プリズマ☆エルヴァ 第一部 邂逅篇   作:炭団

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07、敗北と敗退 & 08、来客

「何ですの~~~~~っ!」

「ルヴィアさん……」

 

 彼女が怒る気持ちが痛いほどわかる。

 先日、私達三人はカードを回収すべく大橋のふもとまで行き、鏡面界に入ったのだが────。

 

 待ち受けていたのは空いっぱいに魔方陣を展開していた魔術師の黒化英霊だったのだ。宝石での障壁なんて役にも立たない。

 美遊がサファイアで作るガードすら突き抜けて来る魔力弾。これは敵わんと、私達は撤退を余儀なくされたのだった。

 

 もっと強い障壁が張れたならと落ち込む美遊。けれど、これは仕方のない事だった。ステッキは契約者に無限の魔力と、有限だがかなりの攻撃力や防御力を与えてくれる。

 けれどそれを引き出すには、こちらも呼び水となる魔力を持った方が有利であり効率も高かった。

 要はこちらの魔力を触媒にして、放出している魔術のブースト分をステッキが補っている状態に近いのだ。

 また防御にせよ攻撃にせよ、明確な指示を与えないと上手く機能しない。学習能力があると思うのだけど、私もルヴィアも、どうもこの手の指示出しが苦手だった。

 そんな弊害と、美遊自身の絶対的な魔力量、そしてステッキを扱うセンス。小学生に何もかもを押し付けるのは酷だった。

 

「それは仕方ありませんわ。まだ幼いあなたが持てる魔力量には限度があります。それにサファイアを使いこなすにはまだまだ時間が必要です。ですがカードの危険を放おってはおけません。ですから次はどうするのかを考えましょう」

 

 ルヴィアはこういうところがある。私とは言い争いもするし手脚も出るけど、年下や子供には妙に優しいのだ。特に相手が年下の女の子なら絶対だ。

 倫敦での事だけど、ある日──躓(つまず)いてこけた子供を助けに、お互いに反対方向から走って頭をぶつけた事がある。

 同じ宝石魔術師でも、基礎部分が異なるのでアプローチの仕方も異なって来る。だから余計に啀(いが)み合うのだ。それでも、どこか嫌いになれない相手がルヴィアだった。

 

「そうね。今回の事でわかったのは、あの魔方陣は下にしか向いていないって事よ。それなら……」

「そうですわ。飛んで上から狙えば」

「問題は美遊のサポートよ。私達には杖が無いわ。どう援護するの? 使い魔程度だと吹き飛ばされるわよ?」

「オーギュストに頼んで、宝石を弾頭にしましょう。その弾をライフルで撃てば」

 

 なるほど。良い案だ。魔術師殺しの手法をここでアレンジして来るとは。

 

「正直納得行かない方法ですが、今は手段を選べる段階ではありませんわ。ですから……」

「わかった。魔弾の作成を手伝う事と、撃っている間、あなたを護る防壁よね」

 

 これならイケる可能性がある。

 

「ルヴィアさん?」

「何ですの?」

「飛ぶってどうやってですか?」

 

 はぁ? 

 私とルヴィアは顔を見合わせた。そして杖で転身すれば飛べる事を力説した。しかし……。

 

「イメージが湧かないか……」

 

 その翌日、特訓だとルヴィアが美遊をどこかへ連れ出した。話せば思った以上に現実派で科学的な子だった。上手く行くのだろうか? 

 しかし私達には後がない。与えられた部屋で黙々と魔弾を作る私だった。

 

「凛様。ここはもっとボートテールに。この形状ですと空まで届いても軌道がズレますぞ」

「わかりました。難しいな、これ……」

 

 一応目の前には図面があるのだが、どうしても前半分にばかり気が向いてしまう。何故なら適度な柔らかさが無ければ銃身で宝石が止まってしまうからだ。まさに私やルヴィアでしかできない事だった。

 

「それとここの薬莢と噛み合う部分。ここをもう少し揃えませんと薬莢に収まりません」

 

 マスクをして宝石用研磨機やヤスリでゴシゴシ削る私。

 大体が銃器に馴染みのない、日本人の私が作っている段階で前途多難だ。いや、そもそもルヴィアはライフルが撃てるの? 

 

「生粋の魔術師ですから今回の作戦には抵抗がおありのようですが、ライフル射撃はお上手ですぞ。 ご幼少の頃から旦那様とトナカイ狩りをなさっておいでですし、スキーを履いての射撃も行っておりましたぞ」

 

 ああ、冬季オリンピックで見たなぁ。そういう国なんだ。フィンランドって。

 そして夜。オーギュストさんの指導で、戻ったルヴィアと弾の研磨だ。

 

「どうだった、美遊は?」

「頑なですわね。揚力を得られない人体が飛べるはずが無いと。ヘリコプターから突き落としたりもしましたが難しいですわね」

「可哀想な事すんなや!」

「何を仰って。獅子は我が子を千尋の谷に落とすとも言いますわよ? これが切っ掛けで何かが掴めれば」

「確かに。固定観念が強そうな子だしね」

「そうなのですわ……」

「お嬢様、余り責めてはなりませんぞ。あの子は極端に慎重派なのでしょう。失敗を恐れると言うより、お嬢様の期待を裏切るのが怖いのですよ。それだけ責任感が強い子なのですな」

「はぁ……。そうですわね」

 

 本当に前途多難だ。

 

 

 翌々日。今度こそと意気込む私達。弾は揃った。とは言え60発弱。正確には57発だ。無駄撃ちはできない。

 ライフル担当はルヴィアとオーギュストさん。その二人を襲う魔弾を防御するのが私。懸念だった美優は、魔力で空中に足場を作るという方法で問題を解決させた。やるわね、この子。

 そして気力も充実させて大橋まで行けば、サファイアの残酷な一言。

 

『ルヴィア様、鏡面界が消えています。カードの気配もありません』

「どういう事ですの! 一体、何ですの~~~~~!」

「どうもこうも、先を越されたんでしょうよ。ハァ……」

「やられましたな」

「まったく……。こちらの行動を見透かされていますわね」

「サファイア、ルビーの居場所はわからないの?」

 

 なに気なく聞いたのだろう。

 私はもしやと思い、美遊を見た。ルヴィアも同じく美遊を見る。じっとサファイアを見詰める美遊。

 

『テレフォンモードに切り替えます』

 

 トゥルル、トゥルル、トゥルル……。何でそんなモードがあるんだ? 

 

『はい、どなた?』

 

 継ったよ! おい! 

 

『どなたも何も、掛けて来たのはサファイアでしょうに。ね、美遊ちゃん?』

「な!?」

 

 突如名を呼ばれた美遊が赤面する。

 

『こんなの知らないもん。もしもし、美遊さん? 何かご用?』

「あなたはどこにいるの?」

『今、お家。お風呂も終わったし、もう眠るところだよ。フワァ~』

 

 でっかいあくびをしやがって。

 

『もう眠りなさい。後はお姉ちゃんが話しますから』

『ゴメンね、美遊さん。お姉ちゃんはきびしいんだよ』

「わかった。お休み、イリヤ」

『お休み~』

 

 あちらは『さん』付けだけど、名前で呼び合う仲になってたんだ。小学生だなぁ。

 

「で、あなたは何者?」

『魔術師、錬金術師、呪術師。第11代アインツベルン総裁、エルヴァ・フォン・アインツベルン。これでよろしいですか? うっか凛さんに、くるくるルヴィアさん?』

「うっか凛って何よ!」

「く、くるくるルヴィア……。キィ~!」

「相手の挑発に乗ってはいけませんぞ」

 

 オーギュストさんの言葉で冷静になる私達。腹が立つ相手だわ。

 

『そろそろ美遊ちゃんを休ませてあげなさい。オーギュストさんが居るならクルマでしょう? 夜の公園で話し込まず、移動しなさいな』

 

 ダメ……。強く自制しないとサファイアを引っ叩きそうになる。あの余裕が本当にムカつく。

 

「あなたは魔術師殺しの娘ですの?」

『それを妹の前で話せば、そちらの妹の明日は無いと思いなさい』

 

 くぅ、コイツ脅迫慣れしている! どこのマフィアだ! って、何でルヴィアまでがワナワナと? 

 

「ルヴィア……?」

「……わかりましたわ。あの子には話しません。ですが、あなたの目的は何ですの?」

 

 そうだ。単なる意趣返しとは到底思えない。ホワイダニットを問うているのだ。

 

『カードをすべて揃え、時計塔と交渉します』

 

 な!? 直接乗り込むつもりなのか。

 

「理由は何ですの?」

『あなた達の不始末の隠蔽。並びに当家の隠蔽。妹と美遊ちゃんの安全確保。任務を忘れ夜空でケンカするような五流に任せられないでしょう?』

 

 クッソ! 一番痛いところをあっさりと……。けど……。

 

「見知らぬ第三者に横取りされたカタチにすると?」

『そうです。さもないとロード・エルメロイⅡを罠から救けられません。それにあなたの父親も』

「父を?」

「旦那様をですか!?」

『オーギュストさん。今回は時計塔内部だけでなく、外部の動きも調べて検討して下さい。エーデルフェルト理事の失脚は民主主義派の痛手だけでなく、霊地やこれまで掻き集めた呪体や触媒に礼装も絡んで来るのだと』

「では、時計塔内の単なる権力争いでは無いと?」

「ええ。その可能性が高いと私はみています。個別の相手に対処できても、組織と裏で手を組まれたら、名門エーデルフェルトでも正直厳しいと思いますよ。何より失脚後のパワーバランスは、一気に裏の権力争いが表に出る要因となる事でしょう。そんな状態になった時計塔から利益を得られるのは?」

 

 アトラス院に彷徨海、聖堂教会に同じ協会のプラハなんかもか。疑えばキリは無いが、もし相手がそういう組織なら大き過ぎる。

 

「あなたを雇えば問題は解決しますかな?」

『手付けとして調査費用を頂きました。正式な契約はカードが揃ってからに致しましょう』

「当家に忍び込んだのは、能力のアピールだったんですの?」

『まぁ、そんなところです。あなたの家のやり方を真似てみました』

 

 不思議だ。ルヴィアは怒るどころか、感心したような顔をしている。

 

『遠坂凛さん。あなたには第四次聖杯戦争の真実を後日お教え致しましょう』

 

 思わずルヴィアとオーギュストさんの顔を見た。二人とも大きなため息を吐いた。

 やられた。この情報料が500万なら安いのかもしれない。完全に掌(てのひら)の上だ。悔しいがここまでの相手に勝てる要素がこちらには無い。

 

「わかった……。私の方は了承するわ」

 

 これで私は彼女の家を探る事が無理となった。

 

「私も……。いえ、その前に一度顔合わせはできませんの?」

『そうですね……。では明日、あなた達の学校が終われば伺います』

「わかりましたわ」

『ああ、家に着いたみたいですね。では、お休みなさい』

 

 そうして通話が切れたのだった。

 

 

 08、来客

 

 翌日、私はルヴィアと一緒にオーギュストさんが運転するクルマで学園から帰って来た。

 私服に着替えリビング代わりの食堂に入ったら、いきなりメイドの人にお客様がいらっしゃいましたと告げられた。取り急ぎルヴィアとともに応接室に向かう。

 

「来たわね。けど、随分早いわ。監視でもされてんのかしら?」

「ですわね。以前の侵入で、こちらが感知できない使い魔でも置かれた可能性がありますわね」

「ありそうだから困るわ」

 

 エーデルフェルトに侵入した賊が彼女とは限らないが、手付け発言は間違いなく言質を取ったと言えるだろう。それが交渉材料になるとは、到底思えないけど。

 そうして応接室に入れば、そこには地黒で銀髪が特徴の女の子と、ルヴィアより明るい色の金髪を持つ女の子が居た。

 銀髪で紅い瞳の子は、ベビーピンクのシャツにグレーのベストといういでたち。ああ、よく見れば彼女の髪の色もややピンク掛かっている。

 金沙の髪に翠掛かった碧い瞳の少女は、サックスブルーのシャツに白いベスト。

 二人とも赤が基調のチェックのスカートと、胸元のストライプ柄のリボンはお揃いだ。この辺では見掛けない制服。どこかのインターナショナル・スクールだろうか? 似合っているし可愛い。しかし……。

 

「ちょっと、何? あの金髪の子の存在感は……?」

「溢れる魔力が尋常ではありませんわね。銀髪の彼女を上回っていますわよ?」

 

 そうなのだ。英霊並みと思った彼女よりもっと上の存在だと一発でわかるのだ。何だろうこれは? 

 

「こんにちは。お邪魔しております」

 

 と、素早く立ち上がり丁寧に頭を下げる二人。なんとも場違い感が甚だしい。

 それと、思ったより背が低い。二人とも私よりコブシ一つ分は低い。けれど小顔で頭も小さく、手足が長い。ウェストの位置が私より高いってどういう事だ? 

 特に銀髪はルヴィアほどでは無いが、私より胸がある。クソッ。スタイル良いなぁ。

 

「ようこそ、エーデルフェルトへ」

「こんにちは。妹さんはいらっしゃらないのですか?」

「フフ……小学生ならボロが出て、有利な情報が引き出せるやと? 浅はか也」

 

 この言い回しはフィンランド人のルヴィアにはわからない。ターゲットは明らかに私。イラッとさせる名人だわ……。

 

「それで、昨夜サファイアを通じて話された内容は事実ですの?」

「そちらの放った間諜が、同じ情報を報告して来るまでに3日は掛かるでしょう。その3日をどう有効に使うかです。また、法政科の動きもあります。カードが揃った時点で時計塔の治安維持名目を叫び、封印指定執行者が出張る可能性も否定できません」

「私達を時計塔が?」

「父の失脚を狙うなら、礼装を美遊に貸し与え、任務をサボタージュしていると言い掛かりを付けられる可能性もありますわ。現状は口実を与えるばかりで余りにも不利です」

 

 そうだ。昨夜も話していたが、真の狙いはルヴィアのお父さんとも取れるのだ。となると益々嵌められた感が強まる。相手の深慮遠謀に慄くばかりだ。またそれをあっさり見破るコイツにも。

 

「相手は誰だかわかる?」

「まだピースが揃いませんね。ま、気後れせず待ちましょう。そのための彼女ですから」

「そちらはどなたかお聞きしても?」

 

 エルヴァと名乗った銀髪の少女が軽く頷く。

 私はそこでてっきり金髪の女の子が話すと思ったが、何かの確認だったようだ。

 

「名は明かせませんが、端的に言えば彼女は境界記録帯、いわゆるゴーストライナーですよ」

 

 それでか! この存在感は! 彼女は本物の英霊なんだ!? 

 ルヴィアも驚きの余り固まってしまっている。無理もない。私も声が出ないのだから。

 

「なので安心して下さい。この先、黒化英霊が百体居ようと、封印指定執行者が千人来ようと何ら問題ありません。時計塔と戦争になったとしても勝ちますから」

「敵より強力な兵器を手に入れる。正攻法であり文字通りの抑止力ですわね。一体どうやって召喚したんですの?」

 

 ルヴィアの質問は的を射ている。

 

「黒化英霊の霊核というか、霊基を触媒としつつ、カードを座へのパスとして召喚しました。なお魔力は冬木外の霊脈から引っ張っていますのでご安心下さい」

 

 こんな人類以上の存在を、そんな方法で召喚できるとは。私には術式すら思い浮かばない。しかも霊脈を繋ぎ変えたか何かして、冬木は使っていない? 何よそれ! コイツ、天才か? 

 

「その召喚に使ったカードは何ですの?」

 

 そう、それだ。

 見る角度と光の当たり加減で亜麻色にも見える髪、そこに華を添える碧い瞳に抜けるような白い肌。纏う雰囲気が清澄、清廉。とてもじゃないが権謀術数を弄するキャスターには思えない。

 

「セイバーですね」

 

 意外にも答えはアッサリ……。

 

「ええ! って事はアンタ、キャスターだけでなくセイバーも倒したっての?!」

「ランサーはそちらなので、残るはアサシンとバーサーカーですよ」

 

 ルヴィアの目が大きく見開かれる。きっと私も同じような顔だろう。目を瞠るばかりだ。それでも飲まれず言わなければならない。

 

「今更だけど、私はこの冬木のセカンド・オーナーなのよ。居住料とか……」

「間桐桜は今も蟲蔵で責め苦にあっている可能性があります」

 

 え? なんと言った? 

 

「虚の属性の中でも、取り分け珍しい虚数属性持ちが水の間桐に。あの家で幸せに暮らしていると本気で思っていたのですか? 魔道は険しく厳しいものです。ですが、彼女は覚悟を抱く事も許されず、何故その修練が必要なのかの知識も与えられず、養子に出されたその日から、子供の腕より太い蟲を穴という穴に突っ込まれていたのですよ?」

 

 嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ、嘘だ。嘘だ、嘘だ。

 

「そうして肉体を齧らせ、身体に巣食わせる事で使い魔とパスを繋ぐのが間桐の方法ですが、ハッキリ言って古い。まして彼女はあなたの妹。その血を餌に混ぜるだけでも使い魔は使役できますのに」

 

 なっ!? 

 

「双星のエーデルフェルトは遠い親戚でしょう? ルヴィアの父親を頼って時計塔にいくばくか寄付するだけで、間桐桜は遠坂桜でいられたのですよ。知らなかったのですか? 夢にも考えなかった?」

「それは本当の事なの?!」

「本当ですよ。第二魔法は諦めなさい。馬鹿には無理ですから」

 

 頭の血管がプチプチいう。目眩がして倒れそうだ。ルヴィアがそっとハンカチを渡してくれた。悔しいが私は泣いているのだろう。

 あの子がそんな目に会っていたなんて……。

 

「当家が天秤のエーデルフェルトとご存知だったのですね? では、トオサカと親戚と言うのも?」

「それも本当ですよ。あなた達は曽祖母かその前の代で繋がっています。また、母方のお祖母様が日本嫌いだったのは第三次聖杯戦争で御姉妹を亡くされたからですよ」

「お、お祖母様が……その儀式に参加していた……? それは一体どういう儀式なんですの?」

「細々した事は省きますが、まずはアインツベルン、遠坂、マキリの始まりの御三家の他に、自薦他薦で集った四名を含めた計七人の魔術師を、この街の円蔵山中腹の洞窟内に設置された大聖杯が選びます。そしてそれぞれがマスターとなり、七騎のサーヴァントを召喚し相争うのですね。儀式に必要なのはこのゴーストライナーの魂で、七騎を焚べれば英霊が座に還る時の魔力と座標を取り込み、大聖杯が天の盃を出現させ、根源の渦への道を作り固定します。それを勝者が得る儀式だったのですよ」

「根源を得るための儀式だったんですの!?」

 

 ああ……父や先祖はそんな方法で第二魔法を得ようと考えていたのか。

 

「システムが良くわかりませんが、焚べるという限りは他のサーヴァントを害し、最後は自分のサーヴァントをも?」

「そういう事です。それを成す三度の絶対命令権が間桐が第三次の前に開発した令呪であり、大聖杯に焚べる前に一度魂を保管し炭熾し器として使うのが、アインツベルンが鋳造する小聖杯です。遠坂はこの土地を提供していた訳ですね。その見返りとして大師父の弟子に迎えられたのです。その証が宝石剣の設計図ですよ。なお魔杖のカレイド・ルビーは第二次か第三次の頃に、遠坂が戦利品としてアインツベルンから勝ち取ったものです」

「ではサファイアは第三次の時にそちらから?」

「聡いですね。その通りです。ただ、今回も今後もあの杖を取り戻す気は当方にサラサラありません。性格的に難有りと、敢えて奪わせた可能性が高いので」

「サファイアはそこまで……? いえ……あの杖も双子だからですの?」

「そうです。片方を封印しても、もう片方が目覚めていれば逃げられます。あの杖はアインツベルン専用の礼装なので、他の魔術師が握ればからかわれ玩具にされるだけです。時計塔でリセットはしてあっても使い難かったでしょう?」

「ああ……その通りですわ。ではなぜミユには?」

「ルビーよりサファイアの方が大人しい点と、サファイアが美遊ちゃんに同情したからでしょう」

「同情?」

「私が調べた限りですが、あの子は天涯孤独なのでしょう? 何があったかは知りませんが、5年生の女の子があんなに気力の籠もった宝具は放てませんよ。人には言えない強い思いがあるのでしょう。導いてあげて下さいね」

「言われるまでもありませんわ」

 

 この二人、結構ウマが合うみたいだ。ルヴィアと同じかそれ以上に頭の回転は早そうだし、手札を切るのもやたら早い。

 最適な時と場所で最適なカードを切ろうとする私の慎重さが、ここに来て裏目に出ているのを自覚する。今はもうそんな悠長に構えていられる段階では無いのだろう。

 危機に対する読み時と見極め時。そしてそれに対する行動力と積極性。こういうのが日本人の私は鈍い。

 それに対してルヴィアと彼女は、どこかヨーロッパの領地を何百年も護ってきた貴族っぽい。きっと誇りの持ち方が似通っているのだろう。だから私は……。

 

 聖杯戦争の事をもっと詳しく訊く? 

 それとも心の隅に仕舞ってあった本音を話す? 

 

 答えは────。

 

「お願いがあります。その……妹を、妹を救けたいです。手伝って頂けませんか?」

 

 そうやって深々と頭を下げた。

 金髪の彼女はニコリと笑い、銀髪の彼女はやっと言ったかと苦笑する。

 ああ、やっぱり……。最初からそのつもりだったんだ。私が気付いているかどうか。わかっていたのかどうかだったんだ。

 わかっていないからキツい話し方だった……。うっか凛は当たっている。けれど、ここでの選択は間違っていなかった。

 

「オーギュスト、お茶のお代わりと、ケーキにお茶菓子の追加をお願いします」

 

 ドアの前で控えていたのか、オーギュストさんの返事があった。

 そう言えばこの金髪の子は、さっきから凄い食べっぷりだ。到底胃に収まる量では無い。しばし考え、魔力と閃いた。そうだわ。英霊に食べたものを魔力に変換する能力があるのなら、この食べっぷりにも納得できる。

 けれど、見たところ魔力が足りない訳でも無いだろうに? 彼女はあれだけ山のようにあったお菓子を食べ尽くしていた。セイバーとは言うが、どこのどういった英霊なのだろうか? 

 

「あの、尋ねても良いかしら? あなたは?」

「質問の内容がわかりません。何を知りたいのか、もっと絞って下さい。答えられる範囲で答えますよ」

 

 そうなるわよね。口の周りが食べカスだらけだけど。

 

「ミス・トオサカ。私からあなたに質問致しますわ。あなたの妹はいつ養子に出されましたの? そしてあなたのお父様が召喚された英霊はどんな英霊でしたか?」

「そうだ。それだわ」

 

 これを先に明かさないと。そうすれば私自身も整理がつき、質問を絞る事が可能だろう。

 

「桜が養子に出たのは、私が1年生になるかならないかの頃なの。年子だったのであの子が幼稚園の頃ね。そして養子に出た翌年に父が亡くなったのよ。それが十年前だわ」

「エル?」

 

 金髪の英霊が銀髪の子に合図を送った。

 

「大聖杯をハッキングできないので正確にはわかりませんが、あなたのお父様が召喚したのはたぶん英雄王です」

「えいゆうおう? 英雄王、英雄王……。あ! メソポタミアのギルガメッシュ?」

「はい。彼をアーチャーのクラスで召喚したのでしょう」

「クラスとは何ですの?」

「良い質問です。この場合は匣や枠と考えて下さい。お気付きのように丸々英霊を召喚するなんて普通は無理です。ですから予め枠というか型を用意して、そこへ召喚するのです。例えばランサーという枠にクー・フーリンを召喚すれば、彼は座から槍しか持って来れません。剣や戦車は持って来れないのです。こういった制限を持たせる事で、一分霊を召喚可能とするのが冬木の召喚方法です。またこれで各陣営の戦力バランスを取っているのですね」

「もしやカードと同じ?」

「そうです。セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士に、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンの計7クラスです」

 

 どういう符丁? いや……。

 

「ゲームとしてバランスが悪いですわね?」

「まったくです。御三家で各々七騎を喚んでのチェスは無理でも、三騎士の計九騎でも良かったと思うのですが」

「その分、街の被害は甚大ですわね。トオサカは騙されていたのですか?」

 

 そうなのだ。土地を提供するという事は結果としてそれを容認したという事なのだ。そしてこんな大それた降霊術には、それなりの装置や装備が必要だ。

 先程の説明にもあったのだが、そこを再度問えば、柳洞寺擁する円蔵山には巨大な洞穴があり、その奥に大聖杯という装置が置かれてあると丁寧に答えてくれた。

 そしてその大聖杯とやらが、この冬木の霊脈から直にマナを吸い上げているのだとか。もしその装置が無ければ、冬木は幽霊や妖怪の伝承で溢れかえっていただろうとも。

 となると、栓となる何かと逃がせるルートが必要となる。その栓が柳洞寺であり、余剰分を流すのが未遠川の役目なのだそうだ。

 

 その未遠川は大橋ができるまでろくな橋が無かった。

 川の流れが早く、架けるのが難しかったのだ。それ故に渡し船も発達せず、明治から大正頃まで深山町と新都が大きく分断されていたのだった。新都が新都と呼ばれるのは、小作農ばかりで昭和に入るまで畑と田んぼしか無かったからだ。

 そして未遠川は昭和以降も上流の採石場から砂利を運ぶ重い砂利船が降るのと、空になった船が登るだけだった。確かにこの川なら余剰なモノを流すには打って付けかも知れない。

 なお、余剰なモノとは西欧魔術師の言う魔力でなく、この国ならではの穢れだと話していた。この概念は私はともかくルヴィアには難しかったようだ。

 

「騙していた部分もあったでしょうけど、お互い様の側面もありますね」

「と言いますと?」

「遠坂初代の頃、アインツベルンで千年近く、マキリも三百年以上続いていた訳です。勝者一人しか根源に行けない儀式となれば、当然順番などの取り決めもあった事でしょう。そして遠坂は冬木がホームで、アインツベルンはアウェイですから」

「なるほどですわね。フェアであるかどうか。細々した取り決めが、子孫に伝わっていたのかどうか。そこもある訳ですわね?」

「そういう事です。遠坂の『優雅たれ』もそうですし、アインツベルンと言っても私の方ですが、そちらの『何事も颯爽と』もそうです。騙し合いや出し抜くにしても、それなら仕方ないと納得できる線はあります。そこがわかっているかどうかですね」

 

 本当になるほどだ。魔術師同士の駆け引きは単なる騙し合いでは無い。

 言葉にするのは難しいが、筋というか仁義というか私達だけにわかる不文律がある。彼女は暗にそれが遠坂には残っていると言ってくれたのだ。

 となると……。私はある事に気付いた。

 

「あの? もしかして間桐ってマキリと読むの? 元は海外の魔術師だったの?」

「ええ。ゾォルケンが本来の姓です。日本に移住した者の名がマキリでしたので、こちらを姓にしたのですね。そして漢字を当て嵌め間桐と」

 

 ああ……。桜が養子に出た家がマキリだったんだ……。接触するなとはそういう意味だったんだ……。

 

「その聖杯戦争っていつからあるの?」

「六十年おきに過去四度です。ですから二百年以上も前から始まっていますね」

 

 そんなに昔からか……。

 

「つまり六十年で七騎分の召喚用魔力が溜まるという事ですの?」

「正解です。ところが開始前の準備期間は僅か十数年ですよ」

「どういう事ですの?」

「この国にはこの国ならではの文化と神秘がありましたが、それらを無視して強引に霊脈を繋ぎ替えて魔力を掻き集めたのです」

「それですと、霊的に……、いえ、自然にも影響が。何か災厄や災害が起きるのではありませんこと?」

「図書館ででも調べて下さい。江戸四大飢饉のうち天明の大飢饉と天保の大飢饉は、少なからずこの下準備が原因ですよ」

「ミス・トオサカ?」

「散発的な噴火と冷害、エルニーニョ現象が原因とも言われるけれど、東北の霊脈と繋げていたならあり得るわ。天明で九十万人。天保で百二十万人以上も人口が減少したと言われるの」

「アイルランドのジャガイモ飢饉と構造は同じです。一部の者の利権のために人々が死んでいったのですよ」

「愚かな……」

 

 ルヴィアが唇を噛む。

 私はルヴィアが遠坂を非難するのかと思ったが、それは違っていた。先達の過ちを心底憎み悔やんでいるのだろう。

 とても厳しく固い表情で、目尻には涙が溜まっていた。それはルヴィアが魔術を愛しているからだ。彼女のこういうところは、本当に尊敬できる。

 そして私は次の事を尋ねた。

 

「どうしてその聖杯戦争のクラスと、同じクラスを持つカードがここにあるの?」

「わかりません。推測ですが、ここの大聖杯に溜まった魔力を使って並行世界から送られた可能性がありますね」

「その根拠は?」

「先程も話しましたが、大聖杯に接続できないのですよ。大地はトモダチのアインツベルンであるこの私が。まるで湿った砂場の土を空き缶で円筒形に掘り出し、そこを別の乾いた土か砂で埋めたかのような。もしかすれば、大聖杯ごと並行世界のものと入れ替わった可能性も考えられます」

 

 先程の聖杯戦争と違い、彼女にも不明らしかった。推測に関して現段階ではなんとも言えないが、今後の参考にはなるだろう。

 

「時に、方向性も与えず色も付けていない、完全に無色透明な魔力を出鱈目なほど集められる器があれば、それは願望器のような働きをするとご存知ですか?」

「からくりが見えましたわ。聖杯=願望器。それを宣伝材料にして他の四名を招き入れていた?」

「あなたは本当に賢いですね。それに嫌気が差し、妻や娘を人身御供にしたくなかった魔術師殺しが、聖杯戦争に係るアインツベルンを滅ぼした訳ですよ」

「やはり。となると奥様が第四次での願望器であり炭熾し器でしたか。ではあなたは?」

「年若いあの子を護りたい従姉妹です。第五次があるとすれば、炭熾し器たる小聖杯はあの子になりますから」

「ありがとうございます。あの子の秘密に関して、当家はこれ以上関わりませんし尋ねません。ただミユの友人となる事だけは許して頂けませんか?」

「キートス。こちらこそ。あの子も喜ぶでしょう。お互いの距離を縮めるには、まだまだ時間は必要でしょうけれど」

 

 キートス……。

 フィンランド語でありがとうの意だ。やはりこの二人はウマが合う。

 

 そして……段々と私がおかしい気持ちになって来た。

 なぜ私が中等部卒業と同時に時計塔に行ったのか。なぜこんな任務でも負わない限り、管理業務以外で日本には帰らないと決めていたのか。それは家族を失った私には、思い出も友人もこの街にほとんど無かったからだ。

 あるとすればセカンド・オーナーとしての義務だけ。地主としての仕事を専門のプロに任せていたのは、未成年だからだけでは無かったのだ。

 ルヴィアはきっと地元に親しい友人が居るのだろう。誰よりも魔術師なのに、罪を憎んで人を憎まずでは無いだろうが、先祖の悪行を憎んでも、私には何も言わなかった。

 コイツって、こんなにも人間臭い奴だったんだ。私はとても惨めだった。

 

「それで次の出現場所は郊外の森ですわ。ご一緒してもよろしいですか?」

「どうぞ。それと、これが私の携帯電話の番号です」

 

 予め用意していたのだろう。スカートのポケットからメモを取り出してルヴィアに手渡していた。

 

 そうして彼女達はお茶のお代わりを空けた後に帰って行った。

 セイバーと呼ばれた彼女は、エルヴァが譲ったケーキまで食べ、追加のお菓子も粗方食べ終えていた。名残り惜しそうに、お菓子の皿を振り向きつつ出ていく姿に和んでしまった。

 入れ替わってオーギュストさんが入って来た。

 

「お嬢様。彼女達の家が判明しましたぞ」

「どこですの?」

「情けない話ですが、当家の正門の真ん前でした」

 

 何ですと! 真ん前?! 

 

「遊ばれていますわね」

「監視名目で借りたか、買い上げた可能性も捨て切れませんが、先程の会談で隠蔽の必要が失くなったのでしょう」

「携帯電話から調べられますものね。それは私も考えていましたわ。これは情報によるある種の結界でしょう?」

「左様ですな」

 

 ああ、結界になるんだ、これも。

 

「上手も上手でしたわね。あの余裕も憎さより感嘆の方が大きいですわ」

「ですな。何か旦那様と関わりがあるのかも知れません。使用人の立場からは調べづらいですが」

「当家に仕えて日の浅いクラウンは無理でも、本国のセバスチャンなら知っているかもしれませんわね」

「そうですな。あの名も偽名の可能性があります。11代目……その線から調べてみますかな」

「そうですわね。ただ、無闇に尾を踏まぬように。どうも彼女の行動は計算もありますが、根っこは善意からだと思えますので」

「ですな。魔術師らしからぬ行動原理です。旦那様と特に凛様に対しては」

「ですわね」

 

 何だそれ? どういう意味だ? 

 

「どういう事よ?」

「あなたを言葉で責めつつも、とても優しい表情をされていたのですわ。まるで姉が間違っている妹を叱るかのように」

 

 え? 

 

「そんな風に見えたの?」

「ええ、とても。そして私の事も。あの人が長女なら私が次女、あなたが三女かのように錯覚致しましたわ」

 

 どういう事だ? なぜそんな風になる? 

 

「あなたのように直接ではありませんでしたが、あなたならわかっているのだろう? どうしてミス・トオサカを窘めない。見落としているのか、気付いていないのか。どういうつもりなのだと、ずっと責められている気が致しましたわ」

「お嬢様方は今回の仕事で失敗続き。きっと見落としてはならぬ事が多々あったのでしょう。私には不明ですが、それを気付かせようとしているフシがありますな」

「ですわね。飢饉は思い浮かびませんでしたが、災害と言えたのはセーフだったようですわね」

 

 ああ、試されていたのか。

 それはなんとなくわかっていたが、何故姉妹となるのか。どうしてそういう解釈になるのか。意味不明だった。

 

 いや、わかる部分もある。桜の事にしてもそうだ。

 魔術師は家族と子供をとても大切に考える。それは次代への祈りと願いがあるからだ。自分の代では無理でも、いつかは根源に至って欲しいという願い────。

 

 それに、あの子を取り戻す手段とチカラが彼女達にはある。

 後で成功報酬を求められるにせよ、私が頭を下げる程度で請け負う甘さ。それを措いても、傍に控えるゴーストライナーの存在だ。降霊科のロードですら、英霊を使い魔にした経験は無いだろう。

 その圧倒的な魔術への造詣と、洞察力に行動力。それは何だ? 

 

 魔術師なら誰しもが根源を求めるという。

 けど、時計塔に行ってわかった。それは表向きのポーズだった。フリだけ。誰もそんなものは得られないと諦めている。

 口には出さないが、決して行けるはずが無いのだと諦観を懐きつつ、ルーチン・ワーク的に研究を進めているだけ。そんな停滞思考が神秘への信仰をより深めているにせよ、それは皆んなが蔑んでいる魔術使いと同じだ。

 なのに彼女は徹頭徹尾、魔術師だった。そう、私やルヴィアが理想とする魔術師の姿なのだ。

 

「父に劣らぬ実業家でしょうか……?」

「同じように考えました。老獪なまでに先を読みつつ、打つ手は若者らしく素早い。見た目の年齢──思考と行動が一致しませんが、成功するでしょうな。ああいう人物は……」

 

 そうか────。

 単なる魔術師に留まらず、あれは実業家の姿勢でもあるのか。だから私には理解が及ばないのか。詰まるところ、私は狭いのだ。

 だが、装飾用の宝石はルヴィアには大した事は無いのだろうが、銃器はどうなのだろう? それを問うとオーギュストさんが教えてくれた。

 

「魔術師が銃を持つメリットは思った以上に大きいものです。身体を抜けた弾と薬莢を拾い、記憶を消せば。後には身に憶えのない撃たれた傷が残るだけです」

 

 それは一般人には恐怖だろう。

 医者に掛かり、初めて銃槍だとわかっても、本人の記憶に無いのだ。後は疑心暗鬼に駆られ、勝手に自滅して行くのだそうだ。

 これがもし魔術師相手なら? 障壁を張り、それなりの対応ができると自信のある魔術師ほど潰れるらしい。何より同じ魔術師が現代兵器を使うとは露程も考えない。魔術師殺しの本領発揮だろう。

 ああ、そこで魔弾なんだ。あの弾は彼女の理念というかあり方を教えてくれてもいたんだ。

 そんな事を話しながら、その日は終わった。

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