ちゃんは金色の剣を出した。青いラインがあってとってもキレイな剣。それをルビーで受けろと言った。
「ゆっくり動きますから、受け方を覚えて下さい。ルビー、あなたもこれを覚えなさい。本当に危ない時は、おチビちゃんに代わって、あなたがそれを受けてあげなさい」
『わかりました』
そうして予定の時間まで練習した。
帰りしなにお姉ちゃんと私はケーキ屋さんに寄った。皆んなにおみやげだって。こういうところがお姉ちゃんだよね。