鏡面界のポイントまで来ると少女達の転身に伴い、エルヴァとセイバーも戦闘用の衣装に変わった。
始めて見掛けた時と同じ、後ろで纏め上げた髪……。あれって七つ編み? それと黒い革製のトップにハーフスパッツと脛まで覆うブーツに紅い外套。
転身すると先程までと違い、グッと威圧感が増す。彼女の赤い布。これも良く見ると、曰く有りげな生地だと思う。ルヴィアは聖骸布ではないかと言っていた。
それよりも驚くのがセイバーだろう。
さっきまでの可愛らしい少女が別人になったようだ。銀糸の刺繍や縁のレースが美しい青いクラシックなドレス。その上に銀色の鎧。ミスリルだろうか? わからないけど。
ただ、私とルヴィアが圧倒されているのは見た目だけではない。私達だけにしか見えないのだろうが、歩くたびに魔力がブワッとジェット気流のように渦巻いているのだ。
セイバーの場合はつま先や指先から魔力が吹き出している。たぶん魔力を放出して何かをする人なのだろう。
エルヴァは真逆だ。周囲の、空気に潜むマナや大地に籠もったマナが彼女に吸い上げられている。それも全身から。指先に至ってはセイバーとは逆の渦を巻いている。やはり、ドレインが上手いんだ。
少しエルヴァに尋ねた。
「あなたが彼女を支えているのよね?」
「はい。魔力は私が送っていますよ」
「私だったら倒れる?」
「ギリギリでしょうか。何か礼装で補わないと日常生活に支障が出るでしょうね」
そっか。自分より遥か上の存在に今まで出会わなかったからね。
そこまで魔力保持量に差があるのか。正直ショックだったが、改めて凄いヤツだと思った。
「1日で宝石1コだと笑えないわね」
自虐だが仕方ないだろう。
そしてルヴィアが美遊に指示してサファイアで内部を探らせている。ここは恥を掻けないし当然だろう。
「ルヴィアさん。景色以外何も見えません。誰も居ませんよ?」
「ミユ、鏡面界があるという事はカードがあるという事ですわ。気配を消しているのでしょう」
「じゃ、バーサーカーの線は消えるわね。アサシンのカードかしら?」
「まず、間違いないでしょう」
そして入ろうとする私達を制して、エルヴァが美遊にアドヴァイスを贈った。ステッキを握る美遊の手を優しく上から握り、赤面する少女に構わずこう言った。
「目を閉じて杖に集中して。そして意識を樹より高いところに持っていきなさい。そう、自分が鳥になったみたいに。鏡面界に風は吹きませんよ。その梢を揺らしているのは何ですか? よ~く観察なさい」
「あ!」
美遊が驚く。次いでイリヤがステッキを鏡面界に差し込んだ。
「美遊、左の木の上と中央の遠くにある木、それと右に2本ある木の後ろ。そこに人がいるよ」
「今のあなた達なら三~四人が限度でしょう。複数いると見抜いた段階で上出来です。さ、ルビー。おチビちゃんに特殊礼装を。サファイアにも教えなさい」
『わかりました』
「何なのよ?」
「複数に分裂できるアサシンは、第19代教主のハサン・サッバーハだけです。そして歴代ハサンはハシーシュ漬けで痛みには鈍く、暗殺用の暗器の扱いにも長けているはずです。となれば当然、毒を用いる可能性も考慮しませんと」
「何でそんなのがわかるのよ?」
「第四次聖杯戦争に出ていたからです。別名、百貌のハサン」
「え?」
「事前情報は重要だという事ですわね」
「分裂していますので一体一体の戦闘力は大した事がありませんが、その数から戦闘慣れしない者は翻弄されやすいです。そこも自覚して下さい」
「となると入った瞬間に囲まれる可能性もあると仰りますのね?」
「そうです。よってその魔杖で防壁を張りつつ入る事を進言します」
「ありがとうございます。ミユ? 聞きまして?」
とは言えイリヤや美遊の見た目はそう変わらない。長手袋がショートドレスのスリーブと一体になった程度だ。
スカート部分が若干伸びて、ロングブーツの上の素肌部分が隠されている。なのに顔や首は晒されたままだ。けれど魔力が覆っているのは感じられる。こういう使い方があるとは。
そうして入った鏡面界で、私達は敵に囲まれた。目に見える範囲で五十体弱。けれど百というなら、同じ数だけ隠れているのだろう。
障壁を飛び出したセイバーとエルヴァが、手近な黒化英霊を斬った。それに合わせたかのように、新たな暗殺者が浮かび上がる。隠れていたのでなく、こちらが認識できないほど気配を消していたのだ。
縦横無尽に黒化英霊を斬るセイバー。エルヴァに至っては炎の魔術で焼きながら斬っているし、飛んできた暗器の軌道を風の魔術で歪めてもいた。
彼女は三重属性だったのか!? それにしてもこれは……。
魔術の範囲を絞るも広げるも思いのままだ。そして威力が生半可では無い。炎の魔術なんて相手を焼こうと考えるのが普通なのに。
彼女は相手の目の前に、イキナリ小さな炎を出現させて、目眩ましに使ったりもしている。また、隠れている木を焼いて相手を炙り出したり、ナイフを持った相手の腕だけを焼いたりもしていた。
あれで私達に迫るナイフが来ないのだ。美遊やイリヤの顔にゆとりが産まれた。正直上手い。しかも悔しい。私好みの使い方を宝石みたいな触媒無しで……。
「レベルが違う……。触媒無しでこれ?」
「三重属性? それよりもこの魔術の効果の高さと熟練度は……。たった今入った空間ですわよ? 術式を方向付ける札や石も使っておりませんのに。あり得ませんわ」
呆れるばかりの上手さだ。そして強い。エルヴァの動きに目が着いて行かない。セイバーなんてとっくに人の目を振り切った速さで動いている。
「これが英霊……」
「ですわね……」
私とルヴィアは情けないが傍観するばかりだった。けれど相手の数が多い。
「サファイア! タイミングを合わせて最大防壁を張りなさい! ルビー、おチビちゃんと飛んで、最大出力で魔力弾を散弾にしてサファイアの防壁に中てなさい!」
「どういう……?」
戸惑う美遊とイリヤ。けどわかった。
「わかった! 障壁を半球状にするのよ! その曲面を利用して反射させるんだわ!」
「となるとミス・トオサカ、こちらも宝石でミユをバックアップですわ!」
「了解! 術式任せるからいつでも行って! タイミングはこっちで合わせる!」
「わかりましたわ!」
「お姉ちゃんは!?」
「私もセイバーも大丈夫ですよ! 思いっ切り行って下さい!」
指示を出しながら走るエルヴァが三人ほどアサシンを斬り、樹を足場にして空中へ跳ぶ。
そしてその次は空中の何もないところを踏んで上空へ登って行った。イリヤはそれよりも高いところへ軽々と飛んで行く。
「イリヤ、本当に飛べるんだ……」
「エルヴァをご覧なさい。あなたも正しい答えを出したのですよ」
「そうそう。結果が同じなら過程が少々異なっても良いのよ」
「今です!」
「フォイア──ーッ!」
ズドドドドドという大きな音と振動で美遊が小さな悲鳴を上げた。障壁に弾かれた魔力弾が樹木ごとへし折って、次々と隠れていたアサシンを襲う。
そんな魔力弾が飛ぶ中を悠然とセイバーが傷付いたアサシンを斬り、空中に足場を作ったエルヴァが逃げる相手を射る。圧倒的な強さだ。ものの数分でカードが地面を舞った。
「セイバーって対魔力が尋常じゃないわね?」
「三騎士はそっちのパラメーターが高いのです。しかもこの人は素で耐魔力や対魔力が高いので、セイバークラスに喚ばれる英霊の中でもピカイチなのですよ」
「その分、マスターからの魔力が必要です。大聖杯があればリンとルヴィアなら言う事なしのマスターですが、何もない状況ならエルには及ばない。エルが尋常では無いのです。気になさらず」
気になるっつうの。あれ?
「どうしたのイリヤは?」
「大丈夫です。魔力を一気に放出したので、疲れて眠っただけですよ。空中キャッチ、計算通りです」
『イリヤさんの魔術回路に侵入して強引に魔力開放させるとは』
「これでこの子のリミッターが外れた訳です。母親か父親が日本に帰る事は決定です。これからが本番ですよ」
『ルビーちゃんは正体を明かすべきですか?』
「この子が好きならそうしなさい。あなた以上にこの子はあなたに友情を抱いていますよ」
『わかりました』
「イリヤに何かあるんですか?」
美遊が心配そうに尋ねる。
「ええ。この子は一酸化二水素を適度に摂らないと死んでしまうのです。親からの遺伝でしてね」
「え~っ!」
「イッサンカニスイソ?」
「一酸化二水素はH2Oの事よ。つまりは水でしょう?」
なんと、彼女はこんな場面で美遊をからかったのだ。
「ごめんなさい。おチビちゃんを心配してくれる美遊ちゃんが余りにも可愛いのでつい。実はこの子は魔力を長年に渡って封印されていましてね。ちょっと溢れそうでしたので、今回の回収作業で少し開放させたのです」
「でも、全力だったんじゃ?」
『凛さん。あなたも私を握っていたならわかるでしょう? 全力でも、それはあなたの魔力ではありません。私を操作する上で多少の魔力は頂きますけれど』
「あ! って事は、さっきのはブーストでなくイリヤの魔力?」
『そうです。エルヴァさんとの打ち合わせで、いつもの50倍ほど使わさせて頂きました』
「悲鳴をあげたのは、リミッターの入った蛇口ですよ。そこらの魔術師がコップ一杯、あなた方がポリタンクなら、この子に繋がっているのは満水の50メートルプールとかそんなレベルなのですね。それが産まれてからずっと貯蔵され封印されていたのです」
「それもデタラメな話だけど、蛇口側の制限を解いて鍛えてあげようと?」
「そういう事です。一旦空に……リセットするより、蛇口の耐圧性を鍛えてあげませんと。そうすれば絞って使う事も思いのままです」
そうだ。それだけの魔力量があるのなら、それが正解だ。
当然、同じ魔術師でも個人差はある。それでも人が1日で生成できる魔力量や、保持できる魔力量は高が知れている。それを補うのが礼装であり、宝石などの触媒なのだ。
しかしこの子の先程の魔力弾。あれは私やルヴィアが持つ大粒の宝石よりも大きな魔力を開放していた。ルヴィアと美遊のバックアップに回っていなければ。
けれどエルヴァの方法は間違っていない。私とルヴィアの能力を信用してくれた上での指示だろう。とは言え、イリヤのこんな小さな体のどこにそれだけの魔力が……?
「それが小聖杯のチカラですの?」
「そうです。単に封印するだけでなく、時折こうやってメンテナンスしてあげませんとね」
「つまり家の人が定期的に行っていたであろう事をしてあげたという訳ですの?」
「少々強引にですが。きっと体の成長に伴って1日の生成量が増えているのです。もしかしたら、この任務も影響しているのかも知れませんね」
それはあり得る。ルビーの供給する魔力が呼び水となっていたのかも。
ああ、ルビーを取り上げられたとはいえ、巻き込んだのはこちらだ。魔術師殺しと会いたくない……。
「どうしたんだい? アイリ?」
「う~ん。何かイリヤちゃんが危険な目に遭っている気がするんだけど、どうもその危機から護ってくれている人が居るみたいなの」
「何だい、それ?」
「うん、間違いないわ。この感触は同族よ。それもかなり私に近い」
「まさかユーブスタクハイトの?」
「わからないわ。けれど感触がイリヤちゃんと同じなの。その人も、人との間に産まれた存在ね」
「自然の触覚……。不思議だね。取り敢えず日本に戻るかい? 僕の方も来週には目処が立つだろう。先に戻って、様子を見てくれないか?」
「わかったわ。ごめんなさいね、あなた」
「何を言ってるんだ。可愛い愛娘のためだ。気にしなくて良いよ」