翌日の夜。冬木大橋の下の公園。
お家の人を魔術で眠らせて、私とお姉ちゃんは窓から外に出た。ライダーの時もそうだったけど、本当に誰も起きない。
ただ、帰った後は催眠術で皆んなをおトイレに行かせていた。そうしないと、万一溜まっていたらオモラシしてしまうからだって。お兄ちゃんが意地悪な事を言うなら、オモラシの刑にしてあげるって……ひどいよ、それ?
川を挟んだ公園の向こうに新都が見える。
「灯りがキレイだね?」
「街の灯りがとてもキレイよ冬木~♪ クソぅ、誰もツッコンでくれないだ~!」
お姉ちゃんは何だかわからないけど、手を頭の上でクロスしてジャンプしていた。意味がわからない。
「お姉ちゃんは何を言ってるの?」
「ルビー、索敵開始!」
『もう~当たらないで下さい。では索敵開始……? エルヴァさん!』
「ここに2枚あるのはわかっていたでしょうに」
『違います。いえ、それはそうですが、同じ鏡面界に2枚です。それと上空一杯に魔方陣が展開されています!』
「なるほど。キャスターのカードが待ち受けていましたか」
『はい。それで間違いないと思います』
「ふ~ん。さすがはキャスター。あのカードはある程度の知性があるみたいですね。となると前衛に利用されているカードはセイバーかバーサーカーですか。現界していますか?」
『現界はキャスターだけです。他は見えません』
「入って上空の魔方陣が対応しきれなくなれば、圧えている現界本能を開放ですか」
「え?」
「二連戦、あるいは2対2です。正念場ですね。魔力は確保できても……。バーサーカーがヘラクレス級ですと最悪です」
『え? あのギリシアの大英雄ヘラクレスをバーサーカーに?』
「そうです。武芸百般・一騎当千・国士無双の大英雄を狂戦士に、そんな面白い事をする家が並行世界にあったのですよ」
『どんな家ですか?』
「うん? アインツベルンです」
『ブ──ーッ!』
「お前も吹き出せるのですね? しかも何か飛んで来ましたが、口も無いのに何ですか? 部品? 頭のネジ?」
『何だって良いじゃないですか!』
お姉ちゃんはルビーと、とても仲がいい。
「それでどうするの?」
「あの魔方陣は全部地上に向いています。なので魔方陣の上に出てしまえば、攻撃はキャスターからのみとなります。そうすれば取り敢えず、第二のカードとも直接ぶつからないでしょう。幸いここは夜の公園で人気はありません。鏡面界には認識阻害を掛けつつ、空中から入りましょう」
『おお! 練習した甲斐がありましたねぇ~』
「入れば即検知され、強力な魔力弾か何かが飛んでくると思われます。魔術障壁を展開しながら入りますよ」
「ショウヘキ?」
「シールド! バリア! もう盾でもなんでも良いですよ」
そうして見えない階段を使って、冬木大橋がかなり下に見える空の上から入ったのだった。
ルビーを前に突き出して傘のイメージを持ちながら握った。なんとかバリアは作れたみたい。
「うわ、すごく怒ってるよ~」
『そこから来るんかいって感じですからねぇ。エルヴァさんの読みが大当たりです』
「でかいのが来ますよ」
大きな光の塊が飛んできて、バリアにガーンと当たった。
「うわぁ~。手がビリビリする!」
『Aランクの威力がありますねぇ』
「何割か抜けて来ると思いますが、それに当たらないよう盾を円錐に変化させましょう」
「塩水?」
「シオミズじゃねえよ! ソフトクリームのコーンをひっくり返した、閉じた傘のような形の事です!」
「ええ~? 傘のイメージだったのに?」
「どう見ても柄付きの盾ですよ。やり直し!」
「はい! どうかな?」
「まぁまぁです。来ますよ!」
バリバリガガーン!
「痛い、痛い! 手も痛いけど、何か入って来た!」
「やはり抜けますか。ジッとしていては危険ですね。二手に分かれるので、おチビちゃんは練習を思い出して、避けるようにして飛んで下さい。ルビーでバリアの展開を忘れずに。ルビーは防御50、速度50から始めて、適宜値を自分で変えなさい」
『わかりました』
「お姉ちゃんは?」
「宝具を出します。グロいですがすぐに治るので気にしないで下さい」
そうしてお姉ちゃんは、大きなクギみたいなので自分の首をスパッと切った!?
そうしたらその吹き出る血が、空中で踊って魔方陣が描かれた。
「早く来て下さい! 痛い、痛い……。本当に首が痛い!」
やっぱり痛いんだ? それはそうだよね。あんなに血が出てるもん。
するとどこからともなく羽の生えた白い馬がやって来た。
『おお、ペガサスですか?』
「では、私はこれに乗って行きます。ハイヨ~! シルバー!」
どこへ飛んだの?
『逃げた?』
〈逃げてねぇよ! アイツに体当たりするので、しばらく我慢して下さい! ベルレフォ──ーンッ! 〉
真っ白な光の玉がキャスターに当たった!
「やった!」
〈ルビー! 後ろ! 〉
『イリヤさん! 空間転移です! 真後ろ!』
「え? え? キャァ~」
「このアマァ! やらせはせん! 貴様ごとき魔女に、連綿と続くアインツベルンの──―結晶をやらせはせんわ! 汝のあるべき姿に戻れ! レリ……メーディア──ーッ!!」
お姉ちゃんも転移して、キャスターを大きな釘で刺した。
しかも、言い直していた。わかっちゃったもんね。そうだよ、カードの名前を言わなきゃ封印できないんだよ。
『ああ、巨大セットが消えますね』
「今度は転移させませんでした。やっぱりですね。下を見て下さい」
そこには黒い霧で覆われた、真っ黒な鎧姿の人がいた。
「あれは?」
「セイバーですね。ヤバ、ルビー! おチビちゃんを補助して地上の離れたところへ転移!」
『イリヤさん!』
「転移ってどうやるの!」
「え~い!」
ペガサスから跳んで、お姉ちゃんが私とルビーを抱きかかえた。目を開ければ地面だったけれど。
『イリヤさん。空を』
ルビーに言われて空を見上げれば、光の筋が真っ直ぐに伸びていた。その後に地面というか世界が揺れた。
「じ、地震?」
「あれはエクスカリバー。鏡面界の天井にぶち当たって、全体が揺れたのです。速く倒さないと保ちませんね」
『イリヤさん?』
「うん。お姉ちゃん! アーチャーを使う!」
「よし来た! 良いフラグです」
「はい?」
「勝ちますよ」
「うん。夢幻召喚(インストール)!」
すると突然どう戦うのか、どう動くべきなのかがわかった。頭の中に色んな情報が入ってくる。
このカードの英雄はどういう人だったんだろう? 剣? そうだ、剣そのもの。私は今、剣になっている────。
だから……。
気付けば校庭の時のお姉ちゃんと同じ、白と黒の剣を握っていた。この二つの剣の使い方がわかる。この剣は──何かを、誰かを護るための剣だ。
お姉ちゃんを守らなきゃ。お姉ちゃんが次の手を打てるまで時間を稼がないと。
セイバーがゆっくりと走ってくる。いや、早いのだ。けど私にはゆっくりに感じられた。斬り込んできた!
怖い……ううん、怖くてもやらなきゃ。
頭に浮かぶ情報は、正面から受けずに右へ受け流せと言う。ポイント? ポイントって?
そうか、相手の刃の左側面だ。それを両手の剣で回りながら当てた。頭に入る事を理解する前に体が動いていた。自分とは思えないほど早く動ける。
『エルヴァさんと練習した事が活きていますね』
あ、この剣、ルビーなんだ?
『来ましたよ! 私は大丈夫ですから、遠慮なく!』
「うん!」
ガギィという金属のぶつかりあう音。
受け流せの意味がわかる。まともだと吹っ飛ぶか斬られる。すごいチカラだ。足が勝手に動く。もう、怖くない。
私は後ろに跳びつつ、別の剣を6本発射させた。これはルビーじゃないよね?
間を置かずにバック転をしてもう6本。バック転なんて、今までマットの上か砂場でしか成功した事がない。それも3回に1回は失敗していた。
なのにアッサリ成功。しかも私は片手でそれをしつつ、もう片方の手で2本の剣を握っていた。
更に追加であと6本、剣を発射した。この次々用意できる剣はなんだろう? 手に持っている剣はルビーだとわかるのに。
セイバーは最初上半身だけですいすいと避けていたけれど、次の6本は剣で払った。お姉ちゃんがやったみたいな事はできるかな?
できそうな気がした。だから、3回目の6本をセイバーの目の前で爆発させつつ、払われて地面にバラ撒かれていた最初の剣も同時に爆発させた。やった、上手くいった。
そこへ、まったく同じタイミングで白い光がセイバーに突っ込んだ。お姉ちゃんだ。間にあった。
するとゴロゴロと転がるセイバーの顔を隠していたバイザーが割れて、綺麗だけれど氷のような素顔が見えた。
こうして見ると髪の色も私と似ているし、白い肌も同じようだ。だけど瞳の色は、とても不思議な金色だった。この顔は夢で見た────。
「あの人は……? お姉ちゃんのお姉ちゃん?」
『イリヤさん! 気を緩めないで! 敵はまだ倒れていません!』
お姉ちゃんが馬から降りてきて、セイバーに向かって何かの構えを取った。
「あれって空手?」
『どうでしょう? あ!』
あっと思う間にお姉ちゃんはセイバーの真横にいた。
そこから何をしたのか、次の瞬間にはセイバーが倒れていた。
「やった!」
『まだです。エルヴァさんは構えを解いていません』
「さっきのは転移なのかな?」
『いえ。脚捌きが早過ぎて、イリヤさんには見えないんですよ。あの人の武術はかなりのレベルですね。メドューサが拳法家だったなんて伝承はありませんから、あれはエルヴァさんの純粋な技量ですよ。英霊の腕力とスピードを借りて、素手でセイバーを圧倒しています。何より魔術と併用して空間を跳ばしているみたいです。セイバーが向いた方向とは逆から殴られたりしていますよ。……あ、起きますよ!』
そこからはひたすら暴力だった。殴る、蹴る、投げるの繰り返し。けど、おかしい。
「セイバーは剣をどうしたの?」
『あれ? そう言えばそうですね。あ、鎧も消えますよ』
「どういう事?」
『もしかしたら、あの方は殴りつつ接触面から魔力を奪っているのかも。ほら、エルヴァさんの動きがどんどん良くなって』
ルビーの言う通りだった。お姉ちゃんのパンチやキックが目で追えないほど早くなる。
『きっと奪った魔力を自分の魔力や体力回復に回しているんですよ』
そんな事ができるんだ?
「ライ……ッパ~~~ンチッ!」
セイバーの首が変な方向に曲がった!
なんとか踏ん張ったみたいだけれど、セイバーの鼻が潰れ、鼻血がたくさん出ていた。
『どんなチカラですか!?』
そしてお姉ちゃんは掛け声とともにジャンプした!
「トウッ! エルヴァ~キリモミ~キィ~~~ックッ!!」
うっわ! ぐるぐる周りながらセイバーを蹴飛ばした! 何、あれ?
セイバーが吹っ飛んでいき、ボカ~~ンと爆発した!? どうして? なんで? なんで?
『いや、あの爆発は魔術による演出でしょう。何の意味もありませんよ』
なにそれ?! 煙が消えるとセイバーが大の字で倒れていた。
『ああ、倒しましたね』
とうとうやった。するとお姉ちゃんが黒い霧に包まれ……。
「素に銀と鉄。礎に炭と証たる金剛石。祖には我が大師シュバ……クソ爺。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。繰り返す都度に七度。ただ、満たされる刻を破却する」
やがて黒から灰、灰から白へと変わっていく霧の中で呪文を唱えていた。
「告げる──汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。自身の信念に嘘偽りなければ、この意、この理に従いて応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を滅する者。我は迷える貴女を導く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の護り手よ────────!」
「これって、カードの呪文?」
『そのアレンジと言うより元がこれなのでしょうか? 周りのマナが全部あの霧の中に吸い込まれて行きますよ』
「きゃっ!」
『魔力がぶつかり合う余波です。大丈夫ですよ。しかし、これはまさか……?』
霧が晴れた。そこにはお姉ちゃんにひざまずく、青いドレスで銀色の鎧姿の女の人がいた。
『英霊召喚!?』
「お姉ちゃん!」
「おチビちゃん。怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。その人は……?」
なんて言うんだろう?
怖い顔もしていない、むしろキレイな人なのに潰されそうな……アットウテキなイアツカン? そんなのがあった。
さっきの黒い騎士とよく似た顔だ。お姉ちゃんのお姉ちゃんみたいだけど、違う人だ。髪の毛はもっとはっきりした金髪で、瞳の色も青いような緑色のような孔雀の羽根のような色。
黒い人はどこへ?
「セイバー。こういう世界線も良いでしょう?」
セイバーと呼ばれた人は軽くうなずいてから、私に向かってこう言った。
「怖がらせてしまったようだ。申し訳ない。このカードの騒動が収まるまであなた達を護りましょう。セイバーの名と我が剣に懸け誓います」
とてもキレイで凛々しい声。
「え? あ、はい……」
キレイな人だから、緊張して声が裏返っちゃった。
『カードを触媒に?』
「いえ。黒化英霊の霊基を触媒にして召喚しました。カードは座へのパスとして使いました。ですからカードはここにあります。もう元の姿に戻って大丈夫ですよ」
「うん」
そしてアーチャーから魔法少女の姿に戻ると。
「おお! なんとも愛らしい姿だ。この子は本当に?」
「自己紹介と年齢をお願いします」
「あ、そうだよね。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。7月20日の誕生日で11歳になります」
「あなたの記憶にあるバーサーカーのマスターは、矮躯であっても18歳でした」
「魔術のために……。となるとこの子は?」
「時間の流れが違うのですね。まだ、小学校の5年生ですよ。では帰りましょう。セイバーには後で私の服を貸しますね」
「私の部屋?」
「しばらくしたらマンションでも借ります。それまでの間、我慢して下さい」
「は~い……」
家の近くの公園まで戻ったら、お姉ちゃんはアーチャーのカードに切り替えて、セイバーさんをその公園に待たせた。
そして家から服を持って迎えに行った。しばらくしてから、二人して戻ってきたのだった。
皆んなには、ちょうど日本観光に来ていたお姉ちゃんの友人と紹介していた。
「英国から来ました。アルトリア・カムリです」
「ようこそ。この家を預かっていますセラです」
「歓迎歓迎。リズだよ」
「あなたは! まずは愛称でなく本名を!」
「うっわ、美人」
なんだこのお兄ちゃんは……おねしょの刑にしてもらうぞ?
そんな風に少しムカッとしていたら、セイバーさんが呟いた言葉で冷静になった。
「シロウ……」
どうして? 名前はまだなのに。
「コホン。士郎さん、まずは自己紹介ですよ。名前を」
「あ、悪い。俺は士郎。衛宮士郎だよ」
「良い名ですね。ええ、実にあなたらしい名だ」
な!? セイバーさん、何ですかそのジ~ンとした反応は!?
〈お部屋に戻ればこの件も含めて説明しますから、今は抑えて〉
お姉ちゃんからの念話だ。
セイバーさんは霊体化できるとかで、人に見えない幽霊みたいになったり、体を持った普通の人になったりできるらしい。
だから、あくまでもお姉ちゃんを訪ねてきた友人という設定でお話を進めた。なのでセラの晩ご飯とお姉ちゃんが作ったケーキを食べたら帰っていった。なぜか今度はお兄ちゃんの料理を食べたいと言い残して。なんで?
と言っても、私の部屋にいるんだけど。今はルビーに防音の結界を張ってもらっている。
「驚きのサプライズですね。まさかイリヤスフィールの義兄がシロウとは。それにあの写真。キリツグもアイリスフィールも生きている世界ですか……。感無量です」
どこか泣きそうな、けれどとても優しい顔でセイバーさんが言う。
「しかし、この知識が流れるという事は聖杯が? ですが聖杯戦争ではありませんよね?」
「ええ。私の世界での大聖杯の知識を、憶えている限りの分を私がパスで送っただけです。ですからここではカード回収が仕事ですよ」
『膨大な知識の量と察しますが?』
「座を得たセイバーは大概1回から数回、聖杯戦争を経験しています。なので現代に於ける一般常識は既にあるのですよ。なので私が送ったのは念のための言語と、この世界での状況と相関関係に簡単なプロフィール程度です。それと私の世界で大聖杯の知識を管理しているのは私の家です。中の汚染を除去している最中ですが、釜以外のシステムは切り離してデータベースとして現在も活用しています。ところがここでは大聖杯とアクセスできないのですね。カードを集め終えれば、確認に行かなければならないと考えています」
「となると、あなたは私を大聖杯なしで召喚したと?」
セイバーさんが驚いていた。そのダイセイハイというのが無ければ、不可能な事だとルビーが言う。
でも、お姉ちゃんはレイミャクとかいう魔力の源と繋がっていて、それでできたのだろうと話すと、セイバーさんが再び驚いていた。
どうもかなり特殊な事をお姉ちゃんはやったらしい。
「ルビーも知りたいところはここでしょうから、少し説明します。あなたを召喚する時に、私はあなたの翳とも言えるカードから溢れ出た黒化英霊と戦っていました。しかしジリ貧となるのは見えていたので、気絶させた段階で黒化英霊の霊基を触媒に、カードを座へのパスとして、あなたを召喚したのですよ」
「私のカゲに勝った?」
「気絶させただけです。黒化英霊とはいえ、セイバーは強い。正直、危なかったですよ」
「では、どうやって?」
「近接格闘です。今回は空手とある拳法を併用しました。剣のリーチより内側に入ると穴はあります。それに魔力放出は短時間であるなら、私も使えますから。騎士達との戦闘訓練でも、さすがに王であるあなたとの殴り合いは無かったでしょう?」
「ああ……」
「そして知識などの諸々は、私の記憶と記録を利用しました」
『ああ、なるほど。お義姉さんと過ごした記憶と記録ですね? 納得しましたが、それをトリガーにして知識を送れるところが呆れます。彼女と繋いだパスに何らかの仕掛けをされたのだとは読めますが。それより何より霊基を触媒にする発想があり得ませんよ。ですが、どうやって座に繋いだのですか?』
「以前、アーチャーのカードに触れた時に軽く解析していたのです。それを活かして、遠隔でしたが黒化英霊の核となっているカードから座標を得たのですよ」
『本当に信じられない事を仰っしゃりますね?!』
「脳の構造ができあがった、胎児の頃から英才教育を受けていましたから。動植物、伝承、錬金、呪詛より深い呪術、考古学に降霊。天文と鉱石は一般人と変わりませんが、それ以外はどの分野も得意です」
『造物主以外で、あなたほどの魔術師って知りませんよ?』
「そんな事はありませんよ。私より造詣が深く素晴らしい魔術師は何人も居ます。私は身を護る必要性が高かったので戦闘に特化しているのです。それを見てそう思うだけですよ」
「マスター?」
「エルで良いですよ」
「私もイリヤで」
「わかりました、エル、イリヤ。ならばエル、あなたは私がもう聖杯を求めていない事をご存知だったのですね?」
「はい。そういうあなたが来てくれると信じていました。それに話さずとも、私はあなたの真名を知っています。8歳の時に第四次聖杯戦争に参加していましたから」
「なんと!?」
『は!?』
「父、衛宮切嗣が久宇舞弥を助手として裏方に回り、私とセイバーが表に回りました。この父が召喚したセイバーが、並行世界のあなたであり私達の長姉です」
「そうですか。残ったのですね……。受肉は聖杯で?」
「いえ。聖杯の汚染は明確でしたので、儀式を止めるための参加です。それに幽霊や精神生命体を実体化させたり、エーテル体を固定化する処方が、私の養父である9代目の家に昔からあったのです。まぁ、言ってみれば劣化した第三魔法です。それを頓服薬風に飲み薬として50包作り、冬木に持っていったのですよ。全マスターとサーヴァントを説得する事になんとか成功しまして、それを差し上げたのです。最初は和平に難色を示す陣営が多かったですが、奇跡のキャスターが現れましてね」
「あの狂人ではなく別の者が?」
「そうです。その宝具となった男性が和平にノリノリだったのですよ」
『エルヴァさん? ではあなたは本当に8歳で参加したと?』
「はい。要はセイバーの記憶にある、母、アイリスフィールに代わって私が冬木に赴いたのです。この頃の私は見た目は子供でしたが、既にアインツベルンの11代目総裁でした。参戦したのは先代の9代目と一緒に、戦争前の8代目と両親を訪ねた事が切っ掛けです。アハトの家には確認用として大聖杯と繋がるレイラインが引かれていたので、それを通じて釜の汚染を知り、両親を説得して戦争を止めるために赴いたのですよ」
「では?」
「はい。あの世界には衛宮士郎が居ません。元となる人物は居ますけれど。そして、義弟は並行世界で救けた存在です」
「歴史の流れが随分と……。喜ばしい事とは思いますが」
「じゃ、夢で見たお兄ちゃんは?」
「並行世界での第四次聖杯戦争終結時に起きた、死者五百人以上も出た大火災での生き残りで、第五次聖杯戦争ではセイバーのマスターになる予定だった子です。そこに介入して私がマスターとなり、彼や主だった人を救けたのです。本当は世界中の人を救けたかったのですが、そこは虚構の世界で、アラヤの奴隷である英霊エミヤを生み出すためだけに編纂事象を逆手に取り、何度も何度もゲームのごとく繰り返される世界でした。これを止める事は無理なので、因果となる数人を連れ出し編纂を強引に起こさせたのです。ですから私の世界には凜や桜ちゃんが二人います。小さい方の姉さんもそういう事です」
「それであんなに大勢いるんだ?」
やっと姉妹が多い理由がわかった。双子のお姉ちゃん達より上の人は、皆んな違う世界から来た人だったんだ。そしてお姉ちゃん達は、そういう違う世界で困っている知り合いを救けているんだ。
けど、あっちのお兄ちゃんまでが、そんな辛い目にあっていたなんて……。
「エル、英霊エミヤとは?」
「お察しの通りですよ。正義の味方を貫き通し、死後を世界に捧げたアラヤの守護者です。セイバーの知る名で言うと第五次のアーチャーです。だから彼は、あの城でバーサーカーのマスターを狙えなかった。何故なら並行世界とは気付いても、自分を救ってくれた衛宮切嗣の実娘であり、彼女が義姉であるとわかっていたからです」
「ああ! あの彼が……どこかのシロウだったとは……」
『では、あなたが今使っているカードは?』
「そういう事です」
皆んな黙ってしまった。特にセイバーさんが泣きそうな顔になっている。
「お兄ちゃんは大丈夫だよね?」
「士郎クンは大丈夫ですよ。正義感は強そうですが、まずは妹や家族のためにと考える人です。何より部活に汗を流し、料理を趣味とする普通の子ではありませんか。英霊にまで至るのは、家族も知らず過酷な運命を何度も何度も潜り抜けたからです。何千分どころか何万分の1の存在なのです。ですから本当に大丈夫ですよ」
「良かったぁ~」
セイバーさんが少し微笑んだ。
「そろそろおチビちゃんは寝なさい。また遅刻しそうだと慌てる羽目になりますよ」
「は~い」
「ルビーは先程の公園に。私は転移しますので、セイバーは霊体化して出て下さい」
ひえっ。
お姉ちゃんとセイバーさんが消えた。慣れたつもりでも驚くなぁ。でも、お姉ちゃんはそんなお兄ちゃん達が心配なんだ。
そっか、逆だったんだ。最初にお兄ちゃんがお姉ちゃんに見とれていた本当の理由。お姉ちゃんがお兄ちゃんを優しい目で見ていたからだったんだ。
その夜、私はお兄ちゃんだけはそうでありませんようにと願いながら眠った。
公園にて。
「エル、今でも良かったでしょうに。私から尋ねてしまったのは落ち度だが、なぜあのような少女の前でアーチャーの話を?」
「理由ですか? あの子はお兄ちゃん子なのですよ。下手に隠してバレた場合、気持ちが落ち着かなくなるでしょう? それに得てして、それを知る場面が最悪のシーンであったなんてお約束ではありませんか。それで家を飛び出して、危ない場所へ行ってしまったり、怪しい敵に捕まったり……。そういうお約束的なフラグを折っておきたかったためです。それともう一つの理由は魔術の世界の怖さを知って貰うためです。何度かあの子の体を解析しましたが、封印されていても小聖杯はありますし、使い方を知らないだけで魔術回路もバッチリあります。魔力もこれまでの分が全部ストックされていました」
「それはアイリスフィールとキリツグが?」
「そうでしょうね。普通の子として育てたかったのでしょう。ですが運命というのか……。お風呂に飛び込んで来て、無理やり契約を取ったルビーを一方的に責められませんね。私としては洗剤やチケットくらいは用意しろと言いたいですが」
『私は何かの勧誘員ですか!?』
「更には並行世界を旅していた私の意識までが、この子に入ってしまって」
「そうでしたか。確かに強い魔力を持つ者は魅入られやすいとは聞きますね」
「そういう事です」
「正直、シロウとアーチャーの事について未だ動顛していますが、カードだけでなく後ろに隠れ、動いている者が居そうですね」
「私の事は召喚時に知識を流したつもりですが、アーチャーの正体に付いては口頭で伝えたかったので先程話した通りです。ですが、幾つか抜けている情報があると思います。それをお話ししますね。まず、私の世界であった第四次のキャスターは、どこかの世界で魔法を得て英霊に至ったトオサカリンです」
「なんと!?」
「そしてその宝具が、夫であるエミヤシロウ。この二人は正英霊ですので守護者ではありません。更に二人の生前に、生涯の友人として、また仲間として、世界を渡ったり人救けを一緒にされていたのがアルトリア・ペンドラゴン。つまりあなたの並行世界存在でありながら、異なる経験をした分霊だったのです」
「ああ……。なんと不思議な話なのだ」
「これはあなたのせいではありませんが、生きている間に聖杯が得られるなら、死後を世界に捧げようと死ぬ間際に祈ったでしょう? あれも一つの契約で、そこで座が産まれたのですよ。カムランの丘という時間が止まってしまった座が」
「なるほど……」
「それ故に分霊が記録だけでなく記憶までも蓄積していたのです。そして聖杯を諦めた事で死を迎えた。しかしあなたほど有名な人が英霊に迎えられないはずがありません。そして正英霊となった訳ですが、ここでカムランの丘時代の様々な記録や記憶が、大きな齟齬が産まれないように、召喚時のそれぞれの分霊に関連付けられるという変わった現象が起きたようです」
『変わってますね。融合しないのに座は一つ。そこに、分霊ごとの記録や記憶が保存されている訳ですか?』
「そうなりますね」
「むむぅ」
「これは推測込みですが、大方の世界で遠坂凛はアーチャーを召喚します。彼が割り当てられる条件は、彼女が持つ家宝のペンダントが触媒に使われる事が必須ですが、同時に聖杯が汚染されている事も条件なのだと思います」
『アラヤの守護者だからですか?』
「その通りです。そしてどうしてそこまで記憶や記録が異なるあなたが居るのかと言えば、パラドックスが起きて事象が不安定になっているからですよ」
「つまりシロウとアーチャーが同時存在していたからですね?」
「そういう事です。ランサー襲撃後に衛宮邸を訪れたアーチャーを斬ったでしょう?」
「それを言われると辛い……」
「ところが魔法使いのリン先生のアーチャーは斬られていないのです」
「そこまで違うのですね? エル、そのリンは何を触媒に?」
「先程も話した遠坂家の家宝であるペンダントですよ」
「そうでしたね。それが何故触媒になったのでしょう?」
「士郎クンはあなたが召喚される日に、夜の学校でランサーに一度心臓を貫かれていたのです」
「それは聞いた憶えがあります。しかしそれは聖剣の鞘で治ったのでは?」
「違いますよ。あの夜、アーチャーとランサーが戦っていて、それを居残りしていた士郎クンが偶然見てしまったのです。そしてランサーに。それを遠坂凛が大きな魔力がこもった家宝を使って治したのです。そして魔力が空になったペンダントを置いて帰った。きっと命の恩人の手掛かりだからと、生涯持ち続けたから聖遺物に昇華したのですよ」
「納得だ。リンは何も知らず、その宝石を触媒にしてアーチャーを召喚したのですね。そしてその後の大怪我からの治癒が鞘のチカラだったと。要は私が召喚された後だったから……シロウを救ったのはリンでしたか」
『本当に凛さんなんですかねぇ』
「あのツンデレは世界が変わっても余り変わらないです。例外もありますけれど、ごく少数です。根っこは良い子なのですよ。小学校に上がる頃に妹と引き裂かれ、両親を失い、天涯孤独となった。だから誰よりも強くありたいと考えていて、それがツンデレな態度になる訳です。そして似たような気質のルヴィアが家名に甘えていると考えてしまい、くだらない諍いになるのですよ」
『ああ、なるほど~。そんな背景が』
「リンの妹?」
「間桐桜です。間桐は枯れ行く家でした。なので養子に出されていたのです。赤ん坊の頃ならまだしも、物心付いた幼稚園頃に姉妹の心を引き裂いても出すとは。神父に刺し殺されて当然のくだらん男です」
「あの神父にですか……。ああ、だからあのアーチャーの……」
「その間桐桜は養子先で魔術的な性調整を含む人体改造を受けており、自分の心を殺して生きていました。そんな彼女に光を与え、笑顔を取り戻してくれたのが衛宮士郎な訳です。凛は妹が悲しむから家宝を使い潰してもでも救けたのですよ」
「リンはその妹御の虐待染みた魔術調整を知っていたのですか?」
「夢にも考えていないでしょうね。誰がどう考えてもライダーのマスターは彼女でしょうに」
「いえ、別の少年だったでしょう?」
「いいえ。その男の子は間桐に於いての義兄です。魔術回路が枯れ果てた。召喚システムに於ける令呪を開発したのは間桐、即ちマキリですよ」
『何らかの裏技でマスター権を移譲していたのですね?』
「そういう事です」
「そんな……」
「ですからセイバー。ここにも遠坂桜でなく、苦しみ続けている間桐桜が居るのなら救けますよ。不服があるなら今のうちに言って下さい」
「令呪も必要ない。何なりと御命令を」
『私は……』
「ルビーは桜ちゃんの件にノータッチで良いですよ。カード回収以外の行動は禁じられているのでしょう? なら、おチビちゃんを護ってあげて下さい」
『わかりました』
「では、並行世界の話の続きです。セイバーの時代でも並行世界は存在したので、やはり世界に祈ったアルトリア・ペンドラゴンが他にも居る訳です。また、剪定事象として後に未来が刈り取られてしまった世界でもあなたが居た可能性は高いでしょう」
『あ、そうなりますね。ましてこの方みたいに強い魂と、もしあれば強運も備えていたとしたら』
「残酷な事を言わないで下さい。漸く諦められたのに、私の死後、あの世界までが滅んでいたとしたら……」
「いいえ、剪定されず残った枝の世界では歴史も統合され続いていますよ」
小石で地面に幾つにも枝分かれする枝を描く。大本の世界から分岐した世界が小枝の世界だ。しかし水や栄養が行き渡らず枯れる枝もある。それを刈り取る事が剪定事象だと説明した。
また、英霊はパラドックスを避けるため、元の世界で召喚される事は無いのだとも。
「元の世界では召喚されない?」
「そうです。つまりあなたが聖杯を得て過去を改竄しても、そこは別の世界だったのですよ」
「あ、ああ……」
「それと、英霊七騎が持つ魔力は霊脈60年分の魔力より遥かに多いですが、時空改変という第一魔法を行うには足りません」
『第一魔法は天地開闢では?』
「同じですよ。ゼロから造るか、改造するかの違いです。分けて考えるなら、天地開闢が開墾と植樹。時空改変が接ぎ木です」
『なるほど。効果が異なるだけで元は同じだと』
「そうです。そして過去を改変するのは今に続く歴史の焼却です。第四魔法と並ぶ禁忌中の禁忌なのですよ。それを達成すればあなたは消されます。そして別のアルトリア・ペンドラゴンが剣を抜くだけです」
『世界の修正ですね?』
「そうです。一個人の願いより、延べ何百億人もの生命の方が尊い。当然ですよね?」
「ああ……言われてみればその通りだ……」
「セイバー、私は別にあなたを凹ましたいから話しているのではありませんよ。世界とはそういうものだと知っておいて頂きたいだけです。こういう知識があれば、あなたは別のあなたにそれを教える機会が訪れるかも知れません」
「それは座でですね?」
「それだけではありませんよ。あなたはこうして喚び出される存在となりました。ですので聖杯戦争とは限りませんが、どこかで召喚され、丘で迷う別のあなたと出逢う可能性もゼロではありません。でしょう?」
「確かに……」
「そしてその修正は、人類だけでなく、人類以外のすべての生物も含めた生命の保護なのですよ。つまり、ある世界樹を護るための自然現象なのですね。何故なら過去の歴史を狂わせる行為は、未来への選択肢を狭めるのみならず、確定された事象を破壊する行為だからです。畢竟、これは剪定事象となる訳ですよ。それはある意味あなたの願いには叶うのかも知れませんが、代役も別のあなたですから歴史は変わりません」
「そう……なるのですか……」
『となると編纂事象とは?』
「こちらは人類を含む全生物の歴史や文化などによって、滅びが確定してしまった世界です。言ってみれば、害虫や病気で冒された世界樹ですね。隣の世界樹を護るために切り落とす訳です」
『なるほどですね』
「もちろん異なる事例は多々あり、剪定か編纂かを見極めるのが難しいケースもあるでしょう。私も神ではありませんので全部を知っている訳ではありません。ただ世界にとっての植木屋さんや、木のお医者さんが守護者と考えて間違いありません」
「なるほど……。いや、なるほどとは言っても、どこか腑に落ちない気持ちもありますが」
「それはあなたが人類史に名を残すほど真面目に生きてきたからです。またそういう立場だったでしょう。少なからずブリテンのあの時代の中心に居たのはあなたですよ。間違った願いをよくぞ振り切りました。また、それを受け入れられたあなたの心の強さを敬服致します」
「いえ……」
「一方、私は現代人であり一介の魔術師でしかありません。知っている事は多いつもりですが、まだ17歳の高校生です。あなたの友人となれても、思想や考え方は幼稚ですから異なって来ますよ」
「そんな事は……」
「ですからそんなあなたには、あの家族だけでなく、今は形の上で敵対したかに見える魔術師の女の子二人と杖使いの少女を護って欲しいのです」
「どういう事ですか? 一体誰を?」
『ここの遠坂凛さんと、もうお一方です。そしてそちらにもサファイアという私の妹が居ます。そのマスターの事ですよ。現マスターはイリヤさんと同い歳の少女なんですね』
ここで魔術師がルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。少女の名が美遊・エーデルフェルトであると告げる。
そしてサーヴァントとしてでなく、利害を越えて大人の眼で皆んなを護って欲しいと頭を下げた。
「つまりあの謎のカードを奪い合う間柄ではあるが、黒化英霊でしたか、それらからは護れと?」
「そういう事です。なお、カードが座に繋がる魔術的アイテムとはわかっても、どうしてそんなモノがこの冬木にあるのかは謎です。おそらく並行世界からスリップして来たのだとは思いますが。ゆくゆくはこの問題の解決にも手を広げる可能性があります」
「わかりました。難しい面もありますが、あなた方を護ると約束しましょう」